キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/20誤字修正。
 びちょびちよさま、oki_fさま、フラットラインさま、水上 風月さま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!


25 南東戦線-黄と緑の場合

 アルビオン連合王国とダキア大公国の同時宣戦布告により、レガドニア協商連合との講和にも至らないまま、帝国は三正面という、字句通りに受け取れば悪夢以外の何物でもない情勢に直面した。目下、連合王国は協商連合に艦隊を派遣している筈だが、こちらは帝国海軍と北方方面軍に任せるしかない。

 我々帝国空軍は、何を置いてでもダキアを優先せねばならないのだから。しかしだ。

 

“協商連合に余裕がある内に、宣戦布告するものと思っていたのだがな”

 

 随分と遅きに失したものだと思う。おかげで帝国空軍は、その間北方でも西方(フランソワ方面)でも最低限の軍備に留めざるを得なかった。だが、それも今日この日までである。

 この日、一九二三年、八月に我々帝国空軍はようやく自縄自縛から解き放たれる。

 

「現刻、二一〇〇を以て予定通り南東(ダキア)方面空軍は作戦を決行する。『黄と緑の場合』を発動せよ」

 

 黄と緑はダキア大公国の伝統的な国旗色の組み合わせであり、『黄と緑の場合』は敵前線空軍基地の夜間掃討爆撃から始まる、南東戦線(ダキア方面)の攻撃作戦であった*1

 

 

     ◇

 

 

 従来、航空戦闘において夜間戦闘は行われなかった。管制システムの不備もあるが、暗視装置類の開発がどの国でもなされておらず、魔導波形を探知できる魔導師同士でさえ、同士討ちの危険があった事から、原則として夜間は敵魔導師の奇襲攻撃に備える哨戒任務として、航空機が魔導師と就くのが精々だったのだ。

 

 私も過去に夜間偵察に繰り出した折、運悪く敵魔導師と遭遇し、乗機に軽い被弾を負った事がある。その時は月が隠れて難儀したが、夜目に慣れていた事と敵のマズルフラッシュが位置を教えてくれたので、曳光弾は綺麗に相手に吸い寄せられてくれた。

 その後で私は何故情報を送って逃げなかったと大目玉をくらい、私は自分が戦闘中、哨戒区域から離れてしまっていた事を素直に話した。逃げるにしても、敵を倒してからでなければ、居場所を把握出来なかったのだ。

 それ以来、私は夜間飛行を厳禁とされた訳であるが、この件は空軍内でも教訓となった。航空機の性能だけでなく、基地と航空機が互いの位置を正確に把握できる管制システムは必須であるという事だ。

 そして、管制システムさえ十全ならば、夜間戦闘も問題なく行えるという事が発覚すると、そこから先は早く、空軍は目の色を変えて夜間戦闘の訓練を始めた。

 月明かりの下で編隊を崩さずに航行するよう隊員に努めさせ、各飛行部隊が問題なく航行出来るよう、夜間戦闘機を造ってくれとエルマーに空軍が頼み込んだのである。

 エルマーは自分から兵器を発明するばかりで、他人の指示を受けて造るという事をしたがらないのだが──基本的にエルマーは即実用・有効利用出来るもの以外、却下していた──今回に限っては、すぐに取り掛かると言ってくれた。

 エルマーとしても夜間攻撃案自体は前からあったが、肝心の管制システムがおざなりでは意味がないと、そちらを優先していたのである。

 

 かくして世界初の夜間専用戦闘機ウーフーが開発・生産されたのは、他の新型機が量産体制に入った翌年、私が空軍総司令部付となった一九二一年末であったが、南方戦線に集中配備する分には、問題なく数を揃える事が出来た。

 名が近距離偵察機と同じであるのは、他国の目を欺く為の措置で、この戦闘機は練習機の中に紛れ込ませていたのだ。アルビオン連合王国が、世界初の戦車を『水槽(タンク)』と呼称して誤魔化したのと似たようなものである。

 

 夜間戦闘機が実戦運用された後は、近距離偵察機との混同を避ける為に各機体に識別文字と番号が表される事になった。例を挙げるならば、夜間戦闘機ウーフーは『Na101ウーフー』だ。Naは夜間戦闘機(Nachtjäger)の頭二文字から取ったもので、一〇〇番台は夜間戦闘機の型番となっている。

 

 但し、数字の大きい方が新型という訳では決してなく、生産が終了・廃棄された機種の番号を割り振られる場合もある。その場合も混同を避ける為、番号末にアルファベットが加わる。戦闘機を例に挙げると、Jä003が廃棄された場合、次に同番号が与えられる新型機は、Jä003Aという訳だ。

 蛇足だが、同機体の改修・改造型の場合は別で、エルマーが二年以内の更新を約束したヴュルガーを例に挙げると、初期型が『Jä001ヴュルガー』。エンジンを含む改設計を行った交代機が『Jä001-1ヴュルガー』。

 一九二五年に実戦運用された、翼下と胴体下部に爆弾を搭載し、装甲を厚くして戦闘爆撃機になったモデルは『Jä001-1Fヴュルガー』といった具合に、ハイフンと数字、アルファベットが付く。

 

 

     ◇

 

 

 解説に文を割き過ぎたため、この辺りで話を戻すが、管制システムや夜間戦闘機自体は、攻撃には使用されない。敵航空施設を潰すのは従来通りの昼間攻撃機であり、爆撃機と、それを護衛する戦闘機ないし、魔導攻撃機の仕事だ。

 攻撃を行わない理由は初期の管制システムの性能限界にあって、どう足掻いても自分達の基地から一定の空域しか処理できなかったのである。

 

 空軍総司令部は落胆したものの、しかし、私は夜間攻撃が大変魅力的だったので諦めなかった。十分な錬度と編隊飛行を行い、敵基地の場所さえ確認できれば、爆撃そのものは問題なく行える。今の帝国空軍の質的優位は絶対であり、高高度さえ維持すれば絶対に敵は攻撃できないし、速度差を活かして振り切れば良いと進言した。

 そして私は、あわよくば夜間爆撃の指揮を執ってやろうと思っていた。現時点での私の錬度は間違いなく夜間だろうと最高であり、これを機に夜間出撃禁止令を取り下げて貰おうという腹積もりだったのだ。

 

 私の進言は、空軍総司令部に届いた。しかし、私の夜間出撃禁止令は続いた。フォン・エップ中将は「奴が夜にまで飛ぶようなら、鎖にでも繋いでおけ」とまで言い切った。

 私は壁を思い切り殴って吠えたくなった。「何故、自分の案が通って自分の出撃が許されないのだ!?」と。皆、私に同情はしてくれず、フォン・エップ中将の側についた。

 当時は裏切り者め、と戦友を恨んだが、今にして思えば彼らの方が絶対に正しい。私の魂胆が見え透いていたのも、禁止令が継続した原因だろう。反省の色がない馬鹿を飛ばす訳がないのだ。

 

 だからこそ、私はこの鬱憤を昼間に晴らした。総司令部付きでフォン・エップ中将の副官とは言え、流石にいざ大空戦になるという段にまで、むざむざ撃墜王を遊ばせておく訳には行かないだろう……と、私が直談判した。

 元よりフォン・エップ中将の副官になったのは、中将の弾除けの為であって、それ以上の意味はない。中央参謀本部との連絡将校や公用使の役は他の人間で代用出来るが、最前線で私以上に活躍できるパイロットはいまい。事務仕事は、それはそれで悪くないが、空を飛べないのも、祖国の窮地にあって友軍を救えないのも嫌だった。

 勿論フォン・エップ中将は凄く嫌な顔をしていたが、ダキアに私を墜とせるような相手は居ないからと納得させた。

 私は戦争を一日でも、一分でも早く終わらせたい。それを阻まれるなど、決して我慢できなかったのだ。勿論、空に魅せられていることは否定出来ないが。

 

 

     ◇

 

 

 宣戦布告直後のダキアは、自軍の大規模出撃を鮮やかな奇襲と疑わなかったようだが、帝国空軍にしてみればダキアが敵に回る事は既定路線だった以上、周到に準備を進めていたのは当然と言える。

 

 我々の管制システムは、このダキア軍の奇襲にこそ最大の真価を発揮した。

 作戦指揮所に設置された『オペラハウス*2』はエルマーが従来の管制システムに改良を施した、航空情報部(フルコ)の最新鋭レーダー設備であり、早期警戒網と迎撃システムで構成されていた。

 我々のレーダーにダキア空軍の姿は丸裸となっていたが、ここに辿り着くまでの苦労は並々ならないものだった。何しろ、レーダーの感度が良すぎて、小鳥の群れを大規模航空兵力と間違える事などしょっちゅうだったからだ。

 

 しかし、敵の位置や規模を割り出すことに成功し、レーダーの誤作動も今は極限まで抑えられている。

 私はありったけの爆裂術式と、新たに搭載された空間爆発術式弾を抱え込んだゾフォルトに搭乗し、同じく完全武装下にある魔導攻撃一個中隊に、戦闘二個中隊を加えて敵に突貫した。

 どれだけ数が多かろうと所詮は旧式の木造複葉機であり、今となっては各国が鈍重になるからと外した火砲をぶら下げたまま飛んで来たので、私達には鴨でしかなかった。

 三〇〇以上になる敵の大編隊が、まるで火に飛び込んだ虫のように燃え上がり、地面に叩きつけられる前に砕け散る。敵の密集編隊とゾフォルトの空間爆裂術式弾の組み合わせは、それはもう見事なぐらい、あっという間に纏めて燃やしてくれたものである。

 

 私はダキアでの初戦闘で五〇機は確実に落としたが、これならば弾種を貫通術式弾にせず、通常弾で飛んで節約すべきだったと後悔した。

 そして、私はこのままでは食い足りないと、大物の爆撃機を探したのだが、そちらは一機もないし、魔導師の姿も見当たらない。

 侵攻戦域を制空支配してから出撃させるつもりだったのかとこの時の私は思い、ならばもう空は我々のものだと勝鬨を上げた。

 皆すぐさま無線で爆撃機を要請し、こちらに進軍中の敵地上軍を食い潰して貰う事にした。勿論、その間も私は指を咥えて待つような真似はしない。

 空間爆発術式弾も爆裂術式弾も、敵機を食い潰して尚余っているのだ。帰りの安全も確保している以上、無駄に弾を残す理由はない。

 私は少しばかり後方まで飛び、敵軍の輸送列車がトンネルに入ったのと同時に急降下して、出入り口を空間爆発術式弾で封鎖してやった。

 出来る事なら線路以外も潰してやりたいが、敵師団の行軍に支障が出すぎるのは問題なので止めておいた。敵兵力は、纏まっていればいる程良い。的が大きい方が、爆撃機は仕事がし易いのだ。

 

 かくして予定時間通り到着した爆撃機は、六〇万を擁する大軍勢を、味方地上軍が到着するまでに、完膚なきまでに粉砕した。

 前線からの吉報を、今や遅しと待っていた空軍総司令部は我々の報告に狂喜したが、本国統帥府も南東方面軍総司令官も、地上軍到着までは我々の戦果を過大報告としてしか見ようとしなかった。

 見渡す限りの戦闘機の残骸と歩兵の屍。魔の台風の爪痕のような戦場を直接目の当たりにして、ようやく地上軍は我々に対して誠実に謝罪したのである。

 そしてその後、私達を疑わなくなった陸軍は、私達の報告を元に適切に軍を動かす事を確約してくれた。

 この動かぬ事実によって陸軍と空軍は、以降空陸一体の迅速な共同作戦が遂行出来るようになったのである。

 

 

     ◇

 

 

 昼間の話が長くなったが、今回のダキア戦においての主役は、冒頭にあるように夜の話である。夜間爆撃は問題なく敢行され、当時サーチライトも何もなかったダキア空軍基地や陸軍の前線基地は、あっという間に火の海に包まれた。

 赤々と燃え、徹底的に破壊し尽くされ、瓦礫の山となる基地から悠々と引き返し、爆撃の成功が確認出来た基地から、敵の被害総数を割り出した数日後。案の定、敵も報復として夜間攻撃を敢行してきた。

 

「来たか!」

 

 皆は歓喜の声を上げた。特に、この日の為に徹底して夜間飛行訓練を行ってきた夜間戦闘飛行隊の士気は凄まじいもので、敵の到着を今か今かと空で待っていたのである。

 ここから先は、私もレーダーでの観測と報告からでしか分からないので、悔しいが上手く説明できる自信はない。本著を執筆する事をこの時の自分が知っていれば、克明な記録を残す為に、戦わずとも後方で飛行させて貰っていたのだが。

 

 しかし、レーダー越しにでも互いの情報を掴んでいる以上、大凡の経過は把握できた。

 ダキア空軍は昼間戦闘でもそうであったのだが、密集編隊を崩す事なく、規則正しい飛行で帝国軍基地を爆撃すべくやってきた。が、我々は既に、この編隊を時代遅れで危険なものとして廃止していた。

 対魔導師戦闘において、密集編隊が危険極まりない事を熟知していた帝国空軍は、試行錯誤の末に散開戦闘編隊を導入し、夜間戦闘飛行隊もこれを以て相対した。

 散開戦闘編隊は個々の二機編隊、四機編隊、中隊の間隔を大きく取り、異なる高度を飛行するというものだ。

 これによって間隔の空いた我々は視野を拡大させ、急激に高速化した帝国軍航空機にとって、安全な飛行を約束する革新的なものだったが、何よりも素晴らしいのは密集編隊より敵に発見され辛く──深い闇の帳の中では、一層それは顕著であった──編隊維持の負担も減るので、敵に集中出来るようになった事だろう。

 

 夜間戦闘飛行隊は、昼間戦闘要員にも劣らぬ大金星を上げた。彼らは一〇機以上の爆撃機と随伴機を墜としたと夢中になり、レーダーで確認できる限りにおいても、それ以上の戦果は確実とされた。

 私はまだ、爆撃機を協商連合相手に一機しか墜とした事がなかったから、この時の悔しさはひとしおで「次は是非私も呼んでくれ」と夜間戦闘飛行隊の隊長に懇願したが、隊長は苦言を呈してきた。

 

「中佐殿は十分にご活躍なさったではありませんか。小官とて、昼に飛びたかったのですよ?」

 

 言われれば尤もな話である。私が戦っているのは戦争を終わらせる為であって、部下の手柄まで取る事ではない。

 私は隊長に深く謝罪し、二度とこんな我が儘は言わないと誓った。そしてその分、昼に目一杯飛んで敵を墜とし、ダキア地上軍にも友軍支援の一環として可能な限り入念な地上攻撃に邁進した。砲と機関銃座は念入りかつ徹底的に。友軍の命を刈り取る兵器は、根こそぎ潰すのが私の信条だ。

 昔は怖かった高射砲も、今は全く恐怖を感じない。やはりファメルーンの時は、エルマーの作品だったから手こずったというのも大きかったのだろう。

 

 ただ、どうにも私達帝国軍は、ダキア大公国を過大評価していたらしい。敵兵力は航空機を除けば大多数が歩兵で、大砲も機関銃も数世代前の骨董品。高射砲に関しては、それこそ開発初期のものをタダ同然で共和国辺りから譲って貰っていたのだろう。

 魔導師に至っては……ゼロだ。

 ダキア国軍は明らかに兵農混成の、旧時代の遺物に過ぎなかったのだ。

 

 

     ◇

 

 

 連戦連勝と破竹の進軍を重ね続ける帝国軍に、ラジオも新聞もお祭り騒ぎが続いた。特に私の戦果に関しては、国民も疑問を持つ事がなくなったのか、或いは感覚が麻痺してしまったのか。昔はそれとなく控えめにしていた数字も、今では堂々と公表し、明日は何機落とすか楽しみだと騒がれていた。

 この賭けは空軍基地でも流行り、私も参加した。出撃して四機以下の記録なら、部下に酒と煙草を振舞うのだ。

 私は運悪く出会えない日は振舞わざるを得なかったが、それ以外の日は確実に撃墜した。勿論、可能な限り譲れるスコアも譲った上でだ。ただ、流石にスコアに関しては譲り過ぎたようで、指導部から直々に今後は絶対に譲るなと釘を刺された。

 

「魔導師は五名墜としてエースだけど、空軍じゃ二〇機からようやくエースだ。

 何故って? 一五機は別人が墜としてるからさ!」

 

 当時の有名な空軍のジョークに、こんなものまで出来てしまった。譲るといっても私は無理のない範囲で現実的な数を譲っていたのだが、それでも譲る人間が多くなり過ぎたのは問題だったようだ。

 私はスコアを譲らない代わり、可能な限りの最前線勤務を要求し、兎に角私から欲しいと言わない限り、休暇命令を出さないでくれと希求した。

 目の前に敵がいるのに、安穏と惰眠を貪るなど耐えられない。地上勤務でも何でもいいから、とにかく仕事が欲しかったのだ。

 上が休まないと、下も休みを取り辛いとはフォン・エップ中将のお言葉だったが、私は常日頃から部下達には休暇を取るように言いつけているから大丈夫だと言った。

 私は常々、パイロットも機体も、出撃の際は常に最高の状態でなくてはならないと考えていた。パイロットというものは余人が思う以上に体力を消耗し、敵機と戦う上でも集中力を欠く事を許されない過酷な役である。

 そんな彼らが体調不良を隠して無理に出撃したところで、決して良い結果にはならないし、僚機にも迷惑がかかるからだ。

 だから私は必ず目の届く範囲では、自分の目でパイロット達の体調を確認し、軍医にも各員の体調確認と管理を徹底させた。そして、精神面でもストレス等の問題を抱えているならば、それも積極的に聞いて負担を軽くもした。

 苦い話だが、そこまでして、ようやく生存率が何割か上がる程度だという現実を、私は経験していたからだ。

 では、休みなく出撃する私はどうなのかと問われれば、全く問題ない。私は何時如何なる時だろうと万全の状態であり、夜間禁止令も継続中なので、朝出撃して夜眠るという規則正しい生活を()()()()されていたからだ。

 

 かくして私は毎日飛び、ラジオは冗談めいた撃墜記録を垂れ流し、部下達は賭けに勤しみつつも「自分達の分も残して下さいよ?」と私に頼むのが定番の流れになった。

 勿論、私は手柄を譲った。撃墜スコアを譲渡するのではなく、部下に可能な限り経験を積ませる為に後方に待機し、危なくなったら助太刀する事にしていたのである。

 これはスコアを譲っていた時から行っていた事で、この時に僚機の後ろに食らいついてきた敵機を私が墜としたのをスコアとして譲っていたのだが、それがダキア以降はそのまま私のスコアになった。

 ただ、ダキア戦役では、私が助太刀するような機会は殆どなかった。運悪く、圧倒的な数的不利から後ろを取られることはあっても、皆すぐに引き離して撃墜してしまったのだ。

 パイロット達にとってダキアは絶好の狩場だったが、当然撃墜スコアに伴う叙勲は調整された。他の列強国一機が、ダキア五機分の戦果だと功績調査部から通達されたが、私にしてみれば、一〇機でも良いぐらいだと言える。

 南東方面空軍は皆こぞって戦果を競っているので、私はここで勝ち癖をつけるのは良いが、敵が弱すぎて危機管理が疎かになりそうだと心配してしまった程なのだ。

 

 とはいえ、流石にそんな糖蜜のように甘い時間は何時までも続かない。帝国空軍は鉄道を、有線通信網を、敵基地を何の苦もなく破壊し、蹂躙し尽くし、味方地上軍を悠々と前進させているのだ。

 空軍指導部は一月でダキア大公国の航空兵力を沈黙させると誓ったが、現実には一月でダキア大公国は帝国に降伏した。調印がきっかり一月後なので、実質的な降伏はそれより一〇日以上は早かっただろう。

 フランソワ共和国や他国から、単独降伏に対する圧力は当然あったと思うが、首都を完全包囲下に置かれて抵抗できるような国家は、そうあるまい。

 

 終わってみれば、いいや、私は南東戦線での開戦から一〇日でズタズタになった敵を見て、呆気ないものだと思ってしまった。だが、まだ帝国には予断は許されない。

 西方でも北方でも、空軍の手を借りたい者達は五万と居るのだから。

 

 

*1
 実際には『黄と緑の場合』は、ダキア戦役後に宣伝局が名付けた作戦名である。当時の本当の作戦名は防諜面から『海の場合』としていた。これは作戦名が漏れても、北方(協商連合)への海上作戦と誤認させる為の措置だった。

*2
『オペラハウス』の名は、各所の連絡将校や航空隊の司令官が雛壇のように並べられた机に配置され、九メートル四方のガラス製投影スクリーンを確認しつつ指揮を執った事に由来する。




【今回の主人公のヤベーところ】
 主人公「私は、規則正しい生活を強いられているんだ……!」

 一体何が問題だってんだよ?

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【航空機】
 フォッケウルフFw190D→Jä001-1ヴュルガー
 フォッケウルフFw190F→Jä001-1Fヴュルガー(エンジン部は改修済みなので、実質Fw190Dの戦闘爆撃機型であるFw190D-12を装甲強化した魔改造機)

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