キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/2/13誤字修正。
 フラットラインさま、すずひらさま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


30 北方戦線での方針-新戦場の開拓

 ダキア大公国は落ち、西方戦線は安定した。複数国との戦争においては、弱国から叩くのは基本である以上、フランソワ共和国よりもレガドニア協商連合に注力したいというのが、帝国軍の偽らざる本音であろう。しかし、ここに来て帝国軍は、ある問題に直面していた。

 

“アルビオン艦隊が、こうも多くてはな”

 

 今次戦争で直接的な利権を有さない連合王国ではあるが、やはり中央大陸に突出した勢力を誕生させたくないという見立ては正しかったようで、我々に決定打を打たせまいとダキア大公国との同時宣戦布告を行ってからは、嫌がらせ(挑発戦術)に努めていたのだ。

 

「大佐。貴官は論文で、軍港停泊中の艦艇も爆撃機の攻撃目標にしていたが、効果は如何程のものと考えるかね?」

「在学中、海軍工廠に問い合わせましたところ、現時点での戦艦を含む艦艇は、上空からの防御装甲は旧式魔導師の火力を前提としたものであり、他国もそれに準じている為、空爆に耐え得るものではないと想定致します。ですが、アルビオン王立海軍を攻撃するとなれば、彼らとの北洋での全面対決を意味します」

 

 打てば響くというように、私はフォン・エップ大将に返す。

 仮にそうなれば、問題なのは如何にして戦争を終わらせるかだ。我々の航空機は、航続距離においても最高峰の水準にある。ノルデンから連合王国本土までは最短で三八〇キロ。

 コンドルと護衛戦闘機の航続距離ならば問題なく航行可能だが、戦術的にはともかく戦略的に見れば余り意味はない。敵本土軍港や沿岸要塞を攻撃すれば、連合王国に心理的ダメージと一定の損害を与えられるだろうが、その後に続くものがないからだ。

 

 帝国の海軍力は、陸軍国にあって驚嘆すべき事に、アルビオン王立海軍と睨み合いを行える程度には──これは艦船保有数以上に、将兵の卓越した能力故とされる──有力だが、そこまでだ。たとえ帝国海軍の全艦隊を結集させたとしても、()()()()で王立海軍に勝利する事は不可能。

 よしんば奇跡に奇跡が重なって、アルビオン艦隊に帝国海軍が勝利出来たとしても、アルビオン海峡、ドードーバード海峡は言うに及ばず、連合王国本土周辺の北洋海域も機雷の山である。

 揚陸艇の数も足りない以上、地上軍の動員さえおぼつくまい。どう足掻いても、足掛かりが()()()()ない()()では、連合王国本土上陸など不可能だ。

 

「『航空母艦』でも出来れば、話は別なのでしょうが」

「連合王国でも一隻しかないという代物だ。帝国海軍には、三年先でも無理だろう」

 

 魔導師を戦力として艦艇に乗せる発想はあっても、航空機を載せるという発想は近年までなかったものだ。そもそもにして爆撃機が出来るまで、航空機は航空機か魔導師と戦う以外能がないとされてきたのだから、致し方ない事ではあるのだろうが。

 

「つまりは、今の帝国の軍備では、連合王国の本土上陸を果たす事は事実上不可能。仮に戦って勝てたとしても時間を要するとなれば、その間の戦費など想像したくもないな」

 

 フォン・エップ大将の言は至極尤もである。勝っても戦後に負債を抱えるような戦争など、誰だとてやりたくないのは当然で、だからこそ連合王国は、ダキアと共に帝国へ宣戦布告しながらも、()()()()火蓋を切らず協商連合国本土周辺の監視と哨戒にのみ勤めている。

 

『来るのは良いが、諸君らにその準備と覚悟はあるのかね?』 と。

 

 忌々しいがその通り。我々空軍は敵を叩けるが、戦争を終わらせるだけの力はない。おかげで我々は協商連合に決定打を今の今まで与えられず、膠着状態が続いてしまっていた。

 自軍の損害も軽微で、西方にも戦力を回せる余裕がある事は喜ばしいが、だとしても延々と戦争を長引かせたくはない。それで得をするのは、連合王国だけなのだから。

 

“何としてでも、勝ちを拾えないものか”

 

 頭を悩ませつつも、答えが出て来ない。帝国からしてみれば、連合王国との戦争などメリットがないのだから、出来る事ならば彼らを交戦国から除外したい所である。

 白紙和平を前提とした裏取引ぐらいは、既にやっているだろう。それでも延々とアルビオン艦隊の嫌がらせが続いているという事は、こちらの本音を理解しているという事だ。

 

“勝ちたいが、勝たせてくれない。決定的な勝ちの目がないのは歯がゆいな”

 

 いや、待てと私は思い留まった。態々敵本土に上陸して、勝ちに行こうと考えるのは戦争という物を穿ち過ぎてはいないか? 私は決定的勝利を掴む以外での、別の勝利方法を何処かで聞いていなかったか?

 

“心当たりは、ある。エップ閣下の口からだ”

 

『継戦能力を潰す』。『最終的に勝利を掴む』。確か、そんな言葉だった筈だ。

 

「閣下。以前、ゼートゥーア閣下と会食なされたと伺いましたが、その時に興味深い話をされておりませんでしたか?」

 

 そこまで私が口にした時、フォン・エップ大将はニヤリと口元を歪めた。ようやく気付いたのか? と明らかに私の察しの悪さを笑っているのだ。

 

「試しましたな? 閣下」

 

 お人が悪い、と私は思う。しかし、フォン・エップ大将はこれも教育の内だと笑った。

 

「指導部と陸にも話は通してある。作戦もそちらに任せた。貴官にだけは、口止めさせたがな。次はその発想が、自分の頭だけで出るようにしろ」

 

 随分と難しい課題だが、常に新しい方法を探求するのは、流行り廃りの激しい軍隊の世界では、必須の技能である事は間違いない。私が全力を尽くしますと応えると、「その上を行け」とすげなく返された。

 

 

     ◇

 

 

 帝国空軍の方針は固まっていた。空軍主力は協商連合・連合王国双方の哨戒艦艇を可能な限りにおいて空爆。

 空爆の成否を問わず、こちらの攻撃によって本格的な参戦が予想される連合王国側からの海岸上陸を前提とし、レーダー網にて敵上陸地点を予想。水際で敵上陸兵力を帝国地上軍と連携して叩きつつ、あくまで陣地戦防御に徹する。

 その間、空軍の別働隊はノルデン方面の小島を海軍と合同で各個占領。帝国陸軍の為、協商連合への本土侵攻への橋頭堡を築く事が目標である。

 

 今回の私の任務は、レガドニア海軍より危険度の高い、アルビオンからの派遣艦隊を空爆する爆撃機の護衛であり、可能な限り艦乗護衛海兵魔導師を叩きつつ、艦載高角砲と対空機銃を破壊。

 余力があればゾフォルトの空間爆発術式と新規開発された航空魚雷で、護衛艦にも損害を与えるよう命じられた。

 勿論私自身が前線行きを志願したのではあるが、それでもすんなりと事が運んだことには、少々驚いてしまったものである。

 

「爆撃機も魔導攻撃機も、出来得る限り失いたくないのでな。高射砲陣地を苦もなく潰す貴様だ。一定の戦果は稼げるだろうし、生存率も高かろうさ」

 

 流石はフォン・エップ大将である。これ程までに嬉しい信頼はない。

 

「皮肉に決まっておろうが。言っておくが、北方での貴様の出撃はこれ一度きりだ。停泊中の艦艇ならいざ知らず、航行中の艦隊に攻撃というのはリスクが高すぎる」

 

 あくまで我々の目的は、連合王国軍に上陸作戦を敢行させて出血死を図り、協商連合本土への足掛かりを用意する事でしかない。要するに、相手の頭に血を上らせる事が出来れば十分なのだ。

 尤も、その程度で満足出来る私ではなかったし、何事にも建前と言うものはある。

 

「とはいえ、吉報を期待していないと言えば嘘になるがな。試験的な運用だが、成功すれば我々は地上攻撃に加わる、新たな付加価値を得られるだろう」

 

 フォン・エップ大将の中々の野心家ぶりに、私は笑みを深めた。空に大地ときて、ここで海上さえ新たな戦場として開拓出来るとなれば、空軍はその地位を大いに向上させることだろう。

 

「鋭意努力致します。我々の戦場が、天と地だけでない事を陸海軍に証明してご覧に入れます」

 

 踵を鳴らす私に、フォン・エップ大将は鷹揚に頷かれた。

 

     ◇

 

 

 北方戦線へと到着した私は爆撃中隊を護衛すべく、三個魔導攻撃中隊を率いる事と相成った。安全かつ確実な戦果を挙げる為とはいえ、爆撃機もゾフォルトも、一度の作戦でこれだけの数を揃えるのは帝国空軍でも初めての事で、皆浮き足立っていた。

 唯一の懸念事項はゾフォルトの航続距離が爆撃機と比べて短く、海上の敵艦艇を発見できないまま、引き返してしまう結果になりかねなかった事だが、そこは投下式投棄増槽という非常に便利な代物が解決してくれた。

 これまでの戦闘では航続距離を目一杯飛行する事などなかった為、増槽の必要性に疑義を唱える者も多かったが、あのエルマーが何の意味もなく兵器を作る筈もない事は、誰より私がよく理解していた。正しく備えあれば患いなしだ。

 

 私達は艦艇の空爆という、戦史史上初めての冒険に興奮と不安の双方を抱いていたが、そんなものは長くは続かない。自分達の想定よりずっと早く、協商連合に派遣されたアルビオン艦隊を発見してしまったからだ。それも、見るからにピカピカの最新鋭戦艦が旗艦を勤め、世界最大の巡洋戦艦までいる艦隊だ!

 

“大当たりだな!”

 

 敵艦隊の規模も然ることながら、私は自分の記憶と巡洋戦艦を照合し、あれがマイティ・フッドに違いないと確信した。

 列強海軍最高最大の巡洋戦艦、王立海軍が誇る武威の象徴、マイティ・フッド。それが、私の眼下に存在するのだという現実に、恐怖でなく歓喜の声を張り上げたくてやまなかったものである。

 ただ、私の心中の叫びとは反対に「あんな巨大な艦隊をやるのか!?」と思わず叫んだ者も出たが、この驚愕に対して、少壮の戦友達は「当然だ!」と即座に返していた。

 目標を発見した以上、ここで引き返せば敵前逃亡として銃殺に処されることが分かっていたからだろう。どうせ腹を括るなら、強敵と相見える機会を得た日を寿ぐ方が、よほど建設的だというのは私も同意する。

 こういうものは、恐怖した途端に負けが込むものだと心得ていた私は、まだ十分燃料が余っているというのに、増槽を落とすのは勿体ないなぁとケチ臭い事まで考えてしまえる程度には余裕があった。

 

「諸君、あの巡洋戦艦をやるぞ!」

 

 指揮官先頭の精神に従い、私は増槽を切り離すと同時、急降下して航空魚雷を投下すると、三個魔導攻撃中隊も私に続く形で立て続けに投下した。

 とはいえ距離があるので、回避運動を取って避けられるか、マイティ・フッドを囲む巡洋艦や駆逐艦に阻まれるのがオチだろう。

 高角砲や対空機銃を叩く上でも、魔導師を相手にする上でも、単装とは言え航空魚雷を抱えたままでは流石に危険すぎる。

 重りは早めに処理してしまえば良いと、この時はそのように考えていたが、実際に命中した魚雷とその戦果に、私だけでなく魔導攻撃中隊は瞠目した。

 流石というべきか、エルマーとフォン・シューゲル主任技師という大天才二人が共同で──犬猿の仲であった両者が、どのような形で友誼を結んだかは、後に妻から語らせて頂きたくある──手掛けたという航空魚雷は見事に命中後炸裂し、一発の不発弾も出す事なく、各艦を命中と同時に沈没させているのである。

『魚雷発射管には、無能な開発局員を装填しろ』と毒づく潜水艦乗組員の皮肉と怒りは空軍でも語り草となっており、私もまた、如何にエルマーとフォン・シューゲル主任技師の合作と言えど、不発を覚悟しての投下であったから、この結果は予想外に過ぎたものである。

 

 私は火を噴き、血で汚され、舵も利かず沈み行く三隻の巡洋艦を目で追ったが、何より驚愕したのは、たった二発の魚雷だけで、あのマイティ・フッドが沈んでいるという現実だ。

 命じた私自身冗談のつもりであったし、中るなどと微塵も考えていなかった。いや、仮に中ったとしても針の一刺しにも等しい一撃で、峻厳な山のような巡洋戦艦が、沈む筈もないだろうと高を括っていたのである。

 だが、現実にアルビオン王立海軍が誇る力の象徴は傾斜しきっており、黒煙という断末魔を上げて倒れていく。当たり所によっては、戦艦さえ沈むということはカタログスペックから確認していたが、いざ現実に直面した時には、誰も歓声の一つも上げられなかった。

 敵を海の藻屑に変えてみせると意気込んでいながら、新しい戦場を開拓してみせると臨んでおきながら、目の前の光景が、何処までも現実離れしたものに感じてならなかったのであるが、しかし、戦端を開いた側が口を開けて固まるような無様など赦される筈もなく、私達はすぐさま意識を切り替えた。

 

 それは、敵艦隊が案山子のように立ち尽くす無能を晒さず、態勢を立て直してきたからというのもある。

 それにしても流石は海軍国。巡洋戦艦を失いながらも、実に見事な艦隊運動と規模だと惚れ惚れするばかりで、帝国にもあんな海軍があればと思ったものの、直後、帝国海軍に対して申し訳なくなった。

 海軍の予算が拡充されなかったのは、自分達空軍のせいだという事を思い出したからだ。

 私達空軍は、海軍の分まで仕事をせねばならないという気持ちを、忘れてはならないと身を引き締めると共に、次々とフッドの仇を討つべく、空に上がってきた魔導師を墜とす作業を始めた。

 

 私達のゾフォルトは高度こそ敵航空魔導師や最新の帝国魔導師より勝っていたが、速度に関しては本作戦が決行された一九二五年時点では、既に列強各国の技術競争によって鈍重な機体に位置づけられていた。

 エルマーとフォン・シューゲル主任技師の改良があって尚、ゾフォルトの最高速度は二一五ノットに届くかどうか。現時点での航空魔導師の平均が二三〇ノットである事を踏まえれば、開発初期のように快勝出来る存在ではないが、それでも対魔導師戦闘が可能な航空機はゾフォルト以外ない以上、爆撃機の護衛に戦闘機を付ける訳には行かなかった。

 一九二三年時点では、何処の国もゾフォルトと大差なかったというのに、二年後には魔導師でさえこれなのだから、列強の執念は恐ろしいものである。かつては無敗無双のゾフォルトも、今では護衛機がつく事が前提の運用になってしまったのだから。

 

 

     ◇

 

 

 我々は戦訓通り高高度維持を努めつつ、極力安全圏から離れる事なく魔導師を撃墜する事を念頭に置いた。相手にとっては厭らしい連中だと思うだろうが、それはお互い様である。

 光学欺瞞術式というのは本当に厄介で、こそこそと隠れながら撃ってくるものだから、やり辛いと言ったらなかった。

 加え、私は余りの数に段々と面倒臭くなったので、一人でも魔導師を光像照準器で発見したら、その周囲に空間爆発術式弾を使って、纏めて吹き飛ばしてしまえと無線で命じた。

 これには苛立っていた三個中隊も大喜びで、艦艇用に節約せねばという事前の心がけは何処へやら、バカスカと撃っては魔導師を墜としていったが、私は失敗したと思った。

 

 せめて自分は節約しよう、と貫通術式弾で魔導師を墜とし、その間にも出来る限り巡洋艦や駆逐艦にも空間爆発術式弾を浴びせたが、これに関しては結果は上々……と、言えるかは疑問だ。

 当初の目的通り高角砲や対空機銃は潰せているし、甲板の水兵は一人残らず吹き飛ばしたが、艦艇を沈没させるには至らない。空間爆発術式弾の威力は申し分ないが、魔導師のように貫通式を複合させない限り、七・九二ミリ弾では上甲板を貫いての内部爆発を引き起こせなかったのだ。

 

“やはり後方に控える爆撃機の手を借りねばなるまいな”

 

 ゾフォルトのみで潰せるならば、という皮算用にして敵艦を用いた実験は、案の定失敗に終わったが、元よりそれを見越して爆撃機を用意していたのだから、悔しいとは思わない。

 この辺りで読者諸氏は、私達三個中隊が爆撃機からとっとと離れて、魔導師や各艦の相手を始めてしまった事を疑問に思うかもしれない。「爆撃機の護衛はどうしたのだ?」と。

 実際のところ、爆撃機の周囲を囲んで守るより、自分達護衛機から敵を迎え撃って爆撃機の脅威を取り除いた方が、空爆任務遂行上効率が良かったのだ。

 勿論これは私自身の経験則だけでなく、各戦線から送られてきたデータを基にしている。爆撃機の搭乗員も、運用初期の頃は皆不安がったようだが、この当時の頃にもなれば、護衛機の事をすっかり信用してくれていた。

 

 ともあれ、海兵魔導師という脅威の一つが交戦して数分後に去った以上、残すは艦隊のみである。事前の予定通り、私達は急降下しつつ敵の火砲を中心に術式弾を一斉かつ徹底的に叩き込み、少しでも爆撃機の成功率を上げる為に尽力した。

 問題は急降下後の上昇時に無防備になってしまう事だが、そこは事前の調整で順番を決め、上昇時は他の機がこれを極力守るよう時間差を置いて行動した。

 

 予想外だったのは、艦隊対空射撃の密度が高射砲陣地のそれと大差ないばかりか、物によっては弾幕が薄く感じられた事か。魔導師という極小の存在を狙うのだから、もう少し厚く張った方が良いのではないかと敵ながら思ったものの、そんな事を考えられる余裕があったのは私だけだったらしい。

 足の遅い複座式の攻撃機が、対空機銃と高角砲に飛び込む以上、決して油断など許される筈もない。加え、急降下から水平飛行に戻り切るまでの全高度を掩護する事は不可能である以上、全員が無事に済む筈もなかったのだ。

 私はこの空爆作戦で、四機もの僚機を失ってしまった。魔導攻撃機が中央大陸の戦場に登場して以来、一度の交戦では最も多い被撃墜数だった。

 

 ベヒシュタイン少尉、ブーラー曹長、ダレイニー軍曹、ゴス軍曹、ゲンゲラー兵長、ブルーニング伍長、アレ兵長、オドラン上等飛行兵。

 

 この日散った戦友には、初めて会った者もいれば、過去にノルデンやダキアで轡を並べた者もいた。だが、全ての者が勇敢だったという事を、私は胸に刻んでいる。

 撃墜され、火を噴いて燃え上がるその時まで。或いは海へと叩きつけられて粉微塵となるその時まで、彼らは最後まで弾丸を撃ち尽くして、死の間際まで敵に損害を与え続けた。そして中には、死を覚悟した瞬間に、機体ごと艦橋に突っ込んだ者さえ出た。

 脱出しろと、当然私も皆も叫んだ。だが、無線から返ったのは、もう無理だという悲痛な、諦めるような声だった。中にはそれを言わず、家族や恋人の事を最期に漏らした者もいた。皆、被弾で致命傷を負っていたのだ。

 

 私達は戦友の死に怒り冷めやらぬまま果敢に艦隊に挑み、沈まないまでも甲板の上をはげ山にしてやろうと何度も急降下したが、流石にタイムリミットが来てしまった。

 私達と入れ替わった爆撃中隊は、世界に冠たる帝国空軍の名に相応しい、素晴らしい水平爆撃を披露してくれた。この日の為に用意された一トン爆弾を二発搭載した三機の爆撃機は、まず旗艦に一発目を叩き込んだ。

 四万トン級の旗艦は、それだけで大破どころか沈没さえ目に見えていたが、戦友を失った事への怒りからか、はたまたその巨大さ故に一発では不十分だと考えたのか、もう一発を落として見事真っ二つにした。

 

 他の艦艇も次々と撃沈し、海の藻屑となっていったが、ここで終わらせるような私ではない。救命艇で逃げようとする敵兵達にまで手をかけるような無体な真似はしないが、沈んでない艦は別だ。帝国の敵は、一つでも多く水底に消えて貰わなくてはならない。

 何より、失った戦友達に捧ぐ勝利としては、より完全に近いものこそが望ましかった。

 

 私は無線で、まだ空間爆発術式弾を残しているゾフォルトは居るか問うた。

 今回の任務はどのような艦隊に遭遇しても問題ないよう、爆裂術式弾を装填せず、二つの機銃に空間爆発術式を装填するよう指示していたから、十分余力はあるだろうと見積もっていたが、半数以上が帰還の保険分以外は使い切ってしまっていたようである。だが、逆に言えば、まだそれだけ攻撃出来る機体が残っているという事だ。

 

 私は弾丸を残した部下と編隊を組んだ。そして未だに浮いている艦を、一隻ずつ集中して潰してやる事にした。もはや穴だらけで見る影もない艦ばかりだから、皆で纏めて撃てば何発かは内部で爆発してくれるだろうと考えたのだ。

 空爆で余命僅かだった巡洋艦は、これで二隻沈んだ。あの、二〇隻以上は確実にいた艦隊が、今では影も形もない。全てが藻屑と消えたのだ。

 

 そして帰り際、なんと私達は潜水艦まで発見した。勿論、味方ではない。味方潜水艦の航路は、海軍と打ち合わせていたからはっきり分かっているし、何より帝国は旧式潜水艦の殆どを解体して更新している。明らかに敵だった。

 艦隊を沈めてなお、戦友の死に殺気立っていた私達は目につく敵は片端から沈めたいという欲求に駆られ、この潜水艦を更に水底深くにまで沈めた。

 我々はこれ以上ない程の戦果を収めたが、帰投して操縦席を降りた皆の顔に、勝利の笑顔はなかった。

 失った八名の顔が、皆頭から離れなかったのだ。

 




 幼女戦記原作5巻では「北洋海域は磁気を帯びてるから磁気機雷とか無理無理かたつむり!」 状態ですが、この作品では敵も味方もあっちこっちで機雷祭りです!

 何故って? 機雷がない海なんて海じゃねえだろ戦史的に! というのもありますが、一番の理由はアルビオンの浜辺にアシカがごろ寝しながらビーチパラソル開くぐらい余裕ぶっこいて上陸しそうだからです。(機雷があっても楽に勝てないとは言ってない)
 尤も、原作で帝国には存在しなかった航空魚雷出してる時点でヌルゲーには変わりない訳ですが……。

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【地名】
 イギリス海峡→アルビオン海峡

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