すずひらさま、オウムの手羽先さま、水上 風月さま、くるまさま、佐藤東沙さま、ご報告ありがとうございます!
一九二五年、一〇月。北方戦線は快調に戦果を重ね、陸軍への橋頭堡も築く事が出来た。予想外であったのは、アルビオン連合王立軍が大規模な上陸作戦を展開しなかったという事だが、流石に
と、この時は敵の慎重さに感心したが、真実はそうではなかった。連合王国軍は、強襲揚陸艇が圧倒的に不足していたという事が戦後に判明したのである。
ともあれ連合王国からの支援地上軍は帝国本土への上陸を諦め、全て協商連合本土の前線防衛に回し、帝国陸軍の侵攻を水際で食い止める事で、自陣営の損耗を抑えつつこちらの出血を狙ったようだが、相手が勝手に前線基地に張り付いてくれたのは、非常に好都合だった。
“『さくらんぼの種』を各基地に安全に運ぶ事が出来ただけでなく、後方をがら空きにしてくれたとあっては、笑いが止まらんな”
さくらんぼの種とは新兵器の機密保持の為に使用された秘匿名称で、現代の巡航ミサイルの祖となったフィーゼル・ファーストが正式な名称である。
エルマーが戦闘爆撃機よりも重きを置いて開発していた、この世界初のジェットエンジンを搭載した飛行爆弾が、二五〇キロもの最大射程を誇ると知らされた帝国軍の衝撃は凄まじく、直ちにエルマーに大規模量産するよう命じたそうだが、エルマーはこれを取り合わず、最低限の配備に留めるよう指示した。
地上から発射した際の最大高度が九八〇〇フィートと低く、速度も三二四ノットに留まる事から、魔導師や戦闘機に撃墜される事が目に見えていたのであろう。
エルマーはフィーゼル・ファーストを、コンドルを始めとした爆撃機に搭載し、高度を維持した状態で安全圏から発射する事が確実だとした上で、弾道ミサイルの祖であるフィーゼル・セカンドの開発に乗り出していた。
こちらは一二月には配備出来る筈だと八月には連絡があった為、それまで協商連合への本格攻勢を待つべきか、それともフィーゼル・ファーストの性能実験も兼ねて年内に進軍するかで意見が分かれたものの、結局は各軍港と沿岸要塞への攻撃が命令された。
地上基地から次々と発射されたフィーゼル・ファーストは、三分の一こそ撃墜されたか目標を逸れて海上に落下したものの、残る三分の二は協商連合前線の沿岸要塞や軍港に着弾し、協商連合軍と政府首脳陣を阿鼻叫喚の渦に陥れた。
観測要員として少数の魔導師が爆撃の結果を見届けていたが、それでも全ての前線付近の軍港と要塞を監視するのは、敵の警戒網からも不可能であった為、我々は敵ほど事態が重いものだと受け止めていなかった。
こんなものは開幕の狼煙であり、目晦ましの一つに過ぎない。直接的な制圧でなく、嫌がらせ目的なのだから当然だが、敵にしてみれば堪ったものではなかっただろう。何しろ、列強諸国の最新鋭戦闘機以上の速度で飛行物体が要塞や軍港に突っ込んできたのだ。
当時、協商連合の沿岸要塞に配属されていた将校達は「帝国空軍が人道に反する特攻部隊を用意したに違いない」と信じて疑わなかったそうだ。フィーゼル・ファーストの形状が飛行機に似ていたのも、誤解を加速させる要因になったのだろう。
同じく報告を受け、フィーゼル・ファーストを有人兵器と勘違いしたアルビオン連合王国と、当時報道の最高権威を気取っていたロンディニウム・タイムズは、フィーゼル・ファーストを『帝国軍の悪魔の兵器』『人命をも戦果と割り切る、非道なる軍事国家』と散々に酷評したが、真実を知る我々は、唯々苦笑いを浮かべるしかなかったものである。
勿論、彼らもそれが誤解だということは研究と調査の過程ではっきりした。フィーゼル・ファーストの残骸から調べられた構造や、帝国軍人の遺体などが見られない事から、射程と威力、精度の高い砲弾のようなものだと分かったのである。
私から言わせれば、唯でさえ貴重なパイロットを、そんな馬鹿げた兵器で使い潰すような国があるのならば、是非ともお目にかかりたいものだとこの時は小馬鹿にしたものだが、この話を後年出版社とした際、秋津島では特攻兵器の計画案もあったと聞かされた。
あの国は一体何を考えて、そのような兵器を生み出そうとしたのだろうか。私には理解できない話である。
ただ、嫌がらせとは言っても、これによって大いに前線は混乱した筈であり、北方方面軍は中央参謀本部が立案した後方地帯への揚陸作戦も、予定通り同日に開始した。
もしも協商連合・連合王国支援地上軍が、帝国本土への上陸作戦を敢行し、我々の動きを妨げていれば。もしも連合王国や共和国が、従来通りの外交戦略的価値観で、協商連合の後方に自軍の兵を下がらせていたら。
歴史に『たられば』は禁物だが、我々の戦いは間違いなく長引いただろう。だからこそ、私は先に述べたのだ。彼らは『不運』だったのだと。
◇
北方方面空軍は、フィーゼル・ファーストを搭載した爆撃機に乗り込み、協商連合の要衝である為に沿岸要塞に守られた、オース・フィヨルド*1を制圧目標に定めた。
爆撃中隊の護衛はダールゲ少佐率いる戦闘飛行大隊であり、海上でも帝国海兵魔導師の搭乗する帝国艦隊が、掃海艇で機雷原を掃海しつつ援護するという。
しかし、態々機雷の掃海を待っていたのでは、敵に発見されるリスクが高く、そうなれば足の遅さが悪い意味で折り紙つきのコンドルでは、すぐに狙われてしまうだろうし、飛行爆弾も撃墜される可能性が高くなる。
その為、空軍は中央参謀本部に魔導コマンド部隊の空挺降下を提案した。空挺部隊に敵の目を引かせ、外側を向く砲台もいち早く潰して貰って、少しでも艦隊と揚陸部隊の負担を減らして貰おうという魂胆である。勿論、足の遅い従来の輸送機や爆撃機は使用しない。
まだ空軍でさえ爆撃機として正式には配備していない、少数生産に留まっていた新型爆撃機Ka202ハーケルを空挺要員の為に貸し出す事を確約した上でだ。
これは、当初の予定では信頼性こそ高いものの、積載量や速度面から
アリアンツは積載量一・五トンを誇る大容量積載機でありながら、最高速度二七〇ノット。実用限界高度は二万六五〇〇フィートで、最大積載時でも一七〇〇キロメートルもの飛行を可能とする傑作機ではあった。
しかし、各戦線との距離や安定した供給状況から、大容量積載型の長距離輸送機を急ぐ必要があるのかと疑義が相次ぎ、常に開発を後回しにされていたのだ。
これはいざとなれば、
最高速度三〇七ノット。実用限界高度四万九〇〇〇フィート。爆弾搭載量二八〇〇キロを誇るハーケルは、出来る事ならばこの作戦で大々的に爆撃機として用いたい代物であったが、今回積み込むのは爆弾でなく精鋭魔導師である。
それも、中央参謀本部直轄の増強魔導大隊……私の未来の妻、フォン・デグレチャフ参謀少佐率いる、世界最強と名高い大隊が乗り込んだのだ。
私はフォン・デグレチャフ参謀少佐が、先月までライン戦線で三桁以上の撃墜スコア(共同含む)を叩き出していた事を知っていたから、報告を受けた時は「使われているな」と同情の念を寄せた。
昨日は地獄のラインで、今日は北方の重要沿岸要塞の攻略。しかも、誰より早く敵の要塞に空挺降下しつつも、味方から浴びせられる飛行爆弾の存在を知りつつ、敵兵と砲台を潰さなくてはならないのだから、使われる側としては、どれだけ給与と進級を得られてもやってはいられないだろう。
案の定私の妻は、この時のことを本著で語った。
◇ターニャの記録6
気付けば爆撃機に荷物として搭載され、地獄のラインから北方の最重要沿岸要塞に空挺降下しろと言われた日には、幾ら死線を潜り抜けて来た私でも、涙目になる権利ぐらいは有ると思う。
一体何処の空軍指導部のお偉いさんだ? 成功率を上げる為とはいえ、こんな幼気な少女を地獄にデリバリーするよう要請したのは?
何? フォン・キッテル参謀大佐? 最精鋭魔導師を送って欲しいと陸に懇願? 成程、それでこちらにお鉢が回ってきたのだな。
貴様、私の味方ではなかったのか!? 私の純情を踏みにじったのか!? 口先だけの関係だったのか!? 謀ったのか大佐ぁ!
私は激高した。しかし、すぐに元通り冷静になった。自分でも心中の台詞が気持ち悪くて吐きそうだったからだ。
大方、フォン・キッテル参謀大佐は私が来るなどとは全く想像していなかっただろう。何しろ私は今や、『ラインの最終防衛線』とまで称される西方の英雄様である。別になりたくてなった訳ではないが。
そんな私がラインを離れ、態々一度の任務の為に北方に足を運ぶ羽目になろうなどというのは、間違いなく思考の外というか、常識的にも戦線防衛的にも有り得ないだろうと考えての提案だった筈だ。
当然後程、私が作戦に参加するなどとは思ってもみなかったという謝罪の手紙が届いた。しかし、謝罪だけで済むならば官憲も法曹も世に要らぬ。誠意は言葉でなく形にして送り給えよ大佐殿。取り敢えず最高級の珈琲豆を、もう二袋は送って貰おうか。
◇
後日、何も催促していないのに帝室御用達のダルマイヤーが届いた。分かっているじゃないか大佐殿! 命の値段には安過ぎるがな!
◇
目標降下地点への到着と同時、降下する第二〇三航空魔導大隊。各員は既にしてStG25を配備され、その使い心地の良さを大絶賛。これならば連隊だろうとやり合えると豪語する様は、隊長としても何とも心強いものである。ラインでは連隊どころか師団規模と交戦して死にかけただけはあるというものだ。私は二度と御免だが。
かくいう私の手にも、既に体型に合った新型短機関銃たるMP2A1が握られており、こちらの使い心地は最高だった。
そしてご丁寧にも、こちらの短機関銃も私のイニシャルと『幸運を』の文字を胴体部にペイントした上で、弟御からの品からだというのに、フォン・キッテル参謀大佐の差出人名で届いてきた。後で確認したところ、体型に合わないようだったので追加で贈った分だから嘘ではないという。当然大隊員には、またしてもあらぬ誤解を受けた。
MP2A1は、威力・射程・精度といった性能面では当然の事ながら
“その上で、競合していた短機関銃より性能が上であってはなぁ”
銃器メーカーは、突如新式短機関銃のコンペに参入したエルマー技術中将の銃を見て、膝から崩れ落ちたという。
最有力候補とされたMP25はエルマー技術中将の作品と同様生産性に力を入れており、プレス加工とプラスチック部品を採用してコストダウンに力を注いでいたというのに、まるで子供の玩具だと嘲笑するようにエルマー技術中将は力の差を見せつけた。
喧嘩を売るように同じくプレス加工を採用かつ多用し、重量もMP25を二〇〇グラム近く下回る。
最小限に止められた部品数故に雨や泥、砂に強く、あらゆる戦場に対応していながら、有効射程はMP25に対して倍近く、発射速度や初速も超えているのだから、他メーカーは泣くしかあるまい。
当然の如く制式採用されたMP2A1は、二点折り畳みストックという革新的な小型化故にコマンド部隊や戦車兵、航空隊員に優先して配備されることになったが、そろそろ銃でなく任務の話に戻るとしよう。
◇
私達は一先ず湾岸部から少々後ろに離れた砲台から優先して潰し、地上配備された部隊とも交戦して手早く片付けた。一体いつ、あのフォン・シューゲル主任技師とは違った意味で危険な、エルマー技術中将が発明した飛行爆弾が飛んでくるか判らない。
というか、私は兵器開発の類は門外漢だから分からないのだが、こういう新型機構を搭載した兵器というのは精度とか色々と欠陥があって、徐々に調整してようやく実用出来るようになる物ではないのか?
なんで開発してすぐ量産して、しかも運用したその日に成果を出しているのだ? おかしいだろう色々と!
だから今すぐ飛行爆弾の投下──正確には発射だが爆撃機搭載型の飛行爆弾は時限式で、投下した後にジェット噴射して目標に『刺さる』仕組みの為、ここではこのように記載する──を止めろ!
なんて無駄に錬度の高い正確無比な爆撃なんだ畜生め! 私の大隊が
“まだ私達大隊が、というか私が居るのだぞ安全圏に逃げさせろ正確な爆撃を止めろぶち殺すぞ空軍の糞共がぁ!”
子女としてこの上なく口汚い保身塗れの最低な罵倒だが、どうして連中に私達の無線が届かないのか。ああ、敵魔導師の干渉術式による
我々は後方から砲台を潰していた筈なのだが、空軍の連中は仕事が早過ぎる。もう少し怠ける事を覚えるべきだ。いやまぁ、私も逆の立場なら、時間厳守も出来ない無能共が足を引っ張ってくれるものだと、毒づいたに違いないが。
しかし、怒りとは理不尽なもので、逆の立場としてなどちっとも考えなかったこの時の私は、興奮した猫のように目元を吊り上げながら声を張り上げていた。
「ヴァイス中尉! セレブリャコーフ少尉! 大隊の被害は!?」
「味方に殺されるところでしたが、当中隊の損耗はゼロであります」
「同じく損耗なし、被害ありません!」
「よし、とっとと離れるぞ! 空軍の連中には、後でしこたま奢って貰う!」
私と大隊員は絶対に、空軍の財布の中身が空になるまで、慈悲などかけず奢って貰うのだと決意した。後日、我々の大隊宛に大量のシャンパンとクリーム菓子が届けられた。勿論、既に馬鹿みたいな量を酒保で奢って貰った上でである。
空軍は実に気前が良いな! 爆撃してくれたことは絶対に、死ぬまで根に持つがな!
◇ニコラウスの回想記
妻には、本当に悪い事をしたと思う。この場を借りて心から、改めて謝罪したいとも思う。しかし、死ぬまで根に持つというからには絶対に忘れてくれないし、許してくれないだろう。
北方に送られた原因を作った私には、執筆中もこめかみに青筋を浮かばせて微笑んでいたから、当然私も未だに許されていない。それはさておき。
オース・フィヨルドの砲台は散々に破壊され、沿岸部は灰塵となったが、流石にここまでされては
沿岸要塞の戦闘機は離陸前に空挺要員が潰した筈であるので、おそらく応援要請を受けて急行したのであろう。
当然、最新鋭戦闘機に近づかれてはコンドルなど一巻の終わりであるから、戦闘飛行大隊は早々に打って出て、敵機を全て撃墜する必要があった。
迎撃の為に転針したダールゲ少佐は、交戦前に態々オープン回線に切り替えて、大胆かつ不遜にもスピットファイアの団体にこう言ったそうだ。
「さぁ死のうか。アルビオン紳士諸君」
ダールゲ少佐の活躍は、帝国空軍の撃墜王は私だけではないのだと知らしめるものであり、余りに一方的な蹂躙劇は、少佐もまた空軍の最古参にして英雄の一角なのだということを世界に見せつけるものだった。
既に帝国内でダールゲ少佐の名は、叙勲の時ぐらいしか新聞でも取り上げられなくなっていたが、他国では『恐るべき敵空軍の撃墜王』『北洋の悪魔』として、無数の船団を水底に沈めた時以上の衝撃でもって迎えられ、中立国たる合州国のニュース雑誌『タイムズ』でも表紙を飾った。
今でもダールゲ少佐が主役となったタイムズ誌は所持しているが、何とも言えない悪人面で表紙を飾る少佐の肖像画は、少佐を知る者であれば噴き出さずにはいられない事請け合いである。
フォン・エップ大将などは当時表紙を見て「これぐらい威厳のある男だったならば、我々としても嬉しかったのだがなぁ」と笑いを漏らしていた程だったのだから。
◇
スピットファイアは全機撃墜、帝国軍の揚陸作戦は見事に完遂。
我が未来の妻の怒りは筆舌に尽くし難い限りであり、私は何度も手紙で謝罪したが、そこは置いておこう。キリがない。
ともあれこれにて、帝国軍は協商連合後方の策源地を押さえる事に成功した。チェックメイトの日は、近い。
補足説明
【V1について】
V1は幼女戦記で人間ロケットになってしまわれたので、少々分かりづらいですが、V1ロケットがこのような名前になってしまいました。自分のセンスのなさが恨めしい。
【アリアンツについて】
アリアンツはWW2後に登場する独仏合同機C-160さんが元ネタで、ついに戦後機まで出しちゃいましたが、ターボプロップエンジン以外については戦中機みたいなもので、コクピットとかもC-160とは大きく異なります(ぶっちゃけ戦中機のコクピットで、他にも再現できなかった所が多々有る模様)。なので性能は結構落ちてます。
え? 素直にC-130ハーキュリーズとかいう最強輸送機作っときゃ楽だったろって?
うん。そうしたかったんだけど、あれアメリカ産だし、西ドイツが運用してないから出さない事にしたんだ(謎のこだわり)
【特攻兵器について】
「特攻とかまじ狂ってんな秋津島」と主人公は語りましたが、WW2ドイツでも爆撃機に体当りしてぶっ潰してやろうぜ! 流石にパイロットは死なせたくねーから直前で脱出させるけど! という作戦(作戦?)が実行されました。攻撃名は『シュツルム・フリーガー』。
当たり前っちゃ当たり前の結果ですが、体当たり直前の脱出は超危険で、殆どのパイロットがそのままお亡くなりになってしまいました。
どこの国でも末期的になると似たような思想になるって事なんだろうなぁ……。
以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【航空機】
ハインケルHe277→Ka202ハーケル
C-160トランザール→Tr502アリアンツ
【雑誌】
TIME→タイムズ
【銃器】
MP40→MP25
【兵器】
フィーゼラーFi103(V1ロケット)→フィーゼル・ファースト
V2ロケット→フィーゼル・セカンド