キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/8誤字修正。
 水上 風月さま、佐藤東沙さま、びちょびちよさま、オウムの手羽先さま、阿婆擦れsさま、ご報告ありがとうございます!


38 オステンデ海戦-ターニャの記録8

 オステンデ海戦。それは七つの海を支配したアルビオン連合王国の、ネルスン提督から続く不敗神話に幕を下ろさせた連合王国の「呪わしい瞬間」にして、後世、帝国海軍の名が戦争の神殿に祭り上げられた、世界最大規模の海上決戦だった。

 

 アルビオン王立海軍は戦艦二八隻、巡洋戦艦九隻、航空母艦二隻、装甲巡洋艦九隻、軽巡洋艦二五隻、駆逐艦八〇隻からなる大艦隊。

 対する帝国海軍は戦艦一六隻、巡洋戦艦五隻、前弩級戦艦六隻、軽巡洋艦一〇隻、魚雷艇四〇隻、潜水艦二〇隻と数・質ともに劣勢の状況下にあった。

 しかし、空軍戦力においてはその限りではない。如何に敵が大艦隊を有そうとも、航空機による爆撃が艦艇撃沈を可能とする事は立証済みであり、帝国海軍とて規模こそ小さいが、人材がない訳ではないのだ。

 海軍総司令官にありながら自ら旗艦に座乗し最前線で指揮を執るは、過去二度の海戦に勝利し、常在戦場の異名を持つアーデルベルト・レデラー元帥。

 その旗下には潜水艦隊司令長官として、帝国空軍以上に北洋の敵補給線に深刻な被害をもたらした『灰色狼』ペーニッツ大将を始めとする名将が集っていた。

 

 帝国軍が勝利を達成するには、合流を図るフランソワ共和国海軍に先んじて王立海軍を叩き潰さねばならない、という至難を極めるものだったが、そこはペーニッツ大将の潜水艦隊の面目躍如といった所で、この海戦に踏み込む前に多数の艦艇が潜水艦の餌食となっていた。

 

「フランソワ海軍は捨て置けば良い。我らの敵はアルビオンだ。奴らをここで潰せたならば、陸軍国の海軍など、どうとでも始末できる」

 

 同じ陸軍国の帝国海軍が語るのだから皮肉なものだが、その言葉が正鵠を得ていたのは事実である。現に、この海戦で趨勢が決した後のフランソワ海軍は、帝国空軍の爆撃と潜水艦の奇襲攻撃によって、次々と撃沈されていったのだ。

 

 

     ◇

 

 

 帝国空軍、王立空軍は共にそれぞれの本土から出撃した。航空母艦がある分、連合王国側が機先を制する事が可能だった筈だが、当時世界最速の爆撃機たるハーケルが、航空母艦を視認すると同時にフィーゼル・ファーストを発射。

 未だ艦載機の発艦準備が整わぬアーク・ロイヤルを中破に追い込み、敵航空機とパイロットにも甚大な被害をもたらした。当然ながら、こんなものは迎撃される可能性の方が遥かに高かったラッキーヒットであったが、この機を逃すまいと上空に意識が向いた瞬間に潜水艦隊と魚雷艇が猛然と魚雷を叩き込み、戦艦を囲む駆逐艦を排除していった。

 幸先の良い出だし。流れに乗らんとする帝国軍。しかし、それを許すほど王立海軍は無能ではない。敵は世界最強の海軍なのだ。

 

 過去の教訓から対空兵装を充実させた王立海軍は爆撃機を集中して狙い続け、何としてでも航空機による撃沈を阻止しようとする傍ら、正確な艦砲射撃が帝国海軍にも襲いかかった。

 本来ならば、この時点で帝国海軍は深刻な打撃を受けた筈だったが、ここでも王立海軍は『不運』に見舞われた。東風が排煙と砲煙をアルビオン艦隊に運んで目を遮った一方、帝国海軍には彼らの姿が、くっきりと浮かんだまま攻撃を続ける事が出来たのだ。

 

 加え、航空母艦だけでなく本土から発進した王立空軍の進路が王立海軍の正確な位置を知らせてくれた為に、レランデルから出撃した帝国空軍だけでなく、帝国海兵魔導師にも、いち早い到着を促す結果になった。

 迅速な帝国空軍・海兵魔導師による敵航空勢力の排除。それに伴う爆撃に始まって、海上戦力が優勢だった筈の王立海軍は徐々にその戦力を減らし、帝国海軍の数的劣勢が同等戦力になった時には、既にして趨勢は決していた。

 

 アルビオン軍の航空戦力が、今まさに潰えてしまったのである。制空権を握った爆撃機と戦闘爆撃機の大部隊が如何に恐ろしく、そして残忍であることか。

 それを幾度となく身に沁みているアルビオン王立海軍の絶望が如何なるものであったかは、空軍指導部で報告を受けていた私にさえ分かる。

 アルビオン艦隊は、それでも戦い続けた。味方艦隊が次々と沈められ、旗艦さえも沈没するだろうという時にあってさえ、彼らは帝国軍の降伏勧告を受け入れようとはしなかったのだ。

 

「王立海軍は最期まで戦い抜く! 帝国軍の兵器が我々の都市に、神聖なる国土に生きる民に降り注ぐ事を、命惜しさに我々が容認すると思うのか!?」

 

 国際救難チャンネルでの降伏勧告に、アルビオン艦隊指揮官、エリコ大将は「国王陛下万歳!」の叫びを最後に通信を切った。

 彼らは指揮官の宣言通り、沈み行く中でも砲を撃ち続けた。誰一人として救命艇で脱出をする事も、ボイラーを止めて降伏する事もしなかった。死の瞬間まで、祖国に尽くし続けたのである。

 

 エリコ大将は死後、アルビオン連合王国最高戦功章たる勝利十字章を追贈され、レデラー元帥もまた『彼の英雄の最期に、同じ海軍軍人として心から敬意を表する』と称えた。

 そして、戦時下にあっては本来有り得ない事であるが、帝国軍は連合王国本土の軍事施設以外を標的にする事はない事も打ち明けた。

 帝国軍の騎士道精神が、エリコ大将への敬意に対して手札を晒したとするならば、エリコ大将の名誉と誇りに満ちた最期にも、確たる意味があったという事なのだろう。

 

 

     ◇

 

 

 だが、これでアルビオン王立海軍が大敗北を喫したのだという事実は不動のものとなった。全世界の新聞でレデラー元帥の輝かしい勝利と帝国空軍の活躍が報じられ、特に帝国空軍などは、世界の空を統べる帝国最強の軍として、世界を震撼させるまでに至った。

 

 王立海軍が海上決戦で大敗北を喫したという事実は、連合王国植民地にも多大な影響を及ぼした。苛烈な植民地支配を続けてきただけに、敵の多かった連合王国の植民地では、沈没した王立海軍の艦名を喜々として塗り潰し、世界中の植民地で立て続けに暴動が発生したのだ。

 

 連合王国の継戦は、絶望的になったと言って良い。直ちにでも帝国と講和し、本国から植民地に軍を派遣して暴動を鎮圧しなければ、植民地経済が破綻するだろう事は目に見えていた。

 けれど。それでも。連合王国は、チャーブル首相は継戦の意思を崩さなかった。失敗も敗北も、全てを『勝利』で塗り潰して挽回する。

 帝国にさえ勝利してしまえば、連合王国に対して反旗を翻すような植民地はいなくなるという主張を続けながら、彼らは自ら崩壊への道を進んでいった。

 

「エリコ大将は、我々に連合王国とは何たるかを教えてくれた! 我ら自由の民! 我ら以外の何者にも支配されじ気高き民! その尊厳を守るべく海へ繰り出し、万里波濤を乗り越える、雄々しき魂を備えているのだと証明したのだ!」

 

 私から言わせれば、当時の彼らは狂していたとしか思えない。或いは悪魔か何かが、帝国を滅ぼそうと躍起になって、彼らを洗脳しながら背中を押していたのではないかとさえ疑う程だった。

 もう勝てはしない。敵う筈がない。私が敵国の軍人だったとしても、ここまでくれば継戦でなく講和の道を模索する。

 血みどろの苦杯は飲み干しきれない量で、意地を通し続けて良い時間は過ぎた。国家生存の分水嶺は、まさにこの時だったと確信を持って告げられる。

 戦略眼を有する軍人でなくとも、少しでも有利な条件で降伏する段階だと分かりきっていた筈だ。

 歴史に『たられば』など意味はない。何故彼らがあれ程まで貪欲に、自分達の祖国が崩壊する事さえ厭わずに戦いに身を投じる事を良しとしたのか。それ程までに、敗北とは呑み込みきれない苦いものだったのか。

 勝利者としての甘露を味わい、貪り続けてきた私には『その時』が来るまで、決して理解する事の出来ないものなのかも知れない。

 だが、彼らが『偉大にして不朽』と信じた過去の栄光にしがみつき、戦うことを、武器を下ろすことを止めないというのであれば、我々もまた、どれほど無慈悲な軍隊だと罵られようとも、最後の一兵まで殺し尽くさねばならない。

 望むと望まざるとに拘らず、戦争とはそういうものなのだから。

 

 

     ◇ターニャの記録8

 

 

 戦争とは一切の足踏みも、一片の躊躇も認められない残忍で残酷なものである。我が夫は帝国貴族として、帝国軍人としての名誉で己の心を固め続けるが故に、自らの死さえも本懐と肯定している。

 だが、私は夫のような、生まれながらの貴族でも軍人でもない。外側だけはらしく繕っていても、中身はあくまでごく普通の人間としての感性で構築された、平凡な人間なのだから当然だろう。

 だからこそ、だからこそ敢えて言おう。

 

“こんなものは狂っている! 狂っているぞドクトル・シューゲル!”

 

 読者諸君。またしても奴だ。敵兵より、死神よりも私を殺したくてたまらないらしい幼女殺しが趣味の変態サイコパスが、またしても私に気違いじみた兵器を送りつけてきたのだ。

 

「如何かねデグレチャフ少佐」

 

 最低かつ最悪なセンスだな、ドクトル。脳みそをポテトマッシャーで潰された後にこねくり回して再形成でもされたのか? と口答えしたくなったが自重する。軍隊で培われた鋼の精神は伊達ではない。出来れば、正直に生きられる人生が欲しいと思うが。

 

 我々第二〇三航空魔導大隊に与えられた任務は、共和国軍司令部に強襲し、機能麻痺を引き起こせというものだ。さすれば敵戦線を崩壊に導き、それに伴う大規模侵攻によって帝国に勝利がもたらされるだろうとの事であったが、敵地後方への強襲など命が幾つあっても足りはしない。

 こういう時こそフィーゼル・セカンドの出番の筈だと読者諸君は思うだろうが、目標地点が正確に分からない上、地下深くに司令部があった場合や、列車などで移動出来る態勢である場合には弾道ミサイルなど役には立たない。

 あれはあくまで要塞やら軍港やら、事前に目標の位置が分かっていて、かつ足が完全に止まっている固定標的にしか効果を発揮し得ないのだ。

 

 かくして私は、大隊を道連れに再びフォン・シューゲル主任技師の玩具にされる道を歩む羽目になった。

 濃密な迎撃網と邀撃戦力に守られているであろう予想地点に到達する為、我々は人間ロケットことV‐1に搭乗する事となったのだ。

 後世の軍事評論家は「V‐1こそ世界初のジェット航空機だ」などと持て囃しているようだが、私はそれを断固否定する。

 我が未来の義弟にしてジェット機の発明者──Tr502アリアンツはターボプロップエンジン搭載機であるので、もし北方戦線時に実用化していれば間違いなく名実共に世界初のジェット航空機だった──たるエルマー兄様に謝罪しろ。こんな物が航空機だと? 私は断じて認めない。

 

 迎撃不能な高度を追尾不能な速度で飛翔し、目標地点に到達? うむ。字句だけならば魅力的だとも。感動すら覚えそうだ。

 搭乗員は魔導師である事が前提。造波抗力の急増やら衝撃波対策やらの空力弾力的問題は、全て魔導師自前の防御膜と防殻で対処しろ? 使い捨ての大型ブースターは加速し続けるが調整は不可?

 万一地上に激突したら即死確定の棺桶に乗れと? くたばれドクトル・シューゲル!

 

 そもそも、これを航空機だなどと語る軍事評論家に言っておく。この馬鹿げた人間ロケットの正式名称は『強行偵察用特殊追加加速装置』でV‐1は当時の秘匿名称だ!

 分かるか! 追加装置だ! オプションだ! 我々魔導師をミサイルの弾頭に縛り付けて発射するのと何も変わらんのだぞ! お前達は人間ロケットに乗って空を飛びたいか!? 私は二度と、二度と御免だ!

 

 一体どうして、私がこんな物に乗せられるのだ。膠着したライン戦線への打開の為? レランデルを確保したのだから正攻法で押し切れと言いたい。連合王国にも海上決戦で勝利したと聞いたぞ。

 なんで勝ち戦が確定した戦争で、私はこんな目にばかり遭わねばならんのだ!

 

「理論値では、マッハ一・五に達する筈だ。有人飛行としては過去最速の栄誉を授かる事になるな」

「それは素晴らしい。ところでドクトル? 小耳に挟んだことですが、ブースターを使い捨てに推力を高める方式は、確かエルマー技術中将が考案していたと記憶していますが?」

「少佐! 流石に口が過ぎるぞ!」

 

 暗に盗作かと口にした私に対し、工廠の技師連中が私の口を縫うぞと言わんばかりの形相で私とフォン・シューゲル主任技師の間に入ったが、知った事ではない。

 そもそもにして、フォン・シューゲル主任技師の専門は魔導工学であって、航空技術の、それも最先端たるロケットは、エレニウム工廠がエルマー技術中将との共同開発に携わるまで、未知の領域だった筈。

 確かにフォン・シューゲル主任技師はある意味天才的な技師ではあるのだろうが、それでもこの発明が独力によるものかと問われれば疑問を抱かざるを得ない。

 フォン・シューゲル主任技師は、私の疑念にあっさりと、それはもう驚く程素直に事実を打ち明けた。

 信仰に目覚めてから、気持ち悪いぐらい表面的に善良になったのが凄まじく腹立たしい。

 

「私は愚かだった。神の愛を知らず、己は天才だと驕り昂ぶり、麗しい兄弟愛ゆえに、身を粉にして働く戦友に、何処までも醜い罵声を浴びせてしまったのだ。

 その日を心から悔いた私は、技術中将の兄君に対する侮辱を誠心誠意謝罪し、今後は祖国の勝利と科学の発展の為、蟠りなく手を取り合う間柄でありたいと伝えた。

 許されるとは、思っていなかった。しかし、エルマー技術中将は私を抱擁し、嘘偽りのない謝罪だったと認めてくれたばかりか、友としての契りまで交わしてくれた。

 私は今、神の愛だけでなく、友との愛にも包まれている! このV‐1は、私とエルマーとの友情の結晶なのだよ、デグレチャフ少佐……!」

 

 本当に信仰に目覚めてから気持ち悪いなドクトル!

 まだ前の方が情け容赦なく事故死に見せかけて頭蓋を吹き飛ばしてやろうと思えるだけ可愛げがあったぞ!

 

 ……しかもだ。この神という名の悪魔に魂を売った変態サイコパスは、本心でそれを語っていたと言うから性質が悪い。

 あの、他人の嘘は自白剤や嘘発見器など用いずとも確実に見破るエルマー技術中将が、口先でなく本当に改心したのだと確信している辺り、本心からの謝罪だったのだろう。

 両者の溝が滞りなく解消されたのは、この頃のエルマー技術中将の中で、私は兄君の清涼剤程度の価値しか*1なかったからであろう。

 

 つまりは、我が未来の義弟の唯一の友人が幼女キラーの変態サイコパスだということである。

 

 未来の義弟よ、頼むから友人は選んでくれと……こうして執筆する最中でも、あれが唯一の友人だったと言う事実に私は涙さえ禁じ得ないが、それはさておき。

 

「ああ、デグレチャフ少佐。エルマー技術中将からだが、魔導攻撃機の改良・増産の為、貴官が所持している九五式の現物を借り受けたいそうだ。

 九五式と九七式のデータは渡してあるのだが、開発者たる私をして、未知の部分が多いのでね。現物があるに越したことはない」

 

 私は正気かと言いたくなった。九五式はスペックこそ高いが、開発者や私をして『何故起動出来ているのか分からない』不確定要素の塊にして、未知の領域にある呪いの品めいた危険物だ。

 幸いにしてメンテナンスの為の分解清掃やら、チューニングに問題ないことは使用者である私が太鼓判を押すが、だとしてもあれ程まで有能な人材が、危険物を扱った為に死亡しましたでは余りに問題だろう。

 

 軍という組織はどんな歯車を失っても問題なく機能するように出来ているのが前提だが、あの歯車は一度失えば二度と手に入らないだろう。帝国どころか世界の損失だったと後年嘆かれることが確実視される歯車なのだぞ!

 

 お前のような天災とは違う、本当の天才なのだぞドクトル!

 

 しかし、既にエルマー技術中将とフォン・シューゲル主任技師との間で取引が成立している以上、私に拒否権はない。

 

 スペックだけなら大層な、しかし呪われた品にも等しいエレニウム九五式を渡すと、フォン・シューゲル主任技師はそれと引き換えに、私専用に改良の施された九七式を──過去の度重なる非人道的実験の謝罪と共に──渡してきた。

 基本性能は従来のそれと同一だが、私の魔力指数を完璧に把握した上で調整が施されているらしく、量産機の九七式より、余程良い数字が出せる筈だとお墨付きを貰った。

 

 もう九五式は手元に戻らなくても良いのではないかと思う。危険物は二度と私の元に届かないよう、厳重に封印して欲しいところだ……と、思っていたのに『調べるべきは全て調べた』と共和国司令部強襲を終えた私に、すぐさま返納されてしまった。

 

 相変わらず仕事が早すぎるだろう、エルマー技術中将。もう少し念入りに調べろと言いたくなったが「出力時の安定性を向上させた」「多重術式も魔力消費を抑えられている筈だ」と言われて、息を深く、それはもう深く吐いた。

 

 出来ればこんな物は使いたくない。使いたくないが、背に腹はかえられぬという言葉もある。たとえ呪われた品であろうと、命あっての物種なのだ。

 ……本当に、本当に使用に関しては抵抗のある代物だが。

 

「ああ、それから」

 

 と、まだ何かあるのか? と返納時に訝しむ私に、とんでもない一言が、エルマー技術中将の口から発せられた。

 

「何やら、脳に多大な影響を与える波長が、限定起動時に発せられていたようなのだが、これまでの使用で変化は無かったのか? 例えば……、意識や記憶が飛ぶ類の」

 

 あまりに危険な上、波長を遮断しても性能には問題ないので、演算宝珠の魔導コーティングを応用して、物理的にシャットアウトしたと言う。

 

“待て……っ! 本当に待て……!?”

 

 私は今まで、そんな危険物を扱っていたのか!? いや、いつ爆発しても可笑しくないとは承知していたが、脳にまで深刻な影響を与える代物だったのかこれは!?

 

 私はもう、決してドクトルを許すまいと心に誓った。そして、今後は全く問題ない筈だというエルマー技術中将に心から感謝した。

 私の事など露程も考えず、ドクトルと仲良くなりやがった事だけは一生根に持ったがな!

 

 

     ◇

 

 

 我が未来の義弟が、悪魔と友誼を結んでしまった事は誠に悔やまれるし、人間ロケットに乗せられるという現実は堪え難いものがあるが、エルマー技術中将が安全確認の為に設計図を入念に調べたという事実は、私だけでなく大隊各員を狂喜させた。

 特に、棺桶にぶち込まれることを悲壮な面持ちで耐えていた私には、これ以上ない朗報である。

 かくして防諜対策を理由に、最低限の操作演習を終えた我々が敵司令部を強襲する『衝撃と畏怖』作戦を敢行することとなったのは三月一五日。

 人間ロケットことV‐1の配備数から大隊全員は投入できず、選抜中隊での敵司令部投入となったが、この作戦の本命は我々ではない。

 我々魔導師の任務は敵司令部を排除し、混乱させる事にあるが、『衝撃と畏怖』作戦は包囲殲滅に向けての第一段階に過ぎない。

 既にして帝国軍は勝利を収めつつあるが、この戦局を打開すべく、共和国・連合王国地上軍はライン戦線南部に大規模兵力を集中投入。

 海上決戦やフィーゼル・セカンドの発射故、北西部に戦力を集中せざるを得ない帝国軍の動きを逆手に取り、そのまま戦線を突き破り本土を目指すという手筈だったようだが、この動きを中央参謀本部は読んでいた。

 中央参謀本部は南部の敵軍に、敢えて押し切られたように振る舞いながら軍を後退。銃砲などの物資まで遺棄したという徹底ぶりからも、この後退が如何に迫真の演技だったかが判ろうというものである。

 

 だが、これこそ中央参謀本部の罠。我々が敵司令部を強襲し、首を刈り取った機に乗じて北部から回転ドアの要領で南部の敵後背に回り込み、挟撃の上で誘引撃滅による包囲を完遂する。

 私達はそれを遂行する為の回転ドアのスイッチに過ぎないが、この任務が包囲殲滅の始まりにして、共和国・連合王国との戦争終結に繋がろうというのだから、否が応にも士気が上がるのは当然だった。

 

 V‐1は敵への回収を防ぐため、着弾と同時に爆発する仕様になっており──これでもまだ、V‐1を航空機などとほざく輩がいるならば乗れと言いたい──我々が落下傘を開いての脱出中、敵司令部付近の弾薬庫に着弾したV‐1は見事に爆散した。

 こんな物に乗せられて飛んでいた我々は、もう勲章とか賞与とか幾ら貰っても割に合うまいが、ともかく無事に敵司令部に到着した我々は、防衛部隊を速やかに殲滅した後、内部に突入。未だ敵は帝国軍がフィーゼル・セカンドを叩き込んだとばかり考えているようで、我々の存在に気付けていないのは僥倖だった。

 加え、司令部というからには中央参謀本部同様、軍の要なのだからさぞ厳重な警備下に置かれているのだろうと思いきや、存外大した事がなかったというのは驚きだった。

 私が戦ってきた緑と青の勇士共が例外なだけで、帝国の参謀は強い権限を有しているが、共和国の参謀は連絡将校も同然の扱いで、前線将帥が攻撃精神(エラン)を主張するばかりの猪だというのは本当だったらしい。

 ……その猪武者に、散々殺されかけた身としては、皮肉なものではあるのだが。

 

“これでは司令部を潰しても、前線に想定したレベルでの混乱が見られるかどうかは疑問だな”

 

 しかし、我々は任務を完遂する以外にない以上、そうした疑問を挟むことは許されない。やるからには徹底的に。そう己を戒めて掃討を続けたが、奥に進む度に違和感を感じていた。幾らなんでも、将校が少なすぎる。

 加えて、司令部らしい書類も物品も皆無だ。

 

“既に投棄された司令部か?”

 

 可能性としては十分有り得る。しかし、弾薬庫には歩哨である憲兵が立っていた。司令部だけを放棄して、弾薬庫は守る? いいや、まさか。

 

「〇五から〇九へ! 弾薬庫から脱出した敵兵はあるか!?」

「ありません! ですが、広域魔力反応に探知有り! 地下壕が存在するものと思われます!」

 

 糞! と私は失点を恥じた。おそらくだが、弾薬庫の下には本命の司令部が有り、そこから通じる抜け道も存在するのだろう。私とセレブリャコーフ少尉はすぐさま弾薬庫に乗り込み、地下に魔力探知を走らせる。

 幸いにして、魔力反応は残っていた。おそらくだが、二発目以降のフィーゼル・セカンドの着弾を警戒して、魔導障壁を地下一杯に張り巡らせているに違いない。

 私は中隊員全員を招集し、ナパーム系燃焼術式を発動。これで魔導師連中はともかく、司令部勤務の将兵は始末出来た筈だ。魔導師の方も、もう二、三発ぶち込んでやれば酸素が消失して窒息死してくれる事だろう。

 ライン戦線で地下壕に篭っていた私に、同じことをした連中に非難される謂れもなければ、躊躇など生まれる筈もなかった。

 私と大隊は運よく難を逃れたが、あの日の地獄は忘れ難い。天井は崩れ、通路は塞がり、火とガスが地下室を満たして、哀れな戦友に塗炭の苦しみと地獄の死を与えたのは、昨日のように思い出せる。

 今この場でその借りを返してくれるぞ共和国軍!

 

「気化燃焼術式三連、発動準備! カウント合わせ、三、二、一、今!」

 

 帝国軍内でも最精鋭大隊の、その中から選抜された中隊全員での燃焼術式だ。どんな魔導師だって黒焦げは確実。いや、全員で纏まって多重魔導障壁を発動しているなら即死はしないだろうが、それでも窒息死は確実だろう。

 私達はそのまま地上でも同様の気化燃焼術式を発動し、後方施設を片端から焼きまくった。後は敵の混乱に乗じて脱出し、森林三州誓約同盟との国境付近の指定区域にて待機する、爆撃機に搭乗して去るだけである*2

 

“これだけやって、包囲殲滅が上手く行きませんでしたでは、割に合わないな”

 

 とはいえ、たとえ期待以上の混乱が無かったとしても、我々は任務を達成したのだ。その分の埋め合わせは、中央参謀本部と前線の将兵がすべきだろう。彼らには、一層奮起して戦争を終わらせる努力をして頂きたいものである。

 

*1
 この当時の価値は、『あの時は不幸だったが、死ななかったのだから問題なし』『次に会った時にでも謝罪しておけば良い』程度に片付けられたのである。

 後々エルマー兄様と和解した私に対しても、エルマー兄様はフォン・シューゲル主任技師に謝罪を求めてくれたが、当然この件に関しては、私は未来の義弟が死ぬまで根に持った。

*2
 森林三州誓約同盟は表向き中立であるが、戦後に発覚したように、帝国を含めた多数の国と裏取引をしていた。今回の任務の脱出経路確保もそのうちの一つで、当時の密約に関してはWTN発行の『中立国の欺瞞』にリストがある為、そちらを参照して頂きたい。




 二〇〇〇年代ぐらいに入ると『フィーゼル・セカンドの発射を阻止せよ!』っていうクッソ熱いテロップと音楽でのアルビオン王国主役の戦争映画とか制作された模様。やっぱり帝国は世界の敵。はっきり分かんだね。

【なんで連合王国は降伏しなかったの?】
 存在X「困るんだよねぇ。降伏とか平和とかさぁ。もっと世界を追い込んで神に縋って貰わなきゃ、信仰ポイントとか色々入らないじゃん?」
 結論。存在Xは悪魔(周知の事実)。

 帝国軍の回転ドア作戦は、原作とは上(北部)でやったか下(南部)でやったかの違いだけです。海岸線のある北部の方が脱出経路が容易なので圧倒的にやりやすいのですが、海上決戦やらミサイル祭りやらのせいで、北部で回転ドアを行う事は出来ませんでした。
(このせいでデグ様は潜水艦で安全に逃げる事が不可能になったようです。まぁ、爆撃機も足は速いし、護衛戦闘機もいるから多少はね?)

 あと「アルビオン本土を爆撃したいでござる! 絶対に爆撃したいでござる!」と小モルトーケ閣下が譲らなかった事も、回転ドア作戦が北部から南部に切り替わった要因になったようです。
 そのミサイル攻撃のせいで海上決戦まで行っちゃったワケですが、何故か帝国が海上決戦で勝利しちゃったから、連合王国の死期がくっそ早くなった模様。
 本当に運がないな連合王国。

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【勲章】
 ヴィクトリア十字章→勝利十字章
【人物名】
 ネルソン提督→ネルスン提督
 エーリヒ・レーダー元帥→アーデルベルト・レデラー元帥
 ジョン・ジェリコー大将→エリコ大将

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