キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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 世界がすっきりしてきたかな?
 ……んむ? ちょおっと、右側が目に悪くなぁい? 赤色がくどすぎなぁい?(次の獲物を見る目)

中央大陸 各国勢力図 1926年6月22日
【挿絵表示】

※2020/2/25誤字修正。
 すずひらさま、佐藤東沙さま、MAXIMさま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


41 モスコーは燃えているか-ターニャの記録11

 私も未来の夫も、フランソワ共和国・アルビオン連合王国との戦争の後に続く平和は、少なくとも一〇年は続いてくれるだろうと考えていた。

 帝国は世界の盟主として捉えられていた連合王国を下し、四方を取り囲む中央大陸の仮想敵国にして、列強諸国を各個撃破した事で『覇権国家』たる地位を得た。

 三年近い列強諸国との戦争で疲弊していると言っても、未だ帝国には余力が有り、どのような国であろうと防衛戦争であれば十二分に対応できる。それだけの国力を有していたからこそ、幾つもの戦線を抱えながら勝利する事が出来たのだ。

 

 だからこそ、帝国は理解に苦しんだ事だろうし、ふた月ほどの本国勤務と休暇を満喫した後に、有無を言わさず第二〇三航空魔導大隊と共にオストランドに配属させられ、ルーシー連邦との国境付近で、中央参謀本部からの封緘封筒を開封した私も頭を抱えた。

 東部国境線全域で、ルーシー連邦による大規模侵攻に向けた事前集積が開始されているというのだ。当然、帝国とてこの事態を全く見過ごしていた訳ではない。

 

 私の夫が散々語ってきたように、ルーシー連邦とは油断ならない欺瞞と退廃に満ちた国家だ。信用なき彼の国に、帝国は後背を晒す事だけはせず、ダキア大公国攻略後も常備軍を配置し続けた事からも、警戒の度合いは窺えよう。

 しかし、この情報が正しいとすれば、『何故』という疑問が私にも大隊にも過る。連邦が帝国を蹂躙したいというならば、これまで幾らでも機会はあった。

 ダキアと共に殴る事も可能だったし、北方や西方に攻勢に出た時に、背中を刺すことも出来た。帝国が複数の戦線を抱えていた時こそ、連邦にとって最大の好機であった筈なのだ。

 だが、今はそうした疑念を挟むよりも、情報の正誤を確認する事こそ先決だろう。我々大隊が命じられるまま偵察任務に赴けば、そこには条約上存在してはならない筈の戦車師団が雁首を揃え、列車砲が発射準備を整えていた。

 

“中央参謀本部は、正しかったということか”

 

 未来の夫が拘留された一件では散々に無能扱いしてしまったが、これはもう詫びるしかないなと心中で謝罪した。まぁ、謝罪ならば只だからなという、打算に塗れた誠意の欠片もない、しかも心の中だけの謝罪なのだが。

 

 それはともかく、私達としてはすぐにでも列車砲を破壊したい所であったが、開戦に踏み切っていない以上、自分達から攻撃を仕掛けては防衛戦争が侵略戦争に早変わりしてしまう為に、打って出ることは出来なかった。

 政治的配慮という後の事情を考えるならば致し方ないとは言え、侵略者の蛮行を見過ごすなどというのは、如何に打算と合理性で構築された──と、少なくとも私自身は信じていた──この時期の私であろうとも耐え難いものであった。

 列車砲の発射と同時に、連邦は帝国に宣戦布告。帝国もまた全戦域に攻撃命令を出した事で、開戦の火蓋はここに切られた。

 

 中央大戦という、過去、現在の歴史における最大規模の戦争の後半戦。

 東部戦線(ルーシー戦役)の幕が、今ここに上がってしまったのだ。

 

 

     ◇

 

 

 可能な限りにおいて、戦車と列車砲を爆裂術式で吹き飛ばすこと数日。東部軍からの支援要請を受けた第二〇三航空魔導大隊の指揮官として、私は暫し熟考した。

 このまま敵野戦砲や列車砲といった地上兵器を潰しつつ、地上軍の増援まで遅滞戦闘に務めるだけでも十分。しかし、未来の夫もそうだが、私もアカが、コミーが大嫌いなのだ。

 無用な搾取、虐殺、経済倫理観の崩壊した、腐敗に満ちた政治体制。人命をゴミ以下と公言するかのような蛮行の数々には、夫でなくても義憤の一つぐらい抱いて当然だろう。

 

 よって、私は連中に対して、徹底的に嫌がらせをしてやろうと考えた。

 

 名目は陽動。目標は敵首都。近年にルーシー連邦が将校の大規模粛清を行った結果、この時期の連邦は魔導師が欠如していたし、航空機も数こそ多いが人材が絶望的と来ていた。

 連中の防空能力が皆無であるという情報は、高級将校ならば誰もが知るところであったのである。

 当然の倫理として、如何に相手がコミーの国だろうと、一般市民を巻き添えにする訳にはいかないが、連中が戦時体制に突入すれば、常に国民皆兵を宣って都市部を空にするのはルーシー帝国時代からの伝統でもあるので問題ない。

 何より、陽動はあくまで陽動。都市を制圧するのではなく、悪趣味極まる政治モニュメントを幾つか破壊するだけでも十分だ。

 

“保身に塗れた赤い貴族(ノーメンクラトゥーラ)共なら、軍事的合理性よりも、自己の安全を全てにおいて優越させるのは火を見るより明らかだからな”

 

 成功すれば、連邦は自軍を後方に下げて都市部に張り付けてくれるだろうし、そうなれば前線の負担は大きく軽減されるだろう。

 

「とはいえ、政治的な配慮という奴を欠かす訳には行かない。独断専行はキッテル大佐殿の二の舞だからな」

 

 大隊員達は一様に笑った。幸いにしてこの時は、私がフォン・キッテル参謀大佐の為に中央参謀本部に乗り込んだ事は大隊各員に知られていなかったので、皆と同じように私も笑ったものである。

 

「仰る通りですな。直ちに照会に取り掛かります」

 

 

     ◇

 

 

 第二〇三航空魔導大隊の要請は、直ちに中央参謀本部の稟議に回され、リスクこそ高いが成算ありとして許可が下りた。

 何時ぞやの方舟作戦への見通しの甘さが学習させたのか、それとも勝ちに驕ることの危うさを理解して気を引き締めてくれているのか、何にせよ良い傾向に変わりない。

 私は喜々として大隊と防空網を飛び越えて連邦首都、モスコーへ到着。連邦人民宮殿なる装飾過多で悪趣味な施設に、同じぐらい目に悪くて悪趣味で巨大な赤い星。無数に並ぶゴテゴテとした銅像達は、皆罪なき人民を殺したことを称えて建てられたに違いない。

 

 共産主義者はセンスも最悪だと確信する一方、私は横目に部下を見た。

 セレブリャコーフ中尉(一九二六年、四月進級)は、ルーシー連邦の革命騒ぎの折に亡命した、共産主義者の抑圧と圧政の被害者なのだ。

 子供の頃の記憶ではあるが、モスコーの地理には明るいと笑顔で語って先導してくれたが、私は鈍感ではあっても、その表情の裏に何があるかを察せないほどの愚物ではない。

 私はセレブリャコーフ中尉に、「連邦人民宮殿の赤い星を破壊しろ」と笑顔で指示。世の男共を骨抜きにしそうな眩しい笑顔と共に、中尉は赤い星を地に落とすより早く爆散させた。

 

「見事! 見事だぞ中尉!」

 

 私は手を叩いて喝采した。常識人で常日頃から内向きかつ常識的な性格故に、ストレスが溜まっているのではないかと心配していたが、この際だから思い切り発散して貰うとしよう。

 部下の精神安定も気遣えるとは、なんて良い上司なのだろうと自画自賛しつつ、私も破壊の限りを尽くす。

 

 秘密警察の機密書類を、徹底的に焼き尽くしましょう! というセレブリャコーフ中尉の並々ならぬ勤労精神には私も大歓喜だ。

 

 労働者の国よ! これこそが清く正しい人民のあるべき姿だとは思わんかね!

 人民よ、諸君らの命を救ったセレブリャコーフ中尉という女神を仰ぎ讃えよ! と叫びながら、私は共産主義モニュメントを遠慮なしに部下と一緒に発破解体中。

 

 勿論勲一等はセレブリャコーフ中尉だ。叙勲申請は通させる。絶対に通す。

 共産主義というカルト思想を強いられた労働者達には、今日からセレブリャコーフ中尉に毎晩祈ることを義務付けさせたい。宗教は阿片だと連中は言うが、大量虐殺の指導者連中に祈る方が私はどうかしていると思う。

 

 何より、見た目からして胡散臭い、人民の血肉で肥え太って臭そうな男共よりも、若い美人に祈る方が精神衛生上にも良いことは間違いない。

 破壊の限りを尽くす私達に唯一不満があるとすれば、クレムリンが大隊全員の重爆裂術式どころか、対拠点貫通攻撃用の徹甲術式弾でも破壊不可能だったという事実である。無能な独裁者ほど保身は一級というが、連中は一級どころかスペシャリストと言って良いだろう。腹立たしい。

 

 このままでは、喜色満面だったセレブリャコーフ中尉の爽やかな笑顔が消えてしまうではないか!? いかん、いかんぞ! 上官として、部下に快適な職場と仕事を提供する事は義務である! 中尉の作業効率が落ちるのは大問題だ!

 私は悩んだ。そして、ふと思い至ったのは、連中がプロパガンダの製作に熱心だと言うことだ。映画撮影所では、案の定反帝国プロパガンダ用の帝国国旗も完備と来た。それ以上に赤旗もたっぷりある。

 

「喜べセレブリャコーフ中尉! 今日から貴官は大女優だ!」

 

 セレブリャコーフ中尉の目が、赤い星などより遥かに美しい綺羅星のように輝いていた。きちんと軍票と支払い証明書を撮影所内に叩きつけるところが、実に真面目な帝国軍人らしい。

 男共の手によって回されるカメラと共に、有り余る美声で帝国国歌を熱唱し、革命記念広場で赤旗をへし折って帝国国旗を翻す!

 セレブリャコーフ中尉はかつてないほど絶好調だ!

 私もファンになりそうだぞ中尉! 愛おしいぞ中尉!

 もっとモスコーを燃やすのだ中尉!

 

「中尉! 貴官は今、最高に輝いているぞ!」

 

 才能溢れる新人女優を被写体にした映画監督とは、おそらくこんな気持ちなのだろう。「中佐殿も是非ご一緒に!」と誘われたので、二人で仲良くデュエットだ。

 嗚呼、麗しきかな戦友愛! なんと赫々たる大戦果!

 これは間違いなく、大隊全員に特別恩賞と勲章がセットでついてくるに違いない!

 

「大隊諸君! 東部方面軍に凱旋だ! 我々は花束とキスで迎えられるぞ!」

 

 

     ◇

 

 

「デグレチャフ中佐。貴様はやりすぎたのだ」

 

 ……え?

 

 

     ◇ニコラウスの回想記

 

 

 時計の針を、少々巻き戻そう。

 一九二六年、六月二一日。二二時。帝国はルーシー連邦の奇襲攻撃と同時の宣戦布告を受け、防衛戦争を開始。私もまた空軍指導部でなく、再び一パイロットとして最前線で戦う栄誉を得た。

 無論、これには理由がある。一つは赤軍*1の兵力は雲霞の如きものであり、東部方面全域に展開された赤軍の対応には、全帝国軍が一丸となって当たる必要があったこと。

 

 二つは、既にして連邦がダキアにも同時宣戦布告を行っており、帝国は片割れとは言え、安全保障条約上、彼らを守らねばならなくなった為に一部戦力を割き、ダキア国民と政府を後方に下げる必要が出てきたためだ。

 このような状況に置かれては、如何に過去、二正面、三正面を経験した帝国軍といえども余裕はない。

 使えるものは文字通り全てを使わねばならない状況だからこそ、私は指導部で頭を動かすのではなく、最前線で一機でも多くの軍用機を墜とすか、或いは地上の戦車や砲を片端から潰して貰わねばならなくなったという訳だ。

 

 正直に言えば、私は一年前にアルビオン艦隊に空襲を仕掛けて以来、訓練以外で軍用機に乗る機会がなかったので不安だったのだが、赤色空軍との初戦は錆落としにもならなかった。

 相手から奇襲を仕掛けてきたというのに、赤色空軍の航空機は立ち上がりが遅く、脆弱だったのだ。航空団を率いて飛んだ私は、国境を高高度で飛び越えて野戦飛行場を爆撃した。

 一〇〇〇機以上もの航空機が一瞬で燃え上がり、辛うじて飛び立つ事に成功した戦闘機も、私と指揮下にある戦闘機隊があっさりと撃墜し、悠々と基地に引き返せてしまった。

 初日の交戦は、東部戦線全体で戦闘機が三〇〇以上を撃墜。野戦飛行場の戦果は過剰だろうと当初思われていたが、後に確認したところ、敵機の被害総数は二〇〇〇機を下回る事はないと判明した。

 

“まるでダキアだ”

 

 確かに帝国軍では、連邦指導者が保身の為だけに軍将校の大粛清を敢行したことは察知していたし、実際に物量こそ多いが、質そのものは脆弱だろうという事も理解していたが、ここまで脆いとは思いも寄らなかったのだ。

 空軍は方針を切り替えた。戦闘機隊で制空権を確保した後に、ゾフォルトや戦闘爆撃機を用い、その制圧力でもって、敵野戦軍を叩き潰そうというのである。

 

 これには現場の私も賛同した。現状、我々は大規模な侵攻を開始出来るほどの数的優位を確保していない上、連邦領の奥地に入れば入るほど、インフラ整備がなされてない区域に足を踏み入れなくてはならなくなる。

 連邦からの亡命者と情報部の情報を元に、帝国は敵国のインフラ事情をそれなりに把握していたが、内容は指導部が大いに頭を抱えるものであった。

 何せ、敵地では前進補給路として使用できる道路が限りなく少ない上、モスコーに通じる舗装道路はミースクから伸びる一本のみで、他は良くて砂利道。鉄道のレール規格さえ違うと来ているのだ。

 帝国は鉄道部隊に路線を改軌させるか。それとも馬匹と輸送車両を用いて、行列を作りながら細々と侵攻するか。何れにせよ進軍を行う以上は選択を迫られるが、自分たちの領土に近い位置で戦う内は、その心配に悩まされることはない。

 

 組織的後退を行いつつ、連邦軍をインフラと基地の整っているオストランドに引き込み、多大な出血を強いる事が出来れば、我々はやがて数的優位を確保し得るし、その間には進軍に必要不可欠なハーフトラックの量産も進むだろう。

 ただ、ダキアの油田に関しては手放しで敵に渡してやるには行かない以上、早急な攻略と確保が求められる。

 帝国一国でダキアの安全を確保せねばならない以上、確保した石油は徴発させて貰う事になるだろうが、そこは必要経費として割り切って貰うしかない。私達が倒れれば、ダキアもまた共倒れになってしまうのだから。

 

 

     ◇

 

 

 ルーシー連邦の国土は、唯でさえ広大で縦深防御に事欠かない厄介な土地だが、侵攻を阻む最大の敵といえば、やはり泥と寒さだろう。

 フランソワ大陸軍(グランダルメ)のルーシー遠征時代には、機械化された軍隊など存在しなかったが為に、春から秋の進軍は問題なかったのかもしれないが、高度発達に比例して繊細な兵器を取り扱う我々はそうも行かない。

 春から秋のルーシー連邦は雪解けによる泥濘が続き、トラックや戦車の多くが沈んで使い物にならなくなる。冬になれば泥濘も凍りつくかもしれないが、今度はその寒さ故に兵士は凍え、精密機械たる戦車や戦闘機も、潤滑油まで凍って動かなくなるだろう。

 地形や天候が戦線を阻むのは協商連合も同様であったが、帝国軍はそれ以上の艱難辛苦を、連邦の大地で経験する事は間違いない。

 

 エルマーは予てからルーシー連邦への侵攻然り、防衛然りの問題をフォン・シューゲル主任技師との兵器開発の傍ら私に語ってくれていたから、そこいらの将校より東部の知識と理解は十分にあったし、勿論空軍指導部や中央参謀本部にもエルマーの危惧は伝えている。

 まさか、ここまで早くその知識が活かされる事になるなどとは、私自身夢にも思わなかったが、少なくとも上が無謀な侵攻計画を立てることはないだろうし、私も無理な進軍を続けずとも、ここで出血を広げられるならそれに越した事はないと考えていた。

 雲霞の如き連邦軍と違い、長期の戦争を行ってきた帝国軍にとって、人命とは無為に支払う事の出来ない金貨なのだから。

 

 

     ◇

 

 

 度重なる戦争で鍛え抜かれた古強者達はゾフォルトの為に空をあけ、私を含む魔導攻撃隊は赤軍の戦車や重砲、輸送列車から歩兵師団まで、可能な限り粉砕し続けた。

 だが、戦果を拡大させ、敵の出血を甚大な物にしていく一方で、私はどうにも腑に落ちなかった。一体何故、連邦は今になって帝国に宣戦布告したのだろう? 律儀に帝国が複数戦線を抱えている間だけは、ダキアとの終戦の折に結んだ不可侵条約を守ってやろうと紳士的になっていた訳でもあるまい。

 それ程まで連中が信義に厚いなら、ダキアは今侵攻を受けてはいないし、油田も強奪されてはいない筈だ。

 帝国流の合理的観点で見るならば、連邦は『今』だからこそ、或いは『ここから』なら勝算の見込み有りと考えて動いた筈。

 複数戦線を抱えていた時期の帝国を背中から刺すよりも、今の方が遥かに効果を見込める何らかの手段を持っていたからこそ、連邦は動いたと見るべきだ。

 

“新兵器を発明したか。或いは何処かの国と、内密に軍事同盟を結んだか”

 

 もしくはその両方だろうかと、ゾフォルトで弾薬が尽きるまで地上兵力を駆逐しながら、答えの出ない思案を続けていた。

 

 

     ◇

 

 

 赤軍への絶え間ない攻撃を続ける日々を送る中、私の元に心を湧かせる報せが届いた。フォン・デグレチャフ参謀中佐率いる航空魔導大隊がモスコーを襲撃し、一人も欠ける事なく帰還したばかりか、撮影機材で記録映像と写真まで撮ってきたというのだ。

 一方的な侵略行為に踏み切り、理不尽かつ不遜にも宣戦布告を行った連邦への報復としては、これ以上痛快な事はない。私だけでなく基地の皆が、第二〇三航空魔導大隊の歴史的偉業を絶賛し、熱狂的賛美を唱えて止まなかったものである。

 

 私は直ちに、第二〇三航空魔導大隊の駐屯地に祝電を発すると、すぐに返信が届いた。向こうも向こうで後方要員らと祝勝会をしている事を返電され、感極まった私はその後、是非写真か映写機とフィルムを送って欲しいと本国に要請した。

 私だけでなく、基地の誰もが勲一等と讃えられるべき英雄達の勇姿を目に焼き付けたかったのだが、私と同様の要望はどの前線基地からも上がっており、写真ぐらいしか無理だろうと言われてしまったが、十分だ。

 送られてきた写真は写りが良いし、モデルも最高だった。ルーシー系の中尉と、帝国が誇る『白銀』という女性士官二名がクレムリンで帝国国旗を凛々しく掲げる姿など、正に戦乙女の如き英姿だろう。

 空軍基地の男共は挙って写真の焼き増しを求めており、特にルーシー系の中尉の名前を知りたがって止まなかった。スラリとした長い手足に整った顔立ち、女性の魅力に溢れる肢体というのは、前線の男達には垂涎ものだったのだろう。

 女優のブロマイドと違い、やましい理由ではないと主張して持ち歩けるのも、彼らの中では大きかったのだと思う。

 私は自分に正直な男達に苦笑しつつも、第二〇三航空魔導大隊の活躍を目に出来たことに歓喜し、大隊各員にシャンパンとチョコレートでも贈ろうかと、本日三回目を控える出撃の合間に考えていた。

 兵の質はさて置くとしても、やはり赤軍の数と火力が脅威である事に変わりはない。私は朝から夜まで、弾薬を補充しては幾度も東部に派遣されたグロート大尉(一九二四年、中尉進級の後、一九二六年、四月大尉進級)と飛び続けた。

 グロート大尉は、ダールゲ少佐がレガドニア戦役でゾフォルトから戦闘爆撃機に乗り換えた後も、ゾフォルトの後席手として他のパイロットと組んで活躍し、二〇〇を超える出撃回数を評されて、白金十字を授与された大ベテランであったから、必然的に出撃回数の多くなる私としても、大変に有難かったものである。

 

 なまりも錆も、絶え間ない飛行のおかげで、ようやく綺麗に落ちつつある。やはり最前線には定期的に顔を出しておかねば駄目だと思いながら、暫しキャラバッシュパイプを咥え、パイロットの控え所(ピスト)で撃墜・撃破記録を作成していた。

 私はこの日、この時まで本当に気分が良かった。多くの民草を苦しめる、共産主義者と相対する聖戦に加わる事が出来た誉れを噛み締め、フォン・デグレチャフ参謀中佐の英雄的貢献に、本土の帝国国民同様心から喝采を上げていたのだ。だが。

 

「デグレチャフ中佐が、査問会に?」

 

 何かの間違いだろうと、私はそれを報せてくれた従卒に改めて問うた。だが、答えが変わる事はなかった。

 

「本国政府より疑義が出たのです。デグレチャフ中佐殿の『()()な市街地での軍事作戦』と『独断専行()()()軍事行動』は問題だと」

 

 過剰? じみた? 本国のお役人方は、ふざけているのか?

 フォン・デグレチャフ参謀中佐のモスコー襲撃は、民間施設への攻撃を徹底的に避け、党と軍関係施設のみに止めていたし、中央参謀本部の認可を得た正式なものだ。

 

“ああ、つまり。お役人はこう言いたい訳だ。「よくもこんな()()()を上げてくれたな」「早期講和の芽が潰えてしまったぞ」「責任は原因を作った軍人に取らせるべきだ」と”

 

 私は肩を震わせた。祖国に対し、忠実かつ献身的に義務を果たした、どの軍規に照らし合わせても清廉潔白なる英雄の名誉を、役人の下らぬ面子で汚す事など断じて許せなかった。

 

“何としてでも、査問会議の出席許可を取り付けねば”

 

 フォン・デグレチャフ参謀中佐が命を賭して私を守ってくれたように、次は私が彼女を守る。断じてフォン・デグレチャフ参謀中佐の誇りを、名誉を傷つけさせてなるものかと、私は従卒の制止を振り切って戦地電話の受話器を取り、東部方面中央軍司令官に繋いだ。

 軍の論理において、このような戦友への侮辱は断じて許すべきではない。

 三軍は一丸となってフォン・デグレチャフ参謀中佐の名誉を守るべきであり、私もまた一人の空軍将校として、政府への抗議の表れとして出席をお許し頂きたいと直訴したのだ。

 

「ならん」

 

 だが、司令官は私の直訴を一蹴した。未だ東部戦線は多大な負担を帝国軍に強いており、ダキアに展開中の連邦軍も追い出さねばならない。

 中央参謀本部直轄の虎の子たる、第二〇三航空魔導大隊が指揮官不在となっている現状で、私まで前線を離れて貰っては困るというのだ。

 私は、血が滴り落ちるほど拳を固く握った。何と皮肉なことだろう。最前線を強く望む時ほど私は前線から遠ざかり、後方を望む時ほど、前線に縛られてしまうのだから。

 

 歯を食いしばりつつも、私は思考を止めなかった。

 既にして私は大罪を犯した身であり、軍規に反するような行動は二度と取らぬと誓っている。ならばこそ、許可を得るには合法的手段を用いるしかないのだ。

 

「閣下。陸・空軍の戦功規定には、五〇機ごとの軍用機撃墜。ないしは一定数の地上兵器・戦闘車輌撃破の功に対して、特別休暇と恩給が認められるものと記憶しております」

 

 これまでの私は散々に休暇を拒否してきたが、今回はそれを頂くとする。が、拒否した分を認めて貰えるとは期待していない。

 案の定、遡及は認められなかったが、私は自分の撃墜数と撃破数は正確に把握し、戦闘日誌にもこと細かに記録している。

 東部でも私は自分の撃墜数に拘らず、空戦では勢子となって部下に経験を積ませ、地上支援でも戦友の撃ち漏らしをフォローしていた為に、現時点では個人スコアでの規定数に到達していないが、目標にはあと僅かだ。

 

「本日中には、確実に残り四機の戦闘機を撃墜。ないし五輌の戦車を撃破して参ります」

 

 有無を言わさず電話を切り、私は滑走路へと踵を返した。

 

*1
 共産党政権下の連邦地上軍(陸軍)の別称。一般には陸軍のみを赤軍と呼称し、空・海軍は赤色空軍・赤色海軍と呼称する。




 あったりまえですが、デグ様のモスコー襲撃は超脚色してます。モスコー内部の情報とか、色々と知ってる筈のない事を知っちゃってるので、全部連邦出身のヴィーシャちゃんが濡れ衣を着せられましたw

【後年、出版された本に目を通したヴィーシャ=サン】
 ヴィーシャ「なんで私が喜々としてモスコーを破壊してたことに!? (殆ど)デグレチャフ中佐殿の仕業でしょう!?(やらかさなかったとは言ってない)」
 読了済みの魔導将校「やっべぇー……閣下超やべー……(絶対服従しなきゃ)」

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【地名】
 ミンスク→ミースク

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