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当然だが、私の中央参謀本部勤務と小モルトーケ参謀総長直々の副官任命は、双方とも波紋を呼んだ。
特に、軍大学在学中に目をかけて下さり、大隊長に抜擢して頂いたフォン・ゼートゥーア中将の怒りは凄まじいものだった。
フォン・ゼートゥーア中将は階級の差を弁えつつも、その哲学者然とした性格からは想像できない程の怒気を滲ませて、前線将校としての私が帝国軍にとって如何に手放しがたいものか。あらん限りの語彙を用いて力説された。
中央参謀本部直轄の増強魔導大隊の使い勝手の良さも然ることながら、達成困難な特殊任務を遂行し、あまつさえ戦傷による*1損耗は今日まで皆無という、常識外れの力量と成果を高く評価してくれていたのだ。
「参謀総長。ご存知の通り東部戦線には、正面だけで一五〇個師団の赤軍が展開しているのです。このような状況にあって、『政治的配慮』を行う余裕はありません」
上手い言い回しだと私は感服した。フォン・ゼートゥーア中将としては「自分の部下を取り上げてくれるな」と喉から出かかっているに違いないが、それを上官に対して直接口にする訳には行かない。
だからこそ、査問会議による政治家たちの溜飲を下げる為程度にしか、私を副官職に就かせるメリットはないぞと、暗に意見を述べて私を取り戻したいのだろう。
尤も、小モルトーケ参謀総長が、ここで折れる筈もないのだが。
「ゼートゥーア次長。私がフロックコート*2如きのご機嫌取りの為に、デグレチャフ中佐を手元に置いたと考えたならば心外だ。私が中佐に副官懸章を与えたのは、純粋に彼女を欲したからだ」
これにはフォン・ゼートゥーア中将も、呆けたように口を開けた。よもや堂々と、お前の部下が欲しいから寝取ったのだと言われるとは思わなかったのだろう。
手続きを踏んでの副官任命である上、上官にして赤小屋の頂点たる小モルトーケ参謀総長に、これ以上の異議申し立ては失脚の恐れさえあった。
だが、フォン・ゼートゥーア中将もまた折れない。というより、完全に頭に血が昇っておられたのだ。
普段の中将を知る方であれば、間違いなく顔面蒼白となり、触らぬ神に祟りなしと接触を恐れる程の形相。新兵いびりが大好きな兵舎の鬼軍曹だろうと、今のフォン・ゼートゥーア中将に比べれば、ガキ大将が戯言を抜かしていると鼻で笑えるに違いない。
「デグレチャフ中佐……貴官は、この決定に思うところはないのかね?」
私は貴官を買っているつもりだと、参謀次長として最大級の賛辞を舌に乗せつつ『白銀』に後方勤務など相応しくないと言外に述べる。将を射んとする者はまず馬を射よと言うが、射るのではなく首輪をつけて連れ戻そうというのだから質が悪い。
たとえ前線勤務に戻りたいという意思があったとして、小モルトーケ参謀総長の視線が刺さるこの状況下で、フォン・ゼートゥーア中将に追従出来る佐官がいるならば、是非ともお目にかかりたいものだ。いや……相手が元帥だろうと参謀総長だろうと、前線に焦がれて希望する者なら、一人いたか。
私は含むように、乾いたように笑った。フォン・ゼートゥーア中将は、私が馬鹿にしたと思うだろうか。それとも、私の真意を見抜かれているだろうか?
おそらくはきっと、後者なのだろう。私は自分が、どんな表情を作れているか何となくだが分かる。
「中佐……?」
なんだ、その顔はと。そんな表情を軍人が、『錆銀』と恐れられた大隊長がするのかと言いたげに、フォン・ゼートゥーア中将は目を見開いていた。
「ゼートゥーア閣下。これまで数々のご高配を賜りましたこと、小官は心から感謝しております。ですが、参謀総長閣下の副官となる事は小官が望み、同意した上での拝命であります」
「危機的状況にある前線を承知の上で、貴官程の軍人が自ら志願したというのかね?」
違うだろう。強引な、地位を利用しての引き抜きに決まっているだろうとフォン・ゼートゥーア中将は頭を振った。まるで長年連れ添った恋人を、上司に手篭めにされたような、そんな表情には不謹慎だが笑いを堪えるしかなかった。
だって、仕方ないだろう? 老齢と称すべき妻子持ちの既婚者二人が、見目も実年齢も幼い少女を両手で掴み合いながら、綱引きのように自分の物にしたがっているのだ。私でなくとも、この状況に置かれた女は、彼らを見てこう思うのではないだろうか?
“お可愛い方達ですこと、と”
だが、まぁ。先程も述べた通りどちらも老齢で妻子持ちの既婚者で、挙句私の体だの心だのでなく、軍人としての才幹が目当てだと考えれば、正直辟易もしてくる。何より私は副官の地位には何の不満もありはしないのだから、放っておいて欲しかった。
「はい、閣下。小官は参謀総長閣下が望まれるままに勤めを果たし、勝利への道に邁進すべく、全てを擲つと誓っております」
ひどい矛盾だと、フォン・ゼートゥーア中将は嘆かれた。目に見えて肩を落としながら踵を返す、敗残兵のようなその背に、小モルトーケ参謀総長は笑うように言葉を投げた。
「ゼートゥーア次長。全ては勝利の為だ」
「真意も、その言葉通りであって欲しいものですな」
臆面もなく忌々しげに吐き捨てながら、フォン・ゼートゥーア中将は執務室を去った。小モルトーケ参謀総長はそれさえ全く意に介さず、無駄な時を過ごしたとばかりに私に向き直った。
「中佐が提出した『連邦対外行動の源泉』は見事だった。よくもまぁ、一日二日で連邦というものの政治的性質を見事に書き綴ったものだよ」
「光栄であります、閣下。ですが、あれらは外交畑や専門家を狙ったもの。軍人の興味を引けるとは思えません」
「構わん。既にして他国にも翻訳し、発行するよう指示を出した。有識者らに連邦の本質を知らしめれば、世界はさぞ我々を贔屓してくれることだろう」
昔の私なら、印税が入るだろうかと期待に胸膨らませたに違いない。ああ全く。本当に過去の私という奴は度し難い。
「それで? 本命の方はどうかね?」
「参謀連を納得させるのであれば、あと三日は必要です」
一つでも穴のある論文など、中央参謀本部では失笑と嘲弄の的だ。全てにおいて完璧に。私が求める殲滅戦争の為に、入念かつ徹底して全てのコミーを骸に変える為にも、決して妥協は許されない。
「貴官であっても、ふた月はかかると見ていた仕事だ。楽に、しかし時間を無為にすることのないよう仕事を勤めたまえ」
言って。小モルトーケ参謀総長は受話器を取り、車を回すよう指示した。本来なら副官たる私の仕事だが、元より私の仕事は勝利の為に最善を尽くすことのみであり、それを求められての副官任命でしかない。
「本日はどちらまで?」
「陛下を説得する。我々の目標達成の為には、宰相らも含め全て使わねばならん」
◇
宮中の誰もが、
これが他の軍人か、あるいはどれほど高位の貴族であっても、
だが、あの大モルトーケ伯の甥に相応しい、綺羅星の如く輝かしい勝利を帝国にもたらし続けた小モルトーケ参謀総長の言葉は真に迫るものであり、また、普段の彼を知る宮中の全てに、如何に参謀総長が事態を深刻に受け止めているかを伝えるものだった。
「
帝国の敗北はあらゆる文明の終焉を意味し、連邦の勝利はあらゆる民族と国家を、混乱と破滅の坩堝に投げ入れるものであります。
皆々様におかれましては、既にして連邦の支配と暴虐については聞き及んでおられましょう。人類の平和と繁栄の為に、そして偉大なる帝室と帝国の永遠を願うならば、我々は
見目こそ勇武の相と、頑健なる巨躯を持つ小モルトーケ参謀総長だが、温厚で物静かという、プロシャ軍人の対極のような内面であったのは宮中の誰もが知る所であった。
そうした軍人としての粗野がないからこそ、参謀総長は
それを小モルトーケ参謀総長自身自覚していながらも、不興を買うことを恐れず
「ユリウスよ。余はお前に全幅の信頼をおいておる。お前がそう言うからには、それは正しいのであろう。だが、それは余の臣めらに伝えれば済む話であった筈。何故、余にまで理解を求めた?」
宸襟を騒がせた事を疎んじているのではない。
故に、
「陛下。ご承知の通り、連邦はあらゆる国際法に批准しておりません。既にして陛下の赤子は前線で口にするのも憚られる無残な最期を遂げ、避難民の女子供の多くは辱めを受けているのです。彼の国はいずれ、陛下が疎んじた『毒』をも我らに用いましょう。然ればこそ、我らは毒を以て毒を……」
「ならん! そればかりはならんぞユリウス! 其方らは余の赤子! 余の軍隊である! 如何に連邦が悪逆非道、不倶戴天の敵なれども、我らがそれを用いれば、敵と同じ外道となる!」
「陛下……我が身の非才を恥じるばかりでございますが、東部戦線は非常に苦しい戦いとなるでしょう。連邦の広大な国土は縦深が深く、内奥に進めば進むほど、我が軍の損耗は避け得ぬのです。私が持てる全てを、残る寿命を捧げ尽くしても、勝利への道は困難を極めましょう」
皆、ごくりと息を呑んだ。あの偉大なる小モルトーケ参謀総長が、顔を俯かせて苦しいという。勝てねば、勝利せねば世界の全てが暗黒の時代に突入するだろうと予言しながら、
臣下の誰もが、
「ユリウスでさえ、無理だというのか?」
「
持てる全てを注ぎ込む以外に、帝国に、世界に未来はないのだと。
「宰相、森林三州誓約同盟の仲裁裁判所に是非を問え。許可なく非道の一手を用いる事は許さん」
◇
かくして森林三州誓約同盟内の戦時国際法を担当する仲裁裁判所に、帝国は何処まで法を遵守すべきかと問うた。
戦争当事国の片割れが国際法を批准していない場合、たとえ片方が国際法を批准していたとしても、それを順守する必要がないというのは現代においては常識であるが、当時は未だ明文化されていない、暗黙の了解だったのである。
当事、森林三州誓約同盟は永世中立であったものの、過去に語ったように裏では数多くの国家と取引をしており、帝国が明文化を求めた国際法非加盟国に対する扱いも、制定には牛歩戦術を用いようとしたのであった。
が。小モルトーケ参謀総長は戦争遂行に対しての妥協を一切しなかった。
「明文化が為されないのであれば従来の慣習に習い、国際法非加盟国への戦時国際法適用は無効と見做すし、当然、将来帝国を違法だと訴えようと、現状違法でない以上は遡及法など認めないし応じない」
レランデル州の官吏はこの要求を第一として一歩も引かず、更には連邦が如何に悪逆であるか中立国を中心に喧伝しつつ、連邦の肩を持つように明文化を避ける森林三州誓約同盟の仲裁裁判所を、中立国にありながらルーシー連邦寄りの立場を取る、不公平極まりない裁判所だと報じさせたのである。
流石に永世中立としての立場に疑義を挟まれては敵わず、仲裁裁判所は『戦争当事国の一国が国際法に批准していたとしても、敵対国家が国際法非加盟国であった際には、国際法非加盟国に国際法は適用されない』と定めた。
但し、連邦軍の扱いに関しては条件が定められ、連邦軍は『党の軍隊』であるものの、軍服を纏い、階級章を着用している国家正規の軍隊である為、戦後に連邦軍を『犯罪組織』として裁く事を禁じた。
(尤も、連邦軍の悪逆非道ぶりは枚挙に暇がなく、国際裁判所での証言・証拠など数え切れない状態であったため、この措置は全く役には立たなかったが)
◇
小モルトーケ参謀総長が出立されてすぐ、私は参謀総長の執務室へと踏み込んでくるだろう人物を待ち続けた。フォン・ゼートゥーア中将が、この機に乗じて私を口説きに来るとは微塵にも考えていない。私が待っているのは、私を殺しに来るかもしれない人物だ。
“エルマー技術中将……貴方は、どんな風に私を見るのでしょうね?”
フォン・キッテル参謀大佐が墜ちたという報は、エルマー技術中将には決して知らせてはならないと徹底的に箝口令を敷き、万一漏れた場合には厳罰に処すと統帥府から直々に通達があったほどだが、それも無理からぬことだろう。
誰よりも家族を愛し、家族と、心から自分が信じられる者の為にのみ動く大天才。それ以外の全てなど路傍の石にも等しく、神以上に家族を重んじられるあのエルマー技術中将が、もしも兄の墜落を知ればどうなるか。
“貴方は、声を上げて叫ばれたそうですね。喉が裂け、声が枯れ、血涙を流しながら、兄君を死に追いやった全てに、呪詛の言葉を吐いたと聞きました”
情報を流したのは、小モルトーケ参謀総長だった。「貴官の兄君は連邦の手によって撃墜されたのだ」と参謀総長は重く語られたが、それが私同様に、復讐を決意させたかったが為なのは明らかだろう。
フォン・キッテル参謀大佐が墜落した原因が、私の為だということはエルマー技術中将には分かっているし、私ですら、原因を知っている……私の為に、フォン・キッテル参謀大佐は無理をしたのだと。
それは、東部の将兵だけでなく、参謀連でさえ耳に入っていることだ。誰だって、フォン・キッテル参謀大佐が墜ちる筈がないと考えていた。もし墜ちるなら、その原因を知りたがる。そうして、答えに行きついてしまう。
「そこを決して動くな」
「人目があります故、参謀総長閣下の執務室でお待ちしております」
通信室で連絡を受けた私に、エルマー技術中将は怒気を孕んだ嗄声で迫り、私は穏やかな口調で応えた。逃げる事も、隠れる事もしない。たとえエルマー技術中将に無残に殺されるのだとしても、私はそれを受け入れよう。
エルマー技術中将には、それをする権利がある。私には、それを受ける義務がある。あの方を、フォン・キッテル参謀大佐殿を死なせてしまった行動の源泉は、あの方が私を案じて下さった為だから。
“間に合う筈など、無かったというのに”
査問会の報せを受けてから本国に到着するには、明らかに時間など足りはしない。それでもフォン・キッテル参謀大佐は、私の為に何かしたかったのだろう。動かずにはいられないほどに、私を重んじて下さっていたのだろう。
何時だとて、フォン・キッテル参謀大佐はそうだった。私はエルマー技術中将が来られるまでの間、一つ一つの手紙を、心残りが減るよう黙読する。
『お変わりありませんか?』『デグレチャフ少佐が贈って頂いたマフラーですが』『私は常に』『貴女を』『どうか息災で』『いつの日にも』『私の心には』
“嗚呼、何故、私は……”
『私の事を愛しておいでなのですか?』
あの文を、偽りの心と他人の言葉で綴ってしまったのだろう? きっと、気付いていた。お気付きになられていた。あれが、あの文が私の言葉では、心ではないという事を見抜かれていた。今、フォン・キッテル参謀大佐の返信を見れば分かる。文字も内容も、まるで大衆の子女を相手にするようなものじゃないか。
私に送った他の文よりも、筆圧も間隔も違いすぎる。定型句に近いそれは、明らかに思い悩みながら書いたものではなかった。苦笑しながら、悪戯に気付いた相手が、それに合わせてくれたような文じゃないか。
一体どうして私は、これが本心だなどと思い込み、安堵した? どうして私は、もっと早くこの世にはかけがえのないモノも存在するのだと気付けなかった?
“どうして、私は”
もっと早く、自分の想いに気付いて。
もっと早く、自分の想いを伝えて。
“もっと早く、大佐殿に……自分の口から”
ぽたぽたと、雫が落ちる。インクが滲むのは嫌だと慌てて手紙を避けて、軍服の袖で涙を拭う。この
“気付かなかった、だけなのだろうな……”
総監部の食堂で、エルマー技術中将が仰られた忠告を思い出す。彼は私が優秀で合理的だと言った。誰もが、私のようにはなれないとも。
“私が、優秀なものか”
他人どころか、自分の感情の愚かさにも気付けない。だから後になって、いつも後悔ばかりする。今の今まで、あの時の忠告を何度も思い返しながらも、何度も前線で苦労をした。
相手を理解できていないから。相手の心が分からないから。私はずっと、予期しないところで間違え続けていて、けれど決定的な失敗を経験しなかったから、次に活かせば良いと軽んじて……。
“その結果が、これだ”
私は間違えた。自分も他人も読み違えた。私もまた感情に踊る愚かな小娘であり、万難を容易く排するだろうと考えたフォン・キッテル参謀大佐も、人間なのだという事を理解出来ていなかった。
私は、査問会に来て欲しいと望んだ。それが当然の権利だと考えた。けれど、その結果を。フォン・キッテル参謀大佐が私の元に辿り着く為に、どれだけの無理をしてしまうのかを理解出来ていなかった。
あの方の心が何処にあり、どのような思いで行動するかを、慮る事が出来なかった。
“ようやくか”
杖のつく音が響く。激しく、強い感情が、殺意に満たされた意思が直接対面せずとも届いてくる。私は立ち上がり、懐に入れていたフォン・キッテル参謀大佐からのハンカチを机に載せて、その上に手紙を置いた。
これなら、銃で撃たれても散った血は付かないだろうと考えてのことだ。姉君からのハンカチなら、所持する権利は弟君にこそあるだろう。
「お待ちしておりました、技術中将閣下」
私を殺せ。貴方の望むまま。怒りのままに。
既に種は蒔き終えた。帝国は小モルトーケ参謀総長が勝利の道を切り拓く。私の復讐は、エルマー技術中将が代わりに成してくれる。私より、ずっとずっと上手くやってくれるだろう。けれど。
「すまなかった。本当に、すまない」
エルマー技術中将は私を見るや、杖を落として抱きしめてきた。まるで兄君に、家族にするように、嗚咽をこぼして謝罪し続けた。
「閣、下……?」
何故、貴方は私に憎悪しない? 何故、私に謝罪などする?
憤怒の相は、私の顔を見た途端に落ちてしまわれた。恨みも呪詛も発さず、エルマー技術中将は私をあやすように優しくする。辛かったろうと。苦しかったろうと。年の離れた妹に、甘えて良いのだと諭すように。
「中佐。私は、嘘が分かる。他人の心が、どうしようもなく分かってしまう」
幼い頃から、いや、自分という物を自覚してからずっと、それを、呪いのように感じ続けていたと零すエルマー技術中将は、当惑する私の目を、じっと見つめて応えた。
「愛しているのだろう? 兄上を、心から愛してくれていたのだろう?」
愛……他人の口から、初めて言われた言葉。自分の心に、芽生えていたものを形にしていくもの。それを反芻する度に、私の目からも涙が溢れた。
“愛して、愛、愛し……”
……嗚呼、嗚呼、ああ。
「は、い。あいして、いました。ずっと、ずっと気付けませんでしたが、私は、お慕いしていました」
心の奥底では、常にあの方を追っていたのだろう。けれど、それを認めようとはしていなかった。私は狡猾な男のような人間だった。打算と合理性こそが、全てと割り切ってしまうような人間だった。私は可愛くない、何処までも嫌な奴だった。
「私の、私のせいです。私が、大佐殿を」
「言うな。私は貴女を責めはしない。貴女を責めさせもしない。貴女は心から愛されている。涙も、後悔も、私への謝罪も、全て本物だと分かる」
だから良い。だから許す。心から自分の家族を愛した者を、一体どうして責められると。エルマー技術中将は同じく涙を流しながらも、私を安堵させようと無理に微笑まれた。
「閣下、ですが、私は」
「エルマーだ。敬語も、階級もいらない。兄上が私になさったように、貴女にもそう呼んで欲しい」
貴女は、兄上の妻になってくれる筈だった方なのだからと。
面映く、羞恥が胸を焼き、けれど涙が溢れてしまう言葉。そんな未来があったなら、どれほど幸福だったことだろう。
あの方の妻となり、弟君を義弟として慕い、心から愛に満ちた日々を送り、老いて眠れたなら、それはどんなに温かい未来だった事だろう。
けれど。もう私達にそんな未来はないんだ。どこまでも暗い、果てしない地獄を作ることでしか、何も残せはしないのだ。
「エルマー。私は、憎い。自分が、コミーが、連邦が、何もかもが憎い……!」
「私もだ。コミュニストが憎くて、連邦が憎くて、敵を殺したくて、共産主義を滅ぼしたくて堪らない」
エルマー技術中将にとって、人の心が分かってしまうこの人にとって、家族とは唯一、心を凪のようにさせてくれる人達だった。
温かく、優しく、何処までも穏やかで満たし続けてくれる人達だった。そんな家族を、かけがえのない宝石を砕いた敵を、エルマー技術中将は許せないと口にする。
私もまた、愛する人を奪った相手を、殺し尽くすのだと叫ぶ。
だから、私達は誓うのだ。血の繋がらない家族として。心から信頼し合える友として。力を持った戦友同士として、全てを滅ぼしてみせると誓う。
黙示の喇叭を響かせよう。神なき者共の大地に、共産主義の狂信者達に、
神の怒りより恐ろしい、人の憎悪を思い知れ。
なんか参謀総長閣下がちょび髭伍長みたいなことを言い出した件。でもご安心ください! 参謀総長閣下は撤退を許可してくれる、そこそこ優秀なトップです!
※参謀総長閣下の策略は成功し、弟くんにもブースターが入ってしまいました。
兄上墜落を伝えてデグ様を殺したらどうするつもりだったんだろうと思われる読者もおられる事でしょうが、小モルトーケの奴は、流石にあんだけ兄の為に泣いて復讐誓ってる幼女は殺さねーだろと楽観視してました。結果的に成功しただけですね。
下手したらチートの一角が消えてましたし、バッドエンド直行です。これだからチートじゃなくて優秀どまりなんだよなぁ、参謀総長。
補足説明
【この世界の国際法上の連邦軍の扱いについて】
森林三州誓約同盟は連邦軍を正規軍認定したようです。ちっ、やりづれぇ。
ちなみに史実だと国の承認を受けて軍服も階級章もつけてたSSの皆さんは犯罪組織。だけど同じ党の軍隊で国際法にも加盟してなかった赤軍は正規軍扱い。(ドイツはハーグ条約加盟国)
ついでに言うとフランスにも政党の保有していた準軍事組織があった模様。
これらが意味するはすなわち、勝った奴が正義。はっきり分かんだね。