キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/10誤字修正。
 水上 風月さま、佐藤東沙さま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


56 人民の敵-真面目な捕虜

 遊んでいる暇などない。

 

 そう私が歯噛みしているのは、戦況故ではない。

 現状、帝国軍は異常気象からなる一〇月二〇日の降雪以降、快調に反攻を開始し、オストランド国境を越えて冬季戦で兵站が麻痺しないギリギリのラインで防衛戦を構築することで、春季に向けての開進準備を整えている。

 全てが思惑通りに進んでいる事態に国民も軍も沸き立ってこそいるが、私は気が気でなかった。

 

“エルマーは私に全力を出すと言った”

 

 しかし、現状エルマーにその兆候はない。少し先のところまで語るが、準備期間に徹するという軍の方針に唯々諾々と従い続けたエルマーは、春季までの間、準備の名目に相応しい仕事を発揮してみせていた。

 アリアンツ量産や既存輸送・爆撃機のターボプロップエンジン換装は当然として、泥濘という東部戦線最大の敵を克服すべく、滑走路を必要としない『回転翼機』なる新系統の航空機を開発したが、エルマー当人はこれを今まで後回しにしていたのは、人生最大のミスだと語った。

 

「どのような地であろうと救援を望む将兵を救う手段の確立を後回しにした事は、悔恨の極みです」

 

 私が被撃墜から基地までの逃走劇の中で、救助部隊の離着陸の問題から、彼らに見つからないよう行動した事を言っているのだろう。

 以前にも語ったと思うが、エルマーは開発した段階で即実用可能な兵器にのみ注力していた。滑走路を必要としない反面、離着陸を始めとする操作にパイロットの訓練時間を割かねばならない回転翼機の開発は、アルビオン・フランソワ戦役時では構想だけで全く手をつけなかったのである。

 

 エルマーはこれを恥じて、戦果拡大でなく第一に将兵の損耗を避ける事を念頭に置くようになり、唯一無二の親友たるフォン・シューゲル主任技師と二人三脚で兵器開発に勤しむようになっていた。

 また、訓練用回転翼機を制作した後も、将兵の損耗を抑える事には余念がないようで、現行の自動小銃では整備性に難があり、冬季戦では銃が使い物にならず兵に損耗を強いる事になるからと、まだ一年しか経たないというのに新型主力自動小銃、StG26をフォン・シューゲル主任技師と共同開発してみせた。

 

 MP2A1同様、可能な限り部品数を削減して生産性向上に努めた本銃は、極寒の寒冷地はおろか泥や砂に埋めても潤滑油が切れようとも問題なく稼働・発射出来るよう、内部をクロムメッキで保護する事で腐食・摩耗率を低下させ、従来の主力小銃と異なり、部品ごとの隙間を空ける構成に仕上げていた。

 設計そのものも堅牢ながら簡素化を徹底しており、生産技術に乏しい中小国でも生産可能という利点を持っていながら、有効射程は八〇〇メートルと突撃銃を倍以上引き離し、重量は七〇〇グラムも軽減されていたが、何より歩兵や魔導師から喜ばれたのは、着剣が可能だったことだという。

 但し、その高過ぎる生産性と単純な構造から、連邦は言うに及ばず他国でデッドコピーが大量生産されることは開発段階から危惧されていた。そこで帝国は、多少生産効率を落としてでも、極力デッドコピーを遅らせる対策を施すよう初期段階で要求。

 エルマーとフォン・シューゲル主任技師はこれを見越し、要求段階で条件をクリアする案を即提出した。帝国が他国と比してプレス加工技術が成熟している事を利用し、機関部にプレス加工を用いる事で対応。強度に難の出る部分はリベット接合とリブを追加する事で要求を達成した。

 改良型のStG26Mは射程こそ六〇〇と低下したものの、重量は突撃銃と比して一・三キロ減。コストも切削加工を多用する試作型から更に低下した。

 

 帝国軍はStG26Mを主力小銃として制式採用後、突撃銃からの更新・量産を即時実行するよう命令。ターニャ麾下のサラマンダー戦闘団といったエリート部隊に優先的に配備されたが、その異常とも言える生産性の高さ故、採用から一年でどの前線でも目に付くという状態だった。

 後年、StG26Mは世界最高の自動小銃にして最も人を殺めた銃と言われたが、傑作と称すべき武器や兵器など、これまで山のように作ってきたエルマーだ。今更この程度で驚くには値しない。

 

 私が政治将校の保護を任されたのは一二月初旬。この時点でのエルマーは、ヘリパイロットが将来使い物になるだろう日に備え、フォン・シューゲル主任技師と救助・輸送ヘリの図面を引いていた段階だったが、この静けさや私に対して安心感を抱かせようとするかのような仕事ぶりは、逆に危機感を募らせるには十分だった。

 おそらくだが、頭の中で何かしらの絵図面を引きながら、淡々とこなせるだけの仕事をしているのだろう。

 それを理解していながら前線にも赴けず、粛々と自らの職務をこなしつつ、目の届く範囲で捕虜に虐待が行われていないかを、本国から派遣された憲兵達と抜き打ちで確認する毎日。

 更にはここにきて、政治将校の保護まで一任されるともなれば、苛立ちも募ろうというものだ。

 

 後方勤務に関しては、春季までの我慢だと受け入れる事も出来る。レガドニア空軍の育成と連携も、必要不可欠なものと割り切れもする。

 しかし、捕虜の取り扱いに関しては空軍の、私の仕事ではない。敵とはいえ捕虜である以上は守るのが義務といっても、その時間を勝利に貢献する為に使えたならと、私は歯痒くて仕方が無かった。

 

“陸や海も、少しは手伝って欲しいのだがな”

 

 どちらからも自分の仕事で首が回らないと泣き付かれ、結局私が自分の仕事を手早く片付けてから、余計な仕事を請け負う羽目になるというのは笑えない。

 明らかに、あいつは仕事が早いからと押し付けられていることは明白だったが、誰かがしなくてはならないという事も理解出来ていただけに断れないと来ていた。

 

「大佐殿。件の政治将校が到着致しました」

「ああ。すぐ行く」

 

 そしてまた一つ。余計な仕事を抱え込んだ。

 

 

     ◇

 

 

 冷めている。諦めている。自らの境遇を理解していながら、同時に心までは渡すまいと殻に閉じ込もって頑なにあろうとする女。

 それが、私の下に送られた政治将校から受ける印象だった。

 

 保護してやれというのも頷ける。美しい碧眼に白磁の肌。帝国なら士官学校を卒業し、任官して間もない頃の若く瑞々しい女性など、下卑た男共からすれば垂涎の的だろう。

 

“リリーヤ・イヴァノヴァ・タネーチカ。下級政治委員にして連邦軍中尉”

 

 この手の兼任は帝国軍にも見られる。たとえば、一部憲兵や情報部勤務者が、警察階級と軍の階級を保持しているようにだ。

 事前情報を脳内で復唱しつつ、どう切り出したものかと一考。相手の表情は固く、その視線は敵意と形容する他にない。二〇代にして大佐というのは、私を知らずとも貴族故の階級と誤解を受けるには十分で、二重の意味で嫌われても致し方ない立場にある。

 しかしだ。相手が私を嫌っているからといって、私が相手を遠ざけるようでは話にならない。私は内心大きく息を吐き、努めて親愛なる隣人を迎え入れるよう優しく語りかけた。

 

「失礼。ここに来るまでに、捕虜として()()()()()対応があったのだろうか?」

 

 だとすれば、心からお詫び申し上げると謝意を表した。政治将校に旧体制派のイントネーションは不快だろうが、こういう話し方でしか連邦公用語を扱えない以上、そこは致し方ないものと割り切って貰うしかない。

 

「……これから、()()()()()対応を受けるものと覚悟しております」

 

 私が、その()()()()()対応をすると考えているのだろう。誰がそのような不潔に及ぶものかと否定したい所だが、初対面の、ましてや敵国の将校を信用しろと言うのは酷であるし、私も逆の立場であれば、口にしないまでも同じ事を考えたに違いない。

 私は後ろに組んだ両手を下ろし、タネーチカ政治委員に左の薬指を見せつけた。

 

「八月に婚約してね。正式な夫婦となるまでは清い身でいるつもりだ。何より、軍人としても不実を働きたくはない。貴官とは、誠実に向き合いたいと思っている」

 

 どうか誤解しないで欲しいと訴える。タネーチカ政治委員が到着するまでに婚約指輪が届いたのは、これ以上ない幸運だった。私はムンダー氏の仕事ぶりに心の底から感謝しつつ、椅子に座ったままの彼女に問う。

 

「私も座って良いかな?」

「……ええ」

 

 ありがとうと私は律儀に礼を述べて対面に座る。机を間に挟んでいるとは言え距離は近いが、私はタネーチカ政治委員に触れようという気はない。この個室の外には当然憲兵が待機しているが、二名とも本国から寄越して貰った女性だ。

 女性憲兵には今後、配膳等生活に必要な事を担って貰うつもりだと事務的に、しかし気持ちを和らげられるようタネーチカ政治委員に説明する。

 

「敵同士である以上、誤解や行き違いはあると思う。私も連邦軍や共産党に対し、政府や軍のプロパガンダで聞くに耐えない誹謗中傷や悪行を語られているが、全てがそうでないという事ぐらいは理解しているつもりだ」

 

 軍人として、祖国の為と銃を執るのは互いに同じであり、殺し殺されの間柄にはある。しかし、それが国家同士の争いである以上、私人として憎み合う関係にない以上は、相互理解の感情まで捨ててはいないと説諭した。

 

「私のことは、何処まで知っているかな? 決して罰しはしないので、歯に衣着せず語ってくれ」

「ニコラウス・フォン・キッテル大佐。我が祖国、人民最大の敵。インペリアリズムの先鋒。他にも、語彙豊かに悪名が響いております」

 

 手厳しいなと肩を竦める。私自身はインペリアリストなどでは断じてない。祖国の盾となり、必要によっては剣となることを誇りに思っていても、他民族や国家に対し、支配と服従を強要しようという思想はないとはっきり告げる。

 その上で、私自身もまた政治将校とは如何なる者かを帝国側の視点で説明した。

 

「怒らないで欲しいが、帝国では政治将校とはこういう者だと吹き込まれた。軍将兵を恐怖と権威で縛り、秘密警察と肩を組んで機銃と砲弾で人民の背を押す、血も涙もない邪悪な党の尖兵だとね」

 

 それは違う。出任せだ。そう視線で訴えるタネーチカ政治委員に「分かっている」と頷いて続けた。

 

「貴官の勇気ある行動を知って、どれだけ自分が偏見に囚われていたか痛感したものだ。立場は違えど、軍人としても私人としても心から敬意を送りたいのだが、やはり貴族では駄目だろうか?」

 

 タネーチカ政治委員に対して敬意を示すのは、上辺だけでない本心からの思いだ。

 政治将校や秘密警察という者に対しては、帝国からではなく連邦軍捕虜の口から散々に悪名を語られているため、弁解の余地など欠片もないと切り捨てられるが、タネーチカ政治委員個人に対してならば、例外として扱える。

 

「キッテル大佐。貴方個人は、おそらく善良なのでしょう。生まれ育った国を思い、隣人を愛し、敵に手を差し伸べられる人間なのでしょうね」

 

 それを、同じ一個人として信じたいとは思うが、やはり駄目だとタネーチカ政治委員は首を振った。

 

「貴方は貴族です。たとえどれだけ貴方個人が善良であろうと、搾取する地位にあり続ける以上、抑圧から人民を解放すると誓っている私には、その敬意を受け取る訳には行きません」

「地位、か。しかし、人は生まれなど選べんだろう? そして、生まれた場に応じて果たすべき義務を負うものだ」

「搾取は義務ですか? 血の貴賤を全てに、支配する地位に在り続ける事は役目を果たしたと胸を張れることでしょうか?」

 

 いいやと私は首を振る。そして、同時に感銘を受けたと彼女を称えた。

 

「確かに貴族というものに、そのような輩が居る事は事実だ。革命以前のフランソワ共和国やルーシー帝国では、多くが贅を極める事しかなかった。帝国にも、いや、どの国々であろうと、特権という名の格差と、為政者の抑圧がある事は否定しない。だが、私もキッテル家も、決して民からの搾取など望んではいない。むしろ、それを憎んでいるとさえ言っていい」

 

 尤も、それはあくまで貴族としての理屈であって、共産主義の理屈には合わない。

 連邦が神聖視して止まぬ科学的社会主義の創始者、カール・マルカスの理論によれば、資本家とはその性質上、雇用者からの搾取で成り立っているという。

 

 雇用者が自ら生産し、それを販売する事で一〇の利益を得られるのだとしても、資本家が雇用者を働かせ、自分の取り分を得た時点で、雇用者の利益は三にも二にもなる。

 その取り分がどれだけ不当な物であったとしても、資本を持たず、雇われる事でしか生計を立てられない雇用者は唯々諾々と従う他にない。

 しかし、これは資本家が悪だからではない。資本家はその性質上、搾取を続ける事でしか成り立たない存在であり、やがては限界に達した雇用者らによって革命が起き、資本家階級は淘汰される運命にあるというのだ。

 貴族という既得権益を持つ『資本家階級』と、『雇用者』という立場に留まる領民。地主貴族(ユンカー)という立場にあるキッテル家ならば、正しく支配者と農奴の図式だとタネーチカ政治委員は語る事だろう。

 

 資本家階級たる地主貴族(ユンカー)は生産者からの利益で成り立っている以上、共産主義者の論理で言えば寄生虫と称される立場にある。しかし、地主貴族(ユンカー)の多くが生産者から得た利益を適切に還元する為に努力していることも事実なのだ。

 土地を農民に明け渡し分配すれば、農民は私達に渡してきた取り分を、自分達の懐に収めることは出来るだろう。しかし、現実はそう甘くない。

 生産者に土地を分配しても小規模になるばかりで資本を蓄えられず、土地の改良や農機具の購入はおぼつかず、却って飢えさせてしまうからだ。

 ルーシー連邦が農業改革によって地主から土地を巻き上げ、労働者に分配した結果は正しくこのパターンだったと言える。

 

 何より、資本家階級はそれに応じた役割というものも持っている。リスクマネジメントや市場調査などはその代表であり、経営者としての責任を果たさなければどの分野であろうと衰退と破綻を免れない以上、彼らもまた労働者なのである。

 だが、それを語って溝を深めようとは思わない。立場故に認められないというのならば、それも致し方ないことだ。

 歩み寄るには、互いの間にある深く広い谷のような溝に橋をかけるしかないが、それが一朝一夕で出来る事だとは私も考えてはいない。

 私は椅子から立ち上がると、腰掛けた際机の上に置いた軍帽を被る。

 

「搾取を望まず憎むと言っても、受け入れて貰えるとは思ってはいない。口だけならば何とでも言えることだからな」

 

 それでも語る事は出来る。口があり、言葉が通じる以上は互いに論じ合うことはできるのだ。

 

「要望があれば、担当の憲兵に申し出てくれ。受理されるかはともかく、耳は貸してくれるだろう。それと、今後も定期的に話をすることになるが、こればかりは上からの指示でね。気を悪くしないで欲しいとは言えないし、納得もしなくて良い」

「私は軍階級を持っていますが、聞き出せる情報などありませんよ」

 

 知っていると私は笑う。政治将校から得られるものなど、党のテーゼや監視の仕方ぐらいのもの。正規の連邦軍将校ですら、軍部粛清からの強制収容所(ラーゲリ)送りが祟って碌な情報が得られない始末なのだから。

 

「何を話すか、何を聴くかまでは指示されてはいないのでね。小休止にでもさせて貰うさ」

「命令を歪曲してのサボタージュとは、労働者の道に反する行いですね」

 

 私は大いに笑った。相手は大真面目なのか、それとも冗談なのか。出来れば後者であって欲しいと思いながら、「また明日」とその場を後にした。

 




【今回の主人公のアレなところ】

 主人公「私はインペリアリストではない! 他民族への一方的な支配や服従など……ファメルーン? あれは保護であって支配ではないぞ?」(真顔)

 どっからどうみても、征服者側の特権階級なんだよなぁ……。
 これは人民の敵ですわ(呆れ)

補足説明

【帝国軍の新型自動小銃について】
 StG26Mの元ネタはAKM47さんの東ドイツ版MPi-KM(中期型)です。但し本作のStG26MはMPi-KM(中期型)の使用弾薬を補給の問題から7.92×33ミリ弾に変換しています。
 当然ながらこんなキチ銃をエルマーが作ったのはデグ様の為で、軍の損耗とか全く気にしてません。ヘリも兄上が撃墜された時の保険です。
 戦争そのものは「どうせ自分が凄いの作って勝つからどうでもいいや」って思ってます。

【主人公の語った資本家と生産者の関係について】
 主人公の語った資本家と生産者の関係はマルクスさんの『賃労働と資本』に詳しく書かれています。資本論とかいう哲学用語とか宗教用語満載でクッソややこしい本より断然分かりやすくて読みやすいので、おすすめです。
 でも、共産主義に嵌まるのだけは止めとこう! 共産趣味者が一番理想的ですからマジで!

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【銃器】
 MPi-KM(中期型)→StG26M(但し使用弾薬を7.92×33ミリ弾に変換した改造品)
【人物名】
 カール・マルクス→カール・マルカス



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