キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/14誤字修正。
 ドン吉さま、佐藤東沙さま、すずひらさま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


60 ターニャの記録20-サラマンダー戦闘団

 私こと、ターニャ・リッター・フォン・デグレチャフがどのような人間であるかと問われれば、本著に目を通す以前の経歴や発言でしか私という人間を知る機会の無かった読者諸君は、ルーシー戦役での、より正確には、後年の帝国軍最強戦闘団の呼び声が高かったサラマンダー戦闘団指揮官としての顔を想像する事だろう。

 

 結成式を終えた戦闘団は基幹たる第二〇三航空魔導大隊と合流し、団員は後の英傑たる経歴に相応しい初陣を見事ダキアで飾ってくれたが、始めのうちは誰もが新編団員を帝室の飾りという色眼鏡で見ていた事は否めなかった。

 規則正しく揃った足並み。打てば響く言動。折り目正しく着こなされた軍服は、正しく玩具箱の兵隊という揶揄そのものであり、私とて彼らの誰もがその瞳に獣を飼っている事に気付けなかった。

 

「かの白金十字大隊と轡を並べられるとは、光栄の至りであります」

 

 教本通りに踵を鳴らして敬礼する戦車兵服を纏う大尉は、元は第二近衛歩兵連隊所属だ。帝室警護と帝都の防衛に就く戦車長としての訓練以外では、アスファルトや石畳でガチョウ行進(グースステップ)と敬礼を繰り返す、煌びやかなお仕着せが如何にも似合いそうな金髪碧眼の青年将校だった。

 この大尉に限らず、実戦経験が圧倒的に不足している近衛将兵が何処までの物かと値踏みしつつ、私は大尉の賛辞に佐官としての礼で以って返した。

 

「何。皆、否応なくラインの砲弾で鍛えられたものでね。どのような凡夫であろうと、生き残れば古強者だ」

 

 差し障りの無い謙遜は、嘘と真実が半々といったところ。私が中央参謀本部直轄の大隊を新編するに当たって、精鋭たるべく厳選を重ねて鍛え上げた人員は、初期の頃から十二分に魔導師としての勤めを果たすに足る面々だったが、やはり実戦経験には乏しく、初めの頃は難儀したものである。

 それが今となっては大尉が口にした通り、中隊長全員が全帝国軍人の憧れの的である白金十字を首にぶら下げている始末だ。

 

 セレブリャコーフ大尉に至っては、モスコー襲撃の勲一等──私の査問会議後、大隊員は全員任務達成の正当な評価を得た──と出撃回数を評価され、剣付白金十字を。

 ヴァイス少佐──私の大隊不在中、指揮権を移譲せねばならなかった為、前倒しでの進級となった──などは剣付白金十字に加えて、ライン戦線で銀翼突撃章まで受章しているのだ。

 大隊発足からこちら、中隊長も含めた幾人かは戦力過多と各部隊からの強い希望故、その都度引き抜かれてきたが、それでも比較的新顔のグランツ中尉でさえ、ライン戦線では魔力に一切依存することなく粛々とシャベルで敵魔導師を沈黙させては戦果を重ね、白兵特級突撃章と一級鉄十字勲章を受章した、筋金入りの戦争犬である。

 吠えず、音を立てず、首筋に噛み付いて息の根を止める猟犬の妙をかくも心得ているグランツ中尉には、ヴァイス少佐も見事なものだと太鼓判を押すほどだ。私は内心引いたが。

 

 

     ◇

 

 

 基幹の大隊員は初となる諸兵科連合という事で、各兵科を任されている将校との意思疎通に余念がない。近衛からの人員はこの点、気位の高さから馬が合わないのではないかと一抹の不安を抱いていたが、それは杞憂に終わった。

 彼ら近衛にとってはどの部隊の出身かではなく、軍歴と勲功、すなわち当人の有為無為こそが唯一の評価基準だった。実戦経験に乏しい近衛出身者は、自分達と比して現場の大ベテランたる第二〇三航空魔導大隊に噛みつくような不届きは全くなく、現場を知らない将校特有の、理屈倒れで知恵の無い質問も口にしない。

 かといってそれは、萎縮や思考放棄でもないのだ。各兵科の責任者はその都度大隊員が、そして我々の上位者たる軍指導部が何を求めているのかを常に熟考して発言し、戦略的視点という俯瞰視座を持って高次の質問を私に投げてくるので、私も大隊中隊長らも良い意味で気の抜けない同僚と部下を持つことが出来た幸運に心から感謝した。

 帝国軍内での近衛は、冷笑的で居丈高だという風聞をよく耳にしてきたものだが、それが無能共のやっかみに過ぎなかったと、この時の私や大隊は深く痛感したものである。

 

 ただ、何事にも例外と言うものはある。例えばそれは、教導隊から出向してきた将校だが、これは当人に問題があるという訳でなく、純粋に立場から気まずいというのが一部大隊員の本音だった。

 特に、当大隊の中でも勲功抜群のヴァイス少佐が表情を引き攣らせる様など、中々拝めるものでもない。

 

「ヴァイス少佐殿。先に敬礼を捧ぐ立場となりましたこと、一教官として感激の極みであります」

「リービヒ教官殿の、ご指導があればこそです」

 

 教導隊から引き抜かれるとなれば、こういう事もあるだろう。尻に殻の付いたヒヨッコ時代。時には怒号を以って、時には慈愛を持って接して下さった教官殿が、部下として回されるなど、やり辛いと言ったらない。

 教官の側からすれば純粋に教え子の成長を喜び、祝福しているのだが、今後はその教官を部下として扱わなくてはならないとなれば、ヴァイス少佐の胃の痛みもよく分かる。

 たが、軍隊というのは部下も上司も選べないのだから、受け容れていくしかない。幸いにしてリービヒ大尉といえば、撃墜王(エース・オブ・ザ・エース)までリーチをかけながら教官に就いたという、二つ名持ちの大ベテランだ。

 個の実力としても将校としても、これ以上ない戦力となってくれるだろう。勿論、教導隊のアグレッサー部隊として活躍していた他の下士官らも含めて。

 

 

     ◇

 

 

 個の実力としても将校としても、新編魔導師達はこれ以上ない戦力となってくれた。それも、リービヒ大尉ら教導組だけでなく、派遣された全員がだ。

 サラマンダー戦闘団の初陣は、ダキア大公国に進軍する連邦軍を最前線に釘付けにする為に戦果を重ねるか、或いは遅滞戦闘に努める事を命じられたが、いずれも一切の瑕疵なく任務は遂行され、あろう事か損耗はゼロ。軽傷者すら一桁と言う有様で、誰もがこの戦闘を栄光の賛歌として感激に浸っていた。

 

“いつから私はプロパガンダ映画の撮影会場に迷い込んだのだ?”

 

 新編魔導師らは実に手に馴染むとStG26Mを絶賛しつつ、未熟な連邦軍魔導師の悉くを撃墜し。戦場音楽を奏でるべき砲兵は初弾で敵部隊に壊滅的打撃を与えつつ、機敏かつ規則正しい砲音が耳をろうして閃光を走らせ。

 突撃歩兵は臆することなく敵陣地を奪って、勇躍銃剣とシャベルをかざし、死体累々の山をなす始末。

 そして、冒頭で私に口を利いた戦車長たる大尉はと言えばだ。

 

「指揮官殿。当作戦決行前に要望がございます。我々戦車部隊に、行進間射撃をお許し下さい」

「大尉。戦車と突撃砲の行進間射撃は、陸軍司令部より禁止されている筈だ」

 

 だが、大尉は譲らなかった。もし我々の隊に一輌でも外す者がいれば、手持ちの嗜好品を第二〇三航空魔導大隊全員に振る舞うとまで豪語したのだ。

 

「覆水は盆に返らず、吐いた唾は飲めん。それを理解しているのかね?」

 

 懲罰も覚悟すべきだ。訓練でどれだけの成績を出そうと、実戦では違う。私は大尉の提案を耳にしたとき、そして、こうして暗に止めている時、大尉の評価を下げざるを得なかった。

 やはり我が強い。エリート特有の、自分なら上手く行く。他の連中よりやれるという過信が表面化したのだろうと疑わなかった。

 私の制止を受けて尚、戦車長たる大尉も、そして近衛槍騎兵(ガルデ・ウラーネン)第一連隊から引き抜かれた戦車中隊全員も自信満々に首肯する様など、ブリーフィングに集った魔導中隊長全員が呆れたほどだ。

 

「……良いだろう。但し、一発でも外したなら、その時点で行進間射撃は停止だ。金輪際、無為無策に弾薬を浪費する事は禁じる」

 

 そして。認められたことに随喜する大尉に、いっそ賭けにしては? と笑ったのは、諸兵科の代表達だ。

 

「何発目に外すかか?」

「全弾命中かどうかです」

 

 賭けにならんと漏らす私を含めた第二〇三航空魔導大隊員に対して、何と他兵科の近衛連中は全員戦車中隊に全額ベットした。

 仲間意識からだろうか? 何にせよ、馬鹿な奴らだと基幹たる第二〇三魔導大隊の中隊長らはこの賭けに乗り……結果、盛大に破産した。

 

 

     ◇

 

 

 戦車一輌辺りの撃破数は平均五輌。対戦車砲三門。うち行進間射撃は多くとも三発だったが、戦車中隊は見事に砲弾を敵戦車の側面や、正面装甲でも脆弱な砲塔下部の隙間にねじ込んでみせた。

 ただ、観測班兼見張りの魔導師によれば、行進間射撃の豪胆さとは裏腹に、戦車中隊は何処までも強かな連中だったという。

 地形を利用した潜伏。傾斜地を下り垂直になった敵戦車への前面射撃。敵戦車の配置を盾にした位置取り。勝利の方程式を確立した上でしか動こうとせず、撃てば必中で、しかも錬度は帝国内でも最高峰と来ていた。

 帝国近衛槍騎兵(ライヒス・ガルデ・ウラーネン)第一連隊からやってきた機甲屋どもならば、その余りに有名な訓練の凄まじさから出来てもおかしくはない芸当であったが、よもや近衛から引き抜かれた機甲屋を含む全員が揃いも揃って化け物だったなどと、一体誰が予想しただろう。

 

「騙された!」

 

 第二〇三航空魔導大隊の中隊長達は地団駄を踏んだが、戦車中隊は何のことですか? と言わんばかりである。

 

「何も全弾行進間射撃を行うとは、一言も言っておりませんが?」

 

 戦車中隊の言い分は尤もだ。第一、行進間射撃は全車輌が行って、しかも外していないのだから文句の付け所は何処にもない。

 当大隊でも生粋のギャンブラーにして、数多の戦友を破産に追い込んだセレブリャコーフ大尉が後々取り戻さなければ、我が魔導大隊は当面嗜好品の類全てを巻き上げられていただろう。

 

 余談だが、セレブリャコーフ大尉は恋を知った私の目から見ると、はっきり言って魔性の女だ。

 色気より食い気とばかりに前線ではブーイングの嵐であるKパン(K-Brot)*1すら美味そうに頬張っていたことから、大隊内ではまだお子様。女としてより預かっている近所の子供ぐらいの感覚だったようだが、戦闘団に規模が拡大してから男共の見方が変わった。

 

 戦闘団の連中、とにかく声をかけるかける。それも行儀作法に則り、美辞麗句を尽くして紳士的に対応するものだから始末が悪い。

 セレブリャコーフ大尉も満更ではないようだったが、結局彼女は軒並み断った。そして、他所様の対応で大隊員達も、遅まきながらようやく彼女の魅力に気付いたのである。

 

 何しろ、伍長として私の下に配属された時は慎ましやかな肉付きだったというのに、今では日々を重ねるごとに女性特有の起伏を良い意味で育たせているルーシー系の美女だ。

 大隊の連中、よくもまぁ今の今まで手の一つも出さなかったものだと感心したものだったが、女としての魅力に気付いていなかった男達は眼球を交換すべきだろう。

 しかも、相手がそういう目で自分を見ていることに気付いた途端、狙いを絞るセレブリャコーフ大尉の狡猾さときたら……。

 

「これで、グランツ中尉は破産確実ですね!」

 

 朗らかに声を弾ませて、下着の最後の一枚まで毟り取る程情け容赦なくグランツ中尉を破産させたセレブリャコーフ大尉だが、彼女を擁護するなら、これはグランツ中尉の馬鹿が悪い。

 セレブリャコーフ大尉とは絶対にカードをしたくないと常日頃口にしていながら、負けたら一晩付き合っても良いと艶っぽい声を出されて盛大に爆死したのだ。

 グランツ中尉曰く、これは遠回しなお誘いなのでは? と。わざと負けてくれる事を期待して釣られたそうだが、ひょっとして男というのは下半身でしか考えられない生き物なのだろうか?

 いや、流石にこれは自分の婚約者を始め、全世界の男性を否定するような発言であるので、素直に謝罪させて欲しい。

 

 ともあれ、ハニートラップの類にこうまであっさりとかかる様では、グランツのアホに高級将校としての適性はないと見るべきだ。

 完全に突っ伏し、慈悲を求める乞食か捨てられた子犬のように情けない負け犬となったグランツ中尉。そして、そんな憐れな馬鹿にセレブリャコーフ大尉はといえばだ。

 

「一生分は、グランツ中尉から取り立てられます。それが嫌なら一生私と居て貰いますけど、どっちが良いですか?」

 

 この時のグランツ中尉は聞き違えたかと顔を上げ、次いでニコニコと笑いながらも頬を染めるセレブリャコーフ大尉を見て、耳朶まで赤く染めて狼狽したそうだ。

 なんともまぁ青いものだと、二人が恋仲になった経緯を酒の席──とはいえ私は未成年なので、飲酒も喫煙も決してしないが──で耳にした私は思ったものである。

 まぁ、青さ若さで言えば、私など到底他人に言えたようなものでもないのだが。

 

 

     ◇

 

 

 余談が少々長くなり過ぎたようだ。

 

 さて。初陣を赫々たる大戦果で飾ったサラマンダー戦闘団だが、蜜月は長く続かない。

 名目上、戦闘団の試験運用という体で組み込まれた近衛将兵はこの初陣での戦果を機として、他の師団が引き抜きにかかったのである。

 フォン・ゼートゥーア中将は当然として、小モルトーケ参謀総長も引き抜きには良い顔はすまいと私は考えていたのだが、両者ともあっさりと私から近衛将兵を取り上げてしまった。

 

 どうやら中央参謀本部では初めから織り込み済みだったらしく、近衛を前線へ随時投入する為に戦闘団に組み込んでいたらしい。

 私としては、これ以上ない部下を早々に手放すのは本意ではなかったが、そも戦闘団とは臨時編制を前提とした部隊である。

 有用な戦力というものは一部隊に収斂するより、分散させたほう良いというのも当然の話で、エリートのみで構成された部隊などというのは、それこそ末期戦にでもならない限りは行うべきでないというのも分かる。

 非常に、本当に非常に口惜しいが、私は後の世にまで輝かしき戦場の星として語り継がれる英傑たちと、ダキアで轡を並べることができた幸運に感謝することにしようと敬礼を交換し、同じ東部で、けれど別の部隊で戦う事になる近衛を見送った。

 

「大尉、壮健でな」

「デグレチャフ中佐殿も」

 

 朗らかで力強く、世の女たちを骨抜きにしそうな程の笑みで、戦車長たる大尉は別れた。さて、一旦話を区切り、ここで、この大尉の正体を打ち明けよう。

 公式撃破数。戦車一五七輌、対戦車砲一五〇門。東部戦線のみで世界最高峰の戦車王の一員に加わり、戦後は戦車学校教官として次代の英雄を育んだ機甲戦の第一人者。

 サラマンダー戦闘団を離れた後、帝国最優にして最強の親衛師団『大ライヒ(GroßReich)』にて無数の武功を打ち立て、戦場の星となった大英雄。

 彼の名は、ミヒェル・ヴェックマン。

 

 人は彼を、戦車殺しと呼んだ。

 

*1
 じゃが芋を混入した戦時パン。栄養価こそ高いが不味く、前線では兎角不評だった。




『ようじょしぇんき』でKパンむしゃむしゃ食べてるヴィーシャちゃんも可愛いけど、原作5巻の扉絵でグランツ中尉をからかうヴィーシャさんも素敵だから両方やってみました。後悔とかあるはずない。
 ところで、読者の皆様はグランツ×ヴィーシャとヴァイス×グランツはどっちがお好みでしょうか? 書籍版の文章だけだと、前者より後者の方が多そうで困る。
 作者は勿論後……いや、どっちでも行けるわ(悪食)

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【人物名】
 ミハエル・ヴィットマン→ミヒェル・ヴェックマン

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