キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/19誤字修正。
 すずひらさま、佐藤東沙さま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!



65 安らかな死-宣戦布告

 その一報を電話で受けた時、私は受話器を取り落とした。誤報だろうと。そうでなくとも、私の時がそうだったように生存の可能性はあるはずだと。そう思いながらも、受話器から漏れ聞こえる声を確かめるべく、拾い上げて耳に当てる勇気を振り絞るには、相当の時間を要した。

 

「本当なのか?」

 

 ダールゲ・クニックマン中佐の戦死。威力偵察からの敵機遭遇と、そこからの撃墜。

 あの英雄が、ファメルーンの勇士にして空軍でも私以上の、文字通りの最古参たる無二の親友がこんなにも唐突に死んだのだと知らされた私には、それが現実のものとは到底思えなかった。

 

「モスコー放送では、クニックマン中佐殿を撃墜した男を大々的に喧伝しております」

 

 それはそうだろう。船団殺しを始めとする数々の異名を敵味方双方から賜った、世界最高峰の空軍パイロットを討ち取ったとあれば、どの国だろうと鳴り物入りで喧伝し、祭り上げるに違いない。

 私は魂が抜け落ちたように椅子に沈み込んだ。血の気の失せ切った顔を引きつらせつつ、ゆっくりと報告者に問うた。

 

「何者なのだ? 彼を、ダールゲ中佐を墜としたのは?」

 

 からからに渇ききった喉から絞り出すような声で問えば、そこから先は早かった。電話越しに伝えられた情報を呑み込み、最後に礼を述べて受話器を置くと、私はダールゲ中佐を墜とした相手を徹底的に調べるよう命じていた。

 連邦軍が敵味方問わず撒き散らした伝単(ビラ)を掻き集め、連邦や合州国内の赤色シンパが手がけた新聞を取り寄せ、そして敵のラジオを耳にする。

 

“本当に、死んだのだな”

 

 新聞や伝単(ビラ)にはダールゲ中佐を撃墜したパイロット、イヴァレフ・シェスドゥープ親衛少佐の英姿が飾られ、親衛少佐は自らの手で英雄を倒したのだと示すように、機体から取り外したのだろうダールゲ中佐の愛機の尾翼と一緒に写っていた。

 ギャンブラー気質な、そして空の男らしいダールゲ中佐は強敵との出会いを求めている事を公言して憚らず、一時時の人になった際やダイヤ付きの白金十字を授与された時などは、メディアに「自分を墜とせば勲章はそいつの物だ」と声高に語っていた。

 だというのに、ダールゲ中佐を撃墜したというシェスドゥープ親衛少佐は、中佐の勲章でなく尾翼と写るばかりだったので、私は首を傾げていたものである。

 

 普通、最前線では高位勲章など佩用したがらない物だが、ダールゲ中佐は出撃時にも構わず全身を勲章で固めて飛んでいた。有言実行とはこのことで、本当に敵に勲章を与える気でいたのである。

 それをシェスドゥープ親衛少佐が知らない筈がない。なにせ、その尾翼にも堂々と白金十字を描き『自分を墜とす勇者に与える』と自らの手で筆を入れていたのだ。

 印刷こそ荒くとも文字は読める。尾翼は広報用の偽物でなく、正真正銘ダールゲ中佐の文字だった。

 

“だというのに、何故?”

 

 ここまで来て敢えて語るまでもないことだが、私は連邦軍が好きではなかった。単純に主義主張の面もあるが、それ以上に彼らが行ってきた数々の蛮行故にだ。

 ダールゲ中佐の遺体は、多くの戦友たち同様に辱められたのだろう。蟻のように撃墜された機体や肉塊と果ててしまった遺体に群がり、勲章を引き千切るだけに飽きたらず換金できる物は根こそぎ奪い去り、最後には遺体の写真を撮りながら嘲り笑っているに違いないと、そう思えば私の心には、憎悪の火が猛り狂って止まなかったものである。

 

 だが、私はそれを後に深く恥じ、認識を改めざるを得なかった。ダールゲ中佐の遺体が、帝国に返還されたと知らされた為である。

 私は職務を投げ出して、真実か否かを確かめるべく搬送された遺体の元に飛んだ。()()()である合州国仲介の下、合州国大使館を経由して帝国首都ベルンに運ばれた遺体は無残なものだったが、最低限の防腐処理が施されており、勲章の類も破損していたが、粉砕されたのであろう物を除けば余さず持ち主に返されていた。

 

 合州国大使曰く、確かに私の想像通り、遺体から破損した勲章や宝石類そのものを強奪しようと群がった赤軍兵士は居たらしい。しかし、ダールゲ中佐を撃墜したシェスドゥープ親衛少佐は中佐の機体の傍に着陸すると、略奪者を殴打して勲章を取り返したのだという。

 それを知った私は、親友の仇に深い感銘を受けた。遺体の返還を求めた訳ではない。共産党とて、美談として祭り上げるまでは相当に悶着しただろう。

 だが、それでも私が心の中で蔑み、憎んだ仇は手を尽くしてくれたのだ。それは帝国貴族でさえ模範とすべき、誠実さと高潔なる精神を体現するものだった。

 非道で、唾棄すべきばかりの敵ではない。真に尊敬する空の騎士は、敵にも確かに存在したのだ。

 

 

     ◇

 

 

 華々しい、しかし誰も歓声を上げることのない式典。英雄の死を悼む為に催された国葬に、私もまた空軍礼装を纏い参列していた。あれ程まで着たい着たいと思っていた空軍の軍衣だというのに、この日ばかりは嬉しくない。

 参列した三軍の将兵や官吏らと、ベルン・フィルハーモニー管弦楽団の葬送行進曲を耳にしながら固い足取りと表情で墓地に着く。

 白い棺の上には花束と国旗。その中には出来る限り手を打って復元された親友の遺体があるが、勲章は一切身に着けていないし、クッションに飾られて運ばれてもいない。

 私が、ダールゲ中佐の遺志を忠実に守るべきだと主張したからだ。

 

 無論、反発はあった。誉れある帝国の勲章を、敵の手に委ねるなど許されはしないと。だが、私は真っ向から反論した。

 ダールゲ中佐を破ったのは高潔な軍人であって、忌むべき卑劣漢や野盗ではない。我々にとっての仇とは言え、誠意ある人間だったからこそ私達はダールゲ少将と『再会』出来た。それを思えばこそ、故人の思いを汲むに相応しい相手だからこそ、ダールゲ少将の約束は果たされねばならない。

 これは紛れもなく、勝者たる戦士が得るべき権利なのだから。

 

 私の熱意に押されてか、はたまた諦めからか、最終的に皆は折れた。二階級特進を遂げたダールゲ少将の勲章類は死後追贈された物も含めて額に納め、遺体がそうであったように()()()たる合州国を経由して、シェスドゥープ親衛少佐に渡す事が約束された。

 

“これで、良いのだよな? ダールゲ少将。それが、お前の望みだったものな”

 

 白い棺に黒い土がかけられる。棺の中で眠る、特進した親友の顔は穏やかで、悔いなど何一つとしてないのだと、一目見た時から分かっていた。

 ダールゲ少将は確かに本懐を遂げた。彼は空に生き、空で戦い、誇り高く空で死んだ。

 誰もが彼の死を前に復讐を誓う中、私にはもう憎悪の火は灯らない。胸にあるのは仇たる敵への敬意であり、戦友にして生涯最高の親友との別れの場を用意してくれたことへの、確かな感謝の思いだった。

 胸のロザリオを握り締め、静かに黙祷を捧ぐ私に、フォン・エップ上級大将は声をかけられた。

 

「魔導師と操縦士という立場の違いこそあるが、同じ空の男として貴様の気持ちは分かるつもりだ」

 

 何のことかと首を傾げかけたが、一拍の間を置けば、フォン・エップ上級大将が言わんとしていることに気付けた。

 

「戻る気なのだろう?」

 

 無二の、最も親しい友人の仇を討ちたいのだろうと。自らの手で、それを為したい筈だという問い。だが、私にそんな気はなかった。

 断っておくが、臆病風に吹かれた訳ではないし、あのダールゲ少将を討ち取った敵を撃墜するには、私か、私に比肩するパイロットでなければなるまいとも考えてはいた。

 

 読者諸氏は、ダールゲ・クニックマンを私より一段下に見ているかもしれない。リービヒ大尉が彼に土をつけた事や、私との戦果比較や常日頃のやりとりから、そう思わせてしまうことは無理からぬ話だっただろうが、人とは常に成長するものである。

 私が空軍総司令部に長らく勤務する間、ダールゲ・クニックマンは常に最前線の空を飛び続け、ダイヤ付きの白金十字を得たばかりか、私に先んじてダイヤ付き突撃章までも取得した、戦場の星そのものだ。

 

 私とダールゲ少将は戦力過多を避ける為に轡を並べる事は叶わず、運良く一緒になれたのはアルビオン・フランソワ戦役の終戦から東部開戦までの二ヶ月の、しかも一度きりの訓練だけだったが、その時のダールゲの飛行は私をして圧倒されたものであり、模擬戦を行えば、三度に一度は確実に撃墜判定を下されていただろう。

 そのダールゲ少将が威力偵察時に搭乗していたのは、現帝国空軍戦闘機でも最高のJä002-1タンクであり、戦闘爆撃機ではない。

 私もそうだが、ダールゲ少将自身、地上支援でなく空の戦いを本領とする空戦の名手であり、その点から見ても決して不利を強いられた訳ではないのである。

 むしろ、連邦製にせよ合州国製にせよ、帝国のそれより一段劣る戦闘機であのダールゲ少将を相手に勝利したシェスドゥープ親衛少佐は、正しく新星と称すに相応しい存在だ。

 

 仇というだけでなく、同じ空の男として好敵手と相見えたいのだろうという思い……フォン・エップ上級大将がそれを汲んで下さったのは、私個人としては感涙に足るものであった事は否定し得ない。

 しかし、私にはシェスドゥープ親衛少佐個人への思い以上に、危惧していることがあった。私やダールゲ少将に比肩するパイロットが敵に現れたとき、この押されたままの戦局を打開し得る、唯一の手を敵が用意するだろうと確信していたからだ。

 

 その危惧とは、赤色空軍による本土爆撃……それも、軍の生命線たる水素化合(合成石油)工場区域への無警告(奇襲)爆撃である。

 機械化された高度な近代化軍である帝国軍は、ダキアからの油田に頼る以前から機械化部隊を維持するため、石油の大部分を合成石油の精製によって賄い続けてきた。

 非産油国にして四方を仮想敵国に囲まれた状況下故に、発達せざるを得ない技術であったが、それ故に日産にして七万二〇〇〇バレルという生産量を、質を維持した上で賄い続ける生命線だった。

 精製施設の半数は、空爆による破壊を憂慮して地下に建築している。が、言い換えれば残りの半数は地上にあるのだ。

 一度でも空襲による被害を被れば、間違いなく広漠なルーシーへの進軍は不可能となる。何より、帝国は連邦以上に()()()()

 

 足かけ四年……帝国が戦争に費やした期間は、それだけの戦費と人員を炉にくべ続けた。帝国軍はダキアに、協商連合に、共和国に、連合王国に、そして連邦に対してさえ、常に小規模な失敗こそあったものの、大規模かつ壊滅的被害を被ることは一度としてなかった。

 だが、もし一度。たった一度でも失敗してしまったならば、今の位置には決して立てなかっただろう。

 我々の継戦能力は、失敗をして来なかったからこそ維持してこれたのであり、言い換えれば、一度の失敗が我々の進軍に歯止めをかけることを意味している。

 敗戦国からの賠償金は、遅滞なく確保できている。軍需工場も稼働出来ている。帝国本土は、未だ安寧と繁栄を謳歌し続けている。

 だが、その全ては国家という機構が瑕疵なく動き、精緻にして膨大な歯車が欠けることなく、或いは欠けたとしても即時交換と補充が可能だからこそ維持し得ているに過ぎない。

 ここで大打撃を被れば? 主力燃料と言う、近代化軍の血液の大部分が消失してしまえば? これまで一度として被害の無かった本土が焼かれた際の、国民に与える心理的影響は?

 

 開戦時に東部に派遣される以前、私は自身の危惧を最大の懸念事項としてフォン・エップ上級大将にお伝えしていた。シェスドゥープ親衛少佐のような個人の力量を当てにせずとも、雲霞の如き物量さえあれば、敵空軍の工業地爆撃は成功の見込みがあると踏んでいたし、フォン・エップ上級大将も私の危惧には大いに頷かれて本土防空を固めていた。

 その甲斐あってか、はたまた敵にそれだけの手を打てる算段がつかなかったのは定かではないが、帝国本土への大規模爆撃は未だ実行されず、帝国本土防空部隊は、徐々にその規模を縮小して前線に送られ続けていた。

 

“フォン・エップ上級大将は、既に私の危惧を杞憂と考えられておいでなのだろうか? いや、或いは私の権限内で出来る限りの手を打たせた後、万全を尽くした後で送り込もうという腹積もりなのやも知れぬ”

 

 私の考えの正解は後者だった。少将になったとは言え、戦闘機総監ならまだしも、戦闘爆撃の総監職では戦闘機隊を防空に回す権限など殆どない。

 それならば最低限の引継ぎを済ませて、一日でも早くシェスドゥープ親衛少佐や、他のエース級を墜としてくれといったところだったのだろう。

 それでも私自身としては個の武勇よりも、将官としての勤めを為す方が全体の利となると考えていた。しかし、フォン・エップ上級大将の思いを汲まねばならないだろうという思いが逡巡を生み、結局は相手に委ねるような言葉を発してしまった。

 

「……戻ることを、許されるならば」

「意外だな。是が非でもと言うものと思っていたが」

 

 だから、もう準備はしていたという。短過ぎる期間だったが、私は戦闘爆撃機総監を解任される予定だというし、次の居場所も用意するつもりだとフォン・エップ上級大将は告げられた。

 

「航空軍団の一つに席を空けさせた。表向きは参謀長職だが、それは副官に任せれば良い」

 

 戦闘機だろうが魔導攻撃機だろうが好きに乗れ。部下も自由に寄越してやるという。

 

「私が死ねば、士気に関わるのでは?」

 

 フォン・エップ上級大将ではないが、意外だったと言わざるを得ない。私が仇討ちという血気に逸ることを危惧されて、今後の飛行任務を禁止される事さえ考慮していたが、そうした疑問を呈すれば、フォン・エップ上級大将は今更だなというように、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「士気を語るならば、英雄を失ったばかりだ。貴様と並び立つ『空の双璧』の片割れがな」

 

 だからこそ、私に帝国空軍の威信を取り戻せという。

 

「私としては、殺し屋に仕事を依頼するようで気乗りはしなかった。貴様の腕も信じているが、頭に血を昇らせて墜ちた時のことが、記憶に新しかったのもある」

 

 だが、今の私は昇る血など持ち合わせていない。怒りも復讐も、親友の無念そうな、けれど自らの死や敗れた事への不満などないあの死に顔を見ては、沸き立つ筈もない。それを承知しているからこそ、フォン・エップ上級大将は行けと背中を押しているのだろう。

 

「行ってこい。行って、我々こそが空の支配者だと。帝国空軍こそが、唯一無二の空の無敵艦隊(ルフトアルマーダ)なのだと教えてやれ」

「勝利をお約束します。吉報をお待ち下さいませ、将軍」

 

 

     ◇

 

 

 私の戦闘爆撃機総監職の解任と、第Ⅰ航空軍団配属を任じられたのは、ダールゲ少将の戦死からすぐのこと。宣伝局は私の東部戦線復帰を親友の仇討ちと信じて疑わず、是非ラジオで仇たるシェスドゥープ親衛少佐に宣戦布告をとまで言われたが、しかし、先に語った通り私に復讐の意思はない。

 ただ、私が空に上がらねば、シェスドゥープ親衛少佐と相対した戦友達は確実に命を落とすだろう。そればかりか、シェスドゥープ親衛少佐を野放しにすれば今後我が軍は確実に甚大な被害を被るだろう事も、同じ一操縦士として嫌という程に理解できていた。

 

 聡明なる読者諸氏は、こう疑問に思われるだろう。如何に敵が類稀なる力量を持つパイロットとは言え、敵首都を目前に控えた現状、将官が総監職を辞してまで、赴く程の理由には弱い筈だと。

 たとえ件の親衛少佐が世界最高峰の実力を有そうと、所詮は一機。帝国空軍の防衛隊を崩して突破するには、弾薬も燃料も決して足りない。

 開戦劈頭の物量ならばまだしも、現状の連邦軍は摩耗し切っている。赤色空軍内で、唯一帝国空軍の脅威足り得る親衛連隊と合州国産の航空機をありったけかき集めたところで、帝国本土への空爆など成功の見込みは薄すぎる筈だと。

 

 その疑問は尤もで、工業地爆撃を行うだけの余力は、既に帝国空軍が徹底的に潰している。しかし、だからこそ、と言わねばならない。追い詰められているからこそ、赤色空軍は背水の陣で臨まざるを得ないのだと私は確信していた。そして、一本の絹糸のように細い成功の可能性であっても、英雄という存在が、それを後押しするだろうと。

 

 件の親衛少佐を知らぬ読者諸氏には、この一パイロットの存在が本当にそれほどまでの影響を与えられるものかと疑問視することであろう。或いは、歴史を知る読者諸氏には、私がこの時点でそれを本当に確信していたのかと疑義を唱えるかも知れない。

 前者に関しては歴史がそれを証明している。そして、後者に関してはこう答えよう。

 

 私が敵ならば、同じ事をした、と。

 

 現時点でのルーシー連邦において、本土空爆が唯一残された逆転の目である以上、如何なる犠牲を払ってでもそれをするだろうと私は確信し、フォン・エップ上級大将らもその危険性を理解していたが為に、私を送り出しつつ、更に幾人もの撃墜王を招集してくれていた。

 

 そして私は、ルーシー連邦が逆転の目としてシェスドゥープ親衛少佐を用いるより早く、彼を撃墜する為に自らを釣り餌にすることにした。

 ラジオや新聞、伝単ばかりでなく、今日まで伝え聞き、そしてかき集めた情報から、人となりを知ったシェスドゥープ親衛少佐が食いついてくれるだろうと期待して、連邦公用語で敵勢力向けの声明を収録して貰う。

 

「『本懐を遂げられたダールゲ・クニックマン少将に代わり、勝者たるイヴァレフ・ニヴォートヴィチ・シェスドゥープ親衛少佐に心より敬意を表す。

 ルーシーの空の下、赤の翼で貴官を待つ。輝かしき人民の英雄が、相見えるその日まで壮健たらんことを祈る。

 帝国空軍、ニコラウス・アウグスト・フォン・キッテル少将』」

 

 収録を終えた私は、東部の整備員に専用の機体を用意してもらうよう願い出た。収録時の発言通りの、鮮やかな赤い機体。戦後は私の代名詞となり、連邦からも真紅の悪魔機(クラースヌィ・ジヤヴォール)と恐れられた機体は、この時を境に登場したのである*1

 シェスドゥープ親衛少佐は帝国人のように名誉を重んじるばかりでなく、英雄との一騎打ちを望んで止まなかったとは情報を得ていたから、何かしらの反応はあるだろうと構えていたものだが、私の音声がラジオで流れてからの返答は余りに早かった。

 

「『シェスドゥープ親衛少佐だ。本来ならばそちらがされたように、言葉を合わせるべきであり、上位の階級者には敬意を表すべきなのだろうが、人民の敵たる貴族に対し、党と祖国の剣と盾たる私が下手に出る訳には行かん。

 だが、特進を遂げられたダールゲ・クニックマン将軍は、私にとって誇るべき好敵手であり、その敢闘は筆舌に尽くし難いものであった。

 たとえ唾棄すべきインペリアリズムと民族主義の先鋒たる帝国軍人であったとしても、その雄姿は、同じ操縦士として認めざるを得なかった──敬意に足ると。

 キッテル将軍もまた、クニックマン将軍同様に一操縦士として敬意に足る男であり、その挑戦が最上の栄誉であることも同じ空の住人として心得ているつもりだ。

 貴方に倣い、私もまた白い翼で空に上がることにしよう』」

 

 連邦の思想においては忌むべき貴族の、それも数多の同胞らの血を吸った男に対し、可能な限りの礼を込めてくれた返答に、私の胸は強く、深く打たれた。

 因果なものだ。一体どうして、このような高潔な軍人が、私の敵として立ちはだかってしまったのだろう? どうして、私の親友を殺めてしまう立場になってしまったのだろう?

 もしも、シェスドゥープ親衛少佐が私やダールゲ少将と同じ帝国軍人だったなら、私たちは生涯の友として肩を叩き合い、笑い合いながら酒を酌み交わし、永遠の友情を誓い合えただろうに。

 

“だというのに”

 

 同時に、私はシェスドゥープ親衛少佐が敵であったことにも幸運を感じていた。それはきっと、戦死したダールゲ少将も同じ気持ちだっただろう。

 急発展していく技術と、それに伴う兵器の進化。高速化する空戦からは格闘戦が機会を失い、旋回性能より飛行速度を武器に一撃を加える、効率主義*2に置換しつつある。

 魔導式とはいえ誘導ロケットまで出現した以上、航空機は個人が練磨した技術以上に、より機械性能が勝敗を分けるようになっていくだろう。

 

 剣と鎧の騎士の時代が、銃に置換されたように。騎兵が機関銃と鉄条網に敗れたように。私やダールゲ少将の戦い方も、やがてはより洗練された兵器に取って代わり、駆逐されていくに違いない。

 騎士道を貫く戦いは、私の父上の代で果ててしまったと諦めていた。大地は機関銃どころか化学兵器までもが席巻し、空さえ磨き上げた技術でなくレーダーや誘導兵器で満たされつつある以上、自分達もまた戦争の流行り廃りに呑まれ、置き去られるのだろうという諦観で満ちていた。

 

 だが、そうした中にあって私達空軍将兵が、戦闘機乗りが求めて止まない好敵手が現れてくれた事は、望外の幸運に他ならない。

 だからこそ、この強敵と相まみえるという至上の栄誉を味わえたからこそ、ダールゲ少将は安らかに眠ったのだと思うし、後にシェスドゥープ親衛少佐と戦う事になる多くも、戦死や敗北を受け入れた。

 悔しかったと。無念だったと言いながらも、何処かで英雄と戦えた事を戦士の冥加として噛み締めたのだ。

 

“待っていたまえ、シェスドゥープ親衛少佐”

 

 私は将校鞄を手に、将官用の特別列車に乗り込む。護衛も従兵も、佐官の時とは比にならない厚遇だったが、私には彼らよりも戦うべき相手の方が重要だった。

 

“シェスドゥープ親衛少佐。貴官を尊敬しよう。相まみえる時を楽しみにしよう。親友に名誉ある死を与え、尊厳を守ってくれたことに感謝もしよう”

 

 だが、敵である以上、戦友を殺める立場である以上、私は親衛少佐を殺さねばならない。一分一秒でも早く、空を我々の手に取り戻す。空に流れる戦友たちの血を、一滴でも少なくするために。帝国に災禍が降りかかるその前に。

 

“貴官は、私の手で墜とす”

 

*1
 後年には、私が中央大戦初期から赤い機体に搭乗していたと思われているが、それは誤解だ。

*2
 とはいえ、高速で飛翔する航空機を完全制御下に置きつつ攻撃する事は、格闘戦以上に優れた技量をパイロットに要求するのだが。




 ついにラスボスの登場。(敵が)エースコンバットの主役をやっちゃうようです。
 末期戦的なポジションからの大逆転劇はエスコンの約束だからね、仕方ないね。
 てかこれ完全に主人公の方が中ボス倒した後に登場するラスボスポジやんけ。

※蛇足ですが、機体を白に塗ってる人は実際にいました。但しソ連でなくWW1ドイツです。
 その人物こそ、WW2ではモルヒネデブと蔑まれたものの、WW1においては頼れる兄貴分だったリヒトホーフェンサーカス指揮官『鉄人』ゲーリング!
 ぶっちゃけフランスのペタンもそうだけど、WW1知ってるかどうかで評価変わる人物って多いですよね。

 そしてさらに蛇足ですが、機体を赤に塗った方はWW2にも居ます。但しドイツじゃなくてソ連。
 そのお方はポクルイシュキン親衛大佐で、鈴木五郎著『撃墜王列伝』によると、乗機を赤く塗って『ポクルイシュキン此処にあり』と誇示したり、ドイツ軍の周波数に合わせて「ポクルイシュキンが向かったから気をつけな」と挑発したりしたそうな。


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