キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/23誤字修正。
 oki_fさま、佐藤東沙さま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


67 帝国本土空襲-最悪の結果

 空襲警報と避難勧告。帝国本土において、その二つの音を、非常時の訓練や義務として以外で耳にした帝国国民は皆無だった。万一に備えて用意されていた防空壕に、訓練通りに規律正しく逃げ込めた地区は皆無であったと言う。

 本国市民に於いては、従軍経験者以外が初めて目にした、上空を飛行する敵軍用機を見上げては、それが現実の物とは思えなかったと生存者は一様に回顧し、当時は誰もが我が目を疑ったそうである。

 戦時国際法に連邦が加盟していない以上、無警告での爆撃は想定して然るべきであったし、帝国国民も常日頃よりラジオや新聞で敵の悪行を聞き及び、脳に刻み込んでいた。いや、知り過ぎていた為にパニックになったのだろう。

 夜空を焦がす夥しい火と、サーチライトに照らされた禍々しい赤星は、巨大な爆撃機の影は、悪魔の羽音のような轟音と共に現れた死と破壊の使者は、帝国国民を狂乱の渦に陥れるのに、十分過ぎるものだったのだ。

 

 

     ◇

 

 

 赤色空軍が帝国本土を踏むべく行動を開始したのは、深夜となってからだった。当然、夜間戦闘に関しては帝国に一日の長が有った。帝都防空を担う夜間飛行隊は常に一定以上の錬度を有しており、その実力も経験も、最前線から規程期間での交代を課されている為に十分だった。

 だが、私もそうだが夜間飛行隊はレーダーという鷹の目と、オペラハウスという昼夜なき案内役に、空の地図と伝令を頼り過ぎていたのだろう。

 

『デュッペル』。我々はそう呼称し、敵はミラーと呼称した今日におけるチャフ──当時はアルミ箔を貼り付けた紙を細切れにしたものを用いてレーダーを撹乱した──によるレーダー妨害は、列強各国が我々の索敵能力の秘密を解してから最優先で取り組み続けた分野の一つでもある。

 列強各国にとって惜しむらくは、それを開発し終えるより早く敗北を喫したことか。

 帝国側にしてみれば、まだ見ぬレーダー妨害に対抗すべく日進月歩で改良を進めて来たものの、全くレーダーが役に立たないという事態は初めてだった。

 地上局の無線情報は矛盾した感知(機影)情報に右往左往し、夜間戦闘隊も自機に搭載されたレーダーと無線手を頼りに急行するも、そこには敵影など影も形もなく、夜間戦闘隊は独り相撲に興じるばかりだったのである。

 

 無論の事、そうした事態に備えて航空機から照明弾を投下、ないしは地上から打ち上げ、目視での戦闘を熟せるだけの錬度は訓練で維持していたが、帝国国民の避難同様に、訓練と実戦の違いを夜間飛行隊もまた味わう事となる。

 

 合州国が誇る傑作爆撃機『空の要塞』は確かに硬いが、オルカンさえ浴びせれば撃墜できた。問題は、常日頃から闇夜を味方につけ、暗い側で戦う事に、夜間戦闘隊が慣れきってしまっていたこと。

 そして、オルカンの射程に敵爆撃機群(ボマー・ストリーム)が入るより早く、赤色空軍が帝国軍夜間戦闘隊と攻撃機を刈り取ってしまえるだけの実力を有していた事だった。

 帝国空軍のエース級や撃墜王は、大多数が昼間戦闘を主任務として活躍している。中には夜間戦闘の経験者が居ない訳では無いが、夜には夜の戦い方というものが有り、夜間戦闘隊のエース級と昼間戦闘の撃墜王では、前者に軍配が上がってしまう。

 東部戦線に限らず、態々夜闇に隠れずとも空を支配しつづけた帝国空軍の戦力から、夜間戦闘隊は常に防御か、大音量での敵軍の安眠妨害や攪乱行為にばかり使われて来たこともあって、真っ向勝負に慣れていないのもあった。

 しかし、何より恐るべきは赤色空軍親衛連隊が、帝国空軍の梟──夜間戦闘員の尊称──を翻弄し得るだけの腕を備えていた事だろう。

 

 その中にはシェスドゥープ親衛中佐(一九二八年、三月進級)の姿もあった*1が、彼以外の連隊員もそれに比肩する者ばかりだったと生存者が語った事から、爆撃隊も戦闘隊も最高の人員を揃えたのは間違いない。

 だが、対する帝国空軍夜間戦闘隊も、決して無力でも非力でもない事を彼らに教授した。攻撃機は墜落の間際になろうと操縦桿を離さず、オルカンを空の要塞に叩き込んでから墜落し、夜間戦闘隊も最期の瞬間、墜落の直前まで攻撃機を掩護し続けたのである。

 中には、一矢報いることなく終わるぐらいならばと、脱出でなく体当たりを選び、自機諸共道連れにした者さえ出たというから、夜間戦闘隊の覚悟と祖国防衛に対する義務感が、如何に苛烈なものであったかを物語っている。

 

 親衛連隊の戦闘機も爆撃機も、攻撃目標たる水素化合工場到達までには満身創痍となっていたが、もしその場に私が居たならば、という仮定は無意味だろう。

 如何なる状況であったとしても私の夜間飛行は禁じられていたことから、訓練でさえ夜間戦闘機に乗る事は終ぞ許可されなかった。

 仮に私が直接工業地の防衛に就いていたとしても、勝手の違う機体で慣れぬ夜空を飛行して、シェスドゥープ親衛中佐に敵う見込みはなかっただろう。彼我の実力を語るには少々早いが、これだけは確信して言える事である。

 

 

     ◇

 

 

『空の要塞』を送り届けた赤色空軍の戦闘機群は、爆撃機群の投弾を見届けるより早く隊列を保って帰還した。生き残った爆撃隊もそれを気に留めず投下を続けたというから、片道切符でしかないという事は織り込み済みだったのだろう。

 爆撃機を撃墜すべく到着した増援はその目的こそ果たしたものの、工業地は決して軽くない傷を負わされたが、一番大きかったのは、これまで無傷だった内地から多数の死者・重傷者を出したことだ。

 燃え盛る工場。炎が空気の渦を作って都市を呑み込み、灰の雨を降らせ、最後には瓦礫となった都市。自分たちには無縁だと信じていた塗炭の苦しみを味わわされた住民は、敵への憤怒より先に帝国空軍と防空隊を詰ったが、軍はそれを甘んじて受け入れた。

 老若男女を問わず、愛しい我が家や家族が炭化したことを嘆く市民。工業都市は遺体で溢れ、生存者を纏め支えとならねばならない警官や赤十字の尼僧さえ絶句して顔を強張らせていたというその惨害全てが、力及ばなかった自分達の責だと承知していたからだ。

 

 その上で、我々はこのような災禍をもたらした元凶を見過ごす訳には行かなかった。離脱した親衛連隊には何としてもこの罪を贖わせねばならないと、各隊は血眼になって親衛連隊を捜索し、追い詰める事に成功したのだった。

 

 

     ◇

 

 

 シェスドゥープ親衛中佐を始めとする戦闘機隊がその帰路にて帝国空軍に発見され、奮戦するも撃墜されたと私が連絡を受けたのは、親衛連隊による工業地夜間爆撃の報を受けてから、夜明けの日を見るまでの数時間の間だった。

 

 親衛連隊の捜索は東部を含めた夜間戦闘隊と、撃墜王らが率いる腕利きの部隊が血眼になって行ったが、連邦最高パイロットの初撃墜の栄誉は夜間戦闘隊と、帝国空軍最年少大尉にして撃墜王、ヨーヘン・マリエール大尉率いる第五二戦闘航空団第四中隊が手にするに至った。

 

 常に機体番号を黄色で記す事から『黄の12』の異名を持つマリエール大尉は、その男優顔負けの美貌と相反し、どのような角度や位置からでも射撃できるよう、常日頃からアクロバットな飛行を好む血気盛んなファイターだった。

 私は東部でも内地の訓練でもマリエール大尉と飛んだ事はなかったが、その勇名と美貌から、帝国では広告塔として持て囃されており、私も何度となく空軍誌やラジオで大尉の活躍を見聞きしたものである。

 聞くところに依れば、夜間戦闘隊の誰もが既に被弾していたシェスドゥープ親衛中佐の機に弾丸を届かせられない中、マリエール大尉だけは親衛中佐に喰らい付き、半ば相打ちに近い形で──シェスドゥープ親衛中佐はエンジン部に、マリエール大尉は尾翼を削り取られた──決着が着いたのだという。

 この時の詳細においては、後に本人の口から私に語られたため、その折に述べさせて頂く。

 

 親衛連隊撃墜の報せを受けるまでの私はフライトジャケットを纏い、日の出と共に捜索に加わる筈であったから、一足遅くなってしまった事を心中で僅かに悔みながらも、夜間戦闘隊とマリエール大尉、そして大尉率いる中隊に快哉を叫んだ。

 

「閣下ならば、悔しがるものと思いましたが」

 

 パイロットの一人がそう苦笑したが、悔しさを語るならば、敵がこのような手段を講じてくる事を予想していながら、防ぎ切ることが出来なかった事に尽きる。

 将官としては失格だと零しつつも、最大の懸念事項が去った事を今は噛み締めるべきだろうと……余りにも楽観的な思考をした自分を、今となっては殴り殺したくなる。

 

 だが、起きてしまった事は変えられない。回顧の度、私はこの工業地の空襲を未然に防げていたならばと、被害の多寡でなく、それを引き金として起こる事態を憂慮出来ていたならばと思いながら、この時の事を悔やむのだ。

 

 

     ◇

 

 

 帝国工業地の被害は、全体で見るならば決して大きなものではなかったが、それが軍の開進に及ぼす影響は、今後の事態を危惧するには十分過ぎる物だった。

 総量から見れば数パーセント分の、一割にも満たぬ石油供給の減少が帝国軍を機能不全に追い込む。

 ウリヤノフグラードは既に落ちた。モスコーも包囲下に置かれた。だが、南部資源地帯は失陥こそさせたものの、連邦軍の破壊によって使い物になるまでに相当の時間を要してしまう。帝国軍は万一に備えての備蓄を用意しているし、モスコーを陥落させ、戦線を整えるまでには十分な猶予を保持している。

 何より、連邦軍がこのような手段を講じることは、これが最初で最後だということも、帝国軍は正しく彼我の戦力から判断出来ていたし、敵も自軍の状況がどのようにあるのかは、再確認するまでもない。

 

 だからこそ、ここで連邦が取った行動は帝国一国のみを対象とするには最適解だったと言えよう。連邦は帝国に対し、講和の用意があるとようやく切り出したのである。

 分離独立を掲げる構成国独立を承認すると共に、ルーシー帝国再興を容認し、アルハーンからアーストラにかけて(Aライン)をその領土と認める。

 また、帝国(ライヒ)・ルーシー帝国双方に対して賠償金支払いの用意があることも提示表明した。

 長年の戦争に疲弊し、ここにきて本土爆撃まで行われた帝国にしてみれば、この和平案は十分受諾に足るだろう。

 国家維持と安寧のみを追求するならば、連邦の提案は確かに正しい。勝敗の天秤は既に戻らない位置まで傾いているといっても、モスコー以東の大地はこれまで以上に険しい、インフラという言葉が辞書に記載されていない悪路なのだ。

 ここに至るまで、どれだけの戦車が砲火を交えることなく故障して足を止め、輸送車が立ち往生して開進に苦心したかを思えば。

 どれだけの人命が極寒と泥濘に沈んだかを回顧すれば。

 そして、それ以上の苦難の道が待ち構えているだろうことを考えれば、悪夢にも等しい未来はどのような凡愚でも想像に難くあるまい。

 進みたくても進めない。それでも進もうとするならば、帝国は莫大な金銭と人命を擲たねばならなくなってしまう。

 戦略眼を有する人間ならば、過去にどれほどの遺恨があろうとも、この和平交渉を受諾した上で、自分たちは勝利したのだと祖国と世界に凱歌を響かせるべきなのだ。

 

 ……ただ、それを行うには帝国国民も、何よりもここまで付いてきた義勇軍や自治評議会らも連邦の暴虐を知り過ぎてしまったし、味わい尽くしてしまった。

 連邦の和平交渉は、自分達への不可侵を絶対条件としており、国際裁判への出頭も拒絶している。敗戦国として悄然と苦い味を噛み締める用意はあるが、命ばかりは差し出せない。

 それが共産党の回答であり、主張であり、党に苦しめられた全ての者は、それをふざけるなと蹴りつけた。虐げられた者、愛する者を失った者たちにしてみれば、損得で解決できる域は過ぎている。

 帝国一国だけならば、まだ抑え込めたかもしれない。しかし、轡を並べた者たちの多くが望むのは連邦の、共産党への復讐であり、共産主義を掲げる社会主義国家を容認することからして受け入れ難かったのだ。

 一切の感情を排し、合理的決断を下すこと。帝国軍に限らず、良識ある軍将校ならばそれは弁えねばならないのだろう。だが、それは言葉にするには容易くとも、実際に我が身をとどまらせるには、余りに酷だったのだ。

 

 今日に至るまで部下を、戦友を理不尽な苦痛の元に失うまで、仄聞するにとどまっていた私でさえ、忸怩たる思いを抑え、将官として職責故に感情の暴発を抑えねばならないからこそ、この時も、そして今でさえこうして文を綴り、戦争を終えるべきだと、べきだったと認めることが出来ているに過ぎない。

 

 ……いや、これは嘘だ。

 

 結局私が思い止まれているのは、終戦すればエルマーがこれ以上世界から恐れられるような兵器を創造せずに済み、またそれらを用いなくてよくなるだろうという安堵感や、ターニャが戦死しないで済むだろうという保身が勝っていたに過ぎない。

 私は自分が、自分の親しい者が勝利より上に来てしまったからこそ、こんな風に考えることが出来てしまったのだ。人としては何処までも利己的で、軍人としても合理性という装飾の内側に不誠実さを隠した、恥ずべき思いだった。

 

 だが、これまで耐え忍んできた者たちは、雌伏の時として耐え難きを耐え続けてきた者たちには、どうか?

 帝国義勇軍将兵全員と、連邦構成国からの協力者、そして本土の民意を叫ぶマスメディアに、戦友、部下、上官を失った帝国将兵の大多数に至るまで、全てが共産党と党指導者らへの慈悲なき鉄槌を叫んだのだ。

 フランソワ革命の、暴徒と化した民衆のように熱狂的で、誰もが目を血走らせて嬉々としながら地獄の窯を開くその光景を、私は生涯忘れないだろう。

 私とは違い、常に透徹した視線を維持されるフォン・エップ上級大将でさえ、あの時は民意という波に押されていたと戦後溢されたほどなのだ。

 

 そして、戦争遂行に限り全権を委任され、絶対的地位を確立された小モルトーケ参謀総長は。この事態において唯一、鶴の一声で全てを押さえ込むことが出来たであろう参謀総長は、その生涯において、唯一と言って良い疵を輝かしい経歴に遺されてしまわれた。

 

 敵地攻略の功で大将位を与えられ、本国に帰還したフォン・ゼートゥーアならび、フォン・ルーデルドルフ両大将の、慎重派と行動派と揶揄された両人が私人としてのように肩を組み、これ以上の開進は無謀だと断固反対したといえば、如何にこれ以上の我が軍の侵攻が、攻勢限界という枷にかけられていたか推察できよう。

 戦線を整えるところまでは出来る。後は賠償金を限界まで引き上げるなりして、国としての体制が維持できないまで締め上げれば事足りる。無条件とまではいかずとも、それに近い形での降伏を連邦は呑む筈だ。

 こうした意見具申、否、泣訴に近い進言を前に、小モルトーケ参謀総長は静かに零された。

 

「ゼートゥーア参謀次長のみならばいざ知らず、ルーデルドルフ参謀次長までもか」

 

 前線に送った甲斐があったよ、と、まるで我が子の成長を喜ぶように小モルトーケ参謀総長は微笑まれたという。

 抗命による銃殺さえ覚悟しての直訴であっただけに、フォン・ゼートゥーア、フォン・ルーデルドルフ両大将は、戸惑いがちに顔を見合わせられたそうだ。

 

「では、講和を?」

「現状の手段においては、それが正解なのであろうな」

 

 帝国が止まるといえば、如何に周囲が騒ごうと意味はない。独立を望む周囲が、ルーシー帝国再興を願う者達がどれだけ反発しようと、その願いは叶っているのだから、これ以上手を貸す義理はないと言われればそれまでだ。

 帝国に肩入れした全てが一致団結したとしても、帝国抜きに戦い抜くには数も質も、何より武器が足りていないのだから。

 

 打つ手なしだよと上がる白旗。後一歩、目の前の巨人が譲るといえば、その地位に就くことが可能なフォン・ゼートゥーア、フォン・ルーデルドルフ両大将は、初めてこの英雄に参ったを言わせたと、無邪気にはしゃがれ……。

 

「ならばこそ、新しい手段で奴らを灰にしてくれるわ」

 

 偉大にして光り輝く英雄が、倒し得ぬ怪物に変わられたと称された、歴史の瞬間を目にしてしまった。

 小モルトーケ参謀総長は受話器を取ると、技術将校の最高位にして、後の総監部長の地位を確約されていた我が弟、エルマー・フォン・キッテルに、こう問われた。

 

「貴官が、莫大な人員と予算を注ぎ込んだ兵器はいつ使える?」

()()であろうと。世界の、()()位置であろうとも。参謀総長」

 

 もし、その場に私がいたならば、たとえ小モルトーケ参謀総長であろうとも電話をむしり取り、エルマーに直訴しただろう。

 私だけでなく、如何なる軍高官であっても最高機密とされ、予算を組まれた事さえ知らなかったパンドラの箱。フォン・ゼートゥーア、フォン・ルーデルドルフ両大将さえ知らなかった、史上最悪にして唯一の使用例として歴史に刻まれた兵器を、今ここで使うと小モルトーケ参謀総長は告げられたのだ。

 

 

     ◇

 

 

 世界初にして、誰もが二度と使われぬことを今日まで祈り続ける大陸間弾道『核』ミサイル(秘匿名称:VPu)。

 プルトニウムという過早爆発の可能性が高い物質ゆえ、戦後他の多くがウランによる劣化核を、それも──帝国の情報保全もあったとは言え──数十年の時間差を置いてしか完成させ得なかった悪魔の、いや、神の御技にさえ等しい兵器。

 それを、モスコーから都市機能を移転したサービシェフに発射するのだと決定したとき、実行の即時停止を誰もが求めた。

 

「終わらせられるのです! 参謀総長の一声あらば、それだけで終止符は打てるのですぞ!?」

「そして、社会主義国家という体制が維持される。いや、講和など連中にとっては時間稼ぎだ。今頃は移転した都市で荷を纏め、亡命準備を進めているだろうよ」

 

 真に共産主義と身命を供にする殊勝な人間など、一体何人残っている? そうした人間ほど理想の名の下に殉教し、聖人の如く祀られている。後に残っているのは、カルトに染まった若者を死なせた、拝金主義と自己保身に塗れた老害だけだ。

 

「だとしても、敵都市には市民がいます。我々の悪名は、歴史に刻まれますぞ」

 

 これまでの帝国は間違い無く被害者であり、公正な目で見れば正義の味方とさえ称すべき立場にあった。それを、その輝かしい歴史を、全てドブに捨ててまで行うだけの価値が、何処にあるというのか?

 

「悪しき体制を自己保身で残し、摘み取れた芽を枯らさず、後の世代に託すのかね? ああ、確かに我々は勝利で終わらせられるとも。ルーシー帝国を始め、各国が独立した段階で緩衝地帯となってくれる以上、帝国本土に累が及ぶ前に再び殲滅も出来るだろう。

 だが、ね。聞きたまえよ諸君。私は敵を逃してやる気はない。不遜にも聖なる祖国の土地を穢し、皇帝陛下のお命さえ危ぶませる共産主義などという悪逆の徒は、文字通り世界から消えて貰う。何、どうせ連中は国際法に批准などしておらん。

 我々は世界のどの法に当てはめても無罪だよ。国際法だの国際裁判だのは気にするな」

 

 数万の市民さえ、後の争いの種を思えば必要最小限な犠牲だと。まして、ここにきて独立もせず、我々に協力もせず残っている市民など、たとえ敵でなかったとしても救うに値しないだろうと切って捨てられる。

 

 実際、残酷なようであって正しかった。Aライン以東のルーシー人に独立の兆しはあったが、サービシェフは親共産主義者や党高官の家族が大多数を占めていた。

 そして、事前に提示された核ミサイルの性能は、都市ばかりでなく要塞や平原、海上の敵を一掃するにも十分過ぎるものであり、無理な開進など行わずとも、一瞬で雌雄を決するには十分だった。

 

「講和の用意がある事は匂わせておけ。兵は下げて戦線を整え、陥落させたモスコーの防衛に割かせたまえ。後はそうだな……出来る限り敵を纏めて貰えると、より助かる。ミサイルは四発しかないのでね」

 

 こうして、ルーシーの大地に核の火が放たれた。

 

*1
 夜間出撃であるために純白の機体には搭乗していなかったが、指揮官機のスピナーキャップを中心とした機首が白に塗られていた事や、墜落した機に描かれていた撃墜数から、シェスドゥープ親衛中佐が出撃していた事は間違いないとされている。




 黄の12のマリエール大尉は、黄の14こと『アフリカの星』マルセイユ様そのままです。数字は一つずらして13でも良かったのですが、エスコンに黄色の13さんがいるので止めました。

 核兵器に関しては感想欄で預言者様が多く居られましたが、まぁ、やらなきゃあ嘘ですよね。こんな玩具を使わない選択肢なんてありませぬ(戦略ゲープレイヤー並感)

以下、名前・地名等の元ネタ
【史実→本作】
【人物名】
 ハンス・ヨアヒム・マルセイユ→ヨーヘン・マリエール
【地名】
 アルハンゲリスク→アルハーン
 アストラハン→アーハン
 クイビシェフ(サマーラ)→サービシェフ


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