キッテル回想記『空の王冠』   作:c.m.

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※2020/3/24誤字修正。
 佐藤東沙さま、すずひらさま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!


70 終戦と結果-各国のその後

 一九二八年、八月一日。共産党指導者に代わり、ゲオルギウス・ジャウコフ連邦軍参謀総長はウリヤノフグラードに置かれた帝国軍司令部にて、降伏文書に調印。

 調印式は戦争継続を訴える残存共産党員を拘束してのものであり、無効と見做すことも可能であったが、事実上の無条件降伏であるが故に、それに反発する者は存在しなかった。

 中央大戦と後の世界史に記された世界最大の大戦は、ようやく終わりを迎えた。

 帝国は長年の戦争によって失われた人命を。ルーシー連邦の元構成国や、その支配に喘いできた国民らは亡くなった者達を悼みながらも、戦争の幕引きを隣り合うもの達と分かち合い、噛み締めた。

 

 私やターニャのその後を語る前に、終戦に伴っての諸々を記すとしよう。既にして歴史を知る読者諸氏には退屈なものと思うし、読み飛ばして頂いても一向に構わない。これはあくまで、当時を生きた私が、一つの節目として書き記したいだけに過ぎないのだから。

 

 

     ◇

 

 

 ルーシー連邦は降伏文書調印後、全構成国の連邦離脱の表明と共に解体。スオマ共和国を始めとする全構成国が独立し、主権を回復した結果、ルーシーは王国となった。アナスタシア大公女は女王(ツァリーツァ)としての地位につかれたが、復権後は公約に従い、立憲君主制国家として議会を設け、貴族院と庶民院に分かれるアルビオンと同様の方式を取った。

 人民にパンと自由を、そして、何よりも尊厳と権利が保証される時代を目指すと告げたアナスタシア女王は、その言葉を今も守り通している。

 貴族や為政者が富を貪るのでも、貧富の格差が広がるのでもない社会が、今の王国には満たされている。

 

 次に、かつての連邦構成国に移ろう。スオマをはじめとした元構成国は連邦に対して恨みを抱いていたが、ルーシーが帝国であった頃にもその圧政から同様の不満は抱いていた*1

 元構成国は独立後、帝国に対して同盟を結び、友好国として手を取り合おうと持ちかけたが、その裏にはルーシー王国が勢力を盛り返し、軍事的支配に自分達が脅かされることを防ぐだけでなく、ルーシー王国を孤立させる事での疲弊を狙うという、過去の恨みを晴らす思惑もあったのだろう。

 無論のこと、帝国はその思惑を察した上で、過去の復讐には手を貸せないことを明示した。

 同盟も、友好国としての経済発展や各国の自立促進も大いに認める。しかし、帝国はこの中央大戦で中立国たるイルドアを除けば、仲間が存在しなかったことを憂慮していた。

 中央大戦の勝利が、決して磐石のものでなかったこと。仮想敵国に囲まれ続けた過去から、より強固な軍事同盟国を帝国が求めるのは、当然の帰結であろう。

 その枠には是非、構成国が独立しても広漠な土地を有し、豊富な資源から戦後は工業国としての地位を築くことは間違いないルーシー王国も加えたかったのである。

 帝国はルーシー王国と元構成国に対して、相互不可侵を解かない限りにおいては有効な同盟を提案。何れかの国がそれを破った時点で、安全保障を名目に、その国を他国と共同で侵攻する保障条約を提案した。

 呉越同舟は諍いも多いが、国家に永遠の友も敵もない上、今の帝国が離れるより複数国のまとめ役としていて貰う方が良いと元構成国は判断したのだろう。

 ルーシー王国と元構成国からなるこの巨大軍事同盟は東方同盟と称され、その盟主の座についた帝国は、今日も同盟国の父にして庇護者となり、各国の調停と緊密な関係の維持に努めている。同盟国の平和と、相互発展のために。

 

 

     ◇

 

 

 同盟国から目を離し、かつて帝国と戦った敗戦国にも視点を当てよう。

 中央大戦の引き金となりながら、最終的には帝国と同盟を結び、名目上は戦勝国となったレガドニア協商連合は、同盟時の要求通り領土を回復したが、それは完全なものではなかった。

 自分たちを犠牲にして一時の安寧を得たことを、スオマは忘れていなかったからだ。

 既にしてスオマは中核州を始め、国土を完全に独立時まで回復した時点で和解したが、それはあくまでルーシーに対してのものであって、協商連合に対しては別である。また、帝国としても協商連合とは一時の同盟に過ぎず、敵としての期間も長ければ然程友好国となってもメリットのないレガドニアより、スオマに肩入れするのも当然と言えた。

 

 双方の領土主張に関しては当然紛糾したが、最終的に折れたのは協商連合だった。領土上の妥協は許されないのが政治というものだし、帝国はこれ以上戦いたくもない。しかし、核という恐怖は存在し、東方同盟にはその核を同盟外の国家が侵攻してきた際には貸与することも同盟に盛り込んでいる。

 そうした部分を鑑みれば、妥協できるラインまでは差し出すのも無理からぬ話であったのだろう。なにせ、帝国は核を複数発連邦に使用しており、総数がどれほどのものであるのかは、東方同盟の各国でさえ把握してはいなかったのだから。

 協商連合は終戦から──減額されてきたとは言え──長い時間をかけ、賠償金を完済。現在では同盟国とまでは行かないものの、経済友好国として手を取り合えるまでの位置には立っている。

 ダキア大公国に関しても、産油国である時点で賠償金の問題は克服できた。また、軍事後進国であることを戦後自覚してからは各国と積極的に合同訓練を開催し、改革に取り組んでいるものの、近年では過度な軍拡から国民の不満が高まっており、一部縮小することで経済面のバランスを取ろうと苦心している。

 

 対して、フランソワ共和国やアルビオン連合王国の未来は明るいものではなかった。二国とも、敗戦後は植民地の独立蜂起鎮圧に忙殺され、賠償金の二重苦もあって、火の車となったからだ。

 フランソワはギリギリで持ち堪えたが、アルビオンに関しては駄目だった*2。日の沈まぬ国は落陽を迎え、財政破綻の後に植民地の半数以上を放棄せざるを得なかったのである。

 彼らを因果応報と見るか、時代の流れゆえの苦難と見るかは、今日でも意見は分かれる。だが、連邦のように国家そのものが消失していない以上、彼らにも立ち上がる機会はあるだろう。無論、再び敵となるならば容赦はできないが。

 

 

     ◇

 

 

 他国の話題の最後は、中立国で括るとしよう。

 尤も、中央大戦当時における中立国の中で、真に中立国として動いていた列強といえば、イスパニア共同体や秋津島皇国ぐらいのものだった。

 イルドア王国の存在は帝国にとっては有難かったが、第三者の視点から見れば、帝国とは秘密同盟に近い物資援助を行っていたし*3、合州国のそれは語るまでもないだろう。

 ただ、イルドアに関しては戦争特需故に成功し、一度も国土を脅かされることのなかった、幸運で幸福な国であったことは間違いない。

 対して合州国は、前述の通り恐慌を免れず、ばかりか終戦に伴っての余剰兵器はフランソワやアルビオンの植民地鎮圧を名目として売り込んだものの、二束三文に買い叩かれて終わった。

 転んでも只では起きまいとしたものの、舌の回り具合ではまだまだだったらしい。

 中立国でありながら武器貸与と派兵を外貨獲得の為に行った点からも、他国への心象は最悪であり、結果として長らく経済は冷え込み、困窮の時代は終戦後も長期に渡って続く事となった。

 

 森林三州誓約同盟に関しては、ここでなく次に記述する終戦後の国際裁判の段で語るとしよう。

 

 

     ◇

 

 

 連邦との終戦後、無条件降伏同然のそれを受け入れた連邦軍は、文書に調印したジャウコフ参謀総長を始め、主だった将兵は全員国際裁判を受けることとなった。

 ただ、裁判を何処で行うかは大いに揉めた。こうした事態においては森林三州誓約同盟の国際裁判所で行うのが慣例だったのだが、暗黙の了解として各国が行っていた裏取引を、合州国が拘束した共産党員らが挙って暴露したのである。

 当然森林三州誓約同盟は否定したが、死なば諸共ということなのか、共産党員は亡命時の交渉に用いる筈だったのだろう、機密書類をメディアにまで撒いてしまった。

 合州国にしてみれば、失態以外の何物でもない。なにせ、核という脅威を目の当たりにし、自分達に決して矛先が向かぬよう、帝国の顔色を窺って共産党員を拘束した筈が、帝国にとっての不利な裏取引まで共産党員らが暴露してしまったのだから。

 

 しかし、起きてしまった事実は変えようがない。結果として森林三州誓約同盟の国際裁判所は有名無実化し、かの国の信用は回復不可能なまでに暴落。今日のように裁判時には第三国に中立国の裁判官が集結する形がとられるようになったが、その初となる舞台はイスパニア共同体が担う事となった。

 このイスパニア裁判において、共産党書記長にして人類史上最悪の暴君たるヨセフを筆頭に、内務人民委員のロリヤなど、連邦指導者層が行った数々の非人道的措置は世界に知れ渡ることとなったが、これらはあくまで戦争犯罪でなく、内政の不始末ということになった*4

 また、彼らが連邦軍に帝国軍将兵やオストランドの民衆に対する略奪や捕虜の虐待および虐殺を奨励した、という紛れもない証拠がありながら、それらは現地の政治委員の独断という扱いにもなった。

 戦時中、連邦のモスコー放送で絶え間なく流れた音声は裁判所でも流され、現在でも裁判の記録映像から確認できるが、この場を借りて一部を抜粋することをご了承願いたい。

 この放送こそ、彼ら共産党指導者が如何なる存在であったかを、これ以上ないほどに表すものであるが故に。

 

『同志ヨセフの命令に従い、帝国女の誇りを暴力で破れ! 女共を正当な獲物とせよ!』

『殺せ! 殺せ! 今生まれてくる帝国人にも、これから生まれてくる帝国人にも、無実の者は一人としていないのだ!』

 

 音声を耳にした裁判官も、傍聴席の全員から陪審員に至るまで、全てが聴くに堪えないと顔を顰めた音声は、間違いなく連邦が流したものでありながら、それが党指導者層の確たる命令であったかについては、立証の出来ないものと流された。

 内側に流れた血でなく、外側に流された悪意は戦時犯罪に問われて然るべきだと、裁かれるべきだと誰もが怒号を上げながらも、ヨセフらは勝ち誇ったように裁判所を後にしたのである。

 本裁判において、彼らは飽く迄も歴史に悪名が刻まれるのみに留まったのだ。

 

 しかし、それが幸となった訳ではない。

 

 既に連邦でなくなったルーシーに強制送還された彼らは、ルーシー国内の裁判において、『不当な暴力によるクーデター政権を樹立し、私欲の赴くまま国家を荒廃させた重罪人』として、終身刑に処されたのである。

 かつては自分たちがスオマの地を奪うために正当化した文言を流用したのは、ルーシー王国の痛烈な皮肉であった。

 狂い叫ぶヨセフらは、イスパニアのときと違い、引き摺られながら裁判所を後にすると、自分達がしてきたように残らずシルドベリアに送られ、そのまま生きて出ることはなかった。党の指導者たちは、犯した罪の報いを確かに受けたのだ。

 

 

     ◇

 

 

 対して、連邦軍将兵に関しては、捕虜への虐殺や略奪を指示した者こそ全員絞首台に上がり、兵卒でさえ厳格に処されたが、逆に言えば不当な判決を下された者はなかった。

 これは温情でなく、連邦の無理な徴兵で若年層を失ったルーシー国内には、無駄な人員の損失は避けたいという実情的な問題があったからだろう。

 有罪となった将校も数年後には減刑され、中にはルーシー王国軍の一員となる者もあった。

 

 一方で、帝国軍将兵に対しても、同様に厳格な裁判が開かれた。

 化学兵器の使用や、無警告での都市への核攻撃および開発に関しては国際法適用外の国家との戦争であったために、小モルトーケ参謀総長やエルマーを筆頭とした殆どが不起訴に終わったが、一方で義勇軍将兵の中には、連邦軍捕虜に対しての報復的虐待を行った者達が少なからずおり、特に元構成国の兵で編成された部隊ほど顕著であった。

 捕虜虐待を戒め、道徳統一を堅持するよう努めてきた帝国軍でさえ、そうした事例は各所で見られたことが明らかになったのである。彼らにはその罪に応じた実刑が下され、裁かれたが、これこそがこの裁判が公平であったことの証明になったと私は信じている。

 我々は、不平を戦勝国の立場から押し通すことも、不実を庇い立てることもしなかったのだから。

 

 

     ◇

 

 

 そして、最後に語るのはやはり我が祖国、帝国についてだろう。

 覇権国家として勝利を収め、内外にその力を示した我が国だが、その内実は決して完全無欠のものとは言い難かった。

 戦死した遺族への恩給。破壊された工業地の再建。賠償金が支払われるとは言え、嵩んだ戦費の負担が黒字に変わるまでにはそれなりの時を要してしまうばかりか、東方の同盟国たちの庇護者としては、彼らにも恵みをもたらさなくてはならない。

 あれだけの敵と戦い、薄氷の勝利を重ねながら、終わってみれば拡大した国土を含めても、釣り合いが取れていたかは疑わしいとは戦後回想したターニャの談で、私もそれには同意する。

 

「それでも、戦争は終わる」

 

 終戦の直前。本国に帰還した私は、噛み締めるようにそれを口にした。

 モスコーの空に色取り取りの翼が翻り、歓声が天まで響いたあの対決の後、基地に帰投した私と列機を、楽団の演奏する帝国愛国歌『勝利の栄冠を輝く君に』が出迎えた。

 空に上がっていた私達に帽を振っていた戦友達は、乗機を降りる私達に対して軍帽を被り直して厳かに敬礼し、続いて響く万雷の歓声が私達の全身を熱く抱擁した。

 戦友達の計らいに私達は感謝したが、天を突き抜けるほどの歓喜で満たされたのは、ここからだ。なんと我々は皇帝(カイザー)から、『勇士諸君の完全勝利を欣快(きんかい)とする』との電報を賜ったのである。

 誰もが歓喜に咽び泣いた。胸打つ感動に声を上げたい思いで一杯だったというのに、喉につかえて感情を吐き出せず、唯々沸き立つ思いに、胸が熱く苦しくなるばかりだった。

 しかし、そのような感動と興奮は、間を置かずに冷めてしまう。私も他の撃墜王達も、用が終わったのだから戻って来いとの命令電報を突きつけられたからだ。

 これにはマルタ・サーカスの面々のみならず、同基地の者達も不平不満を公然と漏らしたが、元より軍務から逸脱した戦闘だったのだ。私は皆をなだめ、固い握手と抱擁を交わして、一人一人に別れを告げた。

 私もまた直ちに本国に戻り、将官としての勤めを果たさねばならないのだ。

 

「また、共に飛べる日を願っております」

 

 マルタ・サーカスの皆が、私にこの言葉を述べてくれた。私もまた、彼らと飛べる日が来るのならば、どのような形であっても飛びたいものだと思い、「私もその日が来ることを願う」と微笑みながら別れた。

 各々の基地に飛び立つ彼らは、その離陸の様だけで紛れもない空の勇士であったのだと私に実感させてくれた。彼らと共に飛べたことが何よりの誇りとなり、将来生まれてくる子らに語り明かすに足る思い出になるだろうと、この時は感慨に耽りながらも、去っていく彼らに敬礼を続けたものである。

 

 

     ◇

 

 

 名ばかりの第Ⅰ航空軍団参謀長としての職を正式に辞して帰国の途についた私は、戦闘爆撃総監職への復職を求められたが、これは固辞した。そう何度も頭を挿げ替えられるような(かなえ)の軽い職責ではないし、後任として職務を引き継いだフォン・ツァーナイゼン少将は十二分に職務を遂行し得ると太鼓判を押せる人物だったからだ。

 ただ、総監職に就かない場合は戦闘団司令官に置くしかないとのことで、私を現場に出したくない空軍総司令部は難儀した*5

 総司令部は何としても私を事務机に縛り付けたかったようで、ならばと現職の戦闘総監を大将に進級させた後に空軍参謀総長に任命し、強引にその後釜に私を据えてしまったのだ。

 終戦を間近に控えている以上、私は飛ぶことに固執してはいなかったのだが、上は私を全く信用しなかったのである。

 

「もう一生分は飛んだのだ。これからは見上げるぐらいにしておけ」

 

 私に終戦の報が届いたとき、執務室に来るよう命じられたエップ上級大将は、そう言って私の中将進級と、自身が元帥府に招かれる立場になったことを告げられた。

 

「心よりお祝い申し上げます、元帥大将*6

 

 戦勝の無礼講とばかり、総司令部各所で喧騒のような歓声が轟く中で申し上げた私に、止せ止せと、エップ上級大将は笑いながら立ち上がって肩を叩いた。

 

「まだ元帥杖どころか、肩章も渡されておらん身だからな。貴様もこれまでとは違う意味で忙しくなるぞ?」

 

 一度のみとは言え、国土を焼かれた帝国には、朗報というものが必要だった。

 祖国は勝利を高らかに歌い、大戦で生還した多くの将兵は、来たる七日間に渡って続く戦勝式典で、英雄として持て囃される事になるだろう。

 それに先駆け、連邦から解放され、独立した元構成国らが挙って東部で功績を挙げた将兵に勲章を授与するとのことで、私や元帥号の授与を待つエップ上級大将も、その枠には漏れなかった。

 私やエップ上級大将をはじめとする、先の大戦で活躍した空軍将官や撃墜王らは直ちに迎賓館に招かれ、正式に独立した各国から祝辞と共に勲章の勲記を賜ったのである。

 正式に勲章が渡されるのは帝国の戦勝式典にあってであり、私達空軍は独立した大使に招かれた第一号という訳だ。

 三軍が一堂に会していれば、ターニャと再会出来たのだがなぁ、と内心惚気けと落胆の双方を覚えつつも、厳格な面持ちを保って両の手に抱えきれないほどの勲記を拝受した。

 一つ一つが革製の、美術性の高い美しいケースに収められていたが、これらは特に勲功著しい軍人にのみ手渡すもので、全員には行き渡らないとのことだった。

 勲記を受け取った者の中には、当然の如くマルタ・サーカスの面々が全員出席しており、私は彼らとの早い再会を喜んだ。

 

 そうして略式の授与式を終えた後に、私とマルタ・サーカスの面々はエップ上級大将と共に、観兵式典の打ち合わせも迎賓館の一室で行うことと相成った。

 

「見世物にするようで悪いが、諸君らには是非とも戦勝式典の開幕たる観兵式で、展示飛行を行って貰いたいのだ」

 

 私もマルタ・サーカスの一同も快く引き受けた。皆、もう一度私と飛べると喜んでくれたのは本当に嬉しかったものであるし、私自身、祖国の歴史に偉大な瞬間がもたらされる日に飛ぶことを、名誉と信じて疑わなかったからだ。

 唯一残念だったのは、我々の展示飛行は空軍の凱旋時に務めねばならず、私達は帝都を練り歩く戦友たちとは合流出来ないばかりか、観兵式そのものにも立ち会えないということだが、これも職務である。

 何より、今後は地上勤務のみを命じられてしまうかもしれない事を思えば、私にとってこれが最後の飛行となるかもしれない。

 心残りの無いよう、一パイロットとして、誰もが目を見張る最高の飛行をしよう。そう気持ちを切り替えて、私は鷹揚に頷いた。

 

*1
 それが為に、戦時下でも構成国人とルーシー人で義勇軍を別個に編成しなくてはならなかった点からも、この問題の根の深さが窺える。

*2
 これは植民地内での暴動が激化する事で、賠償金の支払いが達成困難になる事を危惧した帝国が、フランソワ共和国に軍事的援助を行ったのに対し、アルビオン連合王国に関しては、賠償金の段階的減額故に、手を貸すまでもないと帝国側が判断したのが原因だ。

*3
 イルドア王国は高オクタン価の石油を、一般車両に使用するという名目で帝国に売却していた。当時の戦時国際法においては合法だったが、限りなく黒に近いグレーであったことは著者も認めるところである。

*4
 この教訓から、イスパニア裁判の後に『人道に対する罪(国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷化、追放その他の非人道的行為)』

『平和に対する罪(侵略戦争または国際条約・協定・保障に違反する戦争の計画・準備・開始及び遂行、もしくはこれらの行為を達成する為の共同計画や謀議に参画した行為)』が制定された。

*5
 私の階級であれば、空軍士官学校の校長になることも可能だったが、こちらは名誉職の意味合いが強く、年齢的にも不適当とされた。

*6
 帝国軍において元帥の階級は戦時にのみ与えられ、平時に元帥杖を賜った場合は『元帥位を得たる上級大将(元帥大将)』と称す。

 通常、平時の元帥叙任は退役時に限られるが、中央大戦戦勝時には特例として、陸海空三軍種から、特に功のあった上級大将が元帥位を賜った。

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