佐藤東沙さま、水上 風月さま、ご報告ありがとうございます!
戦勝式典が終わり、一つの時代にようやく区切りはついた。
戦乱と艱難を乗り切り、戦後という新たな時代を生きる多くと同じように、私もまた一つの契約を結ぶことで、次の時代を歩むとしよう。
「ようやく、この日が来ましたね」
「ああ。幸せだと感じている」
故郷の戸籍局で笑い合い、指輪を交換する。手続きの事であるから互いに正装ではなかったが、それでも私たちにとってお互いの姿は何処までも眩しく、愛しいものに思えてならなかった。
「おめでとう、ご両人」
婚姻手続きを終えれば、寿ぎつつ父上が肩を叩かれる。手続き後の初日は近親者のみの集まりであるから本当に慎ましいもので、シャンパンを振る舞い、乾杯と記念撮影を行うに留めたものの、母上や姉上はターニャを常に持ち上げて止まなかった。
皆、軍を辞してまで私を支える道を選んでくれたターニャに、涙さえ流すほど感謝したのだ。
「ニコには勿体無いお嫁さんね」
「本当。我が弟も、よくこんな子を捕まえられたものだわ!」
そこは私とて弁えている。ターニャのような女性に出会えたことは、私の人生の中でもこれ以上ないほどの幸運だったし、結婚まで果たせたのだから、私は誰よりも幸福な男なのだろう。
「エルマー、お前も一緒に祝ってくれないか?」
「宜しいのですか? 私は、家の恥です」
壁の花となるばかりのエルマーは、そう言って辞そうとするが、父上は強引に肩を掴んで正面から見据えた。
「エルマー、お前の作った兵器は確かに多くを壊した。だがな、お前がそれ以上のものを作ると誓いを立てたことを、信じぬ者はこの場には居らん。忘れるな? ここにいる皆、お前を愛しているのだ」
静かに泣くエルマーに、皆穏やかな目で笑う。そして、記念撮影の段となると、私はエルマーを強引に腕を掴んで写真の枠に入れた。ターニャもまた「昔の私の方が、ずっと恥ですよ」と笑い、エルマーと腕組んで写真を撮った。
◇
そうして手続きと身内の集まりを終えれば、次に待つのは本格的な結婚式である。
私とターニャは式の前夜、帝国での伝統的な慣習である皿
私もターニャも、軍装でなくタキシードとウェディングドレスを纏っての挙式である。
ターニャははじめ、軍装でも構わないと言っていたが、晴れの日にまで武骨な軍装というのは如何なものかと思うし、家族はエルマーを含む皆がターニャのドレス姿を見たがっていたから、私は強引に彼女を仕立て屋まで連れていき、本人や店の主人の意見を聞きつつドレスを注文した。
帝国の挙式では、花嫁は髪を飾り付けるものだが、当日のターニャは、敢えて髪を慎ましく結い上げていた。一人前になった淑女は、そうするのが古き良き習わしだからだ。
齢よりずっと落ち着いた飾り気のないウェディングドレスと髪型だが、それを似合わないと口にする者は何処にもない。
ターニャから副官にして親友だと紹介されたセレブリャコーフ少佐(一九二八年、八月進級)もターニャの姿に目を奪われていたし、ターニャを軍事公報や新聞などでしか知る機会のなかった空軍将兵らも、その容姿にため息など漏らしていたほどだが、それも長くは続かない。
何しろ、衰弱された身を押してまで、招待客としてお越し下さった小モルトーケ参謀総長が、私生児であるターニャの父親代わりに、隣に立ちバージンロードを歩かれていたからだ。
父上などはターニャの義父として歩く権利もあろうと息巻いていたから、この唐突な、そして飛び切りの申し出に肩を落としつつも、嬉しげなターニャの顔を見ては引き下がるしかなかった。
小モルトーケ夫人も招待客として参列なさっており、挨拶がてら、私と父上に対してバージンロードの件を前もって謝罪して下さった。
「主人がご無理を申してしまいましたね。どうかお許し下さい。あの人、あの愛らしい花嫁が、幸せになるところを見たがっておりましたの」
まるで、本当の娘のようにターニャを思っていたという。既にして曾孫さえ居られる小モルトーケ御夫妻だが、夫のそれは娘を送り出した時と、同じほどの祝福ぶりだと夫人は語られる。
「多分、長くないからなのでしょうね」
思い出を多く作りたいのだろうと。小モルトーケ夫人がやせ細った夫の姿と、そこから先、送る日々を見守る中で出した答えを耳にして父上は静かに頷き、私は応えた。
「この式が、御夫妻の良き思い出になれば幸いです」
「なりますとも。けれど、私達以上に、お婿様が花嫁と楽しんで下さいましね? 真の主役は、新郎新婦なのですから」
◇
身廊を真っ直ぐに進むと、聖母像を後ろに控える司祭が私達に問う。
私は、善き夫として在れるか? ターニャは、善き妻として在れるか?
私達は跪き、誓い、戸籍局でしたように指輪を交換して、口付けを交わした。
厳粛な場であるから歓声など上がりようもなかったが、それでも空気が高揚しているのを、私もターニャも感じ取っていた。
恥じらいを隠し、腕を組んで礼拝堂から出れば、吹雪のようなラ
昼間だというのに空には高らかにフォン・シューゲル主任技師が手ずから作成した花火を打ち上げ、私達のことを心から祝ってくれた。
ターニャは「招待もしていないのに」と漏らしたが、私が招待状を書いたと白状した。
ターニャに対する非人道的実験の数々は本人から聞いていたし、「奴だけは絶対に許さない」とも言われたが、主任技師はエルマーの唯一の親友であるし、何より謝罪の機会が欲しいとも前々からエルマーに乞われていたから、こっそりと送ったと告げると、思い切り深くターニャはため息を吐いて、私を許した。
「晴れの席ですから、今日ばかりは目をつむります……ですが、これまでのことは絶対に許しません」
「構わないとも、私のしたことを思えば当然だ。だが、祝福ぐらいはさせてくれたまえ! おめでとうご両人! 主もフラウ・ターニャの姿には驚かれておいでだが、お二方の愛が真実にして永遠だとも確信しておられる! 天使たちも輪になって讃美歌を響かせているぞ!」
「ドクトルー……一度エルマー兄様に、脳と眼球の検査を依頼した方がいいのでは?」
と、ぞんざいに扱うターニャに代わり、私はエルマーの親友にして、多くの傷痍軍人が戦後には失った手足や、異常をきたした精神さえ取り戻して復帰できた偉大な発明家に、本心から礼を述べる。
花嫁の件は私も許せはしないが、それでも多くの帝国人が、そして今日では世界中の人々がフォン・シューゲル主任技師のおかげで救われたのは、紛れもない事実なのだから。
そうして道を進めば、招待した将兵が分列行進の後に剣のアーチを作り、その中を潜って純白のリボンを付けた馬車に向かうと、なんと御者を務めるのはベルトゥス皇太子ではないか!
「殿下、そのような……!」
私は膝をついて諫言しようとしたが、ベルトゥス皇太子は「私では不足だというのかね?」と面白くない顔を──冗談だとは承知しているが──されてしまった為、私は委縮しながら折れざるを得なかった。
ターニャも私ほどではないが緊張の面持ちであったし、既にして会場に招かれていた貴顕の面々なども、御者の正装に身を包んで新郎新婦を運ばれたベルトゥス皇太子の姿に、目を丸くして息を呑んでいた。
「有名人にあやかろうとする者共の、面白い顔が見れたな?」
お前も溜飲が少しは下がったかね? とベルトゥス皇太子は私に笑いかけるが、彼らより私の方が顔を青くしてしまっていた。
披露宴会場に着くまで、市井の人々が新郎新婦たる私達に手を振り、祝福してくれたが、私もターニャも引き攣った顔でぎこちなく手を振っていたから、皆首を傾げていたものである。
知己たる
ベルトゥス皇太子も「遊びが過ぎたな」と笑い、更衣室でお召し替えを済まされた後に列席されたため、私は新郎として招待客に挨拶の辞を執り行い、披露宴を開始した。
本来ならば慎ましやかな披露宴となるはずだったが、貴顕の招待客らは気を利かせ、祝儀と別に酒精や料理を持ち込んだばかりか楽団まで引き連れており、随分と華美な饗宴となってしまったのは、今でも覚えている。
披露宴の幕開けに相応しい、耳に心地よいウェディングワルツが流れれば、私はターニャの手を取って、確と抱き合って回ってみせた。本格的なダンスは士官学校以来だとターニャは謙遜していたが、作法も間合いの取り方も完璧なもので、相当に研鑽を積んだものだとは、手に取るように分かった。
「軽やかなものだな」
「ワルツ以外は未だ拙いものですが、他も、いずれ完璧に仕上げて御覧に入れます」
この言葉に嘘はない。今の妻であれば、どんなダンスでも完璧以上にこなせるのだ。
◇
新郎新婦が初めにウェディングワルツを披露すれば、次は各々が踊り明かす。妻子がいる場合は招待客が連れ立つもので、私は貴顕の子女や女性武官らと踊りつつ、招待客への挨拶も合間に挟んでいたが、その中にはフォン・レルゲン少将の姿もあった。
勿論、ターニャがフォン・レルゲン少将を招待したい旨を伝えてきたときは快く受け入れたし、彼が婚約者も同伴させるだろうと告げた際には大変素晴らしいと喜んだ。現金なものだが、恋敵になりえない以上、無理に遠ざける理由はないからだ。
しかしだ。やはりこの男、私の花嫁に気が有ったのではなかろうか?
そう訝しんでしまうほど、フォン・レルゲン少将が婚約者として同伴させてきた少女には、私もターニャもじとりとした視線を向けざるを得なかった。
「ハンナ・フォン・ゼートゥーアでございます。フォン・キッテルご夫妻のお招きに与りましたこと、心から感謝申し上げますわ」
スカートを持ち上げて優雅にお辞儀する人形のような少女は、鈍色の金髪に色素の薄い瞳。白磁の肌と、ターニャの持ち得る要素を詰め込んだような少女であったし、彼女の年の頃は九程と、どう見ても私の花嫁よりも若かった。
「フォン・ゼートゥーアということは、参謀次長閣下の?」
「左様でございますわ、奥方様。私は末孫に当たりますの。御爺様もお伺いしたかったそうなのですけれど、お役目柄どうしても伺えず、私が代理の立場も兼ねて出席致しましたの」
ハンナという名も、フォン・ゼートゥーア大将のファーストネームであるハンスから取ったものであるとの事だ。私とターニャがフォン・レルゲン少将との馴れ初めを伺えば、フロイライン・ゼートゥーアは花開くような笑顔で答えた。
「御爺様から、相応しいお相手だと告げられての出会いでしたが、エーリッヒ様は本当にご立派な紳士でございましたわ」
育ちの良さや気品が滲み出る少女である。年齢にしたところで、貴族であれば別段珍しい組み合わせでもない。
私を前にすらすらと淀みなく応える少女は、確かに将来フォン・レルゲン少将に相応しい妻として在れるだろう。だが、如何せんその見目故に邪推せざるを得ない私は、このターニャに似た少女から少しばかり婚約者を借り受けたい旨を申し出た。
「フロイライン・ゼートゥーア。少々、レルゲン将軍と話しても?」
「勿論ですわ。私も、奥方様と歓談しても宜しいでしょうか?」
私もターニャも、快くフロイライン・ゼートゥーアに頷いた。私は短くターニャに目配せし、ターニャも頷く。フォン・レルゲン少将を問い質す為だ。
フォン・レルゲン少将も私の胸中を察してか、特に抵抗する素振りもなく、遠巻きにあってから口を開いた。
「キッテル将軍の言わんとしている事は察しております。ですが、世には偶然というものもあるものです」
「そうだな。ところで、煙草は如何かな? 私はもう喫わないと花嫁に誓っていてね」
シガレットケースを開け、招待客用に持参した紙巻を勧めるが、フォン・レルゲン少将はそれを断った。婚約者が口にしないまでも苦手だと察して以来、きっぱりと絶ったそうだ。そうしたところもかと、私はターニャとフロイライン・ゼートゥーアとの共通点に、眉間に皺を寄せずにいられなかった。
「腹を割ろう。私の花嫁に酷似しているからという理由だけで、斯様に健気な少女を婚約者にしたのかね?」
女性を代替品として見るようなら、それは他人の婚約者に懸想する以上に破廉恥な行為である。であるならば、今すぐにでも決闘を申し付けることも辞さないが、まさかとフォン・レルゲン少将は肩を竦めた。
「本音を申し上げれば、奥方に惹かれていたのは否定しません。ですが、あれを妻にしたいと思ったのは、ハンナが私を愛していると理解したからです」
ターニャとは東部で共に背を預け、砂を噛み、泥を啜った仲である。
軍という世界の中で、駐在武官となって以降は前線を離れて久しい後方勤務故に初めはターニャの功利主義や独断専行ぶりの理解に苦しめられたこともあったが、長く砲火で鍛え直されれば、そうした価値観も一変するには十分であったそうだ。
「いや、これらはデグレチャフ中佐に理解を得てからのことでしたな。実際のところは、キッテル将軍が行方知れずとなってからの、人並みなデグレチャフ中佐を知ってからです」
錆銀としてでない、少女としてのターニャを見た。戦争が、社会が生んだ悪魔のような存在でなく、彼女もまた只の少女だったのだと思い知ったという。
「ですから、そのような少女だと知ったからこそ、和解出来ましたし魅力も覚えました。ですがそれは、私以外の男性がいたからこその変化であり、その男性がいたからこそ感じられた愛おしさでもありました」
だからこそ、初めから隣に立とうなどと思わなかった。幸せになろうとするターニャを見て、波乱の時代にあった中でも、人並みの恋ぐらいはしようと思う程度だったという。
「縁談の相手は家にも、私の将来にも理想的でありました。ですが、ハンナが私を愛せないのであれば、私は首を縦には振らなかったでしょう」
だから、これは本当に偶然だったとフォン・レルゲン少将は静かに微笑を浮かべた。
「貴方方のような、心からの恋というものを、ハンナとしてみたいと思ったのです」
「そうか。謝罪させて欲しい。正直、将軍を見誤っていた。いや、違うな。実を言えば将軍に嫉妬し、警戒していたのだ。婚約者の心を、奪いかねない男だとな」
「キッテル将軍に危機感を抱かせられるほどの男として見られたことを、喜ぶとしましょう」
私が差し出したグラスを少将は受け取り、互いに静かに掲げる。蟠りなどなく、これからは仲良くなれそうだと、私は素直に感じた。
しかし。これで終われば良かった話だったのだが、最後に要らぬオチが付いた。
「まぁ。ハンナの見目が好ましかったのは否定しませんが」
「……冗談を聞いたことにしておこう」
冗談を言う顔立ちには見えなかったが、他人は見かけによらぬともいう。私とて、外と中は大いに違うのだから、フォン・レルゲン少将とて同じようなものなのだろう。
◇
一方、ターニャはターニャで、フロイライン・ゼートゥーアに振り回されたという。私とターニャの、余人が語るような恋が本当であったのかや、フォン・レルゲン少将が前線でどれだけ勇ましかったかを知りたかったようで、自分達の事は極力事実を、フォン・レルゲン少将の勇姿には少々の脚色を加えて語ったそうである。
フロイライン・ゼートゥーアは、私とフォン・レルゲン少将の話を終えたと察すれば、婚約者の元に足早に、しかしながら淑女としての礼を崩さぬ足取りで向かってきた。
当然ながら、どのような話であったかを聞くような真似はしない。将来の夫を立てる術を、この齢にして既に心得ていたのは非常に感心したものである。
「将軍閣下。宜しければ、一曲踊って頂けませんか?」
「喜んで」
私は礼節に則って手を取り、フロイライン・ゼートゥーアの歩調に合わせゆっくりと回る。身長差こそあるが、そこは婚約時のターニャを想定していたので問題にならないし、相手に合わせるのは得意な方であるだから、私は全く苦にならなかった。
ターニャもフォン・レルゲン少将と踊っており、こちらもペースを少将が合わせている為か、随分と余裕がみられるようだ。フォン・レルゲン少将の心内を訊かねば気を揉んだに違いないが、今となってはそうした感情などなく、ただ楽しむ為のダンスに打ち込めた。
「大変お上手ですよ、フロイライン」
「ありがとうございます。次は是非、私がフラウとなるときに踊って下さいませ」
勿論ですと私は別れる。そして次に私が躍るのは、ターニャの副官だというセレブリャコーフ少佐だ。
「申し訳ありません。自分は戦時下での即席の士官教育ですので、ダンスの心得は然程」
「何を言う。私の練習相手として、戦闘団司令部で踊っていただろう?」
人並みには踊れる筈だとターニャは意地悪気に笑い、セレブリャコーフ少佐は「自分は男役でした」と泣きそうな顔になるが、相手が素人でも私は問題ない。
流石にフロイライン・ゼートゥーアほどの体格差があるようなら難しいが、成熟した女性であればどうとでもなる。
「ご安心を、フロイライン・セレブリャコーフ。私に身を委ねて」
「は、はい」
微かに赤らんだセレブリャコーフ少佐の肩甲骨に手を当て、ぐっ、と私は深く沈める。彼女は、いまの自分がどういった動きをしているのかは理解出来ていないだろうが、傍目に見る分には、しっかりと踊れている筈だ。
相手が素人であればあるほど、リードが強い自己主張と地力を持って臨めば自然と動きを重ねられる。
バランスを崩した瞬間に背を仰け反らせる演出を。体勢が崩れる瞬間にターンをつないで切り返し、より躍動感のあるステップに。
男性側が完全に主導権を握る形での一方的なものであるから、私自身はこの踊り方を好まない。とはいえ、相手に恥をかかせない為には必須の技能でもあると口を酸っぱくした母上から仕込まれていたので、仕方なしに覚えていたものだが、芸は身を助けるとは、よくぞ言ったものである。
「なんだつまらん。転ぶかと思ったのだが。ああ、それとあまり人の夫にデレデレとしてくれるな? グランツ大尉(一九二八年、八月進級)が妬くぞ?」
「あんまりですよ、中佐殿。それにグランツ大尉は、そこまで機微の分かる男性でもありませんよ? 先程など、ヴァイス中佐殿(一九二八年、八月進級)とダンスに見向きもせずにお酒ばっかり呷っていましたし。キッテル閣下の何万分の一でも、男として磨いて頂きたいものです」
「そうは見えんがな?」
言いつつターニャが視線を誘導すれば、そこには確かに居住まいを正してこちらに歩む好青年の姿がある。少しばかり緊張で表情を固くしているが、瞳にはしっかりと熱が入っていた。
「セレブリャコーフ少佐殿。是非、小官とも踊って頂けませんか?」
「は、はい。その、喜んで」
戸惑いがちな手を取られると、セレブリャコーフ少佐は見せつけるように中央で踊らされる。対抗意識からか、初めはグランツ大尉の力強い動きが目立ったが、セレブリャコーフ少佐のステップで察して、緩やかで踊りやすいものに切り替えはじめた。
「相手を想える、良いダンスだ」
素直に感嘆の言葉が漏れる。技術面で言えば、決して士官候補生が教養として教わる範囲を出るものではない。しかし、そうした面とは別の、良き男女として交流としてみるならば、両名のそれは満点を付けるべきものだった。
◇
招待客らとひとしきり踊った後は、本格的な午餐である。立食形式をとっているので、並べられた後は自由に取り分けて構わないのだが、招待客は皆、料理を取り分ける前にフォークでグラスを鳴らし始めた。新郎新婦のキスを強請っているのだ。
私は彼らの期待に応えるべく、情熱的にターニャの腰をかき抱き、瞳を細めて唇を奪った。グラスを鳴らしたことの意味が分からなかったターニャは目を丸くして身を強張らせたが、そういうことかと納得してからは私に身を委ね、陶酔した瞳で名残惜し気に唇を離した。
一五と思えぬ色香と、少女らしい赤らんだ顔には、私だけでなく衆人も当てられたが、流石に新郎が羞恥で顔を染めるばかりではいられない。
耳朶の熱を自覚しつつも、私は平静を装いつつ招待客に料理を楽しんで貰いたいとの旨を伝え、談笑と料理を楽しむこととした。
◇
一般に帝国の披露宴は深夜か、でなくば明け方まで続く。私と花嫁の披露宴も例に漏れず日付の変わる零時まで行われ、招待客皆と食事に舌鼓を打ち、酒精を楽しみ、輪になり踊り明かして満喫したところで、花嫁は招待客皆に最後の挨拶と共に一礼し、別れの品として靴下止めを配った。
これは我々の時代でも非常に古いしきたりで、今では靴下止めを夫婦のイニシャルを入れた記念品に置き換えていたが、私達は古き良き慣習そのままの品を用意した。
年若い招待客は皆、貴族らしい品だと笑い、年配の招待客はこうした伝統が子々孫々に受け継がれることは、誇らしいものだと鷹揚に頷かれた。
そうして各々を見送ったところで、ようやくお開きとなったが、この後の夫婦の営みまで語るのは、流石に憚られるのでご容赦願いたい。
ただ、一つだけ面白い話があるので、これを書いて私と花嫁の結婚式の話を締めよう。
睡魔に襲われ、舟を漕ぐターニャは未成年であるから
私はそんな花嫁を愛しく思い、抱きかかえてキッテル家の寝室に運んだのだが、途端に大量の目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、花嫁は気を荒くした猫のように髪の毛を逆立たせて飛び起きた。
「誰の悪戯だ!?」
いい雰囲気が台無しではないかと憤慨し、よもや第二〇三航空魔導大隊の連中が、持ち前の潜入技能を用いて悪質な嫌がらせを行ったのかと訝しんだようだが、そうではないと私は笑った。
これはどの家庭でも見られる、新郎新婦の初夜を邪魔するという伝統的な嫌がらせで、やったのは使用人たちだと説明すると、花嫁は愕然とした表情を浮かべ、次いで激高した。
「消えてしまえ! こんなムードもへったくれもない伝統!」
これには私も大笑いしながら同意し、ターニャと一緒に楽しく時計を一つ一つ止めた。壊しても良いのだが、花嫁の手に触れながら一つ一つ一緒に止める作業をしたかったのである。惚気だが、手が重なる度にこちらを窺うターニャは、何とも愛らしいものだった。
訳註
◆1:帝国における一般的な婚前の魔除けの儀式。
皿の割れる音は魔を払うとされるだけでなく、割った皿を新郎新婦が片付けることで、夫婦が二人三脚で困難を解決するという意味を込めている。
◆2:ライスシャワーは中央大陸で古くから伝わる結婚儀式。
花嫁の子宝祈願や家内安全など、繁栄と豊穣を願って行われる。
◆3:当時の帝国は一般に一二歳から成人と同等の扱いを受ける──犯罪行為への責任追及等も含む──が、飲酒・喫煙は公的に成人と見做される一六歳以上としていた。
現在の帝国法においては一六で飲酒を、喫煙は一八から認められる。
明日で遂に最終回!
・エピローグ!
・訳者(アンドリュー)あとがき!
・邦訳あとがきの三本立てだよ!
いやー豪華豪華……なんてことはなく、一番長いアンドリューのあとがきでも八千文字行かないから、実質一・五話か、長い時の一話分ぐらいです(土下座)
長いようで短かった投稿期間ですが、こんなニッチな内容の作品をご愛読くださいました読者の皆様に、この場をお借りして感謝のお言葉を!
皆様、本当にありがとうございました! また明日お会いしましょう!
追伸:キャラクター・物語等の質問がございましたら、感想欄にお気軽にどうぞ!
とはいえ、物語の部分以外では作っていない設定も多いので、即興で捏造したり、素直に考えておりませんでしたごめんなさいする可能性もありますが、答えられる範囲では答えていこうと思います!
あと、これ聞くのは正直怖いのですが、この作品、後半になると評価とか全然だったので、ひょっとして読者様にはつまらない展開だったでしょうか……?(震え)
ここが悪かったよ、と言うのがありましたら、声を聞かせて下さい。
何時になるか分からない次回作のクロスオーバー(ヒロアカ×シルヴァリオ・サーガorネギま!×装甲悪鬼村正)に活かそうと思います。
とりあえずエルマーが便利過ぎたのは確実ですね……。