明日は19時くらいに活動報告で、いつ日の目を見るか分からない、次回作の主人公のお話&イラスト公開でもしてみようと思います。
結婚から一年と二ヶ月後、妻は正式に退役した。
後任をはじめとする各種業務の引き継ぎや、その役職ゆえに最低でも二年は伸びるだろうと私を含む誰もが考えていたが、流石に身重の女性をこれ以上軍に留めても置けなかったようである。
尤も、妻自身は退役する上で必要となる業務を半年の内に片付けていたそうであるので、軍も相当に粘った方だろう。
断っておくが、私は妻が早々に子を生すのは反対だった。妻への愛がない訳でも、将来の子供を愛せないという訳でもない。純粋に、体の出来ていない妻が懐妊することに対して、不安があったからだ。
貴族社会は市井より早婚だが、世継ぎをもうける事には非常に慎重だ。たとえ帝国が医学においても世界最高峰であったとしても、流産が原因で母子共々不幸に見舞われることは可能性として大いにあったから、私はせめて二年は待った方が良いと、結婚式の夜に話し合ったものである。
だが、妻の意思は固かった。彼女は常々「立派な子を産んでみせます」と言って聞かず、私が根負けしたが、妻は懐妊した後も精力的に働き、葡萄のように丸く立派な赤子を私の腕に抱かせてくれた。
その後も妻は長男アルトゥールに続き、長女ヒルデガルドと次男フリッツをもうけたが、長男は軍人でなく音楽家となり、キッテル家は次男フリッツが継ぐ事となった。
妻と私は、終始円満だったかと問われればそうではない。軍人としては非才な反面、音楽家としての才気に溢れてしまったアルトゥールの進路に関しては大いに紛糾し、一年は互いに顔を合わせなかった──というより、私が実家から追い出された──し、ヒルデガルドの嫁入りでも揉めた(これに関しては、私に非はないと信じたい)。
しかし、どのような不和があっても最後には子供達の仲裁や、自分達が非を認め合うことで和解出来たし、互いに子供の将来や、親としての立場故に言わねばならないことは、真剣に家族を想い、愛する以上、避けて通れなかったと私は信じている。
それは、妻も同じ気持ちであった。
こうして筆を執り、かつての日々を回顧すれば、目に浮かぶ思い出には波乱も、穏やかなるものもあったが、悲しい思い出や別れもまた、呼び起こされる。
◇
例えば、臨終の間際、私と妻を呼んだ小モルトーケ参謀総長に対し、妻は涙ながらに縋りついたこと。ぐちゃぐちゃになった顔の妻の髪を撫で、家族一人一人に言葉をかけ、その手に
◇
例えば、時間の流れと共に、必然たる別れをもたらした私の父上や母上との別離。思い残すことなどないと父上は仰り、母上は私と妻にキッテル家の未来を託されたこと。
◇
例えば、五五という若さで、世を去ったエルマーのこと。
「兄上。もし、もしも魂というものがあるのならば、それは何処へ行くのでしょうね? 消えるのでしょうか? 残るのでしょうか? 違う何かに変わるのでしょうか?
私は今から、その答えに出会います。そして、それが良くないものであるのなら、私はそれを克服するために、兄上や姉上を、義姉とその子らを決して不幸にさせぬ為に、赴きたいと思います」
科学者でありながら、最後には魂について語ったエルマーの言葉は、今も私の胸に残る。永遠の安息。その間際にあってさえ、我が弟は私と家族の為に働くと言いながら、眠りについてくれたのだ。
◇
出会いも別れも、人生では必然だ。どれだけ悲しくとも死に至らぬ存在はなく、人である以上はそれを受け入れねばならない。
終わりがあるからこそ、子に、孫に、次の時代に託しながら、私達は生きて死ぬ。
時代とは、世界とはそうして紡がれる。
老いた私はもう、操縦桿を握ることはない。
この果てのない空を飛ぶのは若者達であり、私は空の王冠を彼らに託し、玉座から身を引いた。
今は夢物語だが、きっと将来、人はエルマーの造ったシャトルのように大掛かりなものでなく、宇宙を気ままに飛ぶ日が来るのかもしれない。
子供達が片足で大地を蹴れば、翼を持っているように、気ままに空を翔ける時代が来るのかもしれない。
それを私が目にすることはないだろうが、けれどいつか、そんな日が訪れるかもしれないと、期待することぐらいは許されるだろう。
後に託す者として、今、こうして老いていく身として、私は新たな時代を作る人々に激励を贈ることで、この回想記を閉じたいと思う。
「若者達よ。胸を張って生きなさい。
地面に俯くのではなく、影を落とすのでなく、空を見上げられる大人になりなさい。
父祖が貴方達に託したように、誇れる未来を子供達に託しなさい。
小さなことでも、大きなことでも、次がより良いものとなれるよう選びなさい。
そうすれば、終わりの時に、誇れる旅立ちを迎えられるのですから」
この回想記を、ここまで読んで下さった皆様に感謝を。
願わくば、皆様の人生がより良いものでありますように。
統一歴一九六一年 九月二日