鋼鉄乙女フォビドゥンフルート   作:小金井はらから

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束の間の幸せ

★鋼鉄乙女フォビドゥンフルート 第二話『恋敵・ビバーチェ』その10 束の間の幸せ

 

「おい、どこ行く気だてめえ」

 

 裕太の基地への挨拶も一通り終わって、八尋とも別れて。

寮へ戻ろうか、とも考えたが、ふと思い直して方向転換した瞬間。

地を這うような低い声が、裕太の鼓膜に届いた。

 

「ありゃ、もう戻ってきちゃったんすか、わんこ先輩。桐さんの訓練もう終わったんすかー?」

 

「てめえに関係ねえだろっ」

 

 桐の名前を出せば、ドッグウッドがわかりやすいくらいに不機嫌そうに怒鳴る。

裕太が桐と関わるのが、相当嫌なのだろう。

だからと言って、裕太は桐を諦める気などさらさらないのだが。

 

「べっつに。桐さんにアタックかけようなんて今は思ってないっすよ。ただちょっと、オレもシミュレータで訓練したくって」

 

「あ? 訓練?」

 

「そ。オレ、入院してたっしょ? 体なまってんすよ。それにオレは転属してきたばっかだ。周りに振り落とされねーようにも、人の倍は自主練しねーと」

 

 そう言うと、ドッグウッドが急に黙り込んだ。

どうしたというのか、と裕太は怪訝に思い、ドッグウッドに声をかける。

 

「……何黙ってんすか?」

 

「……いや、お前、自主練とかするタイプなんだなって」

 

「そりゃするっしょ。オレのこと何だと思ってんすか。オレは強くなりたい。その為には努力しなくちゃなんない。当然のことじゃないっすか。それにオレは、桐さんを守るって誓いましたからね」

 

 そう言うと、ドッグウッドはまた数秒黙って。

 

「……桐に戦闘で負担かけたら、マジでその皮膚噛みちぎるからな」

 

「うわっ、シャレになんねー!」

 

 ようやく、いつもの調子に戻った。

いつもと言っても、まともに会話したのは今日が初めてなのだが。

 そう、裕太は強くなりたい。

桐を守れるくらい強く。

桐が、ドッグウッドだけでなく、裕太のことも頼ってくれるように。

 

 

 

 

「うーえ、吐きそう……」

 

「てめえ、ここで吐くんじゃねえぞ。今、俺このシミュレータと感覚共有してるんだからよ」

 

「あ、マジで? じゃあ吐いちゃお」

 

「てめえ!!」

 

 基地内にある戦闘訓練用シミュレータルーム。

裕太はその中の一人用シミュレータの内部にいた。

 訓練機を直接駆って戦闘の感覚を学ぶのではなく、仮想空間に意識をダイブさせて急上昇・急降下訓練や旋回訓練など、基地内部のような限られた空間じゃできない訓練を行う。

広い世界で自由に動けるというのは良いことなのだが、自由すぎて時々酔ってしまう所が玉に瑕だった。

 裕太ですら、未だにこの感覚に慣れてはいない。

新人パイロットの頃はゲーゲー吐いていたものだ。

 ドッグウッドに吐瀉物をぶつけるのは相手が恋敵と言えど流石に悪いと思い、今日の訓練を終えようと裕太はシミュレータを機能停止させる。

すると、腕に巻き付かれた携帯電話に明かりが灯った。

ドッグウッドの意識もまた、こちらに転送されたということだ。

 またしばらくドッグウッドと一緒。

正直、気が滅入りそうになる。

そんなことを考えながら、裕太はシミュレータルームを後にした。

 

「さーて、食堂行ってなんかつまみ食いでもしよーっと。訓練の後は腹減るんすよねえ」

 

「ああ? お前今吐きそうとか言ってただろ」

 

「それとこれとは別っすよー。オレ、育ち盛りなんでっ」

 

 そんな他愛もないことを話しながら、裕太はドッグウッドに監視されながら、エレベーターに乗り込む。

そこで、食堂へ足を踏み入れた所、で。

 

「あ」

 

「……あ」

 

 吐き気が完全にどこかへ吹き飛ぶ音がした。

 

「……っ、桐さぁん! って、あいたっ! あいたたたたた!」

 

 何か食べ物の良い匂いがすると思えば、ジャージ姿の桐が調理場で何かを作っているのを見つけた、見つけてしまった。

こんな所で桐に出会えたのも裕太としては嬉しいし、家庭的な桐の姿を見られたことにも素直に胸が高鳴る。

だから駆け寄って抱きつこうとしたのだけれど、その前にドッグウッドに思いっ切り左手を噛まれた。

あまりの痛みに、裕太は蹲って悶えた。

 

「桐、お前こんな時間まで残って何やってたんだよ」

 

 ドッグウッドが硬い声で桐を問い詰めると、桐がばつが悪そうに目を逸らす。

 

「……訓練場で、訓練機使って訓練」

 

 ぽつりと桐が呟く。

途端に、ドッグウッドが焦ったような声を上げた。

 

「あれだけシミュレータで訓練しといて訓練機も使ったのかよ!? 無理すんじゃねえっていつも言ってんだろうが!」

 

「……うん。ごめんね、どっくん」

 

「……素直に謝んじゃねえよ」

 

 また、二人の世界。

裕太の胸中を面白くない感情が支配する。

目の前で交流を見せつけられれば当然ながら妬いてしまう。

もし裕太がドッグウッドと立場が逆だったのならば、今頃ドッグウッドの肌に思い切り噛みついていたことだろう。

 そう言えば、この二人はどういう経緯で親友という関係を築いているのだろうか。

気にはなったが、それよりも今は二人を引き離したくて裕太は割り込むように桐に話しかける。

 

「桐さん、何作ってるんすか?」

 

「訓練の後、お腹空いたからチャーハン作ってる」

 

「おおっ! いいっすねー! オレ、チャーハン大好物っす! オレ達結婚したら相性バッチリなんじゃないすかー?」

 

「天内と結婚する予定は全くないよ」

 

 撃沈。

さらに、迂闊に『結婚』なんてワードを出したせいでドッグウッドがぎりぎりと噛んできて激痛が裕太を支配していた。

そんな裕太を冷めた目で見ながら、桐が口を開く。

 

「天内」

 

「あ、はい。なんすか?」

 

「天内もお腹空いたなら、これ、食べる?」

 

 そう言って、桐は皿によそっていたチャーハンを指して。

突然降って来た想い人の手料理イベントに、裕太はドッグウッドによって与えられてる痛みすらも吹っ飛んだ気がした。

 

 

 

 

 桐とテーブル越しに向かい合って座って、裕太は目の前に置かれたチャーハンに向かって両手をぱちんと合わせる。

 

「いっただきまーす!」

 

「いただきます。……何でそんなニヤニヤしてるの」

 

「だあって、愛しの桐さんの手料理ですもん! これってなんか新婚さんみたいで――あいたたた、わんこ先輩、痛い! 痛い! 飯くらいゆっくり食わせて!」

 

 吹き飛んだはずの痛みと戦いながら、裕太はチャーハンを口に運ぶ。

優しい甘じょっぱさに、裕太は思わず泣きそうになった。

 大好きな想い人の美味しい手料理を食べられるなんて、男冥利に尽きるにも程がある。

でも、ただ一緒に食べているだけじゃ寂しいので、何とか話題を探す。

 

「そういや、桐さんって何でいっつもジャージなんすか?」

 

「変?」

 

「変っていうか素敵っすけど……あ、もしかしておっぱい小さいの気にしてるとか? 体型ごまかしてる感じ? 大丈夫っすよー、オレそういうの気にしないしむしろ貧乳の方が――痛い! 痛いっす! わんこ先輩! 許して!」

 

「……言っとくけど、私Cカップはあるから」

 

「え、マジで!? ……痛い! 痛い!」

 

 裕太の左手に先程からドッグウッドの牙が突き刺さってくる。

でもそれよりも、不意打ちのバストサイズ情報のせいで桐相手にいかがわしい妄想をしてしまいそうな自分が居ることも確かだった。

 良く良く注意すれば、ドッグウッドの身体もまた熱くなっているようだった。

まるで、熱暴走を起こしているかのように。

やはり結構ムッツリなのではないか。

しかし今これを言えば左手が本格的に使い物にならなくなりそうだから、その言葉は裕太の胸の内だけに留めておくことにした。

 バストサイズを思いがけず知ってしまった今、何となく緊張して、妄想を有耶無耶にしたくて、裕太は逃げるように食堂のテレビのリモコンを手に取った。

何か話題のネタに繋がる楽しい番組でも放送されているかもしれない。

でも、ぷつ、と音を立てて点いたテレビに映ったのは。

 

「……うわ……」

 

 思わず、そんな苦い声が裕太の喉の奥から洩れた。

 テレビの画面に映っているのは、廃墟の数々。

あちこちに燃え広がる炎。

精鋭部隊ハルクズレのフォビドゥンフルートにカメラでも搭載させたのだろうか。

 前線――釧路の戦場が、テレビで中継されていた。

あそこでのLOVEとの戦いが終わらない限り、世界に未来はないだろう。

今こうして呑気に裕太が食事をしている間にも、戦いは進行している。

 裕太の気分が確かに重たくなる。

平和の落日が起こった場所、釧路。

裕太は詳しいことは知らないけれど、釧路の街並みはあの日から変わらずボロボロなままで――。

 がたん。

ふと、裕太の思考が中断された。

目の前で、ひどく大きな音がした。

向かいの席に座っていた、桐の姿がいつの間にかなくなっていた。

 いや、違う。

桐は――。

 

「――桐さん!?」

 

「桐ッ!!」

 

 慌てて裕太も席を立つ。

裕太の目の前では、桐がひどく息苦しそうにしながら倒れていたのだった。


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