FGOの夏イベ前に初投稿です。
「
「えーと……その目の光らせ方と気持ち上擦った声は……メロンパンかな? はい、ティアマトさん」
「
「よかった。そろそろ言葉を覚えてくれないかなー? 聞くのは出来るみたいだから、後は話し言葉だけみたいだし……」
「
「あはは、スゴく嫌そう」
最近になりエレシュキガルは立香の器というものを計り兼ねていた。
今こうして如何なる神々や人間の手に負えなかった女神ティアマトが、まるで少し手の掛かる子供のように落ち着いている。些か融通が利かない上に懐疑的で傍若無人な所があるが、それでも概ね人間の日常生活の規範に則った――立香が根気よく何気ない誘導をして則らせていることは明白であろう。
「なー」
「んー、足にスリスリして来てどうした? クロカは可愛いなぁ……うりうり」
「みゃー……ゴロゴロ」
あそこまで相手に嫌悪すら抱かせずに、人心掌握をする手腕は才能という生半可な枠組みを飛び越えており、悪魔的でさえあったかもしれない。しかし、彼に宿るのは悪事を犯す可能性すら考えられないほど底無しの善性だと言うことは、定義上は悪神でもあるエレシュキガルが何よりも理解していた。
「立香、見てこれ。ストリングプレイスパイダーベイビー」
『――――ッ!』
「わぁ、スゴいなイングヴァルド。偶々家にあったヨーヨーでここまで上達するなんて、俺には出来っこないや。……ヒュプノスさんその翼でどうやってやってるんだろう?」
決して馬鹿するような笑いはせず、如何に下らない事でも相手の親身になり、相手の努力を想像してそれを褒める。何よりもそれらを意識せずに常にしているのだ。常人ならば気を使い過ぎてストレスになりそうなものだが、彼は全くそのような素振りはない。
要は彼は余りに接していて気持ちのよい人間なのだ。ただ、そこにいることが普通でいて欲しい。そんなありふれた幸せが服を着て歩いているような細やかな者だ。
「…………? さっきからぼーっとしてどうかしたのエレシュキガル?」
「――へっ? あ……あっ、何でもないのだわ!」
「そうなのか? いや、平気ならいいんだ。風邪か何かで体調が良くないのかと思ってさ」
彼はどんなに小さな他者の変化にさえ余りによく気づく。その上、特に彼が口を出すのは相手を気遣うことがほとんど。
そして、エレシュキガルが複雑な想いを抱くのはそういったところであった。
「病を権能に持つ神が風邪引くわけないじゃないですか。いつも馬鹿ですけれど、今日は一段と酷いですね」
「あはは。まあ、そうかもしれないれど、もしもって時は誰にでもあるからね。一概にそうだなんて決めつけちゃうのはよくはないよ。カーマだってたまに寝込むときもあるしね」
「………………はいはい、相変わらずマスターはおセンチさんですねぇ。勝手に無駄な気を張っていればいいじゃないですか」
――コレだ。彼は誰にも色眼鏡を掛けようとしない。如何なる神魔霊獣、如何なる人間であろうとも心の有り様と名前程度の区別しかない。そこには異常とも言えてしまえることに善悪の区別さえも存在しなかった。
彼の中で、カーマは愛に疲れて傷心したひねくれ者。ニュクスは破滅的な願望が見え隠れするどこか危うい者。ティアマトは寂しさと孤独を誰にも聞かれずに叫ぶ者。そして、エレシュキガルは誠実で有らんとする一方で己に自信が持てない者でしかないのだろう。
彼は他者の隠れた本質と弱点を見抜き、そこに寄り添おうとするのだ。何でもないただひとりの人間として。だからこそ彼にとっておよそ万人が共通して認識している価値観や偏見は無意味であり、独善によって他が為に走り続けられるのだ。
そして、そんな彼にいつしかエレシュキガルは――小さく不思議な感情を抱いていた。
特筆するような大きな感情ではない。いつからか? どんな切っ掛けか? 等と問われようとも答えられない程度の小さく燻ったそれを、いつしか彼女は自覚し、それが何かを考える度に彼を見返し、その底抜けの善性を再確認する。
そんな自問自答を繰り返してしまった末、最初は種火のようだったそれは、とっくに胸の内に秘めた温かな何かまで昇華していた。しかし、余りに人付き合いに乏しく、恋や愛を名前でしか知らぬ彼女にはそれが何か未だ理解出来ていない。
(本当に……本当に太陽みたいな人……。私なんか契約がなければ隣にさえ居れないような……ね)
そして、エレシュキガルという神性は、やはり退廃的で悲観的であった。仮に彼女がカーマやニュクスのように少なくとも己の心を自覚していれば、また違っていたのだろう。
(私はいつか彼が居なくなった元の日常に堪えられるのだろうか? いっそ冥府に閉じ込めてしまえればいいのに――)
「……やっぱり変だ」
「――ひゃい!?」
すると突然、考え事をしているエレシュキガルの額に立香の手が添えられ、同じく自身の額に手に添えている彼との距離が近づく。
「うーん、熱は無さそうだけど……あれ? やっぱり少し熱っぽいような――」
彼女は固まったまま、目を白黒させながらゆでダコのように顔を朱に染めている。そして、わなわなと身体を小刻みに震わせると彼からそっと離れ――。
(こ、こここ……こんな! なんなの!? 顔見えな――――っ!!!? いったいなんなのだわー!)
次の瞬間、訳もわからず自身の気持ちが暴走した彼女は、女神の身体能力をフル活用した全力失踪で脱兎のごとく逃げ出した。ピューなどと擬音を付けたいほどいっそ清々しいまでの逃げっぷりである。まあ、切っ掛けなく無自覚な恋など所詮こんなものであろう。
「…………? なんだかわからないけれどエレシュキガルが元気そうでよかったよ」
そんなことを悪びれる様子もなく、少しだけ頭を傾げてから誰に言うわけでもなく呟いた立香と消え去ったエレシュキガルを横目に、カーマは半眼で溜め息を吐いた。
「なんですかあれ、クソ雑魚ナメクジ過ぎます……」
「…………ねぇ、坊や。あの娘後どれぐらいで堕ちると思う?」
「はあ……節穴ですかぁ? どう見てももうほぼ堕ちてるでしょうが」
「そうねぇ、エレちゃんが自覚するのは前提として、立香は主人公でもヒーローでもなく、攻略ヒロインだということに早く気づけばいいんだけどねぇ」
「相変わらず、そのイカれた電子頭脳にはエロゲしか詰まってないんですかあなた?」
性格的には真逆で神々の中でも最高クラスで邪悪なソリの合わない二柱の筈なのだが、立香という共通点で繋ぎ止められており、気の置けない友のようにさえ見えてしまう今はきっと数奇な奇跡なのだろう。
◇◆◇◆◇◆
「ん……? あら着信」
ある日、藤丸邸の居間でいつものようにゲームをする少女形態のカーマを膝に乗せている立香は、近く寝転んでいたニュクスが上げた声に反応する。
「ニュクスさんの携帯が鳴るなんて珍しいなぁ」
「私に縁のあるギリシャ神は直接アバターに通信してくるからねぇ。実際、もっぱらスマホゲー用ですものコレ。宛名は……リアスちゃんみたいだわ」
「喰らえ大力平和飛沫。おらおら、おらおら――ゆーでっと」
テレビ画面では、杖を持って少しウサ耳っぽい冠を付けて赤いオーラを纏ったカーマのキャラクターが、闇のような飛沫を飛ばして他プレイヤーのキャラクターを倒していた。ゲームに夢中な彼女は我関せずらしい。
ちなみにニュクスがよくしているスマホゲーとは、過去の偉人や神話の人物や神々などを使役して人類の為に戦うゲームらしい。主人公が立香に似ている気がするとのこと。
また、完全に蛇足だが、メインシナリオで敵対した数名の中で章のラスボスにまでなった癖に、ほぼ私情オンリーで僅か1週間で寝返り唯一の味方プレイアブル化し、そのまま勝ち組になったかと思えば、イベントやサブシナリオで暴れたりキャラブレイクをし続け、挙げ句主人公の部屋に立て籠り爆破するバグを起こし、果てにスマホゲーの常の水着イベントの配布キャラにまで登り詰めた女性がニュクスの推しキャラらしい。
「はい、ギリシャ神話体系、原初の神、夜と死を司る女神ニュクスです。どうかしたのかしら?」
(いつも思うけどスゴい電話の口上だなぁ……)
「さあ、次は高強靭残光ブンブンしたくなりました」
電話に出たニュクスの言葉に少し眉を上げて何とも言えない表情を浮かべる立香。当たり前だが、電話の主はその後の口調から少なくとも彼女よりも格下の神格の存在らしい。
「え……どうしても行かなきゃダメかしら? ダメ……? そこをなんとか? うーん……そう……ええ…………そうなの、面倒ねぇ……。まあ、ちゃんと電話してくれたし、あなたの顔を立てることにするわ。はいはい、立香にも伝えとくわね。ええ、ではごきげんよう」
「俺?」
「ああ、そうそう立香。さっき、リアスちゃんから電話を受けたの」
そう言うと居間に寝転んでいたニュクスは身体を起こし、そのまま立香の座るソファーまでやって来ると彼の隣に密着するように座った。
「……ふんっ」
すると面白くないような表情で、隣に来たニュクスの膝にもカーマは座り込む。見た目だけは男女が身を寄せて座り、その中央に少女を座らせている微笑ましい絵に見えなくもない。
「聖書の神体系の三勢力の和平協定調印議会が、近々駒王学園で結ばれるそうだから見届け人としてコカビエルを下した私が呼ばれた……らしいわ。だからあなたも一緒に来てね?」
「えっ? そんな大切な場に俺が呼ばれるのは意味ないんじゃないかな?」
「別に大切でも仰々しくもないわよ。高々、ひとつの神話体系の種族3つが休戦してた戦争を止めて表面上の和平を掲げるだけ。別に異なる神話体系同士が戦争をおっ始める訳でも、戦争が止まる訳でもないわ」
「いや、まあそうだろうけれどスケールが大きいなぁ……」
立香の控え目な発言にニュクスはどこか微笑ましげに肩を竦める。彼としては、自身はどこまで行こうとも魔術が少し使えるだけのただの人間のため、いきなりそのような大事に巻き込まれるのは尻込みするのだろう。
「愛に絶望したインド神、それぞれ冥府と虚数に縛られていたメソポタミア神、尽くす系黒髪ロング清楚ロボ最かわ美少女なギリシャ神。神だけでもそんな四柱を侍らせるあなたがスケールの話を論じるのはナンセンスじゃないかしら?」
「じゃないかしら……じゃないですよ。どれだけ厚顔無恥なんですか? あなたなんてオタクストーカーが関の山でしょうが」
「あら? めんどくさいツンデレがうるさいわね」
「うふふ……死にたいんですかぁ?」
「あらあら……私と遊びたいの坊や?」
「昼間っから止めなよふたりとも……」
立香の間近で、愛を花弁に変えたオーラを纏うカーマと光を飲む闇を纏うニュクスが、互いに笑顔のまま火花を散らしているような光景を彼は幻視する。互いに身体が本体ではないため、立香が止めなければ本気で殺し合いをはじめるので始末に負えない限りだ。
「あれ? そもそもコカビエルさんを下したってどういうこと?」
「少し前にコカビエルがリアスちゃんたちの殺害やら、駒王町の破壊を目論んでいてね。それを私が計画ごと踏み潰して、捩じ伏せて小間使いにしたからよ」
「へー、コカビエルさんとそんなことがあったんだ」
「おい、ニュクス。庭の草取りは終わったぞ」
すると居間の窓がガラリと開かれ、青いツナギを着た背の高い黒髪赤目の堕天使の男性――コカビエルがそんな言葉をややぶっきらぼうに吐いて来た。
「ご苦労様。なら今日はもう好きにしてていいわよ」
「どうも、ありがとうコカビエルさん、今からお昼作るからよかったらどうぞ」
「ふんっ……なぜこのようなことを俺が――」
コカビエルはぶつぶつと何やら呟きながら更衣室代わりに使っている土蔵の方に向かっていった。彼が来てからというもの庭の管理がずっと楽になったとは立香談である。
「それにしても彼のしたことを聞いても、やっぱりあなたは特に変わらないのね」
「誰だって譲れないもののひとつやふたつはあるものだからさ。勿論、俺も知ってたら全力で止めたとは思うけれど――終わったことにとやかく言っても仕方ないよ」
「まあ、この世界じゃあよくあることだものねぇ」
「
「はい、わかったよティアマトさん」
そう何気なく言って笑い、居間に入ってきたティアマトに対応し始め、カーマの脇に手を入れて猫のようにニュクスの膝に移す立香。
そんな彼を眺めるニュクスの表情には、細やかな呆れが浮かんでいるが、それ以上に嬉しげで微笑ましげな表情も垣間見えた。
◆◇◆◇◆◇
「
「気持ち良さそうだねぇ、ティアマトさん」
明くる日。
立香はティアマトと共に駒王町で散歩をしていた。特に何が目的というわけではなく、夏らしい強い日差しを受け、何処の木々からでも聞こえるセミの鳴き声をBGMに町内をぶらぶらしている。
彼は既に汗びっしょりな様子だが、汗のひとつすら流していない彼女は好きに出歩けるのが楽しいのか、鼻歌混じりであり、時折くるくるとその場で回転してしまうほど機嫌良さげだった。
「――!
「あはは……わかった」
しかし、店頭販売をしている食べ物屋を見つけると、駆け寄っては無表情な顔にキラリと星を付けて要求してくるため、最初から立香は極力店の少ないエリアを散歩するようにしているが、何故かこういうときに限って絶滅したと立香も思っていた移動販売のアイス屋などが偶々通り掛かる。
恐らく余ほどにティアマトの
「――――♪」
両手の指の全てに黒鍵を挟むように丸い棒アイスを持って頬張るティアマト。それを眺めているだけで立香は自然と頬が緩むが、彼の小遣いは露と消えた。
立香は流石に長時間炎天下に居過ぎたためか、ふたつのアイスキャンディーが真ん中で繋がっているタイプのモノを購入していた。もっともどうせ片方はティアマトに持っていかれると考えている故である。
彼は人の夢と書いて儚いと読む等と詩的なことを考えながら、財布の中身を見つめて小さく溜め息を吐いていると、他者の気配を感じてそちらを眺めた。
「少しいいか?」
するとそれと時を同じくして、その気配の主に声を掛けられる。
それはやや黒目の銀髪をした青年だった。"綺麗な外国の男性の方だなぁ"ぐらいに立香は思い、道でも聞きたいのかと考えていると、彼は恭しく頭を下げてきた。
「お初に御目に掛かる。俺はヴァーリ。白龍皇――"
「あっ……ははは……。その呼び名やっぱり海外でも広まっているのか……」
善逝とは仏の十号のひとつ。そして、まず十号とは如来十号など共呼ばれ、如来・応供 ・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫 ・天人師・仏世尊――という仏に対する10種の称号を指す。
そして、善逝とは、迷いの世界を脱して再び迷いに還らない者。あるいは"煩悩を断って悟りの彼岸に去った者"を意味する。寧ろ、このご時世にカーマを手中に収める彼以外に誰が持てた称号かと言ったところであろう。まあ、自身が無力なことを誰よりも自覚している彼からすれば歯痒い限りではあろうが。
「えーと、白龍皇ってことはイッセーの神器の対になるのを保有している方ってことだね?」
「ああ、その認識で構わない。失礼だが……噂に違わぬ平凡ぶりだな」
頭の先から爪先まで立香を眺めたヴァーリはそう言った。それに立香は笑って返すが、実力も去ることながらいっそ一般人と呼んだ方が良いとまで思われる覇気の無さは誰が見ようともそう評価するだろう。
そう言った直後、ヴァーリは視界の端に数枚の蓮花の花弁が、一瞬だけ景色に紛れるように移り込んだ気がした。しかし、蓮花の開花時期は4月頃な上、見渡しても自然の残る閑静な住宅地でしかないこの場所に水辺すらあるわけもない。
(なるほど……。どうやら使役しているカーマ神は想像以上にご執心らしいな)
「じゃあ――」
すると何を思ったのか、立香は自身の持つダブルアイスキャンディーをパキリと真ん中から割ってふたつにした。
「お近づきの印に」
「………………ああ、悪い」
そう言って立香は半分になったアイスキャンディーを手渡し、それをヴァーリは少し驚きつつ受け取る。
「
それを二人で口にしていると、既にアイスキャンディーを食べ終え、ヴァーリを気にする素振りすらなく、どこからかやって来たアゲハチョウをぼーっと眺めているティアマトが映る。
「アレが置き去りにされた神龍――
彼女を見つつ、立香とヴァーリは互いに思ったことを口に出した。
「なんて強さだ……見ているだけで身体が震えてくる……!」
「相変わらず、自由奔放で可愛いヒトだなぁ……」
『「えっ?」』
まるで真逆どころか掠りすらしていない評価に思わず声を上げる。その様は互いに認識しているものが違うとしか思えないほどだろう。実際、認識――と言うよりも多大な価値観の相違があることは間違いない。
気を取り直して、ヴァーリは立香に声を掛ける。弱点すらない真性の怪物であるティアマト神をこうして連れ出していることには、きっと何らかの意味があると考えたからだ。
「ああ、散歩だよ。ティアマトさん、外に行きたそうにしていたからさ」
「散……歩……?」
「
しかし、返って来たのはとてつもなく平凡で、逆に普通ではない答えであった。
間違いなくこの世界で5本の指に入るほどの実力者を自身で掘り起こし、使役してしまったと思えば、それに当たり前のように散歩をさせている青年。これを異様と言わず、何を異様と言えばいいのだろうか。
するとティアマトは、ヴァーリから隠れるように立香を盾にする位置に移動すると、立香の裾をちょいちょいと引っ張った。
「
「あらら、帰りたそう……。ヴァーリくん悪いけれどそろそろ――ああ、よかったら君も家でご飯食べに来る?」
「……いや、申し訳ないが遠慮しておくよ。まだ、やることが残っているからな」
「そっか、じゃあまたね」
それだけ言って小さく手を振ると立香は、ティアマトを連れて去って行った。その背中が見えなくなるまで見送ったヴァーリは張り詰めた空気を吐き出すように溜め息を吐いた。
(少なくとも大物だということは違いない……いや、人智の外にいるような存在……か)
『なあ、ヴァーリ』
するとヴァーリの
「どうしたアルビオン?」
『言うか悩んだのだが……』
アルビオンは若干口ごもる。それはまるで、言ってしまえば更なる何かを呼び起こすかのようにさえ思え、ヴァーリは疑問符を浮かべた。
そして、ポツリと呟くようにアルビオンはそれを話す。
『立香というあの青年の影。正確にはその中にいた何かだが、ずっとこちらを見ていた。そして――それは今はお前の影の中にいる』
「なに……? ――――――ッ!!!?」
その言葉の直後、これまで一切感じていなかった舐めるような視線とどこからともなく沸き上がるおぞましさ、何よりも自身と比べ物にすらならない圧倒的過ぎる上位者の純粋な力そのものを覚えさせられた。
そして、ヴァーリの影が夜闇に篝火で照らされて出来た影のように不自然に伸び縮みをすると、女性とわかる造形をした容姿を取る。
しかし、それは影がそのまま命を持ったように奇怪で無機質な何かに見え、生命が決して関わってはいけないと思わせる生理的悪寒を覚えさせるような何かであった。
『あらあら……? ばれちゃったわ。うふふ……白龍皇の破片とか。後々、便利そうだから少し採取したかったのに残念ねぇ……』
それだけ言うと影は空に溶けるように姿を消す。
既にそこには何もなく静寂と夏の日差しだけが残り、セミの声だけが虚しく響き、背筋に氷を入れられたかのように冷や汗を流しているヴァーリだけが残された。
「今のが夜の神ニュクスか……」
それはとんでもないビッグネームであったが、名前以上に決して人間とはどうあっても相容れないような怪物であった
「なあ、アルビオン。参考までに聞きたいんだが……」
『なんだ?』
「カーマ神か、ニュクス神。どちらかと殺り合って俺に勝てる見込みはどれぐらいだ?」
『…………万――いや、億に一つもないだろうな』
「だよなぁ……」
『気にするな。ああいう奴らは既に純粋な実力という次元ではなく、自己の概念そのもので他の概念を押し潰すような次元で戦っている。両方とも全盛期の私とマトモに渡り合えるような連中だ。渡り合える方が可笑しい』
「どうやら想像以上の怪物のようだ……藤丸立香という男は」
ヴァーリの中で立香の立ち位置が最上位に再配置される。確かに一見すると彼にはなんの力もない、しかしそれは個の力など必要すらないからとも思える。
今日実際に見れた彼が抱える神性は、カーマ神とニュクス神の片鱗のみ。ティアマト神は全くの自然体であり、もう一柱いるというエレシュキガル神に関しては影も形もなかった。仮にその全てを使役しているとなれば、容易く他の神話体系を討ち滅ぼせるほどの過剰戦力だ。
すなわち藤丸立香という名の運命共同体そのものというあまりに奇怪で歪な怪物であることが伺えるだろう。
「……他の奴がカーマ神と、ニュクス神を出し抜いてアイツを殺すことはあり得るか?」
『彼が殺される心配をしてるならそちらも不要だ。あんなの戦神や邪神だって手を出したがらんし、それらですら出し抜くのはほぼ不可能だろう。それほどまでに最悪の二柱だ』
「そうか……それなら安心だ」
『ヴァーリ、またお前の悪い癖か……』
それを聞いて嬉しげにヴァーリは口角を引き上げ、アルビオンは小さく溜め息を吐いていた。その関係は神器と保有者というよりも、父と子のように見えたかも知れない。
立香SECOMの通常運転。
感想の返信は全て順次致しますので少々お待ち下さい。