ああっ女神さまっ(黒)   作:ちゅーに菌

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愛の神

 

 

 

 エレシュキガルが藤丸家に来てから数日後。立香の母親によって家から追い出されたことは、彼の言う通り一時のものであり、お助け女神事務所の事と、彼女がメソポタミア神話の女神エレシュキガルであることを告げると、半信半疑ながら理解を示していた。

 

 そして、立香が一歩も引かずにエレシュキガルを家に置くことを懇願したことにはやや難色を示したが、最後には立香の母親の方が折れ、"やっぱり父親そっくりね……"等と溜め息混じりに溢していたという。

 

 立香の母親の心配は、立香とエレシュキガルにはよくわからなかったが、ひとまずエレシュキガルは藤丸家に居候することになったのである。

 

 そして、数日間が経過した現在、エレシュキガルはといえば――。

 

 

「お洗濯日和なのだわ!」

 

 

 冥界の更に下層にある冥府では一切、話すら聞かない太陽の日差しをベランダでこれでもかと存分に浴び、嬉々とした表情を浮かべながら洗濯物を干していた。

 

 元々、受動的・内向的な性格。高い知性と誇りを持つあまり、冥界の主人という役割に殉じてしまい、他の神々が見ても不憫に思うほど、がんじがらめになってしまっていたエレシュキガルという神性。そんな彼女が藤丸家で役割として何かをせずにいられる訳もなく、このように日中から炊事以外の家事全般を引き受けるようになっているのであった。炊事に関しても、勉強中である。

 

 許可をした立香の母親ですら、軽く心配になってしまうほどの働きっぷりであるが、冥府で彼女がしていたブラックどころかブラッディ等と他者から言われるレベルのハードワークを、ひとりでこなしていたエレシュキガルからすれば、バカンスのようなものであり、似たようなことを彼女自身も考えているのだから始末に負えない。

 

 無論、それが反って不憫さを引き立てているのだが、最早仕方なかろう。そもそも彼女は、女神の誓いによって、地上に出ることを禁じている身。故に何かしらの大義名分がなければ、ここにいることはあり得なかったのだ。

 

 エレシュキガルにとっては、太陽の下に居て、生命の溢れる場所に立っているだけで新鮮で嬉しい。つまりはそういうことなのである。

 

 

「そんなことでイチイチ楽しそうにするなんて、ホント根っからの雑用気質なんですね。私と少しでも似たようなタイプかと思っていたのが馬鹿みたいじゃないですか」

 

 

 すると突然、エレシュキガルの背後――立香の部屋の中から小さな少女の声が掛かる。

 

 エレシュキガルがそちらに振り向くと、立香の部屋のベッドの上に声の主がおり、それは血のように赤い瞳と、白に近い絹糸のような銀髪を襟元で切り揃えた髪型をした小さな少女だった。

 

 更に服装は半袖の緑のTシャツに円を貫くような模様が入り、その上に"Quick"と黄色い文字の入った奇妙なTシャツを着ており、寝転がったまま、ついているテレビを流し見しつつポテチを食べている。

 

「"カーマ"。枕も干すから渡して」

 

「…………はいはい、家政婦さんの言う通りにしますよーだ」

 

 そう言いながら少女――カーマは自身の頭の下にあった立香の枕を外し、見た目に反して凄まじい豪速球の枕投げにより、エレシュキガルへと投げ渡した。

 

「ありがとう」

 

 しかし、エレシュキガルは特に苦もなく片手で止めると、ベランダにある2本の竿の上に枕を置き、そんな様子を目にしたカーマは面白くなさげな表情で小さく舌打ちをする。

 

 何を隠そうこのカーマと呼ばれた少女は、インド神話の愛の神カーマ本人にして、藤丸立香の神器(セイクリッド・ギア)なのである。

 

 少し説明をすると、この世界に数ある神話体系の中で最大勢力を誇る"聖書の神"が人間へのシステムとして中心的に造ったもの――それが"神器(セイクリッド・ギア)"だ。

 

 セイクリッド・ギアは特定の人間のみに宿るシステムであり、多種多様な規格外の力。神器は人間に先天的に宿るものなので人間か人間の血を引く混血しか持たず、事実として歴史上の偉人の多くが神器所有者であったと言われている。そのほとんどは人間社会でのみ機能する程度だが、中には神・魔王・仏を脅かす能力のものも存在し、それらの神器は神滅具(ロンギヌス)と呼称される。

 

 立香が持つセイクリッド・ギアの名は"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"。

 

 見ての通りの完全自立型のセイクリッド・ギアであり、形状はさとうきびの弓と、花の矢。そして、神話においてシヴァに焼かれ、身体無き者(アナンガ)となった愛の神カーマの灰そのものが込められた特異なセイクリッド・ギアなのだ。

 

 まあ、カーマはその神話そのものが非常に特殊である――インドの神々がターラカという悪魔に悩まされていたとき、ターラカを倒せるのはシヴァ神とパールヴァティーの子とされていたが、苦行に没頭していたシヴァはパールヴァティーに全く興味がなかった。そこで、シヴァの関心をパールヴァティーに向けさせようとして、神々はシヴァのもとに愛の神であるカーマを派遣した。瞑想するシヴァはカーマの矢によって一瞬心を乱されたが、すぐに原因を悟り、怒って第三の眼から炎を発しカーマを灰にしてしまったというお話である。

 

 神話からして他のインドの神々のダチョウ倶楽部並みの押し付け合いと、キレたシヴァによって身体を失うというあんまりにあんまり過ぎる経緯がある。そのため、幾らなんでも酷過ぎたと罪悪感に苛まれたインド神によってカーマ灰を回収し、聖書の神へと渡されてセイクリッド・ギアへと改造され、人間を転々とすることになったのである。これはひねくれる。

 

 故にカーマは全てを諦めつつ、愛そのものに疲れて絶望しながらも愛の神として投げやり気味に、自分自身である"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"の神器保有者たちを次々と堕落させて行った。

 

 そもそもカーマとは、インド神話の魔王、魔神、あるいは天魔であり、チ○コの呼び方のひとつであるマラの語源であるマーラそのものである。そんな釈迦を堕落させようとしたり、某ゲームでの姿があまりにインパクトがあったりするカーマを保有して、堕落せずにいられる人間など、それこそ釈迦や聖人のようなものであろう。

 

 そのため、カーマ自身のねじ曲がり過ぎた性格と、所有者を堕落させる性質から、そのあまりの扱いにくさ故に神滅具(ロンギヌス)に数えられてはいないが、戦闘能力だけならば上位神滅具に匹敵すると言われている。まあ、愛の神とは言え、インド神の一柱が籠っているため、それも当然と言える。

 

 そして、そんな"愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)"が発現した藤丸立香も例に漏れず堕落――――することはほとんどなく、カーマが発現して堕落していない人間としては最長記録を更新し続けていた。現在、約10年ほど経過中である。

 

 ちなみにカーマには已に決まった姿は存在しないため、今の彼女の姿は、立香の記憶から無意識に彼が最も好みのタイプの女性を読み取り、その姿を取っているらしい。流石はマーラと言ったところであろう。

 

 故に聖書の神の神話体系であり、三大勢力のひとつの堕天使陣営の中心組織で、異能・超能力の研究を主目的とし、神器関連では、そのものの研究、神器所有者の保護、人工神器の開発などを行っている機関の神の子を見張る者(グリゴリ)にもその経緯から目を付けられ、何度か研究対象にされていたりもする。

 

 しかし、幾ら立香を調べようともお人好しなこと以外はこれと言って特筆すべきことはなく、カーマ自身も何も語らないため、立香が釈迦でも聖人でもないにも関わらず、カーマに堕落させられないのかは堕天使たちも首を傾げるばかりだ。

 

「あなたって神のクセに何かやりたい事とかないんですか? 神のクセに」

 

「え?」

 

 なぜか2回も"神"という部分を強調させつつカーマは、エレシュキガルに対してそんな質問を投げ掛けた。

 

 ちなみにカーマがエレシュキガルと契約がなされたときに出て来なかったのは、単純に神々に関わることの面倒さを身を持って知っているからであり、数日でカーマがこうしてエレシュキガルの前に姿を見せている事は、立香からすれば"少しは信頼している"とのことらしい。実に面倒な女である。

 

「やりたいこと……いつか、冥府に帰ったときのために、ここで見たことや、あったものを再現できないか考えることとか――」

 

「ああ、そういう優等生ぶったものじゃないです。男とか、美とか、家畜とかなにかあるでしょう?」

 

「えっ?」

 

「えっ……?」

 

 すると2人は顔を見合わせる。しかし、エレシュキガルが本気でそう言っており、他に何もないと言わんばかりの様子をしていることを感じ取ったカーマは、心底呆れたような表情を作る。

 

「はぁ……こんな神がまだ現代まで残っていたなんて……。とんだ化石じゃないですか」

 

「か、化石!?」

 

 流石に化石扱いは堪えたらしく、エレシュキガルの身体が跳ねる。とは言え、カーマの暴言に彼女も数日で慣れ始めたため、それに対して言及することはなかった。

 

「まっ、どうでもいいですけど。頑張れー、頑張れー」

 

「それならカーマは何かしたい事はあるの?」

 

 全く感情の籠っていない応援をしているカーマに、エレシュキガルはそんな質問をした。彼女が見る限り、カーマは日頃からダラダラとしているだけで、これと言って何かをしているようには見えなかったからである。

 

 するとカーマは"何を今さらそんなことを聞いているんですか?"とでも言いたげな呆れ顔になりつつも口を開いた。

 

「そんなの当然、私のマスターを愛して愛して、愛に溺れさせることですよ。私は愛の神なのですから、当然でしょう?」

 

 それを聞いたエレシュキガルは笑みを浮かべてそれに答える。

 

「なら私も冥界の女主人としての仕事に誇りがあるのだわ」

 

「………………………………ええ、とてつもなく嫌ですけど、仕事熱心なところだけは似ていますね私たち」

 

 そう言うとカーマは、話にならないとばかりに寝返りを打ち、エレシュキガルに背を向けたままポテチの咀嚼音を響かせた。

 

 しかし、既に洗濯物を干し終えて、カーマからの度重なる質問と、彼女の日頃の立香への態度に思うところがあったエレシュキガルは、更に彼女へと質問を投げ掛ける。

 

「ところで、カーマって立香のこと好きなのかしら?」

 

「はぁ?」

 

 すると、カーマは"この人は何を言っているんでしょうか"と言わんばかりの呆れ顔に加えて、わかりきったことを聞き返されたときに浮かべるような心底面倒臭そうな表情になる。それに加えて大きな溜め息を聞こえるように吐きながら彼女は口を開く。

 

「あのですねぇ……私は与える者。立香(マスター)は、不幸にも私を宿してしまった否応なしに与えられる者です。それ以上でも以下でもないんで――」

 

「カーマいるー?」

 

「――――――――――」

 

 立香の自室に、軍手を着けて枝切り鋏を持った彼がカーマの名を呼びながら入ってきた。

 

 その瞬間、それまでは精々一桁ほどの年齢に見えたカーマの姿が急成長し、高校2年生の立香とそう変わらない年齢になる。

 

「コホン――騒々しいですね。私、見ての通り休憩中なんですけど?」

 

「あはは、ごめんね。ちょっと庭の草刈りで木の枝の剪定をして欲しいんだ。流石に届かなくてさ」

 

 そして、カーマはリモコンでテレビを消してポテチをしまうと、流れるような動作でベッドに座り、咳払いを落としてから澄まし顔で立香に応対した。

 

「はいはい、しょうがないですねぇ……今準備しますよ」

 

「ありがとう、先に行ってるよ」

 

 そのときのカーマの声は、これまでエレシュキガルと話していた様子とは打って変わり、どこかよそよそしく弾むような声色をしている。

 

「………………」

 

「………………」

 

 立香が部屋から出て行ったことでバタンと扉が閉じ、カーマとエレシュキガルが残される。直ぐにカーマは急激に縮むと、また小さな少女の姿へと戻った。

 

「…………なんですか? 何か言いたいことがあるなら言えばいいじゃないですか?」

 

「な、なんでもないわよ……」

 

(こ、この娘とっても可愛いのだわ……)

 

 舌打ちと共にガンを飛ばして、不機嫌そうに眉を潜めるカーマに対し、エレシュキガルは何か微笑ましいモノを見たような感覚を覚えながら内心で悶える。彼女のイメージとして浮かぶのは、やさぐれた白猫といったところであろうか。

 

 藤丸家は、冥界の女主人と愛の神がいながらも、いつも通り平和なのであった。

 

 

 

 

 

 







~簡単な登場人物紹介~

藤丸立香
 言わずと知れた一般人の主人公。相変わらず、彼に戦闘能力は皆無のため、戦闘があればもっぱらエレシュキガルやカーマなどが駆り出される。過剰防衛。

エレシュキガル
 エレちゃん。神々の宴会に出席したところ、ゲームをして最下位になり、罰ゲームとしてお助け女神事務所で1回仕事をすることになった。その1回がこれであり、他の神々からも彼女は働き過ぎだと思われていたため、これを好機と見た神々によって立香の願いが受理された。
現在、絆レベル2ぐらい

カーマ
 カーマちゃん。この世界では彼の神器にクラスチェンジ。文字通り、立香とは離れられない関係になっている。立香のSECOM。容姿のモデルに関しては立香の叔母の若い頃かもしれない。
現在、絆レベル8ぐらい

立香ママ
 なんだかエレシュキガルに見た目が似ているような気がしないでもないが、世界には同じ顔の人間が3人いるらしいので気のせい。後、多分立香パパは女たらしのオレンジ頭。

立香叔母
 腹黒そう(小並感)



~神器~

愛もてかれるは恋無きなり(カーマ・サンモーハナ)
 形状はさとうきびの弓、そして花の矢。また、この神器はシヴァに焼かれ、!身体無き者《アナンガ》となった愛の神カーマの灰そのもの。つまりは天魔レベルのインド神がそのまま神器になっているため、戦闘能力だけならば、自立型なことも相まって初期状態の神器では全神器中満場一致で最強の性能を誇る。
 しかし、人間どころか天使や悪魔のハーフでもカーマの誘惑により、発現から1ヶ月と持たずに堕落し、そもそも聖人ではカーマとの相性が絶望的に悪い。ヴィゾーヴニルの尾羽の尾羽のような堂々巡りの神器であり、そのあまりもの破滅的な使い難さによって神滅具には数えられていない。
 それ故にこの神器を発現させながら10年以上もの間、堕落せずに生存し、カーマ自身も満更でもない反応を示している藤丸立香という人間そのものが最大の謎である。



~作者の申し開き~

 アニメのエレちゃんが可愛過ぎてリビドーが爆発しそうだったので、ついでにバレンタインイベントが楽しみなカーマを追加して短編として書き上げました。後悔も反省もしてませんが、これ以上続くかは他の小説もありますので感想や評価次第で未定です(悪怯れろ)。


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