環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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 ――(ソウルジェム)に触れて。過去と繋がる。

「――に、――めょ、う」
「――君は何を―ぅんだい……?」

 記憶のところどころに残る歪な空白。初めての事態に眉を顰めるが……調整そのものに不具合は出ていない。そのまま手を緩めることなくソウルジェムへの干渉を続ける。
 調整をするわたしが次に見たのは――学校。これはブレてない……頬を赤く染めた少女の手を、快活に笑う男の子が引っ張っていて。
 ――次は、森。
 白い外套を泥に汚し倒れる少女。彼女の目の前で、魔女の鋭い爪に胴をざっくりと斬り裂かれ鮮血を流す少年は、それでも立ち上がっていて。
 禍々しい気配を溢れさせる木刀を地に突き立て。何事かを呟いた少女に向けて、命を燃やすような叫びをあげる。

「悪かったよ! 俺が悪かった、俺が間違いだった! 埋め合わせになるならなんだってする、なんだってするから! 二度と、二度とあんなことは言わないから!」
「みんな死んだ、みんな死んだ!!もう、俺にはいろはしかいないんだ、だから……! 魔女だろうが関係ない、絶対に守る! 俺は二度と、目の前で大切なひとを喪わせはしない!!」

 記憶が、暗転する。




調整屋

 

 

「そう…………リラックスしてー…………しんこきゅー…………ゆったりぃー…………身を任せてぇー…………」

「――それじゃあ、ソウルジェムに触れるわよぉ?」

「んっ……」

 

 胸の中心に乗せられたソウルジェム。寝台に横たわる少女の横から伸びた指が丁寧な手つきで魔法少女の証明そのものといえる卵型の宝石に触れるのに、僅かなくすぐったさと圧迫感を覚えた少女がぴくりと身体を震わせる。

 

「力をぬいてぇ…………」

「くっ……」

「もう少し――ふかーくっ…………」

 

 調整屋を営む魔法少女の指先がとぷりと、いろはのソウルジェムに沈んで。

 調整の行われる寝台と応接間を遮るカーテンの向こうで脚を跳ねさせた少女の喘ぎ声に、動揺も露わに肩を震わせて。頭痛を堪えるように傷の癒えた額を揉む少年は、呻きながら隣に座る十咎(とがめ)ももこに呻きながら問いかけた。

 

「……その。魔法少女の調律って、みんなああなんです?」

「あぁー……いや初見の人からすれば当然の反応だよな……。まあ、うん。慣れない内はだいたいあんな感じになるかなあ」

「……」

 

 いろはだけがあんな風にやたらとエロい反応をする訳ではなかったことを安堵すべきか、基本的に女性しか来ることのないだろうこの異質な空間に今後も度々訪れることになることへの煩悶か。

 複雑な感情に胸をかき乱されながら沈黙するシュウは、早くもこの場に訪れたのを後悔しかけていた。

 

 

***

 

 

「あらあ、久しぶりねももk――、……ウソ。ももこが、あのももこが、まさか男を連れてくるだなんて――!!?? ひどい、私のことは遊びだったのね……!?」

「……」

 

 ここ数日で、様々な出会いを経験したが。まさか初対面でこのような反応をされるとは思っておらず、シュウをみるなり悲鳴をあげた調整屋らしき少女に思わず閉口する。対し彼らを案内したももこは彼女の物言いに青筋を浮かべて口を引きつらせていた。

 

「開幕から随分なご挨拶だな……? ……一応訂正すると私の連れじゃあない。この子……いろはちゃんの彼氏だからな。今日は新しい客の紹介に来たんだよ」

「ああ……そういうこと。いや本当にびっくりしちゃった。お得意様が変な男に引っ掛かったらどうしようかと……。それにしても彼氏連れの魔法少女なんて珍しいわねぇ、はじめましてぇ」

「『あの』に籠められた意味を問いただしたいところだけど……今は良いか。……後で、じっくり教えてくれよ?」

 

 以前来たときは誰もいなかった廃屋に足を踏み入れ、衣美里(えみり)がみたまっちょと呼んでいただろう調整屋らしき銀髪の少女。

 燕尾服とメイドのウェイトレス衣装を掛け合わせたのような衣装を身に纏う彼女は、少年を一瞥して驚愕も露わに目を見開いた後にあらあらと近づきながらシュウの、いろはの手を握り挨拶する。

 

「……なるほど。貴方が噂の……どうもー♡ 調整屋さんです! 八雲みたまっていうのよぉ? どうぞご贔屓にしてちょうだいねえ」

「……初めまして、桂城(かつらぎ)シュウです」

「噂……? あ、私(たまき)いろはです!」

「うふふ、彼氏くん割りと魔法少女の間じゃ有名だったりするのよ~?」

 

 嘘だろとみたまの言葉に目を剥く。そもそもこの街に来てから一週間するかしないかくらいのに見ず知らずであった魔法少女にすら認知されるほどに自分のことが広まっているのは想定の埒外であったが――そこで彼が思い浮かべたのは、明らかに人付き合いも広そうで、少なくとも隠そうと念押ししていないことに関してはぺらっぺらと喋りそうな金髪ツインテールであった。

 

「えぇ……衣美里(えみり)の奴知り合いの魔法少女に好き勝手吹聴してるんじゃないだろうな……」

「あら衣美里ちゃんのこと知って……ああなるほど私の留守にしているときあの子が紹介しようとしてたのって貴方たちか、悪いことしちゃったわねえ」

「あ、はい。先週この街に来た時に教えて貰って……。ソウルジェムを弄るって聞いたんですけれど……」

「一度経験するとびっくりすると思うわよぉ。さっそく始めましょう」

「あっ、はい!」

 

 

「それじゃあ服は脱いでそこの寝台に寝転がってねぇ」

「はいわかりま……、えっ?」

 

 

 沈黙。調整屋の発言に硬直するいろはに、シュウも聞き間違いではないかと調整屋に視線を向けるが──脱いだ服はそこのカゴのなかに入れてね♡と追撃。かああ……と顔を赤く染めた少女は、恥じらうように彼を見つめて。

 

「わっ……………………わかりました。 その、シュウくん……」

「ん、ああ……、俺は外に出てる」

「いやわかるな!! ……ったくいじめてやるなよ……」

「うふふ、嘘でしたぁ」

「えぇ!?」

 

 顔を真っ赤にしたいろはが慌てて緩めようとしていた制服のリボンを絞め直すなか、その場を立ち去ろうとしていた少年もピタリと動きを止める。僅かな沈黙の後に趣味が悪いぞと呻いてはどっかとソファに座り込む彼に、愉快そうにころころと笑ったみたまが意地の悪い視線を向けた。

 

「うふふふ、恋人なんでしょう? シュウくんは覗きたくなかったのぉ?」

「えっ……?」

「……女の子ってときどき物凄く答えづらい質問してくるの本当になんなんですかね」

 

 というかいろはもそういう煽り文句に反応しないで貰いたいのだが……。「見たいの……?」とでも言い兼ねない雰囲気でこちらをちらちらと気にする彼女に困り果てながら隣に助けを求めると、それに気付いたももこも苦笑しながら手を振って気にするなと告げる。

 

「あんまり真面目に相手しなくたっていいぞ~人をからかうのが趣味みたいな奴だし」

「まあももこったら、ひどぉい」

 

 そんな風にひと悶着を挟みながらも、寝台に横たわったいろはのソウルジェムに触れるみたまによって調整はつつがなく進んで。調整を待つ間シュウは魔力の強化が施された後の検証や訓練のスケジュールを組み立てていたのだが──突如耳に届いたソウルジェムに干渉されたいろはのやたら艶めかしい声に、ほとんど吹っ飛んで消えた。

 

 そんな少年の葛藤を知ってか知らずか。調整を終えくすくすと笑う少女は、うっすらと目を見開いて上体を起こしたいろはに微笑みながら声をかける。

 

「どう、体の調子はいいかしら?」

「…………はい。さっきよりずっと良いです! なんだか体がポカポカしてきます」

「ふふっ、それなら成功ねえ」

「……ねぇ、いろはちゃん」

「私ね、ソウルジェムに触るとその人の過去が見えちゃうの」

 

 ……ソウルジェムは、魔法少女を魔法少女たらしめる象徴といえるものだ。それに干渉する以上は少なからず対象の中身に触れるということなのだろう。

 そして、多くの魔法少女に触れてきた調整屋がわざわざ気にするような欠陥にも、心当たりはある――というより、魔法少女としての根幹そのものといえる契約の際の願いを忘れた魔法少女などそうそう居る訳もあるまい。

 決して覗いた過去を他言しないと約束した彼女は、いろはから魔法少女になった際の空白について話を聞くと難しい表情になって頷いた。

 

「そっか……魔法少女が自分の願いを覚えてないなんてね……」

「はい……」

「そんなことあるもんなのか……?」

「うーん、まあここで悩んでも仕方のないことだしねえ……にしてもいろはちゃん凄い娘よねぇ。あんな風に熱い激しい記憶(おもいで)に触れる経験なんて滅多になかったから、チラ見しただけの私まで恥ずかしくなっちゃったわぁ……」

「みっっ、みたまさん!!??」

「……お熱いねえ」

「からかうのはやめてくださいよ、いつどこの話を覗かれたのかこっちは気になって仕方がない」

 

 調整もできたし話が終わったなら帰りますよと立ち上がって。顔を真っ赤にするいろはの手を引いて立ち去ろうとして――「あ、シュウくんちょっと待って」と制止するみたまに、動きを止める。

 

「なんです?」

「そりゃあ女の子側も、大切な人に気遣われるのは嬉しいものだけれど……いっそばっちこいくらいの覚悟が決まっていたら、その姿勢が逆にじれったく感じるものよぉ?」

「…………………………そう、ですね。善処します」

「ぅう……」

 

 安心すればいいのか、喜べばいいのか、もうそろそろ降参するしかないのではと思いつつあった問題を突きつけられたことを憂えばいいのか。

 本当に、複雑だった。

 

 

***

 

 

 散々みたまに揶揄われて顔を真っ赤に染めた少女に寄り添う少年が、ももこに預けていたバットケースを背負いながら立ち去っていく。

 調整屋の拠点をおく廃屋を出て宵闇に消えていく後ろ姿を手をひらひらと振りながら見送っていったみたまは――その表情から笑顔を消すと、2人をこの場に連れてきた顔馴染みの魔法少女に静かに問いかける。

 

「……ももこ。あの男の子……シュウくんが戦っているところ、貴方はみた?」

「? いいや。私が着いたときには既に魔女はやられた後だったよ。使い魔を相手に逃げ回ってたって聞いてたけれど……あのケースのなかの棒……棒?は凄く重かったなあ、怪我もしてたろうにあんなの平然と持ち歩く力持ち初めて見たよ」

「……そう」

「…………間違いなく、人間。ドーピングの類いだって使ってはいないだろうし……。でも、あの気配」

「調整屋?」

「んーー……考えれば考えるほど不思議な子よねぇ」

 

 

「でも……、良いなあ。あんなヒトが身近にいたら、絶対放っておかなかったのに」

 

 

 おやと目を見開く。

 人をおちょくるような言動をとることの多い調整屋。普段はその本心を悟らせることの滅多にない彼女のこぼした、明らかな羨望の念――。気を失っていたいろはが目を覚ましてからも常に寄り添っていた2人の姿を思い出し、まあ気持ちはわかるなあと頷きを返しながら。……調整屋と関わる人間の強いられるひとつの残酷な事実に思い当たったももこは、遠い目になって呟いた。

 

「……もし居たとしてもみたまのことだしお近づきになろうとして毒殺でもしてたんじゃないかなあ」

「ひどぉい!」

 

 

 

 

 

 

 

 今日は大変だったね。

 

 ぽつりと紡がれた言葉に、並んで歩く少女を見遣る。

 神浜市からの帰路。最寄りの駅を出て、間もなく家に着くという距離になった頃だった。そうだなあと同意を返しながら、肩に担ぐ荷の重みを感じつつ今日の出来事を振り返る。

 

 小さいキュゥべえを探して魔女の結界に潜り込んで。ひたすら多い使い魔に囲まれながら目当てのキュゥべえを見つけたと思ったら恋人が昏倒して。現れた巨大な魔女を相手に彼女を庇いながらひたすら逃げ回って、そして――いろはに、守られた。

 

「……うん。いや本当に、大変だった。あんな思いしたのは、初めてまともに魔女と戦ったとき以来かなあ。いつだって魔女と戦うのは恐ろしいものだけど今回は格別だった」

 

 もしいろはに迫る使い魔を薙ぎ払えるだけの腕力がなければ。もし少女を抱えて逃げるだけの脚力がなければ。もし大切なものを守り切れるくらい体が頑丈でなければ――、想像するのも嫌になる。

 傷つくのも命の危険に晒されるのも、恐ろしくはある。あるが……いろはを喪う恐怖に比べれば、そんな恐れは塵芥にすら劣る。その点でいえば、今回はこれまで経験したもののなかでも一、二を争うくらいに背筋の凍るような思いをさせられた戦いだった。

 いろはの治療の甲斐あり頭の傷も骨の罅割れてていた腕も今は軽く痛むくらい、それこそ翌日には完治していそうな勢いだったが……それでも気にはなるのだろう、重々しい表情で彼を見つめる彼女は、真剣な表情で傍らの少年に嘘偽りない想いを告げる。

 

「ごめんね、あんな思いさせて……。何でも言って? シュウくんが望むなら私、なんだってするから――」

「……は? いや魔女を倒したのはいろはなのに何を言って……あぁいや、言ったなあ、そんなこと」

 

 ……次棒立ちになったら何でもして貰うからな、とかなんとか。魔力喰った木刀全力で振ってようやく倒せるくらい強い使い魔に囲まれて焦っていたとはいえ何とも勝手なことだったが……。隣からざくざくと突き刺さってくる視線がガチすぎる。本当に頼めば何でもしそうな辺りなんとも扱いに困る問題だった。

 

 ………………今日から別居しようとか言っても大丈夫だろうか。理性も流石に限界なので同じベッドで寝るのは勿論同じ屋根の下で過ごすのも勘弁願いたいのだが――。え、でも嫌われたとか思わせたりしないよな? しない……よな?

 ――大切な人に気遣われるのは嬉しいものだけれど……いっそばっちこいくらいの覚悟が決まっていたら、その姿勢が逆にじれったく感じるものよぉ?

 

 やや腰の引けた思考を巡らせるなかで脳裏を過ぎったのは、あのやや胡散臭い、けれど神浜で探索をする間はきっと世話になるのだろう調整屋の言葉で。

 

「………………………………腹を括るか、いやでもなあ……嫌われたりしないかな……やっぱそこが一番怖いんだよなあ」

「……嫌ったりなんか、しないよ」

「そっか。……そっかあ」

 

 両親がいないのにつけ込むようにして手を出すのは道徳的に不味いとか、そもそもまだ中学生なのにそういった行為をするのは性急に過ぎるだとか。頭の片隅でそんな理性的な意見が出てくるが――結局は、自分がどうしたいのか、ということなのだろう。

 

「……要求とか、お願いとかはもういいよ」

「うん」

「いろはさえ居てくれたらもうそれだけでいいよ、本当」

「……うん」

「お願い……じゃなくて確認なんだけど。もう今晩は我慢するつもりもないし、優しくできる自信もないよ。それでいい?」

「………………」

 

 いろはの返した無言の首肯に、おじさんに何て言おうかなとぼやいて。環家から預けられた鍵で、玄関の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ときどき。どうして自分はこんなに馬鹿なんだろうって、思うことがある。

 

 ――そういえばいろは、結局これからもまたあのキュゥべえ探しに神浜を探すってことで良いんだよな……いろは?

 ――待て何を隠した、見せ、……。

 ――うっわえっっろ……え、嘘……殺しに来てる……ぇ、それ着るの、本当に?

 ――変じゃないです。変じゃないよ。……誰が選んだのそれ……覚えてない?

 

 ねえ、シュウくん。

 私、どうしてこんな大切なことを忘れてたのかな。

 

 ――おはよう、いろは。……どうして泣いてるんだ。痛むのか?

 ――いろは?

 

 愛しいひと。かけがえのないひと。大切で、大好きで……。

 もう一人、いたの。そんなひとが。

 

 ――思い出したのか?

 

 キュゥべえに触れて、記憶が流れ込んできて……夢が、一気に鮮明になって。

 私が魔法少女になったのはね、妹の……ういの病気を治すためだった。  

 どうして……この部屋に。この家に。あの病室にも、ういはいたのに。

 

 ――そうか。

 ――じゃあ……探さないとな。

 

 うん。

 ……シュウくん。

 貴方は……貴方だけは。

 いなくならないよね?

 一緒に、居てくれるよね?

 だって……。なんで。シュウくんにも負けないくらい大切なひとだったのに、願いで病気を治してずっと一緒にいられると思ってたのに、私。

 

 ……ごめんね、急にこんなこと言って。

 でも、わたし――独りは、嫌だよ……。

 

 ――絶対に、いなくなりはしないよ。

 ――泣き止むまで、泣き止んでからも。ずっと、ずっと一緒に居るから。

 

 


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