環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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2人の桂城シュウ

 

 綺麗な自分でありたかった。

 

 容姿ではない。姿勢の話だ。佇まい、気品と言い換えてもいい。

 華道の一門に生まれた故の義務、だけではない。大切なひとたち、愛してくれたひとたち、救ってくれたひと。自分の周りにいてくれるひとたちに誇れるような、そんな自分でありたいというささやかな思い。

 

 そんな少女の心がけも。最愛のひとのこととなってしまえば貫き通せなくなってしまうのもまた事実なのだが。

 

「――シュウさんはっ!?」

 

 みかづき荘の扉を開けて駆け込むななか。紅い髪を振り乱して飛び込んだ彼女の動転した様子に出迎えようとしたさなもびっくりしたように肩を跳ねさせるなか、詫びもそこそこに慌ただしくリビングへと向かう。

 ミラーズで起きた異変、しかしそれを前に彼女の魔法は反応しない。まずはその事実に安堵しつつ、顔を出したななかは既にやってきていた来訪者の姿を確かめようとして──。

 

「今度は誰ぇ……? うーん、いろはぁ邪魔ぁ……」

「――」

 

 リビングのソファのうえ、ぎゅうと密着していたいろはが「そんなぁ」と涙目になるのを押しのけるちんまりとした体格の男の子。

 その姿を目にしたななかは愕然と目を見開いた。動揺もあらわにたたらを踏みかけ、ごくりと息を呑む。いまにも駆け出したくなる衝動を懸命に押し殺して驚かせないようにゆっくり、静かに歩み寄った彼女は目線を合わせるように少年の前でかがみこみ、唇を震わせ問いかける。

 

「……桂城、シュウさんで合っていますね……?」

「うんっ! お姉ちゃんの名前は?」

「お姉ちゃっ……! え、へへへへへ……常盤、ななかって言います。気軽にななかお姉ちゃんって呼んでくださいね。ええっとぉ……年は、いくつですか……?」

「6つ!」

 

 一体なにが起きたというのか。ことの経緯こそかいつまんで説明されてはいたものの、ななかには最早それらの情報を処理する余裕など残されてはいなかった。目の前の小さな命だけが全てだった。

 

 心なしつやつやとした黒い髪。ぷにぷにとした弾力を伺わせる柔い頬。穢れひとつない黒曜石のように透き通った黒い瞳。

 最愛の異性のあまりにも幼く、愛くるしい姿を前に。わなわなと震えながら腕を伸ばして少年に身を寄せたななかは、その身体を抱き――ぎゅうううううううっ……。とその感触を噛みしめるようにしてかき抱いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「わっ、わわわ……ぐぇーっ」

「かっっっ……わぃいいいいいい――――♡♡ もうむり、ないちゃう、私この子のお姉ちゃんになりますっ……!」

「ななかさんっ、シュウくんのお姉ちゃんは私だよっ!」

「私ですーっ!! いろはさんにだってこの役目は渡しませんからーっ!」

 

 ひっしと抱きしめて乱心するななかの言葉を皮切りに、「それじゃあ私は長女でいい?」「私だってシュウさんにさなお姉ちゃんって呼んでもらいたいですっ!!」「俺がお姉ちゃんだぞっ!」と口々にいいだすみかづき荘の魔法少女たち。正直全員正気ではなかった。

 

 もしかして10年後(オレ)って学校にいるときよりモテモテなのかなと、自分を抱きしめる紅い髪のお姉ちゃんの柔らかい胸に頭を埋めながら横目で周りを見るシュウ。

 なんかめちゃくちゃでかくなったピンクな幼馴染、青に緑(見えてはいない)、金、紅――色とりどりの髪をした()()()()姉ちゃんたちが自分を取り合う状況には困惑もあるものの満更でもないという気持ちもないではないのだろうか。心なし静かになりつつも抱擁は大人しく受け止める彼は、慌ただしく玄関から駆け込んできた新たな気配に目線を向ける。

 

「また来た。今度は──、ぇ?」

「はっ、はっ……!ただいま!お兄ちゃんが小さくなったってホント⁉︎ どこに──わっわっわぁっ……本当にちっちゃくなって、可愛い⁉︎ えっえっ、どうしてー!?」

「……うい、もしかしてうい⁉︎ 本当に⁉︎」

 

 その姉妹の事を、シュウが間違うことはなかった。

 小走りでリビングまでやってきた少女、他と比べると小柄であるものの自分より頭ひとつふたつは大きい桃色の髪の女の子に目を見開いて起き上がったシュウはぴょんぴょんとテーブルを飛び越えういの前に着地する。

 

 えっ──。

 声を張り上げて自分のところに駆けつけた彼の様子に驚いたように瞬きしたうい。少女の顔をじいと見上げ、ぱくぱくと口を開いては唖然としたように彼女の姿を上から下まで眺めていた彼だったが──やがてその顔にあらんかぎりの笑顔を浮かべたシュウは、ちいさな手で引き寄せた少女の腰を掴むとそのまま勢いよく高い高いと持ち上げた。

 

「わっ、わわわわわっ」

「はははははっ、すごいすごいっ!うい本当にでっかくなってる!すっげえぇ!」

「え、ええお兄ちゃん⁉︎ きゃぁぁ、どうしたの⁉︎」

「どうしたのって!? あははっ、だって、だってさあっ、ういすっげえ元気じゃん! おっきくなったなあ! 見たらわかるもん、病気も治したんだろ! すっげえっ、がんばったなあ本当にえらい!がんばったなあ!!」

「──うんっ!」

 

 ──お兄ちゃんたちのおかげだよ!

 元気いっぱいになって喜びを爆発させたシュウと、彼の言葉に驚きを露わにしながらもはにかんだような笑顔を浮かべてしがみつくうい。そんな2人の姿をみてなにか思い当たったかのように「あっ……」と声をあげるいろはが思い返したのは、かつて学校で調子を崩したときに恋人と交わしたやりとりだった。

 

『いろは、落ち着いたか?』

『うん……。貧血みたい。ごめんね、授業なのにシュウくんまで抜けておぶってもらっちゃって……』

『良いんだよこのくらい。いろはの面倒みてる間俺ももサボれるしな、へへっ』

『もう。……授業前から、心配してくれてたよね。そういうのわかるの……?』

『見ればわかるよ。顔色とか、匂いとか、あと心臓の音とかさ。調子崩したりしてるやつって結構わかりやすいぞ。あーいろは昨日雨でずぶ濡れて風邪気味っぽいなーとか、ねむの喘息も結構収まってるし散歩連れてけそうだなぁとか』

『すごい、お医者さんみたい……!』

『柄じゃないなあ。俺身体動かす方が好きだし……』

 

 桂城シュウは16才。

 そして、今目の前にいるシュウは6才だ。彼が来たのがおよそ10年前だと考えれば、当時のういは2才……それも、身体の弱さが祟って本格的に病院で暮らすようになった頃合いだった。病に苦しむ彼女の姿を知る少年からすれば、いまの完全に快復して元気に駆けまわることもできる妹分の姿は衝撃だったのだろう。ういの頑張りを称えぐるぐると抱え上げた彼女ごと回転するシュウは心底からの喜びを露わにしていた。

 

「……いろは、もしかしてあの子の頃って……」

「はい。……シュウくんが引っ越してきて、1年した頃かなあ。ういの調子がかなり深刻だったのを、入院した頃から察してたみたいで……ずっと心配してくれて……」

 

 いろはと同様に背景をおよそ察したのか、声を潜めて問いかけるやちよに頷くいろはは穏やかに微笑みながら幼馴染と妹が戯れる姿を見つめる。

 目尻に浮かんだ涙を拭う少女は、笑い合う2人の顔を見つめ唇を震わせて呟いた。

 

「本当に……シュウくんなんだなあ」

 

 

 

 

 シュウにタイムスリップだとか、魔女だとか、魔法少女だとかいったものの説明をするのはそれほど難しくはなかった。

 なにしろ、シュウは幼少から人並み外れた――まだ6才児である以上腕力は流石に一般的な成人男性をやや越す程度に留まっているが――力を持ち余し、周囲とのふれあいではそれをセーブするために細心の注意を払っていた。そういうものを受け入れる下地はできていたのだろう。あっさりといろはたちを信じたシュウはそのままミラーズで保護、みかづき荘に連れ帰られて元の時間に戻るまでいろはたちと暮らすことに合意をして綺麗なお姉ちゃんたちと遊ぶ時間を楽しんでいた。

 

『……それで、やってきた6才のシュウは?』

「うい、灯花ちゃん、ねむちゃん……あとはフェリシアちゃんたちが外で見てくれてるよ。もうみんなすっかりお姉ちゃん気分で……シュウくんももう懐いてて、今頃鬼ごっことかして遊んでるんじゃないかな」

『かくれんぼだけはさせないようにしないとね。子どもの頃のシュウなら平気で他所の家に上がるくらいはするよ』

「えっ、いや流石にそれは……。あっ()()……」

『実家ならまだしも神浜の土地勘は流石にないだろうしね……。遊ぶときは公園から出たりしないように目を離さないでって伝えておきなさい』

 

 みかづき荘のリビングで座るいろはとそんな風にやりとりを交わすのは、机のうえに乗せられた黒猫のぬいぐるみ。……それに仕込まれた通信魔法を駆使して彼女と連絡を取り合う智江だった。

 携帯でのやりとりは、魔女やウワサの用いる魔力による干渉でいまいち安定しない。頻繁にミラーズに通い調査をする彼女の用意した使い魔を介してやりとりをするいろはは、鬼役になったいろはが半泣きになるまで捕まってくれなかった在りし日の恋人を思い浮かべて苦笑する。ミラーズで起きた異変以降真っ先に調査に乗り出して秘密基地に籠っていた老婆に、すっかり桂城シュウ6才児にメロメロになっていたななかもほんのりと口元を弛めながら声をかけた。

 

「智江さんも一度こちらにいらしたら如何ですか? いきなり未来の世界に放り出されたシュウさんも、ひとまず打ち解けてはいますけれどまだ右も左もわからないでしょうし……。家族の顔をみたら少しは安心できると思いますが」

『一等可愛い頃の孫の顔をみてやりたいのは山々だけれどねえ、流石にそれは都合が悪い。いろいろとリスクもある』

「……タイムパラドックス、みたいな……?」

 

 SFで出るような言葉だった。しかし現実に10年前のシュウが訪れてしまっている以上は冗談とも切り捨てることは叶わない。

 過去のシュウと未来の親類が顔を合わせることによる不都合――それこそ、かつてういが世界から抹消されかけたような事件に発展するのを想像しながら問いかけたいろはに対し、「いやそれはない」と黒猫ぬいぐるみはあっさりした調子で断言する。

 

『あの鏡が繋がっているのは並行世界だ。過去じゃあない』

「……? でも鏡から来たのは、6才のシュウくんだよ……?」

『どこかで分岐した世界ってことさ。今やってきているシュウの世界が私たちのものと同じというわけではない。その日のごはん、魔法少女の数、世界のどこかで起きている事件の違い……そんな些細なことで分岐した、この世界と似通った別の線っていうことなんだろうね。――少なくとも理恵が魔法少女になって無事にシュウを産み育てているのは確定、僥倖なことだよ』

「……?」

『向こうにいったシュウはきっと母親と接触して匿ってもらえているだろうってことだよ』

 

 ガタッと椅子を揺らして勢いよく立ついろは。血相を変えた彼女は半ば悲鳴のように老婆に問いかけた。

 

「シュウくんは10年前に行っちゃったってこと!?」

『恐らくね。あのとき見つかった合わせ鏡はひとつきり。なら繋がっている世界もひとつだ――。入れ替わり(シャッフリング)が発生した以上、シュウがいるのは幼いシュウの居た世界のどこか、そして直前にあの子が居た場所……多分私たちの家に現れたはずだよ』

 

 そして、向こうには理恵と智江がいる。10年前の時点なら――少なくともこちらでは、という話だが――2人はまだ現役だったはずだ。並行世界云々の事情こそ理解できずとも魔女の魔法だろうと勝手に察して『10年後のシュウ』を保護してくれるだろうことは想像がついた。

 

「そっか……。無事なら、よかった……」

 

 安堵を露わに息を吐く。肩をおろしたいろはに寄り添うようにななかが身を寄せるなか、ぬいぐるみの向こうで老婆が嘆息したようだった。

 

『問題は、入れ替わってるっていうことでね』

「?」

『さっきも言ったようにあの子が入れ替わった先は、似通った条件の並行世界だ。10年前ではあっても、()()()()()()()()()()()。向こうにいったシュウが例えば……この世界では死んでる魔法少女を助けたところでその子の死を前提とした諸々がこっちで消し飛ぶなんてことはない。けれど――そのままでは、()()()()

 

 コピーとは違うのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 シュウに憑けたウワサを用いた手繰り寄せ、元凶である『合わせ鏡』を補足しての入れ替わり(シャッフリング)の解消。手立てはないではない、シュウをこちらに呼び戻すだけならマギウスを動員して解析に挑めば数日でできるだろう。

 ――その先は、未知数だった。

 

『重要なのはタイミングだ。健在のシュウをふたり、対の鏡を用いてもう一度入れ替わりさせないとならない。もしシュウの方で勝手に合わせ鏡を探し出して戻って来ようとしてもダメだ、入れ替えなおすのは同時じゃないといけない。もし失敗したら――』

 

 理解の範疇を超えた、前代未聞の異常事態。それでもどうにか情報を受け止めようとする少女たちが真剣な表情で話を聞くのを眺めながら、老婆は淡々と告げる。

 

『――最悪、ふたりとも消滅する。シュウとどうにかコンタクトを取るのは必須として……元の世界に返すまで、やってきた子ども(シュウ)はなんとしても守らないとならないよ』

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一方。

 

「シュウ……おっきくなったねえ……でっか……」

「……あー」

 

 どんな顔すればいいんだろうな、と。五体満足の健康体な父が玄関で出迎えてくるのに、シュウはなんともいえない表情になりながらどうにか頷きだけは返す。

 玄関にあがればすぐに、美味しそうな揚げ物の匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「シュウとっととあがってー! 詳しい話は朝ご飯のあとで聞くから! 唐揚げでいいでしょ、おなか減ってないとかいったりしないよねー! いっぱい作っちゃったから食べてね!」

「……うん」

 

 キッチンからかけられる母の声。2階からは部屋着を着た老婆が階段を降りてきては尋常じゃなく成長した16歳児なシュウをみた途端に階段を転げ落ちかけ、慌てて駆けつけた彼の父親に支えられては心底驚いた様子で少年を眺める。

 なーお、と鳴き声をあげたのは老婆の飼う艶やかな毛並みのクロ。……シュウが10才になる頃には長めの寿命を全うして亡くなった筈の猫だった。

 

「……」

 

 くらくらと、崩れた足場から投げ出されたような不安感がある。

 

 どうしようもない拒否感、歓喜、哀愁、煩悶――ぐちゃぐちゃになった感情で胸も頭も痛かった。

 

 それでも、なんとか――言葉だけは、絞りだす。

 

 

「――ただいま」

 

 

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