環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
「シューーウーーくん♡」
「なーーぁーにぃ」
「えへへへ……。ねっねっ、肩車もう一回してっ。もう一回っ。……お願い♡」
「――しょうがないなぁ」
「わぁーーーいっ!」
……………………かっっっわいいなぁこの娘ッ!!!!
ギリギリと歯噛みしてだらしないにやけ顔を浮かべそうになるのを押し殺す。両腕で抱えあげての高い高いに喜ぶ桃色幼女を肩の上に乗せ、後頭部にしがみつかせながら家の中を歩きまわる。
ぐーんと高くなった視界にきゃーきゃーと声をあげる少女に高所への怯えはない。シュウが子どもの頃から肩車くらいはしていたが、一気に2m近くの視点になったのにも戸惑いもせずはしゃぐ様は10年後にも引けをとらない肝の据わり具合だった。
「えへへ、すっごい高い♪ ねっねっ、シュウくんお外でよ! みんなで遊ぼっ」
「いいか、いろは。……魔法は隠さないとだから、な?」
「……! うん、わかった!」
説明が楽だからとすっかり魔女役を押し付けられた老婆が苦笑しているのがみえた。ぶんぶんと自分の頭にしがみつきながら手を振るいろはに老婆が手を振り返すのを眺めながら、どうしたもんかな苦笑いを浮かべる。
小さな手を伸ばしては少年の額のあたりに位置取って身を支え、身を乗り出して少年の顔を見下ろしたいろはは満面の笑顔で声を張り上げた。
「ねっねっねっ! シュウくん教えて! 私とシュウくんいつ結婚したの!?」
「……」
どうしよっかこれ。
口元が僅かに引き攣る。先ほどからずっとこの調子のいろはにどこまで開示したものかと決めあぐねながら、シュウはうーんと唸り声をあげた。
(――従兄設定で乗り切れたらよかったんだがな……)
『シュウくんシュウくんっ、どうして大きくなってるの!?』
『いと、こ? ……え、でもシュウくんだよね?』
『……えぇーー、やっぱりおばあちゃんの魔法なんだ! え、え、もしかして――えぇぇ!?!? シュウくんっ、もしかしてその指輪――きゃあああ、私っシュウくんとけっこんしたのっっ!!?? きゃぁぁああああああ♡』
初手で本人だとバレ、誤魔化しも効かず、決めてと言わんばかりに婚約指輪に気付かれた。もうすっかり舞い上がったいろははといえばでかくなったシュウにも構わず幼馴染にべったりである。
まだどうにか通用しそうだった『瓜二つの従兄』設定をガン無視で未来から幼馴染がやってきたと過程も理屈もすっとばして9割正解の答えに行き着いたのは女の勘としか言えないのではなかろうか。コイツ10年前からとんでもないなと頭のうえのいろはを撫でながら呆れ半分に苦笑いするシュウは、慎重に言葉を選びながら幼女の疑問に応じた。
「結婚じゃなくて婚約。結婚する約束のことな。俺がな、18才になったら結婚するつもりではあるけど──」
「……? けっこんする約束なら、もうしてるでしょ?」
「あー、まあそういう時期だよな……」
シュウの記憶が確かならば、この頃合いといえば頻繁にいろはに大好きといったり将来結婚するだのといった約束を交わしていた筈だ、
子どもらしいといえばらしいだろうが、羞恥の欠如した幼心というのも厄介だった。何時頃から照れだして適切な距離感を推し量ろうとしだしたのだったか……。結局そのあとも中学生になる前には付き合いだしたしあんまり意味はなかった気もしないではない。
子どもの頃の口約束といえばそれまでではあるが、6才の幼馴染にそれはちょっと大人げない。幼少に交わした約束と
「シュウくんがくれたゆびわ私もってるよ! 取りに行ってくるね!」
「えっなにそれ」
降ろしてーとお願いされるのに従って肩車していた6才児を降ろすと、とてとて玄関に向かっていったいろはは「すぐもどるからー!」と扉をあけて飛び出していった。目を丸くしながらそれを見送った少年は、やがて腕を組んでは悩まし気に唸る。
ゆびわ……。指輪……? 俺が……? 6才の頃に……?
まったく覚えがなかった。アクセサリくらいならいろはが好きだったからと誕生日やらクリスマスやらを見計らって家族と一緒にプレゼントに選んだ記憶はあったが、指輪……。
うーんうーんと朧げな記憶を遡るシュウ。そんなひとり息子の様子をリビングに座って観察していた理恵はニヤニヤと笑いながら問いかけた。
「へー……? シュウ、いろはちゃんと婚約してたんだ?」
面倒なのに聞かれちゃったなあ……。
口元を引き攣らせる。にまにまと楽しそうに笑う母親はすっかり成長した16の息子を見上げ幼馴染との進展に対して随分と興味津々のようだった。
いろはの「10年後」に関しては魔法少女になっていることを明かしてしまっている時点で気にするだけ無駄だろう。少し悩みつつもこれといって問題はないだろうと判断したシュウは肩を竦めては理恵の言葉に答える。
「……まあ、うん。今年――中学校卒業してから、みっちりバイト入れて……溜めた金で、手頃な指輪を渡してさ。俺が18になったら結婚しよって約束した」
「………………………………はっっやいな~~~~、いろいろ段階飛び越してない?」
「そっかァ? まあ……世間一般じゃそうみえるかもだけど、きちんと諸々気遣いはしたぜ。実家にも挨拶したしさ。いろはの父さんからは
「はは。そっか。……泣いてたでしょ~? まだ保育園の頃だけどさ、おてて繋いでいろはちゃんと帰ってきたシュウが『いろはと結婚するー!』って言いだしたときとか環さんすごい泣いちゃってたんだよ?」
「それについては素直にごめんなさいなんだよなぁ……。呼び出されてOHANASHIもしたけどまあ最終的には娘さんを任せるって認めてもらえてよかったよ」
──母さんと話していると、少し饒舌になってしまって困った。
楽しいのはいいが、気を抜いてしまえばうっかり知られたくないことまで仄めかしてしまいそうで怖いものがある。魔女化に言及することこそ流石にないとはいえ、ふとした失言から芋づる式に10年後の現状を悟られるのは避けたい、が……。
「そっか。ねっシュウ。いろはちゃんどんな子になってるのかな」
「……いい子だよ。俺にはもったいないくらい――」
「シュウくんお待たせ──!」
扉を開けて駆け込んできた桃色の幼女。抱擁をせがんで口元を弛ませるシュウに抱き上げられた彼女は、ぎゅーと自分を持ち上げる少年にしがみつきながら手に持っていた小箱を見せる。
「みてみてっ、これ私の宝物箱!これにねっ……はいっ! シュウくんがくれた指輪だよ!」
「ほ、おー……」
中から取り出された、幼いいろはの指でようやくはまりそうなくらいのこぢんまりとした指輪。リングは濃いピンク色のプラスチック、中心に嵌めこまれたごてごてした紅い宝石部分は子どもからすれば本物のルビーにも見えるものなのかもしれない。
誕生日だかクリスマスだかに、いくつかのアクセサリーと一緒に渡したような。記憶にあるような、ないような。いつ渡したかも曖昧な玩具の指輪をえへへーと笑顔で見せてくるいろはになんともいえない表情をするシュウは、ふといろはのもっていた小箱に目を留めると目を丸くした。
「……これは……?」
「えへへっ、これねこれねっ! 私の大切なものをいれた宝物箱なんだよ! シュウくんがくれたもの、お母さんやお父さんががくれたもの、ぜーんぶ大切にしまってるの! これはアクセサリー入れ!」
「なるほど、なあ……。アクセサリー、かあ……」
えへへーとしがみついてくるいろはに応え抱擁を返しながら、少年は彼女の持っていた小箱に意識を向ける。
何の変哲もない、女の子向けらしく可愛らしい装飾の小箱だ。
ピンク色、銀色の装飾、ハート状の留め金。どことなく既視感を覚えさせる見た目のそれに引っかかったところを覚えて思いをはせる彼は、脳裏をよぎった記憶に「あ」と声をあげた。
――確か。みかづき荘に引っ越しするタイミングで持ち出した荷物に、同じようなものがいくつか紛れていたような……。
(いやあ、まさかな……)
流石に、10年前のプレゼントだ。子どもの頃の贈り物だ。実際チョイスもガキっぽいし『これ可愛いしいろは喜ぶかな!』程度の気持ちであげたものなんていくらでもある。
10年たっても変わらずプレゼントを大切にされてても恥ずかしいし、気のせいだとは思いたい、のだが――。
(――まさかなあ)
「えへへー。……じゃーんっ!」
「あーっ、これ! いろはが6才になったときプレゼントしたやつー!」
「シュウくんからもらったものや、お父さんお母さん、ういからのプレゼントは宝物箱にいれてずーっと……大切にしてるんだよ! もう指輪は入らなくなっちゃったけど……。でも、シュウくんがこれをくれたときすっごく……すっっっごく、嬉しかったなあ……。えへへっ」
「へへっ。……じゃあさっ、
「えー? 将来のことあんまり教えちゃうのは……うーーん……」
「いろはがアイドルになってんのは教えてくれたじゃーん!」
「それとこれとは、別、というか……。きちんとシュウくんに選んでもらったのが嬉しいから……えへへっ……」
「ちっちゃいお兄さまにすら惚気てる……」
「まさかとは思うけど今も引っ張り出して自慢とかしたりしてないだろうな……」
「?」
「いや……。なんでもないよ」
大切にしてもらえているなら嬉しいと思わないでもないが……流石に10年前のプレゼントで未だにきゃいきゃいと喜ばれたりされるのを想像するとまあまあ気恥ずかしいもののある男心があった。
きょとんとするいろはの頭を撫でて微笑みかけるとほんのりと頬を赤らめはにかんだ笑顔になっては撫でる掌に顔を寄せてくる。
「えへへ……。シュウくんのおてて、すっごいおっきくなってる……あったかくて好き……」
「そう? ――こっちはちんまくてちょっと心配になって来るけどな……」
6才の女の子ってこんなだったかなと、腕と掌から伝わる小さな身体の感触に初めてういを抱っこしたときのおっかなびっくりとした気持ちを思い出す。少しでも力加減を誤れば壊れてしまうのではないかと感じるほどの柔く、細い身体を抱きながら苦笑いを浮かべるシュウは、そこでガチャリと開かれた玄関の扉に目線を向けた。
「あ、智江さんお帰りー」
「ただいま。……あらら、いろはちゃんたらすっかりメロメロになっちゃって。シュウの色気にやられちゃったかい?」
「ねー? おっきくなったかと思えばすっかり女誑しのオーラを漂わせちゃってさぁー。お母さんもーシュウの将来が不安で不安で……」
「よしてくれよ婆ちゃんも母さんも……」
いつの間にか外に出ていた老婆はリビングに戻るとよっこいしょと年寄りらしい声をあげて座る。いろはとじゃれあうシュウの方を向いた智江はにこやかな表情で声をかけた。
「シュウ、ご近所さんには最低限根回しを済ませておいたからもう出歩いてもいいよ。今から貴方は少しの間遊びに来たシュウの従兄だよ。顔こそ瓜二つではあるけど今の貴方なら血縁関係があるってだけ理由づけすれば十分周りに通用するでしょう」
「おー、ありがとう婆ちゃん助かるよ」
「……シュウくん、もうお外行けるの!? わっじゃあ行こう行こう! シュウくんと遊びたい!」
「そっかあ、何して遊ぶ?」
「おままごと! シュウくんがパパでね、私がママになるの! ういは……赤ちゃん? うーんういが退院できたら遊びたいなあ……」
「……そうだな」
――元気になれるさ、きっとな。
そう言ってやりたいのは山々だった。妹が病弱の身のいろはを安心させてやれるならどんなによかったか。
けれど、それは。ういが治ると軽率に伝えるのは。どうしたら治るのかを教えてしまうのは。
まだ6才のいろはが魔法少女になる路線を確定させてしまうのに、一歩間違えれば惨たる末路を辿る世界に足を踏み入れさせてしまうのに等しい言葉だ。
かといって、いろはが15になる頃に魔法少女になれていなければ。ういたちは、恐らく――。
「……難しいよなあ」
「?」
「いや……。なんでもない。いこっか、いろは」
「うんっ!」
少女を肩車するシュウが家を出ていく。
その様子を穏やかな表情で見送っていた理恵は、小さく息をつきながら座り込む。
隣に座る老婆は、口元を弛めながら彼女を見ていた。
「元気そうでよかったじゃないか」
「……そうだね」
「シュウが16才、か。……本当に、大きくなったねえ。立派に育ったもんだよ。……まああの調子じゃ、周りの魔法少女も放っておかないだろうねえ。いろはちゃんは大変だ」
「……私と、お父さんの子どもだものね。そりゃあ、モテるだろうなあ……」
「……ひひっ。あの調子じゃあねえ……。もしかしたら10年、11年後には理恵も孫の顔をみることになるんじゃないかい? 理恵もシュウを妊娠したときはかなり近い年頃だったでしょう」
「いや……。私はもう少し、落ち着いてたわよ。シュウを産む頃には父さんだって就職してたし……」
「……ね、お婆ちゃん」
「うん?」
「私、本当に――きちんと……。……ううん、なんでもない」
「……気を強く持ちなさいな。シュウの言葉は本当で、向こうに行った
「……」
「ま、私のことはあんまり期待できないけどね。私は魔女にならないけど無理をしすぎてる、10年も過ぎたらソウルジェムも勝手に自壊しちゃうんじゃないかねえ」
「……曾孫の顔を見るまでは頑張ろうよ」
「ひひっ」
「……そうだねえ、いろはちゃんの大きくなった姿も、ウェディングドレスも……シュウの立派な大人になった姿も、見てみたいからねえ」