環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
『ほんっっとお前……おまっ……、馬鹿な奴だな……』
大喧嘩をしたときにも見なかったような呆れ顔で私を見て、シュウくんは唸ってた。
私の渡したソウルジェムをおっかなびっくり握りながら、信じられないものを見る目で凝視してくるシュウくんに身を縮める。これといって自分が間違った選択をしたつもりはなかったけれど、それでもシュウくんの呆れと怒りは察してしまえたからプロポーズをしてくれた歓喜もほんの少しだけ忘れて竦んでしまう。
そんな私を見つめながらわなわなと震え口元を引き攣らせるシュウくんの姿は、傍目に見ても動揺しているようだった。
『お前ほんっっと…………馬鹿だなあ』
心の底から絞り出したような、呆れの声。
『マージで信じらんねえんだけど。正気かお前? ソウルジェムを預かって欲しいってさ、意味をわかって言ってるんだよね? ……うんじゃないよ即答すんなわかってない方がまだマシなんだよ馬鹿がよ……』
勿論、わかってる。
誰かにソウルジェムを預けることは、文字通りの意味で生命与奪を握られることに等しいということも。預けた相手にその気がなくてももし何かしらの事故でソウルジェムが砕けてしまえば即座に私が死んでしまうことも。ソウルジェムと肉体の繋がりが絶たれるくらいに離れてしまえば、その瞬間ばったり倒れて死んでしまうことも。
……わかってたけど、
『いろは?? ついって言った?? ついって言った???? お前の魂だぞこれ????』
でも、気持ちは本当だから。シュウくんに持ってもらえるのなら、こんなに安心することはないし……。……シュウくんが迷惑じゃなかったら、私の魂、受け取って欲しいな……。
『めっっっっちゃ迷惑なんだけど……』
『………………あぁぁぁもうしょうがないなあ。しゃーないもらってやるよお前の人生預かんのも魂預かんのも似たようなもん――いやそんなことはねえからな?? お前これを俺が返すってことはよほどの緊急時かガチでお前に愛想尽きたってことだからな?? お前が返して欲しいっていっても別れたいっていっても絶対に離したりしないからな?? 覚悟しろよお前馬鹿野郎……なんでここまで言われてちょっと嬉しそうなのお前……』
女性関係の悪評が絶えないせいか、シュウくんがだらしない印象でみられることは多いけど。
本当は私の方がよっぽど無茶なお願いをしたりたくさん頼らせてもらったりして甘えたおしていることは、意外と知られてはいない。
『……ま、お前の信頼には応えてやるよ。預かるからにはこのソウルジェムには傷ひとつつけさせはしないさ。……何かあったら返すかもだけどな』
『……ずっとシュウくんが持ってくれててもいいんだよ?』
『はっ、ソウルジェム持った俺が数十メートル離れたら死ぬって状況で魂預けてくる馬鹿に返却拒否の権利があると思うなよ』
『ごめんなさい……』
***
ちいさな桃色の宝石を軽く持ち上げ、頭上にかざす。
陽光を反射してきらりと輝く宝石は、けれどその中心部を僅かにくすませていた。
「……はぁ」
思わずため息が溢れる。
ベンチに座って自分のソウルジェムを見つめるいろはが回顧するのは、今も薬指に嵌める指輪を渡されたときにソウルジェムを預かってくれた婚約者とのやりとり。あれから自分の魂を肌身離さず身に着けてくれていた彼は、今はもういない。
憂いを秘めた瞳で寂し気にする少女の横から、悪戯っぽく目元を細めてはななかが声をかけた。
「シュウさんのこと考えてるんですか?」
「……ななかさんはお見通しだね」
「貴方がそんな顔をするなんてあのひとのことくらいでしょう」
「そうかな。……そうかも」
こてんと首を傾げ頭を隣の婚約者に乗せる。もたれかかるようにその肩に頭を寄せ甘えるいろはの髪を撫でながら、紅の少女はくすくすと微笑んだ。
「まだシュウさんが行っちゃって3時間くらいですよ?」
「3時間シュウくんと逢えてない……」
「もう欠乏症になってる……。小さいシュウさんがいるじゃないですか……」
「6才のシュウくんとななかさんが居てくれなかったら私ソウルジェム真っ黒になってたかもしれない……」
「いろはさん……」
残念なものをみる目になるななかの視線に、気まずそうな顔になるいろははそっと目を逸らした。
「だ、だって、プロポーズされてからはずっと魂はシュウくんが持っててくれてたから、いつだって一緒だって、私のぜんぶをシュウくんに預かってもらってるんだって感じられたのに……。シュウくんにはソウルジェム返されちゃったし、小さなシュウくんには……距離を取られちゃったし……」
「あまり可愛いと言われるのも男の子は恥ずかしいのかもしれませんね。……私も気を付けなければ。いろはさんの尊い犠牲を無駄にはしません」
「ななかさん?」
……実のところを言うならば、みかづき荘にやってきた小さなシュウとさえいろはは満足に触れ合えてない。可愛い可愛いと1時間ほど密着していたら顔を赤くする少年に『あんまべたべたくっついてくんなっ!』と怒られ距離を取られてしまったいろははあっという間に幼馴染欠乏症に陥ってしまっていた。
ちょっぴり涙目のいろはに睨まれながらクスクスと微笑んでその頭を撫でる紅髪の少女の視線の先、年上の少女たちに包囲されるなかで小柄な少年がからからと笑って駆けまわる。
「よーっしお兄さま捕まえ……わわわっ!?」
「はははっ、トロいトローい! どーだマリオジャンプ! 結構似てるでしょ!」
「な、なんなのその変な動きーー!」
「はぁっ、はぁぁ。あ、あーもう、あとはお兄ちゃんひとりだけなのにー! 全然捕まってくれないー!」
ぴょーんぴょーんと片腕を天に突き上げながらの跳躍を繰り返して迫る少女たちを躱していく黒髪の少年の小馬鹿にしたような笑い声にあとほんの少しのところを取り逃した灯花が地団駄を踏む。息を荒げるういも歯噛みするなかで悠々と駆け寄るフェリシアをかわしたシュウはあたりを跳ねまわるような動きで少女たちを翻弄し距離を取った。
「へへへっ、みんな早いっちゃ早いけどたいしたことないねー! オレの勝ちでいい? オレの勝ちでいい? ――おっと!」
「ああもーチクショウ! ちょこまかしやがって!」
「へっへーっ、遅い遅ーい!」
みかづき荘近隣の区域にある公園。ねむの設置したウワサによって空間を拡張され、認識阻害によってある程度『全力』を出せる環境を用意された広場でシュウと魔法少女たちが勢いよく駆けずりまわる。
既にシュウ以外の全員が鬼となった増え鬼、最年少のういたちですら常人を置き去りにする脚力を発揮する魔法少女たちに囲まれ追い回される6才児だったが、少女たちの腕をかいくぐっては最高速で置き去りにし、時にはその小柄さを活かして地を滑るようにして股下を通り抜ける彼の機敏さは数の不利をものともしない。うがーと声をあげて前方から迫るフェリシアをフェイントで翻弄しすりぬけた彼はひとっとびで樹の上に登ると余裕しゃくしゃくの表情で自分を追う魔法少女たちを見下ろし満面の笑顔を浮かべていた。
「……早いですね、シュウさん。流石に風を使われたら最高速度では劣るかもしれませんが、もしかしたら純粋な機敏さでは
「凄いよね。身軽だからかな……? そっか、あの頃からパワーは凄かったけど……本気でかけっこしたらあんな感じなんだ……」
シュウくん、楽しそう。
ぽつりと呟く声にななかが目線を向ければ、柔和な笑みを浮かべる桃色の少女。穏やかに目元を弛めた彼女の瞳は嬉しそうに、懐かしそうに、そしてほんの少しだけ憂いを秘めて楽しげに遊ぶ幼馴染の姿をじいと見つめていた。
「私たちが小さい頃、鬼ごっこもサッカーもよくみんなでやってたけど……シュウくん、きっと学校や普段通う公園じゃ本気を出して遊ぶなんてできてなかったから。今みたいに、飛んで跳ねて全力で遊ぶことができたことなんて……きっと、なかったんじゃないかなって思う。あんな風にスピードを出してたら周りの子どもは絶対に追いつけないし、もしかしたら途中で挫けて泣いちゃうかもしれないし……」
「……シュウさん、優しいですからね」
「ねっ」
「ふふっ、でもあのひと好きな娘に意地悪したがるところちょっとあると思うんですよね。いろはさんは小さな頃とか泣かされたりしませんでしたか?」
「……確かにそういうところはあるけど……。あの頃だと、んーー、かくれんぼでシュウくん探して木の上登ったら降りられなくて泣いちゃったりとか……?」
「ぜんぜん意地悪してない。それ絶対シュウさんがすぐ気付いて抱っこして降ろしてくれたやつじゃないですか……、よけい好きになっちゃうやつじゃないですか……」
「なんでわかるの……? 話したことあったっけ……」
このひとも大概猪みたいに突っ走るタイプだからなあ……。なんてことは思っても口にしない配慮はななかも十分に持ち合わせていた。ふたりのことをずっと見てたら想像もつきますよとだけ嘯いて笑うななかにいろははきょとんと目を丸くする。
広場の向こうで、とうとう泣きの入ったういが声をはりあげて2人に呼びかけた。
「お姉ちゃん、ななかさーんっ! こっちに来てーっ、お兄ちゃん捕まえられないよー!」
「もう私どろんこなんだけど! もう許さないよお兄さまっ、お姉さまさえ来たならこっちのものなんだから!」
「えぇいろはがぁ? ハハハハッ、いくら大きくなってもいろはじゃ無理だって! もしいろはがオレを捕まえられたら
けらけらと笑いながら疾走していたシュウの言葉が止まる。
その瞬間、視覚や聴覚、嗅覚に依らぬ第六感で彼が感じ取ったのは10年で大きく成長を遂げた幼馴染がゆらりと立ち上がって纏ったナニカの気配――ゆらりとベンチから腰をあげて変身、羽織っていたフードを脱ぎ捨てたかと思えばその身のうえに更なる『力』を纏ったいろはは可憐な白いドレスを纏いギラリと光る眼光を伴って少年を凝視した。
その隣では、ななかがやれやれと首を振って苦笑していた。
「――シュウくん」
「……何アレ?」
「桜子ちゃん。ええとウワサっていうんだけど、お姉ちゃんと一番相性がよくて――」
「うわー、いろはちゃん本気だぁ……」
「いやいや待っ」
ゴッッッ
その瞬間少年がそれに反応できたのは、音に近い速度でいろはが駆けたことによる空気の悲鳴がその動きを先んじて伝えたからだ。
ほとんど反射の反応で身を屈めた少年の上体があったところを手が空ぶる。両腕でホールドしようとしてきた腕をかいくぐって全力で距離を取り後退したシュウは、総身を戦慄かせる未知の感覚に震えながらいろはを見つめた。
「……本気だったんだけどな。やっぱりシュウくんってすごいね」
「待って待て待て待てはっっや、話が違くない? いろは? いろは?」
シュウくん――ひとつだけ、お願いがあります。
気合は十分。初手から全力。モチベーションは200%。
恋人がミラーズで消えてしまった消沈も忘れ、充溢する必勝の意志で圧倒的なスペックを叩き出すいろははきらきらとその瞳を輝かせながら宣告する。
「私がシュウくんを捕まえたら――今日は一緒に、お風呂入ろう!!」
「ず、ズルい! 私もお兄ちゃんとお風呂入る!」
「私もー!」
「?????」
いや別にいいけど、そういいそうになった少年は爛々とその目を輝かすいろはの姿に危機感を剥きだしにして身構える。
なんかオレしたっけ? どんな話の流れだったんだっけ? そんな疑問を投げ捨て眼前のやべーのに対する全力の警戒をするシュウは腰を落とし、桜の精のような姿のいろはの一挙一動に注意を払いながらどんな動作にも対応できるよう身構える。
「行くよ、シュウくん……!」
――やべえ、なんかわからんけど食われる……!!
未知の脅威に対する危機感、全霊で集中しいろはへの警戒にあたるシュウ。
まだ6才の彼には、その状態で気配を押し殺し近付く魔法少女に気付くことはできなかった。
「――つかまえっ、たっ!」
ぎゅっ。
「あっ」
「あっ」
「えへへ……」
後頭部に押し当てられる柔らかな膨らみと温もり。はにかみながらシュウの小さな身体をぎゅうと抱擁するさなに緊張が解け脱力する少年は、へたりこみそうな心地になりながら息を吐いた。
「――あ~あ、敗けちゃったなあ……」
でも――楽しかった。
はあと息を吐きながら、けれどその顔は満足感に満ちたもので。
一方、なんでも権を逃したいろはは変身を解きがくりと膝を突いていた。
「……シュウくんとべったりするチャンスが……」
「いろはちゃん、流石に6才は食べたらダメだよ……」
「シュウのこととなるとホント馬鹿になるよないろは……」
「鶴乃ちゃん、フェリシアちゃぁん……」
私流石にそんなやらしくないもんといろはの抗議する姿を尻目に、やったー勝ったぁとハイタッチを交わすういと灯花。高見の見物を決め込んでいたねむがウワサによる改変を解除して近づくと――3人はすぐさま作戦会議を始める。
――お風呂どうする?
――流石にどろんこなのはどうにかしないとだしね。あと小さくなったお兄さまとお風呂入りたい。
――みかづき荘のは流石に狭くなっちゃう、場所は僕らの
――お姉ちゃん敗けちゃったけどどうしよう……。
――みんな汗まみれどろんこだよ。お風呂に直行は合理的な判断だ。七海やちよと智江お婆さんには僕が連絡しよう。
――じゃあそれでいこう! みんなで洗いっこしよ!
幼馴染による無音のやりとり。笑顔で合意を取り合った少女たちはすぐさま準備に取り掛かる。
「それじゃあみんな行こう! えへへ、お兄ちゃんは初めてだよね――マギウス温泉!」
マギウス温泉。
それは多忙を極めたシュウのためにねむが建てた、秘密の温泉旅館である。
次回は現在と過去で不健全バトルやるかもしれない