環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
抜き足、差し足、忍び足。
布団から抜け、部屋の扉まで音もなく歩き廊下へ出るまでの動きに淀みはない。消灯した部屋でちらりと背後を振り返り、穏やかな寝息をたてて眠るいろはの寝顔をしっかりと網膜に焼きつけた俺はそのまま階段を降りていく。
母さんや婆ちゃんとリビングで机に座っていた父さんは、降りてきた俺に気付くとふんわりとした笑顔を浮かべて声をかけてきた。
「いろははもう寝たのかい?」
「すやすやだよ。いっぱい遊んだからだろうな。……あの年頃の子どもって心臓にエンジンでも積んでんのかってくらい元気だったのをすっかり忘れてたよ」
「あははっ、シュウがそれを言うー? 6才の頃のあなたなんて他の子とは比べものにならない暴走列車だよ?」
「そんなだっけ……? んー、まあ確かに旅行先で山に行ったときとかは鹿とか捕まえたり『沈むより先に足を出して水面走れるか』とか特訓したりもした記憶があるけど……」
「いや、こないだシュウが捕まえたのは鹿じゃなくてタヌキだったよ」
「そっちか、覚えてるわ。飼いたくてめちゃくちゃごねたよなぁ懐かしい」
「こっちにとっては先月の話だけどねえ」
家族と思い出話をしながらどっかと席に座る俺は、こちらの方を見ながら苦笑する父さんと婆ちゃんの顔を見ながらぼんやりと天井を見上げる。
――俺にとってはガキの頃の遠い記憶でも、いろはや父さんたちには最近のことか。
別段、俺としては母さんの魔女化まわりを隠し通せさえすれば不都合はないが。口裏を合わせやすくするためにも、そのあたりの記憶の差異もある程度は意識していく方がいいかもしれない。
時刻は10時。
思えば、いろはと遊びたおしていたこともあって話し合いらしい話し合いもいまいちできてはいなかった。風呂と夜飯を済ませ、ついでに歯磨きまで手伝ったいろはを寝かしつけた俺はリビングで待っていた母さんたちのところに戻り情報交換を始める。
「えーーっとどこまで話してたっけ? 鏡の魔女の痕跡を探って6才の俺も合わせて元の世界に戻るって話はしたよな?」
「いろはちゃんと婚約してるって話は聞いたね」
「私それもうちょっと詳しく聞きたいなぁ~。……ねっ、もしかして私もうお婆ちゃんになっちゃってたりする?」
「……」
「えっじゃあ僕はお爺ちゃんか……」
「気が早いそこらへんちゃんと俺が就職してからの予定だから! ……一応はその予定だから」
「へ~~~~~~~~~~~~??」
「できるようなことをした覚えがありそうな顔だねェ……」
やかましいわ。
物凄くニヤニヤとしだす女2人に眉間がぴくつく。とはいえ俺も伊達に1年以上魔法少女に囲まれて黒一点してない、女の大好きな姦しい話題に持ち込まれたときのあしらい方についても多少の心得はある。
コツはある程度ノリに付き合ってやった頃合いに面白そうな話題をそれとなく仄めかし『話したくないこと*1』への追及を受ける前に乗り換えてやることだ。恋バナと甘いものと推しのアイドルを前にした奴らは餌に群がる魚みたいなもんだから美味しそうなネタさえあれば割と誘導は簡単であったりする。
なお女どもによるガチ追及の対象ががっつりソレであった場合話題を変えるのはほぼ不可能になってくるので逃走が択として浮上してくる。これはまあ問題を後回しにしているだけなんだがそもそもが男にはかなり分が悪い戦いなので仕方ないんだ……。コミュニケーションは腕力では解決できねえから……。
「まあ……恋人がやるようなことはひととおりやってるってことだよ。仮にも向こう側じゃいろはとは付き合って4、5年にもなってくるしな」
「うーん、昨日までは6才児だった息子の口から飛び出すものと思えなくてちょっと頭が混乱してくるな……」
「ねっ、シュウシュウ。まず聞きたいんだけどさ……いろはちゃんのこと壊しちゃってない? 泣かせてない? ちゃんと女の子の身体に優しくできてる?」
「息子のことなんだと思ってんの母さん?? 全力で優しくしてるに決まってんだろうっかりでいろはの骨折るとか絶対ごめんだからな」
(いやまあ確かに泣かせてはいるが……)
(泣かせてはいそう)
(泣かせてるんだろうねぇ、ちょっと悪い男の顔になっちゃってるし……)
(泣かせてるし多分めちゃくちゃにされてるんだろうなぁ将来のいろはちゃん。今の時点でもううちの子のことしか目に入ってないくらいだしずっとメロメロなんだろなあ)
……多少ハッタリかましてると受け取ってもらえてもよかった気はするが、なんか普通に察されてる感じが出てきてる。
感慨深さと微笑ましさの混ざったような視線が刺さってくるのを感じながらごほんと咳ばらいをひとつ。なに笑ってんだとニヤニヤしてる母さんを睨むが、記憶にあるより随分とイキイキした顔をする23才はといえば俺の反駁を受けながらちっとも気にする素振りもみせずに目元を弛めて、すごく穏やかな顔で、
「いやぁ、魔法少女のことを知っていろはちゃんたちと一緒に戦ってるって聞いて、10年後にゃ随分とイイ男になってるもんだからもしかしたら好き放題女の子ひっかけて遊んじゃってるのかなあって心配してたんだけど……ちゃんと仲が良さそうで安心――」
言いやがった。
「……………………………………おう、俺一途だからな」
「お、さてはがっつりヤってんな? 相当悪い意味でいろはちゃん泣かせたな? シュウが魔法少女のこと知って助け出したらアホみたいにモテそうだなとは思ってたんだだけど案の定か……」
「ちっ、ちげーしっ! かなりモテてるのは事実だけど遊んでたりはしねーから!! マジだって、俺だって下手に周りの娘悲しませて魔女化させるリスクなんか背負ったりしねーもん!!」
「どう思う」
「嘘は言ってなさそうだけどねえ……」
「……『遊び』でない娘が居るとしたら?」
「父さんヘルプ、父さん? こっち見ろよ父さん、助けてって」
「……任せろシュウ、父さんはもう環さんたちと手を出した相手のご両親に頭を下げに行く覚悟は決めたからな」
そんなに俺に対する信用ないのかと抗議したら『苦痛ばっかの魔法少女が救けてくれる男と逢えたときどんだけ好きになっちゃうのか解ってるからシュウがモテない理由ないと思ってたよ』『そもそもシュウ自分の事大好きな相手に対して結構ちょろいでしょ、関係出来たらだいぶズルズルいってんじゃない?』と平然とした顔で返された。
流石に諸々の配慮で*2ななかの名前まで詮索されるのは回避できたが途中から当たり前のように俺が何人も女の子誑かしてると断定されてたのは納得いかねェ……。
ひとつ屋根の下で暮らしてても文句ひとつ言ってこないみかづき荘のみんなは普通に俺の事好きだろうとは思うけどあくまで家族の延長線だし! ういねむ灯花は最近すっごい俺の事好き好きって言ってきたり誘惑してきたり俺もめっちゃ大好きだけどあくまで妹であって! レナだって友達だから! カミハマギカのと同じくらいの時期にできた俺のファンクラブはガチ恋してきてるのが結構居るって噂だけど俺は認知しねぇからな絶対!*3
ななか? ななかはまあうんバレたなら言い訳しねぇようん……。今更あいつと離れるのとかちょっと想像したくねえからいろはとも相談しての
「婚約者が二人か……。シュウも随分やるねぇ、普通破綻するよそんなの。ああでも魔法少女なら命を預けあって戦う機会もあるだろうしそれぞれ信頼関係は醸成されてるのかな?」
「まあいろはとも凄く仲はいいよ。……一時期いろはと喧嘩別れしかけた時期があったんだけどその間にめちゃくちゃ仲良しになってたんだよなぁ」
「シュウ。……関係のある娘同士で結束強められたらもうそれ尻に敷かれる未来しかないよ」
「……」
否めねぇ……。
いまやことあらばべったりくっついてちょっぴり妬ましくなるくらいイチャイチャしたりしてるとこのある婚約者たちの結束力を思い出しちょっと遠い目になっていると、息子のやらかしが発覚した直後でも穏やかに微笑む胆力をみせる父さんが笑いながら声をかけてきた。
「それにしてもいろはちゃんとシュウってケンカとかするんだねぇ。結構意外な気がするよ。会ってからの1年ケンカしてんのとか見たことないし、一体なにやったんだい?」
「俺が原因みたいなこと言うのやめてくんね? まあ……中3の頃やった大喧嘩は10割俺が悪かったわけだけどさ……」
「じゃあシュウじゃないかい」
「……」
何も知らない顔でからからと笑う婆ちゃんの顔をみていると無性に「問題をややこしくした一因は婆ちゃんじゃねえか」と抗議してやりたくもなったが──それをここにいる婆ちゃんにぶつけても仕方ないと思い直し嘆息。
そろそろ『ねえねえ他の娘はどうなの⁉︎』とか言い出してきそうな気配の母さんをどう誤魔化したもんかと頭を悩ませていると……ピリッと、背筋の逆立つような感覚と共に知覚した気配。
がたっと席を立った俺に、きょとんとした顔になった家族からの視線が集中した。
「シュウ?」
「魔女の気配がした。ちょっと狩りに行ってくるわ、帰りアイスかなんか買ってこようか?」
「そんなちょっとタバコ吸ってくるみたいに」
「……本当に? 私なんもわかんなかったけど……」
「1キロくらい向こうだと思うんだよな多分。えーと……飲み屋とか焼き鳥屋ある方の通りじゃない? まあサクっと倒して帰ってくるよ、グリーフシードも拾えたら拾っとくから」
そう言い残し玄関へ足を向けると、頭のなかに響く声。
こちらの世界に来てからは
――
――いや、
ねむに貰ったペンダントの収納機能に、必要な武装は粗方そろっている。
我が家には魔法少女(成人)が2人いる、急所破壊を避けつつ確保しなければいけないのは手間だったが補給用のグリーフシードは元の世界に帰るまで匿ってもらう間の手土産としては悪くない部類だろう。
武装には多少縛りを入れなければならないとはいえ、宝崎市の魔女は神浜と比べだいぶやりやすい部類ではある。使い魔の数次第ではあるが30分もあれば掃討を済ませた後に適当にアイスやらデザートやらを買って帰ってくることくらいはできるだろう。
そのつもりだった、のだが――。
「……なんで来てんの母さん」
「なんで、じゃないでしょーっ。シュウってば! 魔女退治の経験がどれだけあるかは知らないけど――」
「今週だけで20体くらいは狩ったかな。……あっ、その数周りが魔女化してるわけじゃないからそんな顔しないでいいよ。こみいった説明ははぶくけど鏡の魔女の結界でぞろぞろ魔女が増えてさ、俺がこっちにやってきたのと似たような流れで魔女が集まってたみたいなんだよ。その原因になってたところもほとんど破壊は済ませてるから」
「……さっきは流したけど、そんな魔女聞いたことないよ。シュウといろはちゃんたちってそんなの相手して平気なの……?」
「どうだろ、平気ではないかもな」
――ま、皆と一緒ならどうとでもできるさ。
「……」
何の気なしに言った他愛もない言葉だったが、母さんの印象は違ったらしい。
少し黙ったかと思えば「シュウ」と呼んできたのに振り返ると、ちょっとだけ寂しそうに、だけどそれよりずっと嬉しそうに笑う母さんは柔らかな瞳で俺を見つめていた。
「素敵な友達に逢えたんだね」
「まあね。本当に頼れる仲間だよ。ちょっと危なっかしいとこもあるけどな」
「シュウは……シュウは、幸せ?」
「……」
「…………………………そうだな。うん、幸せだよ。本当に」
嘘ではない。断じて。誓ってもいい。
けれど、当たり前のように即答することができなかった理由が、あるとするなら――。
「……あっ、結界みつけた。なあ母さん、マジでもう帰ってもいいんだけど本当に来るの? 俺の仲間に最近成人した魔法少女2人いるんだけど片方結構がっつり衰えちゃってるんだよな、23才じゃ猶更きつくない?」
「え? いや平気平気。うちの守りを誰が固めてきたと思ってんの、流石に若い頃ほどじゃないけど自前の強化で多少は――シュウ? 今のシュウの目お婆ちゃん労わる目つきと大差ないよ? シュウ?」
「あといま気づいたんだけど母親の魔法少女衣装とか正直見たくないしきっつ」
「なんでよ! 普通でしょ、ほら!!」
――まあ、そうだろうなとはわかっていたが。
――実際に変身までされてしまうと、本当に母さんって魔法少女だったのだなぁと。変な実感が今更ながらに沸いてきてしまった。
ぱっと変身を遂げた母さんが身に纏うのは白と赤を基調とした和装。背まで伸びる綺麗な黒い髪は頭で結わえられ、ほら見なさいとくるりと回ればしゃらんと身に着ける祭具の鈴の音が鳴った。
魔女と戦うにはやや無防備なのは魔法少女共通の要素であるにしても、露骨に肌が出てるとか、身体のラインがぴっちりと浮き出てしまっているとか、年不相応のヒラヒラフリフリだとかいった問題点もない。母さんの変身をまえについ身構えてしまっていた俺は緊張を解くとはあと安堵の息を吐く。
「いろはややちよさんみたいなふざけた格好を母さんがしてたらどうしようかと……」
「まあ心配してたことはなんとなく想像つくけど……いろはちゃんはどんな衣装してるの?」
「ミニスカと全身タイツ、あとはそのうえからシスターみたいな白いフード被ってる」
「ちょっと想像つかないかも」
見ればわかるよ、見ない方が精神的に落ち着くけど。
店舗立ち並ぶ通りの裏手から入る路地にあった魔女結界へと足を進めれば、変身した巫女服姿の母さんが横に並ぶ。
「母さんの魔法は『祝福』、普通に使う分にはシンプルな強化って感じの認識でいいんだよな?」
「そうだよ、そっち側で受けたことはある?」
「生まれたとき以外は特に。俺が魔女まわり知った頃には母さんかなりギリギリの段階まで弱ってたし」
「ふーん……まあそうだよね。シュウの手助けもできなくなるほどとか老いはやだなあ」
「俺の時系列でもまだ30代だろ、まだ若いよぜんぜん。魔法少女の仕様がカスなだけだって」
景色が塗り変わる。
広がっていたのは極彩色の異界、荒れ果てた草原。足を踏み込むなり突き刺さる殺気に目線を向ければ、数十メートル離れたところに屯する異形の使い魔たちが侵入してきた俺たちに向け威勢よくうなり声をあげ威嚇しているようだった。
ペンダントから取り出すのは伸縮自在の黒鎖。刃も仕込まれた鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら隣に声をかけた。
「それじゃあ俺に強化ちょうだい、魔女が出てくるまでにぱぱっと使い魔間引いておくからさ。……無理ない程度にね」
「はいはい。危なくなったらすぐシュウ連れて逃げるからね!」
しゃらんと鳴る鈴の音。祭具が振るわれ、光が舞い、俺に降りかかり――。
「じゃあ先いってく」
る、と言い切るよりも早く。眼前に使い魔の顔があった。
「うぉっあぶな」
咄嗟に伸びた手で不格好な鳥――強靭そうな足、手の形になった飛行には役立たなさそうな翼と大きな嘴をもった使い魔の顔面に拳を叩きつける。
牽制のつもりだった。
草原が揺れた。
「やべ」
『』
断末魔すら漏らせずシミになる使い魔、赤黒くなった右手。うーんと唸りながら手をぷらぷらとさせ気まずい顔で周りを見渡せば鳥、鳥、鳥。接近のための最初の一歩で盛大に加減を間違えて使い魔の一団のド真ん中に突っ込んでしまったことがよくわかった。
取り敢えず固まっていた鳥の頭に蹴りを見舞い、後ろに居た使い魔ごと盛大に吹っ飛ばす。
それで、慣らしは終えた。
「オーケーオーケーもう平気だな」
支援型の魔法少女は数こそ少ないがいないでもない。マギウスに所属する魔法少女のバックアップを受けて戦闘した回数もそれなりにはあった。
攻撃力や防御力への補正、火や雷などの属性付与……。他の魔法少女がそれらのバフをどう認識しているかはわからないが、俺はそれを外付けのエンジンみたいな感覚で扱っている。
ぶっちゃけミスると吹っ飛ぶ。
大抵のことはなんとなくやれば覚えるけど魔力の扱いはからっきしだからな俺……。黒木刀の吸収と起爆はほとんど勘で制御してるし、『空』を使った風やら雷やらの斬撃だって
だから最初は失敗ありき、トライアンドエラーを繰り返しながら強化を受けた状態での適切な加減を弁えていくものなんだが――。
『AGAGAGA!!??』
「……馴染むな」
黒鎖に絡めとった使い魔を淀みなく解体しながら、直後に降りぬいた一閃をもって周囲の敵をまとめて蹴散らす。
――母さんのところに向かってるのはいない。陽動はうまいことできてるな。
――左から5体、右に10、魔女もいる。まとめて叩き潰すか。
――今なら、できるよな。
群がる怪鳥が俺を捉えることはできなかった。
地面、投げ放った鎖、使い魔の頭、
『『『GIIIIIIィ!!』』』
後ろには、まとめて鎖で絡めとられて拘束された使い魔たちが団子状に固められていた。
ぐいと、抵抗を強める使い魔の動きを腕一本で抑えつけながら、現われた鳥の親玉、ぶくぶくと膨れ上がる羽のせいでろくに動けなさそうな巨鳥がその翼を強引に動かして大質量をお見舞いしようとしてくるのに鎖を叩きつける。
「せぇぇのっ!!」
『――!!??!?』
鼻っ面に叩きつけられた使い魔の塊、10m以上は見込める巨体が海老ぞりに仰け反ってひっくり返る。地響きが鳴り響き粉塵が舞うなかで、既に動き出していた俺は鎖を手繰り寄せながらコンディションの明確な向上をひしひしと感じ取っていた。
――出力はほぼ
――身体が軽い。力が漲る。視界がびっくりするくらいに開けている。しかもこれ外付けって感じがマジでしないな、まるで元からこうだったみたいな……。
――
まさかな。あまりの絶好調に脳裏をよぎってしまった都合の良すぎる思考に笑ってしまいながら、目を回す魔女をその巨体に絡めた鎖で強引に起こした俺はそのまま空中へと駆け上がっていく。
視界はクリアで。全身の動きは冴えわたり。筋骨に籠めることのできる力は限りない。
ならいけるだろうなと、
魔女を知ってから今このときまで、できる限り鍛えてきた。自分なりの感覚で理想的な型を思い描き、この五体と、ねむによる援助と、魔女の置き土産をもって可能な最大値まで研鑽を積んできた。
肉体の全盛、自分にできる最大値は既に完成。それを維持しながらいろはたちを助けていくつもりだった。
違った。
今現在の俺は、その全てを凌駕している。
いやマジでどうなってんだ母さん気合い入れすぎじゃね?
「さて」
取り留めもない思考を切り捨て、ぎしりと鎖を軋ませながら引っ張る。無防備な魔女を
グリーフシードの位置は特定済み。
宙を蹴る。風を踏む。風に乗り、踏みつけ越して、音さえ飛び越えた。
必要なのは、たった一撃。一蹴してやればそれでいい。
もっとも、音を越す速度の運動エネルギーと遠心力、ついでに俺の脚力の全てを乗せた全力での蹴りだが。
コンマ数秒、間近に迫る巨鳥。
狙いは脳天。全身の体勢を制御し、片脚をもって狙いを定め――叩きつけ、かち割り、粉砕する。自分に襲い掛かる反動はその全てを無理やり受け止め、逆に相手に叩き返す。接触した一点から、その全てをぶつけて巨体を打ち砕く。
専心――粉骨砕身。
『――』
巨体がたわむ。その後ろで着地する。
全身を莫大な衝撃によって削り取られた巨体が崩れ落ちていくなか、ころころと転がり落ちていったグリーフシードを回収した俺はふうと息を吐いた。
……帰るか。
***
その獅子奮迅の活躍を、彼女はずっと見ていた。
使い魔を迅速に蹴散らし、踏み潰し、目にもとまらぬ速さで動いたかと思えば、鎖を手繰ってバラバラに異形を解体する少年を。
宙を駆けたかと思えば彗星のような一撃を見舞い、魔女をたったの一撃で粉砕してのけた彼の姿を。
――血の滲むような積み重ねがなければ、断じて到達することはなかっただろうその武力の権化を。
「……そっか」
こぼれた言葉に籠められたのは、嘆きと後悔。
彼女は、確かに予感していた。ずっと愛息子のことを見ていたから。
彼女は、ずっと察していた。自分や仲間たちが心の底から欲していたものも、それがどれほどの苦痛を伴って生きる存在なのかも。
彼女は、ずっと。すくすくと育つ息子にはそうなって欲しくないと願いながらも、けれどいつかそうなるのかもしれないなと薄々感じ取っていた。
「……シュウ、やっぱりそうなっちゃったんだ」
そして、彼が
その契機となったのであろう出来事は、間違いなく――。
「……ごめんね」
ぽつりと、懺悔が零れ落ちていった。
【専心・粉骨砕身】
・シュウがかねてより考案していた対魔女想定の一撃必殺。
・ウワサ頼りの魔女狩りにはやや不便もあり、まずは素の自分である程度高位の魔女を屠るくらいの実力を身に着けることにシュウは強く拘っていた。
・そもそも魔力なしでは通じない……こともないにせよやや通りが悪い。故にある程度形にはしていたものの実用化には遠かった模様。
・今回は理恵による《祝福》がありったけの魔力による強化×およそ理論値の最大に等しい絶好の相性×ほとんど全盛に達したシュウの肉体 によって柊ねむ全力の強化に等しい恩恵を彼に授け魔女にも通る一撃必殺を実現させた。
・なおシュウに対する《祝福》の強化は永続する。ずっと。
・ねむ謹製の鎖で魔女を拘束、無防備にしたところで空中からの全力での蹴りを見舞う。ぶっちゃけライダーキック。
・粉骨砕身(テメエがな!)。あらゆる衝撃をぶちこみ収束させ打ち砕く。シュウの本気の一撃。