環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
『初めまして、灯花ちゃん。桂城理恵って言います。うちの息子が面倒みてもらってるみたいでいつもありがとうねぇ。気軽に理恵ちゃんとか理恵ママとか好きに呼んでいいからね~』
『俺が世話してるんだが?』
『この子ったらずーっと運動ばっかだったのに灯花ちゃんと遊ぶようになってから将棋やチェスに没頭して今度は勝ってやるって息巻いててねぇ。ふふっ、運動だけしてた分には敗けなしだったから年下の子にやられちゃってるのが結構堪えたのかな? かなり負けず嫌いな子だからまた何度か挑んでくるかもだけど、根はいい子だから相手してあげてね?』
『母さん、ちょっと話しようか』
優しそうなひとだなっていうのが、初対面の印象。
すっごく綺麗で、笑顔も素敵で。ものすごく若作りなひとだったから、ムキになるお兄様を揶揄って微笑む姿は傍からみれば年の離れた姉弟みたいだった。
会う機会はお兄様やお姉様ほど多くはなかったけれど、お婆様と一緒に来るときは主治医やお父様と相談して用意してくれた手作りのお菓子を振る舞ってくれて。お兄様と遊ぶ私たちをにこにこ笑顔で見守っていたと思う。
桂城理恵さん。お義母様。魔法少女。元気な子どもが産まれてくれますようにとキュゥべえと契約して《祝福》の固有魔法をその身に宿し、お兄様に類を見ない圧倒的な身体能力を授けたひと。
……お兄様が、初めて遭った魔女。
もう、二度と会えないひと。
「……はあぁ」
物憂げな気持ちは、お気に入りのぬいぐるみを抱きしめても治らなかった。
10才になったときにお兄様から贈ってもらった大きなテディベアのふわふわに顔を埋めて、胸の奥のもやもやは晴れなくて。つい溜息をついてしまった私の耳に、ノックもなしに開かれた扉の音が届く。
ホテルフェントホープの居住区に構えた私専用VIPルーム。がっちがちのセキュリティで固められたこの部屋に無断で入れるひとなんて片手でこと足りる。
案の定、入ってきたのは最近すくすくと身長が伸びだしてご満悦なメガネの幼馴染だった。
「やっぱりここかい、灯花。……
誰の断りもなくひとさまの部屋に入ってきたねむを、ベッドのうえで体育座りになっていた私はぬいぐるみに埋めていた顔をあげてじろりと睨みつける。素知らぬ顔で入ってきたねむは勝手知ったる様子で豪奢なソファに腰を降ろしては給仕の
「……お姉様の部屋は別に拡張とかもしてないのにあんまり詰めかけちゃうとぎゅうぎゅうになっちゃうでしょー? ただでさえ今はういにフェリシアにさなにと寝かしつけ係がいっぱいいるんだからさっ」
「お兄さん
この際、勝手に部屋に入ってくるのには許したっていい。
けれども、なんでもわかってますよと言わんばかりの眼をしてこちらを見透かすように目線を向けてくるのは……無性に癪にさわった。
そのことについて文句を言うよりも早く。単刀直入に、ねむはその口を開く。
「――そんなに、自信がないかい? お兄さんに、家族のことを誤魔化せるか」
「……」
ほら。
やっぱり、そういうことを言う。
「……まあ、仕方ないことだと思うよ。お兄さんはあれで周りが思うより遥かに聡いひとだ。察しの良さに関しては6才のお兄さんでも大差はないだろうね」
「むー……」
澄まし顔でそんなことを言う幼馴染にちょっとむかっとしながらも言い返せず。テディベアを抱いたままぼすっとベッドに倒れ込んだ私は、このまんま不貞寝したい気持ちになりながら小さなお兄様の顔を思い浮かべて唸り声をあげた。
「……やっぱり、無理だよねぇ……」
最愛のひとに対して嘘をつきたくない。そういう気持ちは確かにある。
けれど、それとは別の意味で――あのひとは、特別なのだ。
お兄様の身体は、他の人類と一線を画す。ういのことの記憶を喪っていた時の私は、その出自が魔法少女だったお義母さまの願いによるものだと知って関心を失っていたけれどそれは間違いだった。
あのひとに籠められた《祝福》は、使い切りの魔力として五体に宿っているわけじゃない。だから時間経過や負傷、肉体の酷使によってあのひとの身体強化がなくなったりすることはない。
骨が、肉が。文字通り、身体の作りから違うんだもの。
外付けでああなってるわけじゃない。身体そのものが、ひとりの魔法少女のあらん限りの祝福と願いで形作られた世界でひとりだけの超人。
そして身体の作りが違うということは、情報の受け取り方も他とは違うということだ。
視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、あとは勘。
それらを十全に発揮したお兄様からなにかを隠そうと思って隠せる相手はそういない。女の子に嫌がられるから普段はそこまで活用させようとしないだけで、やろうと思えばあのひとは脈拍や些細な所作から自由に相手から情報を抜き取ることができるのだ。
「ヒトは何かを誤魔化そうとするとき必ずなにかしら表に現れる変化があるものだし、お兄さんはまずそれを見逃さない。……お婆さんがあの話をういやお姉さんに伝えようとしなかったのは正解だと思うよ、あのふたりは意識させてしまえば逆にわかりやすくなってしまうだろうからね」
「かといって、私たちにそれを求めるっていうのも相当な無茶ぶりなんだけどねえ。んにゃーー、もうほんっっっとヤダ~~~~」
結構本気の弱音をこぼしながら寝そべってベッドでごろごろと転がる。
世界でいっちばん大好きで、ものすごく小さくなって可愛くなってて大切にしたくって、おまけでとんでもなく察しのいい男の子から家族の死について隠しきらなければならないのってどんな罰ゲーム? 私そんな悪いことしたかな……。したかも……*1。してたなぁ……*2。
物凄く気が滅入るのを感じながら、わざわざこの部屋までやってきたねむに何かいい案をもってきたんじゃないのと願望を籠めた目線を向ける――。ウソでしょ首を振られた。え、なにがしたくて来たの? 私のソウルジェム濁らせたかっただけ?
「……え、ほんとになんにもないの?」
「残念だけど、僕のウワサでもそればかりはね。誤魔化しなんて効かないし、下手なダミーは逆効果。不都合な真実を掴まれそうだったら元の世界に戻れるまで昏睡してもらう、というのも手ではあるけれど――、帰還にあたって鏡の魔女の異界に突撃しなければならない以上いざというとき動けるようにしておかないと不安がある。正直手詰まりだね」
「なになになにホントに不安煽りにきただけ??」
「……失礼だな。流石にそんな性格の悪いことはしないよ、キュゥべえじゃあるまいし……」
むっとしたように眉を顰めるねむ。ぱっぱっと指先で
「えっ、ちょ、ねむ――」
「お婆さんの話を聞いてから、灯花がひとりで思いつめてそうだったからね。……なにも、悩むことなんてないっていうのに」
「へ?」
「このままではお兄さんはいずれ気付く。けれどそれは今じゃあない。だから……違和感を抱かれるより早く、気付かれるよりも早く元の世界に帰してあげればいい。簡単なことだろう?」
僕たちならそれができる筈さ。
細い手を伸ばして頭を撫でてくるねむが気軽な調子でそんなことをいうのに、安心させるような優しい手つきを感じながらされるがままの私は二の句を告げれなくなって。
あんまりにも穏やかな表情をするねむの顔をまじまじと見てたら、つい面白くなって小さく噴き出してしまった。
「灯花……」
「くっ、ぷふふふっ。ご、ごめんちょっとおかしくって……っ。もーなにそれ、慣れないことしちゃってぇ。お兄様の真似ー?」
「……いいじゃないか、たまには」
そっぽを向かれた。頬を膨らませてむくれたかと思えば寝返りをうって私の視線から逃れたねむの耳は赤くなってて、クスクスと笑うのを堪えられないまま恥ずかしがるねむにしがみついた私はよしよしと抱擁してやりながらその頭を撫でてやる。
「お兄様が小さくなっちゃったせいかにゃー? オトナぶっちゃってぇ。くふふっ、ねむったらかわいいー♪」
「揶揄うのはよしてくれ、気の迷いだ……。僕には向いてなかったらしい……」
「そうだねぇ、私も一緒のベッドで励ましてもらうならお兄様がよかったかにゃぁ」
「……ことが収まればきっとしてくれるさ。これから僕らはお兄さんの山ほど抱えてたタスクをうまいこと代行していかなければならないんだ、そのくらいの報酬はもらってもいいだろう?」
「ねっ。くふふっ、お兄様にはたっぷりご褒美をしてもらないとっ」
……ありがと。
小さく囁いた声にねむはぴくりと肩を揺らして、「たいしたことないさ」とだけ言葉が返ってくる。何事もなかったかのように澄ました顔をしているのが容易に浮かんだ。
ちょっとした感謝の気持ちを覚えながら、そのまま並んで横になり眠ろうとして。先ほどから胸中に蟠っていた些細な悩みも吐き出したくなって、声をかける。
「……ねえ、ねむ。お義母さま……理恵さんと会った時のこと覚えてる?」
「――お兄さんの……。……うん、それはもちろん。入院してた頃、お兄さんが僕らを外に連れ出してくれるってときはよくお婆さんと一緒に君のお父さんたちに話を通しに行ってくれていたからね」
「くふふっ、そうだったね」
「お礼も、したかったんだけどなあ」
「……」
唇を震わせて呟いた後悔に、ねむが何かを言うことはなかったけど。正直、その沈黙は私にとってもありがたかった。
少しの間をおいて、私に背を向けていたねむがごろりと転がってこちらの方を向く。目が合う。私の表情を伺いながら、言葉を探すように僅かに沈黙していたねむは小さく頷いては囁いた。
「――そうだね。本当に……残念だ。僕たちが気付いたときには、もう二度と会うことも、お礼を伝えることさえできなくなってしまっていた」
「……素敵なひとだったのにな」
――お兄様の家族が殺されたこと。
――お義母様が、魔法少女だったこと。
――お義父様が、魔女になってしまったあのひとに殺されてしまっていたこと。
私たちが魔法少女になるよりも前、お兄さまの家族の身に起きた不幸は、入院中はその詳細を知ることはできなかった。
再会した頃の私たちはういの半魔女化に伴って記憶が混濁し、お婆様は私たちにマギウスの翼を運営させるのに集中させそれらについて語ってくれず、お兄さまもまた同じく自分の身に起きた悲劇をわざわざ伝えようとはしてくれなくって。情けない話、それらの全貌を私たちが知ることができたのはワルプルギスの夜を討伐してからのマギウス再編が落ち着いてからのことだった。
失敗して、それでも神浜市の魔法少女の魔女化を食い止めることはなんとか成功したはずの私たちの自動浄化システムは、大切なひとを助けるのにちっとも間に合ってはいなかった。
……お兄様も、お婆様も、お姉様も。誰も、私たちを責めたりはしなかった。その計画は決して間違ってはいなかったって認めてくれて、次こそは誰も魔女にすることもなく、各自の負担を軽減できるように改良していこうと『次』に向けての協力もしてくれて。そのなかでも一番貢献してくれていたのはお兄様で。ずっと頑張ってくれて、健康になった私たちの快復を誰よりも喜んでくれて多忙のなかでも合間を縫って私たちを連れ出してくれるあのひとに、少しでも返せるように、みんなで幸せになれるようにって考えていた、考えてる、けれど、けれど――。
けれ、ど。
「……灯花?」
「ねむぅ」
お兄様が消えて行ったのが10年前と聞いてずっと気にしていた
「おにいさま、ちゃんと帰ってきてくれるかな……」
「……
そんなつもりはなかったのに、声が掠れる。
零れ出てしまった嗚咽まじりの弱音を、親友は目を見開いて見守っていて。伸びた手が、背に回されたのを感じた。
「大丈夫」
「きっと、大丈夫だよ灯花。……大丈夫、だから」
耳朶に響く声は優しくて、けれど少し震えていて。
鼻をすすった私はそのまま背を撫でる手の、身を引き寄せて抱擁するねむの温もりに甘えて、そのまま瞼を閉じた。
***
ドン、響いた落下音に目を覚ました。
「えへへ……、お兄ちゃん……」
「……」
瞼を開く。
顔に押し当てられてる、こぶりながらも柔らかな膨らみ。自分の頭を抱いてぎゅうと密着する年上の妹のふやけきった笑顔をみあげ、ぱちくりと瞬きして、昨日未来にやってきたのを思い出したシュウは腕を抜けて小さな身体を起こすとあたりを見回す。
「んん……」
「シュウ、くん……」
「……さむい……」
ベッドのまわり、死屍累々で転がりもぞもぞと動いているのは年上の女の子たち。フェリ姉、さなちゃん、いろは――。昨日もたくさん遊んで、昨日もベッドでぎゅうぎゅうになって一緒に寝た女の子が何故かベッドの周りに転がり落ちてるのを見て少年はとろんと瞼を落としながら小首をかしげる。
なんでここで寝てるんだろ?
そう疑念に思いながら、自分が寝相の悪さを発揮しベッドで密着してた魔法少女の大半を蹴っ飛ばした事実にも気付かずふわあと欠伸した少年はそのまま再度毛布のなかに潜り込む。おいでぇと寝ぼけ眼で抱擁してくるういに応えてその胸に甘えながら二度寝に入った。
――起きたら――未来の世界、こっそり探検にでもいこっかなぁ。
すやすやと寝入る少年。
彼はまだ、もうひとりの自分が歩んだ道則を知らない。