環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
フェリシアとやちよさん引けました
まどドラ始めたけどまだいろはちゃんと★4ななかさん引けてません
それは、みかづき荘のリビングでいつか交わされた会話。
『ミラーズのコピーと本物を見分ける方法?』
『……そうだな。みんなは普段どうやって本物と偽物を見分けてる? 今みんなと話している俺が実は桂城シュウに化けてミラーズからこっそりみかづき荘にまであがりこんできたコピーじゃないって、みんなはどうして言い切れる?』
『うん、うん。 外見。 仕草。 魔力の気配。 俺たちにだけ伝わる合言葉。 どれも普通の偽物を見破るならぜんぜん有効だと思うんだよな。 魔力の反応と合言葉で探るのは特にイイと思う』
『ただなあ、ミラーズのコピー、たまに本人の記憶も読み取って作られたやつ出てくるんだよ。暫く前ななかのコピー見つけたときは普通に小学生の頃の話持ち出しても通じたからな、そういうのって戦い方や実力も本人に近かったりするからなかなか厄介なんだよ。 一番最悪なのはやちよさんやいろは、俺、アリナさん辺りのコピーがまんまのスペックで出てくるパターンだわ、普通に死人出る案件だからなそれ』
『……話がそれたな。だからうん、ぱっとみて本物かわからんくらい精巧なコピーをうっかり懐にいれてちゃ命がいくつあっても足りないってわけだ。なるべく簡単に、それでいて確実に本物と偽物をわける見分ける方法がいるんだよな』
『俺なら、こうする』
『ごめんな、ビビらせて。あ、いろは治してくれてありがとう。……わかったな? ミラーズのコピーには血が流れてない。
『俺は殴ったりしてないのにどうしてわかるのかって? そりゃ相手が生きた人間かどうかくらいこのくらい近づけばわかるよ、言ったろう。アイツらあくまで使い魔だから心臓もなにもないんだ、多少似てたところで俺にかかれば一発さ。……いろは、その話はやめよう? そりゃ偽物だとわかってたっていろはが何人もあざとい素振りで言い寄ってきたら俺だってちょっとは浮かれちゃうさ……』
後は、まあ……。
ちょっと臭うんだよな、魔女や使い魔って。
「もう。シュウったら、いきなりどうしたの? 顔色も悪いけれど……。大丈夫?」
今にも腹のなかがひっくり返りそうだった。
こちらからの詰問には何も答えず。気遣わし気に自分のことを見つめそれらしいことを言いながら近づく理恵に――家族の姿をした『誰か』に、全身総毛だつような怖気を覚えながらシュウは後退る。
「っ……! わっけわかんねえ、なんだよ、なんなんだよお前……!」
「シュウ?」
荒い呼吸を繰り返す。怖いくらいにばくつく心臓の鼓動がうるさかった。頭の奥がずきずきと痛んで、たまらず額に掌をあてた。
どうしようもなく気持ち悪かった。
同じ声で。同じ顔で。――けれど、なにかが違うんだ。
自分の大好きな家族と同じ姿をした別人が、
「小さくなっちゃってるのもそうだけど、なにかあった? シュウ――」
「どこのどいつかは知らねえけどさぁ……! やめろよ、母さんの姿で喋るの……! わかんないとでも思ったのかよ、
最初は気のせいだと思った。だけど違和感を一度認識してしまえばどんどんと膨らんでいった。
数えるくらいしか行ったことのない大きな病院で嗅ぎ取ったことのある、『死』の気配。腐臭だとかとも違う、命が終わろうとして、けれど踏ん張っていた小さなういがほんの微かに出していたそれよりも遥かに濃いそれを、単純な嗅覚のみならず第六感で感じ取っていた少年は激高して叫び声をあげる。
シュウの悲鳴に、理恵はきょとんとした顔をして。困惑したように瞬きをして、腕をあげてはすんすんと自分の匂いを嗅いで。困った顔で首を傾げて――。
「――わっかんないなぁ。……普通に上手く
その表情が、抜け落ちる。
「ッ――!!」
いつもの柔和な微笑みが抜け落ち、穏やかな声音から温度が消えた。市販の人形ですらまだ人間味を感じられるとまで思えるような無表情になる彼女の異変に思わずたじろいだシュウは距離を取ろうとして、胸中に広がる不安と怯えを懸命に堪え、叫ぶ。
眼前の女が母親でないと気付いた段階で逃げなかった理由。彼には、どうしてもそれを聞かなければならなかった。
「母さんは……父さんはっ、お婆ちゃんは!? なぁ……! オレの家族を、どこにやった!?」
「……知らないのか。まあそりゃあそうか」
教えてもらえてたら、こんな罠に自分から飛び込むことだってなかっただろうにね。
クスクスと笑う素振りを見せながらも、一切の感情が抜け落ちた瞳のせいで余計に浮き彫りになる不自然さ。歯噛みする少年は、固く拳を握りしめて――後方に現れた気配に振り返る。
『――o O 非 KIぃK』
「こいつ……⁉」
どこからともなく玄関の前に現れた、半透明な青色ののっぺらぼう。マネキンのようなヒトガタが、ぐるりとその首をまわしてはシュウの方へ
「……!? なっ、なんなんだよっ、チクショウ……!」
より濃い、
前には家族の顔をした誰か、後ろには顔無しの怪物。浅い呼吸を繰り返し前後を見比べたシュウは、やがて意を決したように駆けだした。
「っ……!」
『――FAぁFaar』
「やーいウスノロ!」
玄関前に陣取るヒトガタの伸ばした手。3mほどまで伸びたそれをくぐりぬけて廊下を蹴ったシュウはそのまま階段へ着地し勢いよく駆け上がる。追いすがった腕を踏みつけにして舌をべーと伸ばして小馬鹿にしてみせた彼はそのまま2階に飛び出た。
2階。
持ち前の嗅覚と聴覚で感じ取れたなかに、他の家族はいない。その事実に安堵と不安を同時に覚えながら、おもちゃ部屋のなかに飛び込む。10年後の、ベッドと机と漫画の入った本棚くらいしかない遊び場に一瞬知らない部屋に来たのかと思いながら、窓を開け放ってそこから逃げ出そうとして――。
「いってぇ!?」
目の前に広がった白い石の壁にぶつかり、悶絶しながらごろごろと転がった。
蹴破ってでも開けようとしていた窓は消え、突如現れた壁にまともに激突してしまった少年は涙目になって血の流れる額を拭う。いったい何がと困惑しながらあたりを見回し、その風景を目にした彼はぞくりと背筋を凍らせた。
「っ、ぅ、う――」
あまりにも殺風景な空間だった。
窓の外に広がっていたはずの青空はない。シュウのいたはずの家でさえない。ただただ真っ白な大理石で構築された広間。上下左右、どこを見渡しても石材によって封鎖された異空間に取り残された少年は、本能ががんがんとけたたましく警鐘を鳴らすなかで近づいた気配にばっと振り返る。
「いやぁ流石にすばしこいねえシュウ。危うく逃げられちゃうところだったよ」
「あ……!」
白の空間を悠々と歩きながらそんなことを口にする理恵。その似姿。
彼女も最早取り繕うのをやめたのか、その身から嗅ぎ取れる呪いの臭気はいよいよ離れていてもわかるほどに濃い。目を見開いて蒼褪める幼子は慌ててあたりを見回すが、およそ相手の
仮に逃げ出したとしても、魔女を討つ術のない彼では出口のひとつもないこの白い迷宮のなかを彷徨い野垂れ死ぬだけだろう。
そのことを知っているのだろう、10年後のシュウや魔法少女たちが魔女結界と呼ぶ空間に少年を取り込むことに成功した偽物の足取りは余裕に満ちたものだった。
「くそっ、くそっ、くそぉ……! うぇっ、なんなんだよっ、もぉっ!」
背を翻して逃げ出そうとして、足を縺れさせて躓く。息を荒げさせ身を起こそうとして何度も失敗するシュウは小さくえずきながら眉間を押さえた。
――気持ち悪い、気持ち悪い!
頭が痛い。耳も鼻も目も、入ってくる情報の全てが生理的に受け付けない異物まみれだった。初めて足を踏み入れた魔女結界、未知の異界に放り込まれた彼は呪いと魔力によって構築された空間と現実の感覚の違いを受け止めきれぬまま自身の知覚する膨大なノイズに煩悶する。腹の奥からこみあげる猛烈な吐き気を堪えながらなんとか身を起こそうとしていたシュウは、気付いたら近くにいた母親の顔にひゅっと呼吸を止める。
頭に触れようとしていた手を慌てて躱し、立つこともできないまま腕だけで這うようにさえしてなりふり構わず後退しながら叫んだ。
「ッ、くっっそ、くそぉ……! 来るな、来るなぁ!」
「そんなに怖がらなくても平気なのに……。大丈夫だよ、ちょっと寝ててもらうだけだから。まあでも、また逃げられでもしたら嫌だし足のひとつくらいは
クスクスと笑う。家族の顔で。
クスクスと嗤う。母さんの声で。
上辺だけを取り繕った
――どうしても、殴ることなんか、できな
「ぁ」
気付けば、背には白い壁があった。
――浅い呼吸を繰り返す。
目の前には理恵の姿を取り繕った誰か。こちらに伸ばされた手には澱んだ
――目に涙が滲む。
どうしてこんなことに? ほんとの母さんはドコ? コイツはなに? オレは死んじゃうの? 父さんは? お婆ちゃんは? いやだ、やだ。帰りたかっただけなのに。ちょっと顔を見たかっただけなのに。なんで。どうして。気持ち悪い。苦しい。胸が痛い。泣きたくないのに。悔しいのに。負けたくなんか、こんなのにやられたくなんか、まだ、まだ、まだオレ。やだ。
誰か。
助けて。
こんなのに泣かされるのが悔しくて、必死に目を瞑る。顔をぐちゃぐちゃにしながらせめて身を庇おうと腕で頭を覆う。
「――シュウくんっ!!」
――声が、聞こえた気がした。
先週初めて会って。初めて顔を見て。ずっと一緒に過ごしてた女の子の声が。
「やぁあああああああああああああああああああ!!」
血しぶきが舞う。肉のひしゃげる嫌な音、骨の割れる音。理恵の姿をした誰かが消えた。
視界の奥、ごろごろと転がって白い壁に叩きつけられる偽物。ずっと心身を苛んでいた
フルスイングした盾で家族の顔をした誰かを吹き飛ばした、『透明』。けれどその匂いは、声は、音は。顔をみるまでもなく、誰かわかった。
「……さな、ちゃん?」
「――シュウくんっ! 大丈夫っ、ケガはない?! 痛いトコは!? 変なことはっ、ええと、呪いってわかんないかな、魔女に
「……。ずびっ。………………へへっ、平気平気。キスってなに? さなちゃんがしてくれんならいーよ?」
「……本当にシュウくんってシュウさんなんだよね……」
そういやさなちゃんの顔見えないな、ねむちゃんにもらったウワサだとかいうバッジ付けんの忘れてたと思いつつ。それでもなんとなく、目の前に膝を突く女の子がちょっぴり呆れた顔をしたのはシュウにもわかった気がした。
泣きべそ気味になってた目元を腕で拭い、ちょっと鼻を啜ると何事もなかったかのような顔をして飄々としたことを口にする少年に、盾を地面に突き立てては近づき彼の安否を確認していたさなはなんともいえない顔をして溜息をつく。どう考えても大変な思いをしているときに周りに対して如何にもへっちゃらそうな顔をしてみせる姿は10年前から筋金入りのようだった。
「さなちゃん?」
「……」
グローブを着けた手でそっと涙の痕が残る頬を撫で……少し考えて、変身を解くとぎゅうとシュウを抱きしめる。鎧越しでない温度と柔らかさ。それに包まれてびくっと動じた素振りをみせ肩を跳ね上げさせるシュウは、温もりに溺れそうになるその直前でさなの後ろから近づくイヤな気配に気付き慌てて声を張り上げた。
「さっ、さなちゃん後ろ――」
「大丈夫」
轟音が響き、結界が揺れる。
さなの後ろから襲いかかろうとしていたヒトガタ。鏡の結界の使い魔は、迷宮の壁をぶち破り現れた金髪の少女が振り下ろしたハンマーに壮絶な破砕音をたてて叩き潰された。
「フェリ姉!」
「さなー! シュウは平気か!? え、なんで変身解いてんの!?」
「……ひとまずシュウくんの怪我はありません! フェリシアちゃんごめんなさい、少し周りを守ってくれると――」
「ひどいことするなあ」
弛緩しかけていた空気が変わる。
シュウを抱きしめたままさなが目つきを鋭くし、使い魔を粉砕したフェリシアもハンマーを担ぎながら警戒を強めるなか。血しぶきを散らし白い壁に叩きつけられていた女性が、全身の骨も砕かれ真っ赤にその身を染めるのも構わず起き上がり冷たい目で少女たちを睥睨する。
「……シュウのお友だち、か。随分とやんちゃな娘なのね? 他所様の住まいに上がり込んだあげくこんな乱暴をするなんて……」
「ここは魔女結界だし、それがあったのだってシュウさんやご家族のお家であって貴方じゃありません。やんちゃというならそれこそ貴方たちなんじゃないですか?」
『――さな』
シュウと彼を庇うさな。2人と女の直線状に立ちはだかるように位置取りを変えハンマーを構えるフェリシアは、油断なく相手の様子を伺いながら念話でさなとやり取りを交わす。
『こいつ、シュウの母さんだ』
「!?」
『実際に会ったことはないけど、シュウの家族の写真なら見たことある。だけど、その人は死んだはずなのに……偽物、なんだよな? ならなんで……』
(……ミラーズの、使い魔じゃない?)
「あら、相談事? そんなに不思議、私が生きてること」
「――」
彼女の言葉にびくっと腕のなかのシュウが反応するのにさなが顔色を変える。僅かに遅れ、フェリシアも。
目の前の女の思惑を察する。だがそれはあまりに遅く、そして
シュウの耳を塞ごうと半ばまで上げた手を
「10年後の未来じゃもうとっくに桂城理恵は死んでいるのに、ここに私がいたらおかしいものねえ?」
「……ぇ?」
震え声になるシュウ。目を見開く彼は迷子になった子どものような顔をして女の顔を見た。
「ふふっ。本当に教えてもらってなかったのね。子どもに対して、少し不誠実じゃない?」
「――お前ッッッ!!」
怒りを露わに声をあげたフェリシアがハンマーを構え駆けだす。近づく脅威にも構わず、その女は愉し気に嗤っていた。
「あぁでも、それなら私の役目もここで終わりか。一緒に暮らしている貴方たちが嘘だと言ったら、私の側もなにか証明できるものがないとね……。そうでしょう? アハハッ……。ねえ、シュウ。
金髪の少女の一撃が彼女を叩き潰す。黙らせる。少年に更なる傷を刻むより、早く。
その直前。
「っ――。フェリシアさん!」
「あはっ」
肉体が弾けた。
血飛沫と肉をばらばらにまき散らし、どす黒い樹木が一気に伸びあがる。槍の如き鋭さの枝が全方位に飛び出していくなかで後方に跳躍して距離を取ったフェリシアは、伸びあがった樹木がやがて巨大な輪郭を形成するのを目を見開いて見つめ。
その一部始終を目撃したシュウは、自分の魂が震えるのを自覚した。
「魔女……⁉ 一体、どうし――シュウくん?」
「……ぇ」
さなの声も聞こえない。
虚勢も剥がれ落ち愕然とした顔を晒す少年は、魂でその
「おかぁ、さん……?」
『YoUやKu Aetあ ワタシ NO』
白い迷宮に屹立したのは、黒い樹によってその身とドレスを構築させた異形。
ヒトとしての姿を脱ぎ捨てて現れた初見の魔女を前にさなとフェリシアが身構えるなか、呆然自失としてソレを見上げる少年の顔から温度が消える。
「なんで、あれ」
「シュウくんっ、シュウくんっ!」
――その場にもし16才の桂城シュウがいたとしたら、一目みての印象とそれまでの状況で明らかになっていたことを照らし合わせすぐさま敵の絡繰りを理解していただろう。
ミラーズのコピーを基に『肉付け』された偽物。その胎に仕込まれた、
グリーフシードなんて魂の残骸でしかない。
けれどそれがひとたび現れたなら、シュウなら
本能レベルで有り得ざる『
「なん、で」
今にも、少年の心は罅割れようとしていた。
「――シュウくんっ! しっかりして!!」
「……、あ」
大きく肩を揺さぶられ我に返る。
「さな、ちゃん?」
目の前には、その綺麗な瞳に涙を浮かべた緑色の髪の少女。シュウのためにねむが用意した、透明になった自分を認識させることのできるウワサが組み込まれたバッジを彼の手に握らせるさなは、許容を超える理不尽にぶつかり震える小さな手を握りしめながらしっかりと目を合わせ叫ぶ。
「まだ終わってないの! 話を聞いて!」
「……ぁ。だって、さなちゃん、あれ。アレって、オレの、母さん、で」
「貴方のお母さんはあんな魔女だった!? 思い出してっ、貴方の本当のお母さんのことを! 違うでしょう!? ――最後に会ったときっ、お母さんはなんて言ってた!?」
――後ろで、絶叫するフェリシアが2人に殺到する樹の槍をハンマーの一振りで轟音とともに相殺する。明らかに魔女の強さが並みではない。どこでこれだけの呪いを溜め込んだのか、およそ見ただけで伺える魔力量も神浜に現れる水準の強力な魔女と比べても頭ひとつぬけた多寡となっていた。
「思い出してっ! 貴方のお母さんを! 貴方と6年暮らした、あの家で一緒に過ごした、貴方のお母さんの姿を!」
この期に及んで、さなは未だ変身さえしていない。変身せずとも魔法少女の強度はある程度担保されているが、それも魔女を相手するともなれば話は別。フェリシアが突破されてしまえば自分は成す術なくやられてしまうだろう。
それでも、彼女は。冷たい鎧など捨てて、遮るもののない手と手で握りあって。真っすぐに彼と向き合って。腹の底からの言葉で、桂城シュウという少年を叩き起こさなければならなかった。
「教えて! ――貴方のお母さんは、どんなひとだった!?」
「……ッ」
ぽろぽろと、震える瞳から涙がこぼれる。
小さく、何度も鼻を啜って、泣きじゃくりながら。少年は、可哀そうなくらい小さな声で絞りだしていた。
「――からあげ」
「うん」
「からあげ、朝に。作ってくれてて。朝ごはんにするからねって、顔洗ったらお婆ちゃん起こしてきてって、ちょっとつまみ食いしてもいいよって、それで」
「うん……ッ」
――こんなの詭弁だ。そんなのさな自身が一番わかっていた。
さなも、聞いたことがある。シュウの母親は彼が中学生のとき行方不明になって、魔女となって彼の自宅で父と智江を殺しシュウにも重傷を負わせていろはに討たれたことを。『向こう』がまだそうはなっていないとしても、『こちら』のことは今更取り返しがつかない。そして10年前の理恵が同じような道を辿らないという保証など、存在しない。
「お母さんのごはんは、美味しかった?」
「ぅん……。こっちに引っ越してからはお婆ちゃんがごはんやお菓子よく作ってっ、くれてたけどっ、お母さんも朝はいろいろ、つくっててぇ……っ」
「そうなんだね。……素敵な、お母さんだったんだね」
――薄っぺらだ、私。
シュウの手を握る力が強くなる。自分の情けなさと姑息さに泣いてしまいそうになりながら、賢明に言葉を交わした。
――さなに、母親との、家族とのいい思い出はない。
彼女は『逃げた』側だ。大切にされた時間より蔑ろにされた時間の方が多く家族との記憶を占めて、父親や2人の兄にも無下に扱われることが続いて、信じていたかった母親にも冷たくあしらわれて、魔法少女としての素質を見出されすべてを変える千載一遇の機会を得てもなお『透明人間』として隠れ、二葉家からいなくなることを選んだ弱虫だ。
――こんなひとがお兄ちゃんだったらよかったのに、だなんて。異性の、年上の男のひとも居るみかづき荘で一緒に暮らすようになって、透明でまともにおつかいだってままならない自分に嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれて、勉強だって、何度も面倒をみてくれて。ちょっと抜けたところもあるけれどいざというときは凄くかっこいいひとで。恋人のいるシュウに、『あくまで兄のように思ってるだけだから』なんて都合よく言い訳して懸想して、少しでも一緒にいられたらなんて願望で鍛錬までつけてもらって。
そんな卑怯で、自分に対して都合のいいことばかり考えてるような自分にこんなことを言える資格なんてこれっぽっちもないと痛感する。
けれど。
それでも。
「聞いて。貴方のお母さんとは、また会える。必ず。私が、私たちが必ず送り届けて見せるから」
「えっ」
助けたいんだ。護りたいんだ。支えたいんだ。尽くしたいんだ。好きなんだ。
資格なんてなかったとしても。
所詮はその場凌ぎの言葉でしかなかったとしても。
「シュウくんのことは、絶対に帰してみせる」
――大好きなひとの笑顔を守るためなら、私はなんだってやってやる。
「帰りたいんでしょ? 貴方のお家に! お母さんのところに!」
「……うんっ!!」
ぼろぼろと泣きながら、それでも笑顔になって頷いたシュウにようやくさなは口元に笑みを浮かべる。光を纏い魔法少女として変身を遂げた彼女はすぐさま何枚かの盾を手元に顕現させ、下部の鋭く尖った部位を杭に見立てシュウのまわりに突きさし臨時のバリケードを形成した。
「――ここで見てて」
身の丈を越す大きさの盾を一枚担ぎながらフェリシアが瀬戸際で踏ん張っている魔女との戦いに向け足を踏み出す。
約束をしたからには、必ず果たす。
「貴方を絶対に、これ以上傷つけさせたりしない。必ず、家族のところに連れて行くから」