環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
黒が、襲い掛かる。
視界の全てを埋め尽くすような槍衾による質量攻撃。歯を食い縛って動揺を噛み殺し、揺らぐ心に怒りを
――くそっ。くそくそくそッッ!
――甘かった……!
シュウのことを探しに彼の家までやってきたフェリシアとさなにとって、そこで起きたことは全てが予想外の連続だった。
彼の家に現れていた魔女結界。なかに閉じ込められていた彼に迫ろうとしていた魔の手。シュウの母親の顔をした何か。そこから解き放たれ顕現した、黒い魔女。――そしてソレを見たシュウが即座に、自身の母親の辿った末路を理解してしまったこと。
「くそっ、くそ……! シュウに、あんな顔をさせやがって……!」
泣き声をあげる少年のことを懸命に叱咤するさなの声を聴きながら、背後の無防備な2人を襲わんとする黒樹を迎撃していくフェリシアは自分たちの迂闊さを呪った。
浮かれてた。お姉ちゃん気取りで見過ごしていた。
そもそもの話、シュウがこちら側に放り出される羽目になったのは魔女の手引きだったのだ。
知らない家で、知らない仲間たちと暮らすことになった少年が、帰りたいと感じるのは当たり前だ。そしてそれさえ理解していたなら魔女は必ず罠を張っていたはずだ。それに気付きもせず彼にみすみすひとりでこんなところまで迷い込ませてしまった――。
自分に。魔女に。怒りを燃やす。
点火。ハンマーを燃やす。魔力を燃焼させての噴射で破壊力を高めたハンマーの一振りで、魔女の攻撃を打ち砕いた。
「あぁぁああああああああああああああああああ!!」
『Yuuu Zya MAaaa A』
地中を潜行して飛び出した杭を躱す。粉砕する。振り下ろされる巨大な腕。殴り飛ばす。
思い出したように後ろを狙う、悪辣さの滲み出た手管の悉くを迎撃し、ひとり黒い魔女を抑え込むフェリシアは消耗も厭わぬ力押しで攻めたてている側の筈の魔女を揺るがした。
だが──それを成した金髪の少女の顔には、苦渋。ハンマー越しに伝わる堅牢な手応えに、14才にもなりおよそベテランといえる水準で多くの魔女と戦い打ち破ってきた魔法少女の感覚が目前の敵の脅威度を理解した。
「こいっ……つ……ッ!!」
硬く、
だが、それができないのは――。
(やりづれぇっ、こいつッ。前よりも――!)
さなとシュウを背後に庇っているから。いつものように大振りの攻撃をぶちかましてもカバーしてくれる仲間たちが傍にいないから。理由はいくつかあるが、それだけではない。
前より、強い。
より強まる呪いの圧。少しずつ、攻撃が捌けなくなってくる。反撃にまわる余裕が削れていってしまっている。
「このヤロ……! 負けるかぁ……!!」
押し寄せる黒。少しずつ傷が増える。武具を通して総身を打ち貫く衝撃に手が痺れだす。水名神社で昨年遭遇したとき以上の重圧に抗うように、フェリシアは咆えて得物を振るう。
砕く。壊す。砕く。防ぐ。砕く。打つ。マフラーが千切れた。防ぐ。防ぐ。砕く。叩く。かわす。叩く。押し返す。防ぐ。かわす。壊す。頬が切れた。叩く。踏ん張る。押し込まれる。やば──。
ハンマーの柄に黒枝が絡みついた。武器を握る手に力を籠めても動かない。一瞬の硬直──。フェリシアが得物から手を離して回避に移るよりも早く、彼女の喉元を抉ろうと黒枝が突き出された。
『――AhA HUhiihi nowaRii WVV』
「せぁぁぁあ……!!」
無防備な姿を晒した少女の柔肉を黒樹が突き破る。
そこに、疾駆して盾を振り上げるさなが割り込んだ。
響き渡る大音響、飛び散る火花。魔女の放った槍を盾で受け止め、衝撃で大理石を罅割れさせてグリーヴの靴底を埋めながらも鋭い一撃を防いでのけた彼女はがばっと振り返って仲間の無事を確認した。
「フェリシアちゃん、大丈夫?! ごめんなさい、遅れてしまって……!」
「……へへっ、別にこのくらいたいしたことねーよ!」
身を案じるさなの声に不敵に笑って返すフェリシア。ただひとりで強力な魔女を抑え込み続けた消耗は馬鹿にならず、根に絡めとられていたのを取り返したハンマーを担ぐ肩も荒い呼吸とともに上下していたもののもうその表情に悲壮なものはなかった。
「シュウはもう平気か!?」
「はいっ! 防壁は用意したので少しの間はあれで凌げると思います!」
「わかった、なら――すぐに終わらせてやるっ!」
既に変身しその身に甲冑を装備したさなは、がばっと
「――いっくぞぉおおおおおおおおおおお!」
『……!』
大粉砕。
荒波の如く押し寄せた黒樹の大質量。そのすべてを巨大化したハンマーで打ち砕いた。
攻撃を打ち砕かれた反動にたまらず叫喚をあげてよろめく魔女に、勢いのまま浮遊する少女はそのまま空中で身を捻る。
次の瞬間、魔女が見たのはすぐ目の前に迫る鉄塊だった。
『PiOAAaaaaaaa!!??』
魔力噴射を全開にしたまま投げ放たれ、ブーメランのように回転して高速で飛来したハンマー。その直撃をまともに浴びた魔女が頭部に罅割れを奔らせ悲鳴をあげるなか、魔女の纏う根のドレスを駆けあがるフェリシアは魔女にぶつかって弾かれ宙を舞う得物をがっしと掴む。
ぐんと膨張したハンマー。全身全霊の力を籠めて、フェリシアは巨大化した戦槌を魔女めがけふりおろした。
「だりゃああああああああああ!!」
『……!!』
直角に巨体が曲がる。
魔女の全身に奔る罅割れ、決着も近い。フェリシアが足を踏み込み追撃の構えをみせるなか、魔女は全身から嫌な音をたてながら、その身を守っていた黒樹の外郭をぎしりと軋ませた。
『Gha……、LaaaLalalalar--------』
「ほんっと堅ぇなこいつ……!」
超硬度の魔女にも致命打を打ち込める水準に達していたフェリシアが攻め切れていなかった理由のひとつが、サポートの欠如だ。
フェリシアの見立ては正確だった。彼女の全力全開を複数度打ち込むことができれば、呪いを溜め込んだ強靭な魔女であろうとひとたまりもない。以前彼女が水名神社で遭遇した時よりも更に強くなった個体が相手だったとしてもそれは変わらなかっただろう。
……だがそれは一撃ではまず倒しきれない、という事実と同義だった。
そして、強大な魔女に立ち向かい渾身の一撃で仕留めきれなかったとき、魔法少女は最も無防備な隙を晒すこととなる。
『――』
大槌の一撃でその身を直角に折り曲げたまま、ギシリと軋む魔女の身体。罅割れた外郭、身に纏う黒い樹皮から不気味な音が鳴る。
全力の一撃は魔女に重篤なダメージを与えた。だがそれだけだった。
かつての戦いの焼き直し。魔力を吸う性質をもつ黒樹。溜め込んだ呪い、フェリシアと戦いながら吸収した魔力。己が身に纏う黒枝に蓄積させたそれらを解き放つことで、黒い嵐となった魔女の
――フェリシアが本当にたったひとりであったなら、そうなっていただろう。
「フェリシアさんっ!!」
魔女が魔力を解き放つ瞬間を見越していたかのようなタイミング。弾丸のような速度で宙に踊り出ては仲間と異形の間に割り込んだ、盾を構える魔法少女。
空中に複数具現化させた自身の盾を足場に、鍛えあげられた脚力を発揮して空中での加速を実現させたさなは大きく振りかぶった盾ひとつで起爆された魔力の吹き荒れる嵐に立ち向かった。
「たぁぁあああああああああああああッッ!!」
魔法少女2人をまとめて真っ二つにする軌道の黒鞭の軌道に、運動エネルギーと遠心力を乗せて力いっぱい盾を叩きつける。
受け止めるためではない。魔女の攻撃は基本的にさなの慕う少年が放つような超人的な破壊力の打撃と比較しても更に重い、とてもではないが足場の定まらない空中で防げるようなものではなかった。
ただ、逸らす。自分たちの胴体を断ち切る軌道の黒樹の真横から盾を叩きつけ、強引にその動きをずらし命中するのを阻む。
渾身の迎撃で軌道をずらすことのできたのはただ1本。しかしそれだけでも、守りを固めるだけの猶予を稼ぐには十分だった。
「うお……!」
「フェリシアさん、私の後ろに……!」
接触の衝撃、地面に叩き落されたさなは同じく空中にいたフェリシアの腰に鎖を巻き付けて引き寄せ、続いて襲い掛かった暴風の前に飛び出しては次々と襲い掛かる黒樹の鞭を防ぐ。
盾越しに華奢な身を打ち貫く衝撃に歯を食い縛って耐えながら致死級の破壊力で吹き荒れる黒の奔流を弾き、逸らし、受け流す。その度に強烈な衝突音と衝撃波が吹き荒れるものの、ほんの僅かに掠っただけでも大理石の壁や床におおきな傷跡を残す黒樹もさなが背後に庇うフェリシアには傷ひとつ負わせること叶わなかった。
(これ、あの木刀と同じ……⁉ シュウさんの使ったあれよりもずっと、重いし数もっ、多い……!)
骨肉に響く衝撃を耐え凌ぐ。
準備もなしに真正面から受けようとすれば、途方もない破壊力を伴った黒樹の嵐はさなごとき結界の彼方まで吹き飛ばすだろう。そうなればフェリシアも、今はまだ無事な幼いシュウだって危険に晒される――。荒波のような破壊を、受け流す必要があった。
想起するシュウの姿。如何なる偶然か、鍛えてもらった少年のもつ黒木刀と同様の性質をもった黒樹が幾重ものの殺意となって襲い掛かってくるのを前に、複数度の接触で手を痺れさせながら、それでも。
シュウのそれと比べれば、ぜんぜん遅い。
「大丈夫。――慣れた」
このくらい、何度も見た。
『――AhaHA』
魔力の爆裂が収まった。
蓄積させた呪い、攻撃を受けた際に吸収した魔力を用いたカウンター。溜め込んできたもののすべてを解き放っての連撃に罅割れた傷を悪化させ外殻による守りを大きく損耗しながらも、魔女は外敵を討ち取ったことを確信しからからと嗤う。
次なる狙い。結界の奥に構築されたバリケードで隠れる幼子を引きずり出してやろうと魔法少女の死体を探そうと折れ曲がった胴を軋ませながら魔女はあたりを見渡す。
「……すっげえ」
シュウは、ずっとそれを見ていた。
魔女は、遅れて気付いた。
「…………………………………………………………はひー、流石に、疲れたかも」
全方位に撒き散らされた破壊痕、破壊された迷宮であがる土煙……。それが晴れた先でへたりこむ、
射程圏内にあった石造りの床や壁は黒枝に破壊されズタズタとなっていたが……彼女の後方の地面だけは、傷ひとつなかった。
「あとはお願い、フェリシアさん。ほんとは私もあれを1発叩きのめしてやりたかったんですけれど……」
「おう任せとけっ。さなの分までぶちかましてやる」
気だるげに持ち上げられた手とハイタッチ。みかづき荘最高の盾に守られて後方で呼吸を整えていたフェリシアが、打ち鳴らした手を通してさなの
「……やっぱすげえな、さな」
充溢させる魔力。さなから受け取った力をもってハンマーを変形、破壊力特化トゲトゲ状態にさせ魔力のジェット噴射で加速するフェリシアは、慌てる魔女の差し向ける黒樹のすべてを粉砕しながら力強く笑う。
『さなちゃん? 凄い真面目だよあの娘。あんま自覚はしてないだろうけどね、メキメキ強くなってる』
『そもそも俺のトレーニングなんて、弱っちい魔法少女にせめて身体の動かし方だけでも……なんて意図だからさ。ある程度の水準の娘にどれだけ効果があるかなんて保証もへったくれもなかった訳だけれど……。いやぁ根性あるよ』
『フェリシアもまたやりゃいいのに。やだ? ……イヤイヤイヤイヤやらしい目で見たりとかしねえし、汗フェチとかじゃねえしっ!! おまっ、どこでそんなっ、おま……ッ!!』
彼女は、後方からさなが駆けつけてきた時点で勝利をずっと確信していた。
だってさなは。お試しで参加したフェリシアが音をあげたシュウとのトレーニングを、半年間ずっと本気でやってた魔法少女だ。
「これで……!」
大槌を燃やす。
魔力噴射で最高速度を叩きだし一気に魔女の懐まで飛び込んだ金髪の少女は、黒い外殻に覆われた脚部を一撃で粉砕した。悲鳴をあげ崩れ落ちる魔女が、その頭部を無防備に晒す――。
「とどめだぁぁああああああああああ!!」
ぐんと巨大化させたハンマーを力いっぱいに振りかぶり。
フェリシアは、完膚なきまでに魔女の体を粉砕した。
『――お兄さまお兄さま、聞いて! 小さなお兄さまが見つかったって!』
『だけど、お兄さまの家に行ってたみたいで……! 鏡の魔女の使い魔も待ち構えていて、
異界にて。発生した異常事態に慌てふためく灯花から一連の話を聞いたシュウは、深く息をつく。
すぐに帰るつもりが、入れ替わる予定だった6才児の出奔によって発生した数時間のロス。
その間に『向こう』で発生した一大事の内容に、頭を痛そうにして眉間に手をあてる彼は心の底からうんざりしたように低い唸り声をあげた。
「……ガキの俺の方は無事なんだよな? さなちゃんとフェリシアは?」
『あっ、うん。みかづき荘に戻って今はダッシュできたお姉さまの治療を受けてるところ!フェリシアは切り傷がちょっとあるくらいで、さなは全身骨が痛いとかいってたけど小さなお兄さまにじゃれつかれて嬉しそうにしてたしぜんぜん平気そうだよ!』
「そっか……」
鏡の魔女の手引き。鏡の結界に出現する使い魔まで自宅に現れたのを聞いて渋い表情になっていたシュウは、小鳥のウワサを介して仲間たちの安否を確認してひとまずは安堵する。
神浜市外には、まだ魔法少女の魔女化を防ぐ自動浄化システムも広がってはいない。その環境下でシュウの母親が変じた魔女と遭遇し戦ったフェリシアやさなのことは気にかかっていたが、灯花の話を聞く限りは大丈夫そうだった。
『だけど……小さなお兄さまの方は、お義母さまの偽物が魔女になったのを見ちゃったショックもあってかなり辛そうにしてて……。さなに励まされて少しは持ち直したみたいだけど……』
「……まあ、そりゃそうだよな」
帰るための鏡を前に待機させられている間、逃げようとしたので殴り潰した魔女が死に体で呻き声をあげるのをちらりと見たシュウは灯花に向け声をかける。
「……灯花。向こうの俺に、帰ってくる気力はありそうか」
『それは。……どうだろう。勿論帰りたいって気持ちはあると思うけど……。お兄さまには謝らないとだけれど、少し、休ませてあげたいかも……』
「まあ、同意見だな」
智江の推理、灯花とねむによる解析、いくつかの状況証拠で並行世界に放り出された桂城シュウが帰る方法は複数目途がたっている。
通ってきた鏡の破壊。
出入口の鏡を維持する魔女の撃滅。
そして、シュウたち2人が鏡を再び通ることによる入れ替わりの解消だ。
こんな前代未聞の事態で力技に頼るのはリスクが多すぎる。だから自分たちは扉を維持しそれを利用して元の世界に戻る道を選び、灯花たちも6才のシュウには「なるべくこちらに来る前と変わらない状態で戻れるよう」魔女とは最大限遭わせず、魔法少女の真実は教えず、家族の死も隠して接していたのだろうが――。
「……この際だ。荒療治にするかな。
『お兄さま?』
その言葉に含みのあるものを感じた灯花の疑問符にも構わず、腰をあげたシュウはウワサを介して呼びかける。
「――用ができた、俺は一旦こっちの家に戻る。ここの魔女も
『……どうするの?』
「俺って単純だからさ。ちょっとメッセージだけもらいに行ってくる。いろはや母さんに呼び掛けられるだけでもちょっとはイキイキするんじゃねえかな」
――帰りを待ってくれるひとがいるってのは、幸せなことだからな。
『……』
その言葉に沈黙する灯花。蹴散らした使い魔たちを踏みしめ結界を出ようとしたシュウは、懐にしまおうとした通信用のウワサが震えるのを知覚した。
「灯花?」
『お兄さま』
『私も。ねむも、ういも、お姉さまも、ななかも、お婆さまも、さなも、フェリシアも、鶴乃も、やちよお姉さまも、みんな、みんな――。お兄さまが帰ってくるの、待ってるよ。……お兄さまのこと、大好きだから』
「……」
「そっか。そうだな。幸せ者だな、俺は」
「ありがとな、ちょっと元気出た」
「……。…………?」
胸の奥で、疼くものがあった。
その正体について少し考えて、悩んで、察して。少しおかしくなってしまって、つい笑ってしまう。
どうやら、本当に。桂城シュウという男は、単純な生き物らしい。