環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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煩悶の傷

 

 一般人を連れ去る魔女を見かけ、共闘してくれる魔法少女を見つけたからといって通話を切ったかえで。

 待ち合わせの場にも現れず、通話も勝手に切った彼女に文句を言うチームメイトを宥めつつ、放ってはおけないだろうと魔力の反応を追ってかえでの発見したと思しき魔女の結界に辿り着き──路地に停められたバスには気を失った乗客たちが座らされていた──いざ足を踏み入れた十咎ももこが見たのは、クモの巣のように毛糸を宙に張り巡らした広野と、昏倒する魔女の周囲で走り込みをする桃色の少女の姿だった。

 

「ふっ──!」

「はいゴール。かなり早くなったな、100mで10秒3……。悪くないんじゃないか?」

「う、うん……調整前と比べてもかなり縮んだ気がするね……最速で維持して走れってなるとだいぶ疲れるけれど……」

「……なにやってんの?」

 

 携帯の時計機能で測定していたシュウの背後から声をかければ、おやと目を丸くしながら少年が振り向く。汗を流すいろはにタオルを手渡していたかえでもやってきた2人に気付くとぱあっと顔を輝かせた。

 

「わあっ、ももこちゃんレナちゃん! 来てくれたんだ! 今はね、シュウくんと一緒にいろはちゃんの測定を手伝ってるところで──ふゅぅうう!?」

「いやなぁにそんな呑気なことやってんのよ! 魔女! 居るじゃないそこに、とっとと倒しときなさいよ! というか何で男にそんなの手伝わせてるわけ、操られた一般人バスに戻す余裕あるんならとっとと帰しときなさい!」

「れ、レナちゃん違うよぉ。あのバスに操られてた人を戻してくれたのはシュウくんだし、ほら言ったでしょう? 昨日私を助けてくれた男の子……、そのシュウくんが魔女の動きを封じてくれたから結界のなかでなら外じゃできない実験とかできるって……」

「はぁ? あれ本当の話だったの、てっきり揶揄ってるかと……。でも魔女の動き止めたって言ってもどうせ大したことな……うわぁ」

 

 ……かえでに噛みつくようにしてがなりたてていたレナが絶句するのも無理ないことだった。

 恋人の身体能力を測定する少年の近くで倒れている魔女の肉体は矢で好き放題に撃たれたのか全身がぼろぼろだったが――それ以上に目を引いたのは、首を串刺しにする木刀で。柱の如く屹立する2m以上の黒刀が深々と魔女の首を貫いて強引に動きを止める凄惨な場を見たももことレナは束の間沈黙する。

 

「えぇ……うっそでしょ。これを、魔法少女でもないただの男がやったの? どっかに隠れてた大型の魔女にこれされてたって言われた方がまだ信じられるんだけど……」

「うぅん、シュウくんがやったんだよこれ。こう、私の出した樹を足場にして真上からざっくり……」

「えぇ……私が昨日運んでたやつって、もしかしてこれだったりする? そりゃ重かったけどこんなにでかくなかったぞ……」

 

 そんな風に少女たちが言い合うなか、魔女に突き刺さっていた木刀が一瞬膨れ上がったかと思うと――起爆する。戦闘の最中でいろはの矢や魔女から喰らった魔力を爆ぜさせた勢いで魔女の首をごりごりと抉りながら飛んだ木刀はその刀身を縮小させながら複雑な軌道を描いて間近の少年に突き進んだ。

 それを片手でこともなげに受け止めた少年は、木刀回収しときたいなあと思っていたら突然弾丸の如く飛んできたのに内心冷や汗を流しながらも魔力を放出して重量を減らした木刀を竹刀袋にしまいこんではある程度の計測を済ませたいろはを連れて3人に軽く手を振った。

 

「秋野さんお疲れ様、十咎さんは昨日ぶりです、そこの娘は……はじめまして?」

「……水波レナよ。でも今の、一体どうして……どうやったの……? ……いや待ってまさかsyu!? 本当に実在したの!?」

「……ぁー、そっちで知ってるのか。いや合ってるけども。案外あれ人目についたりするのかねえ」

 

 目を見開いて驚愕するレナに、少年もまた苦笑する。衣美里(エミリー)もこの街にいたようだし……存外世界は狭いのかもしれないと思わざるをえなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「17番のお客様ですね? こちらが注文されたメニューになります」

「どうも。ありがとうございます」

 

 受け取り口から5人分のハンバーガーやドリンクの載せられた盆をいろはと受け取り、2階で席を取っていてくれているももこの元に向かう。

 自身の受け取った盆の上に載せられたハンバーガーを悩ましげに見つめるいろはに、思わず苦笑した。

 

「どうした、やっぱりこういうジャンキーなのは慣れないか? ……そういえばいろはと一緒にこういうところ来た経験ってなかなかなかったな……」

「あ、うん。……初めて来たときは多分、お母さんに連れられてきたときだったと思うけど……いつだったかなあ」

 

 純粋培養……いやそれほどでもないか。ただまあ、同じ値段で昼食を食べに行くならとバーガーショップか定食屋かを見比べたとき、いろはの母親なら迷わず後者を選ぶだろうことは理解できた。

 あとは、複数人で駄弁るなり勉強するなり……そういった機会でバーガーショップを選択する系列の同級生といろはが滅多に交流を持たなかったのも関係するのだろう。

 勉強だって基本は図書館、教室、家で必要なことはすべて済ませていたようだし、独学でだいたいの教科をこなすことのできる彼女は一定以上の人数で集まって行動する意義も薄いようだった。

 

「俺も最近はこういうの来てないなあ。剣道やってたときには先輩や後輩と近くの店に行ってたりもしたけど……お?」

「……おっそい。何くっちゃべってんのよ」

「……ももこさん?」

 

 何だか不機嫌そうだし刺々しさが9割増し……というか普通に別人のような言動だった。鋭い目でじろりと睨みつけ、硬直するいろはの持っていた盆をひったくるようにして受け取った金髪の少女は、少し険しさを増したシュウの視線を気にも留めずに階段を昇っていく。

 

「(どうしたんだろう、機嫌すごく悪いけれど……)」

「……さて、どうだかね。せっかちなのか取り繕っていたのが剥がれただけか、いや……化けてただけみたいだ」

「えっ?」

 

 2階に上がったももこの姿はない。盆をもって席へ向かっていたのは水色の少女で──いろはの持つ治癒以外の魔法が使われるを初めて見て関心の色を示したシュウは、無断でももこの姿をとっていたことを咎めるかえでをあしらいながら席に着くレナに遅れいろはと並んで座る。

 

「変身ってあれなかなか便利そうだよなあ。いろはも試したらできるかな?」

「無理なんじゃないかなあ。レナちゃんは特別だよ、他の魔法少女の能力だって──ひぅ! ご、ごめんレナちゃんつねらないで……」

「ヒトのプライバシーについてペラペラ喋るんじゃないわよまったく……!」

「ふゅぅうう……つつかないでぇ」

 

 手に取ったハンバーガーを小さな口で頬張ろうとした横から伸びた手に頬をつねられ涙目になるかえでの横で目を鋭くするレナは、細い指でつねった頬をつんつんとつつきながらじろりとシュウを見遣る。

 

「……にしても本当にsyuが実在してたなんてあれ見たあとでも信じられないわね、恋人の魔法少女を手伝って魔女と戦っている男がいるってだけでもムカ……じゃない眉唾だったのに。いややっぱムカつくわ。アンタ少し前まではまともに情報共有しようとしてたくせに一昨日くらいから惚気話しかしてないじゃない! ちょっとは自重しなさいよ、そこの娘とどう仲が進展したか知ったことじゃないけれどTLにいちいちアンタの嫁自慢流すのほんと鬱陶しいからやめてくんない!?」

「………………す、すまん。すまない……」

 

 怒涛の剣幕。話している内にだんだんとヒートアップしてきたのか、額に青筋を浮かべて詰め寄ってくるレナに思わずたじろぐ。

 一昨日……一昨日。砂場の魔女と戦ったのは昨日だしなにかあっただろうか、いや普通に環家で暮らしだした頃だった。確かに惚気話はそれなり以上にしていた気がするが……何人かの魔法少女にブロックされていたのはそのせいかと唸る。今日明日からそういう投稿倍増しそうだったし今指摘されたのは本当に僥倖だった。

 

「シュウくん、どんな話してたの……?」

「そうそう、さっき計測してた測定結果纏めとこうか」

「そっちも気になるのは確かだけれど随分露骨な話題逸らしだな……」

「重要事項だから……」

 

 呆れ顔になったももこの言にちょっと震え声になって苦しい反論をしながら、携帯を開いたシュウはメモに入力した測定結果をいろはたちに見せる。

 

「へぇー、凄いなこの成績。でも魔法少女ならこんなもんか? 短距離走6秒91、100m走10秒4、立ち幅跳び5m15~20、走り幅跳び8m60、握力35~6キロ……ん? 微妙に曖昧なのなんだこれ」

「……例えば学校に発生した弱い魔女の動きを止められたらそのまま機材借りたりして正確な測定ができるんだけれども。基本的には俺が目測で測ってますよ」

「えぇ? それ意味なくない……?」

「多少大雑把でもできることがわかるとわからないとじゃ全然違うぞー、うっかり力入れ過ぎて家具壊したり誰かを傷つけたりしたら最悪だろう、魔法少女と他の人間じゃだいぶスペックも変わってくるし。()()()()()()()()()()()()()()()をよく知ってるからだいぶ気を使ってるよ」

 

 どの程度の枠組みに納めれば「クラスでもかなり運動能力の高い方」程度に認識されるか一時期必死になって模索していた時期もある。こと並みの範疇に納まるものならメジャーなしでもほとんど誤差の範囲で計測できる自信があったが……当然のように家屋の屋根に飛び移れるだけの身体能力を見るとなると、多少はズレがでる。握力も実際に握り合って凡そを把握するとなると雑になるのも仕方ないものだった。

 あとは本命となる矢の威力だが――、そこで少しだけ、シュウは渋い表情になった。

 

「(……最大威力と判断していいのは20秒、一発撃たせてみたけど――冗談みたいに、魔女がごりっと削れたからなあ)」

 

 暫く調整による強化を重ねてしまえば……いろはは、自分を必要としなくなるかもしれない。

 本来は喜ぶべきところであると自戒しつつも、少しだけ。

 胸のなかに仄暗い思いが宿るのを、少年はうっすらと自覚して。どうしようもない自己嫌悪に陥らざるをえなかった。

 

 ――まだ、役割を果たせてはいるが。

 ――いろはがこれからどんどん強くなっていったら、どうする?

 

 ――……いろはが強くなるのは、喜ばしい筈だ。

 ――だって、俺では魔女は殺せない。だから、魔女に対して最も有効な攻撃を放つことのできるいろはの強化は歓迎こそすれど決して憂うようなものではない筈なのに。

 ――どうして恋人が強くなっていく未来を少しでも自分は、疎ましく感じているのだろうか。

 

 ――いつかいろはの足手纏いになるのが怖いのか?

 ――幼い頃からずっと自分の後ろにいた少女の後塵を拝することになるのが、悔しいのか?

 ――……そうかもしれない。

 

「――、レナ…………」

「……によ……――じゃない……!」

そんなんだから、友達だっていないんだよ……?」

「っ!!」

 

 ――ずっと一緒だった。

 ――自分の後ろに、隣に、ずっといろはがいて。それが当然のことだと当たり前のように自分は認識していて。

 ――だけど、昨日……いや、初めて魔女と遭ったときも。彼女は自分の前に立って、正面から立ち向かおうとしていて。

 ――その後ろ姿は、頼もしくも感じたけれど……きっと、自分は。

 ――悔しくて……それ以上に、寂しくも感じていたのだ――。

 

「――もういい! もうかえでとは絶交だからっ!!」

「っとぉ……」

 

 間近で放たれた言葉に、泥沼のような思考から揺り戻される。

 向かいを見れば、席を立ったレナが不機嫌な様子をありありと見せて紅葉色の髪の少女を睨みつけていて。対するかえでもまた、譲る素振りも見せずに口を尖らせた。

 

「あーっ、言った! だったら私もレナちゃんとは絶交だもん!!」

「っ!」

「ばっかもう、そういうことは軽々しく口にするなって!」

 

 険悪な雰囲気を漂わせる2人をももこが窘めていたが、互いに断じて言葉を撤回するつもりもないようで。とにかく落ち着いてと言えばレナとかえでが口を揃えて「ももこは関係ないでしょ!」「ももこちゃんは黙ってて!」と切り捨てるのに困り果てたようだった。

 そんな彼女たちの様子に居た堪れなさそうに身を縮めるいろはを見て、やるときは本当に凄い度胸なんだがなあと少年も苦笑して。飛び出していったレナを見送りながら、口にしていたハンバーガーの残りを頬張る。

 口の中に溢れる脂と肉汁は。迷走する思考を紛らわせるには、不思議と適しているようだった。

 

 

 

 

 

「ああいうの、良いなあ……」

「ん?」

 

 バーガーショップを出て、検索してみれば意外に近くであったとわかった里見メディカルセンターへと向かうなか。

 私のこぼした言葉に、隣を歩くシュウくんは目を丸くして。指を絡めるように手を繋ぎながら、羞恥に顔が熱くなるのを自覚しながら微笑んだ。

 

「ほら、私友達が少ないから……かえでちゃんたちやういたちみたいな、思ったことを何でも言い合える関係を見てると、なんだか羨ましくなって」

 

 絶交と言って立ち去っていったレナを見送ったももこさんは、困ったように笑いながらもどうせすぐに仲直りするから心配ないよと断言していた。

 もう何度絶交したかわからない。けれど後で頭が冷えればレナが謝ってくるからそれで仲直りさと。そんな流れを何度も見てきたのか、喧嘩をするチームメイトにやれやれとぼやきながらも、ももこさんの瞳には微笑ましいものを見るような優しさがあって。

 

 思えばういや灯花ちゃん、ねむちゃんも似たようなやりとりをよくしてた。2人がいがみあって、絶交して、そこをもう1人が仲裁に入って……また、仲直りする。

 一見歪な形に見えるけれど、それでも途切れない関係というものは確かにあって。

 私からすると、それは少しだけ……羨ましくも眩しいものに見えた。

 

「──俺はどうなのかね。何でも言えたりはしない?」

「うん」

「えっ……」

 

 即答されてショックを受けた顔になるのに、つい噴き出しそうになって。揶揄ってくれるなと恨みまがしげにする彼に慌てて謝りながら、否定した訳を話す。

 

「だって、シュウくん……。私が言えば、それこそ何でもしてくれそうだから。だから、何でもは話せないかなあ」

「…………………………んーーー…………そうでも、ないぞ。いや言いたいことは分かるけれど。でもそれを言うなら俺だってそうだよ。いろはだっていろいろ深刻に受け止めがちだし傷つけないように言葉は選んでるぞ」

「……そうかな? そうかも……」

「少なくとも俺は――そうだな。絶交だとかは、二度と言えないかなあ」

 

 悩みながらそんなことを言ったシュウくんに、半年ほど前……私が魔法少女であることを知られたときのことを思い出して。絶交だと言われたときの胸の痛みを想いながら、そうだねと微笑む。

 塩分で喉が渇いたといって自販機の前に立った彼の横で、そっとソウルジェムに触れながら呟く。

 

「私も、嫌だなあ。絶交だなんて次言われて、口もきいて貰えなくなったら……今度こそ、立ち直れなくなりそう」

「……悪かったよ、本当。あれは流石におとなげなかった」

「ううん……。あの状況だったし、仕方ないとは思ってるけれどね」

 

 ……でも。

 私たちも、レナちゃんたちや灯花ちゃんたちみたいに喧嘩を繰り返してたなら、絶交ももっと軽く受け入れられたのかな――。

 ミネラルウォーターを傾けるシュウくんの横で、そんな風に口にすると。

 自販機の前に佇む私たちの背後から、鋭い声が飛んだ。

 

「――絶交、ですって?」

 

 振り返ると、そこにいたのはすれ違えばつい2度見してしまうような、怜悧な美貌をもった女性で――。何かに気付いたように「あ」と口を開いたシュウくんを一瞥して、彼女は言った。

 

 

「やっぱりそこにいたのは桂城(かつらぎ)くんだったか……、貴女は昨日は気を失っていたから覚えてないわよね。……私は七海(ななみ)やちよ。気になる言葉が聞こえたから、忠告しようと思って」

「いい? この町の中では、絶対に――『絶交』なんて言葉は使っちゃだめよ」

 

 




「――魔法少女を、やめろ」

 はじめての喧嘩。はじめての絶交。
 その言葉を、少年は血反吐を吐くようにして最愛に叩きつけた。

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