環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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私にとっての

 

 

 ――ずっと、謝りたかった。/ ――お礼を、言いたかった。

 

 

「……ぇ?」

 

 鎮圧された異界に繋がれた『扉』。うい、灯花ちゃん、ねむちゃんがやってくる。

 これから帰るシュウくんとの最後の挨拶と、合わせ鏡を用いた移動の維持。そのためにやってきたういたちは、けれどどこか浮足立っているような感じをしていて。

 

 ねむちゃんから、その理由を聞いて。

 蚊の鳴くようなかぼそい声が、搾りだされた。

 

「理恵、さんが……? な、なんで……」

「さっき、設置したセンサーに反応があった。きっともう来てると思う。お兄さんが言うには――」

「あっ、お姉ちゃんっ」

 

 もうほとんど無我夢中だった。

 ういの呼びかけにも応えられないまま背を翻して、全力の魔力探知に反応のあった気配のもとに必死になって向かう。

 

「ッ……! う、くぅ……っ‼︎」

 

 次々に溢れてはこぼれる涙を、走りながら腕で拭う。ばくばくと鳴る心音は煩わしくなってしまうくらいにうるさくって、嗚咽を漏らしそうになる口は必死になって一文字に引き結んで閉じた。

 制圧された鏡の結界を駆ける。崩落した階層の瓦礫を飛び越えて、倒したばかりのコピーが消えていく横を走り抜けて、シュウくんと離れ離れになった広間に飛び出していく。

 

 なんで? なんで、シュウくんは何をしてるの? いったい、どうし、どうして――。

 

「――あ」

 

 居た。

 合わせ鏡。その前で。初めて見る魔法少女の姿で、私に気付いて手を振る、あのひとが。

 

「いろはちゃんだ! ……うっわぁ、うっわあ! 本当に……綺麗になったねえ」

「……りぇ、さん」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「本当によかったのかい? 理恵を行かせてしまって」

「……お婆ちゃんか」

 

 ぼんやりと鏡を見ていたらかけられた声に、つい顰めっ面になる。ちらりと目線を向けて自分の腰を下ろしている死に体の鏡の魔女をしげしげと見つめている老婆の姿を確認したシュウは、すぐにそっぽを向くと鼻を鳴らした。

 

「良いわけないさ。とーぜん反対したよ。ただまあ……しょうがないだろ。俺には、母さんには負い目があった。いろんな意味でな。それが嘘までバレて、これといって怒りもしないで、心配だから行きたい、行かせてなんて一点張りされたら……、止めれんかったよ」

「そうかい。……難儀な子だねえ、つくづく」

「自覚はある」

 

 ――当たり前のように婆ちゃんまで俺の嘘察してやがる。

 

 そんなにわかりやすかったかなと、眉根を寄せて苦り切った顔になる。

 もし老婆が理恵と同様のタイミングで気付いていたのならば、この世界にやってきてから丸一日、家族たちを前に必死になって外面を取り繕っていたのが丸ごと無駄だったということになる。陰鬱やら、情けないやら、恥ずかしいやらで溜息をつくシュウは憮然として智江に唸った。

 

「……婆ちゃんこそ、なんでここにいるんだよ。そりゃあさっき場所は伝えたけどさあ……。飯の用意するって話じゃなかったの?」

「したついでにこっちに来たのさ、ほら」

 

 ひょいと彼女が掲げたのはスーパーで買いこんだのだろう、肉や野菜が入ったビニール袋。それに記載されているシュウも神浜でよく通う駅前のマーケットの名前に、「そんなの最寄りで適当に済ませりゃよかったろうに……」と不機嫌そうにぼやくと、老婆は愉しげにして目元を細めた。

 

「もうこのまま帰るつもりなんだろう? 最後に挨拶したいじゃないか。欲をいえば私も向こうに行ってシュウのお世話になってる子たちにお礼でも言いたかったけれどねえ」

「よしてくれよ、キリがねえじゃんそんなの」

 

 からからと屈託なく笑う智江に苦笑いし、シュウは合わせ鏡を通った2人目のお婆ちゃんが母親と一緒にうっきうきの顔でみかづき荘の魔法少女たちに挨拶してまわる様子を想像する。

 ……成長したいろはやういの姿に感極まり、恐縮しきりのななかに対してやたらと世話を焼き、みかづき荘の魔法少女に普段のシュウはどんな風に過ごしてるかと根掘り葉掘り聞き出そうとしている姿は鮮明に浮かんだ。

 

「……いや待てよ、そういや母さんめっちゃ遅いな。まさかマジで駄弁ってる感じか? 俺と合流したらすぐ帰ってきてくれるもんだと思ってたのに話が違うじゃんかよ」

「向こうのいろはちゃんたちにはシュウがお世話になってたし積もる話もあるでしょう。どんと構えて待ってあげなさいな。……ああでも、シュウの方はどうなの。きちんとお話できた?」

「今更だけどどっちも俺なのめちゃくちゃややこしいな」

 

 とはいえ、老婆の懸念は彼にも伝わった。

 先程言ったように、シュウはこのまま幼い自分と入れ替わりで元の世界に戻る。理恵と次に会うときは、鏡を通ってこの世界に戻ってくるその瞬間くらいか――。

 言い残したことはないか。未練はないか。

 

 そう尋ねる老婆に微笑み、シュウは首を振った。

 

「もう大丈夫さ。……母さんとはたくさん話せたし、大切なことも教えてもらえた。だから――俺は、もう大丈夫だよ。婆ちゃん」

「……そうかい」

 

 相好を崩し快活に笑う彼は、憑き物の落ちたような穏やかな顔をしていた。その様子を見つめる老婆もまた、シュウの様子からなにかを見て取ったのか自分の知る家族よりもずっとずっと大きく成長した彼の姿に眩し気に目元を細めながら笑う。

 

「……あぁ、でも」

「うん?」

「いや……。そう考えたら、向こうに母さんが行ったのもあながち悪くはないのかもなって思ってさ」

 

 鏡の向こうを伺う少年。彼が想起したのは、母が通話に顔を出しただけで動揺を露わにして泣き崩れそうになっていた恋人のことだった。

 

 ――また泣いちゃうかな、いろは。

 

 シュウは、知っている。

 いろはの心。シュウの家族の、彼女のもうひとつの家族の死に駆けつけ、力及ばなかった彼女のなかに刻まれている大きな傷を。

 

『うぁあっ、あぁっ。やだ、やだぁ』

『お義父さんっ、お婆ちゃんっ。なんでっ、なんでぇ……!』

 

 あの日、あのとき。シュウと同じように、彼女もまた家族を喪って。その負い目を心の奥底に抱えながら、ずっとずっと後悔していることを。

 

 心の傷は、そう癒えるものでもない。

 当事者の間での赦し、償い、慈愛によってそれが埋められることはあるだろう。だが、割れた器が修復されても接ぎ目や罅が必ずどこかに残るのと同じように、元通りになることは絶対にない。

 それは、もうひとりが会ったとしても変わりはしないだろう。あるいはこの出逢いさえもまた、彼女に残る傷になってしまうかもしれない。

 

 けれど。

 それでも――。

 

「話すのは、大事だからな」

「……まったくだね」

 

 いろはだって、家族なんだから。

 

「……それじゃあ、婆ちゃんもどっか座りなよ。いろいろ聞きたいことあんじゃないか? まあ未来の話っつっても俺の話だ。――こっちがそうなるとは限らんし、それでもよけりゃ、な」

「……そうだねえ。お話しましょうか。なんだかんだ、おっきくなった貴方が来てからずっとどたばたしてたしねえ?」

 

 

 

 ***

 

 

 

 その戦いに、達成感なんかなかった。

 惨めで、悔しくて、辛くて、

 

『ひっ、ぇぐ……』

 

 ずるずると、紅い血の痕を残しながら。崩れる結界のなかを進む。

 

『ぅえ、えぇぇん。ごめ、ごめんなさ、ごめんなさい……!』

 

 ぼろぼろと涙がこぼれおちる。

 肩にのしかかる重み。血みどろの装束越しに感じる感触に温度はない。

 

 間に合わなかった。

 魔女の処刑場。白い白い広間に私が駆けつけたときには、智江さんとお義父さんの胸には大きな穴が開いていて。素人が見てもわかるくらいに、手遅れだった。

 回復の魔法なんて、なんの役にも立たなかった。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……! うぁぁ、あぁ、あぁぁぁああ……!』

 

 こんなところに置き去りにしてはいけないと、やっとの思いで2人と、シュウくんを担いで。その瞬間もう、心が折れそうになった。

 

 冷えた体から、命はもう()くなっていて。

 いつも私やういのことを温かい笑顔で迎え入れてくれた家族がもう生きてはいないことを、肌で理解してしまったから。

 

『ぁ、あぁ……ッ』

『――なくな、いろは』

 

 か細い声。掠れた吐息。

 命の温もり。

 

『シュウ、くん』

『ぉれ、は……。だいじょうぶ、だから。――助けてくれて、ありがとう』

 

 目の前で家族が殺されて、自分も血みどろになるまで魔女と戦って、意識も朦朧としているなかで囁いてくれた言葉。

 それだけが、支えだった。

 

『うん』

『――うん……!!』

 

 ずっと流れる涙はそのままに、けれど疲弊しきった身と心に喝が入る。崩れゆく結界のなかで1歩を踏みしめ、懸命に前に進む。

 

 今思えば……、キュゥべえと契約した時点で大願を果たすことができた環いろはという魔法少女にとっては、きっとそれが魔法少女としての始発点(はじまり)だったのだ。

 

 傷つくひとを助けたかった。誰かにとっての大切なひとを守りたかった。理不尽を振りまく魔女を許せなかった。

 だから、魔女を倒そうって。自分にできる限りの手立てを尽くしてひとを助けようって、そう決めたんだ。

 

 ――自分の倒した魔女が、大切なもうひとりの家族であったことに気付きもしないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

『何度でも言うぞ』

『いろはは自分にできる限りのことをしてくれた。父さんと母さんの件について、お前が罪悪感を覚えるようなことは何もない。欠片だってないさ。犯罪者に襲われたからって警官を責めるか? 火事があったら消防官を責めるか? いろはは、義父さんと義母さんはういの容態がずっと悪いからって病院の先生を責めたりなんかしたか?』

『悪いのはキュゥべえで、いろはも、母さんも、父さんも婆ちゃんにも罪はない。いやまあ婆ちゃんに関して文句を言いたくなるトコはちょいちょいあるけど……。なにか履き違えて誰が悪いかだなんて言い出したら、そもそも現場に居合わせた俺が助けられなかったこととか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……だなんて飛躍した話になりかねないしな。ふざけてるだろ、それ』

 

 シュウくんは、何度でもそう言った。

 

『履き違えるなよ』

『魔女を殺したことを、後悔してんのか? 自分が人殺しだって? ()()()()()。魔法少女を魔女の元が魔法少女、それがなんだ? お前の大切なひとは、あんな化け物だったか? ヒトを嬲り殺しにして遊ぶような怪物だったか? 死体に呪い詰め込んだゾンビみてえなもんじゃねえかあんな出来損ない。いいか。見失うな。――お前は人殺しなんかじゃあない。勝手に使われてる死体を解放して、魔女になった魔法少女の尊厳を取り戻してる。それのどこに責められる(いわ)れがある?』

 

 何度でも、誰にでも。

 シュウくんは同じように言って、魔法少女の真実に直面して自責の念に駆られる女の子を叱咤している。

 

 ――それは、強固な芯だ。

 悪意に満ちた理不尽に直面した魔法少女が自分を責めるのは間違っている。魔女の存在を許すな。それを生み出したキュゥべえはもっと許すな。必ず、必ず。魔法少女が魔女にされず、魔女が二度と呪いを振りまくことのないような世界を作ってみせる。

 魔女になった『手遅れ』を悼みこそしても、振り返りはしない。させない。ただただ前を向いて、世界を変えるために進んでいく。

 

 それに添うのなら、私だって割り切るべきだ。

 わかってる。

 けれど。

 

 私には、無理だった。

 他のことだけはできるくせに。そのひとのことだけは、無理だった。

 

『あ?』

『あ゛あ゛ぁ ぁ ぁぁぁぁあ゛ぁ……!?!?』

 

 初めてその魔女の正体を知った時、私は吐いた。

 智江さんの抽出した、記憶の結晶。マギウスの翼に所属して、ういのことを切り捨てると決めたシュウくんの真意を知りたくて。ななかさんの鍛練を受ける前にそれを見た私は、心底後悔した。

 

 理恵さんだった。理恵さんだったんだ。

 シュウくんを傷つけた魔女。お義父さんを殺した魔女。智江さんを殺した魔女。

 私の倒した魔女が、理恵さんだった。

 

『多分母さんは、もう帰ってこないって』

『婆ちゃんはそう思ってるらしい。まあ、無事ではないだろうな。もし元気なら一言も言わずにいなくなるひとじゃ絶対ないし……』

 

 ――理恵さんは、公的には行方不明。届け出もシュウくんが出しているけれど、発見されたという連絡は来ていない。

 ――でも、いつかはまた会えるって。戻ってきてくれるって、そう信じていたかった。

 ――だけれど、実態は魔女になっていて。真っ黒になったソウルジェムから魔女が生まれて、とっくのとうに理恵さんは死んでしまっていた。

 ――死体は魔女結界に置き去り、そして魔女が消えた結界に置き去りにされたものは消えてしまう。

 ――理恵さんは今でも見つかってない。死体さえも。

 

 ――私は。

 ――初めてあの魔女に遭ったとき、なにも気付かずに魔女を倒して。崩れて消える結界に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『いろは』

『……いいんだよ、そんなこと。どうして……。どうして俺が、それでお前を責められる……?』

 

 わかってる。

 わかってるの。

 

 だけれど。どうしても。これだけは。

 私は、私を、許せなくって――。

 

 

 

「いろはちゃん」

 

 

 

 二度と会えないと、そう思っていた顔が。目の前にあった。

 

「――ぁ」

 

 堪え、なきゃ。

 

「あ、ぁぁっ、あっ」

 

 だって、理恵さんはきっと、シュウくんの迎えのためにこんなところまでやってきていて。身の安全や、きちんと元の世界へ帰ってもらうためにもすぐにシュウくんを連れてきて、帰ってもらわなきゃいけなくって。

 笑顔で、安心してもらって、送り出さないと、いけない。いけないの、に――。

 

「ふっ、ううっ。りっ、理恵さっ、えっと、さ、()()()()()、あは」

「いいんだよ」

「ぇ」

 

 電話で顔を合わせてしまったときは泣いてしまったから、せめてほんの数分だけ、送り出すまでの間だけでもとなんとか堪えようと、笑顔を取り繕っていた。

 それが、優しい笑顔と。かけられた言葉ひとつで、崩れかける。

 

「もう、こっちの私のことも知ってるし、教えてもらったから。大丈夫だよ」

「えっ、えっ。そ、それって」

「まあ、シュウのやつも嫌そうにはしてたけどねぇ。けどまあ……しょうがないじゃない? 相手を傷つけないために嘘をつくのは仕方ないし、ある程度なら気にしないようにしてあげられたかもだけれど……。ふふっ、あの子も器用ではないから。一目あっただけで死に別れた家族とまた会ったみたいな顔するんだもの、将来私がどうなったかだいたい察しもつくよね」

 

 皮肉っぽい言い方は、やっぱりシュウくんに似ている気がした。

 わけがわからなくなって、頭のなかがいっぱいいっぱいになって、二の句も告げれなくなってしまっている私に、巫女服の理恵さんが近づいて──、ぎゅって。

 温かい、柔らかい感覚と一緒に、視界が暗くなった。

 

 理恵さんが抱きしめてくれたことに気付いたのは、涙腺が決壊したのと同時だった。

 

うぇぇ、えぇ、えええ、おかっ、お義母さぁん……!!」

「よしよし、大丈夫。大丈夫だからねえ」

 

 ――いいんだよ。シュウのことを迎えに来たのは本当だけどね、私が来たのは一回いろはちゃんとこうしておきたかったからなんだから。

 

 恥ずかしいだとか、前後の状況だとか、自分の役割だとか。ぜんぶが、すっぽぬける。

 生きてる。大切な家族が、生きてくれて、目の前にいてくれて、今もこうして一緒にいてくれている。

 それだけでもう、ダメだった。こんなんじゃ1時間前の巻き戻しもいいところなのに。涙も、胸の奥からこみあげる激情も、言葉も、止まらなくなってしまう。

 

 

 

「おかあさ、おかあさぁん……! うぁぁぁ、なんで、なんでぇぇぇ……!!」

「あーあ、シュウに怒られちゃうかなあ。ごめんね、こんな泣かせちゃって。……おっきくなったねえ。いま何才?」

「じゅ、16っ、ことし、16になったっ、の……!」

「ほんとにおっきくなったねえ! わたしと7つしか違わないじゃないっ、10年ってすご……」

「うぁぁぁああああああ……!」

 

 

 

「――つらかったよね」

「……ッ」

「ごめんね。私の不始末に突き合わせちゃって。魔女を倒してくれてありがとうね」

「……ちがっ。が、ちがうよ。わたし、へいきだったよ。シュウくんが、シュウくんが、ずっと、ずっと助けてくれたの。魔法少女にっ、なった私のこと、ずっと、ずっと……!! ずっと、一緒に、居てくれたんだよ……ッ」

「そっか。立派だね、あの子も、いろはちゃんも。……おっきく、なったね」

 

 

 

「いろはちゃんは大丈夫? 元気してる? ちゃんとご飯食べれてる? 友だちは増えた?」

「うんっ、うん……ッ。ずっと、私、元気だよ……! あのね、あのね。今、魔法少女の大先輩の、やちよさんのところでね、お世話になってるの。みかづき荘っていうところでね、私やシュウくんの他にも、さなちゃんとね、フェリシアとね、元気になったういに、鶴乃ちゃんに――。そう、ういもね、元気になってっ、魔法少女になったんだよ……! すっごく、すっごくね、元気になって……!」

「そっか……。同棲か、案の定あいつってばめっちゃくちゃモテてんなぁ……。ういちゃんは……いるじゃん! おっきくなったねえ! あっ、あなた、シュウに教えてもらったよ、灯花ちゃんとねむちゃんでしょ! ういちゃんのお友だちっ、初めまして! さっきは通信繋いでくれて本当にありがとう! よかったらほら、おいで! ああもうういちゃんまでそんなに泣いて……えっ、灯花ちゃんたちまで!?」

「うわぁぁぁぁん……! 理恵さぁぁぁぁん……!!」

「ああもう、ごめんね泣かせちゃって……。お義母(かあ)さんって呼んでくれてもいいんだからね?」

 

 

「ね、シュウのことも聞かせてほしいな。こっちに来る前もお話はしてたけど、あの子ったら自分のこととなるとそれとなーーくぼかそうとするんだから。智江さんのずるいトコちょっと受け継いじゃった気がするよねえ。ねえ、普段シュウはどうしてる? 無茶してない? ちゃんと学校行ってる? 女の子泣かせたりしてたりする?」

「……えへへっ。ちょっぴり意地悪なところもあるけど、すっごくやさしいよ」

「んんっ、んんっ。くふっ、これホントのこと言ったらお兄さま怒りそうだけど……どうせバレないもんねっ。……すっごく、すっごくねっ、お兄様は頑張ってるんだよ! 魔法少女のみんなからもモテモテでね、お姉様と一緒にやってるファンクラブは最近100人超えたんだ! あとはマギウスでのお仕事で街をパトロールしたり、カウンセリングとかもやったりして、アイドルのマネージャーとしてお仕事したりしてるの! マギウスの翼のこと、お兄様から聞いてる? 私たちねっ、魔女のいない世界を作るんだよ!」

「あとねあとねっ! お兄ちゃん野球部やってるんだよ! 本当にすごいのっ、ホームランをずっと打ってて甲子園優勝したの!ずーっとずーーっとホームラン打ってたんだよ!!」

「女の子はずっと泣かせてるよ。この間もお兄さんたくさんラブレター持ち帰ってたし、先月あたりは夏の魔力に充てられた魔法少女4、5人から告白をされてたかな……フっちゃってたけど」

 

 

 

「――そっか。ねえ、もうひとついいかな」

「?」

「もうひとり居るでしょ、シュウが婚約してる娘。誰のことかな、ういちゃんだったりする?」

「ぇ、うぇぇぇええええ!? ち、違うよっ、もちろん、お兄ちゃんのことなら大好き、だしっ。付き合ったり、結婚とかっ、シたいけれど……。ななかさんななかさん! 来て~~!」

「本当にモテモテだねあの子。……うっっわ綺麗~~~~~~! なんかうちの子が本当にごめんね!! お世話になってます!いろはちゃんもほんとゴメン!!

「えっ、えっ、い、いやそんなっ。私は、その。逆に、救われてるくらいで……

「ねえ母さ~~ん、オレのこと迎えにきたんじゃないのぉ? さっきから何話してんのさあ」

「ごっめんちょっと待って!! 帰ったら智江さんと唐揚げ作ってあげるからね!」

(魔女結界なのに緊張感ないなあ)

 

 

 

「まったくもうシュウったら、ほんと悪い男に育っちゃって……。いろはちゃんもななかちゃんも本当に大丈夫? あの子にうんざりとかしてない? 嫌なことは嫌って言わないとだしきっちりとっちめてやらないとダメだからね?」

「うんざりだなんてまさか。いっぱい、いっぱい愛してもらってるから」

「……そうですね。本当に、自分で申し訳なっちゃうくらいたくさんのものを貰ってしまって……」

「そんなことないよっ。私なんか、ソウルジェムまで預かってもらっちゃって、シュウくんを困らせてばっかりで……」

「いろはちゃんそれ本当にダメ。本っっっ当にダメ。シュウも愚痴ってたの今思い出した。なにかあったらどうする気?? 死んじゃったら責任なんか取れないんだからね? いろはちゃんじゃなかったら正直別れさせるの検討するレベルだからねそれ、マジでなに?? 重すぎ」

「ごっ、ごごごごごめんなさぁい……!! シュウくんにプロポーズされたのが嬉しくって、つぃい……!」

「ついじゃないのよついじゃ!!」

「だって、だってぇ……! 好きなひとにソウルジェムをもってて貰えるの、あったかくって、落ち着いて、ふわふわして幸せでぇ……!」

「……そんなに? …………………………ちょっと旦那に預かってもらいたくなってきたな

 

 

 

「まあ、シュウも本気で困ってはいたけど本当に嫌って感じではなかったから、合意のうえでってことなら私がこれ以上言うことはないよ。でも1回ちゃんと話し合った方がいいからね、そういうの。ソウルジェムのことも、将来のことも」

「はい……」

「ねーえ母さ~~ん、遅いよ~~」

「はいはいごめんね。まったくシュウったら、急にいなくなってびっくりしたよ~私。大丈夫だったー?」

「うんっ、みんなが助けてくれたから!」

「そっか。……みなさん、本当に、本当にうちの子がお世話になりました。あと、おっきい方もお世話になってます。あの子、ずっと大変だった中でみんなが支えてくれて、おかげでやっていけるって話していたから。……ありがとう、本当に」

「いえ、そんな。シュウくんは本当に立派で、私たちもずっと助けられて……ええと、理恵さん? そんなじっと見て、どうしたんです?」

「……マジでマリリンちゃん魔法少女なんだ、やば……。年いくつになったの?」

「……今年、20に。あの、マリリンちゃんはやめてくれると……」

「大変だったでしょう……。本当に偉いね……」

「……運が、よかったんです。本当に。それをいうなら、貴方こそ――」

「まあね。中学で魔法少女になって、17でシュウを産んで……もう魔法少女歴13年よ。仲間はみーんないなくなっちゃった。でもまあ私は……家族が、師匠が、この子が居てくれたから」

「オレ?」

「オレ。おっきなシュウにも私会ったよ~。すっごい素敵な子に育ってたし、マリ……七海さんも立派だって。よかったね~?」

「へへっ、オレのことみーんな大好きだって!」

「……。否定は、しないけれど……」

「うーん愛する息子から悪い男(タラシ)の気配」

 

 

 

 

「……重ね重ねになるけれど。みんな、本当にありがとうございました。……ほら、シュウ?」

「ありがとーございました! みんなと居られて楽しかった! また会おうね!」

「……うん!」

「本当に楽しかったんだオレ! あんな本気で遊べたの初めてだったから!だからねっ、だから――また、遊ぼう! オレ、10年前に戻っても絶対にみんなのこと探すから! 大好きだよ!」

「……。あんまり、素直には喜べないけれど……」

「ああ、へーきへーき。魔女のことに巻き込むのが嫌なのはわかるけど、そのときは私もついていくから。まあでも、問題はコッチのみんながシュウからいきなり声をかけられたらビックリしちゃうことか……」

「えーーっ、会えないの!? みかづき荘に行っても?!」

「私ならもう魔法少女になっててもおかしくはないけれど、その時期に逢っちゃうと多分貴方にメロメロになっちゃうのよね……。そっちのいろはが泣いちゃうわよ、浮気やだーって」

「こっちはみんなオレにメロついてるのにダメなの? どうして……?」

「…………………………………………時と場合による、としか……」

(負けてる)

 

 

 

 

「さて、それじゃあそろそろ……」

「うんっ。フェリ姉、ほんとにありがとう! さなちゃんも!オレ絶対さなちゃんのこと見つけるからな! あとあとっ、鶴乃ねーちゃん!ごはんありがとう、美味しかったー!」

「――お義母さんっ」

「……」

「お義母さん、私……私っ、ずっと、ずっと! 謝りたくって――」

「いろは。死んじゃったら、そいつにはもう何の言葉も届かないよ」

「――」

 

 

 

「私は生きていて、こっちは死んでいる。もうそれに限ってはどんな奇跡があってもどうしようもない違いだよ、いろはちゃん。そもそも貴女の罪悪感ははっきり言ってどこまでいっても筋違いだし、寧ろ謝るのも感謝するのもこっちの方で――」

「――ッ。だって。だっでぇ……!」

「あ。……シュウ、もうちょっと向こうで待っててくれる?」

「いろはのこと泣かせたー。いけないんだー」

「しょうがないじゃないもう……」

 

 

 

「……落ち着いた?」

「ぐずっ。……ごめんなさい」

「良いんだよ、泣きたいときは泣けば。こういうの、吐き出さないとどんどん溜まってっちゃうからね。シュウにはきちんと受け止めてもらえてる?」

「……うん」

「まあこの際聞いちゃおうか。なんでそんなに謝りたいの、死んだ方の私に。どんな罪悪感があるの?」

「……理恵さんね、シュウくんの家に魔女が出る少し前に行方不明になったの」

「うん」

「そのとき、もう私は魔法少女になっていて。私が、理恵さんが魔法少女だって、気付いてれば。魔女退治も協力しあって、魔女になる前に、グリーフシードでも渡して助けられていれば。それで、私、ずっと、ずっと――」

「そりゃ私が悪いでしょうどう考えても……。いやほんとごめんね」

「そんなっ、そんなこと――!」

 

 

 まあでも、理由はわかるよ。

 殺させたくなかったし、殺したくなかった。それだよきっと。私が、貴女やシュウを巻き込みたくなかった理由。

 

 

「……え?」

「魔法少女の一番安全な終わらせ方、なにかわかる? ――殺すことだよ、魔女になる前に」

「――」

「私はね、智江さんにはそれを委ねることができたし、委ねられた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。多分間が悪くてこっちじゃ失敗したんだろうけどね。……基になった魔法少女がどれだけ脆弱でも、魔女になった時その弱さのまんまとは限らないからさ。 私たちみたいに衰えた魔法少女には、そういう工夫が必要なんだよ。大切なひとが身近に居たら特にね」

「――だって、そんな」

「うん。言っておくよ。魔女を殺すのとね、人を殺すのってぜんぜん違う。まあそもそも魔女って何度でも復活するしね。……最悪だよ、人を殺す感覚って」

「……私が。一緒に魔女と戦って、グリーフシードも分け合って。それで――」

「それでも、なるときは魔女になる。そういうグループだって居たし、死んだし、崩れていった。だから――七海さんってたいした子だよね。私にはああはできなかった。……きっと私はね、逃げたんだよ。もしものとき。いろはちゃんやシュウに私を殺してもらう可能性からも。私がいろはちゃんを殺すことになる可能性からも。――みんなで生き残る、そのために走りきらなきゃいけない過酷なマラソンからも」

 

 

 

 本当にごめんね。

 そう言って撫でる手は優しくて、温かくて。

 その目は、どこまでも悲しそうで。

 

 

 

「……ひどいよ、お義母さん」

「え?」

「将来のことで、私には謝らせないくせに。将来のことで、自分だけは謝るんだ」

「言うじゃない。随分と一丁前になっちゃって……。まあ、なんていうか。筋の通らない謝罪は受け取りたくないというか……。寧ろ自分のことだけに誰がどう悪いのかよくよく理解できちゃうから、もうこっちとしては謝るしかないというか……。だって、魔女化して父さんと智江さん殺してシュウまで襲うの普通に最悪すぎない? シュウから聞き出したとき私もう頭抱えて謝るしかできなかったからね?」

「……それは、その」

「まあでも、そういうの聞いちゃうと四の五の言ってられないからね。めちゃくちゃ不服ではあるけれど、あっちに帰ったらシュウにも手伝ってもらってなんとか生き残るために頑張るよ。魔女のこと知っちゃった以上、あの子も止めたって私を助けてくれるだろうし……。こっちはもう、それに応えるしかない。マジで不服ではあるけれど、未来変えれるように恥も外聞もかなぐり捨ててもがいてみせるさ」

「……その、ごめんなさい。私たち、魔女との戦いにこっちにきたシュウくん巻き込んじゃって」

「それはまあ……仕方ないよ。こんなおかしな魔女、私だって聞いたこともないし」

 

 

 

「……そのっ。魔法少女のこと、向こうの私に伝えて……魔法少女になってもらって、シュウくんと、私と一緒に魔女と戦ったり――イヤそう!!

「………………いくらいろはちゃんといえど、実の息子どころかまだ6才の義娘(むすめ)まで巻き込ませようとするの最低すぎてグー出そうになったけど、そうか。そういえば、ういちゃんって魔法少女の願いでようやく治るのか……。いろはちゃんが魔法少女にならなきゃなのは確定、か……。うわいやだ~~。家族巻き込みたくないよ~~ほんとにやだー!!」

「あはは……」

「ほんっっと最悪……。仕方ないって認めるのもやだ……。私下手したら家族巻き込むの苦痛すぎて魔女になりかねないよ、魔法少女メンタルが命なのに……。いろはちゃんとシュウの結婚式までは生きてたいけどなあ」

「理恵さんには、しわしわのお婆ちゃんになるまでは生きて欲しいって、そう思うな。だから――」

「わかってる、頑張るよ。……うーん励ますつもりで来たのに逆に励まされちゃったな」

 

 

 ううん。そういって首を振る。

 私はだめだめで、会うだけで泣いちゃって困らせちゃったけれど。

 それでも。もう二度と会えないと思ってた大切な家族とまた話せて、泣かせてもらえて、叱ってもらえて、抱きしめてもらえて――本当に、嬉しかった。

 

 

「ありがとう、お義母さん。本当に――本当に、逢えて、嬉しかった。うれしっ、かったの、だから、だっ。だか、ら――」

「いろは」

 

 ぎゅうと抱擁される。

 最後くらいは、なんて虚勢も剥ぎ取られて。また、私は泣いてしまった。

 

「おか、お義母、さん」

「愛してる。世界だとか、時間だとか、記憶だとか。どこにいようと、なにが違っていたとしても。もし死んじゃったとしても。私は、貴方と、シュウと、うい。家族のみんなのことを、愛してるから。私も頑張る。だから――忘れないで。敗けないで。こんな意地悪なことばかりの世界なんかに。それで――なんもかんも踏み越えて、幸せになって笑っちゃえ。ね?」

「うん、うん……! 大好きっ、大好きだよっ、お義母さん……! うぁ、ぁぁあ、あああああああああああ……!!」

「あーもう本当に綺麗になったのに……ずっと泣いちゃって、もったいないなぁ……」

「お義母さんのせいだもぉん……!」

 

 ずっとしがみついて泣きじゃくる私に困ったように笑って、けれどお義母さんは引きはがす素振りをちっともみせなかった。

 えんえんと泣きじゃくる私を抱きしめながら、目に涙を滲ませるういたちも引き寄せてよしよしとあやすように撫でる。

 

 暫く、魔女結界には私たちの泣き声が響き渡っていた。

 

 

 

「あちゃー、向こうで待ってるシュウにはちょっとだけ話をしてすぐ帰るって約束だったのになあ、もうこんなに過ぎちゃうなんて。怒らせちゃってたらどーしよ」

「気にしねーってそんくらい。おかーさんと婆ちゃんの『ちょっと話す』が本当にすぐ終わったことなんて一回もないじゃん」

「ありがとねシュウ。でも一言多いよ?」

 

 

「…………………………ほんとうにごめんなさい……」

「誰も気にしてませんから……」

「ほら、いろはさんが泣いてる間わたしたちもシュウさんのお母さんとお話できましたし……」

「あうう……」

 

 

 さなちゃんやななかさんの優しい言葉にも応えられないまま、真っ赤になって沈黙する。

 

 私が泣いてる20分ものの間、今回の作戦に参加してくれていたみんなが目をちょっぴり潤ませたりしながらの厳戒態勢でずっとこの階層を見張ってくれていたらしい。

 流石に物凄く恥ずかしくなって縮こまる私の前で、合わせ鏡の前に案内されたお義母さんと小さなシュウくんがからからと笑い合ってる。その様子は自然体で、とてもではないけれど魔女結界の中とは思えないリラックスした様子だった。

 

 みかづき荘に居たときはあまり感じなかったけど……やっぱり年上の子に囲まれて暮らす環境だと緊張したのかな、なんて。みんなから注がれる生温かい目線から逃避して安心しきった顔のシュウくんを見つめていると、シュウくんを引き寄せたお義母さんが私たちの方に向き直ってぺこりと頭を下げた。

 

「みんな、今回は本当にありがとう。こんなこと初めてだったから本当にどうなることかと思ったけれど、おかげで無事帰れます。うちの息子がお世話になりました」

「おせわになりましたー!また来るね!」

「ダメだよ、向こうのシュウが戻ったらここ閉じることになるから。……本当に、本当にありがとう。これからも、あっちの息子が世話になると思うけれど……。どうか、よろしくね」

 

 

 ――あれで、すっごく寂しがり屋だから。

 

 

 小さなシュウくんが「そんなにー!?」と抗議する中、くすくすとお義母さんは笑って。

 彼を伴って、鏡のなかに足を踏み入れた。

 

 




『本当にごめん』
『シュウはしんどくなかった?』『しんどいに決まってるじゃん』『でもまあ、それだけじゃないからな』
『こっちのシュウのこと? うーーん……。大好きだぞっ』
『―-ありがとう』
『すっごく優しくて、かっこよくて。……ちょっぴり意地悪なところもあるけど――だーいすき』

次回、「ただいま」
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