環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
魂の繋がり
前兆はなかった。
気付いたときには、彼の意識は
――ぁぁ。
今日は、そういう日か。
認識するよりも早く、少年は落ちていく。
飛び込んでいく。
沈んでいく。
溶けていく。
『――――――――』
そうして桂城シュウは、環いろはの
『これは……うん、まあ。俺の、せめてもの気持ちだ』
『愛してるって、散々言っておいてなんだけど。俺には正直、愛って何かと言われてもちゃんと答えられる自信なんてないんだ。愛っていうにはまあ、欲望まみれだろ。俺のは。……まあそれでも、飾らず言うぞ。問題があったらダメって言ってくれ、リトライするから』
『
『俺の人生には、いろはがいないと駄目なんだ。ずっと一緒にいてくれ。……18になったらさ。結婚してくれないか』
『抱っこ、してみる? 大丈夫、私も支えてあげるから』
『……いろはも、お姉ちゃんだねぇ』
『ぁう……?』
『あはは、ちっとも泣かないな。……お姉ちゃんが優しい子だって、ういもきっとわかるんだな』
『お姉ちゃんっ、お兄ちゃん! 聞いて聞いてっ。私ね私ねっ! ――病気が、治ったんだって!!』
『先生もね、すっごくすっごくびっくりしてたの! 夢か何かみたいだって! 何度も何度も検査したんだけど、もうどこにも悪いところがないんだって!』
『……えへへへっ、もうお姉ちゃんってば、苦しいよぉ……えへへ……ありがとう』
嬉しかったこと。
『ういちゃん、すっごくしっかりしてるよなぁ。こないだフェントホープに手伝いに行ったんだけどさ。すっごい一生懸命頑張って自動浄化システムの運営やってるのみたよ。立派だったなぁ』
『んー……。また胸ちょっとキツくなってきたかも。ブラ変えたの割と最近なのにいい加減ヤになるわね。下手したらカミハマギカの衣装も調整してもらわないとかも……』
『んー、みたまさんに調整してもらって変身で着れるようにしてもらったし大丈夫じゃない? 勝手に身体にフィットした形になるでしょ魔法少女の服って』
『そうなの?! ……言われてみれば、レナもドレスをこれといって弄ったことなかったのにずっと着れてたし……。そうでないとやちよさんも8年同じ格好で戦えるわけないか……』
昨日あった会話。
『むっ。おいひぃけど……種ってどうしよ……』
『ゴミ箱は受付にあったからまとめて後で捨てたっていいし……そのへんにぷってやったっていいのかな。なんなら普通にこの町のお祭りでさくらんぼの種飛ばし大会あった気がするんだよなあ』
『えーなにそれーっ。お祭りっていつやってるの?』
『今年のは先々週終わったっぽい。また今度タイミング合わせて来るか?』
『お兄さん、肩車して。……ありがとう、むふっ。これで高いところも取り放題』
『ねむちゃんずるーい! 私も私もっ』
『はははっ、かわりばんこな』
『……へ、いろはさん何を――。だっこ!? ちょっ、シュウさんまでっ、きゃぁ! や、やめてください子どもじゃないんですからっ、もう!』
楽しかった思い出。
『GeGyalaaGaガ』
『―――お、■―*、屍l;。ぃ?』
初めて魔女と戦ったときの恐怖。
『あっ、シュウ今日の当番だったっけ。……カレーじゃん! 美味そー! いいじゃんいいじゃん!』
『だろ? 自信作だぞ。中辛だけどさつまいもたっぷり突っ込んだから多分甘口。味見する?』
『するするー! ……うめー!』
『いっぱい作りましたね……?』
『これだけ作ったら2、3日は保ちそうなもんだけどな。流石にみかづき荘の大所帯だとこれだけ作って明日の朝を乗り越えられるかどうか……』
『一番食うのシュウじゃねーか』
『それはそう。仕方ないんだよ、俺は一番でかい分燃費もそれなりなんだから。……でも皆ももっと食っていいんじゃないかって思うんだけどなあ、女の子にゃなかなか理解してもらえん』
『お兄ちゃんが甘やかすせいで太っちゃったのまだちょっと根にもってるからね私!』
『ただでさえ小さな体をもっとすり減らして病気と闘ってたういがおなかのぷにぷに如きで悩むようになってるのにめちゃくちゃ幸せを感じてるんだよな俺。なんならいろはも義父さんも義母さんもういがもっとまんまるに育ってるの見たいって気持ち結構あると思うぞ』
『ないよそんなの! ……お姉ちゃんまで⁉︎ もうっ、意地悪ー!』
みかづき荘でのなんの変哲もない時間。
『――なあ、おい。本気で聞いてんのか?』
『魔女が元は魔法少女だったとか。そんなことでいつまでも心を痛めてるような優しい子たちに教えられるわけないだろ、こんなこと。――お前だって、そのなかには含まれてたんだぞ。こんなこと、俺だって知られたくなかったさ』
『泣くなよ。……「直した」なら、わかるだろ。
『……』
『ああ、俺はずっと……ヒトが使い魔にされた個体がいることに気付いてたし、それをみんなに知られないようにしながら最優先で殺してきた。多分これは……婆ちゃん以外は知らないはずだ。人間の加工される姿をみたことのあるような魔法少女なんて、大概魔女化してるだろうしな。だから――頼むから。皆にバレるようなヘマは、絶対するなよ。特に、フェリシアとやちよさんには』
『は?』
『……くそっ』
『…………………………共犯、か。そんなことを言い出すのが目に見えてたから、お前にだけは知られたくなかったのに』
許せなかったこと。悔しかったこと。謝りたかったこと。背負いたかったもの。
『……ああ、なるほど』
『んっ……』
『そういや時間がずれてたんだよな。俺が1日いない内にこっちでは1週間過ぎたって聞いたときは流石に度肝を抜かれたけど……。じゃあそっか。2人とも、
『言わないでぇ……』
(さなの匂いもしたけど気のせいじゃないよな。……あのムッツリめ)
『まあいっか。設定終わり、1時間半日コースで良いよな? ……2人とも、小さい俺の面倒ずっと見てくれたみたいでありがとな。――お礼は、どうシて欲しい?』
……ものすごく、恥ずかしい記憶。
『いろは。――愛してる』
『世界だとか、時間だとか、記憶だとか。どこにいようと、なにが違っていたとしても。もし死んじゃったとしても。私は、貴方と、シュウと、うい。家族のみんなのことを、愛してるから』
『敗けないで。こんな意地悪な世界なんかに』
『――なんもかんも踏み越えて、幸せになって笑っちゃえ』
『あーもう本当に綺麗になったのに……ずっと泣いちゃって、もったいないなぁ……』
なかったことになったとしても、もう記憶からも消えてしまったとしても、絶対に忘れたりなんかしないと魂に刻み込んだ言葉。
そして――。
――あんまりまじまじ、見ないで。
――流石に、恥ずかしいよぉ。
「……」
そんな思念が伝わったのを最後に、シュウの意識は浮上していく。
ふかふかとしたベッドのなか、目を開いた彼の前には顔を真っ赤にしてぷるぷると震えるいろはの姿があった。
「……シュウくんのえっち……」
「……お互い様じゃね?」
涙目になって睨んでくる少女の眼差しから逃避するように天井を見上げる。腕のなかですやすやと眠るパジャマ姿のういを撫でながら、空いた手で肌身離さず身に着ける首元のペンダントに触れた。
ソウルジェムを優しく撫でられるのにびくっと反応したいろはが(そういうところだよ!!!!)と頬を紅潮させ目で訴えかけてくるのに気付かないふりをしながら、シュウは今見たものについて思いを馳せた。
(――我ながら、随分愛されてるなあ)
ごくごく稀に、ああなることがある。
魔法少女のソウルジェムをずっと持っているからか。ウワサを憑け続けていたシュウが魔力をより高い精度で知覚できるようになったからか。それとも、単にいろはからの情愛が規格外に大きかったからか――。
原因は不明。発生頻度は極小。だが事実として、シュウといろはは婚約以降就寝している間互いの魂に触れ、恋人のみてきたもの、感じたもの、触れたもの――その人生すべてを、共有する関係となった。
はっきり言って、良いことでもなんでもないというのがシュウの所感である。本当に恥ずかしそうにしているいろはの頬を撫で落ち着けさせながら少年は内心困り果てて唸っていた。
「マジで、全部知っちゃうのって結構困りもんだよな……。いろははどうだよ、俺の全部見ちゃった? 気分悪くなってないか?」
「それは……。平気、だけど……」
そしてそれは、本人にとっても決して見てて気持ちのいいものではない。
人間、黒だの白だのと綺麗に一色で在れるものではない。本当に――本当に、いろいろある。
情愛、悲憤、歓喜、執着、憎悪、怠慢、強欲、諦念、慈しみ、感動、苦痛、煩悩、邪念、抑圧、享楽、後悔、義務、忌避感、幸福、未練、充足、喪失、快悦――。
ヒトを構成するもの、経験したもの。それらは、混沌の一言だ。綺麗なものも在ろう、そして直視に堪えない醜悪なものも。
たとえ、最愛の相手だろうが。見るのも見られるのも憚られるものは存在する。
既に繋がりは断たれている。シュウに触れたいろはが何を見て何を感じたのか、今知ることはできない、が――。目の前で羞恥に身をよじらせる少女からは、少なくとも憔悴の色は見て取ることはできなかった。
「確かに、いろいろあったけれど――。気持ち悪いだなんて、感じたりしなかったよ。ただ……」
「ただ?」
返ってくる言葉はなかった。シュウの腕のなかで眠るういが「んゅ……」と声をあげてもぞもぞと動き出したからだ。
代わりに念話で、伝えられる。
『――私、すっごく求められてて、恥ずかしいやら嬉しいやらでいっぱいだよ。なんか起きたばっかりなのにふわふわする……。おなかいっぱい。シュウくんのえっち……』
『……』
やっぱ繋がりすぎるの考えもんだな……。
いろはの懐の深さへの感謝と、情愛がダイレクトに伝わってしまったことの気恥しさを覚えながら。いろはと寝起きのういにキスをして、シュウは身を起こし外出の準備を始めた。
***
呼吸を探る。
市街地といえど朝早くだ、そう出歩く人間はいないが見られればことだった。特に戻ってきてからの身体能力の変化を試すときには。
外出するヒト。散歩する犬。囀る小鳥。周囲一帯の生物の位置と体勢、その死角を感じ取り、あらゆる知覚を縫うようにして跳躍――。音もなく宙を駆けるシュウの姿は誰にも捉えられない。みかづき荘をシャツと短パンの動きやすい服装で出て行った彼は、2分もすれば6キロ離れた新西区の郊外まで辿り着いていた。
魔女の気配はない。他の区域のパトロールはマギウスの翼に所属する魔法少女に任せているが、少なくとも出所不明の魔女が現れたとの報告は現状きていなかった。
鏡の魔女結界での合わせ鏡の破壊は確かに効果があったのだろう。不自然な魔女の発生は既に終息を果たしていた。
「――皆のおかげだな、ほんと」
そう呟いたシュウは足場にしていた鉄塔から身を投げ、次の瞬間には消える。
数分後、呼吸ひとつ乱さない澄ました顔でみかづき荘に戻ったシュウはゴミ袋を両手に下げたやちよと玄関で鉢合わせした。
「おはよ。手伝うよ」
「わっ、居たの? おはよう桂城くん。……じゃあお願いしていい?」
音もなく出て行っては帰ってきていた少年にちょっと面食らった顔をしていたやちよは、クスリと笑っては手に持っていた袋を彼に預ける。ぜんぶ持つからいいよと口にしたシュウの申し出を固辞して余りのゴミを手にゴミ捨て場へ連れ立って歩く彼女は、歩幅を自分に合わせて並ぶ少年の横顔を見上げ淡く微笑んだ。
「もう私はお役御免かしらね。また貴方強くなったでしょ。なんで?」
「母さんの魔法、祝福とかいって……ゲームでいうバフだったんだよ。俺には効果覿面だったみたいで、しかも永続。やばくない? 野球でピッチャーだけはやらないようにしたの正解だったな、加減ミスったら普通に人を殺せる腕力になっちゃったよ」
「誰だってそうじゃない。貴方の規格が重機並みだったとしても、人なんて誰かが何かを誤るだけで簡単に死んじゃうものよ」
「まあそれはそうだ」
どっかと積んだ袋の山にネットを被せゴミ捨て場を後にする。
シュウがHR王として名を轟かせるようになってからは現役モデルや中高生の少女たちとひとつ屋根の下で暮らしていることを知られ鼻息荒くした取材や隠し撮りを企む不届きな記者も少なからず現れたものだが、ウワサを憑けて帰らされた挙句に会社ごと認識改変を施されてからはとんと来なくなった。朝早いのもあり、みかづき荘の近辺も静かなものだった。
「パトロール行ってたんでしょう? 何かあったりした?」
「いやぁ、なんにも。魔女の気配ひとつしなかったよ、平和そのものさ」
「貴方帰ってくるなりこの街の魔女片っ端から駆逐して根絶やしにしたじゃない。なにかいたら逆に怖いわよ」
「一度ゼロにした方がカウント楽かなって」
「脳筋……」
――元々数は減ってたし、そこまでの労力でもなかったんだけどな。
衰えただのもう現役やめるだのと言いながら街のパトロール中もごりごりに大活躍して街を魔女から守るのに貢献した立役者に働きすぎと言わんばかりの目を向けられるのもいまいち納得がいかなかった。扉をあけながらジト目を向けてくるやちよに肩を竦めたシュウは、手ぇ洗うかとぼやいては洗面所に向かう。
「あっ。――お兄ちゃん! お帰り!」
廊下に顔を出した小さな少女が目を輝かせ駆け寄る。彼を見つけるなりぱあっと顔を明るくしたういに飛びつかれるのを、口元を弛めたシュウはぎゅっと受け止め抱擁した。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! もう一回! もう一回キスしてー!」
「えー? いいよ」
触れ合うように唇を重ねる。喜色も露わにしがみつき、思いの丈をぶつけるようにキスを落としてくる
「……どうした?」
「へっ? あっ、ごめ、ごめんねっ。私っ、嬉しくて……ずっと、ずっとずっと、お兄ちゃんとこうしてたかったから……」
「……重症ねえこれは……。シュウくん、ほんとに幸せにしたげないとダメよ?」
「どうだろう、俺結構強欲だからなあ。嫌といってもきちんと手放すかもわからないような奴の恋人でいることがきちんとういたちの幸せになるかどうか……」
「……まったく、こっちも大概ね」
彼の言葉にますます嬉しそうにひっついてくるういをくるんと回して肩車させ、そのままの体勢で手洗いをするシュウに呆れた顔をするやちよ。彼女の目には、鏡に映ったシュウが落ち着いた表情を取り繕いながらもその口端は今にも弛みきった笑顔を晒すのを堪えるようにひくついているのがよく見えた。
自身の想いをまっすぐにぶつけるということ。その大切さも、恐ろしさも、重みもやちよにはよくわかる。
同時に、それに応えなければならない側の苦悩も容易に想像がついた。
鏡の結界から戻った直後のタイミング。ういとねむ、灯花からキスされ、好意も全開でべたべたとくっつかれ――前々から義兄にゾッコンであった少女たちがとうとう実力行使に出たのに、シュウは帰って間もなくいろはやななかも交え3人と話し合いを始めた。
野次馬根性を全開に、鏡の結界で起きたことを目撃したやちよたち同居人もまた耳を澄ませ聴き取ろうとしたがねむに何か細工をさせたのか外部に音は漏れず。
数十分後、少し困った顔をしながら、けれど嫌そうにはしていないシュウが嬉しそうにニコニコとしている少女たちを連れ顔を出し。ういたちと交際することを仲間たちに報告した。
ただでさえ二股どころの騒ぎに収まらず人となりを知らない者からは三股、四股の疑惑をかけられていたシュウがここにきてロリコン、シスコン、5股の色情魔の汚名を甘んじて被ったのに同棲する魔法少女からの反応はといえば涼しいものだった。
曰く、いつかやるかと思った。
曰く、シュウぜんぜん嫌がってなかったじゃんそりゃああなるだろ。
曰く、いいなあ……。
曰く、すっごく頑張ってたの見てたから嬉しい! よくやった!
『――私もまあ、どうかと思わないでもないけどね』
『それでも、ういたちを一生守ってくれる人材なんてシュウ以外にいない。自動浄化システムが現状ういちゃんたちにしか制御できず、そして全世界にまで拡げて以降ずっと維持を続けなければならない以上年単位――下手しなくとも一生単位で3人のケアと護衛をしてくれる人間は必要だった。シュウもどうやら心持ちがだいぶ変わったみたいだし……。うまく落ち着いたんじゃないのかい?』
――そう口にしていた老婆の言葉を思い出したやちよは、ういを抱き上げながらいろはと談笑する少年の顔を見る。
(心持ちが変わった、ね……。確かに、随分吹っ切れた感じだけど――)
言われてみれば、確かに。魔女結界でういたちに出迎えられたときも、シュウは驚くほど速く順応していた気もする。
なんだか、鏡の結界に戻ってきたときから。自分に向けられている好意を、素直に受け止められるようになったような――。
「シュウくん」
「ん?」
「『あっち』で何かあった?」
「んー……」
少し考えこんだ少年は、やがてにんまりと年相応の朗らかな笑みを浮かべて口にした。
「俺って愛されてたんだなって」
「?」
「わかってたことのようで、わかってなかったんだよ。だからひとり相撲してたし、自分の存在を肯定することもできなかったし、『好き』を素直に受け取ることもできなかった。……まあそんなんでもさ。いざ言ってもらえたらころっと心の持ちようが変わるんだから単純だよな」
その目にはもう、憂いも迷いもなかった。
「愛してるって。生きてていいんだって。幸せになってくれって――俺にはもったいないくらいの言葉を、思いをたくさん、たくさんもらったよ。母さんからも、いろはたちからも」
「ならまあ――俺なりに、少しでも返せるように頑張ってみるさ」