環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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Consultation

 響く鈍い音。

 それで、少年は目を覚ました。

 

「んぁ……」

「……」

 

 明滅した視界。お湯で満たされた浴槽のなかで、何度か目を瞬いたシュウ。

 どうやら寝てしまっていたらしい。浴室の壁に頭をぶつけて目を覚ました彼が腕のなかの柔らかな温もりに意識を向ければ、少年の膝上に腰を乗せるようにしていろはが風呂に浸かっていて。シュウの胸板に背中を預ける少女の感触を確かめるように軽く抱き寄せれば、こてんと頭をくっつけてきた。

 

……」

「っと、――………………」

 

 抱き寄せた少女の柔らかい感触を全身で堪能していると、腕のなかで呻いた彼女の長い桃色の髪が肩の噛み痕や引っ掻き傷に擦れて痛むのに朝まで続いた(もつ)れ合いがフラッシュバックしてしまって。

 ……今日も、多少休息を挟めば神浜市に行くのだろうし。延々と2人きりで過ごしていられる訳でもないのだろうが――それでも、芽生えた悪戯心を我慢する気にもなれなくて。

 顔を寄せ、唇を重ねようといろはを引き寄せようとして――気付く。

 

「……」

「……いろは?」

「ふ、んぅ……」

 

 抱き寄せた彼女の顔は真っ赤になって。

 意識も朧げに、目を回していた。

 

「いやまず……っ!」

 

 ざばっと飛沫を散らし浴槽から立ち上がった少年は、恋人を湯舟から引き揚げようとして――ぐらりと、意識が傾く。

 本能の鳴らす警鐘。

 でもそれは、あまりにも遅くて――、

 

(いやこれ、やば)

 

 怪物と戦う魔法少女だろうが、ほとんどあらゆる面で他の人間を置き去りにするだけの身体能力を持っている少年だろうが。

 風呂での寝落ちで、当然のように死ぬ。

 その単純明快な事実は、瀕死になりながらいろはを救出したシュウの胸に深く刻まれることとなった。

 

 

 

「……」

「シュウくん、大丈夫……?」

「……うん、平気、大丈夫」

 

 ベッドにいろはと並んで横になって身を休める少年は、ずっと続けていた呼びかけに目を覚ましながらも起き上がる気力も喪失しているいろはにそう応じながら死に体の状態でコンビニで買いに行ったスポーツドリンクを口に含む。その首にはのぼせた身体を冷やすために引っ張り出した冷えピタが貼られていた。

 脱水症状に陥って身を休める少年の胸の内を苛むのはどうしようもない悔恨の念。ずっと一緒にいながら本当に情けないと自責に駆られる彼は、未だに顔に熱を残す少女を横目で見ては懺悔を強める。

 

「……本当に、ごめん。油断してた……」

「ううん、寝ちゃったのは私も同じだったし……。シュウくんも、助けてくれてありがとうね」

「……いや、本当にごめん」

 

 ……完全に、気を緩めてしまっていた。

 翌日は休みだからと気兼ねなく繰り広げられた夜通しの情事。最初はそれこそ硝子にでも触れるかのように慎重に接していたのだが……。幾日か身体を重ねるなかで魔法少女が「加減をせずとも本気で壊そうとしない限りは壊れない」と判断したシュウはその夜、初めて自重も自制も理性も手放して爆発した獣性をぶつけるようにいろはの肢体を貪り。少女もそれを懸命に受け止め、互いにほとんど眠らぬまま一晩を過ごして。

 翌朝、僅かに眠った後に疲弊しながらも多幸感を噛みしめるようにして浴室で身を清め、沸かした風呂に2人で入って――当然のように仲良く寝落ちした。

 

 本当に危なかったと少年は唸る。先程検索してみれば長時間の入浴と風呂での睡眠には血圧の低下による酸欠や意識障害、脱水症状の悪化からの心筋梗塞や脳梗塞と背筋の冷えるような情報が盛り沢山だった――、あそこで目を覚ませなければどうなっていたかは想像するのも恐ろしい。

 濡れた身体を拭い肌着だけでも着せたいろはを置いて環家を飛び出し、水分補給に数本のスポーツドリンクを購入した帰りに自分の家から回収したシーツをずぶ濡れになったいろはのベッドのと取り換えて。ベッドに寝かせたタイミングで目を覚ましたいろはが起き上がろうとするのを制止し水分補給をさせ冷えピタを貼って――そこでようやく息をつくことのできた少年は、いろはと並んで横になりながらスマホの画面を開く。

 

「……あー、もうこんな時間かあ、腹減った……」

 

 時刻は既に11時を回っている。当然朝食も摂っていない、不調を押して走り回ったこともあり胃は空腹に悲鳴をあげていた。どうしたものかと困り果てる彼の頭を、横から腕を伸ばしたいろはが優しく撫でながら身を起こす。

 

「朝ごはん……もうお昼に近いけれどそろそろ食べないとだもんね。待ってて、すぐ用意するから」

「んー? それはありがたいけれども……身体大丈夫なのか、だいぶのぼせてただろう」

「水分摂ったらだいぶ良くなったから平気だよ? 腰の痛みも回復の魔法使ったらすっかり良くなったし。……あ、髪乾かして結わえてからになるから少し遅くなるかも」

「あ、うんそれは大丈夫。……魔法便利だな。俺にも使ってよ、ご飯の準備手伝うから」

「駄目だよ、シュウくんだって大変なのに買い出しにまで行ってくれたんだから休まないと」

「……」

 

 穏やかに微笑んでは棚から見繕って引っ張り出した衣服を肌着の上から着ると、いろははそのまま部屋を出ていく。

 取り残された少年は、大人しくベッドの上に寝転がったまま天井を見上げるが――そうしていると自然と、今しがた出ていった少女と互いに喰らい合うようにして過ごした夜のことを思い浮かべてしまって。

 とてもではないが、心穏やかに休めそうになかった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……ろっはーそっかあ、妹ちゃんいなくなっちゃってたのかあ」

「…………んんんんんン……、うーんやっぱ駄目だ、ういちゃんって娘には心当たりないや。ゴメン!」

「う、ううん! それは衣美里(えみり)ちゃんが謝ることじゃないよ!」

 

 いろはの向かいの席に座る金髪の少女のツインテールが揺れた。

 腕を組んで悩まし気に唸った衣美里の謝罪に、シュウの隣でいろはが慌てて手を振って衣美里が気に病むことはないと否定する。

 大勢の人々が行き交う商店街――その一角。環家にて遅めの食事を摂った後の休息を挟み、ある程度体調を快復させた後に神浜市を訪れたいろはとシュウは神浜市に初めて来たときに2人を案内した木崎衣美里を中心としたメンバーによって運営される『エミリーのお悩み相談室』に足を踏み入れていた。

 

「うーん……」

「衣美里ちゃん……?」

 

 高い頻度でいろはたちが神浜市に来ていることを知った衣美里の「いつでも来て! 気軽にダベろ!」といった誘いを受け一度足を運んだものの、やはりというべきか行方不明……そもそも本当に存在しているのかも定かではないういに関する情報に心当たりはないようで。

 ぬぐぐぐと記憶を探りながらもやはりういについては分からなかったのか、一度頭を抱えて突っ伏した衣美里は、それでも素直に引き下がるつもりはなさそうだった。

 

「……あーしも大っっ好きなお姉ちゃんがいるんだけどさぁ……。もしお姉ちゃんがいなくなったらって考えると本当にどうしよう……!ってなるくらいに怖いし、逆に私がいなくなったらどれだけお姉ちゃんが心配するかもわかるから他人事には思えないんだよねえ……。よっしあーしも妹ちゃん探しに協力するよ! 」

「えっ……? 本当に良いの?」

「もちのロンよ!! ここで首を振るようじゃオンナが廃るどころの話じゃないっしょ! あーしもみゃーこ先輩やささらんに声かけて探してみるから、頑張ってういちゃん見つけようね!」

「うん……、うん! ありがとう、衣美里ちゃん!」

 

 気炎を吐いてがっしと手を握る彼女の言葉に、いろはも心からの感謝を返して。少女が顔を輝かせて手を握り返すと、衣美里はにっこりと笑った。

 いろはの隣に座るシュウもまた、ういの捜索に協力してくれると約束してくれた衣美里に感謝しつつ団欒を見守っていたが――そこで、衣美里の傍で相談を聞いていた灰色の髪の少女に声をかけられる。

 

「……んー、衣美里に反対するつもりもないし(たまき)さんの話を疑うつもりはないけどさ。いなくなっちゃった妹のことをつい最近まで忘れてたってのも変な話だよね……。いつ頃にういちゃんがいなくなったかはわかる?」

志伸(しのぶ)さん……、えっと、私が願いを叶えて魔法少女になったのが半年と少し前のことだから……」

「少なくともいろはが魔法少女になって少しした頃までは絶対に居た筈だ、俺も一回相談……じゃないお見舞いに行ったし」

「あ、シュウっちも覚えてるんだ!」

「ここ数日神浜市を散策してたときに会った小さいキュゥべえに触ったら思い出してね。……噂をすればだ」

 

『――モッキュ!』

 

 いつの間に接近していたのか。どこからともなく現れては衣美里と談笑していたいろはに向かって跳躍する白い獣。彼女の肩に乗っては頬擦りする小さなキュゥべえに、衣美里やいろはと同じく魔法少女であるという志伸あきらは目を見開いた。

 

「わぁ、また来たの? ちょっと、くすぐったいよ……」

「うわっ、本当に小さいキュゥべえの方から来るんだ。私たちも今まで何度か見かけたけれどここまで近づいたのは初めてかなあ、ななかも一時期追いかけまわしてたけれど近付いてもすぐに見失ってたのに……」

 

 時に砂場の魔女のような強大な魔女や使い魔たちから逃げ回り、時にみたまから仲介された魔法少女のグループに混ぜて貰い魔女を袋叩きにして、神浜市中に居る象徴の魔女の使い魔(増殖するお茶会狂い)を狩って得た資源で調整を受けいろはを強化する。

 ――そうして毎日のように神浜市に通い詰めるなかで、この小さなキュゥべえは非常に高い頻度で2人の前に現れていた。

 まるでいろはに引き寄せられるかのように現れては神浜市から帰ろうとするときには姿を消すこのキュゥべえの存在は、つくづく不可解なものだったが……。いろはが比較的好意的にキュゥべえを受け入れている以上なにも害のない限りはシュウも無理に排斥しようとは思っていない。今後ういを探す上での重要な手掛かりを示してくれることを祈るのみだった。

 

「あ、あーしでも触れたぁー! 逃げられなかったの初めてなんだけど! ろっはーが居るからなのかなあ?!」

「どうなんだろう……? 確かにシュウくんが触ったときも私と居たときだったけれど――」

「モキュ?」

 

 ……とはいえ、一度接触してういのことを思い出して以降は、あの小さいキュゥべえに触れても特にこれといった変化はない。これ以上の期待をしても望みは薄いように思えた。

 

「……そういえば、衣美里ちゃん」

「ん、なあにー?」

「絶交ルールって……知ってる?」

 

 

 

「――やっぱり、気になるのか?」

「……うん。ちょっとだけ、ね」

 

 手を繋いで歩きながら問いかければ小さな頷きを返すいろはに、ふむと相槌を打って数日前のことを思い返す。

 ――結局、里美メディカルセンターは空振りだった。

 身体が弱く頻繁に入院し院内学級にまで参加していた環ういという女の子の入院記録は存在せず。ねむと灯花に関する情報はそもそも血縁関係ですらなかったいろはとシュウには開示されることはなかった。

 数少ない手掛かりに何の成果も得られなかったとなれば自然、思い浮かぶのは病院に向かう直前接触をとってきた先達の魔法少女である七海やちよの言葉で――、その噂に高い確率で合致する少女たちとつい最近会っていたことを思えば、いろはが心配するのも仕方のないことだろう。

 

「絶交と言ったが最後、謝ればバケモノに捕まって階段掃除、ねぇ……。そういう魔女って言われればそうですかと言うしかないけれどなんとも奇妙な……」

「かえでちゃんとレナちゃん、大丈夫かな……関係を修復するっていうときに襲われたら……」

「ももこさんが付いてればそうそう致命的な状況にもならないと思うけれどなあ。もしそういうのが実在したとしても魔法少女複数相手に敵うかとなれば微妙だし」

 

 しかし衣美里もあきらも知らなかったとなるとあまり絶交ルールの噂は広まっている訳でもなさそうだった。やちよの語っていたように新西区の学生を中心に広まっているのだろうか……?

 あれから複数の質問を済ませ、衣美里の相談室を出た2人は水徳商店街を抜けると調整屋で強化を受けるために新西区へと向かっていたが――不意に路地で足を止めたいろはに、少年は眉を吊り上げる。

 

「魔女?」

「うん、それにこの反応……魔法少女もいるみたい」

「秋野さんだったら流石に呆れるよ俺、いや2度あることは3度あるじゃないけどさあ」

「……うーんどうだろう、多分違うんじゃないかな……」

 

 過剰な踏み込みは禁物とはいえ、相手が魔法少女であれば取り敢えず顔を覚えてもらうのも恩を売るのも悪い判断ではない。いろはと共に路地を進んで魔女の結界を見つけると、確かに内部では魔法少女と魔女が戦闘を繰り広げているようで。

 身を寄せたいろはの口づけを受け足を踏み入れれば、そこでは大勢の使い魔を従える4m大の異形と狙撃銃を思わせる銃器を構えた金髪の魔法少女が激闘を繰り広げていて。

 展開するリボンを用いて魔女や使い魔の動きを牽制した彼女は虚空に大砲を生成すると強烈な砲撃を見舞い魔女の巨体を吹き飛ばす。

 

 それこそ神浜を除く区域の魔女なら複数討伐してもお釣りの来そうな強烈な一撃だった。実際それで彼女も勝利を確信したのか、倒れた魔女に安堵したように息を吐くと警戒を緩めていたが――まだ、結界は砕けない。

 

「――いろは」

「うん!」

「……ぇ? 貴方たち、は……、っ! まだ、生きて……!?」

 

 背後で起き上がる魔女の気配に再度武装を展開、最期の反撃に備え防備を整える彼女だったが――リボンの壁ごと魔法少女を圧し潰さんとした魔女が、いろはの連射を浴びて体勢を崩す。

 次いで投げ放たれた木刀の直撃を受けて、その重量にたたらを踏み。直後に強烈な一射を浴びた魔女は、もともと致命傷に近い傷を負っていたこともあって今度こそ崩れ落ちる。

 投げる前よりも強い勢いで戻ってきた木刀を受け止め。こちらを見て呆然としている少女に、軽く手を振って挨拶する。

 

「――(いや、でか)」

「…………シュウくん?」

 

 ……声には出していなかった筈なのだが。

 身長や体格の割りに合わぬ立派な膨らみについ意識を集中させた彼は、背後から投げかけられた恋人の声に思わず硬直する。

 ……いろはの気配に怒気が混ざっていた訳でもなし。明らかに自分が過剰に反応してしまっているのは自覚していたが――それでも、怖いものは怖くて。

 

 それから数分の間。シュウはいろはと視線を合わせることができなかった。

 

 




実際いろはちゃんもそれなりに気にしていたりする
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