環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
――その日の夜は、シュウくんが珍しく甘えてきた。
そう長い時間を過ごしてはいなかったかもしれないけれど……友達にだってなれたかもしれない女の子がいなくなってひどく重たい空気で夕食を終えて。お皿を片付けていた私に、背後から近づいた彼がそのまま肩から手を回すように抱き着いてきて。
少しだけ驚きながらどうしたのと問いかければ、『少しだけこのままでいさせてくれ』と言われて――うなじをくすぐる吐息に耐えながら待っていると、掠れた声で彼は何事かを訴えようとしているようだった。
『――なあ、いろは』
『うん』
『明日から、俺は………………』
その先は、言って貰えなかった、
ごめん、まだ言えない、心の準備ができてない。
そんなことを言った彼の横顔は、ひどく沈痛な面持ちで――。
――去年までの俺なら平気で言えたのになあ。
――当たり前のことなんだよ、みんな当然のようにしていることだ。それなのに自分は怖がって……できなくなってる。
腕が剥がれてから振り返るとそんな風に、恥ずかしそうに笑って。でもどこか悔しそうにする彼が、また謝る前に。首に腕を回して、ぎゅっと抱き寄せる。
――大丈夫だよ。
――私も、
――だけど……私も、このままではいたくない。
――貴方が準備できたらいつでも言って?
――私も、少しだけ頑張ってみる。
困惑の声をあげるシュウくんの耳元に口を寄せて、そう囁くと。私の胸に顔を埋めながら、彼は小さく、頷いた。
――でも、きっと。
女の勘だなんて言われても、しっくりこないけれど。それでもなんとなく、この予想は間違ってはいないのだろうなと、そう思った。
怖がっていることは同じでも、悩みはきっと異なっていて。
それをシュウくんが明かしてくれることは……暫くは、ないのかもしれない。
……神浜市の魔法少女は、皆チームで行動するものなのか。
いろはの相談が一段落ついたのを確認してから神浜市における先達であるあきらや衣美里にそう質問したのは、何かと縁のあるももこたち3人が日常的にチームとして魔法少女として活動している口ぶりであったこと、ここ数日のなかでみたまから仲介された魔法少女もまた複数人で行動していたこと。──強力な魔女と戦うにあたって複数人のグループを構築するスタイルがどの程度神浜市の魔法少女に浸透しているか、そしてその実態はどのようになっているのかを確認するためであった。
自らもまた3人の魔法少女とチームを組んで活動しているというあきらも、彼の質問の意図をそれとなく掴んだのか腕を組んでむむむと頭を悩ませ、自分の実感を踏まえた意見を述べてくれた。
『……うーん、そうだね。仲違いとかチームワークが壊滅的とかでもないなら1人より2人の方が、2人より3人の方が断然良いしね。グリーフシードも魔女を狩ってれば自然と有り余ってくるし……。衣美里はどう? り、莉……確かモデルやってる美人さんとコンビ組んでたよね?』
『うん?
『ぴったし……うんそうだね、実際莉愛さんとも相性よさげだし良いコンビだと思うよ、うん。……正直ボクじゃあのノリについていける気はしないけれどね……』
……人付き合いを嫌うタイプではないにせよ、余程その莉愛なる魔法少女と衣美里の化学反応が凄まじいものだったのか。散々に振り回された思い出に遠い目になっていたあきらは、こほんと気を取り直して神浜で活動していくにあたっての所感を語った。
『……神浜の魔女そのものはたいして問題じゃない。真正面からなら調整屋で魔力を強化した神浜の魔法少女であれば1人でも倒せるレベルだと思うよ。ただ問題は……その状況をなかなか作り出せないような相手がだいぶ多くってね……』
タフで、多く、そして強い。そんな使い魔の群れ……それこそ結界の一角を埋め尽くすような大軍を寄越してくることもしばしば。狡猾な魔女に至ってはひたすらに身を潜め魔法少女たちの必死の捜索をかいくぐることもあり、特に象徴の魔女は増殖を繰り返す使い魔が独立して神浜中で結界を構築――本体の影も形も掴むことのできない状況が続いているという。
象徴の魔女の使い魔は討伐することで強大な魔力を秘めたジェムを落とすことも多々あり、基本的には一般人も襲わないため魔法少女の美味しい資源でもあるのだが……身を隠す魔女のどれもがそれらのようにおとなしい性質を持っているという訳ではない。搦め手上等の魔女を相手取るのはとてもではないが単独では厳しいものがあるとのことだった。
『ソロでやってるって魔法少女も普通にいるけれど、特殊な状況への対応力は頭数の有無でぜんぜん変わると思うなあ……。厄介な魔女には何度か出くわしたことあるけれどピンチになったときにもななかたちには随分と助けられてるし』
特定の魔法少女でチームやグループを構築する意義については、魔法少女それぞれで意見の差異はあるのだろうが……仲間の存在に対するありがたみをひしひしと滲ませながら、彼女自身の経験を踏まえて語られたあきらの意見は、シュウからしても非常に参考になる内容だった。
……相談所で聞いたあきらの話を踏まえるならば。この神浜において単独で魔女狩りに取り組む者は、それこそ七年もの間魔法少女として戦ってきていた七海やちよのようなベテランとまでは言わずともある程度自分の実力と引き際をよく理解した魔法少女か、あきらのチームメイトが懇意にしているという魔法少女専門の傭兵のような特定のチームを持たないフリー……あるいは、少し前のいろはのように。
神浜市に来て間もない……戦闘を経て神浜の魔女の強大さを初めて知ったような、外部からやってきた魔法少女くらいのもので。
いろはと共に足の踏み入れた結界でリボンを用いて構築した銃を使いこなし魔女と戦闘を繰り広げていた、
「――ひとまずは感謝を。おかげで助かったわ、どうもありがとう」
「…………いや、気にしないで貰って構わないよ。実際あの戦いぶりを見ればこちらが手出ししなくても切り抜けられそうではあったし」
「……? ええそうね……。あまり素早い相手でもなかったし比較的対処はしやすい手合いではあったと思うわ」
同い年くらいだろうし敬語はいらないと言ってからはどこかぎこちない様子で視線を泳がせる少年に軽い疑問を覚えながらも、それに頓着することなくマミは頷いて同意する。
「さっきの魔女は本当に強かった……ティロ・フィナーレの直撃を浴びせた時点で確実に勝ったと思っていたのに、まさか起き上がるだなんて思いもしなかったわ。使い魔もやたらと頑丈だったし……」
「……あー、それわかる。この街に初めて来たときはだいたいこっちも似たようなもんだったから……」
「砂場の魔女もシュウくんが木刀刺してくれていなかったら多分倒せなかっただろうしね……今なら少しは変わると思うけれど……」
いろはの言葉にふむと頷く。
確かに、複数回の調整を経ていろはの出力は格段に上がった――、攻撃手段があの図体に頼った叩きつけや暴風とともに巻き起こす砂嵐くらいしかなかったあの砂場の魔女も、今のいろはであれば確実に打倒することができるであろう。
……とはいえ、神浜の魔女は大勢の使い魔を引き連れていることも少なくない。魔女の結界以外で気軽に暴れることのできる場所を見つけられたなら一度そこで対近接を意識した模擬戦をやってみた方がいいかもしれない。シュウのサポートしきれないタイミングで近付かれたときへの備えは欲しいところだった。
「……貴方たちも神浜の外から来たの? やっぱりいなくなった魔女を探してここまで――?」
「いえ、私たちはそういう訳じゃ……。え、見滝原の方でも魔女がいなくなってるの……?」
「……確かに宝崎には魔女の気配もほとんどなくなったけれど、他の区域まで魔女がいなくなってるなんてことは初めて知っ――いや、そういえばSNSで何人かの魔法少女が愚痴ってたような……?」
でも、神浜は魔女が居る。
それこそ、複数人でチームを組んでもグリーフシードが有り余るくらいに。そうでもなければソウルジェムの浄化に使わなければならないグリーフシードを代金にしてまで魔法少女が調整屋に通いはしない。
見滝原だけではない。各地では魔女が次々と姿を消し、魔法少女が魔女をどれだけ探そうと見つけることのできない事態が相次いでいるという。
魔女が多く集まるのが神浜だけとは限らないが……それでもこの事態は異常でしかないと、困惑の表情を浮かべながらマミは語っていて。
「……私は、暫くこの街を調べて状況を探っていくつもりだけれど。貴方たちも、この街で活動するなら注意しておくに越したことはないわ。お互い気を付けていきましょう」
……使い魔でさえあれだけ強力なら、
知り合いらしい魔法少女の名前を呟きながら立ち去って行ったマミの後ろ姿を。いろはは、どこか不安そうに見送っていた。
***
「……どう思う、あの話」
「魔女が、他の街からいなくなっているっていう……?」
雑踏のなかを歩きながら、自分の手を引きながら問いかけたシュウの言葉に。難しい表情になりながら、いろはは少しだけ考え込んで――多分間違ってはいないと思うと、小さく呟いた。
「実際に、宝崎からも魔女はいなくなっていたし……。見滝原って、かなり遠いんでしょう? そこからも魔女がいなくなっていて、なのに神浜市には魔女がいっぱい――それこそ幾ら倒しても倒してもキリがないくらいに、たくさんの魔女がいる」
「……そうだよなあ」
以前の神浜市に一体どれだけの頻度で魔女が現れていたのかは不明だが――いろはとシュウだけでも調整屋で魔力の強化を済ませてからは1日1体のペースで討伐してるのにも関わらず、それでも探そうと思えばすぐにでも魔女が見つけられるという状況は異常に過ぎるということくらいは理解できる。
それこそ、今なら他の街に縄張りを持っていた魔女のすべてが神浜に集まっているのだと言われても納得できるものがあった。
「でも、どうしてこの街に魔女がいっぱいいるんだろう」
「俺にとってのい……あー、虫が蜜を探して飛んできたりとか、逆にそれを鳥が狙ったりとか。そんな風に魔女にとって美味しい何かがあったりするのかねえ」
「……? 今なんて言おうとして――」
誤魔化すように笑いながら、目当ての場所を確認すると一歩を踏み込む。少女の疑問の声は、自動扉が開くと共に鳴り響いた騒音に掻き消された。
マミと会った後調整屋に向かった2人は、そこでチームメイトのことで悩むももこと遭遇して。先日絶交してから未だに仲直りしていないというレナとかえでの仲を修復したいと口にした彼女に協力を申し出たいろはと共にシュウはももこたちが普段来ているという行き付けのゲームセンターを訪れていた。
「わっ……凄い音……」
「俺もこういうところあんまり来ないからなあ、耳があんまり慣れん。……
「それシュウくん結構得意だったよね……」
「音ゲー……流れてくる音符に合わせてタップしたり叩いたりするゲームのだいたいが見てから反応できるから普通に
ただまあ、本当に難しい曲だったりすると一瞬の遅れでゴリゴリスコアが削れたり指が攣りそうになったり、指に力を入れ過ぎて端末割りそうになったり……。多少身体能力に優れた程度では本物の難関はなかなかこなせないものである。一度音ゲーマーの配信を見たことがあったのだがあの指の動きはとても真似できそうになかった。
ゲームコーナー内のゲーム機を冷かしつつ、別れて行動するももこがかえでを連れてくるのに合わせてレナを連れ出すべく彼女を探す2人。
途中でレナと同じ神浜市大付属校の制服を見つけたいろはが近付くも白髪の少女であることに気付いて気落ちしたように肩を落としシュウもまたレナの捜索に戻ったが……今にも離れようとしていた白髪の少女の腕を、1人の少女が掴んだ。
「レナちゃん、ここに居たんだね……何度近づこうとしてもすぐ逃げて……!」
「かえでちゃん!?」
「……離してください、そんな、知らな――」
「ストラップ! 変身したってすぐわかるんだから!!」
声を張り上げたかえでの指摘に動揺したように動きを止めた少女。鞄に取り付けられたストラップを一瞥したレナは観念したように動きを止め、変身を解いて水色の髪の少女に戻ると――強引にかえでの腕を振り解いて逃げ出していく。
「……!」
「あっ――、レナちゃん、待って!」
「――かえでちゃん!」
――追うか。
ゲームセンターを飛び出していった3人の少女に、自らもまた外に出たシュウは少女たちの飛び込んでいった路地――否、その両隣の建物を一瞥し、人目につかないよう建物の影に隠れると助走もつけずに家屋の屋上に飛び乗っていく。
そのまま、上方からレナを見つけ先回りしようとして――、ガシリと、腕を掴まれた。
「…………………………………すいません、勝手に屋上に上がりこんだのは謝りますけど、今は急いでいて」
「いや、それは家主でもない私も同じだから人のことは言えないのだがね。……少し、話をいいかな?」
相手の言葉はほとんど耳に入らなかった。掴まれた腕を強引に振り解いてでも拘束から逃れて跳躍し、3人の少女を追おうとして、気付く。
「なんで、え? いやでも、あんたは――、ぇ。なん、で」
「……絶交ルールの様子を見に来たは良いが、さてさて。想定外の収穫があったものだ。正直なところを言うとだ、ウワサに囚われようとする魔法少女の経過観察に来たつもりのゲームセンターで君を見たとき……本当に、驚いたよ」
「なんで、なん、で……? いや、待て、お前は……誰だ。何なんだお前は……!」
「それはこちらの台詞なのだがね……。おや、目を離した隙に謝ってしまったのか」
――膨れ上がる魔力。それは、いろはが向かって行った路地の先で――その瞬間、あらゆる迷いが少年から消えた。
黒木刀が竹刀袋から飛び出す。拘束されていない方の腕で木刀を握った彼はシュウの腕を掴む人物の頭部をめがけ躊躇いなく木刀を振り抜いて。
当然のように、弾かれた。
「物騒なことをする」
「っ――」
「おっと……?」
己より疾く、重く、鋭い一撃。相手の迎撃に手の中から吹き飛ばされる木刀をほとんど無視して振り抜いた拳が相手の構えた腕の上から叩き込まれ、片腕の拘束が解かれる。屋上の上を軽く後退したその人物は、完全に防いで衝撃も逃がしたのに関わらず腕を痺れさせた衝撃に苦笑したようだった。
「唐突に殺意が膨れ上がったな、なるほど、なるほど。……向こうに行った魔法少女に身内でも居たか? 気にするな、アレは無害ではないがアレそのものに悪意はない、あくまで与えられた役割を全うするだけで――無為な殺しはせんさ。抵抗したらどうなるかは知らんが」
「……そこを、退け」
「まあ待て。……水波レナか、秋野かえでか……あるいは2人両方か。それとも撃退されてしまうのか確認を――なるほど君の身内は桃色の方か、焦りが消えたからすぐわかったよ」
「……」
――あの魔力の発信源のもとまで行くには、アレを突破するしかない。けれど向こうには敵意も悪意も……自分を大人しく通すつもりもないようで。
屋上に転がった木刀を手に呼び戻しながら、シュウは低い声で問い質した。
「……お前は、なんだ」
「ふむ、自己紹介か……悪くない、それだけしたら
「
「……『魔女を守る剣士』。近い内にそう呼ばれることになるウワサだ」
そうして。
離れた場所で少年が動きを止める中、2人の魔法少女の目の前で――ひとりの少女が、姿を消した。