環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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別行動

 

 

 秋野かえでがいなくなった。

『魔女を守る剣士』と名乗った存在が姿を消して、周囲を警戒しながら建物の上を飛び回って向かっていった先。ついさっき現れた筈の魔力の残滓も残らぬ路地で、途方に暮れた表情で立ち竦んでいたいろはからそう教えられて。

 顕現した絶交ルールのウワサ……一度絶交した後に謝ってしまえばルールを破った者を連れ去るという怪異を前に何もできなかったと途方にくれる少女にシュウは、何も言うことができなかった。

 

 口を開けば、いろはが無事でよかったと、息をするようにそう言ってしまいそうで。けれどそれが彼女の望む言葉では決してないと理解していたから、何も言えなかった。

 

 その後は、かえでを探し駆けつけてきたももこに状況を説明して。狼狽して謝るいろはに、彼女はいろはちゃんたちが気にすることじゃあないと強張った表情で笑いかけていた。

 ……いろはも、ももこも、レナでさえも。直前までは一緒に居たのにも関わらず絶交ルールのウワサがかえでを浚ったその場にシュウが間に合わなかったことを一度も問い質そうともしなかったし、責めなかった。

 そんな彼女たちに応えて、連れ浚われたかえでを探すのに協力して彼女を取り戻したいという思いと──それを無視してでも、あのとき現れた『魔女を守る剣士』を名乗った者を追わなければならないという焦燥感。

 

 普通に考えれば、既に知己の魔法少女を連れ去った絶交ルールを最優先に追うべきだ。目の前でみすみす連れ拐われたこともあってかかえでの捜索と救出に意欲を見せるいろはを補助するべきなのはシュウもわかっている。

 それでも──、ウワサを名乗ったあの人物を、シュウはどうしても無視することができなかった。

 

 ……そう感じる理由は自分でも整理できてはいない。絶交したレナとかえでを追っていたときに対峙したときも向こうから悪意を向けられた訳でもなく。自分自身でも、あの存在に対し害意を持っているのかとなれば、微妙なところではあったが――それでもアレは、アレだけは。決して見過ごしては置けないと、本能が訴えかけていた。

 

 だから自分は。

 こうしていろはと離れてまで――どこにいるかも分からぬウワサを、探している。

 

「……もしもし、みたまさん? シュウです、少し聞きたいことがあって……はい、今日は別行動です」

「1人か2人、仲介してほしいんですけれど……。今から来れて、夜にかけて何体でも魔女の相手をしてくれる魔法少女って、いたりしませんかね?」

 

 

 

 

***

 

 

 

「……え、シュウくんいないの!?」

「はい。神浜市までは一緒に来てくれたんですけれど……、今日はどうしても調べたいことがあるって行って1人で行っちゃいました。明日は来てくれるみたいですけど……」

「私の方にもさっき連絡来たわよぉ。今日は神浜市中を走り回るくらいの気概みたい。夜まで戦うっていうから腕利きの娘を紹介してみたけれど、あの娘もかなり暴れ馬……暴れ仔牛?みたいな娘だからねぇ。大丈夫かしら」

 

 ……ももこさんの驚愕の言葉に、いつも2人一緒に居るものだと思われているのかなと少し嬉しく思うと同時。

 マスタードやケチャップを大量に注ぎ込んだ紅茶を口にするみたまさんの発した言葉──他の魔法少女を彼が求めていたという事実に、少しだけ胸が痛くなる。

 ──シュウくんに限ってそんなことはないだろうし、今回他の魔法少女を頼ろうとしたのもかえでちゃんの救出に臨む私の手を煩わせないためであることはよく理解していたけれど。

 ……他の女の子とシュウくんが一緒にいることを想像するのは。ちょっとだけ……ちょっとだけ、嫌だった。

 

「でも調べものって……こんなタイミングで? 猫の手だって借りたいくらいなのに、まったく……!」

「戦力になるならいた方が良いのは確かだけれど、来ない人間に対してどうこう言っていても仕方がないでしょう。……まあ絶交ルールさえ見つけられたなら、彼の都合が合うのを待つまでもなく終わりそうだけれど」

 

 シュウくんが来れないと聞いて憤慨するレナちゃんを窘めるやちよさんは、魔法少女さえも連れ去った絶交ルール……学生の間で広まっていた程度の噂が実現されるという異常事態に関わらず、冷静に状況を精査しているようだった。

 かえでちゃんがいなくなったのを聞いて駆けつけミレナ座で私たちと合流してくれた彼女は、ももこさんからの協力の要請に頷くとバッグから取り出した分厚いファイル──神浜うわさファイルと表紙に綴られていた──を開くと、幾つもの付箋や資料のコピーが貼られた頁をぱらぱらとめくってはある場所で手を止めて私たちにその項目を見せる。

 

「絶交ルール。新西区の学生を中心に広まるこの噂は、私が集めている情報のなかでも特に信憑性の高いもののひとつ……なんて話は良いわよね、実際に被害が出た訳だし」

「……」

「現在は口頭での言い争いすらも対象になっているようだけれど……元々は神浜市大付属校中等部を発端とした〝絶交証明書〟が連れ去るにあたっての条件だったようね。東塔の北側、4階から屋上へ続く階段に名前を綴れば未来永劫の絶交が認められる……ひとまずはこれを利用してかえでを攫った下手人を引きずり出すとしましょう」

 

 学生が好き勝手にばらまく都市伝説にしか思えなかったのか、やちよさんの話を聞くももこさんはどこか微妙そうな顔をしていたけれど……他にかえでちゃんを攫った得体の知れない存在を追う手掛かりに心当たりもないのか、渋い表情で頷いて彼女に同意していた。

 

 ……寮などの施設も充実した神浜市大の付属校は、お母さんやお父さんが出張にいくにあたって1人暮らしになる私と、半年前から1人で暮らしていたシュウくんが安心して過ごすのに丁度いいだろうと転校の準備を進めていた学校だったけれど。向こうの事情で寮室の確保が難航しているとのことから引っ越しにも転校にも遅れが出ているところだった。

 今はシュウくんと一緒に暮らしているけれど、近い内にそちらに移るなら校内の様子も見ておきたいなあと絶交ルールの情報を確認しながら思いを巡らせていると――こちらを一瞥したやちよさんが、目を丸くして声をかけてきた。

 

「あら、環さん……、首が腫れてるけれど、虫刺され? 軟膏はちゃんと塗っておいた方が良いわよ」

 

「……?」

「ん、どれー……あぁほんとだ。まだそんな季節でもないと思うけれど出るところには出るもんだね」

「え、虫刺されですか? でも私そんな覚えは――、」

「そっちじゃないわよ、右右」

 

 やちよさんたちの指摘に目を瞬かせながらも、身を乗り出したレナちゃんに指された箇所を指でなぞって――昨晩彼に、ベッドの上で、どこに、何をされたかを思い出す。制服の襟元で隠したつもりだったそれがこの場に居る全員に見られていることに気付いて爆発した。

 

「――、。 ――――――………………っっ!!??」

「随分と悪い虫さんだったのねぇ。まあ気にしないで、襟元でぎりぎり隠そうとしても角度次第でどうしても見えるからしょうがないわよぉ」

「ふぁ、ひゃあっ……、っ、~~~~~~~!!?? あ、はいはいそうです虫刺されです! なん、どうし、出るときは大丈夫だと思ってたのに……!?」

「環さん大丈夫? 顔が真っ赤よ、体調が悪いなら無理しないでも」

「ぃ、いいいいいいいえ大丈夫です、気にしないでくださいぃ……」

「……? どうしたのよただの虫刺されならそんな気にすることないじゃな――ぁ」

「いやまさかな……だって中3だろ2人とも――え、マジ?」

「~~~~~!!」

「ふふふ……お熱いわねえ」

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「――ドッガーン!!

嵯ッ、慶リリRリ履リLィ!!??

 

 ボッッ!!

 冗談のように吹き飛ばされ宙を舞う魔女の使い魔。刃物の類の通じ辛そうな甲殻に身を包んだ衛兵を一撃で粉砕したのは、いろはよりも小さな金髪の少女だった。胴のベルトから伸びた鎖でソウルジェムの輝きを散らしながら、その身に不釣り合いな大きさの戦槌を振り回して使い魔を打ち砕く彼女は気の抜ける語彙の掛け声に見合わぬ殺意と怒気を持って暴れ回っていた。

 

「――魔女はぁ!

虞ェ礪!?

(ころぉ)す!!

毘誼Gィギ辞z妓……!?

 

「……」

「……成程、みたまさんの言っていたことはそういうことか」

 

 己を取り囲む使い魔の大群――否、魔女に指揮される大軍を相手に怯みもせずに特攻しては戦槌を叩きつけていく魔法少女……深月フェリシアの姿に、自らも周囲に展開する使い魔を相手取りながらシュウは嘆息する。

 

『んーー、魔女退治とあらば意気揚々と働いてくれる腕利きの傭兵なら1人心当たりがあるけれど……ちょっと、じゃじゃ馬というか、問題児というか……』

 

 魔法少女の仲介を頼んだ調整屋が悩まし気にそう言った訳――いざ顔を合わせ依頼の話となったとき、魔女の気配を感じ取るなり憎しみも露わに全力疾走で魔女の結界に突っ込んでは暴れ回りはじめたのに、傭兵として彼女を紹介するにあたってみたまの覚えた懸念の凡そを察する。

 依頼主そっちのけで魔女に突貫、好き放題に場を荒らす戦闘狂――いや、あの気迫はどちらかというと復讐鬼か? ともかくアレでは敵味方の区別もついているかどうか怪しい。傭兵というよりは見境なしに走り回る暴牛にすら思えた。

 ……とはいえ。まだ理性をもって会話していたときの性格は比較的好ましいものだった――あの性質も今回に限っては寧ろ好ましい(・・・・)とすら笑って、粉々に砕かれた使い魔の甲殻が飛び散る前線に自ら足を踏み入れる。

 

 その前方では、高々と得物を掲げたフェリシアが密集して固まる使い魔たちに向けて後先顧みぬ出力で魔力を爆発させ、紫色の輝きを放つ戦槌を叩き込んでいた。

 

Hi被碑簸ぃ――

「ズッガーンっっ!! ……あ?」

……ギっ

 

 会心の一撃。地形ごと削り取るような攻撃を受け、陣形を組んでいた使い魔は尽くが砕け散り、叩き潰され、全身を罅割れさせながら宙を舞う。

 しかし防御の尽くを無視した高い破壊力を見舞った彼女はと言えば、先程から戦闘を繰り広げていた、全身を甲殻で鎧の如く覆った使い魔が急に密集して守りを固めだしたのに怪訝な様子で。けれど特には気にせず、壊し甲斐があるじゃんと嗤いながらそのまま突っ込もうとして――上方から降り注ぐ紅の光に、目を見開く。

 

「のわっ――うぉお!?」

「おっと危ない」

 

 草木涸れ果てた荒野の広がる魔女の結界。その奥から放たれ鎧の軍隊が誘導し抑え込んだ暴牛に向かって襲い掛かった矢の数々から、少女の首根っこを引っ掴んで強引に離脱した少年が無防備なバーサーカーを救出する。

 後方に跳躍した途端次々と甲殻を纏う使い魔が襲い掛かるのに刺し穿つような蹴りをぶち込み、最近密かに鉄板を埋め込んだ靴で胸部を砕くシュウに。束の間ぽかんと間抜けな顔を晒したフェリシアは首根っこを掴まれたまま暴れ出す。

 

「何しやがる、離せよ……! あのくらいの攻撃、わざわざ庇われなくたってオレなら無傷で跳ね返せたんだぞ!」

「ふーん? それは心強い。まあ消耗せずにいられるならそれに越したことはないだろう、少し作戦会議をしようよ」

「はぁ、会議ぃ? そんなの魔女に近付いたらズガーンでドガンだろ!!」

「正解。だけど魔女は結界の奥から使い魔に指示を出して俺らを抑え込んで、後方から離れて攻撃してじりじりと削ってきている。使い魔も密集して防御を固めていて突破は難しい――さてどうする?」

「あ!? そんなの――、……どうしろってんだよ!!」

 

 少なくともこちらの言葉を聞き取れる程度の理性は残っていることに安堵し。少女を下ろしたシュウは黒木刀を振り抜いて接敵した使い魔を跳ねのけながら、端的に告げる。

 

「俺が言うのは3つだけだ。……『魔女は殺せ』『雑魚に大技は使うな』『魔女までは俺が連れていく』」

「……ふーん」

「そうだな、あと……20m。それだけ前に進んだらお前を魔女に向けて一気に送り届けるから一撃で決めろ。……できるな?」

「……ははっ」

 

「上等……! 魔女はオレがぶっ潰してやる!!」

 

 魔女との戦闘を邪魔するでも、魔女に対する自身の執着を窘めるでもなく。サポートに徹すると語る少年の提案が気に入ったのか、粗暴な笑みを浮かべぶんぶんと戦槌を振り回すフェリシアの横で、少年もまた木刀を握る手に力を籠める。

 対峙するは魔女によって指揮される軍隊――多勢に無勢、数の多寡をもって押し潰さんとする敵はなるほど確かな脅威で。それがどうしたと、鼻で笑う。

 

 ……互いに。

 何も気遣う必要のない相手との共闘は、初めてだった。

 

 

 

***

 

 

 

「それで、結局あいつ……シュウは一体今どこでなにをやってる訳? あれだけ惚気るくらいなのにいろはから離れるだなんてそうそうでしょう」

「……それが、あまり教えて貰えなくて。みたまさんには夜まで魔女と戦う予定で魔法少女の仲介をして貰っていたみたいだけれど、そんなこと一言も言ってなかったし……」

 

 神浜市大付属校中等部。絶交ルールの大元といえる場……絶交証明書の階段へと向かうなかでのやりとりだった。

 なにそれ、と呆れるレナちゃんに苦笑して謝りながら。私は、ふと昨日の彼の様子を思い返して。

 

 ――そういえば、昨日の夜から……なんだかシュウくん様子が変だったな。

 

 何というか……そう、居てもたってもいられないような焦り。なにかどうしてもやりたいことがあるのではないかと、何でも言ってと声をかけて。その日の朝、別行動したいと朝言われたときには心細いものもあったけれど頼られたのは素直に嬉しくて……いやそうじゃない。

 なにか、違和感があった筈だった。2日前までの彼にはなくて、昨日帰ったときの彼にはあったもの、が――、

 

「……ぁ」

「手形――」

 

 そう。昨日の夜、ベッドの上で私を押し倒した彼の腕に、なにか強い力で握られたような手のかたちの痕、が……。

 

「手形? 何の話よ」

「……ううん、なんでもない」

 

 ――慣れてもいいと思うんだけど……うぅ、やっぱり恥ずかしい……。

 脳裏に過ぎった昨晩の記憶に顔を熱くしながら、どうにか誤魔化すように微笑んで――そこで、私たちを先導してくれていたももこさんが足を止める。

 

「……うーん、なかなかびっしり書かれてるなあ」

「うわぁ……」

 

 中等部の、4階から屋上へ続く階段。その6段目と7段目に綴られた人名の数々に、思わず呻くような声を漏らしてしまった。

 階段の6段目に自分の名前、7段目に絶交したい相手の名前を書き込むことで成立するという絶交証明書……その階段にびっしりと人名が書かれていたのを見て、動揺を隠せなかった。

 

「絶交したいって人、こんなにいたんですね……どれだけあの鎖の魔女に巻き込まれちゃったんだろう……」

「謝ればルールを破ったと出てくるらしいし被害者数とイコールとは限らないわよ。……特定のルールを設定して相手を連れ去る魔女だなんてものは初めて聞いたけれど。もしかしたら魔女ですらないのかもしれないわね」

「……それって――?」

「――ほんとに悪質だな。出てきたら誰の仲間に手を出したのか思い知らせてやる」

 

 怒気を滾らせるももこさんが階段に自分と、やちよさんの名を刻んで。絶交ルールを敢えて破ることでかえでちゃんを連れ去った存在を誘き出すべく屋上へと向かって行く。

 

「……絶交、かあ」

 

『――馬鹿野郎』

『別れよう……絶交だ』

 

 はじめて、彼と――シュウくんと絶交した時のことを思い出す。

 

『話しかけてくるなって言ったよな? 魔法少女やめて出直してこい』

 

 固い意志で放たれた拒絶の言葉を思い出す。

 

『本当に、お前は……頑固だから。結局俺が折れることになったんじゃないか』

 

 恐れに手を震わせて。血みどろになって。

 ――それでも、私を助けるために武器を手に取ってくれた彼を、思い出す。

 

 

 あのとき、彼は。

 どんな思いで、あの言葉を放っていたのだろうか――。

 

 





カミハマこそこそウワサ噺
シュウくんについての噂は当然神浜うわさファイルにも記載されている。とはいえ噂の内容も『男子学生が魔法少女を助けて魔女退治を手伝っている』『身の丈2mを超える怪人が魔女と殴り合っている』『なんかコーヒー欲しくなってくる』などと情報が錯綜しているためやちよもつい最近までは真偽の怪しい荒唐無稽な噂として扱っていた。


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