環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

19 / 126
Lost memoria ー非日常1週間前ー

 

 

 シュウの暮らす家……利美智江(かずみともえ)によって桂城家に提供された住居は、豪邸とまではいかずとも4人で暮らすにしてもなお広々とした印象を感じさせる建物だった。

 ()()()()方法で荒稼ぎしていた智江の祖父から受け継いだという屋敷は、一時は家政婦まで雇って管理していたとのことだが――前に雇っていた女性がいなくなってからは荒れるばかり、シュウの母が頼ってきたときにはいっそ売り払ってしまおうかとまで考えるくらいには深刻な有様だったらしい。引っ越しの際、まだ6才の子どもが父親と一緒に大きな机を運び込んでいるのをみたときはいよいよ目がイカれたかと思ったよとは彼女の言であった。

 

 そんな家屋の2階。もとは客室だったのだろう空間に、シュウの部屋はあった。

 ベッドの上には無造作にゲーム機や上着が放られ、本棚には漫画や小説が無造作に積まれている。去年の夏、環家と一緒に行った海でいろはやういと撮った写真の貼られた机には他にも七五三、クリスマス、旅行で撮った写真が所狭しと貼り付けられていた。どれも家族や、いろはやうい、彼女たちの両親など身近な人たちと撮ったものである。

 

 それらの写真の貼られた机の前で携帯を開いて最近いろはと一緒にやるようになったアプリ……自らに与えられた土地を開拓、開発していくゲームで遊んでいたシュウは、扉の向こうから響いたノックに顔をあげた。

 

「シュウ、今は平気かい? 入るよ」

「んー……」

 

 扉を開いて部屋に足を踏み入れた老婆は、すんすんと鼻を鳴らして周囲を見回し。何の用かと一瞥したシュウににこやかに笑った。

 

「多少はマシになったじゃないかい、最近はこの部屋にくる度に男くさい臭いが漂っていたからいい加減いろはちゃんを部屋に入れるのやめさせようと思ってたよ」

「……ねえそんなに酷かった?」

「自分の臭いになると自分では案外気づかないもんだからねえ。あ、ゴミ袋の中身はなるべく早く捨てるといいよ、普通に臭ったりするから気を付けな」

「…………用件は」

 

 たまにこの部屋に乗り込んでは掃除しようとしてくる母親とほとんど同じ文言に煽りに来たのかと言いたくなったが、いろはのことまで引き合いに出されれば何も言えなくなるのが常である。彼女たちが純善意で声をかけてきている以上少年としては大人しく言うことを聞くしかなかった。

 母親が最近ハッカ油だか何だかをまぶしたタオルを部屋に持ち込んでいるのがお気に召したのか、鼻腔をくすぐるスンとした香りに悪くないねと頷く老婆。椅子に背を預けものすごく複雑な表情になって彼女を見上げるシュウは、ゲームの画面を閉じながら用件を問いかける。

 

 菓子やら料理やらを作るにあたっての食材の買い出し、図書館に寄ったときの忘れ物の回収、老人会の面々へもっていくお土産選び、それなりの頻度でやって来るいろはの分も含めた医薬品やら湿布やら──智江に押し付けられてきたおつかいの内容は多岐に渡る。

 家で休んでると随分こき使うよなあと愚痴りながら5000円札と共に渡されたメモに目を通した少年は、内容を確認すると目を丸くして老婆に視線を向ける。

 

「結構買い込むね。もしかしてういの退院祝い?」

「当たりだよ、環さんと理恵がういちゃんたちと一緒に退院したあとのための買い物しているからね、こっちで夜ご飯は準備するよ」

「了解、豪勢に祝おう」

 

 同じ家に暮らしていようが長い付き合いだろうが、各々の価値観や趣味嗜好の差異がある以上そりが合わないこともままある。言い合いくらいは日常茶飯事だ。

 けれども、身内の少女を可愛がる思いは共に同一のものであった。

 

「去年はまだマシだったけれどそれでも海水浴や神社参りが精々でなかなか病院を出れなかったからねぇ。何事もなければ定期的な診察で済むくらいには良くなったらしいし、精一杯のお祝いをしてやらないと」

「病院食慣れしてるからあんまり味が濃いとびっくりしちゃうんじゃない?」

「何のためにいろはちゃんと協力して手料理を持ち込んで行ったと思ってるんだい。ういちゃんに合わせた味付けの料理の作り方は完璧だよ」

 

 あれ餌付けじゃなかったのか……。

 ぎょろついた眼をくわっと見開いて言い切った老婆に感心半分呆れ半分に目を白黒させつつ。身支度を整えたシュウは玄関から早足で出て買い出しへと向かう。

 

 そうして近所のスーパーへと向かっていると──バッサバサと響き渡る羽音。足を止めた少年の隣に降り立ったのは二羽のカラスだった。

 

「ガー! ガー!」

「おいおい、お婆ちゃんはいないぞ。エサはもう入ってる筈だからご飯欲しければいつものエサ箱に行ってこいよ」

「グァー? ……カア、クァ」

「どこで覚えたそんな仕草。随分とSNS映えしそうな……」

 

 二羽のカラス、その頸にはそれぞれ色鮮やかなアクセサリーがきらめくチョーカーが取り付けられていた。

 ムニンとフギン。艶やかな羽を誇示するように広げる(つがい)……兄妹? ともかく智江が雛から育てていたのだという二羽のカラスの片割れが可愛らしくこてんと小首を傾げるのに困惑しながら、しっしっと手を振ってあしらうとそのまま歩き去ろうとしたが……バサバサと小刻みに羽ばたいてはついてくるのに気付くと目を剥いた。

 

「これから食材買いに行くのについてくるのやめてくれよ……カラスって何好きなんだっけ? 石鹸いる?」

「ガァー!」

「グァッグァッグァッ」

 

 この鳥ども人語を解しているのだろうか。いや今の憎たらしい反応を見る限り間違いなく理解していると思うのだが。

 何か勝ち誇ったように鳴き声をあげ。街路樹の方に向かって羽ばたいていくと枝の上に降り立ってふんぞり返るカラス共に嘆息しながら、少年は視界に映ったスーパーへと足を運んでいく。

 

「あれで魔女じゃないとか何言ってんだろうなあの婆さん……」

 

 可愛い女の子を着せ替えするのが趣味とはいえ。お気に入りらしい黒ずくめの衣装で女の子を家に連れ込むのをたまに見るのだがあの絵面は童話の悪い魔女のワンシーンであると言われても納得のいくレベルである。ああいうカラスまで育てていたり割りと前までは10年以上生きていたという猫までいたのだからもう狙っているのではないかとさえ思えた。

 ……いやまあ、魔女と呼ばれたときの智江の眼力は本当に凄まじいので面と向かっていう気にもなれないのだが。

 

「えーっと、鶏肉に挽き肉タマネギ、バターにマグロ、リンゴ……長ネギと里芋は回収したから……」

 

 買い物かごを片手に、メモに目を通しながら食品売り場を回っていく。メモの一覧にさらっとミネラルウォーターを箱買いするよう綴られているのを見つけては幾ら人並み以上に力を持っていると言っても持てる量には限りがあるんだがなとぼやきながら目当ての調味料をかごに突っ込んだ。

 

「……そういえばムニンたちに石鹸買う約束しちゃったんだよなあ、大人しく買ってやるのも癪だけどあいつら引くくらい賢いし──お」

「あれ、先輩」

 

 飲料の並んだ棚の前でばったりと顔を合わせた後輩──自らと同じく剣道部に所属する少年におやと手を止める。シュウと同じく買い物かごを手に取った彼は思わぬ遭遇に目を丸くしているようだった。

 

「こんばんはです先輩! 結構な大荷物ですね、鍋でもやるんですか?」

「これ? 妹分が退院認められたからそのお祝いだよ。うちの婆ちゃんが随分と張り切ってることもあってだーいぶ買うことになった」

「……え、妹さん入院してたんですか!? 言ってくださいよお見舞い行ったのに!」

「だから妹分だって。いろはの妹だよ」

「あー成る程……退院おめでとうございますと(たまき)先輩の妹さんに伝えといてください。なんなら連絡先も渡してくれても……あ、はいすいませんなんでもないです」

 

 不埒な意図をもって近付くのは赦さんぞと向けた視線に籠められた思いはよくよく伝わったようだった。冷や汗を一筋垂らしぶんぶんと首を振る後輩にやれやれと息を吐きつつ、商品の陳列された棚からジュースをかごに突っ込む。

 

「まあ、祝いの言葉は素直に受け取っておくよ。あの子も知り合った頃から入退院を繰り返していて身内としてはずっと心配だったからなあ……いや本当、肩の荷が下りた気分だよ」

「そうだったんですか!? 本当に良かったですね。でもそんなに酷かったのか……そりゃあお祝いもする訳だ」

 

 得心したように頷く彼に同意を返し、会計するべくレジへと足を進める。

 

「今まで退院したときは快復というよりも経過観察みたいな部分が大きかったからなあ、今回でいよいよ本格的にみんなで外を出歩けるかなとなるとわくわくするよ。いろはの方もそこらへんは感動がひとしおだろうなあ……」

「シュウ先輩の見学に来てたときに何度か話しましたけど環先輩は優しいですしねえ、家族のこともめっちゃ大切にしてそう」

「いろは『は』、ねえ……おぉ? 俺は優しくないと?」

「……キヅカイのできるいいセンパイだとおもいますよー」

「ふはははこやつめ。明日の部活楽しみにしとけよ」

「いやだこの人稽古の名目で殺す気だー死ぬーー!?」

 

 一足早く会計を済ませて逃げ出していった後輩を笑いながら追おうとして――外から耳に届いたけたたましいカラスの鳴き声に、おっとと動きを止める。

 ……石鹸、忘れていた。

 

「お帰り、シュウ。……どうして羽毛が髪についてるんだい」

「お宅のお子様方に絡まれまして。こっちの言葉絶対分かってるでしょあれ、石鹸ないよっつったらギャースカ上空から騒がれてくっそうるさかったんだけど」

「あぁ……。それは災難だったねえ。ちなみにあの子たちの好みの石鹸はショッピングモールの専門店で売られてるような3000円近いブランド品だよ。あとで銘柄教えておくよ」

「いや要らんが。ねぇ一体どういう教育してんの?」

「綺麗好きなのは良いことだろう? あの子たちはそれなりの頻度で身体洗ってるからそんな汚いのは飛んでこなかったと思うけれどひとまずシャワー浴びて手を綺麗にしたらキッチンにおいで、肉こねるの手伝って貰うから」

 

 え、質問に答えて……、まあいいや、折角だし服も着替えとくか……。

 厨房に立つなら清潔にはしないとねえ?

 汚したのは婆ちゃんの子どもたちなんだよなあ……!?

 

 好き勝手なことをいいながら料理の下拵えに取り掛かる老婆と軽く言い合いながらも大人しく衣服を脱ぎ捨てたシュウはとっとと浴室に引っ込んでいく。

 未だ買い物にいっているらしいいろはたちは、ういのお祝いに寿司でも買おうとしていたようだが……智江はただでさえ荷物も多いだろうにご飯を買う必要はないよと拒絶、ぜんぶ料理はこちらでつくると言い切ったらしい。

 手伝わせる気満々の彼女に、シュウも今回ばかりは忙しくなりそうだなと物憂げに思わないでもなかったが……それでも、身内の少女たちを思えば苦では決してなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 ――苦ではなかった。

 ――とはいえ、料理とは一度追及をはじめるととことん根気を費やすものだ。身体能力があろうがなかろうが関係ない、疲れるものは疲れるのである。

 

 ……それもまあ、少女たちのこの反応をみれば。智江の指示を受けてさんざんこき使われた疲労も、報われるというものだった。

 

「わぁ……! 美味しそう……!」

「うわぁ、すごい……!」

 

 食卓に料理を並べる手伝いを申し出たいろはが冷蔵庫のなかを確認して驚愕する。彼女によって食卓に並べられたごちそうの数々に目をキラキラとさせたういに、疲弊も露わにソファに身を預けるシュウは苦笑した。

 

「喜んでくれたんなら頑張った甲斐があったよ。今回ばかりは本当に気合いれたからなあ」

「えっ。……これ、シュウくんが作ったの!?」

「ワタシもだよ。シュウもまあよく働いてくれたからねえ、どれも悪くない出来だよ!」

「ハンバーグこねたり焼いたりしたの俺で、ちらし寿司は基本婆ちゃん。あとの料理はまあそれぞれが手の空いたタイミングで切ったり煮たり炒めたり……?」

「凄い美味しそう……みんな食べて良いの?!」

 

 既に手を洗ったらしいういが食卓に並べられた料理を見てうずうずしながら席に着くのに、皆が揃ってからな―と伝えながらキッチンに向かう。

 いろはにも手伝って貰いながら箸やフォークを並べていると、洗面台から戻ったそれぞれの両親が談笑しながら戻ってきた。

 

「あらもう全部並んでるー! いろはがうちで料理してくれるようになって暫く経つけれど未だにこういうの見るとちょっと感動しちゃうわあ。……シュウくんもほんとできた子よねえ」

「うぉー、にしても凄いなあこれ。智江さん本当にありがとうございます」

「ひひひっ、可愛いういちゃんの退院記念だからねえ。シュウと腕によりをかけたよ」

 

 いろはの両親と智江がやりとりするのを尻目に、ういの隣に座ったいろはの向かいになるように席についたシュウは――そこで、なみなみとジュースの注がれたコップを渡されるのに目を瞬いて。ありがとうと礼を言って受け取ると、隣に腰を下ろしてはずいと飲み物を渡してきた女性が愉快そうに笑っていた。

 

「……母さん」

「シュウお疲れ様。これだけの量は大変だったでしょー? 本当に凄いよびっくりしちゃった!」

「まあ、いろはが婆ちゃんから料理を教えてもらうのに付き合ってれば手伝いくらいはね。そっちもいろいろ買ってたんでしょう、どうだったの?」

「んー? こっちはういちゃんの服やベッドにー、新しい机とか見て回ってたかな。あとはいろはちゃんの服とか、勝負s――」

「りっ、理恵さん!?」

 

 顔を真っ赤にして悲鳴をあげたいろはに微笑みを返したシュウの母親は、娘のように可愛がる少女の隣でにこにこしているういの頭を撫でながらいろはに愉快そうな視線を向けていて。

 

「今日はういちゃんの家具だけじゃなくて、いろはちゃんのもいろいろ買ったからねえ。ういちゃんも選んだんだよねえー?」

「うん! お姉ちゃんのためにすっごい可愛いの選んだんだよ! お兄ちゃんだってのーさつなんだから!」

「うぅぅ……」

「????」

 

 いやのーさつって何なのか……悩殺? 殺されるの? いろはに?

 疑問符を浮かべ、どういうことなのか気になっていろはに問いかけようとしたが……何やらトマトのように赤くなって沈黙している恋人に、どう声をかけたものか言葉に悩んだ。隣の母親とはいえば、面白そうに彼女の様子を見守りながら口元を緩めていて。

 

「え、俺殺される予定なの?」

「いやあ悪ノリした私がいうのもなんだけどアレは無理でしょ、人生の墓場に埋まる覚悟はした方が良いよ。でも40超えてすらないのにお婆ちゃんになるのは嫌だから流石に配慮して欲しいなあ」

「待って外堀埋められてるどころの話じゃない気がするんだけど」

 

 女性陣が恋人との仲について応援してくれているのは複雑ながらもありがたいがそれはそれとして退院したばかりのういまで加わっていたとは想定外だった。ひとまず援護を求めて男性陣に視線を向けたが……『諦めろ』と無言で返してくるのに頬を引き攣らせた。

 

「………………それじゃあご飯、食べようか!」

「う、うん……」

「わーい! いただきまーす!」

「いただきまーす。あ、これうま……シュウー、現実逃避は駄目だからねー、そのときになったら責任はちゃんと取りなさいよー」

「母さん酒まだ入ってないよなあ、絡み方がくっそ扱いに困るんですけど……!?」

 

 ちなみにういの好物であるハンバーグの評価は環姉妹からも上々だった。

 ただでさえ愉快そうにいろはとの仲の進展の程度を揶揄ってくる母親に酒が入るととても手を付けられず、流石に辟易させられるものがあったが――それでも、積極的に話を聞きたがって会話に混ざるういや、羞恥に頬を紅く染めるいろはも恥ずかしながら楽し気に笑っていて。それだけは、数少ない救いだった。

 ……まあ、疲れはしたものの。あれはあれで楽しかったと、後から振り返れば素直に思える。

 

 

 ――あの日はもう戻らない。あの人たちには……少なくとも家族には、もう会えない。

 ――平和も、祝福も、日常も。それでおしまい。

 

 平穏が砕け散って。大切で、だけど当たり前に傍にあると思っていた繋がりは、あっけなく喪われていく。

 

 シュウの母親が、いなくなったのは。その、1週間後のことだった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。