環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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あるいは前進の切っ掛け

 

 ――懐かしいことを思い出していた。

 今でも鮮明で、苦々しく、悲痛に満ちていて。でもまだ拭いきれぬ疑問を残した、そんな記憶。

 

 醜悪な極彩色の空の下、崩れゆく結界のなかで黒木刀を竹刀袋に収納して。臨時のコンビを組んで共闘する魔法少女を追う途中で購入したミネラルウォーターを口にしていたシュウは、頭部を陥没させた魔女の亡骸のうえに腰を下ろしたフェリシアを見上げるとお疲れと声をかける。彼女の分も買っていたペットボトルを投げ渡した。

 

「悪いな、ちょっと遅かったか? もう少しかかるかと思ってたのに俺が来るより早く半殺しにしてたのは流石だな」

「……」

「とはいえ単独で突っ込みすぎるのは良くない。逸る気持ちもわかるけれどもう少し周りを見て動いた方がいい、お前は強いんだからそれだけで魔女と戦うときの労力も変わってくると思うぞ」

「……なんで」

「あ?」

 

「なんで、そんなによくしてくれるんだよ」

 

 仲のいい魔法少女ならいる。ライバルとして認め合う相手だっている。……傭兵として関わった結果魔女と遭遇して暴走して迷惑をかけ、それから会うたびに嫌味やら鬱陶しい口出しをしてくる相手もいたし、似たような経緯で陰湿な嫌がらせをしてくるようになった魔法少女もいた。

 けれど、少年からかけられる気遣いや言葉は、今までフェリシアの会った魔法少女のどれとも違ったもので。

 

「今日会ったばかりだろ。今日一緒に戦ったばかりだろ。オレ、ずっと魔女に向かって突っ走って、暴走して、メシ食ってたときだって勝手に出ていきそうになって……それなのになんで、こんなに面倒みてくれんだよ」

 

 フェリシアという少女の求めているもの、嫌うもの、激情の矛先になる要素――そのおおよそを理解したかのような彼の態度は、彼女に純粋な疑問を抱かせるのには十分だった。

 感情を押し殺したフェリシアの言葉に。結界が消え去って魔女の棲まいであった廃屋の壁に背を預けた少年は、開け放たれた窓からぼんやりと外を見ながら呟いた。

 

「……義理、同族意識、うーんちょっと違うな。強いて言うなら……やりたかったけれどやれなかったことをやっている女の子の応援?」

「は?」

「俺も家族魔女に殺されて、やられた直後は死んでも殺してやるって勢いだったけどどう足掻いても倒せなかったからなあ。仇の魔女はいろはが殺したし、そのあとだって1人じゃマフラー台無しにしたちんけな魔女殺すのが精々だったし。魔女なんてバケモノ相手になると幾ら強くたって魔法少女でもない男じゃどうしても限界があったんだよ」

 

 だから、応援だった。

 自分と同じように、魔女に家族を殺されて。自分ではできなかった魔女の討滅を、1人でずっと続けていて。いろはの居た自分と違っていざというとき守ってくれる人も支えてくれる人もいないまま、それでもこれまで戦ってこれた強い女の子への、応援。

 

「結局ほっとけないだけだからなあ。魔女をぶち殺してやりたいって気持ちもよくわかるし、それなり以上に大変な思いしてそうだし、年下の女の子だし。……ま、所詮ただの自己満だからさ。そんなに気にしないで、勝手のいいサポーターに会えた程度の認識でいいよ」

「……」

 

 俺だって楽させて貰ってるしなと、そう気軽に言ってはミネラルウォーターを呷る少年に。沈黙して手に取ったペットボトルを見下ろしたフェリシアもまた、黙ったまま蓋を開くと渡された己の分の水をぐびりと飲みこんだ。

 

「……コーラの方がいい」

「そうかい」

「……でも、ありがとう。それと――飯のときも勝手に飛び出して、ごめん。あと、服も」

「気にしないでいいよ、どうせ汚れちゃってたし大して変わらんさ」

 

 ソースを浴びた上から魔女やその手下の返り血を浴びて汚れた袖を見せるよう腕を軽く振った少年に、目を丸くしたフェリシアは一拍の後に「なんだよ謝り損じゃん」と口を尖らせた。謝り損とはなんだと変身を解いた金髪の少女と言い合いつつ廃屋の出入り口に向かったシュウは、怨敵の遺した木刀ががたがたと揺れるのを袋越しに知覚する。

 神浜に溢れる魔女、数時間の内に6体狩っても未だに尽きる気配の見えない魔女。よくもまあここまで多くなるものだと呆れながら、少年は魔女のもとへと向かう。

 

「……今日は10体程度で切り上げるか。消耗しない内に目当てのを見つけられればいいんだけどな」

「シュウと同じカオした奴だろ? ……本当にいんのかぁそれ?」

「居なければそれはそれで気が楽なんだけどねぇ。でも放置する訳にもいかないからなあ……」

 

 しかし現状は空振り続き、ウワサを名乗った男の影も形も見つからない。連戦が続いていることもあって節約を意識させているとはいえフェリシアの魔力にも限りがある、可能なら結界のなかだけ調べて魔女を無視してでもシュウと同じ顔をした何者かを追いたいところだったが……その手段も魔女に対する執着を燃やすフェリシアが居る以上は取れそうにない。実際縄張りに侵入して刺激した魔女を捨て置くのも問題である、何事も効率を最優先とはいかなかった。

 

「そろそろ見つけられなさそうな気もしてきたしこれで向こうの魔女が今日倒されてたらいろはたちに申し訳ないな……、秋野さんが無事だったら詫びはいれないとだし……」

「あー、魔法少女1人攫われてるんだっけ。そっちの方も気になるけどいろはって奴大丈夫なのか? シュウのカノジョ強いの?」

「うん? 弱いよ」

「いや駄目じゃん!?」

「神浜の魔女は強いからなあ、あいつ1人じゃ流石に厳しいだろうけど今回は七海さんや十咎さん、あとは水波さんもいるらしいし戦力としては十分だろうさ。それに……」

 

 魔女と戦っているときのいろはは……俺と比べたらずっと強いから。

 だから大丈夫だと、そう言って笑う少年は。フェリシアには、どこか寂しげに見えた。

 

 

 

***

 

 

 

 いろはの力で神浜の魔女やその手下に有効なダメージを与えるなら、それなりのチャージを挟まなければならない。

 ひとつひとつ丁寧に、けれど最大限の速さで標的を見据え、連続で矢を放つ。魔力を溜めた矢が射出されるたびに腕のボウガンで爆ぜる衝撃に、身体が後ろにのけぞりそうになる。けれど――反動にさからい過ぎることなく、しっかりと身体を支えて。装填した矢を解き放った。

 

「せぇ……!」

 |()『』『』『』『』!?!?!? |()

 

 桃色の矢が直撃した魔女の手下が背後に撥ね飛んで破片を散らす。だが1体打ち倒した程度で安心できるほど現状は甘くない――白い外套を翻した彼女は高速で飛来してきた使い魔のタックルを躱すと間近から矢を浴びせ粉々にした。

 

 |()『』『』『』『』!? |()

(予想はしていたけれど。やっぱり、数が多い……!)

「ふゅう……どうしよう、こんなに数が多いだなんて……」

「あーもう泣き言をいうんじゃないわよ! とっとと蹴散らしてあの変な魔女はっ倒すわよ!」

 

 鳴り響く鐘。続々と現れるのは人の頭と同じくらいの大きさの南京錠で。その身に巻きついた鎖をガチャガチャと鳴らしながら浮遊する使い魔は、結界の奥地へと進んでいこうとするいろはたちを阻むようにして取り囲んでいた。

 

 

アラもう聞いた? 誰から聞いた?

絶交階段のそのウワサ

知らないと後悔するよ?

知らないと怖いんだよ?

絶交って言っちゃうと、それは絶交ルールが始まる合図!

後悔して謝ろうとすると嘘つき呼ばわりでたーいへん!

怖いバケモノに捕まって無限に階段掃除をさせられちゃう!

ケンカをすれば、ひとりは消えちゃうって神浜市の子ども達の間ではもっぱらのウワサ

ヒーコワイ!

 

 

 鎖の怪物たちによって連れ去られたかえでを救出するべく魔女(?)を誘い出そうとしたやちよとももこの行動は、かえでを攫った怪物を出現させるには至らなかった。

 けれど、覚悟を決めたレナが絶交したかえでに対して喧嘩するまでに至った数々の過ちを謝罪して。当事者である彼女が絶交ルールにおける禁則を破ったことで状況は一転、現れたのはかえでを攫ったものと同じごつごつした体に鎖を巻きつけた南京錠の使い魔と、結界全体に広がる様々な形状の階段で。

 

 少女たちを先達の魔法少女と分断するようにして現れた結界のなかでかえでと合流したいろはとレナは、現れた使い魔たちと交戦しながら奥地に向かっていた。

 

「ああもう何なのよここ! やたらと使い魔の数も多いし魔力の反応も変だし! かえで、アンタずっとここに閉じ込められてたんでしょこいつらの弱点とか魔女(ボス)の場所とかわからないの!?」

「ふゅう……! わ、私だってずっとここで階段掃除やらされてたのをようやく逃げてきたんだもん、この使い魔とも初めて戦ったくらいだし……。でも魔女の場所ならわかるよ、一番大きい階段を上った先だから!」

「――アレか!」

|()『』『』『』『』!? 『』…|()

「待ってレナちゃん、前に出すぎ――」

 

 水流を迸らせるトライデントから強烈な一撃を見舞って使い魔をノックダウンさせた水色の少女の目に移ったのは、結界の中心部に屹立する階段で形成されたアーチ……その真上で結界中に歪な音を響き渡らせる鋼の鐘で。よくも好きに引っ掻き回してくれたわねと怒りを滲ませて吐き捨てたレナは、穂先に渦潮を巻き始めた三つ又槍を鐘に向け投擲しようとして――真横から突っ込んできた南京錠の突撃を、無防備な脇腹にまともに浴びた。

 

「レナちゃん!?」

「ぃギャっっ、この……!」

|()『』『』『』『』!|()

 

 どのような材質で身を構築するかもわからない魔女の使い魔だったが、人の頭くらいの大きさの金属塊がさらに鎖を纏っていることもあって威力はアイドルめいたひらひらのドレス一枚で防げるものでは断じてなかった。咄嗟に得物を閃かせて串刺しにした使い魔を打ち捨て、胴の苦痛を堪えながら蒼白になったいろはに大丈夫だと返そうとして。

 ぐらついた身体を支えようと伸びた足が、すっぽぬけた。

 目を瞬けば、3人で使い魔を迎撃していた階段の縁から己は身を投げ出していて。

 

 ぁ、やば――。

 

「もう、危なっかしいんだからぁ!!」

 

 普段内気な少女の珍しい叫び声とともに、強い力で身体が引き上げられる。

 真横から衝突してきた使い魔によって吹っ飛ばされ結界の下方に墜落しかけていたレナは、激痛の走る胴を押さえながら自らを階段へ引き戻す樹木を涙で滲んだ視界で見つめて。駆けつけたいろはの治癒を受けながら、落下の危機から自分を救い上げたチームメイトを見上げる。

 

「もう、前に出過ぎだって言ったのに」

「……聞こえないわよ、あんなやかましい音が鳴ってるってのに」

「だったらなおさら周りを気にしないとダメだよぉ」

「うぐぅ、悪かったわよ……。ありがと」

「ん、こちらこそ。……わたしのために怒ってたんでしょう?」

「なッ……。ち、ちちち違うわよ馬鹿ぁ!! 何言ってんイッタァ!?」

 

 顔を真っ赤にさせて飛び起きたレナの横腹で痛みが爆発する。治癒魔法を施していたいろはが困ったように眉尻を下げて悶え苦しむ少女を窘めた。

 

「大丈夫? 使い魔の攻撃を受けたばっかりなんだからあんまり激しく動いちゃ駄目だよ……?」

「う、うぎぎぎ……」

 

 純善意の気遣いに何も言えずに黙り込むレナに、杖を振るって使い魔の攻撃から2人を守っていたかえでもクスクスと微笑んで。使い魔の真下から伸ばした樹木で南京錠たちを捕らえると捻り潰しながら階段から放り落としていく。

 

「えっと、確かももこちゃんややちよさんも来てくれてるんだよね? 魔女も強そうだし使い魔の数も多いし早く合流しないと……」

「うん、反応も遠くはないしすぐに合流できそうだね。……レナちゃん、大丈夫そう」

「んー……まだ痛むけれど、へいき。あの魔女ぜったいぶっ潰してやるんだから……アンタ等もさっきからちまちま鬱陶しいのよ!」

 

 アー痛い痛いと呻きながら起き上がったレナが水流を散らしての刺突で使い魔を串刺しにするのにひとまず安堵しつつ。やちよとももこの魔力の反応を追おうとしたいろはが、鐘の鳴る方向から感じ取った魔力にもうあそこにいるのかと顔を上げると。

 上空から雨のように降り注いだ幾つもの蒼い槍が、ミサイルさながらの勢いで鐘を直撃するのを目の当たりにした。

 魔力の爆発。神浜の魔女でもまともに浴びれば昏倒を免れないだろう猛攻の余波を受け使い魔たちさえも散り散りになるなか、階段を駆け巡って燃え盛った紅い焔が強かに鐘を打ち据える。

 

「あ、あれももこさんかな。槍は――やちよさん……?」

「うわぁ、すご……。アレもう倒しちゃってるんじゃないの?」

 

 ももこも随分と殺気立ってるわねと呆れつつ様子を見守るレナだったが……ベテランの魔法少女たちによる怒涛の攻撃で巻き上がった粉塵と火の粉が晴れた先、無傷の鐘が揺れているのを見て瞠目する。

 使い魔の一種かあるいは本体か、鐘の傍らでくるくると回る黒い人影が号令をするように手を上げれば、鐘は禍々しく輝いて。

 

『ラ↑ン↓ラ↑ンラ―!!』

「嘘、アレが効いてないって――きゃあ!?」

「レナちゃん……!」

 

 3人の居た階段まで揺るがすような衝撃波。距離はそれなりに離れていたにも関わらずゲームセンターのなかに放り込まれたような音響を打ち込まれくらつきながら頭を抑えるいろはだったが……鐘のあった方向から飛んできた人影に目を見開く。

 いろはたちの階段の間近まで吹っ飛ばされてきた金髪をポニーテールに纏めた魔法少女は、その勢いのまま階段から転落して宙に身を投げ出しそうになっていたが。目を見開いたかえでがレナが反応するよりも早く、振りかぶった大剣を階段の土台に叩きつけそれを支えに足場に着地する。

 

「いっ、たたた……なんだ今の随分と強烈だったなあ……、あっ皆! 良かった、かえでも無事だったんだな!」

「ちょっ……いや私たちは平気だけど! ちょっとももこ大丈夫なの!? 車に撥ねられでもしたのかってくらい派手に吹っ飛ばされてきたから心配したじゃない! ヒヤヒヤさせるんじゃないわよ!」

「ははは、いやー恥ずかしい……」

「あんなに間近で衝撃波を浴びたんだもの、ああなるのも仕方ないわよ」

「やちよさん!」

 

 突き立てた大剣に寄りかかって笑うももこの周りで言い合う少女たちの傍に軽やかに降り立ったのは7年間神浜で魔女と戦い続けていたというベテランの魔法少女で。ちらりといろはを一瞥した彼女は、ももこの胸元のソウルジェムを確認して平気そうねと頷くと怜悧な美貌を憂いに染める。

 一ヶ所に魔法少女が集まったことで纏めて始末する好機とでも踏んだのか、結界の奥から差し向けられた使い魔が群れを為して包囲網を築きつつあった。

 

「私とももこの攻撃は効果なし、相手は数の多寡で押し潰そうとしてくる。率直に言ってかなりの劣勢ね、手下たちを捌ききれなくなる前に本丸を潰す必要があるわ」

「それはわかるけれど……あの魔女はどうやって倒せばいいんだ?」

「……本体は硬くてもさ、土台はそうでもないんじゃない? 前チームで硬い魔女倒したときだって脚を崩してから大技ぶつければどうにかなったんだし……」

「――それだ!! 今日は鋭いなレナ!」

 

 今日はって何よ今日はって!! 青筋を浮かべて叫んだ少女に背を向け走り出したももこは、どこか晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら鐘の元へと向かう。

 

「私とやちよさんは使い魔を蹴散らして土台を墜とす! いろはちゃんは追撃、レナとかえででとどめだ! 任せたよ!」

「あ……は、はい!」

「……ふふ」

 

 無事な仲間の姿を見れてよっぽど嬉しかったのかしら、そう呟いて微笑んだやちよもまた階段を跳躍して魔女……絶交ルールという噂を体現する怪物の元へと向かって行く。

 残されたいろはとかえでがそれぞれの攻撃で使い魔たちを牽制するなか、レナはあーもうと真っ先に突っ込んでいったリーダーの背を見送りながら頭をかかえて。

 叫ぶ。

 

「かえで!」

「――うん!」

 

 言葉は要らなかった。レナの元に駆けていくかえでから向けられた視線に頷きを返し使い魔を抑え込むべく前に出たいろはの背後で、2人の魔力が一気に膨れ上がる。

 コネクト――。強力な魔女たちを打ち倒すべく魔法少女たちが用いる、魔力の接続と装填。仲間から魔力を供給されることで能力を底上げさせた魔法少女の一撃は、ときに格上の魔女の命に届くまでに昇華される。

 

|()『』『』『』『』!|()

「――させない!」

 

 陽動をするようにやちよやももこが結界を荒らしまわりながら魔女のもとに近づいていることもあってか、南京錠の形をした使い魔もいろはたちの近くにはほとんどいない。危機に気付いた使い魔を連続の射撃で撃ち落としながら、いろはもまた追撃の為にボウガンにありったけの魔力を籠める。

 

(――少し、)

 

 少し、羨ましいなと。そう思った。

 自分には――いろはには、何でも言い合えるような友達は、いなかったから。

 

 ずっと一緒だった男の子と、絶交したときのことを思い出す。

 ……あのとき自分は、泣くことしかできなかった。家族を助けられなかった少年に対して、いろはだけはせめて危ないことをしないでほしいと願ってくれた少年に、自分はどうしても頷くことができなくて。別れようと言われて、それでもまだ魔法少女をやるのかと言われても、魔法少女をやめる訳にはいかなかった自分には謝ることしかできなかった。胸に風穴でもあいたかのような痛みと喪失感に、泣くことしかできなかった。

 

 大好きで、愛しくて。だからこそまともに顔向けできなかった彼と、再び結びついたときのことを思い出す。

 魔法少女として戦うことを選んだ少女には、絶交し、別れた恋人とよりを戻すという選択肢はなくて。せめて彼のような魔女に傷つけられる人を出さないように必死になって魔女狩りに奔走して。まだ魔法少女としても未熟だったいろはは、結界内の暗闇に乗じて襲い掛かった魔女に強襲を受けあっけなく倒れ伏した。

 薄暗い森のなか、カラスに襲われて気を散らした魔女から必死に逃げ出して。ある程度回復してから再度交戦してもその魔女は鋭い刃でいろはを徐々に追い詰めて――魔女の結界のなかにまで駆けつけて助け出してくれた少年の手は、震えていた。

 大丈夫だと、何度も、何度も繰り返して。いろはを庇うように魔女の前に立ち塞がった彼の背は、泣きたいくらいに頼もしくて――それよりずっと、痛々しく感じたのだ。

 

 もしも。自分が嫌われたくないからと、大好きなひとを困らせたくないからと。レナちゃんやかえでちゃんのように遠慮なく我慢せずに言いたいことを言って喧嘩を繰り返していれば、まだ違っただろうか。

 もしも。ねむちゃんや灯花ちゃんのように絶交と仲直りを繰り返して、翌日には喧嘩なんて忘れたように笑い合えるような関係であれば。恐怖も、痛みも、苦しみも、隠すことも抱え込むこともなく互いに受け止め合い支え合うことができたのだろうか。

 

 ――大切にされているのだろう。

 ――愛されているのだろう。

 ――絶対に手放したくないのだろう。

 

 いろはもシュウも、それは同じだった。だからあのときも、これまでも……これからもきっと、全てぶつけ合えるようなことはないのだろう。

 だから、いろはにとって。レナとかえでのような、思ったことをぜんぶ言い合えて、ぶつけ合えて、支え合えるような、そんな関係は――本当に、羨ましかったのだ。

 

 視界の奥で、焔と激流が爆ぜる。

 崩落しかけた鐘を見据え。最大限の魔力を溜め込んだ矢を照準した。

 

「――何度本音でぶつかっても繋がっていられる、そういう友達ってすごく尊くてかけがえのないものだと思う」

 

 だから私は、その絆を切ろうとしたことを許せない。

 装填した矢に、言葉を乗せて。

 背後から飛び出したレナに先んじて。追撃の一撃を、解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

< ももこさん

今日

今日は本当にありがとうー! 20:13
      

      
既読

20:16

いえ、かえでちゃんも帰ってこれて本当によかったです!

こっちの事情に巻き込んじゃってマジでごめん!! でもおかげでかえでも助け出せたよ本当にありがとう! 20:17
      

      
既読

20:16

とどめを刺したのはレナちゃんとかえでちゃんですし、私はそんな……

借りだどうだとはちょっと違うけどさ、妹ちゃん探しにもできる限りの範囲で協力させてもらうから! 20:17
      

      
既読

20:18

本当ですか!?

      
既読

20:18

凄くありがたいです! 本当にありがとうございます!

こっちが礼を言いたいくらいなんだけどね 20:20
      

神浜にはこれからも来る予定なんでしょ? いつでも頼ってくれて大丈夫だからね! 20:22
      

帰りは一緒じゃなかったんだよね。シュウくんはもう帰ってきたの? 20:22
      

      
既読

20:23

さっき帰ってくるって連絡きました、一緒に戦ってたっていうフェリシアちゃんも泊まりに来るみたいなのでちょっと楽しみだったり心配だったりします。部屋は頑張って片付けましたけれど変なのが残ってないか心配で……

あー、人が来るってなるとやっぱり気になるよねー、うちも弟がよく友達を連れてくるけどずぼらだからか散らかってんのも気にしないで 20:24
      

……うん? 20:24
      

……え? 20:25
      

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