環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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愛は時に毒にも至る
アットホーム環


 

『――頑丈に元気に逞しく、ついでに優しく育ったのは良いけれど。シュウは窮屈そうで大変だねえ』

 

 あれは……確か、去年のことだったか。家事の幾つかを投げられて皿洗いをしていたとき、仕事から帰って美味そうにビールを飲んでいた母親に、そんなことを言われたことがある。

 剣道の大会で試合相手に一本たりとも獲らせぬまま優勝までいって、師範の紹介もあって如何にも人斬りやってそうな鋭い目をした達人やその道の有力者らしき白髭の御仁に引き合わされることの多くなった頃。将来のことについて外堀から埋められつつあると察した自分が、やたらと高い身体能力を活かしスポーツでプロとして稼ぐことになったときどの競技が一番美味しいか、また他にやりたいと思える職業はどんなものがあるかを考え始めた時期だった。

 

 唐突にそんなことを言いだした母親に、急にどうしたのだと声をかければ『別に? なんとなく思ったんだよ』とそっけなく返して。同居する老婆の飼うおばあちゃん猫をよしよしと撫でる彼女は微笑みながら、けれどどこか遠い目をしていた。

 

『シュウってさ。最後に本気出したのいつ?』

 

 ……いつだって本気だよ。特に剣道だと試合の相手にも失礼になるし。

 

『それもそっか』

 

 じゃあ、全力を出したのは?

 そう言われて。どこか寂しそうにそんなことを聞かれて。シュウには、答えられなかった。

 

 だって、もしそれを人にぶつけてしまえば壊れてしまうのが当然なのに。もしものにぶつけてしまえば砕けるのが当然なのに。そんなこと、できる筈がなかった。

 世の中で生きるの難しいからねえと、俯いた少年を見ながら母親はそうぼやいて苦笑していて。

 

『仕方ないとは思うけどねぇ、勿体ないなあ……。シュウってもう大の男よりよっぽど強いでしょ。やんちゃしてた頃の私だってワンパンできると思うよワンパン。もぉーっと自由に力を使えたらわっるーい■■だって倒せると思うんだけどなあ――』

『――ま、いろはちゃん守るのには十分だろうし。ならそれでいっか』

 

 

 あんないい娘そうそういないからね、大事にしなよ? 

 そう言って快活に笑った彼女に、自分は。なんと、返しただろうか――。

 

 

「……ん」

 

 久々に、家族が夢に出てきたような気がした。

 ベッドの上、揺蕩うような微睡みから意識を揺り戻したシュウは柔らかな温もりのなかでうっすらと目を開く。薄暗い部屋のなかは、ほのかな甘い香りが漂っているような気がした。

 目を覚ました少年は、寝台に置かれた時計を確認しようと腕を伸ばそうとしたものの胴が固定されてなかなか動きづらくて。横になる彼の背中に抱き着いて眠る少女を起こさぬように気を払いながら時計を回収すると、時計の針は間もなく6時を回ろうという頃合いだった。

 

 これはもしかしたら生殺しかなと、背に押しつけられる柔らかな感触を意識しつつ。汗の冷めてひんやりしたいろはの腕のなかで身を反転させ、穏やかに眠る少女の顔を視界に収める。

 頭ひとつ分もない距離で吐き出される規則正しい寝息。安らいだ表情で寝入る彼女の寝顔を間近から観察するシュウは、やがて軽く身を寄せるといろはの髪を丁寧な手つきで撫でていく。桃色の髪が肌にかかっているのをみるとその白さと柔さを一段と強調しているように思えてならず、絹のような手触りの髪に肌に触れる手は壊れやすい硝子細工でも扱っているかのような手つきになっていた。

 

 最近は使ってるシャンプーも同じなのに不思議なものだなと、鼻腔を擽る少女の香りに目を細めつつ普段は結わえられた髪を撫でていた少年は、早起きの特権とばかりに恋人の寝顔を眺めていたが――小さく彼女が身をよじらせると手を止める。

 

「んっ。ふぅっ……」

「……」

 

 布団のなかとはいえ寝巻きもないのでは寒いのだろう、身を小さく震わせたいろはは眉をひそめ軽く呻くと、少年の胴に回した腕に力を籠めてぎゅっと身を寄せる。密着したまま足と足を絡め合った。

 

 ……………………………………。

 幾ばくかの葛藤。いろはの髪を撫でつけていた手も止め石のように固まる少年は、全身で味わう少女の柔らかな感触にむくむくと煩悩が膨らむのを自覚して。煩悶も露わに呻くとこれ以上は不味いと抱き着いてくるいろはをそっと揺り動かす。

 

「いろは」

「む、ん……」

「……いろは、起きなさい。ちょっと理性消し飛びかけてるから。一度獣みたいになると時間忘れちゃうから。俺が誘惑に負けちゃう前に起きて? 朝ごはんいろはにしちゃうよ」

「――ん、?」

 

 今にも閉じそうな瞼を眠たげに開いて。声をかけるシュウの顔を、暫し見つめた少女はそのまま目を閉じると顔を寄せる。

 触れ合わせるような口づけ。それを何度か繰り返したいろはは、軽く彼の胸板に頬擦りすると小さくおはようと呟いた。

 

「……おはよう、いろは」

「ん……。ね、シュウくん」

 

 わたし、食べられちゃうの?

 

 返答はなかった。

 いろはの腕を振り解いて、ぎしりとベッドを軋ませて。10分だけなら平気だなと呟いては己の上に覆いかぶさってくる少年に、くすぐったそうに声をあげながらも彼女が抵抗することはなかった。

 

「本当に、んっ……。10分で終わる……?」

「……最悪遅刻しても良いだろ、2人揃って遅刻ってなるとまた余計な詮索されそうだけど」

「それっ、は――、ちょっと、恥ずかしいかな……」

「ももこさんに一緒に住んでることバラしといて今更だなあ。神浜の学校に転校したら怖いぞぉ?」

「ゃ……そうだった、シュウくんもう痕をつけるのダメだからね。昨日かえでちゃん探しに行く前から気付かれて本当に恥ずかしかったんだから……!」

 

 ごめんごめんと苦笑しつつ、口元を尖らせるいろはを宥めるように頬を撫でるシュウだったが――部屋の向こうから届いた水の流れる音、そして足音。顔を引き攣らせたシュウは体を起こすとベッドから転がるようにして出て床に転がっていた木刀を回収する。竹刀袋のなかに入ったままの黒木刀が丁度扉の開閉を遮るようにして扉の前に転がした。

 

 がっ、と。

 外から押し開かれようとした扉が、黒木刀の重量に阻まれて塞がれる。

 

「!?」

『……あれ、開かない……なんでだ……? ふわぁ……』

「フェリシアちゃん……!?」

「……どうしたー、フェリシア。何かあったか―?」

『ん、シュウ……? あぁここいろはの部屋じゃん、どうしてここにシュウいるんだ……?』

「昨日言っただろう、俺もこの家で寝泊まりしてるんだよ。いろはの部屋で寝かせて貰ってるの」

『へぇー、そっか……、ねむ……オレもうちょい寝てるからぁ』

「あ、わかった。朝ごはんのときには起こすよ。荷物とかはぬいぐるみくらいしか持ってきてなかったけど学校は平気なのか?」

『へーきへーき、最近ぜんぜん行ってないし……』

 

 ……トイレに行った帰りに自分の部屋を間違えたのだろう、いろはの部屋に入ろうとしていた少女の気配が閉ざされた扉の前から立ち去っていくのを確認すると、やれやれと息を吐いた少年は扉を閉ざす黒木刀をそのままにベッドに戻る。

 毛布で身を隠していたいろはと密着するようにベッドのなかに潜り込むと、顔を真っ赤にした彼女にか細い声で声をかけられた。

 

「……フェリシアちゃん、行った?」

「ん、もう部屋に戻ったらしい。いやぁ危なかったな、あと少しで入ってくるところだった」

「恥ずかしすぎるから見られないで本当に良かった……。シュウくん誤魔化してくれてありが――ひゃうッ!?」

 

 しぃーっ、と唇の前で指を立てられて。零距離で少女の身体をまさぐりだしたシュウに狼狽えた声をあげかけたいろはは、慌てて口を閉じて少年を見上げる。涙目になって喘ぎ声を押し殺すいろはを見下ろす少年の目はぎらついていた。

 

「シュウ、くん……? その、フェリシアちゃんも起きてるし――」

「扉は塞いでるしフェリシアも寝るだろうし大丈夫だよ」

「が……学校! ほら、あんまり遅くなると駄目だから……ね?」

 

 あぁ……。

 気のない返事。いろはの胸の中央に手をやり、今にも飛び出すのではないかと錯覚しそうなくらいの勢いで鼓動を刻む心音を聞きながら、思いついたように言葉をこぼす。

 

「……シャワーは、浴びないとだよな。汗は流さないとだし」

「え。うん、それは、そうだけど――、うぅ……」

 

 何を想像したのか。あうあうと真っ赤になって混乱するいろはに微笑みを向けた少年は躊躇なく彼女を抱き上げた。扉を塞いでいた黒木刀を踵で蹴り転がし、ちらりと顔を出してフェリシアのいる部屋の扉が閉じられているのを確認すると階下の浴室へと足を進めていく。

 

「……あの、シュウくん」

「ん?」

「声を抑えられなかったら、聞こえちゃうかもしれないから……、えっと、その」

「やさしく、してね?」

「…………………………善処します」

「シュウくん?」

 

 疑念を滲ませる桃色の瞳と少年が目を合わせることはできず。沈黙するシュウに少しばかりの危機感を抱いて身体を固くしたいろははやがて、抵抗するように身体を揺らし――それでも彼の腕から抜け出せないのを悟ると、力なく少年の胸を叩いた。

 

 

 

***

 

 

 

「あれ、シュウどうしたんだその首?! 思いっきり噛まれてるけど何かあったのか!?」

 

 耳を赤く染めたいろはがそっと目を逸らした。

 歯形をあまり見せないように首を手で覆いつつ。初めて足を踏み入れた寝床で見事に爆睡していたのを呼ばれてきたフェリシアの前にいろはの作った朝食を並べ、シュウはどう説明したものかと天井を仰いだ。

 ちらりと、脳裏を過ぎったのはあの小さなキュゥべえの姿で。

 

「んー……猫……そう猫とじゃれ合ってたら調子に乗り過ぎてなあ。思いっきりがぶっていかれちゃったよ。背中までひっかかれたんだぞ?」

「え、猫いんの!? 見なかったぞ!?」

「もしかしたらいなくなっちゃったのかもな。いやぁ凄い可愛かったんだけどなあ」

「シュウくん……」

 

 申し訳なさと羞恥をないまぜにした顔で声をかけるいろはに、口元を緩ませて肩を竦めた少年は自分の分の食事を用意しながらごめんごめんと詫びる。

 遅刻が確定している訳ではなかったにせよ時間はかなり圧迫されていた。今更出席日数やら遅刻回数やらを気にしてる訳でもないにせよ、何事もなく間に合うならそれにこしたことはない。いろは、フェリシアと共にいただきますと朝食を食べ始め――名前や容姿、バイキングではフォークを使っていたことから箸の扱いは大丈夫かと心配したがフェリシアは不自由なく箸を使えているようだった――目玉焼きにかけた醤油を机に置いたシュウは、通学にあたっての懸念に思い当たって眉を顰めた。

 

「あー……フェリシアどうしよう、俺たちの後に出るなら戸締りして貰わなきゃならないんだよな……。俺の分の鍵を渡すか?」

「えっと。鍵を忘れたりなくしたときのための合鍵が外に隠してあるから多分大丈夫だと思う」

「じゃあフェリシアにはそれで大丈夫か。乗る路線と降りる駅さえ覚えれば神浜から行き来するときも乗り換えなしでいいし問題ないな」

「……え」

 

 その会話に目を瞬いたのはフェリシアだった。んぐ、と口に詰め込んで咀嚼していた鮭とご飯を嚥下した彼女は当たり前のように合鍵を預ける前提で会話する2人に恐る恐ると声をかける。

 

「えっと。それって……オレ、またここに来ていいのか?」

 

 その言葉に、いろはとシュウはきょとんと顔を見合わせて。

 勿論と、あっさりと頷いた。

 

 ……ことの経緯はといえば。魔女を打ち倒しあとは帰るだけとなって、報酬のはなしに移ったのが切っ掛けだった。

 

『……さて、今日は本当にありがとうフェリシア。結局夜まで付き合わせることになって悪かったな。本命こそ見つけられなかったけど場数も重ねられていろいろと参考になったし助かったよ』

『へっへーんそうだろそうだろ! ま、このフェリシアさまがいればとーぜんだな!』

『あぁ、それで報酬なんだけど……はい』

『いぇーい! ……ぉ?』

『1万5000円。これで魔女と戦うのに見合うかどうかは自信がないけれど……今回は本当に助かったからな、5割増しだ』

『ぉ。……おぉおおおおマジで?! マジでいいの!? よっしゃーこれで暫くは腹いっぱい飯が食えるぞー! あ、その前に今日の寝床探さないと! ひっさびさにホテルに……いやそれだと折角の報酬が一晩で消えるな、どうしよっかなあ……』

 

 ……………………。

 

『待て、待てフェリシア、待て』

『うぉっ!? な、なんだよそんな怖い顔したって返したりなんか……』

『いやそれはどうでもいいんだよ、いや本当にどうでもいい。……お前、もしかして家、ないの?』

『……ないよ、そんなの』

 

 ――つまるところ。我慢ならなかっただけなのだ。

 消息を絶った幼い身内よりほんの少し年上な程度の女の子が。喪った取り返しのつかないものを、その仇を求めて何の拠り所も支えもなく放浪しているという事実が。

 どうしても、我慢できなかっただけだった。

 

『……なら、さ。フェリシア――』

『うちに、来るつもりはないか?』

 

 いろはに連絡を取り事情を説明すれば、彼女はシュウと共闘した魔法少女の傭兵を当然のように受け入れた。

 そうしてどこの馬の骨とも知れぬ自分を家に泊めて。今も合鍵まで持たせこの家でフェリシアが過ごすにあたってのすり合わせをしている2人を見て、彼女自身ですら持て余す複雑な感情に頭を悩ませるフェリシアはぶんぶんと首を振った。

 

「……シュウは……いいや。でもいろはは、良いのか? だって、オレ……ずっと魔女狩ってばかりだから、何もないし……。邪魔になるかもだし……」

「俺はいいやってどういうこと?」

「いやだってお前が変な奴(なかま)なのはもうわかったし」

「何か失礼なこと言われてるのは気のせいかな……?」

「気のせい気のせい――気のせいだって!」

 

 一瞬前の遠慮がちな気配が嘘だったかのように気軽にシュウと言い合うフェリシアに、朝食の皿を片付けていたいろははクスクスと笑って。

 

「シュウくんとフェリシアちゃん、昨日だけですっかり仲良くなったんだね」

「んぐっ……」

「……まあな。でも放っとけないのわかるだろ?」

「勿論」

 

 即答だった。制服に着替えたシュウが小さく笑って準備を整えるなか、フェリシアの目をまっすぐに見つめるいろはは、柔らかな笑みを浮かべて真摯に語りかける。

 

「……魔女に家族が殺されたなんて話は、私も他人事ではないから。1人で魔女と戦っていたこともあるから、それをずっと続けて、神浜の魔女を倒せるくらいの力を傭兵として活かせるフェリシアちゃんは本当に凄いと思うし……けれど、そんな生活が本当に大変だってこともよくわかるよ」

「だから、私にも手伝わせて欲しいな。どれだけ力になれるかは分からないけれど……、それでも、帰って、食べて、休んで……ゆっくりと眠れる、そんな場所は用意できると思うから」

「私たちにできることならいくらでも協力する。だから、フェリシアちゃんも――もし私たちが、シュウくんが大変なときは、助けてくれると嬉しいな」

 

 フェリシアちゃんは、きっと私よりも強いから。

 少しだけ寂しそうに言って笑う彼女の姿は――どこか、廃屋で見た少年の姿と重なって。

 

 何も言えずに頷いたフェリシアは、鞄と竹刀袋を持って準備を整えたシュウと笑い合ういろはを見ながら、ぼそりと呟く。

 

「――なんだ、似た者同士じゃん」

 

 どっちも、もう少し自分に自信を持てばいいのに。

 

 




神浜コソコソウワサ噺
・フェリシアはいろはの両親の部屋で寝泊まり
・いろはの家に泊めるのを勝手に決められなかったシュウは当初自分の家に泊めようとしていたがいろはの断固の反対で阻止された
・もし環家で暮らす生活が数ヶ月続いたらフェリシアが反抗期に突入して家出する
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