環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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鏡の国への招待

 

 自分のしていることが、決して褒められたものではないという自覚はあった。

 

 何気ない素振りを装って同僚から情報を聞きだして。得た情報をもとに記録を調べて。外部に持ち出すことのできない情報に目を通し必要な要素だけを頭に叩き込んで資料庫を出る。

 誰かに見られるたびに心臓が五月蠅く跳ね上がる。

 誰かに声をかけられるたびに悲鳴をあげてしまいそうになる。

 

 ……確かに、この魔法を使って犯罪スレスレの行動をしたことはないでももなかったけれど。こんな風に、スパイじみた行動をとったことはなかった。

 見つかったらどうしよう、怪しまれたらどうしようと嫌な方向に向きそうになる感情から目を逸らしながら、それでも顔には出すことなく建物のなかを歩いていく。

 

 どうしてこんなことをしなければならないのだろうか。どうしてこんな大変な思いをしなければならないのだろうか。

 穏やかならぬ心中を慮ってくれる仲間も友人も今はいない。というかその仲間によってこんなにもリスキーな潜入調査を強いられることとなっているのだ、救援さえも望めそうにはなかった。

 

(……とはいえ)

 

 同僚――そして変身した本人の目を盗んで関係者用の通路を抜け建物内の出入り口まで来ると、卒倒しそうなくらいの緊張もこれで終わりだと息を吐く。

 外に出て、自販機の方向へと足を進め。誰からも見られていないことを確認すると、藪のなかに身を潜め『変身』を解く。

 

「――駄目ね。環ういっていう娘の記録は見つからなかったわ」

 

 里見メディカルセンターの病棟外で待っていた少女たちに、看護師に変身していた水波レナはそう言った。

 

 

 

***

 

 

 

 そう上手くいかないだろうとは薄々わかっていても、やはり妹の存在したことを示す要素が丁寧に削ぎ落とされているのを認識するのは堪えるものがあるのだろう。隣を歩く少女の顔は浮かないものだった。

 

「……今日は、もう帰るか?」

「え? ……うぅん、大丈夫。ごめんね、心配させちゃったかな」

「いや、いろはが心配なのはいつものことだし」

「そんなに頼りないかな、私……」

 

 少し寂しそうな顔になって呟くいろはに苦笑する。彼女に非はないとはいえ暫くの間同棲しいろはと幸せな時間を過ごしている内に精神的にも生活的にも8割増しくらいの勢いで依存することになっているのだ、どれだけ日頃の恩を返せているかもわからなくとも多少は気遣いも過保護もしようものだった。

 

「でもいろはも強くなったからなあ、魔女相手ですら俺の出る幕がなくなったらいよいよ役割もなくなるのが深刻だ……」

「そんな、シュウくんにはずっと助けられてるよ」

「そうかあ?」

 

 そうなら良いなぁとこぼしつつ。街路から外れ路地裏に足を踏み入れた少年は竹刀袋から取り出した黒木刀を大きく振りかぶる。そして一投。

 目にもとまらぬ速度で投げ放たれた黒木刀が路地に屯していた異形を串刺しにした。

 

『gギッッ――』

「使い魔……魔女の結界は近くにはないよな。はぐれか……。いろは、フェリシアとの待ち合わせまでまだ時間もあるし適当なカフェで軽く打ち合わせでもしないか? 水波さんの情報もそうだけど昨日戦ったっていうウワサとやらについてもあまり聞けてないからさ、詳しく教えてくれると助かるんだけど」

「私もやちよさんから聞いただけだしよくわからないけれど……うん。覚えている限りのことは伝えられると思う」

 

 絶交ルール……絶交をした少女たちの仲直りを許すことなくかえでを攫った存在との戦闘にシュウが駆けつけられなかったことについては責められても仕方ないと割り切っていた彼だったが、無事かえでが救出され下手人の怪物も魔法少女によって打ち倒されたこともあってかももこ、かえではもちろん今回変身してまで病院の情報について集めてくれたレナにさえ文句を言われることはなかった。

 とはいえ、深刻な事態に陥らずに済んだのはよかったものの実際に討伐に参加することのできなかった少年は絶交ルールなる存在の姿を拝むことすらできていない。欠落したウワサなる存在の情報を探るにあたって実際に戦闘を繰り広げたいろはからの話を聞くことができるのは重畳だった。

 

 頭部を串刺しにされ息絶え消えたアリクイの使い魔――アスファルトの上に転がった黒木刀を手元に呼び戻し、弾丸もかくやの勢いで飛来するのを受け止め竹刀袋に収納しようとした少年は黒木刀の尖端に穿たれてぶら下がる封筒におやと目を留める。

 

 ――手紙? いやでもこれ今の使い魔のだよな……。

 

 魔女の使い魔に襲われた被害者のものかと勘繰りもしたが、手紙からそれなりの呪いの気配が漂っているのを察知し少なくとも一般人の持ち物ではないだろうと断じた。ひとまず手紙をポケットのなかに突っ込むと目当てのカフェにいろはを伴って入店する。往来のなかで素人が使い魔の落とした怪しげな手紙を開ける訳にもいかなかった。

 

 アンティークの雑貨や家具が並ぶカフェに足を踏み入れた2人は向かい合うようにして座ると店員に渡されたメニューを吟味してパフェとそれぞれの分のドリンクを注文する。おすすめスイーツとして載せられていたイチゴ盛沢山のパフェは分けて食べようと合意しあったが……いろははというと、ほっそりとした顎に手をあてて興味深げに少年を見つめていた。

 

「んー……シュウくんって生クリームとかフルーツは好物なのに和菓子はあまり食べようとしないのって不思議だね。甘いものが嫌な訳じゃないんだろうけど……」

「食えない訳ではないんだけどね。好きか嫌いかでいえば普通に好きだし。強いて言うなら後味とか……あんこいっぱいの饅頭とか舌に味がこびりつくような感じするんだよなあ。羊羹とかはまだ好みなんだけどものによっちゃ口洗っても甘味が残ってるような感じするんだよね」

「魔法少女でもないのに魔力を感じ取ったり遠くの音を聞けるくらい感覚が鋭いとそうなるのかな……」

「ああでも苦めのお茶とかあると最高の組み合わせだなって思うよ。激辛激甘激苦みたいな極端な味が苦手ってだけでバランスのあるメニューになるとだいぶ変わってくるんじゃないかな」

 

 とはいえ、それも好み次第で一気に偏ることになるのだが。

 気に入ったお菓子はずっと買い続けてたりするしなあと思いを馳せる少年の前に置かれるドリンクとパフェ。中心のソフトクリームを彩るように盛り付けられたイチゴが今にも器から零れ落ちそうな量になってるのを慎重にフォークで回収したシュウは、2本用意されたフォークのもう片方に手をつけたいろはを見て悔し気に唸った。

 

「フォーク一本だけにするか別のメニューも頼めば良かったな。……食べさせあいっこができない」

「……もう」

 

 ほんのりと顔を赤らめたいろはは、パフェの端っこから攻略するようにイチゴを取って。ソフトクリームをふんだんに絡めた果実を乗せたフォークをシュウに向け伸ばす。目を輝かせた少年は躊躇いひとつみせずに口を開けると差し出された一口を頬張った。

 

「あー良いなこれ、美味しい。いろはも食べなよ、あーん」

「……んっ。――本当だ、美味しいね。……え、また?」

「あーん」

「えっと……あーん……」

 

 お返しにとシュウの近づけた一口に、小さな口を開いてイチゴを食べたいろはは彼女が渡されたパフェを咀嚼し飲み込むなり突き出されたもう一口に困惑する。戸惑いながらも追加で差し出された一口を口にしたいろはは、にこにこと笑う少年が再度パフェの一口を食べさせようとしてくるのにもうと咎めるようにして制止した。

 

「ちょっと、シュウくん。折角頼んだのに私ばっかり……んむ、……シュウくんっ」

「いろはが可愛いからつい……」

 

 ぷんぷんと怒り出すいろはに目元を緩ませながらごめんごめんと詫びる。小動物のように小さな口で果実を頬張る恋人の姿を見てるとつい手が止まらなくなってしまっていた。謝りながらもう1個食う? とフォークを見せつつ問いかければシュウくんも食べないとと言ってずいっとイチゴを刺したフォークを口元に寄せられた。

 ありがたく彼女のよこした一口をあーんと受け取りつつも、恋人可愛さにうつつを抜かして本題にすら入りもしないのは良くないと理解していた。甘酸っぱい果実と甘いクリームを堪能したシュウは、少しだけ食べさせ合いを名残惜しく思いながらも情報の共有と確認へ移ることにする。

 

 ――変身魔法で里見メディカルセンターに潜入した水波レナは、環ういという少女に関する記録を見つけることはできなかったが。それでも、収穫はないでもなかった。

 

 里見灯花(さとみとうか)(ひいらぎ)ねむ。ういと同じ病室に暮らしていた、関係者の記憶も痕跡もすべて消失したいろはの妹の親友たち。彼女たちが今どこに居るかまではわからずとも、小さなキュゥべえと接触することで蘇った記憶に裏付けといえる要素がひとつ加わったのは素直に喜べることだった。

 

「小火騒ぎについて聞けば一発だったっていうからなあ。流石にあれを忘れている職員はいなかったみたいで一安心だよ」

「あのときはかなりの大騒ぎだったからね……」

 

 あーん。

 互いに食べさせ合い、たまに自分で口に運んでパフェを上部から攻略しつつ。ねむの積み上げた書籍を灯火の作製したミニマム機関車が焼き尽くした懐かしの惨事を思い浮かべ苦笑するいろはに、シュウもパフェを頬張りながら思いを馳せる。いろはに懐いていた灯花とはそれなりに言い争いをしたりいろはを取り合ったりもした仲ではあるが……年齢と病弱な体質に見合わぬ行動力と頭脳を持ち合わせた凄まじい幼女だった。

 

「とはいえ……仮に灯花やねむに接触できたとしてもういを覚えているかどうかはかなり怪しいところだけどなあ。今この時点でういのことを覚えているのは小さいキュゥべえに触った俺たちくらいじゃないのか?」

「あ……。それなら小さいキュゥべえを連れて灯火ちゃんやねむちゃんに触って貰えば2人もういのことを思い出せるんじゃないかな?」

「モッキュ?」

「噂をすれば……」

 

 いつの間にか店内に忍び込んではいろはの肩に飛び乗ってきた小さなキュゥべえ……いろはとシュウに接触しいなくなった少女の記憶を蘇らせた恩人兼元凶に複雑な表情で視線を向ける。

 いろはの話によれば彼女が七海やちよやももこたちと絶交ルールのウワサと戦ったときにもその姿を現したとのことだが……成体(?)のキュゥべえも魔女の結界のなかにいつの間にか潜り込んでいることがよくあったようだし、この白い獣も随分神出鬼没なものだった。

 

「モキュ!」

「ふふ、食べる? ――私たちのところにはよく来るみたいだし、多分呼べばどこにでも来てくれるんじゃないかなと思うんだけど……灯火ちゃんたちと会うときにでも連れてこれないかな……」

「それは――、うん。確かにこのキュゥべえに触って貰えばういのことを忘れてても俺たちみたいに思い出せるかもしれないし、良いと思うけど……」

「?」

 

 提案の内容自体は悪くないものだろうと認識していたこともありどこか歯切れの悪いシュウの言葉に、パフェを一口キュゥべえに分けてあげていたいろはは首を傾げて。気まずそうに目をそらしながら、少年は懸念を語った。

 

「――その、キュゥべえってキメラというか何というか……図鑑にも載ってないようなUMAみたいな感じだからさ。灯花あたりに見られたら捕まって解剖でもされかねないんじゃないかなって思うんだよな……」

「モキュ!?」

「それ、は……大丈夫じゃないかな、うん。多分……ぬいぐるみっていって誤魔化せば、なんとか……?」

 

 汗を流すいろはの提案もなかなか怪しいところではあったが……このタヌキだかネコだかも微妙な白い獣をどうにか取り繕うのにも実際そのくらいしからしい案もない以上は仕方ないのだろう。キュゥべえって食えない食べ物とかあるのかなといろはが指でつまんだ小さな果実を齧るミニキュゥべえを観察していると――カフェ出入口の扉を開いた金髪の少女が、向かい合って席につく少年少女を見て顔を輝かせた。

 

「あっ! シュウ、いろはやっぱりここに――あー、こんなところでデザート食ってたのかお前ら! ズルイぞー!」

「こんなところと言うのはやめなさい失礼だから……」

「フェリシアちゃんよくここがわかったね。……食べる?」

「食べるー!」

 

 昨晩の夜食、今朝の朝食、そして今。会って間もないにも関わらず飛びつくようにしていろはの差し出した一口にぱくついたフェリシアは順調に少女に餌付けされているようだった。

「早めに集合場所にきたら近くでいろはの魔力感じて気づいたんだ!」と鼻高々に宣うフェリシアの分の椅子を空いた席から借り受けつつ、いろはとシュウが学校に行ってる間神浜で散策していたのだろう少女に声をかける。

 

「念のため連絡は取り合ってたけれど戸締りはしっかりしてくれたみたいで助かるよ。昼飯なんか食ったか? 腹すいてるなら好きなの奢るよ」

「昼飯? 前かこに紹介されたとこでラーメン食って――あ、好きなの頼んでいいの!? へってるちょーお腹へってる! クリームソーダ欲しい!」

「ふははこやつめ。すいませんクリームソーダお願いします」

「やったー!」

「ふふふ……。――シュウくん、良いの? 奢りだなんていってたけど私も……」

「いいのいいの、趣味や買い物に使う金も最近は使いどころがなくなってきたことだし……。まあこれからも頼らせてもらう傭兵にはこのくらいはね」

 

 がま口の財布を取り出そうとするいろはを制止した少年は、小さなキュゥべえを見て驚愕しているフェリシアを見て軽く笑う。

 昨日に狩れるだけ狩ってきたこともあり、今日はそれほど真剣に魔女狩りに赴くつもりはなかったが……先ほど野良の使い魔に妙な封筒を押し付けられたこともある。どうしたものかと思っていた矢先に強力な戦力と合流できたのは大きかった。

 

「――ああそうそうフェリシア、さっき倒した使い魔がこんなの落としていたんだけどさ。何か知ってるか? 調整屋に渡した方がいいものならこれから行こうかなと思うんだけど」

 

 魔力漂う封筒を取り出して声をかけると、いろはにひっつくキュゥべえとじゃれ合おうとしていたフェリシアはきょとんとした顔になって。

 

「それ、ミラーズの招待状じゃん。別に渡したりしないで適当に持ってればいいんじゃないの?」

「……」

 

 ミラーズ。

 聞き慣れない単語に眉を顰めた少年の背で。しまわれたままの黒木刀が、鈍く動いた気がした。

 

 




カミハマこそこそウワサ噺
恋人の私服や持ち物のセンスがそれとなく子供っぽいこともあっていざ魔法少女衣装やら夜パートやらで色気を出してきたときとのギャップにシュウくんの性癖は壊れがち

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