環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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鏡の洗礼・あるいは活路

 ――少女を砕いた手ごたえは、あまりにあっさりとしていた。

 だから、自分は。

 最愛の存在を、本当に簡単に壊せてしまう事実を突きつけられたような気がして。

 それが、たまらなく怖かったのだ――。

 

 

 

 

 


 

 

 その結界のなかに足を踏み入れたとき。少年の目の前に、何かが覆いかぶさってきていた。

 

SpiェGeル!

「うぉ……!?」

 

 リンリンと騒々しく鳴らされるベル。彼を羽交い絞めにするように飛びついてキャンバスでできた体を押し付けてきた使い魔は、抵抗するシュウに蹴り飛ばされ投げ放たれた黒木刀にベルを鳴らしていた腕をあらぬ方向に折り曲げられると這う這うの体で逃げ去っていく。

 少年の背後では、同じように結界に侵入したいろはにタックルをかました使い魔が矢に追い立てられながら逃げ去っていた。困惑したようにキャンバスを叩きつけられたらしき肩を摩るいろはは、周囲を見回すと驚きを露わに目を見開く。

 

「わぁ……ここが、ミラーズ?」

「ミラーハウス、だっけ? だいぶ前に行った遊園地でこんな感じの建物あった気がするな……」

「あ、型取られたらコピーが出てくるかもだから気をつけろよー」

 

 

 ――アなタを、お屋敷へご招待いたセまス かんげエいたセまス。

 

 

 シュウの討伐した魔女の使い魔が落とした封筒、開封された手紙には拙い字でそんなことが綴られていた。

 手紙に同封されていた地図はミミズののたくったような解読の困難なもので。招待状に記されている屋敷の場所を知っていたフェリシアの案内によって神浜市外れの廃墟へと訪れた少年たちは、『果てなしのミラーズ』――鏡によって構築された迷宮に足を踏み入れていた。

 

 鏡の世界。光源らしい光源もないなか視界の確保された空間というのも魔女の結界のなかでは珍しいものではないが、照明ひとつないなかで天井に壁にと飾られた様々な形状の鏡が光を反射しているのも不思議なものだった。

 物珍し気に辺りを見回すいろはとシュウ。頭の後ろで両手を組んで2人の後ろからついていくフェリシアのあっさりとした警告に、少年はふむと考えこみながら侵入者の3人を映し出す鏡の壁を一瞥する。

 

 呪いから生まれ、呪いを振りまく魔女……各々の縄張りにて結界を形成しひきこもる異形の怪物たちに関して、シュウが理解していることは少ない。

 魔女は人を食い物にして力をつけていること。口づけを受けてしまった人間は操られ破滅の道へと進んでいくこと。ソウルジェムの穢れを吸い取り過ぎたグリーフシードは放置していると魔女になってしまうこと。

 ……どのようにして魔女が生まれるのか、魔女に共通した弱点や特徴はあるのか。少年も考えたことがないでもなかったが魔法少女に聞いてもそれらについて満足のいく回答をしてくれた者はおらず。それはこの神浜に来てから知り合った魔法少女もまた例外ではなかった。

 

 けれど、そうして話を聞いているなかで興味を引かれたのは――エミリーの相談室で接触した志伸あきらが自らのチームのリーダーから聞かされたと言って教えてくれた、魔女が常に特定の存在に固執しているという噂で。

 

 例えば縄張りの結界に、魔女の好むものが大量に飾り付けられていたり。

 例えば使い魔を観察していると、どこからか持ち出した魔女の好物を大量に集めては献上していたり。

 例えば一見無秩序に思える魔女の行動に、何かしらの存在や事象が常に関わっていたり。

 

 魔女の生まれるプロセスに関係があるのかは不明瞭とあきらに対して語りながらも一つのチームを率いる彼女の先達は、そうした魔女がこれ以上ない執着を寄せるものや魔女の性質について事前に割り出すことで行動パターンの掌握や誘導、討伐の効率化ができるのではないのかと考察していたようで。シュウもまた、神浜で聞くことになるとは思わなかった()()()()()()に驚愕しながらもあきらのリーダーの分析に一定の理解と納得を得ていた。

 

 あまり悠長にしていると犠牲が増し魔女も人食いによってより強くなる都合上はどうしても遭遇直後に戦闘を繰り広げるしかなく、それほど熱心に魔女という存在の根幹をなすものについての観察を進めることは叶わなかったものの。それでもその情報を受け取ってからは、シュウも幾度かの魔女との交戦を経て少しずつ人外の怪物の意識を掴み、引き寄せるコツが解るようになってきていて。

 そうして――鏡の迷宮で、認識を叩き直される。

 

 少年は身をもって思い知るだろう。

 ある意味では文明を滅ぼす災害……最強の魔女さえ凌駕する特異点。

 悪意も、食欲も、衝動も、自我さえあるかも不明瞭で――けれどある一つのみにただ固執する未知の異形。

 鏡。ただその一点に特化した魔女が、どのような異界を構築しうるのかを。

 

 

 

***

 

 

 

 

『コピー、ねえ。もう俺やいろはの型が取られたってことが確かならきっと出てくるんだろうけれど……一体どんな感じになるんだろうな』

『なら実際に見れば良いんじゃねーの? ほら、来たぞ!』

『ぇ……』

『あれは……いろは?』

 

『――フフッ!』

 

 

 

 

『……成程、いろはもそうだけど……この結界のなかでコピーされた魔法少女も現れるんだな。これはまた随分とやりづらい』

『いろはのコピーは弱っちかったから楽だったけどなー』

『うっ……。敵だからいいけれど、素直には喜べないな……。でも、これってシュウくんのコピーが現れたりしたら危ないんじゃあ……』

『――その場合は俺が前に出るよ。自分のことは自分が一番よくわかってる』

 

『シュウのコピー……! どこから出てきた!?』

『くそったれ、気配なんて全く――いろは!』

『うぁ、離し、て――ぇ?』

『………………貧相な胸だな。マミさんやレナちゃんの方がよっぽどゴキュ』

『死ね、死ね。糞が、俺の面で、俺の、いろはに、触って、よくもそんなことを、お前。死ね、死ね、死ね――』

『待て待て待てシュウ! 死んでる、もう死んでるから!』

『シュウくん落ち着いて、私は大丈夫だから!』

 

 

 

 

『いやなんか、その、すまん……』

『オレが魔女目の前にしたときあんな感じなのかなってちょっと反省したな……ちょっとだけ……』

『私こそ、シュウくんの姿をしてるだけなのにまったく警戒できなかったから……』

『そーだよぉ「私」。やっぱりシュウくんと一緒に居るなら私が一番だよね~?』

『えへへぇ、シュウくんだあ。シュウくん、シュウくん、シュウくん……ふふふ……?』

『いろはが増えた……』

『コピーされてもあれかよ、いろはシュウのこと好きすぎだろ』

『……シュウくんは私のだから、ダメ! コピーだからって絶対に渡したりしないからね!』

『いろは?』

 

『シュウくんどいて、その私倒せない……!』

『いやそうしたいのは山々だけど……結構幸せというか、これだけいろはが居るなら何人か持ち帰っても……』

『それは、ダメ!』

『そっか、ならしょうがな……あ』

『えへへ、シュウくん……一緒に、()こう?』

『さ、刺された……!?』

『シュウくん!?』

 

 

 

 

 ――硝子の割れるような破砕音。腕を振りぬいた少年は、どっかと透明な床に腰を下ろす。からからと転がったナイフを見つめて悔恨の念を滲ませ目元を歪めた。

 

「……あーくそ、失敗した」

 

 ……思えば、魔女が関わって形成されたコピーに悪意がない筈がなかったのだ。知己の、仲間の、恋人の姿をとっているとはいえ魔女によって生み出された使い魔(ミラー)相手に僅かにでも気を抜けば痛い目を見るのは当然のことだった。

 衣服を血で滲ませて痛む腹部を抑えつつ。腕を握り潰され、側頭部を裏拳でかち割られ急速に色を失って消えていくいろはのミラーを見送ったシュウは真っ青になって近づいてくる桃色の少女に平気平気と手を振る。

 

「しゅ、シュウくん。血……!」

「あーうん。回復は任せるけど……思いっきり刺してきたなあアレ、驚いたわ。本当にとんでもないなここ、いろはのコピーが敵対してくるってだけでもやりづらいのに遠慮なく殺しにくるからな……」

 

 抱き着いてきた少女から刺された瞬間、射撃の素振りひとつ見せずにどこからともなくナイフを取り出したいろは(偽)の手首を咄嗟に掴んだこともあってそれほど深い傷は負わずに済んでいたが……それでも鋭い刃は確かにその切っ先を腹部に突き立てていた。

 不安を滲ませ駆け寄る少女たちに衣服の裾をまくりあげだらだらと血を流す傷を見せられるとフェリシアが小さく息を呑む。迷うことなく少年の腹部に手を押し当てると治癒の魔法を発動して傷を癒していったいろはは、血の跡を残して刺し傷が消えるとようやく安堵したように息を吐いた。

 

「怪我はそれほど深いものじゃなくて良かった……。シュウくん大丈夫? もう痛いところはない?」

「んー、そうだな……少し元気でないかも。偽物とはいえいろはに刺されたのショックだったからなあ……フェリシア、少し周りの警戒頼んでいい?」

「あ? いや、それは良いけど……」

 

 それは良かった。

 朗らかに笑ったシュウは、周囲に使い魔やミラーがいないのを確認すると傍らの少女を抱き寄せる。彼の腕のなかで目を瞬いたいろはが顔をあげるのに、顔を寄せた少年は唇を触れ合わせるように口づけをすると瞼を閉じて彼女の首筋に顔をうずめた。

 

「……シュウくん。大丈夫?」

「――、ん。ちょっとだけ、休憩させてくれ。あと少しいろはを摂取したら復活できるから」

 

 気楽な言い草をする彼の声は、少しだけ……ほんの少しだけ、震えていた。己をかき抱く少年の腕が力を強めるのに応えるように自らの腕を少年の背に回したいろはは、手を彼の後頭部に伸ばすと宥めるように、幼子を落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。

 

「……じゃあ、ちょっと休憩しようね。ごめんねフェリシアちゃん、少しだけ、周りを見ていて貰える? シュウくんがこうなるの本当に久しぶりだけど……、すぐにいつも通り元気になると思うから」

「えっ、あ。……お、おう!」

 

 僅かに上ずったフェリシアの返答に微笑むいろはは、抱きしめる少年の頭を撫でながら耳元に口を近づけそっと囁きかける。

 

「大丈夫……大丈夫だからね。傷はもう治ったから。私は、シュウくんを刺したりしないから。私は、絶対にシュウくんを傷つけるようなことはしないから。私は……ずっと、シュウくんと一緒に居るからね」

「……ん」

 

 ……やはり、最愛の姿をとった存在から殺意とともに刺されれば気の滅入るものがあったのだろう。抱擁を交わし穏やかな声で語りかけるいろはに密着する少年の横顔には取り繕いきれぬ狼狽が色濃く残っていた。

 

「……いろはは。ずっと、居てくれるんだ」

「うん。シュウくんのことが好きだから、大切だから。絶対に離れたりしないよ」

「そっかあ。あぁ、それは……ありがたいな」

 

 俺も、いろはさえ居れば大丈夫な気がするよ。

 小さくこぼしながら、少女の温もりに甘えるように身を寄せて。白い外套越しに彼女の感触を噛み締めながら、少年は安らかに目元を弛めた。

 

 ああ、でも。

 少しずつ、胸の奥から活力が沸き上がってるのを自覚しつつ。交戦したミラー……自分の似姿を思い浮かべた少年は、先日に遭遇した己と瓜二つの顔をしたナニカと重ね合わせて。

 小さく、鼻を鳴らす。

 

「……やっぱ、違うよなあ」

「……? 何が?」

「いや、こっちの話。……ありがとないろは、元気でた。フェリシアも待たせてごめん」

「え、いや……本当だよ!! なに、な……見せつけるみたいにイチャイチャしやがって!!」

「……すまん……」

 

 ほんのりと耳を赤く染めるいろはを抱きしめながら謝っても効果は薄かったのか、頬を膨らませてぶんぶんと大槌を振り回すフェリシアは憤慨するばかりだった。

 魔法少女のミラーや魔女の手下の気配こそしなかったとはいえ、魔女の棲み処であるこの場はこれ以上ない危険地帯である。そんな場所で周囲の警戒をさせ恋人と睦み合っていたのだからさぞ怒りを買っただろうことは容易に想像がついた。

 率直に言って本気で()()()()()衝撃から多少なりとも立ち直るには必要なことではあったとはいえ申し訳ないと苦笑しつつ。いろはの手も借りつつ立ち上がった少年は、金髪の少女の髪をわしゃわしゃと撫でながら結界の出入り口へと向かう。

 出入口――出入口?

 

「……! なぁ、おい! 撫でるなって……!」

「……フェリシア、帰り道はいつも同じなのか? 入り口も?」

「んぁ? そうだよ、調整屋が管理してる。魔女も結界の奥に引き籠ってる……なんだっけ、ゆーどうした? つってたからから結界も移動したりしないらしーぞ」

「――へえ、マジか」

 

「それは……かなり、好都合だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして。鏡の結界より帰還した後、10日程の時間を神浜市での探索と魔女の討伐、鏡の結界(ミラーズ)での『訓練』に費やした3人はフェリシアも加わってのういの捜索がいよいよ行き詰ったことから調整屋の情報を頼りに魔女とは異なった更なる脅威……ウワサの調査に乗り出すこととなる。

 

 絶交ルールのウワサに囚われた被害者たちもまた、彼女の妹ほど極端なものではないにせよ行方不明となっていたのは事実、いろはが関心を持つのも当然だったのだろう。

 そうしてウワサの探索にあたって協力してくれそうな魔法少女の居るという八雲みたまから紹介された場所へと足を踏み入れたシュウたちは、調整屋で渡されたチラシを頼りに参京区にあるありふれた中華店に足を運ぶ。

 

 そこで、少年は目当ての人物らしき快活そうな表情の魔法少女を見つけて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あーーー!! あの時の、魔女を守るウワサ――!! ここで会ったが100年目、この最強の魔法少女由比鶴乃が相手だ――!!」

 

「………………え?」

 

 


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