環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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魔女守りのウワサ

 

 

「――いやぁ~~まさか全くの別人だっただなんてね。顔が同じだったから店に入ってきたのを見たときはほんっとビックリしちゃったよ! あ、何食べるー?」

「え、あ~……どうするかな……取り敢えずラーメン大盛り、と……」

「お、見て見て魔法少女サービスだってー! シュウシュウ、これ頼んでいいよな!」

「えー? 別にいいけど、魔法少女ってそんなデカデカと張り出して大丈夫なもんなのかな……。いろはは何か頼む?」

「えっと……じゃあ、私もシュウくんと同じもので」

「オッケー! 万々歳ラーメン3人前ー! 少し待っててねー!」

 

「……」

 

 快活に笑い厨房の方に引っ込んでいった魔法少女――由比鶴乃(ゆいつるの)を見送ったシュウは息を吐く。いろはのもの言いたげな視線が横からざくざくと突き刺さるのを自覚する少年の心中の焦燥は浅からぬものがあった。

 

「……ねえ、シュウくん」

「………………悪かった」

 

『……あーーー!! あの時の、魔女を守るウワサ――!! ここで会ったが100年目、この最強の魔法少女由比鶴乃が相手だ――!!』

『……あの、ウワサってなんですか。ちょっとわかんないですね、俺知らないです、知らない……』

『え、ほんと? ……いやでも絶対あのときの男の子とおんなじだって、間違いないよ! 一昨日魔女狩ろうとしたときに邪魔してきた、あんな強い男の子を忘れる筈ないもん!』

『え、えぇ……』

 

 ……当初こそ苦し紛れの誤魔化しもほとんど信じて貰えなかったものの、彼女も部外者や家族の周囲で騒ぎ立てるのは不本意だったのだろう。途中から落ち着きを取り戻して貰えたこともあってか、店主や他の来客など魔法少女のことを知らぬ人間に不審がられることもなく鶴乃の誤解を解くことができていた。

 もっともそれは、少年とともに中華店万々歳に訪れていたいろはに、彼と同じ顔をしていた『魔女を守るウワサ』なる存在について明かすのと同義だったのだが――、

 

「なんだよシュウあの話してなかったのか? 何も隠す必要ねーんだからとっとと話しときゃよかったじゃん」 

「……単純な話に見えてもね、いろいろ事情ってものががあるんだよフェリシア。いや今回に限っては俺が弱腰になり過ぎてたからだけども」

 

 そもそも自分と同じ顔をした男がこの街にいて、それも神浜における未知の脅威であるウワサを名乗っていたという事実をシュウ自身直視できずにいたのだ。

 実際に一度接触していてもなお現実を受け止めきれなかった少年としては、できることなら記憶そのものを消し去って忘れてしまいたかったのが本音で。いろはに相談しどう対応するか検討するにしても、魔女の討伐を重ねての炙り出しでもう一度だけでもあのウワサを確認しておきたかったのだ。

 

 ……図らずも、今回鶴乃と接触したことで彼女と交戦していたというウワサの実在を把握できてしまったわけだが。彼女から話を聞いて判明した()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事実に、席に座ってフェリシアと言葉を交わしていた少年の目が若干虚ろになった。

 

「ごめんなあいろは、絶交ルールにかえでさん攫われてたのもそうだったけど俺と同じ面した相手にどんな対応したらいいのかもわからなかったから相談するのにも悩んでてさ……。待って今も俺と同じ顔した奴がこの街の魔法少女に好き勝手喧嘩売ってると思うと本当につらいんだが。頭が痛い……」

「それは……嫌だよね……。落ち着いてシュウくん、ひとまず今は休憩しよ、ね? 私は大丈夫だから……」

 

 でも次なにかあったらちゃんと相談してねと付け足しながら少年の頭を撫でるいろはに、絶望し机に突っ伏していたシュウは弱弱しく微笑んで。もう帰って寝たいとぼやきながらも、顔をあげた彼は体をほぐすように背を弓なりに伸ばしては隣のいろはに身を寄せた。

 今後魔法少女と遭遇する度にいちいち誤解を解かなければならなくなってしまう可能性を思えば憂鬱でしかなかった。肩に少年の頭を乗せられ重心を横に傾けながらも嫌がりもせずに受け入れてくれる少女の胸に飛び込んでひたすら甘え倒したくなるのを堪えつつ、ほのかに鼻腔を擽るいろはの匂いに心を落ち着かせていたシュウは注文の料理をもって厨房からやってくる鶴乃に気付くと名残惜し気に彼女から離れる。

 

「はい、お待ちどー! 万々歳自慢の最強ラーメンセットだよ!」

「おーっ、うまそー!!」

「あの、ラーメン単品で……大盛りなのも、ちょっと……」

「えへへー、魔法少女サービス! もちろん普通盛りだよ!」

 

 普通とは……?

 炒飯、ラーメン、回鍋肉。にこにこと笑う鶴乃がカウンターにずんずん乗せていくメニューの数々はとても並み盛りといえるような量ではなかった。硬直するいろはにもし食い切れないようならば自分が食うから気にしないでいいよと助け舟を出しつつ、レンゲを手に取った少年は己のラーメンのスープを啜るとでかでかと器のなかで存在感を放つ麺の塊の攻略に取り掛かる。魔法少女サービスとやらを注文していないシュウの分のメニューはラーメンだけだったが、大盛りを注文したこともあってかボリュームたっぷりのフェリシアやいろはのそれと比べてもなお一層の重量感を持っていた。

 

 とはいえ他に幾つもメニューがある訳でもなし、運動部所属の学生ならそう苦労せずに食べ切れる程度ではあった。喜色満面に炒飯をがっつくフェリシアの気配に苦笑しつつ、がらんとした店内で父親らしき店主と料理の仕込みや皿洗いに勤しむ少女を観察しながらよくある中華店のそれと然程変わらぬ味のラーメンを啜る。

 

 由比鶴乃。ウワサの捜索にあたり調整屋でみたまに紹介された先に居た中華店「万々歳」の一人娘であるという自称最強の魔法少女は、ももこやレナの纏うものと同じ神浜市立大付属校の制服の上からエプロンを羽織って店の仕事を手伝っているようだった。

 いろはといいフェリシアといい、ぱっと見ただけではとても争いごとに関わりがあるようには思えない華奢な少女が魔女などという異形の怪物と命を懸けた戦いを繰り広げているという事実は当事者のひとりであってもなかなか認識しきれぬものがあるが……現状みたまから仲介された人材にハズレはない、魔女との戦いやウワサの捜索にあたっても十分な活躍をしてくれるだろうという期待があった。

 ……前衛のフェリシア、後衛のいろはで大抵の魔女は蹴散らせるだけの戦力になりつつあることを思えば、いよいよ自分の役割がなくなりそうだという危惧も、ないではなかったが。

 

「――ごちそうさまー!」

「フェリシアちゃん早いね……?」

「へっへーん、ぺろっといけたぞー! でもいろはも結構食ってんじゃん!」

「あ、うん……」

 

 おやと視線を投げれば、なるほど確かに完食とはいかずとも彼女が食べるなら相当の負担を強いられるだろうと想像していた量の料理が既に食べられていて。普段の食生活とは見合わぬ健啖ぶりに驚いて目を見開くシュウだったが、少年の視線に気づいたいろはは慌てて手を振った。

 

「ゃ、その別に普段無理してたって訳じゃなくて……! 私もこんなに量を食べるのは初めてだったけれど、取り敢えず食べられる範囲で食べようとしたら思ったよりいけたってだけだから……!」

「あ、うん食べられるならそれでいいと思うよ。……でもそんなにいろはが食べてるの初めて見たから驚いたわ。魔法少女になって胃も強くなってるのか?」

 

 少年の目を気にするように箸を動かす手を止めたいろはを宥めつつ、山盛りのラーメンを完食したシュウは一息つく。グラスの水を口につけた彼はおもむろに手を伸ばすといろはの頬を軽くつついた。

 

「きゃっ……、シュウくん?」

「んー……いや、やっぱ無理のない範囲でいろはにはいっぱい食べてほしいなって。別に不健康そうって感じはないけれどもうちょっと肉つけてくれないと心配になるなあと」

「えっ……。そうかな? ……シュウくんはやっぱり、大きい方が好き?

「え? 何の――いやちがそんなまさゲッフゲッフ!!」

 

 喉に水が入った。思いきりむせるのに少女たちが驚いたようにこちらを見るのを手で制しつつ、げほげほ咳きこんで呼吸を確保したシュウはいろはの肩を掴んで向かい合おうとして――フェリシアや鶴乃の目があるのに気づくと、ハンドサインで念話を繋ぐよう彼女に要請する。

 

『えっと、これで良い?』

『OK、ありがとう。……いろは、気を悪くしたなら謝るけれど本当にそんな意図はないから。ガチで。デリカシーはなかったかもしれんが決して悪意はなくて。というよりも俺大きい小さい関係なしにいろはのが一番好きだし――』

「シュウくん、すストップ! 私の方こそごめん、でもそれ以上は恥ずかしいから……!」

 

 少女の魔力を繋いでの念話を断ち切って悲鳴をあげたいろはの顔は真っ赤だった。頬杖をついて様子を見ていたフェリシアは唐突に叫んだいろはにきょとんと目を丸くしたが、シュウもそれとなく耳を熱くしているのに気付くとつまらなさそうな顔になって軽く椅子の足を蹴った。

 

「……んで、結局どーすんの? シュウの(ツラ)したウワサっての探すのか?」

「――まあ、場所がわかればそれにこしたことはないけれど……取り敢えずアレに関しては、今日は見送りかな。同じ魔女を守っているのならまだ探しやすいんだろうけどその魔女がいつも同じ場所にいるとも限らないし、神浜は魔女が多すぎてどの魔女が本命かもわからないし。他に詳細のわかるウワサがあればそれ優先って感じで」

 

 今後の展望をフェリシアに語る少年は、壁に立てかけている黒木刀を意識しながら視線を前方に向ける。店の手伝いを終えたらしい鶴乃がいろはに料理の評価を聞いては容赦なくぶった切られていた。

 50点―!? と悲鳴をあげるポニーテールの少女に慌ててフォローする恋人を尻目に。水の飲み干されたグラスのなかに残る氷を口の中に放り噛み砕いた彼は、そのウワサについて口に出すのも嫌そうに顔を顰めてていて。

 

 彼の頭を悩ませるのは、誤解を解いて交戦したというウワサについて話を聞いたときに鶴乃の語ってくれた、『魔女守りのウワサ』から聞き出したという情報で。

 

『なんか、経験値が欲しいとか言ってたなあ。強そうな魔法少女見つけて戦うようにしてるって言ってたから、あっちこっちの魔女のところを回って魔法少女と戦っているのかも!』

 

「……本当に。よりにもよって俺の顔で魔法少女に、知り合いにまでちょっかい出されるのが一番怖いんだがなあ……」

 

 

 

 

 

 

 ――その魔女は凶悪だったが、決して難敵ではなかった。

 

 狂乱し暴れまわる魔女の前で拳を構える志伸(しのぶ)あきらは、魔法少女となってから経験した戦いのなかで群を抜いて厄介であった魔女との戦いが詰めの段階に入ったことを確信し息を吐く。

 からんと響く落下音。周囲に浮遊していた白黒の仮面が真っ二つに断たれ転がる。

 魔女の端末……他者に怪音波を浴びせ意のままに操る仮面を断った紅髪の少女に、あきらは全身を襲う倦怠感に耐えながらも信頼と安堵を滲ませた笑みを浮かべた。

 

「お疲れ様です、あきらさん。ケガはないですか?」

「うん、こっちは大丈夫! 魔女に操られていた人たちは!?」

「ちょうど、結界の奥に良さげな細道がありましたので。誘い込んだあと足場を切り崩して閉じ込めたので暫くは邪魔も入らないかと」

「ま、忌々しい仮面もほとんど墜としたことだし被害者の洗脳もこれで解けた可能性も高いけれどネ。結局は本体を始末するのが一番確実ヨ」

「ふっ……! 支援準備整いましたぁ、いつでもいけます!」

 

 自身の周囲に展開する様々な模様の仮面を用いて獣を人をよその魔女の使い魔を操り呪いを振りまいていた魔女。入り口も出口も窓もないビルが乱立する結界、その奥地の路地に身を潜めていたタコ足の魔女を発見した魔法少女たちは浮遊する仮面に操られる被害者たちを発見すると速やかに討伐へ臨んだ。

 

 軌道力に勝る純美雨(チュンメイユイ)と彼女たちのリーダーが先行して魔女を襲撃、ある程度の痛手を与えたところで魔女の元から離脱。仮面で操られり傀儡の大半を()()2人が離れたところを夏目かことあきらが襲撃、残存の戦力を削りつつ退路を封じ追い詰めていた。

 

 操られていた一般人を隔離してきた仲間も合流し、後に残るのは発見当初蜂の巣でもつついたかのように周囲を漂っていた仮面のほとんどを壊され倒れ伏す魔女のみ。

 打ち鳴らした拳に魔力を滾らせ。魔女にとどめを刺そうと一歩を踏み込んだあきらが――身につける衣装のフードを背後から掴まれ動きを止める。

 

「うげっ。ちょっと何を……美雨? どうしたのそんな怖い顔して……?」

「構えるネ、あきら。……招かれざる客ヨ」

 

 いつになく険しい顔になっては得物の鉄爪を左腕に展開するチャイナドレスの彼女に、疑問符を浮かべたあきらは詳しく問い質そうとして。

 

 ――響き渡る足音。

 

 魔女を追い詰めた路地、出入り口のないビルの屋上から飛び降りた人影が、少女と魔女の間に着地する。

 

「……あれ?」

 

 人影の飛び降りてきたビルを見上げ絶句するかこの、警戒を露わにする美雨の気配を背後で感じ取りながら。魔女に叩きつけようとした拳を構えていたあきらは、見覚えのある――つい先日も知己の魔法少女が営む相談所で会話したばかりの少年の顔を見て、きょとんと首を傾げた。

 

「……あの、桂城(かつらぎ)くん……だよね? どうしてここに……環さんは?」

「――ふむ」

 

「この顔を見てそう言ったのは2人目、か。(オレ)のオリジナルの交友関係が広いのか、あるいは世間が狭いのか。致し方ない事情があるのかもしれないが、この時期に神浜に来たのは彼も災難だったな」

 

「……えっ、と?」

「――」

「あれ、ななか?」

 

 音もなく。隣にまで進み出てきたリーダー……和洋折衷の衣装を身に纏う彼女に視線を向けると。2振りの日本刀を納める筒状の鞘を腰で揺らす常盤ななかは、見ているこちらが不安になるくらいの穏やかな表情で乱入してきた少年を見つめていて。

 

「彼が……桂城さんが、この街に来ていると知ったときも驚きました、が……えぇ、えぇ。まさか近頃噂になっている魔女を守る剣士……それが、彼と、()()()と同じ顔をしているとは思いませんでした。それについて、なにか意図はあってのもので?」

「いや、(オレ)の母はそれについて一切関知していない。……心当たりはないでもないが、それについて語るにしても証拠と言えるものがない以上明かすことはできないな」

「そうですか。えぇ、では――倒してから、すべて吐いてもらうとしましょう。……あ、あきらさん。よければ後で桂城さんの連絡先教えてくださいね」

「え、あ、うん」

 

 お淑やかな微笑みとともにぶつけられる有無を言わさぬ圧力。こくこくとあきらが頷くのに口元を緩めた彼女は、細い手を得物の柄に回す。いつの間にやら現れた初めて見る燕の使い魔を従える少年もまた、虚空から太刀を取り出すと楽し気に笑みを浮かべ構えていた。

 

「神浜東西を統べるベテラン、最強の魔法少女、透明な暗殺者、フォートレス・ウィザード。どの魔法少女も一癖も二癖もある猛者だった。侮りはすまい、踏み台とは言うまい。ただ――糧にするのみだ」

「……私の眼は反応しない、か。えぇ――これはまた、探りを入れる必要がありそうですね」

 

 共に形状こそ異なれど刀を振るう両者は、張り詰める場の中で怖じることなく、気負うことなく足を踏み込んで。

 

 ――激突する。

 

 





・シュウくん
自分と同じ顔した輩が襲撃する魔法少女のことを思いメンタル絶賛掘削中。いろはちゃんを摂取して暫くは食い繋ぐ模様。
正直今度ウワサと遭遇したら思い切り串刺しにしてやろうと思うくらいには迷惑してる。

・ななかさん
初見殺し度の高い武闘派団体ななか一派を率いるやべー奴。
え、桂城さんのことですか? べ、別に初恋だなんてだいそれたものではないんですよ? ただ……その……身内の方でいろいろありまして、つい意識してしまったというか……。
環さん? えぇ名前は存じています。よきお友達になれると思いますよ。

・魔女を守る剣士
魔女守りのウワサ。魔女守と端的に言われること多々。
「外でいろんな経験をしてきた方がいいかもね」なる意見を発端にいくつかの意見とウワサとしての解釈、本能をすり合わせた結果魔法少女の妨害に勤しむこととなる。
魔女は素材としてそこそこ美味しいので使い魔のエサにしている


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