環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
漢字や掛け算をするよりも早く覚えたのは、手加減だった。
父さんは幼い頃の自分のことをよく天変地異に例えていて。母さんも苦笑しながら、それを否定することはしなかった。
もし本気をだせば――いや加減ひとつを間違えるだけでもあらゆる競争やスポーツで相手の体を心を打ち砕いてしまうことになるのは理解していた。
自分に剣道を叩き込んだ師範は、修行を始めて間もなく竹刀から木刀を用いた実戦を意識した訓練に切り替えて。半年でもう教えることはないと言い切って指導をすることはなくなった。
頑丈だった。力強く、俊敏で、痛みにも強い。派手に転んだところで翌日には擦り傷も治っていた。
引っ越してきてから暫くしてできたかけがいのない友達であり――大好きだったいろはのことも、自分が一緒にいれば守ってやれると、そんな風に無根拠に思っていて。
覚えた技術を腐らせない程度に、適当に鍛錬をして。現代の日本ではあまりに持て余す力を暴れさせて周囲に迷惑をかけないように、精神を磨き知識を蓄えて制御する。
……実際、中学生になるまではそれで何もかもが上手くいってたのだ。家族を友達に大切な人に暴力を振るって傷つけることもなく、日常の陰では策謀と悪知恵と軽い脅しで不埒な輩が身内に近づくのを防いで。
それで、本当に上手くいってたのだ。このままずっと大切な人たちと過ごしていくことができると、無邪気なまでに信じていたのだ。
魔女に家族を殺されて。優しいけれど少し内気な少女に血みどろになりながら助けられて。いつの間にか恋人が魔法少女になって、自分の力が全く通じない怪物と必死になって戦っていたのを知るまでは。
──結局のところ、何もかもが足りなかった。
こんな力には何の意味もない。
……家族を喪ったあの時も、今も。本物の怪物に対して、自分はあまりにも無力だった。
だけど。
それでも、自分は──。
***
ガィン!!
叩きつけられたバットに、車両の床を重々しく塞いでいたマンホールが跳ね上げられる。
あるいは迷路であり、広場であり、城塞であり。魔女の結界の構造は、主である魔女次第で如何様にも変わるが――結界そのものは、どれも
……それがつまり、魔女の鎮座する場であり最大の危険地帯。マンホールの真下から広がる地表の見えない空と、群をなし浮かぶ金属塊の世界だった。
「昨日いろはたちはあの大量の瓦礫……金属だか鉄塊だかの上を足場にしていたんだっけか。魔女に関して何か気付いたことはある?」
「ん……黒江さんの攻撃を受けた時は小さく分裂してたかもしれない。さっきシュウくんの周りに群がってた使い魔より少し大きいくらいのサイズに」
「普通に厄介だけど防御力は絶対に下がるだろうしいろはのボーナスタイムだなそれ。他には?」
「……あそこの、鉄の渦? その内側にあった何もない空間を泳いでいたような……」
「近接潰しに来てる……。ただでさえ不安定な足場なんだから長居したくない。一度足場の上に引きずり出してくれ」
「あ、装填はする?」
「あれだいぶ重くなるんだよなあ……。これから落下するんだし自重は増やしたくない。必要なときには声をかけるからよろしく」
「うん」
作戦会議を終え。白い外套を翻したいろはに続くようにマンホールを退かしできた抜け穴の中に身を躍らせたシュウは、鋼蠢く空を勢いよく落下していく。
足場として見定めたパイプ椅子や鉄骨などの金属の集まりまではおおよそ10m──常人ならば落下の衝撃で死にも至りうる距離であったが、二人は性質こそ違えど、共に常識の外に位置する存在だった。
装備の重量もあってか少女よりも早く落下し衝撃で鉄屑を撒き散らした少年は、軽やかに着地したいろはを置いて
体勢の制御と純粋な強度でこともなげに落下を耐えた彼は、足場の不安定さを感じさせない疾走をしながら周囲を索敵……聴覚が捉えた魔女の叫喚に、踏み込みで鉄板を砕きパイプをへし折り、桃色の魔法少女を振り返るとバットを構えながら叫んだ。
「いろは下だ! 来るぞ!」
「うん!」
足元からの急襲。巨躯をうねらせ金属塊を呑むようにしていろはを襲った魔女は、大口を開けての死角からの襲撃を余裕を持って回避したいろはの反撃をまともに浴びる。想定外のダメージに悲鳴をあげて墜落、矢の連射に耐えかねたように空中に逃げようとした大蜥蜴は、跳躍の直前で横っ面に衝撃を浴びて転がった。
魔女や使い魔の素材を打ち付けた歪な形状のバットを振り抜いた少年は、腕に伝わる手応えからおおよその相手の強度を把握──頸をへし折る気概の一撃が与えた損傷の薄さに嘆息する。
……大きく、重く、そして堅い。つくづく魔女というのはやりづらいものだった。
「もし一人で相手取る羽目になれば、どんな泥仕合になったのやら……な!」
『──!!??』
連続する打撃音。
振り下ろされるバットが前肢を打ち抜く。分厚い表皮を無秩序に鈍器を覆う爪牙が削り取る。有利な場へ移らんと潜航しようとすれば鼻っ柱にバットが深々とめり込んだ。
大蜥蜴の表皮を抉り赤黒い体液を滴り落とす歪な凶器を振るって。まともに喰らえば人は勿論大型の獣でも呆気なくその命を散らすであろう強烈な連撃が、退避の選択肢を与えずに魔女を追いたてる。
――それでも、屠るには至らない。
仕込まれた爪刃に裂かれた傷口を打撃と共にバットの表面を覆う鱗が切り開く、苦痛を与えることに特化した打擲を意に介さぬようになった魔女が大口を開け襲い掛かったのを寄り集まった金属塊から飛び出した標識を踏み台に回避して。足元に転がっていたのを回収した瓦礫をバットの振り抜きでかっ飛ばし、魔女の口蓋に見舞った。
『■■■!!』
「っ……、そりゃまあ効かない、よなぁ!」
シュウは。魔女にとっての自分は、矢鱈としつこく追いかけて噛みついてくる性質の悪い小型犬──よくて中型犬程度の存在であると解釈している。
純粋な身体能力は近接型の魔法少女に匹敵するだけのものを持ちながら、魔女に連なる者を討つだけの魔力を持たず。魔女にも傷を与えうる得物を
棒立ちにでもなっていれば魔女であろうとも削り潰して打ち倒すこともできようが――その前に捕まえて牙をへし折ってしまえば、縊り殺してお終い。その程度の脅威。
……魔女にぶつけるに足る武器も、あるにはあるが。少なくとも現状では使えない。眼下に空が広がり唯一の足場である金属群も不安定に流動する劣悪極まる環境で振れるほど便利なものでもないのだ。
だが、ここで前提として一つ。
例え彼では魔女の命に届かずとも。――彼が、魔女を倒す必要はない。
目をつけていた位置まで相手を誘導していた少年が止まると。彼に襲い掛からんとしていた大蜥蜴の頭部に、上空から弧を描いて飛翔した桃色の矢が直撃した。
『――■■■●■!?』
「……いい仕事をしてくれるよなあ、つくづく」
止まらぬ連射。頭上を見上げれば、自分たちの上方に位置する金属塊の渦に移動したいろはがボウガンを構え魔力で形作られた矢を次々と撃ち放っていた。
真上からの連射である。蜥蜴の魔女に為す術はない。桃色の魔法少女を仕留めるには一度飛翔する必要がある、弾幕を形成する矢に撃墜されることなくいろはの元に辿り着くのは不可能に近いものがあった。
『──!』
まともに浴びた矢は、おおよそ50を超えたか。いよいよ追い詰められたのか、何度シュウが打ち据えてもぴんぴんしていたのが嘘のように全身をぼろぼろと魔力矢に焼き焦がした魔女は鉄屑の足場から身を投げるようにして結界の下方へと離脱しようとして。
魔法少女に変身し電車から降り立った黒髪の少女と、肩を並べるように。バットケースから漆黒の木刀を取り出した少年が、一歩を踏み出す。
「……ごめんなさい、
「軽く結界の中探索してもいなかったから真っ先に喰われたのかと思ったよ、生きてたなら良かった。──グリーフシードの分配はじゃんけんで良い?複数個出るなら都合がいいんだけど」
「……私は何もしてないから」
「俺だけで止め刺せるかは微妙だから今この場にいてくれるだけで十分なんだよなあ……」
自分目掛けて降り注いだ桃色の矢に木刀を振り抜き、
そんな彼の目の前で、後方からの射撃が緩んだのを好機とみなしたのか最後の力を振り絞るようにして魔女が跳躍し飛び降りた。
恐らくあの大蜥蜴の本領は空中戦にこそある。水中を泳ぐようにして浮遊し自由自在に移動するあの魔女は、逃げ場のない空に浮かぶ不安定な足場に動きを止めたところを大きく頑丈な顎で噛み砕くことを得意とするのだろう。わざわざこれだけの鉄屑や瓦礫を配置するくらいだし結界内の構造物を操った攻撃もできるのかもしれない。
だが、盤面は既に整っている。反撃も逃走も、大技を用いた逆転も。相手の準備が整うまで、待ってやる理由はなかった。
一歩間違えればそのまま真っ逆さまになるだろう金属の足場から飛び降りる為の助走に、恐れも躊躇いもなく。両の手にメイスを構える黒江を抜き去るようにして跳躍──結界下層部へ逃れるべく宙を泳ぐ魔女を捉える。
「──」
魔法の使えないシュウには、空を飛ぶことも自前の魔力で一時的に足場を構築することも、身をよじり落下の軌道から僅かにズレた魔女に一撃を届かせることもできない。
それでも。彼には──守ると約束した、守ると誓ってくれた、助けてくれると言ってくれた少女がいた。
『■◆■■■――』
「ははっ」
回転しながら落下するシュウの横を通り過ぎる桃色の矢に、口元を緩めて。宙を泳ぐ巨体のすぐ目の前に浴びせられた矢に魔女が動きを変える。
……丁度、シュウの真下に魔女が来るように。
――これだから。いろはと居ると、本当にやりやすい。
己のもとに落下してくる2人に気付いた魔女が迎撃せんとその大口を開いたが、もう遅い。魔力を喰らって重みを増した木刀に10m以上の落下の勢い、回転して得た遠心力を乗せて。
全力で、叩きつける。
破砕音。手応えから理解させる、黒い軌跡を描いての一閃が、魔女の根幹にまで衝撃を通した事実――。頭蓋をかち割った木刀に魔女が動きを止め、再起動して暴れ出し最期に少年を粉々にしようとした直前に、メイスを振り上げた黒江の殴打が、魔女に突き刺さった。
断末魔をあげることも許されずに粉々になる体。主のいなくなった空で、重力に引かれ落下をはじめたシュウは――ガラスの割れるような音と共に、電車の床に着地する。
「よっ、と……お疲れ様、黒江さん。いろはと俺じゃあちょっと決定打には欠けたからさ、来てくれて助かったよ」
「……瀕死にまで追い詰められたところに止めを刺しただけだけれども、ね。気を失っている間に戦闘のほとんどを任せてしまって本当にごめんなさい」
「……、ぁあー……」
気を失ってしまうような場面あったかと疑問を浮かべるが。結界に引きずり込まれる直前に魔女に操られた乗客が一斉に押し寄せてきたときのことを思い出し納得する。……咄嗟のこととはいえ当然のように黒江をほとんど無視していろはを庇っていったことも脳裏によぎったが、それに関しては一切後悔していなかった。
基本的に彼の優先順位にはいろはが首位に君臨している。おおよそ悪癖の域にある思考だという自覚はあったが……こればかりは如何ともし難いものだった。
そこで、背後からの物音。慣れ親しんだ気配に振り向くと、崩壊した結界から戻ったいろはが床に尻餅をつくようにして座り込んでいた。
「――ひゃ! いたたた……あ、シュウくんお疲れ様」
「ああ、いろはもお疲れ。怪我は……してないか。今回かなり派手に連射して貰ったからなあ、多分まだ余裕はあると思うけれど念のためにしっかりソウルジェムは確認してくれよ」
「うん。……今のところは特に問題ないかな。シュウくんこそ制服がかなりボロボロになってるけれど大丈夫なの……?」
そういえばと、二人のやりとりを見守っていた黒江が確認すると。魔女の結界で足場を形成した大量の鉄屑や金属の上を大立ち回りを繰り広げたせいかズボンは裾下から腰にかけて鉄サビにまみれ、学ランも同様に灰色に汚れきってしまっていた。
指摘を受けて己の姿を確認した少年は、汚れ自体には然程気にした様子を見せなかったが──、窓から電車の外を確認すると、苦々しい表情になって唸った。
「一応着替えは持っているけれども……魔女の結界がなくなったから人払いももう機能してない筈だ、乗客も乗ってくるだろうし落ち着いて着替える余裕はないな……俺といろはも帰らなきゃいけないし、次の駅で一旦降りて着替えないと──」
戦闘の間も電車は動いていたのだろう、魔女によって閉鎖されてからもかなり進んでいるようだった。落ちていたグリーフシードを通路で回収し、電光掲示に表示される次に停まる駅の名前を確認すると煤けた格好の少年は目を丸くする。
「新西中央駅……? 確かここって」
──ある意味では。この日こそが、私にとっての契機だったのだろうと後に環いろはは振り返る。
失った記憶を取り戻すために模索して。大切な仲間や友達と出逢って。更なる過酷な戦いに挑んで。……心を引き裂くような絶望と挫折を味わう。そんな日々の始まり。
……魔女との戦いを経て、彼と共に訪れたのは。魔法少女が救われる街と謳われた場所で。
「……神浜市──?」
アニメのシナリオも魅力的ですがあまり偏ると書きたいところをはしょることになるので適度に時系列やシナリオにも調整をいれたりする
カミハマこそこそウワサ噺
シュウくんは鬼滅の刃の熱烈なファン。全集中の呼吸の再現をめざし日々鍛錬に取り組んでいる。流水やら炎のエフェクト発現したい。
今回魔女を討った際の一撃は上手い具合に
いろはは密かに鍛錬に励む彼をそっと見守っている。