環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
知らなかった。
それで済ませるには、この失敗はあまりに深刻だった。
「うい……?」
その橋の上に、あの子はいた。
お気に入りだった淡い桃色の肌着、同じ色のサンダル。私の妹──いつの間にか周りからいなくなって消えてしまっていたういが、そこにいて。
環うい。私の妹。いなくなってしまった女の子。――私の、大切な家族。
「――ういっ!!」
「……」
「ようやく逢えた……。ずっと探していたんだよ……!」
「……」
ほとんど泣きそうになりながら駆け寄って。小さな身体を思いっきり抱きしめる。
もう二度と離しはしないと、力の限りにういを抱き寄せて。腕のなかの温もりをしっかりと噛みしめる。
良かった。本当に良かった。
ういと逢えた、それだけでもう十分だった。お父さんも、お母さんも、シュウくんも、ういも――家に帰って集まったら、またみんなで遊びにいこう。大好きなハンバーグも作ってあげよう。一緒に学校に通って、病院ではできなかったいろんなことをして、ずっと一緒に――。
そんな風に希望を抱いていたのが、間違いだったのか。
「――て」
「……うい?」
気付く。
彼女は、こんなに静かな子だっただろうか。
様子がおかしいと身を離して、その顔を覗き込んで――、え。小さく、息を漏らす。
私の腕にかき抱かれる、ういの目に光がなかった。
「――運命を変えたいなら神浜市にきて。そこで魔法少女は救われるから」
「――母ちゃん!」
その橋の上に、あの人はいた。
後ろ姿を見てすぐに母ちゃんだと気付いたオレは、やちよやシュウからの警告のことも忘れて橋の上まで駆け上がっていく。魔法少女としての力を加減することもできぬまま全力で抱き着いた。
「母ちゃん、母ちゃん……! 本当に、本当に会えた……!」
「フェリシア……元気ニ、してた? 逢いたかった……」
手元から離れたハンマーが転がる、そんなこと気にもしていなかった。オレを抱きしめてくれる母ちゃんの温もりに甘えるように、ボロボロと涙をこぼす。
「ごめん、ごめん、本当にごめん……! オレ守れなかった、母ちゃんと父ちゃんが魔女に殺されるのを見るだけしかできなかった……! もう大丈夫だから、オレ魔法少女になったんだ! 母ちゃんを傷つけるような魔女なんて、何体でもぶっ潰してやる! だから……また一緒に帰ろう!」
「……? …………えぇ、えぇ。そうしたいのは山々だけど……ごめんね、私はここから離れられないの」
「ぇ……!? どうし、て――」
ノイズが走る。
……あれ。
母ちゃんって、こんな顔だったっけ。
***
桂城理恵は……自分の母親は、果たしてどんな人物だったか。
そんなことを聞かれたとき、シュウには……果たして、どのように答えるべきかわからなかった。
自分の成長を素直に喜んでくれた大人。油断すれば大人にさえ危害を及ぼしかねなかった自分がまだ真っ当な方向性でいられるのは彼女や父親、智江が深く関わっているのは間違いない。子どもとしてはあまりに不自然といえた力を持つ己を排斥することもなく家族として受け入れてくれていたことの有り難さを、家族を喪った今では身に沁みて理解していた。
……大切なひとではあった。好きだった。かけがえのないひとだった。その筈、だった。
なのに、いなくなってしまった。
母親のいなくなった数日後に魔女が現れ家族を殺していったというのは、やはり相応の衝撃だったのだろう。
魔女の存在を知った今でこそ、行方不明になったあのとき理恵は魔女に襲われ命を落としたのではないかと推測しているが──それでも、裏切られたという気持ちを否定することはできなかった。
一番辛いときに側にいてくれる女の子はいたけれど、それでも。あのとき、頼れる大人が、信頼できる家族が1人だけいなくなってしまっていたという事実はどうしようもなくのしかかってきていて。
だから──どうしても、激情を抑えきれなかった。
「──今まで、どこにいってたんだよ」
「……」
「父さんは死んだよ。婆ちゃんもだ。あんたがいなくなってから2日も経たない内に、2人はバケモノに殺されて死んだ。それから家には、俺以外の誰も帰ってきたりはしなかった」
わかっている。ここにいるのは母親ではないことくらい。
家族に対し一言も残すこともなく姿を消した以上母親は恐らく死んでいて、そして死者は絶対に戻ってこない。そのくらい少年にもわかっている。
それでも、ウワサが仕立て上げた偽物でしかないはずの母親に対しての糾弾を我慢することは、できなかった。
それだけの嘆きがあって、苦しみがあった。
竹刀袋のなかで警告するように身を震わせる黒木刀を掴んで、引き抜いて。母親の似姿に刃を突きつけた彼は、叫ぶ。
「今まで、どこにいってたんだよ……。母さん!」
「……ごめんね」
困ったような笑顔だった。
唇こそ緩めながらも苦しげに目元を歪めた彼女は、己を睨みつける息子を見つめながら重々しく首を振る。
「ごめんね、全部明らかにしたうえで謝りたいのも、いろはちゃんのところに行ってお礼のひとつでもしたいのは山々だけど、時間がないから」
「──シュウ、単刀直入に言うね。
「……あ?」
「とっくに死んで魂も砕けて消えた私がこうして生前に限りなく近い状態で現れているのは幾つかの偶然で生まれたバグのようなものと思って。神浜の魔女であればどうとでもなるかもしれない、空っぽの写し身であれば成長される前に始末できるかもしれない。……それでも、ここのウワサだけは駄目なの」
「なんで魔女を……、ああ、いや。餓鬼の頃とは言え、母さんだけは。暴れた俺を抑えつけることができてた。そりゃあ、そりゃあ後から思い返せば変だとは思ったけどさぁ……まさか……」
「1人なら、いろはちゃんだけなら何とか穏便に終わらせることができるかもしれない。けれど……3人、いや4人も来てるのは不味い。相性もそうだし魔法少女が多すぎrrr──」
姿が、ブレた。
薄手のシャツの上から羽織った上着に紺のジーンズ、いなくなったときと変わらぬ衣服の彼女に、輪郭さえ定まらぬノイズが走る。
目を見開いた少年にごめんねと謝りながら。がくりと膝をついて崩れた頬を黒ずんだ手で抑えた理恵は、シュウを見上げ絞り出すように告げる。
「本当に、ごめん。私は、事故のような形で生まれたバグだか、ら──ウワサとしての使命と矛盾を起こして、 自壊しちゃうんだ。もう少し話していたかっTa、けれど……」
「大丈夫、チャンスはある。他でならどうしようもない困難でmお、この街でなら、奇跡は成セルから……だから、なにがあっても諦めないで」
「……突然現れたと思えば好き放題。一体どういう、つもりで」
「──これは、桂城理恵としての言葉」
「父さんにごめんなさいって伝えておいて。あと……家に帰ったら、砕けたソウルジェムを探して。それが持ち出されているなら、あの人は──きっと、シュウの助けになってくれる」
「──bi、pipi、リ。……これは、貴方の母の残滓を汲み上げたものとしての言葉」
「ワタシは願いを叶えるもの。ワタシは 願いを読み取るもの。そしてワタシは この場所で願いを叶えた者が立ち去ることを赦しはせず ワタシを拒絶する者を赦しはしない。しかし 消え去ったものから 情報を汲み上げたワタシは ひとつの義務を果たそう」
「──嗚呼、願われた者よ。彼女は、君を愛していた」
ザザザ、視界が歪曲する。
情報だけを遺した母親の──ウワサの姿が消える。同時に背後の社から飛び出した様々な紋様の札が、封でもするかとように少年の全身に貼り付いて彼を拘束した。
「……あーくそ、好き勝手頭の痛くなるような話してきやがって」
体は動かない。
ウワサは、情報を汲み上げたといっていた。その過程でバグと自称しすぐに自壊した理恵を構築するだけの情報が集まり、シュウの前に現れ……そして、それと同時に少年のスペックも割り出されたのだろう。全身を札で戒められたシュウが身を動かそうとしたところでびくともしなかった。
「願われた者、ねえ」
けれども。彼は、一人ではない。
無数の札によって束縛され生き埋めにされたシュウの耳のすぐそばを矢が通り過ぎる。肩上を戒めてるように積み重なっていた札を削り取るように桃色の矢が飛ぶと、解れた拘束を振り払った少年の振るう黒木刀が閃いて彼を捕えていた札の大半を切り裂いた。
「シュウくん、大丈夫?!」
「んぁー……、ありがとういろは。気分は最悪だけどまあ平気だ。そっちは?」
「……ううん。ういは、来てくれなかった。いや、来てくれたんだけどういじゃなくて――」
「……あぁ、なるほど」
おおよそのことを察する。
先ほどの理恵と同じ姿をしたウワサの言からして、口寄せ神社に訪れた者のために現れる『逢いたい人』は中に入った者から何かしらの手段で手に入れた情報をもとに作り上げられる幻のようなものなのだろう。……鏡の結界による再現体と違い性質の反転もない非常に精巧なものであったとしても、決して本物ではない。
ウワサのなかで出会ったういが本物ではないことを知って離脱、シュウと合流したいろはは既にウワサから襲撃を受けたのか魔力の消耗を示すようにソウルジェムを濁らせていた。
……いや、彼女の首元にあるソウルジェムは現在進行形で濁っている。やはり逢えるかもしれないと期待していた妹が偽物だったのはショックだったのだろうか、1戦をこなした程度にしては異様な黒ずみ方だった。
「いろは、グリーフシードだ。……何度か使った半端ものじゃあまり穢れは消えないな。余ってるのは持ってるか?」
「ごめん、持ってないけど……私はまだ大丈夫。魔女が出てきたって平気だよ? ……あ、でもフェリシアちゃんややちよさんも心配だから使ってあげないと。このグリーフシードは貰っていい?」
「……」
明らかに無理している顔色だった。取り繕った笑顔を向けるいろはにグリーフシードを使うか否かを迷ったが……戦力としてはフェリシアややちよの方が重要性が高いと思い直して最後のグリーフシードを預ける。
「――フェリシアは俺が見てくる。七海さんのところはいろはが行ってくれ。……鶴乃さんのところに戻ればグリーフシード持ってると思うから無理せずに浄化してもらって来いよ」
「うん。……シュウくんは、本当に大丈夫?」
軽く目を剥く。どの口で言うかとつっこみたくもなった。
それでも心配してくれているのは本当なのだろう、シュウの逢ったものについてどれだけ理解しているのか、労わるように彼を見上げる瞳はどこか不安げにさえ見えた。
「……いろは、ちょっとおいで」
「ぁ、うん。……ん――」
抱き寄せた少女の唇を塞ぐ。
抱き寄せられた時点で何をするかわかっていたのか、瞼を瞑って口づけを受け入れる彼女は己を引き寄せる腕に応えるように少年の背に手を回す。神浜に訪れる前は一度操られた経験もあって何度かこのようなことしてはいたものの、普段は結界に突入する前に済ませるか、夜なり朝なりの段階で際限なく貪っていたこともあって敵地でこうしてべたべたとくっつくのもどこか懐かしいと感じていた。
「ん、ちょっ……、しゅ。シュウくん……」
「んー……よし落ち着いた。ありがとういろは、おかげで元気出たわ」
「あ、うん私も……、でもこんなところであちこち触られると困っちゃうよ……」
密着しながら身体を触られていたいろはのもの言いたげな視線から逃れいそいそとフェリシアのもとへと向かった少年は、自分たちのいる社を中心に広がる橋の向こうに立ち竦む金髪の魔法少女へ近づいていく。
魔法少女としての主武装である自慢の大槌も取り落とした彼女は、ウワサが作り出したのだろう第三者からは容貌さえ定かではない朧な人影に懸命に縋り付いていた。
「母ちゃん、何で――ちが、違う、オレ、オレ……母ちゃん!!」
「フェリシア……?」
様子がおかしい。明らかに激昂し取り乱しているフェリシアにどうウワサの危険について伝えるかそもそも話しかけるべきか僅かに葛藤するシュウの前で、全身にノイズを走らせたヒトガタが
「……は?」
「嫌だ、ちが、どうして燃え。母ちゃん――!?」
「――フェリシア!」
燃え盛るヒトガタ。パチパチと火花を散らすウワサの幻影に触れようとしたフェリシアを押し留めようとしたシュウは、炎にまかれた人影がノイズとともに焼け崩れてしまったのに伸ばそうとした手を止める。
ヒトガタを焼く紅の炎に手を突っ込んだはずのフェリシアの手には火傷ひとつなかった。
「ぁ――、あ、あああ」
「……」
ヒトガタ……母親の姿をしていたらしいウワサに触れようとしたフェリシアの手には何も残ってはいない。肩を震わせすすり泣く彼女の頭にぽんと手を置いたシュウは、何も言わずただ少女の傍に座り込む。
――この短い時間での出来事だ。一体フェリシアが何を見たのか、どのような思いをさせられたのかも少年には何もわかりはしない。けれど……仲間と合流するまでの間、一緒に居てやれるくらいのことはできた。
シュウがされたようにウワサの使い魔によって拘束される可能性もある。こうしていれば少なくとも使い魔から動揺する彼女を守ることくらいはできると判断してのことだったが――、この程度何の慰めにもならないだろうことは、痛いほどに理解していた。
「……」
「……」
重々しい沈黙。
何もしてやれないことの歯がゆさに苦しみを覚えながらも、下手に干渉して良い結果を出せるだけの自信がある訳でもない。ソウルジェムの濁りも気にならないでもなかったが、穢れが溜まったところで身体がだるくなるだけなら十分カバーできるだろうと認識していた。
視界の奥ではウワサかその手下といろはが交戦しているのか場所を変え数を変え桃色の矢が飛んで消えていく。ウワサの大本が姿を現したようなら援護に行かないとなと警戒を向けていると、蹲っていた金髪の少女が力なく呻いた。
「……オレ、なんもしてなかった。なんか様子もおかしかったし、一緒に来てくれって、不気味だったから突き飛ばしただけなのに、急に燃えて。魔女もいないのに、なんで」
「……それは、まあ。ショックだよなあ」
「……なあ、シュウ。あれって。……偽物、だよな……母ちゃんじゃなくて、偽物だよな……?」
縋るような声音。震え声で問いかけたフェリシアに、少なくとも嘘で誤魔化す必要のない問いであったことに安堵しながら少年は頷いた。
「あぁ、あれはウワサで作られた偽物だ。……燃やしたところでお前の母親の幽霊が呪いに出てくるわけじゃないから平気だと思うぞ」
「……そっか。本当に、本当に良かった」
心底安堵したように微笑んだ少女は、そのまま橋の上に寝転がる。
「――なんか、眠たくなってきた。少しだけここで、寝てるから……シュウは、いろはのとこに行ってて……」
「……置いていける訳ないだろ、連れてくぞ。俺が運んで戦ってる間どれだけ動かしたって寝られるんならそれで構わないけれど」
「えぇ……なら、それで……むにゃ」
本当にこいつ寝やがった。
肩の上に背負っても担ぎながら軽く揺さぶっても起きる様子のない彼女に、思わず呆れ半分になんて図太いんだこいつとぼやいたが――、あの精神状態ではウワサとの戦いも難しいだろうことを思えば心身を休めるのに専念してもらった方がありがたいのも確かだった。胴のベルトから伸びる鎖に繋がったフェリシアのソウルジェムが黒ずんでいるのを見て、普段少女がグリーフシードをしまっているネックウォーマーの内側を確認するが持ち合わせがないのを見て諦める。
「それにしても母親が燃えた、ねえ……」
魔女に家族が殺されたとは聞いていたが、13才の女の子が味わうにはそれなりに惨いものを見たのだろう。シュウに担がれながら静かな寝息を吐く彼女を気遣うように視線を向けながらも、結界中心の社の向こうから一際大きな戦闘音が響くのに意識を切り替える。
距離はそれなりに離れているようだったが、少年の脚力なら眠りにつく少女ひとり抱えていてもウワサの使い魔らしき浮遊する絵馬を避けつつ橋から橋へと飛び移っていけば20歩もかからなかった。口寄せ神社に現れた怪物、桃色の車輪で紫色の胴体を支え頭部から毒ガエルのような色をした足を生やしたウワサの方へと駆けつけると、いろはを背後に庇うようにして戦いを繰り広げるやちよと、外部から結界のなかに侵入して合流したのだろう鶴乃ともう一人見覚えのある魔法少女が怪物と戦いを繰り広げていて。
「
巴マミ、かえでが絶交ルールのウワサに囚われることとなった日に遭遇した神浜市の異常性について調べを進めていた魔法少女。リボンを幾重にも展開してウワサの突進を受け止めた彼女はやちよや鶴乃と連携し強烈な銃撃を見舞っていたが……通じていない。
相性がよほど悪いのか、放たれた銃弾はウワサに傷一つ与えることができずに弾かれていたが、合わせて突撃した鶴乃の炎撃を浴びても平然と彼女を吹っ飛ばしたのを見るに尋常ではない防御力を持っているようだった。
「……あの調子じゃ俺の攻撃も効きそうにないか? 魔法少女4人の魔力で重くした木刀車輪にでも挟めば動き止められるかね……」
結界下層で戦いを繰り広げる彼女たちの戦況をを上方から俯瞰しつつ、フェリシアを抱えながら橋を飛び降り真上から奇襲の一撃を叩き込もうとしたシュウだったが。
もぞりと抱える少女が動いたのに、口元を歪め渋面を作る。
「おいフェリシア、今動くのはちょっと危な――」
「Mg砕 非■壊aaM<蓋」
「――ぁ?」
メリメリと。
腕に抱えていた少女の腹を裂いて現れた異形の姿に、少年の思考が止まる。
「………………なん、で」
思考は止まる。それでも身体は反射的に動いた。
ドクドクと脈打つ肥大化した臓器に重機のような金属塊を取り付けた異形、今も担いでいるフェリシアの胎から飛び出した怪物に黒木刀を振るいフェリシアと繋がる肉塊を切り捨てようとして。
その上から、鋼の蹄に叩き潰された。
カミハマこそこそウワサ噺、本日の口寄せ神社3バグ
・シュウ
訪れた彼から得られた情報の他に「余分な要素」が2つ混ざったため非常に脆く、そして限りなく本人に近い母親が形作られた。ウワサもそれに影響され残滓から汲み取ったものをシュウに伝える。
・いろは
そもそも世界から情報が欠損している。それで本人に近い存在など作れる筈がなかった。
・フェリシア
情報を集める過程で