環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
たまには読者の需要を聞いてみるのもいいものだと知った。
その敗北は、想定の外にあった。
常人の放ち得る範疇を超えた一撃。尋常ならざる脚力によって打ち抜かれた黒木刀によって開かれた風穴を複数の補填機能で埋め合わせようとしたが、塞がらない。
血と呼ぶのも躊躇われるドロドロとした赤黒い液体。それを溢れさせ広間を汚すに留まる。
ズシリと、結界が揺らいだ。
軽トラックじみた巨体が倒れたことによる震動と、空想の神性によって支配された世界がその軛を喪ったことによる崩壊の予兆──。水名神社に重なるようにして展開されていた口寄せの社は今にも消え去ろうとしていた。
『──、』
七海やちよ:神浜市の魔法少女。武装は槍。口寄せの対象は幼馴染の梓みふゆ。参拝者の記憶と本人提供のデータをもとに極めて精巧な分体を構築、魔法少女としての戦闘も為すほどの完成度を誇るも環いろはによって破られ消滅、七海やちよもウワサへの取り込みは成らず。魔法少女がウワサに逆らった段階で交戦するも彼女の攻撃は全く効果を示さなかった。
損傷甚大、修復は不可能。間近に迫った己の消滅を前に、けれどそのウワサが恐怖を抱くことはなかった。
そもそも自己の消失に対する恐怖などという余分な機能など己には、ウワサには備わってはいない。あるのはただ生み出されると同時に与えられた存在意義と、それを果たすべく有する複数の機能のみ。彼らは己の行動の結果どのような状況が生まれるのかにも頓着せず、ただ粛々と創造主の意に従っていく。
そんなウワサのなかでも、マチビト馬は――口寄せ神社にカミとして据えられたウワサは、ある意味で他のどのウワサをも凌駕する特質を有していた。
願いを叶え祈りに応え、参拝者の逢いたいと願った者との逢瀬を果たす御神体として形作られた架空の神性は、
祈りを願いを叶えてもらうことで呪いを討つための力をもって魔女と戦う魔法少女は、祈りを捧げられ願いを叶えるカミに対しその力を通すことができない。磁石が同極同士では決して繋ぎ合わさらないように、河川の下流を流れる水の流れが決して川を逆流して上流にまで行きつくことがないように、同じ属性に位置するが故にその力は届かない。
環いろは:宝崎市の魔法少女。武装はライトボウガン。口寄せの対象は妹の環うい。情報が欠損していたため本人の記憶をもとに構築するも疑似人格を持った分体の作製は失敗。戦闘時における環いろはの攻撃は全く効果を示さなかった。
信仰もなしに歴史もなしに作られた偽物の神であろうと、それは本物の神に相応しい横暴さと強権をもって己の法則を押し付ける。マチビト馬と呼ばれるそのウワサを魔法少女が倒すことは不可能であり――故にこそ、その神を打倒するのに求められ、そして討ち取ったのたのは祈りを反転させた呪いの力だった。
『善佳善zy、義……』
深月フェリシア:神浜市の魔法少女。武装はハンマー。口寄せの対象は母親■■。情報の欠損あり、再現は成功するも彼女の死因を再現するにとどまる。
戦闘時、神浜市に展開されたシステムの影響を受け■■■■を召喚。現れた■■■■による攻撃は魔法少女の攻撃を阻む神性に対して有効打となった。
自らを構成する機能の大半が既に停止し、崩れゆく社から立ち去ろうとする者たちを追うことも配下の絵馬をぶつけることもできはしない。一部のウワサが有する撤退用の転移機構も己には備わってない以上間もなく口寄せ神社ごと消えるであろうことを無感動に認識しながら、ウワサは黒々しい眼窩を蠢かせ情報のひとつひとつを精査し送信していく。
桂城シュウ:高い身体能力の少年。武装は魔女の欠片。口寄せの対象は母親の桂城理恵。スキャンの結果見出された情報集積体から形成された再現体は限りなく本人に近い存在を形成するも過負荷により自壊。
Loading……検索完了。観測された魔力波長が還御の魔女と一致。情報を記憶キュレイターに送信します。
嗚呼、口寄せ神社に鎮座した仮想の神としてのマチビト馬はここで消えるだろう。
だが――それが、ウワサとしてのマチビト馬の喪失に繋がる訳ではない。ウワサは常に創造主によって綴られる
例え己に課せられた役割を完遂することができずとも。観測した情報は、演算された数値は主に、そして次に大本の魔本から生み出されるウワサに引き継がれていく――、全ては主の掲げる目的の為に。
そうして、観測したデータのすべてを送信して。
役目を果たしたマチビト馬が、機能を停止させ口寄せ神社の結界とともに消え去る直前。
『――』
絶叫とともに、新たに少女たちを呑み込む魔女の魔力を観測した。
「ぁ……」
どさりと、倒れる。橋の上にうつ伏せになって転がる格好になったいろはは、数瞬を置いて傍らにまでやってきた愛おしい少年の気配に目元を弛める。力を振り絞るように身体を転がし仰向けになった少女は、不安そうな顔でこちらを見下ろすシュウを見上げ精一杯の微笑みを浮かべる。
そこでようやく、少年はほっとしたように息を吐いた。
「――援護、助かった。どうだ、立てそうか?」
「ちょっと、まって。……ごめん、少し厳しいかも――ひゃっ」
躊躇なく背に腿に手を回されるのにぴんと背筋を伸ばす彼女をお姫様抱っこの状態で持ち上げる。背後で魔力の気配が霧散すると同時光を発して崩れ去っていく結界――、ウワサの消滅とともになくなっていった結界から抜け出した少年は、いろはを抱き上げながらすっかり暗くなった夜空の下へと進み出てていく。
水名神社の本殿前、結界を抜け出たシュウは恋人を腕に抱えながらほっと息を吐く。満身創痍の体に鞭打ち足を踏み出した少年は、鳥居の前にフェリシアを横たわらせ2人を待つ魔法少女の姿を見ると平然とした表情を取り繕い彼女たちのもとに歩み寄る。
頭を膝上に乗せるようにしてフェリシアを寝かせるやちよは、恋人を抱きかかえながら近づく少年に気付くと呆れたような安心したような微笑を浮かべる。
「無事なのはわかっていたけれど、元気そうで何よりだわ」
「まあ、今回は特に危なかったですからね……、いろはが調整屋で強化されてここ数日は神浜の魔女とも十二分に戦えるようになっていただけにだいぶ痛い目を見ました。痛い目に逢わせてきたのフェリシアですけれど」
「……魔法少女の攻撃がまったく通じないウワサにも驚かされたけれど、問題はそれよね」
頭を痛めるように眉根を寄せ、寝かせるフェリシアを見下ろすやちよは彼女の頭を撫でながらぽつぽつと肉付きの薄い唇を震えさせ把握した情報を紡いでいく。
「息はある。外傷も……魔女と繋がっていた腹部にも傷はなし。そして──ソウルジェムにも、穢れはない」
「……」
フェリシアが意識を失う前。彼女のソウルジェムが濁りに濁っていたのを知るのはシュウだけだ。ウワサの見せたものに取り乱したフェリシアがいつの間にかソウルジェムを綺麗に浄化していたことに驚かされながらも、そこで違和感を覚えた。
まるでソウルジェムの穢れがフェリシアの異変に関係していると言わんばかりのやちよの言に眉を潜めるが……彼が選んだのは沈黙だった。
抱き上げるいろはの首元を彩る装飾に視線を向ける。この修羅場である、大技も用いてウワサを牽制した彼女のソウルジェムは半ばまで黒ずんでいた。
「いろはの方もちょっと穢れが溜まってきてますね……グリーフシードの残りもないしどうしたもんかな」
「それなら調整屋に向かいましょう。みたまに借りを作るのは避けたいところだけれど……こればかりは仕方ないものね」
調整屋であれば緊急用のグリーフシードも持ち合わせがあるでしょうと語るやちよに、真っ赤になった顔を両の手で隠しながらいろはがありがとうございますと蚊の鳴くような声で囁く。せめて人前でくらい下ろしてと抵抗するのも黙殺される彼女は年上の女性からの視線に爆発しそうになりながらシュウの腕のなかで悶えた。
「……んぉ、ぐ……、あれ、オレいつの間に寝て……。うわぁあ鶴乃ぉ!?」
「よ、良かったー! 皆、フェリシアが起きたよー!!」
「……傷も、ない。いろいろと気になるところはあるけれど、ひとまずは一件落着でいいのかしら……?」
目を覚ましたフェリシアが鶴乃のハグを受けうごごと唸るなか、口寄せ神社のなかで1人グロテスクな様相になり果てていた彼女を見ていた少年少女は安堵と心配のないまぜになった表情で顔を見合わせて。
共にウワサの内部で戦いを繰り広げていたマミもまだ混乱から冷めやらないでいるなか、どう説明したものかと頭を悩ませ――、そこで、ぴたりと少年は体を強張らせた。
シュウくん……?
呼吸を止め水名神社の本殿を振り返ったシュウの腕のなかで、彼の異変に気付いた少女が見上げてくるのにも応えられぬまま、その目に警戒と焦燥、怯えの色で染めながら。
いろはを下ろして。黒木刀を手に取った彼は、混乱を露わに呻き声を漏らす。
「……なんで」
「なんで……?」
それを、ずっと彼女は見ていた。
口寄せ神社に少年と魔法少女たちが足を踏み入れたときも。
探し求めていた相手との邂逅を果たした少年少女がウワサの手に堕ちることを否定し社の番人であるマチビト馬との交戦を繰り広げたときも。
神浜市でウワサの調査を進めていた魔法少女巴マミが、ウワサと交戦する魔法少女に加勢すべくウワサの結界に突入したときも。
ソウルジェムを黒く染めたフェリシアが、その腹部から魔女を生み出して少年を叩き潰したときも。
――少年と共にウワサを打ち倒した環いろはが崩れ落ちて倒れたときも、ずっと、ずっと見ていた。
『――』
ウワサの結界も消え去り。倒れたいろはを抱き上げ仲間と合流した少年は、力尽きた恋人を気遣いながらも安堵の笑みを浮かべ少女たちと労いの言葉をかけあっていた。フェリシアも意識こそなくとも状態は比較的落ち着いているようで、度重なるイレギュラーに見舞われていた魔法少女たちも緊張を解き笑い合っている。
……あまりよくないと、素直に思った。
今抱える複数の情報をすり合わせる。視界に入ったソウルジェムの状態を確認し、彼女たちの消耗の様子を把握して。速やかに、己の役割を果たすべく行動を起こした。
余力はなく。けれども余裕はある――、ならば、それは最後の詰めだった。
手持ちのグリーフシードを、神社の境内にぽとりと落とす。
以前討伐されてから穢れを存分に溜め込み。保護膜を解かれた状態で地に落ちた
二度、景色は色を変えた。
紅の社が崩れ落ち、穏やかな静けさに支配された神社はもう周りにはない――、満身創痍の彼女たちを取り込んだのは、広大な
「っ!?」
「嘘でしょ、魔女……!? こんな時に――!」
ぎしりと。頭の内側で、何かが軋んだ。
「ぇ、嘘。シュウ、くん。これ――」
傍らの少女の声すらも、あまりに遠かった。
掌を湿らせる汗で滑り落ちそうになった黒木刀を握りなおして。体が心が今にも膝を折りそうになっているのを自覚しながら、彼は結界に取り込まれた自分たちの眼前で蛹のように薄黒い被膜に包まれた巨体を蠢かせる異形を見つめて。
やめてくれよと、心の底からの本音を漏らす。
「――なんで、よ」
あぁ、でも。
限界なのは自分だけではなかったのだ。
「どうして。私は、あの時たしかに倒して……」
そういえば目の前の化け物は、彼女にとっても確かな喪失の象徴だったか。
ほとんど泣きそうになりながら紡いだのだろう悲嘆や絶望にも、けれど自分には何の慰めの言葉もかけられなかった。
そんな余裕なんて欠片も残ってはいなかった。
自分も、彼女も。
この時から――あるいはずっと前から、間違え続けていた。
『S、lyu』
蛹を脱いだ蝶が羽化するように、巨体を覆う被膜を破り捨てて。黒樹で編まれたドレスを翻した魔女が、のっぺらぼうの顔で結界に取り込んだ少年を、少女を睥睨する。
――多分、勝てる。その筈だ。戦力は揃ってる、俺だって魔女に通じる武器を持ってる。前とは、何もできずに家族を殺された時とは違う。
――その後は?
――
その疑問に。
シュウには、解答を出すことができなかった。