環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
疑念がなかったといえば、嘘になる。
魔法少女がソウルジェムを穢れで濁らせた結果何が起こるのか、少年の身の回りに答えることのできる魔法少女はいなかった。
いろはの申告とソウルジェムの浄化について彼女を経由してキュゥべえから聞き出した情報から、少年は倦怠感と魔力の欠乏、それが魔法少女がソウルジェムの浄化を怠ったことで生じるペナルティだと少年は認識していた。
間違いだった。
手懸かりが、兆候があったはずだ。だけど自分は見逃した。
フェリシアのソウルジェムが濁ったのを確認したあとに魔女が現れたはずだ、あれこそが明確な答えだった筈だ。何故気が付かなかった? 彼女の腹部から飛び出した魔女の様子が寄生虫じみていたから認識が歪められていた? 違う、そうじゃない。――認めたくなかったのだ、自分は。
――ういの病気が、治りますように。
――今の私なら。シュウくんのことだって、助けられるから。
彼女の願いが、その果てに得た力の末路が、あのようなものになり果てるなどとどうしても認めることができなくて――、だから、目を逸らした。逸らしてしまった。
その結果が、これだった。
「……あ、ああ。あああああ」
また、まただ。
また自分は――大切なものを、目の前で。
『詞mアあmo──』
ぴしりと。自らを構成する支柱全体にひび割れが走るのを自覚した。
***
誰もが疲弊しきったタイミング。ようやくこれで終わりなのだと、束の間の安堵を嘲笑うようにして現れた魔女の存在に、誰もが動きを止めていた。
「──っ」
悪夢なら覚めてくれと悲歎に暮れる。
どうしてよりにもよってこのタイミングなんだと、作為さえ感じるできすぎた状況に疑念を過らせる。
またお前は俺から奪うのかと、あらゆる感情を焼き焦がす憎悪を燃やして黒木刀を握った。
突如として現れた黒樹の魔女。口寄せ神社が消失した直後に姿を現しその場にいた面々を結界に取り込んだ魔女に、疲弊した魔法少女たちは即座に反応できない。
だから、自分が行かねばならなかった。
「すいませんやちよさん、いろはをお願いします」
「シュウ、く──」
「っ、桂城くん!?」
夢にまで見た白亜の地をひび割れさせながら踏み込み、前へと飛び出す。
背後から飛んだ制止の声に意識を傾けはしない。手の中で脈打つ黒木刀を万力の力で握りながら、骨肉の軋む感覚を無視して白亜の広間を駆け抜けていく。
『 オ 』
数十メートル先、自らに迫るシュウに気付いてのっぺらぼうの頭部を揺らしながら身を震わせた魔女の纏う黒樹が膨張した。
──来る。
打ち出された黒樹、己を串刺しにせんと迫った複数の槍を打ち払いかわし、満身に力を込め刃を振り抜いて続く一撃を切り捨てた。
くるくると宙を舞った黒枝が、少年の背後で音を立てて地面に落ちる。
「……!」
勢いを殺しはしない。靴底を潰しながら踏み込み、魔女の一撃を迎撃した腕の痺れを無視し弓なりに過重の黒木刀を振りかぶる。
擲たれた重量が掌から消える。頭部にかつての己の一部が着弾し苦悶の声をあげる魔女が身を揺らすのを確認することもなく跳躍した。
直前まで少年のいた場所へ振り下ろされた樹木を踏み抜き、黒樹を足場に魔女の巨体を駆けあがる。億劫そうに振り払おうとする魔女の腕をかいくぐり魔女の首元に刃先を埋めていた黒木刀を掴むと自身の全体重を乗せ傷口を裂くようにして首元を削り落とした。
『――■■■!?』
「は、はははっ。そうか、そうか――。これなら、お前にも通じるんだな」
以前迷宮の魔女結界で遭遇した食人花の使い魔はいない。領域のなかで孤立したシュウを狙う影は目の前の愚鈍な魔女以外にはいなかった。魔女の首元を削ぎ落し反撃の一撃を回避して着地したシュウは魔女の血を刃から滴らせる黒木刀と魔女の喉に刻まれた傷を見てうっすらとした笑みを浮かべる。
あの日、初めて魔女という存在に遭遇したときと比べ自分が明確に強くなったという訳ではない。
知識がある。武器がある。経験がある。かつての喪失を糧に培ってきたものが今、再度現れた家族の仇を前に少年の攻撃を通用させる一手となって彼の支えとなっていた。
敵とすら認識していたかもわからない魔法少女でもない少年に傷を負わされたのがさぞ不快だったのだろう。唸り声をあげ射出した樹木の槍を迎撃し回収した黒木刀で切り飛ばした少年は、続く黒枝の刺突を回避すると背後を振り向いて声を張り上げる。
「――巴さん、フェリシア、援護を! これなら、消耗した状態でも十分倒せる!」
後方に向け支援を呼びかける。視界の奥で見覚えのあるハンマーが巨大化するのを確認し目を細めた彼は黒樹の魔女の方に向き直ると呼吸を整え得物を力強く握る。
自分の負わせた傷そのものはたいした損傷でもない、それは何度攻撃を繰り返したことで同じことだろう。この黒木刀とて元は眼前の仇敵の置き土産なのだ、所詮は魔女の纏う黒枝と同じ素材でしかない黒木刀では有効打にこそなれど致命打になりはするまい。
けれども全く効かない訳でもないのならば、それで十分――、魔法少女たちの一撃ならば、忌まわしい魔女の命にも届く。
「――勝てる」
ああ、そうだ。勝てる、絶対に勝てる、勝たねばならない。負ける要素は存在しない、だから今は早く、
一刻も早く目の前の魔女を殺してグリーフシードを回収することに専念するのだ。
早く、ソウルジェムを浄化しないと――、
そこまで考えて、脳裏を過ぎった身近にいた人物の横顔に少年はぞわりと背筋を寒くする。
待て。
どうして自分は今、母親のことを――、
何かを見落としたと直感する。致命的な欠落、けれどそれを記憶や手持ちの情報から見出すにはあまりにも時間が足りない。
『キっ、虞>lソzるr■――』
「――っ」
考えている暇はない。ドレスを構成する黒枝を伸ばしての刺突を握りなおした黒木刀で弾いたシュウは、後方から迫る魔法少女たちの気配を察知しながら駆け出していく。
直感なんてもの、決して全幅の信頼を置くことのできるようなものではない。けれども――嫌な予感というものは、一番最悪なタイミングに限って的中するものだ。
事態は、既に動き始めていた。
***
何度、自分の無力を悔やんだかわからない。
隣に引っ越してきた彼や彼の家族と打ち解けてきたころから、いつだって私はシュウくんと一緒だった。
ずっと、ずっと一緒だった。ずっと――彼の後ろに、ひっついていた。
甘えてばかりだった。忙しいお父さんやお母さん、病弱なういには話せないような相談事をできるのは私の事情をよく知るシュウくんだけだったから。彼の気遣いに私はずっと寄りかかって、家族にも言えないような弱音を、不安を吐き出していた。
支えてもらってばかりだった。入院するういの容態が悪化したとき、苦しいと目に涙を浮かべ喘ぐ大切な妹が懸命に病気と戦っているのを私には見ていることしかできなくて。何もできずに俯く私の隣で、シュウくんはその暗い顔をういに見せるのはやめろと、自分たちに病気を治すことはできないんだから少しでも励ませるように振る舞おうと背を叩いて叱咤してくれて。外に出られないういを元気づけるために料理を始めたときも智江お婆ちゃんにも声をかけてくれて料理を勉強するのにも協力してくれていた。
私が一番辛いとき、彼はいつも傍らで支えてくれた。
守ってもらってばかりだった。
魔法少女として戦うようになってからだけの話ではない。路地の死角から自転車に乗った学生たちが飛び出してきたときは真っ先に反応して私を引き戻してくれていた。コミュニケーションも苦手でクラスの雰囲気になかなか馴染めずにいた私に自分の部活動や友だちと遊ぶ機会を使って石のように固まる私の緊張をほぐして他人とのふれあいに慣れることができるように過ごす傍らで、私のことが気に入らずに嫌がらせをしようとしていた女の子のグループに釘を刺しに行っていて。
きっと、私の認識できたもののほんの一部で。彼は、私のことをずっと守ってくれていたのだろう。
好きだった。本当に好きだったのだ。
彼の笑顔を見ると心が温かくなって、彼が他の女の子と仲良く話していると胸の奥が苦しくって。それが恋なんじゃないのと、ういや灯花ちゃん、ねむちゃんに指摘されて意識するようになってからはその感情はいっそう大きくなって。誰にも取られたくなくて、私だけを見ていて欲しくて告白して……付き合うようになって。
幸せだった、本当に幸せだった。一緒に居る間は満たされていたと心から言えた。家族と、シュウくんと、彼の家族とずっとこんな日常を過ごせるんだと無根拠に信じていたのだ。
そして――だからこそ、私は自分の不甲斐なさを許せない。
ういの病気を治してほしいと願って、魔法少女になって。シュウくんに助けられてばかりだった自分から少しでも変われると信じて魔女を倒すために奔走しても、私には彼を、彼の大切な人たちを守ることができなかった。
私は恨まれて当然だった。何故間に合わなかったんだと、どうして自分の家族は助けられなかったんだと罵られて当然だった。なのに――シュウくんは、魔女と戦う私の身を案じて怒りを露わにして。魔法少女をやめてくれと、いろはまで失いたくなんかないと言ってくれていて。
嬉しかった。彼が私のことをまだ大切な人として認識してくれていたことが。
悔しかった。家族を失い苦しむ彼に対して何の助けにもなれない事実が。
情けなかった。私のことを心から心配して魔法少女をやめてくれと言ってくれた彼に、少しでも安堵してしまった自身の浅ましさが。
だから、私は。魔女と戦うことを譲らなかった私のことを護るといってくれた彼に対して少しでも報いれるように。黒刀を振るい前へ出る彼への助けになろうと、決めた筈なのに。
何もできずに、かつて彼の家族を奪った魔女と戦う彼を、呆然と見つめることしかできなかった。
「なん、で」
「なんで、よ――」
どうして倒した筈の魔女がこの場に。何故自分の身体が動かないのか。なんで――魔法少女でもない彼が、傷つかなければならないのか。
疑問が、焦燥が、葛藤が渦巻く。今すぐにでも前線へと駆けつけようとしても意思に身体がついてきてくれない。
動いて、動いてよと念じて前に進もうとしても力の抜けた身体では這うことさえままならない──、桃色の瞳から涙をあふれさせ、気を抜けばそのまま力尽きそうになる身体を動かし顔をあげた少女は、胸中に溢れる激情のまま傍らのやちよにすがり付いた。
「やちよさん、お願いします……、私を、シュウくんのところに連れていってください……!! あの魔女は、あの魔女だけは、放っておいちゃ駄目なんです。お願いします、私、シュウくんを、助けないと──っ」
「……、駄目よ、環さん。それは……駄目。現実を見なさい。今の貴方では助けどころか足手まといにしかなりはしないわ。今彼に対して貴方ができることは、気をしっかりと持つことだけよ。苦しいでしょうけれど、それに心を腐らせては駄目──、堪えてちょうだい」
「あれは……あの魔女はシュウくんの家族を殺した魔女なんです……! 早く、シュウくんを助けないといけないのに、私じゃあそこまで歩くこともできない……! お願い、お願いです、私を連れていけないならせめてここに置いて シュウくんを助けてあげてください、お願いします! 自分の身くらいは守りますから……!!」
「──っ、あの魔女が……桂城くんの家族を……? でもどうして、よりにもよってそんな魔女がこんなタイミングで……? ……鶴乃、環さんをお願いできる? 流石に状況ができすぎている、裏で何が起こっているのか把握することもできていないけれどせめて自分の目で確かめてみないと──」
「う、うん。でもほら、向こうじゃもう決着が着きそうだよ! シュウくんの動き凄いよ、魔女を相手に一歩も引いてな──」
……ぇ。
一歩も、引いてない。……本当に?
決定力に欠ける為にどんな魔女と戦っているときでも、高い身体能力を余すことなく発揮した
最早視界さえも朧気ななか聞き取った鶴乃の言葉に戦慄を覚えたいろはは、涙に濡れた顔を上げ懸命に意識を集中させ目を凝らす。
脳裏をよぎるいつかの悲劇。魔法少女としての最初の、そして最大の挫折。
食人花の蠢く白亜の迷宮。黒い魔女の君臨する広間で、恋人の父親が、祖母のように慕っていた家主の老婆が血だまりに沈んで倒れていて。
そして彼は、全身を傷だらけにして魔女の前で膝を着いていて、黒樹を纏う異形は今にもその腕で彼を捕らえ握りつぶそうとしていて──、
『Arr、■忌hhhha――――!!』
白亜の結界が震撼した。
「わわっ!?」
「っ、今のは──?」
「──ぁ」
魔女の結界の中心から拡散された、魔法少女たちの足元をグラリと揺らす震動。吹き荒れた魔力の気配に戦闘に繰り広げられていた広間の奥を見つめた少女たちは、直後に目にした光景に驚愕を露わに硬直する。
「いやだ……、やだよ」
爆発した魔力の余波、バラバラになった黄色いリボンがひらひらと舞うなか、白亜の地面に血の痕を刻みながら少年の身体が転がる。
血みどろになって身を起こしたシュウは、力なく身を揺らし。手元から零れ落ちた黒木刀を転がし、がくりと崩れ落ちる。
「やだ――、シュウくん!!」
ドロリと。
先達の魔法少女の意識が魔女の方へと向けられた瞬間、何かが噴き出した。
少女のソウルジェムが、黒く、黒く染め上げられる。
***
チカチカと、視界が赤黒く明滅した。
視界を濡らす血を拭おうと手を持ち上げようとして――皮を肉を削られ露出した白いものにさえも裂傷を刻まれるグロテスクな惨状に気付いた少年は、片腕を動かすのを諦めふらつきながら起き上がる。
一度は手放した黒木刀を無事な方の腕で握る。握る、が――、果たして何度、魔女と攻防を繰り広げるだけの膂力を発揮できることか。
「ヅぅ、あ……くそっ」
――失敗した。
フェリシアとマミが合流してからはまだ良かった。ウワサとの戦闘に介入し消耗してもなお卓越した戦闘能力を見せたマミ、魔女が腹部から飛び出すイレギュラーを経て何故か全快したフェリシア。
彼女たちも加わっての猛攻も相まって、着実にあの魔女を追い詰めることができていたのだ。
銃撃と斬擊による牽制と本命の大槌の組み合わせは防備を固めた魔女を守りの上からごりごりと削り殺し、あと一歩で打ち倒せるというところまでは上手く進んでいた。
だが……そのあと一歩で、詰め切れなかった。
フェリシアのハンマーを浴びふらついた魔女に、全方位から伸ばされたマミのリボンが絡みついて。ギシギシと布地を軋ませながらも怪力にも負けずその巨体を締めつけ動きを封じたリボンに魔女が沈黙するなか、一気呵成に畳み掛けようとして──爆発した。
シュウも黒木刀で魔女や使い魔と交戦する際にはよく使っていた、接触した対象から魔力を吸い上げることで黒樹の重量を増し、蓄積した魔力を放出することで瞬間的な破壊力を獲得し木刀の重量を軽量する機能。
元はといえば魔女の肉体の一欠片でしかない黒木刀にそれができて、オリジナルである魔女にそれができない筈がなかったのだ。
「、──っ!!」
魔女の身を守るようにしてドレスの形を構築する黒樹、リボンを引きちぎりながらそれらが起爆、回転した瞬間シュウは咄嗟に付近のフェリシアのフードをひっ掴んでは背後に向け放り投げ、自身もまた後方に跳躍しながら黒木刀を縦に構えていた。
軽率に受け流そうとしていれば、後方に跳んで黒い暴風から逃れるのが一歩遅ければ飛んでいたのは首か腕か胴か……全身を刻まれ指が落ちかけるよりは酷い有り様になっていたのは想像に難くない。
「……、は、ハハハ」
即死してもおかしくない一撃だった。だが──生き延びた。
笑う。嗤う。
もう笑うしかなかった。いや──笑うだけの余裕が、今の彼には残っていた。
以前眼前の魔女と戦ったときのことを思い出す。
家族が倒れるなか何もできなかった悔恨があった。初めて浴びた怪我らしい怪我のもたらす苦痛があった。紅い血とともに零れ落ちていく命への絶望があった。……己の悉くが通じない怪物という未知への、恐怖があった。
置き土産を木刀の形に整えて魔女との戦いに臨むようになっても、最初に遭遇した魔女の存在はずっとトラウマだった。底の見えない怪物という印象はウワサを討ち取った直後に対面することになっても変わらず、戦っているときもずっと心身を無理矢理に奮い起たせていた。
だがこの瞬間。追い詰められ、身を削られ、拘束された上から止めを刺されそうになっていた魔女は、あらゆる手札をさらけ出していた。
未知の怪物は、既知の脅威へと変わる。
厄介な黒樹のドレスも魔力をさほど溜め込んではいなかったのだろう、拘束から抜け出すための一発であらかさまに萎び細くなっている。編み込まれた黒枝の隙間が開いて魔女の守りもあらかさまに手薄となっていた。
この状態ならば、万全のシュウであれば首を跳ね飛ばして打倒するのに10分もかかるまい。魔法少女たちが健在ならば猶更だった。
嗚呼、だから。今この時、彼が最も恐れていることは──、
恐れて、いたことは――。
……、…………。
…………………………………………………………………。
「……待ってくれよ」
『──Spぎ菟✖!?』
「…………ようやく、超えられそうな気がしたんだけどな」
「巴さんも、フェリシアもいたんだ。本当に、あと少しで、あと少しで、こいつを倒せたのに」
「……どうして、間に合わないんだろうなあ、いろは」
***
『――、環さ――、っ、ソウルジェムが、もう――、っ。――たま、きさん――』
「ぁ……」
誰かに、呼ばれている気がした。
(やちよ、さん……?)
共闘していた先達の魔法少女の居た場所を振り返ろうとして、誰もいないことに気付く。
何も聞こえない。
何も見えない。
彼女の周囲は、どこまでも続く暗闇に包まれていた。
「――やちよさん? 鶴乃ちゃん……? マミさん。フェリシアちゃん……?」
「シュウくん……どこ?」
そこで、思い出す。
結界全体を揺るがすような一撃を放った黒樹の魔女の前で、全身を血で濡らしていた恋人の姿を。
「いかな、くちゃ――」
どこに?
「シュウくんのところに。今すぐ行かないと、シュウくん、が――」
何をしに?
「あの魔女を倒して、シュウくんを守らないと。……あの魔女は、倒したはずなのに。どうして、どうしてまた、シュウくんを」
貴方が何の役に立つというの? ……初めてあの魔女と戦ったときでさえ、シュウくんのつけた傷を狙わなければ傷一つつけることのなかった貴方に。たった今も、歩くのも覚束ない状態でずっとやちよさんたちに庇ってもらっていたのに。
「それ、は」
やちよさんが、鶴乃ちゃんが貴方を放って魔女のところに行っていればシュウくんは怪我をしないで済んだ。また、あんな魔女と戦う必要もなかったかもしれないのに――一番彼のところにいないといけない戦力を、貴方が無駄に押し留めた。
「それは……、それでも、私は。ううん。足を引っ張っちゃったからこそ、私が――ぁ?!」
いろはの言葉を遮るようにして喉元を細い腕が掴み上げ、苦し気に少女が喘ぐ。
誰かがいる。
目に涙を浮かべたいろはが手を振り払おうとするが、首を締め上げる手を両手で引き剥がそうとしても彼女を捕える手は指一本動きはしなかった。より一層強い力で気道を圧迫され、悶えた少女の唇から掠れた声が漏れる。
『――貴方ではダメ』
貴方では、シュウくんを助けられない。
『――貴方ではダメ』
貴方では、シュウくんを守れない。
『少しだけ、眠っていて。シュウくんは……彼は、私が必ず――』
意識が、落ちていく。より深く、より重たい淀みへ。
その直前、いろはは、自分を絞め落として暗闇から立ち去ろうとする
(あれ、は――わた、し?)
――そうして、意識を失っていたいろはがゆらりと身を起こす。
「いろはちゃん! 一体どうし……いろはちゃん?」
「っ……、鶴乃、下がって」
――いない。
結わえられていた髪が解ける。
彼がいつも愛おし気に、割れ物の硝子を扱うよりも丁寧に撫でてくれる、密かに自慢にしていた髪だった。
「まず、早くシュウ助けないと――、いろは!?」
「環さん待って……、あの姿は――!?」
――いない。
伸びた髪の先に、何カが形づクラレテいく。
『――』
「……待ってくれよ」
――見つけタ。
アアそうだった、魔ジョが、いたんだった。
倒さ、ないと。
『──Spぎ菟✖!?』
「…………ようやく、超えられそうな気がしたんだけどな」
「巴さんも、フェリシアもいたんだ。本当に、あと少しで、あと少しで、こいつを倒せたのに」
シュウ、くん。シュウくん。シュウくん。シュウくん。シュウくん。
もう、大丈夫だよ。酷い魔女はやっつけたからね。だから、だから――もう、戦わなくたっていいんだよ。私はこんなに強く、なあって、タんだよ?
「……どうして、間に合わないんだろうなあ、いろは」
ダから、ねえ。そんなに、苦しそうなカオ、しないで――。
「……ごめんな」
?
「すぐに、元に戻すからさ。フェリシアが平気だったっぽいし、多分その魔女さえ倒せば元通りだよな? 頼むから――元に、戻ってくれよ」
うん、うん。イッショに、家に、おうちに帰ろう?
ケガを治さないとね。コんなジカンだから、ごはんをたべて、おふろにハイッテ、ゆっくり眠って――ずっとずっと、イッショに、いようね。
ほら、一緒に――。もう、早いよ。待っテ、いかないで。
えへへ、追いついた。ようやく。ヨウヤク、私は。
シュウくんの、隣で――、
「……ウワサとやらを追って来てみれば。随分とまあ、奇妙なことになっているようで」
……誰?
あれ……、シュウくん、は?
『■シ■■う、K?』
「……はあ。仲睦まじいのは結構、ですが……いわゆる修羅場、という状況であってもここまで痛めつけるようなことはないでしょうに。 まあ先ほどまでの魔女の気配を踏まえればこれを全て貴方がやったとは思いませんが――おっと」
やめて、ヤメテ!!
シュウくんを、シュウくんまで、私から取らないで。奪わないで!
ういだって、ういだっていなくなっちゃって、シュウくんまでいなくなったら。私は、私は――!!
「――ああよかった、生きていたんですねシュウさん。思い切り締め上げられていたので最悪の事態を覚悟し……殺さないでくれ? ……そこまで物騒な雰囲気出してましたか、私。それはまあ、少し怒ってはいましたが……」
「えぇ、ご心配なく。ですが――異形の方は、確実に
迫る私の一撃、津波のごとく押し寄せた白い布を前に、彼女は涼しい顔で構えを取って。
「――いろはさん、ですよね? もしそちらの魔女と痛覚が繋がっていたら、申し訳ありませんが。その首、頂戴いたします」
白椿。
そんな声と同時に、白い花弁が舞う。
――違う、これは、はなびらじゃ、なくって。
「……ぁ」
綺麗な……本当に綺麗な、華の剣だった。