環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
死せども死ねぬもの
ずるりと、血に濡れた帯が断ち切られ地に落ちる。
──誰の血?
閃く白華の刃。ワタシの身が刻まれる、差し向けた帯の奔流も鮮やかな剣舞にあっけなく切り捨てられた。
──わた、し。そうだ、シュウくんを、助けるために。なのに、抵抗するから、ずっと、イッショにいよって、なのに。
『──いろ、は』
──あ、ああ。違う、違うの、シュウくん。わたし、ワタシ、私──、こんな、こんなっ。
『──これにて、終いです』
白い、花が舞うなかで。ワタシの、首がずり落ちて──、
……ぁ、れ。
気付けば、暗闇に居た。
周囲には何もない。誰もいない。どこまでも広がる暗闇のなかで、いろははぽつんと佇んでいた。
「ここ、は……」
誰かいないかと周りを見渡し、果てしなく続く暗闇に不安を露わにして途方に暮れた彼女は、やがて真っ暗な世界のなかにもう一つの気配を知覚する。
感知した気配は恋人のものでもない、妹のものでも家族のものでも、これまでに接触した魔法少女のものでもない。ひどく陰鬱で、忌むべきもののようで、だけれども――何故か、周りの誰よりも、その気配は身近な存在に感じられた。
その感慨も、気配を頼りに暗闇のなかを近づいていくなかで確信に変わる。
「ぁ……」
『……………………ぐすっ』
すすり泣く少女がいた。
目深にかぶったフードの上から包帯のような布に幾重にもくるまり、膝を抱えて座り込む彼女の容姿は伺えない。いろはの存在に気付いているのかいないのか、訪れた少女に背を向けるようにして嗚咽を漏らす彼女は、泣きながら誰かの名前を呼んでいた。
『シュウ、くん――』
あ――。
『シュウくん。シュウくん。どうして、どうして私。きっと、助けられるって、守れるって。思ってたのに、わたしっ』
「……」
泣いていた。彼の名を呼びながら、悲嘆に暮れ身を震わせながら泣いていた。
どうして、守れなかったのかな。私なら魔女を倒して、シュウくんを助けることだってできた筈なのに。
どうして、間に合わなかったのかな。どうして、傷つけちゃったのかな。どうして、あんなつらそうな顔をさせちゃったのかな。どうして、どうして、どうしてどうしてどうして――。
『ごめんなさい……』
『ひぐ、ぅ。シュウ、く。ごめんなさい、ごめんなさい、シュウくん……』
「っ、――」
嗚呼、やっぱり。
あの子は、きっと――私なのだ。
目を覚ます。
「……………………ここ、は?」
知らない部屋だった。
広々とした部屋だ。テーブルやクローゼットなど簡素な家具のみが残る室内は引っ越しの前後を連想させる寂しげなものがある。いつの間に変身が解けたのか、宝崎の制服姿に戻っていた私はベッドから淡い色彩の天井を暫し見上げると上体を起こす。
服を着て寝るの久しぶりかもしれないだとか、同じベッドにシュウくんがいないのが寂しいだとかぼんやり思って――、思い切りベッドから転げ落ちる。
ベッドの上であることさえも忘れ、覚醒したばかりの心身を跳ね起こし部屋を飛び出そうとした結果だった。
「イ゛、つぅ……!? まって、今何時、どこ、シュウくん、どこ……」
強かに身を打ち付け痛みに悶えながら床に手を突いて這ういろは。彼女の脳裏には、魔女の前で血まみれになっていた少年の姿が浮かんでいて――。
バタン!!
蝶番が悲鳴をあげるのも構わぬ馬鹿力で開かれた扉。真っ先に駆けつけた少年は、倒れるいろはを目にすると慌てて彼女を抱き起こす。
「いろは、大丈夫か!?」
「え……」
いろはをかき抱く手には血の一滴もない。驚愕を露わに硬直する少女を見て小さく息を吐くと、落ちた拍子に怪我をしてはいないかと手取り足取り確認するシュウ。打ち所の悪い怪我をした様子はないのを把握しあらかさまにほっとしたような表情になった少年は労わるように優しい手つきで彼女の背を撫でて――彼の腕のなかに飛び込むように、いろはが抱き着いた。
「っ、と――いろは?」
「シュウ、くん――シュウくん……。あんな、怪我をして――。ケガ、ケガは大丈夫なの……?」
ぴたりと、彼女の背に伸びた手が止まる。
一拍を置いて、縋りつくように抱き着く少女の背を撫でながら、彼は穏やかな口調で心配いらないよと口にする。
「いろはは……あの黒い魔女が出てきたあとのことを覚えてるか?」
「えっ、と。……あの時、シュウくんのところに行こうとして……、あれ? ごめんなさい、いつ意識を失ったんだろう私、
「……そっか」
どう説明したもんかなあと、指で梳くように桃色の髪を撫でながらシュウはぼやく。抱き着くいろはから伝わる
「取り敢えず、リビングの方に行こうか。落ち着いて話をしよう」
***
「……連れてきたのは良いものの、男ものの服がないからズボンとシャツだけでも買いにいかないとと思っていたけれど。桂城くんが着替えを持っていて良かったわ、あんな状態の貴方を外に出すわけにはいかなかったもの。準備がいいのね?」
「魔法少女みたいに変身をしたり解いたりして汚れを無視できないですからね。あそこまで酷い絵面になるのはそうそうありませんでしたけれど着替えはいつも持ってきてます」
魔女をその身から顕し消耗したフェリシア、介入した魔法少女に魔女を斬り捨てられると同時気を失ったいろは、衣服を猟奇殺人の被害者と見紛う血塗れの状態にしたシュウ。いくら何でもこれを放っておくわけにはいかないと七海やちよの招いた住宅はみかづき荘と言った。
元々は祖母の運営する下宿だったという建物の共有スペースであるリビングとキッチンは複数人で利用しても十分な余裕があるくらいには広い。
先達の魔法少女の厚意に甘え泊まることになった翌朝、早くもわが物顔でテレビを点けてアニメを見る図々しさを発揮するフェリシアと彼女に付き合わされるいろはの様子を見守りながら、隣の席に座るやちよの言葉にシュウは苦笑する。
「――。ごまかしは、しなかったのね。環さんが、
「……それが良い判断だったのかどうかも、俺にはわからなかったですけれど……、まあ、長い付き合いですからね。嘘をついたりとか聞かれなかったことについて黙って隠すとか……、いずれバレるだろうことですから。それがいろはを傷つけるとしても――。……………………いや、でもショックだったかもなあ」
口寄せ神社を打ち倒した直後に現れた黒樹の魔女。ソウルジェムを濁らせ倒れたいろは、フェリシアと同じくソウルジェムが濁り切った直後に現れた新たなる魔女、救援に駆けつけ魔女を討ち取った魔法少女常盤ななか。
ことの顛末について語られるいろはの困惑は如何なるものか、長い付き合いであるシュウにも計り知れないものがあった。魔法少女も魔女も入り乱れた混迷だ、説明する側でさえそれなりの戸惑いがある。それでも彼女はリビングに案内されてから一言も口を挟まずに話を聞いて。ぽつりと、一言だけ呟いていた。
そっか。私――。
『いろは?』
『っ――、ううん大丈夫。シュウくん、本当にありがとうね。やちよさんも、部屋まで使わせていただいて本当にありがとうございます。すいません、昨晩は迷惑ばかりかけて――』
少年の話を聞いて俯いた彼女の表情も、彼女の言わんとしていたことがなんだったのかも少年にはうかがい知れない。一度、腰を落ち着けてゆっくり話さないとなと胸に留める。
「……てっきり、何も考えずにずぶずぶに甘やかしてるのかと思ったけれど。意外にちゃんと考えているのね」
「酷い言い草だ……」
「けなしているように思ったかしら? 褒めているのよ。大切だから、傷つけたくないからと事実を隠して取り繕っても問題を後回しにしているだけだもの。それで環さんがショックを受けたとしても……貴方の気遣いが伝わっていれば、決して後々まで尾を引いたりはしない筈よ」
「――私にはできなかったことだけれど、ね」
怜悧な美貌を憂いに染めそう呟いたやちよ。囁かれた言葉にこめられた重みに、シュウは沈黙して小さく頷く。
「……ありがとうございます、本当に。昨日の夜のことだけじゃなくて、神浜で活動する拠点としてここを使っていいとまで言ってくれて」
「魔法少女として戦うことの大変さも、魔女との戦いを支えることの難しさも、その上で更にやらなければならないことを抱え込む負担もわかるもの。貴方たちの行動が私の目的と合致する以上はできる限りの協力はするわ」
ウワサを調べることでいなくなってしまった環ういの手がかりを探すいろは。彼女同様に探し人がいるらしいやちよが同様の目的を持つ彼女に親近感を抱いたのか、調整を重ね神浜でも通用するだけの力を得ながらも未だ危なっかしいいろはを放っておけなくなったのか。
……両方かもしれないと密かに思う。どちらにせよ神浜市にいる間はみかづき荘を拠点として活動しても良いと言ってくれた彼女には頭があがらなかった。
お気に入りらしいアニメで、主人公らしき少年が仲間の体を乗っ取っていた敵を大技の破壊光線で吹き飛ばすのに歓声をあげるフェリシアを見守りつつ。淹れられたお茶を飲みきった少年は、空になったカップをカウンターに置く。
「……今日はこのまま帰るんでしょう? 寄り道はしないでおきなさい、傷は癒えたかもしれないけれど夜の戦いの消耗がすべて回復してはいないんだから」
「……」
猛烈な既視感と僅かな寂寥。家族がいた頃はこれから帰ると出先から電話をかけたとき母親や家主の老婆によく言われてたなあと心中の複雑な思いを飲み込みつつ、目を細めた少年はきちんと皮と肉の繋がった手の感触を確かめるように動かしながら頷いた。
「──、そうですね。今日は久々に、家に戻ってゆっくり休もうと思います」
「? 久々に……?」
疑問符を浮かべるやちよに苦笑する。
休むと言ったのに嘘はない。だが……やらなければならないことが、残っていた。
***
『あ、今日は俺自分の家に戻ってやることあるから。今日はご飯いいや』
『…………ぇ?』
『どうしてそんな泣きそうな顔になるの……?』
……何が悪かったのだろうか。昨日の今日だし間が悪かったのかもしれない。惚れた弱みというものなのだろうか、別れ話でも切り出されたかのような悲哀に満ちた表情になったいろはにたじたじになりながらもどうにか誤解を解いた少年はここ一週間ほど留守にしていた自宅を見上げる。息を吐く少年の横顔には下手な魔女と戦うよりずっと難しい戦いを終えた疲労感があった。
自宅の鍵を開く。ここ暫くは衣食住をずっといろはの家で過ごしていたこともあってそう時間が過ぎているわけでもないのに長らく踏み入れることのなかった古巣に足を踏み入れたような気分になっていた。
「……流石に掃除もせずに放置は不味いか。適当に掃除機をかけて回って……、神浜と学校とで家事も集中してできてないしいろはの家も近いうち本腰いれて掃除しないとな……」
1人で暮らすには、この家もなかなかに広い。掃除機かけも全体をやっていくとなると手間がかかるだろうが最低限キッチンとリビング、自室に目当ての書斎に絞るだけでも問題ないだろうと割り切る。
……他の部屋を放置していると後々いろはやフェリシアを招くときに支障が出そうではあるが、ひとまず後回しにして後日ちゃんと大掃除の時間を取ろうと胸に留めた。
『やっほー、シュウ。元気だった?』
稼働する掃除機の音を家のなかで響かせながら。ウワサのなかでの会話を、思い出す。
『本当に、ごめん。私は、事故のような形で生まれたバグだか、ら──ウワサとしての使命と矛盾を起こして、 自壊しちゃうんだ。もう少し話していたかっTa、けれど……』
『大丈夫、チャンスはある。他でならどうしようもない困難でmお、この街でなら、奇跡は成セルから……だから、なにがあっても諦めないで』
口寄せ神社。昨晩の出来事だけでも、シュウの経験してきたなかで五指に食い込むくらいには碌でもないことばかりが起きていたが……少なくとも親の顔をもう一度見ることができたのは、収穫と言えば収穫か。
成果は、これから得なければならないのだが。
「……」
粗方かけ終わった掃除機を片付け、死後の後処理以降は清掃以外で足を踏み入れたことのめったになかった老婆の書斎へ足を運ぶ。
『──これは、桂城理恵としての言葉』
『父さんにごめんなさいって伝えておいて。あと……家に帰ったら、砕けたソウルジェムを探して。それが持ち出されているなら、あの人は──きっと、シュウの助けになってくれる』
あの言葉は、果たしてどのような意味を持っていたのか。少年にはわからない。
何故彼女は消えたのか。砕けたソウルジェムとは? 家族に魔法少女がいたのか、そして『あの人』とは誰のことなのか。ウワサの内部で伝えられた情報はどれも漠然としたものだ、当てもなく探したところで彼の求める手がかりを見つけられるとは思えなかった。
今シュウが探す
「……ああ、あったあった」
古めかしい資料がやたらと並ぶこの書斎に、少年が好き好んで入ることはなかったが。これから出かけるというタイミングで葉書だとか、図書館で借りた本だとかを持ってくるように智江から指示する形で忘れ物を取りにきたことは何度かあった。
──そうして書斎へ足を踏み入れる過程で、大切そうに何かを保管しているらしき鍵をかけた小箱を見つけたことも。
書斎の机、その一段目の棚を開いた少年は目当ての小箱を見つけるが、黒塗りの器を彩るように金色の装飾が施された小箱が空の状態で開かれているのを見つけると途端に渋面になる。
「……それで、ここにもしソウルジェムがあって、それが持ち出されていたとして、誰が助けてくれるのかもそもそも持ち出されているから本当にソウルジェムだったのかもわからないんだよな……」
もうここまで来ると探偵でも欲しい気分だった。いないだろうか、探偵業を営んでいる魔法少女だとか。捜索の魔法とかあれば楽なのだが……。
「というか、事後処理のごたごたのときにも鍵をかけられたままじゃなかったっけかこれ……? もし誰かが中身を持ち出したなら、合鍵をもっている人じゃないとありえな──」
カンカンと、書斎の窓が外から叩かれた。
「……これは、また」
『ガア』
「…………生きてたのか、お前」
そこにいたのは、少年がいろはと共に魔女と戦うようになって暫くしてからいつの間にか姿を見せなくなった、目印のチョーカーとアクセサリをつけたカラスで。
驚愕を露わに目を見開いた少年は、反射的に窓に手を伸ばしカラスを迎え入れようとして、カラスが飛び込んで書斎へと乗り込んでくるのに動きを止める。
「いやお前、
「ガア、ガア」
背筋を冷や汗が伝う。
──木刀は、確か上の俺の部屋に置きっぱなしだったっけか。
ああでも、記憶が確かならばこの烏か、あるいはその片割れはどうやってかあの黒樹の魔女がいなくなった後もどうやってか黒枝の欠片を持ってきていた筈だ。
そして、この烏は──果たして、誰に飼われていたのか。
「──おい。まさか、お前」
「そのまさかだよ、シュウ」
前兆はなかった。
嗄れた声。もう二度と聞けることはないと思っていた声。
蒼白になった少年が振り向けば、黒ずくめの衣装に身を包んだ老婆が薄く笑みを浮かべていて。
「……久しぶり、とでも言っておこうか。少しだけ話をしようね、シュウ」
バタバタと書斎を羽ばたいて飛んできたカラスを腕に乗せて。
「えへへ……」
(めっちゃニヤニヤしてる……)
「……………………」
(めっちゃ落ち込んでる……、シュウが家を出てからいろはずっと同じこと繰り返してるけどあいつ何やったんだ……?)