環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
困惑も、畏怖も、警戒も、喜びも。
少年が落ち着いて現実を受け入れるまで、状況がそれを待ってくれるとは限らない。
『事情は込み入っているからねぇ、手早くいくとしよう。はいこれを持ちなさい、起爆したらなかの情報流れるから』
それだけだった。手に握らされたキューブが爆発し昏倒した少年が目を覚ましたときには、家のなかに老婆はいなくて――。ただ、頭のなかに流れ込んだ記憶とそれを保管していたキューブの欠片だけがあった。
『あっ――。シュウくん、お帰りなさい! ひゃっ……シュウ、くん?』
『……』
『えっと……何か、あったの?』
『……別に。ちょっと、疲れただけだよ』
いつも通りにいろはの顔を見れる自信がなくて。自分を出迎えたいろはを抱きしめる。目を合わせられなくて、彼女をかき抱いて腕のなかに引き寄せた。
早く寝ようと、目を覚ませば少しくらいは取り繕えるようになるだろうと思っていた。自分が今どれだけ不安定になっているのかもわからずに。
『……?』
『いろはー、どうかしたのか? さっきからシュウのことずっと見てるけど』
『……なんだろう。ちょっと、違和感があって……』
『んー、ケガでも残ってんのかな。でも神社から戻るときはやちよんところに行く前にかこに治してもらったんだろ?』
『……怪我、なのかな。ちょっと違う気がするんだけど……』
……一晩が過ぎても、恋人の顔をまともに見ることができなかった。
何が正しかったのか、何が間違っていたのか、これからどうするべきなのか。解かっている。
だって。
『……ごめんな、いろは』
『そんな、謝らないで。シュウくんが調子悪いのに無理させるなんてできないし、大丈夫。やちよさんだって居てくれるから……!』
『俺も、神浜には行くからさ。何かあったらいつでも連絡をしてくれ』
『うん。……、シュウくん――』
『フェリシア、いろはを頼むぞ。……本当に、頼む』
『……? どうしたんだ急に、まあ……任せとけ!』
『……』
だって、今の自分には。何が正解だなんて、わからない――。
「──、シュウさん」
「っ、と」
ずいっ、と。間近から覗き込んでくる紅い瞳に、束の間息を止める。
新西駅のカフェテリア、少年の向かいに座る常盤ななかは気遣わしげな表情で彼を見つめていた。
「……シュウさん。最近眠れてますか? 少しばかり、目に疲れが浮かんでいるような……隈が浮き出てるわけではないですが、先程からぼうっとしているようですし。魔女との戦いに携わる以上夜更かしもままあることでしょうが、無理はせず休めるときに休んだ方が良いですよ」
「……」
常盤ななか。魔法少女に変身した時は視力も強化されていたのか制服らしき褐色のセーラー服を纏う彼女は銀色の眼鏡をかけていた。花開いた椿を思わせる紅い髪を肩まで伸ばす彼女の言葉にぴくりと手を震わせた少年は、やがて観念したように息を吐くと小さく唸って机の上に突っ伏す。
ななかは、水名神社で現れた黒樹の魔女を討つためにいろはが繰り出し、そして暴走した魔女らしき異形からシュウを救出すると
今回こうして顔を合わせることとなったのは、習い事で少年と同じ剣道場に通っていた同門、現れた魔女にシュウの家族が殺されてからめっきり顔を合わせることのなくなっていた内に魔法少女となっていた妹弟子との久々の顔合わせもそうだが。
「ぼうっとしてて悪い。…………ここ最近で眠る時間が削られているのは確かだけど、そう徹夜してるってことはないよ。ただ……ちょっと、な」
「ちょっと」
下手な言い訳という自覚はあった。気まずそうにするシュウの言葉尻を捕らえ繰り返すように呟いたななかは、考え込むように細い顎に手を当てると秘め事を見透かすような視線を向ける。
「それは、いろはさんにも相談できないような悩み事ですか?」
「……」
沈黙は肯定も同義だった。なるほどと、シュウの直面する問題がどのようなものかについてある程度の当たりをつけたななかは注文した紅茶を啜り口を潤すと互いの認識をすり合わせるべくだんまりとなってしまった少年――恐らくその沈黙はななかのことを気遣う要素もあるのだろう――の抱え込むものを絞りこんでいく。
「……ひょっとして、浮気をしてしまったとか?」
「ななか。それは、ない」
「あら。相変わらずお熱いようで」
「では――魔法少女関連ですね。昨日、いろはさんが出していた魔女の話とか、でしょうか?」
「……それは」
「当たらずとも遠からず、と」
「それでは――キュゥべえの
「っ――、どこまで、知って?」
「……例えば、魔法少女になって与えられるソウルジェムが文字通り魔法少女の魂そのものである、とか」
「……なるほど」
少年にとっても既知の内容ではあった。
けれども、数日前の彼では想像さえもしなかった事実だった。
肉体がほとんど抜け殻同然と化し、ちっぽけな宝石ひとつに魔法少女としての契約を交わした少女の魂が封じられジェムが砕ければ魔法少女もまた死してしまうという事実。それだけでも自らと同年代の少女にはあまりにも酷な魔法少女としての実態を知り、それでも尚魔女との戦いを続けているというななかに驚愕を覚える。
そもそもななかは何のために戦っているのか、衝動的に問いかけようとした踏み入り過ぎた疑問を呑み込んで、少年は唸った。
「…………じゃあ。魔女がどういう経緯で生み出されるかに、心当たりは――?」
「……推測こそいくつか立ててはいますが、確信を持てるだけのものはありませんね」
そしてシュウを苦しめるものこそがその質問なのだろう。魔女を生み出す絡繰り、その中身は果たしてどのようなものかを、甘味を口にしながらななかは考え込んで――、一番魔法少女が、そして魔法少女を恋人に持つ少年が嫌がりそうなことは何か想像する。
「……魔法少女が、魔女になったりとか。まあそれならば、いろいろと納得もいきますが――それなら、いろはさんは大丈夫なんですか?」
「っ――」
どうして、いや――巻き込んだのは、気付かせてしまうだけの材料を与えたのは自分か。数日前いろはの
「……この街に限り、魔法少女が魔女になることはない。ソウルジェムに蓄積された穢れは魔女を産む、けれどあの夜ななかが斬ってくれたドッペルを放出することで、魔法少女は限界まで穢れを蓄積したソウルジェムを浄化して魔女化を回避できる。そういう風に結界が神浜に貼られている」
「結界が……?」
少年の言に如何なる違和感を感じ取ったのか、柳眉をひそめるななかは甘味に伸ばした手を止め暫し黙考していたが……やがて小さく頷いた彼女は、いつもと変わらぬ涼やかな表情でシュウを見上げた。
「……気になることはありますが、ひとまずそれは置いておくとしましょう。この街を中心に取り巻く異変の一端については把握できましたし――、それで、シュウさんがそうした知識を得ているということはその神浜の結界を展開した何者かと接触したという認識でよろしいですね?」
「……ああ、それで間違いない。真偽を証明できるものがないのは申し訳ないけれど……」
「証明が人死にに直結しているのでは易々とされても困りますからね」
苦笑して肩をすくめたななかは「それで」と少年を見つめ眼鏡をあげた。
自らの敵を見極める眼。持ち上げられた銀色のアンダーリムの眼鏡から覗いた紅い瞳が、シュウの心境を見透かすようにして細められた。
「貴方は、どうするのですか? 私やいろはさんと共にウワサを追うのか。魔女化、ドッペルについて貴方に教えた者についていくのか。あるいは――」
ここで一度立ち止まって、心身を休めるか。
「――私としては、休息をとるのをお勧めします。貴方と同じ顔、魔女守りを名乗るウワサが存在し魔法少女と敵対的な行動をとっている事実は捨て置くには重いでしょうが……私とて、知己と同じ顔をした者が好き勝手するのを放置する気にはなれません。いろはさんの方も熟練の魔法少女である七海やちよと共に行動しているのであればそう窮地といえる状況にはならないでしょう。……であれば、ここで一旦戦いから身を引いて休むのが、今後戦いを続けていく為にも何かしらの別の答えを出すためにも大切なことだと思います」
「……そう、だな」
返す言葉もなかった。
自分は何のために戦うのか。自分は今どうしたいのか。自分は何を守りたいのか。やりたいこと、やらなければいけないことを一度はっきりさせることを迫られるときは、近いうちに必ず来る。
そのときに迷わずに居られるように、一度頭を冷やして考え直すことができるように時間を取るのが、おそらくは一番なのだろうというのはよく理解できた。
消えた環うい。魔女とは異なる脅威であるウワサ。神浜を覆う異変。魔法少女の真実。自分と同じ顔をした魔女守り。死んだ筈の老婆の姿をした亡霊。今、彼が抱え込まざるを得なくなっている情報の数々はどうしようもなく少年の頭を苛んでいる――。一度休息を取りたいというのは紛れもない本音だった。
だが――。
「……必要なことではあるんだろうけれども。いつかいろはに魔法少女の真実も伝えないといけないかもしれないと考えだすと、ちょっと休息になるかは怪しいんだよな」
「………………私がリーダーを務めるチームには私が魔法少女になるよう決断を促したチームメイトもいるので、そこを考え出すと一気に心折れそうになるんですよね」
「それ俺が仄めかしたせいだったら本当にごめん、いやほんとごめん」
「……いえ、ドッペルを目撃したのは私だけではありませんし、それも今後増えることでしょう。材料が揃えば説明を受けずとも気付く魔法少女もこれから何人も出てくるでしょうし、寧ろシュウさんには神浜を覆う結界の話をしてくれて感謝しているくらいです」
疲れたような表情をしながらもそういって礼をするななかに複雑な表情をするシュウだったが、雑念を振り払うように首を振った彼はジュースを啜っては囁くような声で問いかける。
これは、これだけは。聞いておかねばならなかった。
「なあ、ななか。……お前は、どうして……魔法少女に?」
「……気になります?」
クスリと、
剣を習い、そして教えることはもうないと言いきられる前。少年に数ヶ月遅れるようにして道場に通うようになり、華道の習い事や学業と忙しない日常を送りながらも真摯に、そして充実したようにそれらに取り組んでいたななかとは師範が特別熱心に面倒を見ていた者同士ということもあり付き合いも長かった――、師範が病に倒れてからというもの連絡を取ることも顔を合わせることもなくなっていったとはいえ、以前の彼女を知るシュウにはひとつ、どうしても釈然としないものがあった。
「そうですね。私には――」
いつの間にキュゥべえと接触し、魔法少女となって戦っていること、それはいい。理由だって構うまい。誰だって叶えたい願いがある、叶えた願いがどのような結果になったとしても、それは本人の選択だ。ましてやどのような動機で魔法少女になろうと決めたのかなど、シュウに聞く理由はありはしない。
けれど、彼にはどうしても気になることがあった。
魔法少女の真実。自分たちが打ち倒してきた魔女たちの由来、そして一つの願いを叶えた先にある魔法少女の末路――、それを知っても尚動揺の素振りを見せず振る舞い、少年やチームメイトのことを気遣う余裕さえ見せる彼女を支える、魔法少女として戦う動機が知りたくて。
そして、気付く。
彼女は。こんなに寂しそうな笑みを浮かべる、女の子だっただろうか――。
「私には、仇がいるのです。父を殺した、呪いを振りまく魔女が」