環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
次話以降の更新が露骨に遅れるなどしたら察してください(冠の雪原楽しみ)
――べちゃりと、嫌な音が聞こえた気がした。
『ごめんね、■■ちゃん』
――ノイズのように、視界が乱れる。
『わたシ、もうダメかもしれない』
『――最期にね、叶えたい願いがあるの』
――視界が切り替わる直前。彼の目に映ったのは、すすり泣く誰かの手を握り力なく笑う見知らぬ少女。
『発想を変えることにしたんだ』
――高慢な声。従者らしき女性たちを付き従える壮年の男性は、朗らかに笑って語る。
『魔法少女は戦役に参加させることはできない。意志を持たぬ者は脆弱でしかなくて、意志ある者は戦いに忌避感を抱く。強き者は我が強い、我らの崇高な意思に甚大な悪影響を及ぼしかねない――、ならば、最初から魔女にしてしまえば良いではないか』
――なるほどと頷く影。狸か猫かも定かではない白い獣が、魔法少女を傀儡とする男を見つめていた。
――飛び散る鮮血が、顔を濡らす。
『なん、で……だろうね』
――抱きとめた腕のなかで、ひとりの女性が喘ぐ。その胸の中心を貫くのは、彼女の恋人が突き込んだナイフだった。
――どす黒く濁った彼女のソウルジェムを、死に体の彼女から回収する。
『……ぁ。シュウ、くん。ごめんね、ぇ……こんなこと、させちゃって』
死に際まで。彼女は、少年のことを気遣っていた。
――貴方だけは、幸せになってね。
泣きながら微笑む彼女の魂そのものを握りしめ、力をこめ――握り潰す。
砕いた命の感覚は、あまりにあっけないものだった。
「あ゛、っ?」
「は、っ……!!」
夢見の悪い日の朝は、いつだって似たようなものだった。
「は、――は。……ぁ?」
全身の筋肉が強張っていた。
浅い呼吸を繰り返す。目を限界まで見開いて天井を見上げ。やがて、自分のいる場所が慣れ親しんだ恋人の部屋であることに気付くと、だらだらと汗を流しながら嘆息した。
――夢、か?
――いや、あれは……どこからどこまで、夢だったのか。
夢だどうだといった分野に深い理解などないし、そうした脳のはたらきに関する分野は病弱であった顔馴染みの天才少女の方がよほど詳しいだろう。
けれども、少なくとも自分の場合。悪夢というものに傾向があるとするのならば、やはりそれは夢を見るものの抱える根強いトラウマからなるものだろうと察しはついた。
今見た夢は……いや、ここ最近見るようになった夢は、その限りではないが。
「……っ」
汗に冷やされすっかり冷たくなった体を震わせる。温もりを求め伸ばされた腕は自然、すぐ傍の少女の身体を抱き寄せていた。
ひんやりとした抱き心地の奥には確かな熱が灯っていて。華奢な身体を抱く腕に力をこめ身を寄せる少年の腕のなかで身じろぎした少女は、薄い吐息を漏らし彼を見上げた。
「……シュウ、くん?」
「――いろはぁ……」
信じられないくらい情けない声が出てしまってちょっと笑いそうになった。笑うしかなかった。
ああ、本当に情けない。この年にもなって、夢を見たくらいで子供みたいに声を震わせていてしまっている。
本当に……頭がおかしくなりそうだった。
「大丈夫だよ」
そっと手が触れる。
頬に触れた手。荒い呼吸を繰り返す少年に触れるいろはは、何を問うでもなく宥めるような手つきで彼を撫でていた。
「私は、ここにいるよ」
「……」
ズキリと、シュウの頭の内側で痛みが奔る。
いつか、彼女を
「あ、あー……くっそ」
『事情は込み入っているからねぇ、手早くいくとしよう。はいこれを持ちなさい、起爆したらなかの情報流れるから』
数日前、老婆に渡されたキューブを思い出す。
アレが起爆した瞬間、少年は脳内に流れ込んだ記憶によって魔法少女の真実を知った。なかに収められていたのは、とある魔法少女の経験した戦い、仲間たちと結んだ友誼と、離別の記憶。そして記憶を見て心をへし折られた少年は、知ってしまった残酷な真実に今も苦しんでいて。
けれど、あのなかに収められた記憶は……それだけではなかった?
あの老婆に、自分は――何を、埋め込まれた。
これは、この記憶は。一体……?
「シュウくん」
「……ぁ? ごめんな、起こして。嫌な夢を見ただけだ、何でもないさ……大丈夫、大丈夫だ」
あれは、自分のものではない。あってたまるか――、けれど、あのこびりついた血の臭いは、心の臓を穿った刃から伝わる手応えは、握り潰したソウルジェムの感触は、まがい物では決して、なくて――。
――ドッペルに囚われたとき、もしも反撃できてしまえていたら。あんな風にあっけなく、いろはを殺せてしまえただろうか。
「……シュウくん、目を見て」
「……」
「何か……何か、あったんだよね? すごい、酷い顔だよ……。よかったら、聞かせて? 私じゃあ頼りにならないかもしれないけれど、何かシュウくんが悩んでいるなら、少しでも力になりたい。だって私、ずっとシュウくんに助けられて、守られて……神社では、傷つけて。なんでも、なんでも言って? 私が悪いなら直すから。私が弱いなら頑張って強くなるから。あの日みたいに暴走して傷つけるようなことはしないから、だから、だから――」
「……はあ」
いっそ、本当のことをぶちまけてやろうかと。自分の戦いも、いろはの戦いも、魔法少女の願いも何もかも先延ばしでしかなくて、すべて無駄で、ただただ自分の後ろに屍を積み重ねていただけだったのだとでも言ってやればどんな顔をするだろうかと想像した。
――最悪な思考だ。
自己嫌悪、憤懣、焦燥。……何もかもが、億劫だった。
「心配するようなことは何も……、ごめん嘘だ。でも、俺は――、俺は……。ごめん。まだ、何も言えない」
いっそぜんぶ忘れられたら、どれだけよかったことか。
魔法少女の真実を、いろはに伝える訳にはいかない。けれど彼女が魔法少女として戦っていく過程で、遠からず真実を知ってしまうだろう。
そうすれば――彼女が死を選ぶとき、自分は。
「……少し、考えさせてくれ」
「シュウ、くん?」
「……ごめんな、いろは」
投げ出すわけにはいかない。けれど……今となっては何が正解なのかも、何が間違いなのかも、自分には。
「……本当に、何もわからないんだ」
ああ、だが。それでも、自分は……。
***
カツンと、靴音が断続して響く。
広大な空間だった。
幾つもの扉が等間隔に並ぶ広間。日々拡張されていく空間のどこかへと繋がっているその扉のひとつは、彼女の所属する組織を支える要衝へと繋がっていた。
扉を開けば吹き付ける風。室内とは到底思えぬ涼やかな風に胸元に下げるネックレスを揺らしながら、彼女はその場へ立ち入っていく。
「っ、と――」
魔女の結界然り本拠地然り、特殊な手段で隠蔽された場所へと通うことの多い身ではあるが。この空間は、足を踏み入れるたびにそれらとは異なる不思議な感慨を
「相変わらず、ここは本当に綺麗ですね……」
眼前の広々とした花園を隙間なく埋め尽くすように咲き誇るのは彼岸花。真っ赤な花弁を開いて空間全体を紅く染め上げる花々は、この場に現れたみふゆに感嘆と微かな寂寥を思い起こす。
周囲を見回し、花園の奥にある扉へと足を進めていくみふゆの視界に映ったのは彼岸の花に囲まれるようにしてたったひとつ立てられた名も彫られていない墓石だった。
――こんな素敵な場所で弔われる人って、どんな方だったんでしょうね。
頭の片隅に浮かんだそんな思考を首を振ってひとまず捨て置き、紅い花園のなか歩みを進めていった彼女は美しい霊園の奥にあった扉をノックする。
失礼します、と声をかけて扉を開き進んだみふゆ。彼女を一瞥し喜色を滲ませ微笑んだ老婆は、いらっしゃいと身を預けていた揺り椅子から身体を起こした。
「よく来たねえ、みふゆちゃん。元気にしてたかい? わざわざ来てもらってありがとうねえ、少し待っていてね。今お茶を淹れさせるから」
「こんにちは、智江さん。……いつも、ここに籠っているんですか? その、安全なのは理解していますけれど……ずっと座って画面と睨めっこばかりというのも体に毒ですよ……?」
紅い花の咲き誇るひとつ前の空間とは打って変わり、扉ひとつ隔てた先は幾つもの配線に繋げられたモニターに囲まれた部屋だった。応接間としてもある程度活用できるように作られているのか面積は広く、机や椅子、簡易的なキッチンも置かれた生活スペースもあったが……室内の過半を埋めるようにして多種多様な機材が詰め込まれているのを見るととてもではないがずっとここで過ごして生活できるスペースではないように思えた。
……家柄に相応しい女性に育つようにと習い事に、立ち振る舞いに厳しい家で育ち、そして家の締め付けから解き放たれた反動もあって今ではだらしない生活を送りつつあるみふゆに言えたことではなかったが。流石の彼女も、幾ら組織を支えるためとはいえ延々とモニターに釘付けの暮らしを送る老婆を看過するのはできなかった。
「私も半年前まではそこらへんは気にしていたんだけどねえ、今はすっかり身体を動かす習慣もなくなってしまって。みふゆも可愛いお婆ちゃんになりたいのなら気を点けなさいねえ、人間は一度衰えだすとなかなか取返しがつかないから」
そんな心配もわかっているのかわかっていないのか。飄々と笑う智江は指先ひとつ、マネキンのようなつるりとした様相の使い魔を動かしティーカップに注がれたお茶と菓子を用意させる。
「みふゆちゃんは……カステラは好きかい? 今日はもう1人来客が来るようだからね、久々にゆっくり話せそうだしいろいろと菓子を買い揃えてたんだよ。余ったらマギウスの子たちにも差し入れようかねえ、3人とも頭を使うことは多いだろうし……」
「3人とも喜ぶと思いますよ。特にねむさんは魔法の消耗も激しいですからいい補給になると思います」
「ねむと灯花はもう少し食べた方がいいと思うんだけどねえ。魔法少女になって体調も快復しているとはいえ2人とも魔法が……特にドッペルの消耗がやたらと著しいタイプなのだからエネルギーになるものはできるだけ食べてほしいものだけども」
会話している中も点灯し神浜市内外の魔法少女の映像を映し出していたモニターがぶつりと切られる。椅子から身を起こしおぼつかない様子で立ち上がった老婆は複数の配線に繋がれモニターに映像を映し出していた印刷機じみた形状の機械を一撫でし駆動を停止させる。
水名区、記憶ミュージアムに設置されているウワサの端末はブシュー、と排気音を出して光を失った。
「――ウワサに取り込む人間を増やそうと活動範囲を広げてから少し、動きがあってね。昨日、環いろはと深月フェリシアがフクロウ幸運水と接触した。幸運の巡りの異常にも気付いたみたいだし、もしかしたら今日にはウワサに辿り着くかもね?」
「……フクロウ幸運水は、黒羽根にも恩恵に与っている魔法少女が複数います。止めますか?」
「……止められるならそれに越したことはないけれどね。向こうには七海やちよがいる。貴女と同じ、調整さえ受けずに6年この神浜市で生存し、7年が過ぎてもなお全盛の力を衰えさせない猛者……大技を繰り出すのに制限をかけていたとはいえ魔女守ですら一度は撃退されたくらいだ、まあよっぽどでもない限りウワサの保護は難しいだろうと思うよ」
とはいえ、対魔法少女において事実上の無敵であったマチビト馬のウワサは既に撃破されてしまっている。最大の抑止力のひとつを失ってしまっている以上、七海やちよを筆頭とする魔法少女たちにウワサを消される危険は無視できなくなった――放っておけば彼女たちが支える事実上最強の魔法少女たちが文字通り消し飛ばすことになるだろうが、その事態も本音を言えば避けたいところではある。
だから――そのよっぽどを、ぶつける。
「……天音姉妹を除いた黒羽根を撤退、ウワサの移動は……できれば済ませておきたいところだけど、フクロウ幸運水は動かせそうにないか。……仕方ない。大技は使わないよう一声かけておこう。流石に地下水路ひとつ潰すのは隠蔽も難しいしね」
「……魔女の次は、ウワサのお守りですか。彼も大変ですね」
「あの子いうほど魔女守ってないしねえ、まあ魔法少女の救済を果たすまでイヴのことさえ守ってくれればそれで十分……おや、来たかい」
「……? あの子、は」
ぎぃ、と。扉が開かれ、黒木刀を竹刀袋にしまいこんだ少年が足を踏み入れた。
「……こんなところに、身を潜めていたんだな。わざわざ墓場まで移動させてあんなに花畑作ったりしないで、死んでないなら死んでないで俺の……あんたの家に帰ってくればよかったんじゃないか、お婆ちゃん」
「仕方ないだろう、私は間違いなく死んだんだから。……で、こちらに来る気にはなったのかい?」
「それはそれだよ。まだ俺も頭のなか整理できてないし……、ここに来たのはいろいろと確認するためだよ」
突然現れた自分に驚いたような表情を向ける白髪の魔法少女を一瞥しながらも、モニターや機材の目立つ室内に踏み込んだ桂城シュウはマネキンの使い魔が出した椅子の上に座り老婆と向かい合う。
「……間違いなく死んだ、ねえ。お世話になったとかどうとかいってやってきたあからさまに怪しい外国人のおばさんに手伝ってもらっていろいろ手続きを済ませたけれど……、確かに婆ちゃんは骨だけになったの確認したんだけどな、俺。死んだのなら死んだで成仏してくれ、頼むから」
「本当に、成仏出来たらそれが一番だったんだけどねぇ」
顔をしわくちゃにして苦笑する老婆は、心底辟易したように息を吐く。少年の分の茶を使い魔に準備させながら、菓子類に手をつける素振りもなく顎をしゃくり扉の向こうを指し示す彼女の目は、どろりとした感情を湛えていた。
「文句は向こうの大バカ者に言っておいで、私だってようやく楽になれるって思った矢先にこんな生霊みたいなことにされて心底うんざりしているんだから。……いいかい、シュウ。みふゆちゃん。限りあるなんでも叶える願いを、よりにもよってってタイミングで他人の延命に使うような女とは絶対に関わるんじゃないよ」
「……一生。そいつのことを恨むことになるからね」
その言葉に、どれだけの意味が籠められていたのか。目を細めた老婆の言葉には、みふゆにはうかがい知れないだけの重みがあった。
・シュウくん
メンタルブレイク中。うじうじ悩む時期はそろそろ終わるけれど状況次第では死ぬまで尾を引くレベルでぶっ壊れるくらいには不安定な状態に。
第三者視点の記憶を通して仕様の詳細まで理解してしまった魔法少女の真実が思ったよりえぐかった。
・お婆ちゃん
お婆ちゃんは魔法少女。キュゥべえは悪魔の一言で済ませるものの彼岸の花園の親友に関しては本気で恨んでる。
今作における魔法少女を救いたい会の会長。