環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった   作:風剣

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エミリーのお悩み相談所

 

 何をする気にもなれなかった。

 心を整理する時間が必要だと理解していた。

 

 街を行き交う雑踏に紛れ行く当てもなく彷徨っていた彼は、やがて路地へと足を向けると建物の壁に背を預け、嘆息とともに腰を下ろす。

 

「――なんだかな」

 

 無性にいろはに会いたかった。

 けれどもいま彼女に会って、取り繕っていられる自信もなかった。

 

『ふむ。もう質問することはないのかい? ……ああ、そうそう。これを忘れてた』

 

 必要なことは聞けるだけ聞けた。自分のなかで考えが纏まるのを待つと約束もされた。

 ……あとは、自分が答えを出すだけだった。

 

 そんな、もう帰ろうというときに渡されたちっぽけな正方形のキューブ。

 それは、数日前に少年が渡され、そして魔法少女の真実を知るきっかけにもなった記憶結晶と同じ形をしていた。

 

『膨大な情報の海から特定の個人を抽出するのは手間だったけどもね、内容も私の知るものと矛盾はないし自分の抱え持つものを探るにはちょうどいいと思うよ』

 

 疑問符を浮かべた彼に、老婆は揺り椅子に身を預けながら嘆息して。

 

『……私は、他人のために願いを使って幸せになった魔法少女をほとんど見たことがなかったけどね。そのなかでも、あの子は……マシな例ではあったと思うよ。貴方が、家族がいたからねえ』

 

『――』

 

 その中身について伺い知るには、それだけで十分だった。

 建物の壁に背を預けながら手のなかにある水色のキューブを握ったシュウは、淡い光を発するキューブをひと思いに握り潰す。

 

 直後、頭のなかで記憶が炸裂した。

 

「っ、――」

 

 意識を持っていかれそうになる――いや、一度はそれで気を失いまでした情報の奔流。ぐらついた体を背後の壁で支えたシュウは、苦悶の声とともに呼吸を整えるとふらつきながら立ち上がる。

 

「ぁ、あ゛……くそ」

 

 頬を伝い流れ落ちた透明な液体を拭いながら、荒く息を吐く少年はおぼつかない足取りで雑踏のなかへと消えていく。

 頭蓋の内側で疼く痛みを押し殺しふらつきながら呻く彼が想起するのは、今しがた浴びせられた記憶の渦のその欠片。

 

『――えへへ』

『私の、願いは――』

 

 ……ああ、やっぱり、こんな世界はダメだ。

 あの願いが。あの想いが。契約の対価だからと、当然のように踏み躙られ呪いへと反転してしまうのであれば、こんな世界は間違っている。

 

 だから。

 だから、俺は――。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 例えば。

 恋人の様子がおかしくなり、彼がどのようなことに悩んでいるのかもわからず自分だけでは解決の目処もたたないといった状況に陥ったとき、本来ならどのような人物に相談すれば良いのだろうか。

 

 同姓であり経験の面からある程度参考になる意見をくれそうな父親。学内で同じ時間を共有する部活動の生徒やクラスメート。あるいは、恋人や自身と親しい共通の友人。……最も彼に近しい、家族。

 

 いろはの両親は出張で家を留守にし、剣道部を辞めた彼の親しくしていた部員たちとの接点も今はない。クラスメートとの繋がりも内気な性質であり彼とさえ一緒に居られれば満足だったいろはには希薄なもので、そして彼ら彼女たちには魔法少女や魔女といった要素も含めて明かし相談をすることができなかった。

 

 では、誰に相談すべきか──。そう頭を悩ませたとき思い浮かんだのは、明るく、親身になって相談に乗ってくれ、魔法少女として戦い恋人とも顔見知りで、そして異性との繋がりもそれなりに持っていそうな商店街で相談所を運営する魔法少女だった。

 

「――本当に、ありがとうございます。迷子になったこの子を見つけてくれただけでもありがたいのに、すっかり面倒を見て貰っちゃって……ほら、お礼を言いましょ」

 

「うん! エミリーおねーちゃんたちありがとー!」

 

「えへへ、どういたしましてー! もうお母さんとはぐれないようにねー!」

 

 笑顔でお礼をいう隣でぺこりと頭を下げた女性に連れられ、幼い少女が手を振りながら立ち去っていく。

 商店街の一角で途方に暮れていた迷子を相談所で預かり一緒に母親の女性を探し、無事に合流した家族が手を繋いで歩いていくのを見届けた木崎衣美里(きさき えみり)はにこやかに笑いながらいろはの座る席に腰を下ろした。

 

「よっこいしょー! ごめんねー折角相談に来てくれたのに待たせちゃって! マキちゃんのお母さん探すのも手伝ってくれてありがとー助かったよ!」

 

「ううん、私も放っておけなかったから。……衣美里ちゃんは、いつもああやって子供と仲良くしてるの? あの迷子の子……マキちゃんとも顔見知りだったんだよね?」

 

「ん、商店街で相談所やるようになってから差し入れ? だかなんだかでお菓子が結構溜まるようになってさ。イベントやらに出るたびにここでお菓子放出してたら子供も結構来るようになって。たまにちっちゃな女の子も集まって恋バナとかしてんだよー!」

 

「こ、恋バナ……!」

 

 戦慄したように息を呑むいろははお茶いれるねーと席を立って備え付けの冷蔵庫の方へと向かっていく衣美里のキラキラしたツインテールが揺れ動く様を見つめながら自身の選んだ相談相手はやはり正しかったのではとの思いを強める。

 ……少なくとも少年の抱える悩みについては恋愛談義は全く関係のないような気もしないではないが、そうした方面からの追及を厭う思考は既にいろはのなかにはない。2人にとってある意味では最もガードの薄い夜に問いかけても答えてはくれなかったのだ、それに加え日に日に彼が憔悴しつつある様子を見ていることしかできなかったいろはにとってはもうどのような方向性からであったとしても解決の糸口を探れるものならば探りたいところだった。

 

 参京区、水徳商店街。その多くが魔法少女であるという衣美里を中心としたメンバーによって運営される「エミリーのお悩み相談所」にひとり訪れていたいろはが案内された席に座って待っていると、鼻歌を歌いながら近づいた衣美里が机の上にお茶を置いて向かいに座る。

 

 小悪魔めいた表情の下で両の手で指を搦め聞く姿勢に入った衣美里はキラリとその瞳を輝かせた。

 

「それじゃ、ろっはーの話を聞かせて貰おっか! シュウっちがよそよそしくなっちゃったとかはメールきたときもちょっと聞いたけどまず詳しい話聞いてから一緒に篭絡(ローラク)し直す方法かんがえよー!」

 

「う、うん――うん? それで合ってるのかな……合ってるのかも……?」

 

 何はともあれ状況整理だった。

 大人の女性であり魔法少女としても経験豊富である七海やちよにも相談することになるのかもしれないし──寧ろ最初から彼女に相談した方がよかったのかもしれないが、モデルに大学にウワサの調査に魔女退治にと明らかに多忙である彼女の時間を取るのはいろはには抵抗があった──説明をするいろはのなかでも認識を整理するためにも、恋人に起きた異変の兆候に気付いたときのことからひとつひとつまとめていく。

 

 黒樹の魔女とシュウが交戦するなかで魔女を繰り出し、そして暴走させてしまって彼を傷つけてしまったこと。彼から初めて別居を切り出されたこと。何かに苛まれるように暗い表情で悩みこむことが多くなったこと。夜も魘されてよく眠れないでいる日が続いているらしいこと。いろはとまともに目を合わせることも滅多になくなってしまったこと──。

 

 恋人が何かに悩んでいるようならそれを解決したい。けれどもその内容がわからない。原因を彼に聞こうにも問題ないの一点張り、いろはが原因なのではないかと聞いても答えてはくれない。

 

 けれども自分は力になりたい、もしも自分のせいで彼を悩ませ苦しめているのならば謝って彼の負担になることのないように全力を尽くしたい。

 

 そんな思いも含め事情を説明された衣美里はというと、動揺したように目を泳がせ頬を赤らめていた。

 

「……衣美里ちゃん?」

 

「えぅ!? ああうん聞いた聞いた!いや2人の関係とか一緒に住んでるのは知ってるけど……オトナな関係だねぇろっはー……。クラスメートや魔法少女の友達との恋バナでだって一緒に住んでるのが当然みたいに別居だなんてワードが飛び出したりしないよ?」

 

「そ、それは……その、シュウくんは特別だから……」

 

「……ほほぉーぅ?」

 

 頬に朱色を灯すいろはを見つめ好奇を露わに目を輝かせた衣美里だったが、それでも本分は忘れてなかったのだろう。げふんげふんと咳ばらいをした彼女は意気込むようにように拳を作ってぐっと気合いを入れた。

 

「2人がどこまでいってるのかとかも気になるけれど……ひとまずはシュウっちのことだよね! あーしちょっと気付いたことがあるんだけど!」

 

「な、なに!? もしかしてシュウくんの悩みにもう心当たりが……」

 

「それはわかんない!」

 

 あ、そう……。 露骨に落ち込んだいろはに構わず、衣美里は高らかに声をあげる。

 

「悪いこととかぶっちゃけよく寝て起きたら忘れるっしょ! そしてシュウっちはその悩みごとのせいでよく眠れてない……つまり! シュウっちの生活を管理して安眠生活を取り戻せば、その悩みも解決するんじゃないの!?」

 

「あ、そう……。……あ、ああ! 成る程……!? ……成る程?」

 

 単純そうでよく吟味すればもっともな衣美里の意見に納得しかけたいろはの気勢が一気に尻すぼみになったのは、実際に一緒に過ごして目の当たりにした彼の憔悴ぶりを快復へと向かわせるのに安眠という要素だけで十分だと確信が持てなかったからか。

 とはいえ、よく眠ったあとの充足とよく眠れなかったときのストレスについては彼女にも理解がある。衣美里の案も一概に否定できるものでもなかった。

 

「……安眠、か。そうだね、シュウくんにはずっと迷惑をかけてばかりだし……ゆっくり休んでもらいたいな。丁度昨日温泉旅行のチケット当たったし……」

 

「え、マジ?! すごいすごい、キてるじゃんろっはー! いいなあー温泉! 安眠に温泉に可愛い彼女とくればシュウっちだって元気出すっしょ!」

 

「か、かわ……わわぁっ、ごめん! 危なかったぁ……」

 

 衣美里の言に頬を紅く染め動揺したいろはが危うく出されたお茶をひっくり返しそうになる一幕を挟みつつも、徐々に相談の方向性は慰安という形でまとまりつつあった。

 

「安眠グッズっていってもいろいろあるよね……やっぱり枕とか買ってきた方がいいのかな……」

 

「こういうのも試してみるといいんじゃない? 再生数も高評価も多いし効果あるのかも!」

 

「安眠ASMR? えっと、これで再生し……、っ? ふぇ?? ぇ。~~~~~!??! え、ちょ、これ、えぇ!?!? え、え、これ、ええ!? あの、これで眠れるの!? ダメダメ、シュウくんには絶対聞かせられない……!!」

 

「うわこれすっごいね!? ……ヘッドホン推奨……ちょっと家に帰ったらまた聞いてみようかな。ぇへへ……」

 

「衣美里ちゃん……!?」

 

 後に衣美里と協力しての安眠計画が空回りし理性を完全破壊された少年がことの全貌を把握し相談所に『気持ちは本当にありがたいが何らかのいかがわしい動画を聞いて「聞かせるのがダメなら実際にろっはーがやってみたらいいんじゃない?」とかどうとか言って唆すのはやめてください。本当にありがとうございました』とクレームを寄せることになるのは露知らず。いろはと衣美里は相談所で安眠計画を練りあげていく。

 そうして計画を検討し合うなかで、相談室に少女の持つ携帯から着信音が鳴り響いた。

 

「ん、着信? ろっはーの携帯?」

 

「本当だ――、ごめんね、エミリーちゃん。……もしもし、やちよさん?」

 

『良かった、繋がったわね。環さん、昨日貴方とフェリシアが飲んだ幸運水だけれど――詳しい出所が判明したわ。今からこれそう?』

 

「あっ……、わかりました、場所は――。……折角相談に乗って貰ってたのにごめんなさい、エミリーちゃん。また連絡するね!」

 

「オッケー! またいつでも来てねー!」

 

 笑顔で手を振る衣美里に見送られ、いろはは先達の魔法少女から伝えられた場所まで向かっていく。

 元々相談の予定を入れていたこともありやちよ、そして彼女の補助についてもらっていたフェリシアとは別行動となっていたが、衣美里の相談所がウワサの出所と同じ参京区であったこともあり合流まではそう時間をかけなかった。

 

 そうして――工匠区、参京区を中心に『幸運になる水』を配り歩いているというフクロウ幸運水のウワサを追う過程で、彼女たちはひとりの魔法少女と出会うことになる。

 

「よっ、アンタたちがウワサとやらを追ってる魔法少女なんだって? アタシもちょっと探りをいれようとしていたところなんだけどちょっと面倒なのにでくわしてさ。……よかったら一緒にウワサを追わないかい?」

 

 そんなことを言っていろはたちと接触した、赤いノースリーブの上着を纏う魔法少女は槍を担ぎながら八重歯を剥き出し笑う。

 ウワサの場所を知っていると申し出た彼女は、佐倉杏子(さくら きょうこ)と名乗った。

 

 

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