環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
その日、教室はやたらと騒がしかった。
じろりと訝しげに眉を顰めながらも、複数の席を占領しわいわいと話すグループの隙間を縫うようにして席に着いた彼女は「おはよう!」と自分に声をかけてきた女子に目を合わせもせず小さく挨拶を返すとどっかと仏頂面で椅子に背を預けた。
水波レナは不機嫌だった。
特別体調が悪いとか、家族や友人と喧嘩をしただとかいった理由があるわけでもない。いや仲間の魔法少女とは頻繁に喧嘩をしているが数日前魔女を倒す前にしたかえでとの言い合いだってそう尾を引くものではなかった。
なのに、何故不機嫌なのかといえば――率直に言って、居心地が悪いのだ。
『……あいっ変わらず感じ悪いねえ』『いつも不機嫌だし徹夜でもしてんじゃない。あの子よく新西駅近くのゲームセンターで見かけるよ』『ずっとゲームセンターで遊んでたの? 不良じゃんw』『それより今日来るのって――』
「……ふん」
クラスに居場所はない。居場所を作りたいとも思わない。
虐められただとか、明確に爪弾きにされただとかという事実もない。ただ彼女は物腰柔らかに人と話すのが苦手で、不躾に自分をじろじろと見てくる男子の視線や言動が嫌いで、表では友好的な様子を取り繕っていたとしても気を抜けば自分の知らないところでどんな中傷をしているかもわからない女子が嫌いで――、それ以上に、レナは自分のことが嫌いだった。
思っていることを素直に表現することのできない自分が嫌い。周囲に隙を見せたくなくてどうしても攻撃的な言葉で傷つけてしまう自分が嫌い。相手があっけにとられたり傷ついたような顔をするたびやってしまったとうじうじ落ち込んでいながら謝ることもろくにできない自分が嫌い。自らの抱える短所を認識していながらも素直に正すこともできない自分が嫌い。
だから、彼女は他者に関わりはしない。レナが下手に周りに関わったって相手を傷つけてしまうだけだから。その思惑通りに、クラスメイトから話しかけられてもそっけない態度を貫く彼女の周りからは次第に人もいなくなっていって――レナはそんな自分に対する自己嫌悪に苛まれながらも、刺々しい姿勢を変えることもできぬままクラスのなかで孤立していった。
そうした傾向はクラスのなかのみならず、所属する委員としての集まりや校外で魔法少女として他の魔法少女と協力し戦う際にも根強くレナのなかに存在する。家族や一部の例外を除いてレナは決して他人に心を許すことはないだろう。
チームとして共闘するももこ、かえで。最推しのアイドル恋の辻斬り姫
「おはようございます。はいはい席に着いて、今日は転校生を紹介しますからねー!」
「……転校生……?」
教壇に立って手を叩きクラスの生徒に呼び掛けた担任の言葉に、レナは顔をあげる。
周りに声をかけることもできず聞き耳を立てるだけでは断片的にしか聞き取れなかったが――そういえばとウワサを倒していたタイミングで連絡先を交換していた彼女も神大付属にくると言っていたことを思い出す。既読無視していたが。
桂城シュウの惚気話だなんて爆発しろ案件でしかないものの、恋バナ自体はレナも決して嫌いではない。どのクラスにいろはが来るかは知らなかったが、今日は昼食も一緒にしたいと誘われていることだしこれでもかと問いただしてあげようと画策して微笑んで――。
担任に声をかけられ壇上に案内された制服の少年に、ぴしりと固まった。
「はじめまして。桂城シュウです。趣味は運動全般……前の学校では剣道もやってましたけれどこっちの部活では野球とかサッカーとかもやってみたいなって思ってます。神浜には来たばかりなのでいろいろ話を聞かせてくれると嬉しいです」
――チェンジで!!
机のうえを叩いてそう叫びそうになるのを懸命に堪えるレナの姿を捉えたのか、自己紹介を終えた少年の視線が教室の奥へ向く。教室の片隅、自分の背後の最後列に空いている空白を振り向いたレナは渋い表情になって……。できれば反対側の席であってほしいという諦観混じりの祈りも届かず、担任に席を案内された少年は少女の後ろの席に座った。
「水波さんこの教室に居たのか、知ってる顔がいてよかったよ、よろしく――」
「話しかけないで」
「えぇ……?」
何やら物凄い刺々しい態度をする顔見知りの魔法少女にシュウは困惑したように眉根を寄せたが……レナが無言で机に突っ伏すのを見ると観念したように息をついた。時間割を確認しながら教科書を取り出していく。
――ひとつ向こうのクラスもそれなりに騒がしい。向こうのいろはは上手くやれそうかなと、別クラスに割り当てられる形で神浜市立大学付属校に転校してきた恋人を思いながら目を細めた。
「――なんでアンタまでここに転校してるわけ!? ほんっとうに信じらんない!」
階段に響いた怒鳴り声。弁当片手に屋上へ向かっていたシュウは耳に響くキツイ声音に思わずといったように肩を竦めた。
「えぇ……、いや、いろはがこっちに転校するの知ってたらそりゃ俺がいることくらい想像つくだろ……」
「は? え、彼女が転校するからって一緒についてくるのキモすぎない……?」
「いや待って待って流石に誤解が……。そう、俺といろはお互いに両親がいない状態だから元々寮のある学校に移れるように話がある程度進んでたんだよ。それで寮の空きが埋まって困ってたときにみかづき荘の空いてる部屋を下宿先として七海さんが貸し出してくれるのが決まったから今日一緒に転校して……」
「……みかづき荘……一つ屋根の下で、モデルのやちよさんと、恋人のいろはと一緒に住んでるってこと……? うっわぁ……」
「げ、下宿してるだけだから! 七海さんに対してやましいことはないから……!」
後日、宛がわれた部屋の扉にやちよによって『風紀粛正』の貼り紙をされることになるなど露知らず弁明する少年の言葉に胡乱な視線を向けるレナ。いろはやかえで、ももことするつもりだった昼食に思わぬ闖入者が紛れ込むことになった事実に不満げではあったもののそれでも無理に追い出すつもりもないのか、ふんと鼻を鳴らし中等部校舎の屋上――絶交階段のウワサを討伐した場所に足を踏み入れたレナはそこでフェンス前の段差に腰を下ろす形で座るいろはとかえでを見つける。
「あ、レナちゃん! と……ふぇ、か、桂城くん……」
「……え、えへへ。シュウくん、」
見つけた、のだが……何か様子が良い。顔を赤く染めいろはをシュウを交互に見つめる秋野かえでの姿に『あんた何かやったんじゃないでしょうね』とでも言わんばかりのレナの視線に理不尽すぎるとぶんぶん首を振ったシュウは、かえでの隣で何やら動揺を隠すように曖昧な微笑みを浮かべ頬を染めるいろはの様子にいつぞや病院で身内の見舞いにいったときを思わせる既視感を感じ取る。
自分の話を俺に話されるときはすごい恥ずかしがるのに俺の話をするときはあんまり躊躇いないよなと思いながら少年はいろはの隣に座る。
赤いセーラー、細いネクタイに赤いチェックのスカート。新しくいろはの着ることとなった神浜市大付属校の制服姿を目の保養にと見守るが――「眼が犯罪者なんだけど」とぼそりと呟いたレナに無言で目を逸らし弁当を開く。きつい態度で罵られるより本気で引かれたように呟かれる方がずっと心にきた。
「……。俺水波さんになんかしたっけ……?」
「別に。口を開けば惚気るようなやつはニガテってだけだけど」
「あ、そう……」
こうもあけすけに苦手意識を露にされてしまえば返す言葉もなかった。日頃の態度かなあと遠い目になって弁当を口に運ぶ少年に、目を見開いたかえでが身を乗り出した。
「桂城くん、そのお弁当っていろはちゃんが作ってるんだよね……!? わあ、凄い美味しそう……!」
「あぁ、昼を学校で食うってときは作ってもらってる。弁当を作るのも手間だろうしたまに申し訳ないけど……まあやっぱり嬉しいもんだよ、本当に」
かえでにレナにおかずからソーセージをつまみ頬張る少年の弁当箱を覗き見られるのに作ったいろはは少し恥ずかしそうにしていたが、今日の弁当の中身が普通の野菜類に卵にソーセージといった並びだったからかそれ以上動じた様子はない。これで極まれに作るハートマークつきの弁当を見られようものなら暴走していたかもしれなかったが。
「やっぱり普通
「レナちゃん、五穀米はちゃんとしたお米だよ!」
「わかってるわよ。……それにしても、本当にアンタたち付き合ってるのよね」
「……?」
「……別に。最近はアンタといろはの話が話題に出るたびももこが挙動不審になるのはちょっと気になったけれど……。魔女とも戦えるのは知ってたけれど絶交ルールが出てきたときには実際に戦うところを見る機会なかったし、そういうのも含めてちょっと気になってたってだけ」
何やら歯切れの悪い物言いをするレナに首を傾げながらも、弁当を脇に置いた少年はいろはが自分の弁当をしっかり持っているのを見計らうと彼女の胴に腕を回し抱き上げる。華奢な身体を膝上に乗せ見せつけるようにかき抱いた。
「ふぇ!? しゅ、シュウくん……!?」
「まあ、見ての通りだけれど。何か気になることあるの? 秋野さんの救出に手伝えなかった借りもあるし応えられることなら答えるよ」
「爆発しろ。……じゃあ聞くけど。2人が神浜に来る前に同棲してたって、ホント?」
「……」
「あっじゃあその。2人が、どこまでいってるのか気になるな……」
「……」
「はいはーい! あーしはシュウっちとろっはーがどっちから告白したのとか聞きたいなあー!」
「え、エミリーちゃん……!」
「……」
苦笑する。羞恥に頬を赤らめ、気恥ずかしそうにしながらも興味を滲ませたように2人を見るレナの、かえでの、そしてなんか増えた衣美里の視線に――食べかけの弁当を包み直し、いろはを抱え上げたシュウは無言で駆け出して行った。
「に、逃げた! やっぱりか、やっぱりねこいつ! この色ボケ疚しいことありまくりじゃない!」
「悪いなあ急用ができた! 一足先に教室戻ってるわ!」
えー、と背後から聞こえた不満げな声も気にせず速やかに、けれどいろはの持つ弁当が落ちないよう最大限抱える彼女を揺らさないよう気を払いながら階段を駆け下りていく。
……レナとは席も近いので詮索されれば延々と問いただされ兼ねないが、本人が転校直後のシュウとの会話も拒んでいたように教室の人目を気にしている傾向がある。後での質問攻めを気にすることはないだろうと判断し周囲に人影がないのを確認しながらいろはを下ろした少年は、やや耳を紅くした彼女が弁当を落としてないのを確かめると廊下へと足を運ぶ。
「に、逃げてきてよかったのかな……エミリーちゃんのは何とか答えられそうだったけど……」
「ガールズトークは飯食ってからにしようよ、あの調子だとどんどん聞かれることも増えただろうし……、にしてもこの学校魔力の気配多くない? ももこさん、鶴乃さんは高等部としても屋上に来てたのだけでも3人だしこの学校何人魔法少女いるんだろうな……」
「……今すれ違った子魔法少女だったかもしれない」
「マジかあ……」
魔女が多いから魔法少女が多いのか、魔法少女が多いから魔女も多いのか。そうした裏事情を考えれば考えるほど漂う陰鬱な気配に渋い表情になるシュウは、鎌首をもたげた不安を振り払うと自分の教室の前で立ち止まる。
「それじゃあ俺の教室こっちだから。授業終わったら合流して一緒に帰ろう」
「あ、うん!」
ピロンと鳴った着信音。弁当を片手に携帯を開いたいろはは、受信した先ほど遭遇した衣美里からのメッセージに目を見開く。
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「スケジュール、か……シュウくんって何か部活に入る気あるのかな……?」
そもそも部活動に参加している魔法少女はどれだけいるのだろうか。身の回りにいる女性といえばモデルと大学、魔法少女を兼任するやちよだが……みかづき荘で過ごすようになって数日、いろははやちよが休んでいる姿をほとんど見ていない気がした。
魔法少女と学生の両立は、いろはも度々悩まされていることだ。鶴乃ちゃんややちよさんに相談して話を聞いてみるのもいいのかもしれないと思いながら『ありがとう!』と衣美里に返信した彼女は、クラスで隣の席の男子と談笑しながら昼食をとる恋人をちらりと確認して念話を繋ぐ。
『シュウくん、ちょっといい……?』
『ん……。ちょっと待って、弁当もう食べ終わったからすぐいく』
机の下に転がした竹刀袋を確認しながら廊下で待ついろはのもとに向かい足を進めた少年は、念話使わなくても声かけてくれていいのにと苦笑し桃色の少女にどうしたと口を開く。
――内容が内容だ。気楽な調子で笑いかける彼に動揺したように瞳を揺らし、耳を赤く染め俯いた少女は無言で物陰に少年を招くと囁くような声で問いかけた。
「えっ、と……シュウくんって、部活はまだ入ってないよね……?」
「あー? そうだな、今はちょっとそれどころじゃないし少なくともこの街での騒動がひと段落したら野球かサッカーかやるのも悪くないと思うけれど……。うん、暫くは部活も入らないか、やるにしても体験程度ってとこかなあ」
「……それじゃあ、今度の土日空いてるんだよね?」
「うん、そうだけど――。ああ、そういや懸賞で当ててたっけ」
一緒に過ごすだとかデートをするだとかいった誘いくらいはもう慣れっこなのに、このときばかりはまともに顔を見ることもできなかった。
羞恥で顔を真っ赤に染めて。いろはは、蚊の鳴くような声で、少年に誘いをかける。
「うん、懸賞に当たった温泉、なんだけど。その、丁度ペアの券で」
「だから、今度2人で――2人きりで、一緒に行かない?」
「……丁度、良いかもな」
「旅行が終わったら、いろはに話すか」