環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
暫くはシリアス寄せになることもあって本腰いれてべたべたするのは暫くはこれっきりに。ラストイチャイチャパート(もうイチャイチャしないとは言ってない)(シリアスな空気に耐えられなかったら幕間枠で番外編挟みます)
体が軽かった。今の自分であれば、世界記録のひとつふたつくらいは優に塗り替えられるだろうという確信を抱けるくらいには。
上手く、切り替えができている。よく眠れたこともあってか心身の調子は絶好調。嫌なことも苦しいこともひとまずは心の隅においやってただ楽しめるように準備を整えることができていた。
「いろは、忘れ物は平気? 全力で走れば今からでもみかづき荘に戻って取りに行けるけれど」
「朝に何度も確認したから平気だよ。……シュウくんこそ平気? 結構身軽そうだけど……」
「あのくそ重いのみかづき荘に置いてきてるからじゃないかな、手持ちの荷物だって下着と明日着る服、財布と携帯さえあれば十分だし。普段持ち運ぶ荷物がないだけでぜんぜん体が軽くて楽で仕方ないよ」
対魔女を前提として持ち歩く黒木刀を手放すのも、
有名どころの温泉旅館での1泊2日の温泉旅行。引っ越しを済ませたばかりで私物が纏められていたこともあり、準備にかける時間もそう長くはかからなかった。みかづき荘の面々に見送られる形で、シュウといろはは下宿する屋敷を後にして駅へと向かった。
フェリシアは不機嫌そうだった。2人だけで旅行とかずるいぞー! と前日になってごねた彼女はお土産を買ってくると約束し宥めたが……それでも家を出る自分たちを見送るときは仏頂面になっていた。
やちよはなんだかとてもいい笑顔で送り出していた。ここ数日ソウルジェムを握るいろはに何事かを指導していたのが気になったが、話を聞いてもいろはは赤くなって教えてくれることはなかった。少年も年長の魔法少女のことは相応に信頼している、いろはの様子を見るにそう悪い話でもなかったのだろうとそれ以上問い詰めることはなかったが。
鶴乃は……なんだかもう、シュウといろはの関係がどこまでずぶずぶになってるかも薄々察してしまっていたのだろう。懸賞で当たった旅行に2人きりで行くと聞いた彼女はあわあわとなってフェリシアにゲームで惨敗していた。賭けていたアイスの最後の一つを奪われ悔しそうにしていたのは申し訳なかったもののつい笑ってしまった。
神浜市から目的地の旅館まではそう時間をかける道程でもない。電車に乗っている間や途中の乗り換えで遅延に巻き込まれることもなく最寄りの駅に辿り着いたいろはとシュウは、連絡をとって送迎に来てもらった車両に乗り込む形で旅館に向かっていた。
「こういう旅行も久しぶりな気がするね……。去年の夏にみんなで行ったっきりだったかな?」
「ういの体調が快復に向かってようやく久々に外に出られるってなったお祝いだったっけ。海水浴も楽しかったよな」
「うん。……秋には、また体調を崩していたけれど。それでもういも、あのとき本当に楽しんでいたと思う」
「……そっか」
ういが戻ったら、また一緒に海に行くのもいいかもな。そう呟く少年に、いろはは嬉しそうに頷いた。
車両の窓を過ぎ去っていく街並みを眺めながら、隣に座る恋人と手を絡め合わせる。ありがとうと囁かれた言葉に、少年は穏やかに目を細め微笑んだ。
「お客様は今日はどこかに行く予定はありますでしょうか? 提携をしている店舗であれば決まった時間帯に私どもの旅館からバスが出ていますよ」
「あ……はい、調べたらいちご狩りが近くでやっているとわかったので荷物を置いたらそっちに行きたいなと思っているんです。徒歩でいける範囲なのでバスは使わないかな……?」
「あ、それなら旅館に着いたら地図を貰えますか? お土産も買わないとなのであちこち見て回ってみたいですね」
送迎に来てもらった従業員の案内を聞きながら旅館に到着するのを待っていれば、10分もかけずに車両は目的の旅館に辿り着いた。運転手に礼を言いながら開かれた扉から出た少年は、彼に遅れ車を降りたいろはがアスファルトを踏みしめ身だしなみを確認するのを見守る。
視線に気づいた彼女は、きょとんと目を瞬くと自分を見つめ目元を弛める少年を見上げた。
「……? シュウくん、どうかしたの?」
「いや、俺の彼女めっちゃ可愛いなって思ってた。うん、いろは本当に可愛いよ」
「しゅ、シュウくん。…………ありがとう」
花柄の刺繍で彩られた白いブラウスの上から羽織るグリーンのカーディガンは一本に纏めるように結わえられてもなお腰まで届く桃色の髪をよく映えさせていた。赤と紺のミニスカートから覗く生足は普段の魔法少女衣装で肢体を黒タイツで覆っているだけになおさら目に眩しい。総評として滅茶苦茶可愛いと結論づけたシュウは、恥ずかしそうに耳を赤くして俯くいろはの様子に微笑みながら手荷物を担ぎなおし旅館へ足を踏み入れた。
「あの、すみません。予約していた
「環様ですね。……はい、確認いたしました。此方がご利用される部屋の――」
受付の従業員から夜食の配膳、部屋の手入れが行われる時間の説明と部屋に備え付けられた幾つかのサービスの内容を聞いた2人に渡されたのは一つの部屋の鍵だった。渡された鍵を握りしめるいろはがしどろもどろになるのに苦笑しつつ、彼女の手を握りながら通路を進んで行く。
いろはの当てた懸賞は温泉旅館のペアチケットだ。別途でプランを変更ないし追加しない限りは、この一泊二日はずっと2人きりで過ごすことになる。
「……まあ、取り敢えずは荷物置いたらイチゴ狩りにでも行こうか。この旅館の売り場もちょっと見たけれどここもここで揃えが良さそうだし、歩いてる途中で良さげなお土産が売られてたら確認して、もし気になるものがなければここで買っていこう」
「……シュウくん。私たちの部屋、備え付けで露天風呂があるって……」
「最高だよな、後で一緒に入ろう。ここの温泉疲労の回復にも効くらしいしいろはもユックリ身を休めるといいよ」
「うん。……うん」
割り当てられた部屋の鍵を開きながら横目で傍らの少女の様子を伺えば、俯いた彼女は熱暴走でも起こしていそうなくらい赤くした顔を両手で覆っていた。物凄くだらしない笑みを浮かべそうになった口元を慌てて片手で覆い隠し、反則だろうとぼやきながら扉を開ける。
玄関で脱いだシューズを隅に寄せ客室を覗き込んだ少年は、室内の具合を目にすると喜色も露わに微笑し辺りを見回した。
「おー、これはいいな。思ってたより広いかも」
「あ……、ほんとだ。こういう旅館もそうだけど和室自体なかなか見る機会がなかったからちょっと新鮮に感じるね」
畳の敷き詰められた客室、部屋の片隅に設置された液晶テレビ、2人分の菓子折りが乗せられたテーブル。隅まで手入れの行き届いた客室に足を踏み入れたシュウは、畳の上に荷物を載せると息を吐いてテーブルの前に敷かれた座布団の上に座り込む。
「……シュウくん、ちょっといい?」
「ん? どうした、いろは――おっと」
傍に置いた荷物から道中の駅で購入したお茶を飲み喉を潤していた彼は、すぐ隣まで近づいたいろはが声をかけたのに視線を向け……不意に己に密着し少年の膝上に腰を乗せたいろはに、驚いたように身じろぎする。
シュウにくっつき彼の顔を見つめる桃色の少女は、じっと目を合わせながら細い手を伸ばして頬に触れていた。彼女の細い腰に腕を回し抱きとめる少年はされるがままに触れられながら目を瞬く。
「……いろは、夜でもないのに積極的な……。ちょっと待って、最近俺の理性ボロボロだから。そうやって誘われるとマジで耐えられなくなっちゃうから」
「ちょっと、待って……。……うん、もういいよ」
「?」
少年の顔を観察しては何やら嬉しそうな表情になって離れていくいろはに首を傾げる。腕のなかから離れる温もりを名残惜しく思いながらも、仕方ないと息を吐いた彼も立ち上がっては幾つかの手荷物を取り出し外出の準備を始める。
「それで……どうしてさっきは急にくっついたんだ? なんか顔をあちこち触ってたけれど」
「……シュウくん、今はもう大丈夫そうなのかなって思って。最近は……あまり、私と目を合わせてくれなかったから。どんなことで悩んでいるのかも、教えてくれなかったし……」
「……。それについては、悪かったよ。とても相談できるような案件でもなかったし、今だって俺のなかで完全に整理がつけられてるとは言い切れない。……けれど、方針はもう決めた。明日、旅行から帰ったらゆっくり話そう」
こくりと頷くいろはに笑いかけたシュウは、彼女の準備が整ったのを確認すると折りたたまれた地図を取り出しながら客室を出る。
――今日くらいは、好きなだけ楽しもう。
――旅行から戻れば、また忙しくなるのだから。
「季節ギリギリかなって思ってたけれどいっぱい生ってたな。どれも凄く美味しかった」
「ね! それじゃあこれから一旦道を戻って良さそうって決めたお店に行こうと思うんだけど――」
「……」
「……」
「……お昼ご飯、どうする?」
「おにぎりコンビニで1個だけ買って……。いややめとくわ、これ以上詰め込むと夜飯食えるかも怪しくなりそうな気がする」
「いっぱい食べたもんね……」
「あ……。これ、ちょっとシュウくんの持ってるのに似てない?」
「これや前のと比べるといろいろ吸ったせいか最近は刀みたいに鋭くなってきてるけどな。……木刀を温泉の土産に買う人っているのか?」
「どうなんだろう……? ……シュウくん、今持ってきたグッズってなに……?」
「お土産なにが欲しいか聞いたら鶴乃さんからリクエストのメールきた。フェリシアと見てるアニメが地域別でコラボして出してるキーホルダーらしい」
「そうなんだ。……やちよさんには何を買ってくればいいのかな――、旅行に出る前だってお世話になったのに……」
「ああ何か教わってたよな。ソウルジェム弄って何やってたんだ……?」
「…………………………おなかをいじって、その。避妊、とか……」
「……そっか……。そっか…………」
「わぁ……ここ温泉プールあるんだって! やっぱり温かいのかな……?」
「あー、プールかあ……。あるの知ってたら水着持ってきてたのになあ、残念。……いっそここで新しいの買って入る? いろはの持ってる水着は人前で着るにはちょっと際どすぎるしいい機会じゃないかな」
「……最初に買ったときは、私も可愛いなって思ってたんだけど……ぺらぺらだから、すぐ見えちゃうんだよね……」
「あれ可愛いっていうよりエロさの塊だろ、まだいろはのことそこまでそんな目で見てなかった時期にあんなの見せられたから大事なものがいろいろ歪められたわ」
「……」
「なんでちょっと嬉しそうなの?」
「夜ご飯は食べられそう?」
「おう、今は丁度胃の中身も空になってる。……結局イチゴだけしか昼は食わなかったから肉、肉が欲しいな……」
「後で運ばれてくるのはお蕎麦と……あ、この小さな鍋にいろいろ入ってるね。火を通してから食べるのかな」
「いいね、美味そうだ。……あー、やっぱいいなあ。こういうメニューとか並べられた料理みてると旅行に来たんだなあって感じがする。いやずっと旅行だったんだけどあちこち見て回ってたときとはまた違うというか」
「……気持ちはわかるような、わからないような……? シュウくんは去年の冬休みも旅行に行ってたよね、北海道だったっけ」
「雪まつりも動物園も楽しかったけど蟹や鯨の刺身が美味かったことだけがやたら印象に残ってるんだよなあ。我ながら食い意地が張ってるのかもしれん」
「ふふ、そうかもしれないね。わ、きた──美味しそう……!」
「あ゛ー…………………………」
今めっちゃおっさんっぽい声出たなと1人笑いながら、琥珀色の湯に浸かる少年は浴槽にもたれかかって外の景色をぼんやりと眺める。
既に日は沈み、夜空には弓なりになるようにして欠けた三日月がくっきりと浮かび上がっている。肩から上を吹いていった冷たい夜風に身を震わせたシュウは、肩まで身を温泉に沈め露天風呂で身体の芯まで温めた。
あっという間に時間は過ぎていった。
昼食もろくに食べられなくなるまで食べ続け少しだけ後悔したイチゴ狩り。温泉街を巡ってのお土産探し。旅館に案内された食事処で出されたそばや鍋……。この1日のなかでいろはと共に共有したそれらの時間はどれもこれ以上ないくらいに楽しく、充実したものとなっていた。
源泉かけ流しであるという温泉は、宿泊客が入る分には問題ない程度であるにしてもそれでもやや熱い。自販機で購入し持ち込んだスポーツドリンクを飲みながら夜空を見上げる彼の知覚は、扉の開く音とともにひたひたと近付く慣れ親しんだ気配を捉えた。
背後から響いた、ちゃぷりと響く水音。爪先から順に身をお湯に沈めたいろはは、身を包んでいたタオルを浴槽のへりに置くと振り返るようにして自分を見るシュウの視線に頬を染めながらぴたりと少年の隣に身を寄せる。
「熱いね……。シュウくんは温泉は好き?」
「好きか嫌いかでいえばそりゃあ好きだけどな。俺はほら、温泉に来たらサウナで耐久した後に水風呂突っ込んで汗流すのが好きだから」
「体に悪いよ……」
知ってた。けれども徹底的に汗を絞り出し蒸されに蒸された身体を冷や水で洗い流すときの快感はなかなか抗いがたいのだと、少年を見上げては困ったように眉根を寄せるいろはに苦笑しながら彼女の柔らかい身体を抱き寄せる。
この距離感も今や日常の一部だ。琥珀の湯に浸かることもあってか朱色に火照った顔を少年の胸に預ける彼女は、腕のなかにかき抱かれるのに身じろぎしながらも拒絶することはなかった。
「まあ、そういうのもめっきりやれてないけれどな。最近は風呂で仲良く寝落ちしてがっつりのぼせたこともあって懲りたよ」
「……あのときは大変だったもんね。私もシュウくんみたいに飲み物持ってくればよかったかも……」
「いつかはよく漫画でやるみたいに酒飲みながら温泉はいったりとかもやりたいもんだけどな。普通にこういうドリンクもいいもんだよ。……飲む? 水分補給は大事だよ」
そう言ってスポーツドリンクの入ったペットボトルを軽く掲げるのに頷いたいろはが、手渡されたドリンクを傾け嚥下していくのを目を細め見守る少年。ゴムで纏めた髪を後頭部で丸めた一塊が胸板をくすぐるのに手を挟み込み頭を撫でる彼が思うのは、旅行から帰ってからのことだった。
「あ~~~あ、明日戻ったらまた忙しくなるんだよなあ……ずっといろはとここで泊まっていたくなる。やだやだ、なんならこのまま温泉巡りしようよ。宝くじで一山あててずーっと遊んでようぜ」
「駄目だよ、学校もいけなくなっちゃう。……でも、温泉巡りかあ。ういにまた会うことができて、一緒にまた過ごすことができるようになったら……そうなったら、またシュウくんと、今度は皆と一緒に旅行に行くのもいいかもしれないね」
「……。そうだな」
背後から投げかけられた声音に交じった、淋しげな色。いろはがそれに違和感を抱く間もなく、浴槽のなかでぎゅうと密着する少女を抱く腕の力を強めたシュウは、心底の慈しみを籠めた手つきで頭を撫でながら囁きかける。
「いろは。今日は、楽しかったか?」
「うん。すっごく、すごく楽しかったよ。……シュウくんは?」
「……うん」
「楽しかったよ」
「あとは……そうだな。いろはと過ごす時間は……やっぱり一番好きだなって思った。それだけだ」
「――」
「……ずるい」
私だって、シュウくんのことが――。
そう言いかけた少女の唇を塞ぐ。
言葉はいらないと教えるように。
自らの想いを、行為で示さんとするように。
密着しての接吻、大きく目を見開いたいろはは、やがて瞼を閉じその口づけを受け入れ腕をシュウの背に回し抱擁をもって迎え入れていたが……やがて息苦しそうに彼の背を叩き解放されると、真っ赤になった頬を膨らませ少年に飛び付き彼もろともお湯のなかに上体を沈める。身を起こした少年に追い打ちするようにお湯をかけ、お返しとばかりにかけられ、パシャパシャと飛沫をあげじゃれあい──、やがて、浴室に笑い声が響く。
一頻りじゃれあって。全身をずぶ濡れにしながら、シュウとくっつく少女は囁きかけた。
「──。ね、シュウくん」
「明日は、聞かせてくれるんだよね。シュウくんが何に悩んでいたのか、何に苦しんでいたのか。……どうしても、神浜で私に話さなきゃいけない理由も含めて」
──どこまで察されてるのかなと思う。
魔法少女の真実を、彼女たちに押し付けられた残酷な
──シュウが、既に心を折られかけていることを。
「……もちろん、帰ったら教えるよ。ここで、ゆっくり休んで……俺も、腹を決めるさ」
何を捨てるのか。
何を護るのか。
──やることは何も、変わりはしない。
腕のなかの最愛さえいれば、彼はそれで十分だった。