環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
魔法少女として魔女と戦ういろはを支えるにあたり。少年が何よりも欲したのは情報だった。
魔女を倒す手段は。魔法少女として与えられる力にリスクはないのか。そもそも彼女たちに力を与えたキュゥべえとはどんな存在なのか。魔法少女の持つ魔法にはどのような差があるのか。恋人を通じて得られた情報はあまりに少なく、全て手探りで調べていくしかない状況だった。
魔法少女に変身した状態での運動能力の測定に、魔女の結界内での使い魔や魔女、偶にシュウを的にしての射撃訓練。
魔法少女となったいろはが何をどこまでできるのかといった検証の傍ら、SNSを用いた魔法少女たちとの交流を始めたのは彼女より長く魔法少女を務めている少女たちからいろはが魔法少女として戦うにあたって有益な情報を少しでも得られるよう模索してのものである。
……そもそも魔法少女は一体何人いて、どこに居るのかも定かではなくて。新聞やインターネットを介しあらゆるニュースを調べれば魔法少女の行動によるものではと想定できるあまりにも不自然な解決のされ方をした難事件や行方不明者の発見報告について見つけることができたものの、それで魔法少女と実際に接触できるかとなればまた別問題であった。
……例えば、目当ての魔法少女の活動する区域で魔女の棲み処を特定、結界付近で魔法少女を張りこんだところで不審がられるのは目に見えている。というかいろはに対して同じことをする男が居れば自分なら殺していた。
恋人以外の魔法少女がどのような存在なのかもわからずに声をかけていいものなのかと悩んでいたタイミングで。魔法少女とSNSを用いて接触することができたのは、これ以上ない僥倖だったように思う。
運が良ければ魔法少女を炙り出すことができるのではないかと一縷の望みを託すようにしてSNS上に投稿していた心霊写真――魔女の結界内で撮った写真が編集されたものか否かの議論を呼ぶレベルで拡散されたときは内心ヒヤヒヤしていたものだったが。そこで魔法少女を名乗りコメントしてくれた少女に魔法少女の間で使われる特殊なタグやアカウントについて幾つか教えて貰えて。
今回来てくれたエミリー……
「いやぁ~~~syu……シュウっちとはしばらく前からSNSでやりとりしてたんだけれどね、初めて知ったときは男の子なのにどうして魔法少女のこと知ってるんだろ!?ってびっくりしちゃってさ! で、で、で、聞いてみたらカノジョが魔法少女だから情報を集めていて、しかもシュウっちまで一緒に戦ってるって話じゃない! もうこれは応援するしかないしょってなったしできればシュウっちやそのカノジョさんと会ってみたいと思ってたの! 今日は本当に会えて良かった~~~!!」
……さて、どうしたものか。
なんというか──、そう、クラスに1人2人はいるようなムードメイカー。あからさまに軽そうで、遊ぶことが好きそうで、ぺらぺらと喋ることを何の苦にも感じないようなギャル。
自分はともかく、街の案内を買って出て先導してくれている彼女の隣で歩くいろはとの相性がだいぶ悪いのではないのだろうかと、もし辛そうなら割って入るつもりで後方から見守っていたが……最初こそ怒涛の勢いで喋るのにやや押されながらも、意外にもいろはは楽し気な様子で。
「シュウっち……?」
「うん、シュウっち! あーし会った人に渾名つけるの好きなんだ! たまき、いろはちゃんは……たまっち、たまちゃん、いろは、ろは……ろっはー! ろっはーで良い!?」
「……わぁ……! 私渾名で呼ばれるの初めてだから、なんだか嬉しいな……!」
ろっはー。
ろっはー……良いのか、良いのだろうか。いや本人がそれなりに喜んでいるのならそれで良いのだろう、うん。
というかいろはの発言を聞くと物凄く寂しい娘みたいになってるけれどそんなことはない、ないだろう。普通に環さんとかいろは、いろはちゃん等と呼ぶのが一番自然なだけで孤立していたみたいな事実はない……筈だ。交遊関係が俺ひとりに限定されていたってこともないだろうし……いや自信なくなってきたな、気付かない内に遠慮させて友達も近寄らなくさせたりはしてなかっただろうか……?
謎の罪悪感に駆られて煩悶とするシュウ。前を並んで歩く2人は喋っている間にいつの間にか仲が進展したのか、随分と声を弾ませて会話していた。
「えぇ、衣美里ちゃん1年生なんだ……1年!? 同学年かもしかしたら高校生かもしれないと思ってたからびっくりしちゃった……! こんなに綺麗なのに……!?」
「えへへ、ありがとう! 嬉しいな、魅力とか色気とかバチバチってやつ? 溢れちゃってる? でもろっはーが3年生ってことはシュウっちもそうなんだよね? どうやって魔女倒してるの!? それこそゴリラみたいな男の人が魔女殴ってるのかなって思ってたんだけど!」
「ぷっ……」
「まあやっぱ聞かれるよなあ……」
実はゴリラなんですとでも言えば面白いだろうか。……後々その発言を持ち出されて弄られても困るのでやめる。あといろはゴリラと言われてちょっと噴き出しそうになっていたの気付いているからな。別に怒りはしないけれど。
バットケースの中でも見せようかと思ったが……実は中身のバット、魔女に対して無理に衝撃を通したり強引にぶつけて皮を剥いだりしたこともあってかなりグロテスクな状態である。
魔女の表皮を裂き削り抉った鱗や爪牙には肉片がこびりつき、本体には体液がしっかりこびりついてしまっている状態だ。迂闊に見せるのは流石に不味いだろうと判断しながら、好奇心を露わに目を輝かせる金髪の少女に向け軽くバットケースを掲げる。
「魔女と戦うときに使っているのはこの中身だよ。魔法少女のように自分の武器を消しておける訳でもないしいろいろ物騒なことになってるから出すことはできないけれど……良かったら少し持ってみるか?」
「え、良いの!? じゃあ持つ持つ、中身なんなんだろ――重ぉ……っっ!!??」
やはり隠されると中身が気になるのは当然の心理なのだろう、ぺたぺたとバットケースに触れるようにして探り当てようとしながら両腕を回して持ち上げようとするのに合わせ少しだけ担いでいた腕の力を緩めると、宵の街路に響く悲鳴。
もし放り投げられでもしたら少女の華奢な体躯くらいならそのまま押し潰されそうな重量。これ魔法少女に変身しても持てるかは微妙なんじゃあと汗を流す衣美里は、慌ててバットケースから手を離すと驚愕の表情でシュウを見上げた。
「…………ゴリラ……?」
「真顔でそんなこと言うのやめてくれないか」
「っ、ふふ……!」
「いろはァ……」
「っご、ごめんおかしくって……! ふふっ……!」
「ねえーそうだよねおかしいよね!? え、こんなに重いの振り回してたら普通に魔女くらいなら倒せるって! え、すごい中身なんなの!? これ絶対入ってるのバットじゃないよね!」
「さてどうだろうなあ、片方はバットだぞ?」
「え、すっごいごつごつしてなかった……? むむむむ、じゃあもう片方はなんだろうなあ……」
変なツボに入ったのか、半目で見るシュウに謝りながらもくすくすと笑う桃色の少女にうんうんと頷いて問い質してくる衣美里に、つい口元を緩める。
最初に会った時はなんとも個性の強そうな娘だなと思ったし、実際かなり個性も強いが――勢いよく喋りながらも相手の言いたいことはしっかりと聞き、相槌も応答もはっきりと快活。ずけずけとした印象とは別に、多くの人間が他者と言葉を交わすにあたって作る壁にごくごく自然に潜り込める稀有な才能を持っているようだった。
実際いろはが身内以外の人間に過剰な遠慮をせずに居られるのも珍しい。魔法少女としての話題も交わすことのできる同性はいろはにとっても非常に貴重な存在であるように思えた。
何故か、会話が矢鱈と彼の話題になりつつあるのがシュウとしては気になるところではあったが――、
「え、シュウくんってもしかしてかなり有名だったりするの……?」
「そりゃもう! いや魔法少女やってる友達と話してるときときどき話題に出るくらいだけど、やっぱり魔女と戦って自分を守ってくれる男の子とかどこの王子さまって感じじゃない!? ささらんも騎士の鑑だーっ、とか言ってシュウっちのこと尊敬してるよー!」
「なんか聞いたことある名前だな……」
というか絶対SNSでシュウが何か呟くたびに真っ先に反応してきてる魔法少女だろうと唸る。試しに端末を開いて確認してみれば、用事があるのか神浜市の案内をしてやれないことを漏らしながらものすごく悔しそうに悲鳴をあげているようだった。
……そういえば普段の呟きも騎士騎士よく言ってるなあと思ったがそういう願望とか憧れ、ということなのだろうか。魔法少女もいろいろ居るものだなあと遠い目になって思いを馳せる。
「……いやまあ、魔女相手に物理の効きは物凄く悪いから活躍できているかどうかは微妙だけどなぁ、基本的に相手にダメージ与えてるのはいろはだし……」
「ん? それでもろっはーのことはちゃんと助けられてるんでしょ?」
「――勿論! 今日だって大きな魔女相手に真正面から立ち向かっていて……」
「えー、何それ聞きたい聞きたい! あーし超気になるんだけど!」
「いろは?」
「主武装が弓で溜めを置かないと魔女に有効打を与えられない私を、いつもシュウくんは前に出て守ってくれているの。電車で魔女に操られたひとたちに押し潰されそうになったときにも私を庇ってくれて──」
「いや、それは間違ってないけど、いろは?」
待て、いやその、待って欲しい。誇張はあんまりされていないような気もするけれどそんな熱意をもって語られるとは思っていなかったしなんか恥ずかし、え、いや待って本人がこの場にいるのにそんな話したりする? いやちょ、待──えぇい黄色い声がうるせぇ!!
……まだ衣美里選別した案内場所まで距離があるというのに、ガールズトークに熱の入った2人の勢いは未だ留まらず。顔を熱くしたシュウは、既に死にそうになりながら頭を抱えた。
***
「北養区でレストラン……でんとーてきな洋食やってるまなまなのお店とか、水名神社の縁結びとか、栄区のファッション街とか、私がささらんやあすきゃんと一緒にやってる商店街の相談所とか! いろいろ案内したいところはあるんだけど、ろっはーやシュウっちも夜には電車乗って帰らなきゃなんでしょ?」
「ならやっぱ、ここだけでも紹介しておかないとねー!」
そう言って衣美里が連れてきたのは、新西区の外れ、人気のない路地を出たところに建つ寂れた廃屋で。
『神浜ミレナ座』と刻まれた、如何にも年月の経過を感じさせる薄汚れた看板を見上げ、シュウは映画館の跡地らしき建物をきょとんと見上げるいろはの手をそっと握って、恋人に優しく微笑みかけながら、言った。
「帰るか」
「いやいや平気平気……え、待って帰るの!? 大丈夫大丈夫怪しいところじゃあないから! みたまっちょもちょっとオジサンくさいところあるけれど良い人だから! ろっはー可愛いから割り引きだってされるかも! 待って帰らないでー!」
「えぇい離せ怪しいところしかねぇよ……!!」
というかみたまっちょってなんだ、渾名として本当に適切なのかそれは。男に対する名前としても微妙過ぎるしもし女性の渾名だとしたらちょっと酷すぎはしないだろうか。背後からしがみついてくる少女を引きずるようにしてその場から離れようとするシュウだが、この金髪ときたら魔法少女としての力を遠慮なく発揮していてなかなか引き剥がせない。
本気で引き剥がそうとしたらそのまま怪我をさせてしまいそうでどうしたものかと悩む、が――彼に手を握られるいろはは、躊躇いながらも気遣わし気に少年を見上げて声をかける。
「その、衣美里ちゃんだって何か悪意があってここまで連れてきた訳じゃないだろうし、私もちょっと気になるから……行ってみない……?」
「えぇ……」
ものすごく嫌そうな顔になって最早運営もされていないだろう古びれた映画館を見上げるが……まあこの短い時間の触れ合いでしかなかったとはいえ、いろはには衣美里が自分たちを人気のないところで騙し打ちしてくるような人格ではないとわかっているのだろう。それはシュウも同感ではあるが……。
「……おじさんやおばさんからいろはのことを任されているんだけどなあ」
「ぅ……」
「でももし危険だったらシュウっちがろっはーを守るんだし大丈夫でしょー?」
「否定はしないけどさぁ……さっきまでのガールズトークで精神的ダメージがだいぶ溜まってんだからそういうこと言うのやめてくれよ……」
「あはは、なら大丈夫だね! おーいみたまっちょ居るー?」
鍵もかけられていない扉を開けて中に入っていく衣美里についていくようにして軽く気配を探るも、少なくとも魔女の気配はしない。いや聞くところではこの街衣美里が交友を持つ魔法少女だけでも10人以上居るという魔境らしいので仮に魔法少女複数人に待ち伏せされたら流石に逃げるしかないのだが……そういった悪意の気配もなさげではあった。
というより――、
「人、居なくない?」
「んんー留守かなあ……、失敗した、事前に連絡して今やってるか聞いとけば良かったぁ! ごっめん!」
「いや別に良いんだけれども……ここどういう場所なんだ?」
聞けば。ここは調整屋と呼ばれる、魔法少女のソウルジェムに干渉することで魔力を強化することを
「……ふむ」
流石に貴重品の類は別の場所に保管されているのか、調律屋の仕事ぶりを推し量ることのできる機材は一瞥では見つけられなかったが。それでも魔力の残滓は確かに感じ取ることができる。
平均がわからない以上魔法少女それぞれでどの程度の実力の格差があるのかは判じがたいが……いろはであっても消耗と溜めの時間を度外視した最大火力なら並みの魔女なら使い魔ごと打ち倒せるのだ。……だというのに神浜にいる魔法少女の多くが、己の命同然といえるソウルジェムを預けてでも強化を必要とする事実に、この街に棲む魔女や使い魔がどれだけ危険なのかを薄々と察して。あまりこの街には来たくないなと、小さく呟く。
それでも、魔法少女の魔力を強化できるというメリットはなかなか魅力的で。電車を使えばそう家から遠い訳でもないし、また都合の合う日にいろはと来るのも良いかもしれないと頭に留めておく。
(……魔力を強化したら、また能力の検証と測定をしないとなあ)
調律屋の拠点を離れ、駅へと続く通りに出た辺りで連絡先を交換してはぶんぶんと手を振って見送ってくれた衣美里と別れて新西中央駅へと向かう。
「ふふ……衣美里ちゃん、不思議な子だったね。珍しくシュウくん以外の人とあんなに喋った気がする」
「いや俺と居るときより喋ってなかった……?」
「何かあったらいつでも相談してねって言われちゃった。商店街で相談所まで開いてるんだって、凄いよね……!」
「ん、そんなこと言ってたなぁ……。自分だけでいつまでも喋るような娘かと思ったら意外に聞き上手で驚いたよ」
退勤した社会人や買い物客で賑わいつつある夜の大通りを、指を絡め合うようにして手を繋ぎながら歩く2人。
携帯を一瞥して時間を確認すれば、ちょうど8時半くらいで。思ったより早く電車に乗れそうだと判断しつつ、恋人と談笑しながらのんびり並んで歩く。
「おなかすいてきた……」
「ケーキ食べてたのにもう? お味噌汁は残ってたから……今日はもう遅いしお魚かお肉を買って焼いて食べる?」
「肉が良い。……近所の焼き鳥屋で買っていくのも良いな」
「あそこかあ。貧血気味になったときはお母さんいっぱいレバー買ってきてたなあ」
取り留めもない話をして、何でもないことで笑って、自然に寄り添うようにして歩く。魔女だとか魔法少女だとかが絡むとどうしても非日常的な生活になりがちだからか……。こうして大切な人と穏やかに過ごす時間は、決して苦ではなかった。
だけども――そんな時間は、いつだってあっさりと終わりを告げるもので。
「ぁ――」
「いろは?」
不意に立ち止まった桃色の少女に、訝し気に疑問を浮かべて。目を丸くして一点を見つめるいろはの視線の先を追ったシュウが見たのは――。
「……なんだアレ」
「小さい、キュゥべえ?」
彼も、キュゥべえとは何度か接触したことがある。そんな少年の記憶の中にも、当然キュゥべえと身近に接していたはずのいろはさえも見たことがなかっただろう、小さな小さな白い獣。
暫しそれを見つめる2人だったが――キュゥべえとの間を通り過ぎる人々によって視線が遮られた直後には、その小さなキュゥべえはいつの間にか姿を消していて。
その日の夜から。いろはは、毎晩のように見るようになった不思議な夢に、心を苛まれることになる。
カミハマこそこそウワサ噺
いろはの母親は出張から帰ったときお婆ちゃんになってたらどうしようかしらとかじれったいわねいやらしい空気にしてきますとか言ったりする程度には2人の仲に肯定的。
父親も肯定派ではあるが「2人年頃なんだしそういうこともあるかもだけどまだ15の娘の身体に負担かけるようなことはねえ」と穏やかに窘めたりする。シュウは正論に土下座した。
それでもたまにいろはが一緒に寝ようとするので生殺しかよとキレる