環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
すすり泣く声が、痛ましく耳朶に響いた。
緑色の髪、胸部や脚部の固い装甲とは裏腹のヒラヒラとしたミニスカートにケープ。『彼女』にとっては己よりもずっと大切だった少女の姿を取ったひとりぼっちの最果ての主――アイは、嗚咽を漏らしながら自らの胸の中心を貫く少女を微笑みを浮かべ抱きしめる。
「アイちゃ、ん……」
『さな。たとえ私が消え去ったとしても、私と貴方はひとつです。……私を、外の世界に連れていってください』
少女たちの箱庭は潰えることとなる。他でもない、自らが取り込んだ少女の為に自滅の道を選択したウワサによって。――けれども、それで終わりではないのだと。アイはそう微笑んで、大粒の涙をぼろぼろと流しすすり泣く少女と目を合わせた。
『アイ。……アイ。貴方のくれた、私の名前』
『さな。ワ……わたし、に。名まえを、くれ、te、ありがとう』
「……あい、ちゃん」
『さな。一緒に、外の世界へ』
アイの胸を貫いていた短剣が地に落ちる。
それが意味するのは、つまり。この世界の主であった、彼女の――。
「――アイちゃんっ!!」
「……」
孤独なウワサと、透明な魔法少女。どうしようもなく独りであることを強いられたが故にひとりぼっちの最果てで巡り合い絆を繋げた少女たちの片割れが喪われ響いた慟哭に、いろははかける言葉も見つけられぬまま顔を曇らせる。
――主を喪ったひとりぼっちの最果てに、ぴしりと罅割れが奔った。
「――ッ、さなちゃんっ」
魔女結界や、これまで遭遇したウワサの結界と同じ。その空間を構築していた軛を喪ったことによる結界の消失、その予兆――。目を見開いたいろははさなに駆け寄ろうとして、直後に空間全体が崩れ落ちた。
少女たちが、宙に投げ出される。
「――ぁ」
ひとりぼっちの最果て。それは電波塔展望台からの飛び降りをトリガーとしてウワサの住まう空間へと誘い監禁するためのウワサだった。
であれば、推測されるウワサの結界の座標は電波塔中空。正規の手続きを踏んでひとりぼっちの最果てからの退去をするのであれば、もしかしたら他の建物に出入り口を用意し立ち去ることもできたのかもしれないが――肝心のウワサは、既に消滅してしまっている。
結果として。
地上百数十メートル、神浜市上空にいろはとさなは当然のように重力に従って落下した。
「っ、ッッ!?!? ごめんアイちゃ、いまそっちに逝くね――」
「さなちゃん諦めないで!? 大丈夫、絶対に死なせたりなんかしないから! ――さ、最悪生きてさえいれば私が治すから頭だけは守って! 骨が折れる以上のケガは治したことないけれどきっと治すから!」
「それって治せる保証ないってことですよね!? うわぁああああんアイちゃーん!」
「矢を壁に突き立ててどうにかブレーキをだめだこのままじゃ屋上に直撃しちゃう――しゅ、シュウくんごめん助けてー!?」
あ、でも確かシュウくんも確かマギウスの翼らしい魔法少女を足止めしてて――。
恋人も助けに駆けつけられずにいる可能性に思い当たったいろははちょっとだけ折れそうになった心を懸命に奮い立たせると空中で魔力を暴発させ落下の軌道をねじまげ移動、2度の失敗を経てなんとか自分と同じく落下するさなへ接近することに成功する。緑色の髪の少女を抱きしめた彼女はそのまま空中で身をよじり回転、自らをクッションに落下しようとして――。
――。
「こっわ……。いや本当にこっわ……。俺がいなかったらどうするつもりだったんだ一体……、心臓飛び出るかと思った……。大丈夫か? ケガしてないよな?」
「しゅ、シュウくん……。あ、りがとぅ……」
「ひゃ、ひゃわ……」
高所落下の衝撃に未だ立てずにへたりこむ二人の少女を救出した神社の祭祀を思わせる和装の少年、轟轟と暴走族の乗り回すバイクのエンジンのような音を立てながら飛翔しいろはたちを拾い上げ近隣の建物の屋上に下ろしたシュウが汗を拭い息を吐く。
光の粒子と化した和装を解き、身軽そうなシャツとジーンズの姿に戻った彼は目を凝らし上空の様子を確認するとようやく肩から力を抜いたようだった。
「まあ、何はともあれ無事でよかった……。ひとまず七海さんたちと合流しようか、向こうも心配してるだろうし。……アリナさんが来てたってことは多分マギウスにも話はいってるよな、婆ちゃんに声をかけておいた方が良いか」
「あ……。そうだ、あのマギウスの翼の人大丈夫だったの……?」
ひとりぼっちの最果てに現れ裏切りを図ったアイを襲撃したという魔法少女。恐らくはドッペルによるものだろう呪いの塗料をまき散らし襲撃したアリナと名乗った魔法少女の剣幕を思い出しながら聞くと、苦々し気に目元を歪めた彼はいろはたちを着地させたデパートの屋上で金網にもたれかかった。
「――ヤバイヤツだと思ってたけど、いや普通に今もヤバイとは思ってるけど話せばわかるひとだったよ。今回の案件についてはいろはの行動もマギウスの利害に障る行動ではなかったこともあって俺が庇ったことに関しても小言程度で済んだ。……まあ菓子折りのひとつくらいは後々持っていくことになりそうだけど。なんかいい店とかあるかなあ」
「……シュウくんは、大丈夫なの。その、アリナさん……? の邪魔をしちゃったこともそうだけど――さっきの風や、シュウくんが変身できるようになったのって」
「あぁ、うん」
今のシュウは、黒木刀を持っていなかった。
既に武装も解いた今でも、それまでの彼には縁のないものだった筈の魔力の気配は色濃い。空中でいろはたちを回収した際に用いたジェット噴射じみた風とそれを放出していた黒い刃――。それらの要素から少年とうり二つの姿をしていた剣士を思い出したいろはに、何でもないように彼は頷いた。
「多分、これから魔女を
自らの力を誇るような口ぶりは、けれどいろはの見上げるどこか空虚な表情とは見合わない。
まるで――。
「
「今は俺も――魔女守のウワサだ」
まるで、腹の底からの後悔を堪えるような。そんな顔をしている少年に問いを投げる間もなく、彼女たちのもとに急行するやちよからのテレパシーが届く。
宵闇に紛れ上空に並べた槍の上を駆け電波塔から近づいてくる人影を見上げるいろは。落下に備え変身を維持し魔法少女の姿になっていた彼女は、携帯に届いたメッセージの着信音には気付かなかった。
***
魔女だろうが、ウワサだろうが。同じ起源をもつ種族の怪異であったとしても、それぞれの特徴というものがある。
一般人にさえ怯えるような臆病なもの、貪欲に他者を喰らうもの、己の構築した結界に引き籠り安穏と過ごすことを至上とするもの。魔女にも様々な部類のものが存在するように、神浜市に跋扈するウワサのなかにもそれぞれの違いというものがあり、遭遇するにあたってのハードルというものがあった。
いろはややちよが交戦してきた絶交階段、フクロウ幸運水は比較的低い方だ。前者は所定の区域内で絶交、謝罪のプロセスを踏むだけ、後者は配り歩かれる屋台で幸運水を受け取るだけ。
それらに比べれば、ひとりぼっちの最果てというのはこれでもかといわんばかりの高いハードルを誇るウワサだった。何せ要求されるのが単独での電波塔からの飛び降りだ――。怖いものみたさや好奇心で挑むには無理がある。広められているウワサについて気になったところで、実際に試そうと思える者などそれこそ自殺志願さえ抱くような特殊な事情の持ち主か、電波塔から身を投げても死なないだろう身体能力の魔法少女くらいのものである。
……つまり、何が言いたいかといえば。
電波塔からの身投げを敢行した挙句ウワサから逃れる素振りひとつ見せずに自身を監禁するウワサと交友を深め、約3ヶ月ものの間ウワサと遊んで過ごしていたような魔法少女が、尋常な背景をしている筈がなかったということだ。
「その、私家族のところに戻る気にはなれないんです。透明人間だから魔法少女にしか見られないし……もともと、あそこには私の居場所もなかったし……」
自宅への案内を申し出たいろはたちに遠慮がちにそう口にしたさなからは相当な陰りを感じさせられたが、少年が驚かされたのはそれを聞いて少し考え込むなり躊躇いもせずに「それならうちで暮らしてみる?」などと提案したやちよの胆力か。
透明な魔法少女としてもその提案を断る理由はなかったのだろう。結果として、二葉さなはいろはたちとともにみかづき荘の新たな住民として暮らすことになった。
そして――歓迎会といえば、鍋である。
鍋の誘惑に引き込んだフェリシアとともにそう主張し夜食の鍋奉行の役目も与えられたシュウは、既に火を通した鍋にいれる具財を手際よく切り揃え深々と頷いた。やっぱり歓迎会は鍋一択だろうと。
「……そうなの?」
「まあ、みんなで集まって鍋つつくのいいよねって話だよ。何ならしゃぶしゃぶでも良い。……宝崎での剣道の打ち上げ以来行ってなかったなしゃぶしゃぶ。今度クラスや部活で集まりあるようならそっちもいいかもなあ」
切り揃えた豆腐や野菜、肉類をどさどさと鍋に投下する少年は、いろはの疑問に鼻歌交じりに答えどさりと積まれた白菜をぐつぐつと煮立つだし汁のなかに沈めていく。
どたどたと廊下に響く騒がしい足音――。同室に暮らすこととなったさなとともに部屋の整理をしていたフェリシアがリビングに駆けつけテーブルの上に乗せられた鍋に色めきたった。
「お、もう美味そうじゃん! シュウシュウ、早く食おうぜー!」
「なんだ、もう少し待ってても良かったのに。ちょっと待っててくれ、もうそろそろいい感じに仕上がるから。もうすぐできるから手を洗ってきな」
鍋パーティの提案に笑顔で同意しかけるも暫しの沈黙の後にさなちゃんの歓迎会なら万々歳特別メニューをー! と声を張り上げた鶴乃の主張はシュウたちの引っ越し祝いと同じになるからと後々の機会へと回された。
昆布と魚の切り身を出汁に、豆腐、白菜、豚肉長芋舞茸……電波塔からの帰り道のスーパーで買いこんだ割引商品を遠慮なく放り込んだ鍋からは食欲を刺激する匂いが立ち上っている。味付けは味噌と鶴乃がいつの間にか持ち込んでいたらしい中華料理の調味料をほどほどに投入したものだった。
「あの、すいません何か手伝えることは――わぁ、美味しそう!」
「フェリシアー! 部屋の片づけさなちゃんに丸投げしたでしょ、困らせちゃ……。おぉ、これシュウくんが作ったの!? 凄いね!」
「鍋ですからね、買ってきたもの適当に切って放り込んで煮込むだけで普通に美味くなるのは楽なもんですよ。まあ悪くない出来でしょ。……あ、さなちゃん皆の分の器持ってきてくれる?」
2階から降りてきた鶴乃とさなの反応に対しても普通にやれば美味い料理はいいものだと口にしておきながら漫画でやるような闇鍋もちょっとだけやってみたいのは秘密である。
鍋を温めるつまみを保温にしてさなに持ってきてもらった器に中身をよそい並べる少年は、そこでレンジで温めた惣菜を持ち込んできたやちよが何やら感慨深げに机の周りを囲む面々を見守っているのに気付く。少年の視線に苦笑した彼女は、懐かしむように目を細め呟いた。
「この人数で鍋を囲むのも久しぶりだから、少し昔が懐かしくなってね。……もう6年前になるのかしら、みふゆと逢った頃なんかはみかづき荘にも下宿の学生やお婆ちゃんが居たから毎日騒がしかったけれど、楽しかった。ここ暫くは1人暮らしだったこともあって随分と懐かしくなるわね……」
「……梓みふゆさんでしたっけ。幸運水のところで顔合わせるまでずっと探してたんでしょ? 連絡先は交換してるんでよっぽどひどい喧嘩をしたとかじゃなきゃ呼びますけど」
「……呼べるの?」
「鍋も結構な量ですし、あのひとマギウスやら
「……そうね。ちょっと代わって。みふゆ、もし今晩来れるようなら久々に――」
何事かをやちよが囁きかけた直後、『!?!?! 今すぐ行きます絶対行きます!!』との叫び声とともにドタバタ足音が響いた。何を言ったのだろうと視線を向ける少年の視線を微笑みながら受け流し携帯を返したやちよは目元を弛め座席のひとつについた。
「それじゃあ、さなさんの歓迎会を始めましょうか。みふゆが来るのを待たせる訳にはいかないし――いや本当に今すぐ来るとは思わなくない?」
鳴り響く呼び鈴。どんな
何故か、縄で彼女の全身をぐるぐる巻きにした状態で。
「……あの、やっちゃん。その、連絡も全然していなかったのは申し訳ないと思っていて――」
「安心しなさいみふゆ、情報を無理に搾り取ろうとは思わないわ。どうせあなたが開示できるのも桂城くんと似たような内容なのでしょうし。……だから、ええ。今夜くらいはゆっくりと積もる話を、ね?」
「お、お鍋は……?」
「安心して、言ったでしょう? あーんして食べさせてあげてあげるって……あっつあつの鍋を、ね……」
「!?」
さなの前で刺激の強いことをするつもりはなかったのか、そもそも料理を罰ゲームじみたことに使うようなことをするつもりなど毛頭なかったのか。一頻り揶揄われたのちにみふゆが解放されて以降は楽しく鍋をつつく時間が続いた。
互いに踏み入り過ぎない範囲での近況の報告、好きなアニメ、遭遇したウワサ、男の混ざり辛く、けれど話の矛先もそらせず抜け出すこともできないガールズトーク。あとはマギウスの翼における上司といえる面々に関する些細な愚痴――。魔法少女6人、男1人という異色の集まりは穏やかに進み無事に終わった。
「鍋パーティ、楽しかったね。さなちゃんもリラックスして過ごせていたみたいでよかった……」
「そうだな。まさか本当に一般人から見られないって聞いたときはどうなるかと思ったけれど、魔法少女の多いここならあの子も苦労しないで済むだろうから安心できそうだし。ひとまずは一件落着ってところかね」
後片付け、入浴も済ませ後は眠るだけ。購入したのはいいものの遊ぶ間もなく忙しい日が続き棚に詰むこととなっていたゲームを開いていたところに「ちょっと良い?」と声をかけたいろはを招き入れたシュウは、隣り合うように桃色の少女とベッドのうえに腰かけ言葉を交わしていた。
男女で分ける配慮か、一階に配置された少年の部屋の上方からは何やら盛り上がっているフェリシアの笑い声が聞こえる。仲よくできているようで何よりとぼやきながらいろはと身を寄せ合った。
「……シュウくんって、さなちゃんのこと見えてるんだよね。ウワサと一緒に居るから?」
「ああ、そうだと思う。多分魔女守が俺から離れたらあの子のことも見えなくなるんじゃないかな。見えないってだけだから気配でなんとなく様子はわかると思うけれど」
ウワサとの融合。あれだけ文句を言っていた魔女守のウワサと結託し力を借りることをよしとしたのにどのような背景があったのか、いろはは知らない。けれども、それが決して彼の利にばかりなるわけでもないというのは理解しているのか少年を見るいろはの視線は気遣わし気だった。
「魔女守さん、とはどうなってるの? その……シュウくんのなかで眠ったり?」
「そうだな。俺が欲しい情報は聞けば答えてくれるし、向こうは……その気になれば俺の思考もぜんぶ読み込むことができると思う。俺はいろはと2人きりでいるときなんかはスリープさせてるし魔女守は魔女守で隠してる情報あるらしいしでぜんぶ共有してるわけじゃないけど……それがどうかした?」
「……」
アイさんから、メールが来たの。
心なしか震えた声で、少女は呟いた。
いろはの見せたのは着信したメッセージを表示した携帯の画面。そこには、ひとりぼっちの最果てを破壊したこと、さなを受け入れることを決めてくれたことへの感謝とともに、あることを開示していた。
いろはさんの探す家族、環うい。彼女のことは、魔女守のウワサが知っていますよ
「――」
「……シュウくん。魔女守さんに、聞いて」
縋るように、訴えかけるように。
彼女は、少年を見つめていた。
「ういは……私の妹は、どこにいるの――?」
――悪い。それは、秘匿事項らしい。
そう言うしかなかった。
言えるわけがないだろう。
ういが、お前が懸命に探し続けていた妹が。
とっくに、魔女になっているだなんて。