環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
いよいよマギレコ二期来ましたね、実をいうととっくに頓死したものかと思ってたから告知きたときは心底驚き喜びましたよ。
……時間停止してるなかでも攻撃の回避とソウルジェムの浄化こなせるほむほむずるすぎない?
「……まったく」
我ながら、随分と酷い顔だった。
バスルームに響く水音。頭からシャワーを浴びる少年は、顔を拭い鏡に映った己を見つめ軽く苦笑する。
自分で決めたことにうじうじと悩んで碌に眠れぬ夜を過ごした目元には隈こそ浮かんではいないものの、風呂場だというのに目に見えてわかるほどに顔色は悪かった。
情けないと毒づく。状況を考えれば未練など捨ててすべて終わらせるために尽力するのが一番とわかっていながら、少年は未だに踏ん切りをつけることができないでいた。
今更、どうしようもない。一度決めた以上は突き進むしかなく、後ろを振り向いたところで地獄しかないのなら――。たったひとつの『最低限』を守るために、手遅れとなったものを切り捨てるしかない。
わかっている。
わかっている、はずなのに――。
マギウスの翼本拠を離れて宝崎の自宅に戻って後始末を終え身を清める少年。無言でシャワーを浴び、うつむいたままで息を吐いた彼は、玄関から響いた鍵を開ける音をその聴覚で捉えぴたりと動きを止めた。
「……嘘だろ?」
まさか、とシュウが思い浮かべたのは最愛の少女。
マギウスの翼に所属する魔法少女の大半は少年の家を知らない。近頃は魔法少女救済に向け彼やマギウスの翼を奔走させている老婆は『秘密基地』からほとんど出ることはなくなっている。シュウがみかづき荘に帰らなくなってからは毎日のようにコンタクトを取ろうとしてくるいろはがこの場を突き止めてきた可能性は想像し得るなかでは最も濃厚なものだった。
――向こうがそれを望むのなら、いっそ今日ここでケリをつけてやるか。
脳裏を過ぎった諦観にすら近い感情。気だるげに嘆息した少年はシャワーを停めるとゆらりと立ち上がってバスルームの扉を開く。
同時、洗面所の扉を開いて金髪の少女がなかを覗き込んだ。
「「あ」」
――風呂上がり、浴室でシュウが遭遇したのはフェリシアだった。
僅かな沈黙。ぽかんと口を開いて少年を見つめ、頭の中を整理するように目を瞬き、やがて真っ赤になって爆発した少女は踏鞴を踏むように後退って叫ぶ
「え、え……え……!? なっ、んななななななんで裸なんだよおま……!?」
「いや風呂に入ってたから当然だろ。寧ろなんでフェリシア覗いてきたんだ」
「え。い、いや、シュウがいないかなって探しに来たら風呂場から音が聞こえたから、もしかしているかなって――ばッ、馬鹿っ、だから服着ろってぇ……!」
「……じゃあ服着るからとっとと出てってくれ、露出狂でもあるまいし俺だって好き好んで裸見せたいだなんて思ってる訳でもないんだよ」
呆れたように唸る少年の言葉に慌てて飛び出したフェリシアは、洗面所の仕切りを閉じる直前で手を止め、恐る恐るといったように声をかける。
「に、逃げたりしないよな……? いろはのやつ、シュウが帰ってこなくなってからずっと……心配してたんだぞ。喧嘩したんなら話を聞くから……ちゃんと、会って話そうよ……」
「……」
初めて会ったときを思えば、随分と丸くなったものだと苦笑する。
元々喪失に伴った孤独な環境で過ごしていたこともあいまって、それなりに身近に過ごしていたいろはとシュウの関係が拗れるのはフェリシアも心苦しいのか。声を震えさせて問い質すフェリシアに、体を拭った少年も息を吐いた。
覚悟を決める。
「……そうだな」
「――そうするよ」
大切な女の子の心を、踏み躙る覚悟を。
***
クラス中から回収した紙の束が音を立て教卓で纏められ抱えられる。
チャイムが鳴り響くなか、教材を片手に持ち抱えた教員が立ち上がった。
「はい、今回の授業はおしまい。小テストは次回の授業で配りますからねー。これは聞き飽きたかもだけど何度でも言いますからね、予習復習はしっかりすること! あるなしじゃ全然違うからねー?」
授業が終わった。
机の上に出した教科書類を片付けるのも惜しいと立ち上がった少女はようやっと昼休みとにわかに喧騒に包まれる教室を足早に抜け出すと早くも人通りの多くなりつつあった廊下を進み己に割り当てられたクラスの隣、恋人のいる教室へと足を踏み入れる。
談笑するグループの脇を緊迫した表情で通りぬけ、寄せられる好奇の目を気に留める余裕もないまま目当ての席へと視線を向けたいろは。授業が終わるなりすぐさま隣の教室へと踏み込んだ彼女は、目当ての席に誰も座っていないことを確認すると落胆を露わに肩を落とし、空席となっている机のひとつ前に座る水色の少女に向かい歩み寄る。
「レナちゃん、シュウくんは……?」
ここ数日はずっと教室に通い真っ先に声をかけてくるのに最初はそっけない態度であった彼女も今では協力的に接してくれている。落ち込みながらも問いかけるいろはに渋い表情になったレナは首を振ると後方の――桂城シュウに割り当てられていた筈の空席を指し示す。
「今日はアイツ、来てないわよ。昨日も登校自体はしてたんだけどすぐ早退してたし、声をかけてもほとんど返事もしないし。一度いろはの話切り出したらすっごい顔で睨まれたんだけど、ほんとなんなのよアイツ。……いろはの方はどうなの、メールとかは送ってたんでしょ?」
「……返信は、来たんだけれど……」
――忙しくてもう暫くは会えそうにないし、会いたくない。
暫くはみかづき荘にも帰ってこれない旨を伝えて以降ほとんど応答のなかったメッセージ。また会って話したいと送ったいろはに返されたのは明確な拒絶の言葉だった。
俯いて沈黙した彼女に何を察したのか、何とも言えぬ表情になって口を噤んだ水色の少女は慰めたものかと慣れない気遣いに頭を回す。結局適切な慰めの言葉も思いつかずに黙り込んだレナはあーもう! と癇癪を起こしたくなるのを耐え小さく唸った。
「……早退、遅刻こそはしても欠席はしてないから、アイツも出席日数は維持したいとは思ってたんだけどね。……家の都合だどうだって先生たちには説明してるみたいだけどみかづき荘には帰ってないんでしょ? シュウのやつマギウスのこととか親になんて伝えてるのよ」
「シュウくんの家族は……、その。魔女に……」
「えっ……。……ごめん……」
「あっ、でもお婆ちゃんは生きてて。魔法少女で、今もマギウスの翼のお手伝いをしてるって……」
「どういう状況なわけ……?」
真顔になって問いかけられた疑問に、いろはは答える術を持たない。目の前の水色の少女も知らない魔法少女の真実こそ知ってはいても、それでもまだわからないことは幾つもある――。
恋人が頑なにいろはとの接触を拒むようになってしまった理由さえも、いろはにはわからなかった。
そのときだった。着信音を響かせたいろはの携帯、画面を開いた少女は表示された名前に目を見開く。
「フェリシアちゃん……?」
――自分が学校に行っている間も、さな、やちよと協力しながら恋人の行方を追ってくれていた少女。今日はシュウの家に向かうと聞いていた彼女からの連絡にもしかしたらと息を呑んだいろははフェリシアと通話を繋ぐ。
「──もしもし。……もしもし、フェリシアちゃん? ……これって」
『──、──!』
返事は返ってこなかった。
通話の向こうから届くのはびゅうびゅうと響く風の音のみ、フェリシアの声はどうにか聞き取れたものの風にかき消されて何を言っているのかも判然としない。
外に出ているのだろうフェリシアの言葉を聞き取るため、注意深く耳を澄ませたいろははそこで気付く。
(足音が、聞こえる──それに、風? ……シュウくんに抱き上げられて全力疾走で移動してたときも、こんな感じの音がしてたような)
「まさか……フェリシアちゃん!? シュウくんと──」
『ぅえ……いろは、いろはぁ、聞こえる、かあ!? 今、シュウのやつに突然っ、拐われて──、なんか、呼べって! 神浜の、記録、博物館だかにウワサがあるって──、うわ、速ぁ!? ごめ、もう喋れな──』
「フェリシア、ちゃ──?」
ぶつりと途切れた通話。困惑を露わにフェリシアの言を咀嚼したいろはは、やがてがたっと席を揺らして立ちあがると教室を飛び出していく。
衝動のままに走り出すいろはにすれ違う生徒たちからの困惑の視線を向けられるのにも構わず疾走する彼女の携帯への再度の着信。相手を確かめもせずに通話に出たいろはは、突然教室に取り残されることとなったレナからの怒声を浴びた。
『ちょっと、いろは急に飛び出したりなんかしてどうしたのよ! 今の電話ってなんだった訳!? まさか──』
「うん。……シュウくんが呼んでる! なら、行かないと──、ごめんなさいレナちゃん、先生に早退の連絡をしてもらえる? 鶴乃ちゃんは……いた!」
「うん、どーしたのいろはちゃん急に……」
「フェリシアちゃんがシュウくん見つけました! 一緒に記録博物館っていうところに向かってるみたいです!」
「――でかした!」
歓声をあげた鶴乃、彼女が「私もすぐそこの場所調べて追いつくから! ししょーとさなちゃんにも連絡するねー!」と声を張り上げるのに頷いて階段を駆け下り下駄箱から履き替える時間も惜しいと一直線で正門まで飛び出したいろははそのまま人目の薄い路地へと突っ込んでいく。
――世界記録をも余裕をもって塗り変え得る魔法少女の脚力だ、学内ではまだ見間違いか何かとでも誤魔化せば済むが人目についてしまえば後々が面倒になる。
シュウが街中を本気で走る際に気にしていた行動を思い起こしてマップアプリを開いたいろはは、気が逸るあまりに何度も誤入力をしながらフェリシアの口にしていた施設の名を入力する。
「神浜、記録博物館……。少し歩くには遠いけれど、シュウくんならすぐだろうし……フェリシアちゃんと一緒に動いてるくらいだし待ってくれるとは思うけれど……いた!?」
ちらりと、視線を向けるのは建物の屋上。建物から建物の跳躍を繰り返して移動していくことを検討するいろはが建物の壁のでっぱりに脚を乗せ一気に駆け上がろうとして態勢を崩し転がり落ちる。
魔法少女の優れた身体能力をもってしても、機動戦を得意として戦ってもいない以上当然のようにパルクール同然の動きをしていたシュウの動きを再現できる訳では決してない。
ここで手間取ってると人に見られる恐れがあり、かといって他でチャレンジしようにも人目のなか白昼堂々屋根に上がり込むことなどできない。数度の挑戦を経て建物のうえに上がる段階で挫折したいろはは道路の方へ視線を向けるが、全力疾走で学校を飛び出した彼女は財布もバッグは勿論財布も持ってきていない。涙目になったいろははタクシーに乗るべく早足で学校に戻っていった。
「あ、いろはちゃん間に合った――。……どうしたの?」
「……どれだけシュウくんに頼りきりになってたのかなあって、ちょっと自分を顧みてるの……」
「??」
タァ――――…………ン。
響く足音は、足音と呼ぶよりはどちらかというと銃声に近かった。
音源に近い街路を歩いていた人々の何人かがスマホの画面から顔をあげ辺りを確認した頃には、足音の主はその場から一気に離れている。少女を片腕に抱え誰もいない建物の屋上を、あるいは空中を足場にして駆け抜けていく少年はあっという間に町をひとつ抜け目当ての場所に近付いていった。
年月の経過を経てなんともいえない古びた印象を与えさせる建物のひとつへと辿り着いた彼は着地、胴に腕を回し抱え上げていた少女を降ろす。
がくりと膝をついて崩れ落ちたフェリシアはぜえぜえと喘いで汗の雫をアスファルトに滴らせた。
「ほんとなんなんだよ……いきなりとっ捕まえてきたかと思えば、信じられない速さで突っ走りやがって……。ジェットコースターは好きだったけれどあんなスピードで振り回されると途中から気持ち悪くなってきた、きっつ……」
「……悪かったな、気分を発散させたかったこともあって少し本気で走ってた。……立てるか? 休むのなら中でゆっくり休もう」
「……どうせならいろはにするみたいに──。………………。いや、なんでもないっ。平気だよ。……平気だってば!」
「俺はまだ何も言ってないぞ」
疲弊は明らかに残ってるだろうに顔を真っ赤にして唸るフェリシアに眉をひそめるも、頑なに彼女が答えようとしないのにひとまず疑問を捨て置く。
荒い呼吸を繰り返すフェリシアの手をとって起き上がらせた黒髪の少年は彼女を伴って寂れた建物へと向かっていく。
「……そういえば俺フェリシアには合鍵渡してなかったよな? なんで入ってこれたんだ、扉を粉砕して上がり込んできた訳でもあるまいし。……いろはにでも借りたか?」
「……いろはんちで泊まってるとき貰った鍵。あれに、シュウんちのも付いてたんだよ」
「ああ、成る程」
「……」
ふと浮かんだ疑問を解消しながら進んでいくなか、踏みいる建物のなかは小綺麗に整えられていた。
気楽な調子を崩さない少年の態度にフェリシアは物言いたげに口を開いては閉じていたが──。やがて、覚悟を決めたように唇を引き結ぶと彼に向かって問いかける。
「……なあ、なんでだよ」
「……」
「あんなにいろはと仲が良かったじゃん、喧嘩でもしたのかよ。……なんで、何も言わないで帰ってこなくなっちゃうんだよ」
「心配をかけさせたか。……悪かったな。いろはにもそこは謝らないと」
「なあ、なんで──」
「……悪いけれど、その話はまたいろはたちが来てからにしようか」
有無を言わせぬ響きだった。
フェリシアの追及の言葉を切り捨てた少年は目を細め、とうに閉鎖された博物館の奥にて己が領域を構築するウワサの魔力の気配を知覚しながら淡々と呟く。
「……30分もすれば来るかな。ああ──
その言葉には。
心底の怨嗟と後悔が、籠められていたような気がした。