環いろはちゃんと共依存的にイチャイチャしたい人生だった 作:風剣
「――七海さんは」
「自分よりも長い間魔法少女をやっている人と、会ったことがありますか?」
そう問いかけた少年からは敵意はなかった。恋人の繰り出したドッペルを一刀のもとに切り捨てた太刀を納めたどこか虚ろな目をした少年の疑問の意図をおおまかに悟るやちよは、しかし沈黙を選ぶ。
選ばざるを得なかった。
「鶴乃でも、フェリシアでも、さなちゃんでも良いよ。一度でも良い。皆は、魔法少女をやっている間に自分より、やちよさんより何年も前から魔法少女として活動している誰かと会ったことがあるか――?」
「……知らねえよ、そんなの」
「私も……わからない、です」
「……みふゆ……十七夜……確かに、やちよより長く魔法少女を続けてる魔法少女のことは知らないけれど……」
少年の問いに、明確に答えられる魔法少女はいなかった。
魔法少女となってそれほどの時間を置いていないフェリシア、さなはともかく。1年前から魔法少女になってやちよとチームを組んでいたこともあったという鶴乃さえも、やちよ以上に長い間魔法少女を続けている魔法少女をあげることができない事実。
「……一体、どれだけの魔法少女が。魔法少女から大人になるまでに、死んでるんだろうな」
そこから導き出される状況は、少年を突き動かすのに十分だった。
魔法少女となった──ソウルジェムに全霊を封じ込められる対価に力を手にした少女たちの強靭な身体は病や事故で易々と死ねるようなものではない。そんな彼女たちの死因ともなれば自然に絞られる。
魔女、あるいは他の魔法少女との争いに破れての殺害。そして、ソウルジェムの穢れを溜めての魔女化。
7年──。たったの7年魔法少女として戦い、そして生き残ってきた七海やちよがベテランと呼ばれている時点で。魔法少女の致死率は、察して然るべきだった。
「このままの世界じゃ、絶対にいろはを守れない。魔法少女の魂をソウルジェムから解放する術を灯花ですら実現する目処を立てられていない以上、魔法少女の魔女化を止めるのは最低限……」
「それで、ようやくスタートラインだ。そこまでしてようやく、俺はいろはに10年後、20年後──更にその先の未来を保証してやることができる」
「……」
だから、絶対に。魔法少女の救済という唯一の機会を逃すわけにはいかないのだと。
その目をギラギラと妄執に燃やして断言したシュウの言葉に少女たちは二の句を告げれずに、そんななかで口を開きかけたやちよはしかし嘆息すると意識を失ったいろはを担ぎあげていく。
いろはのドッペルを討滅して以降、少年は座り込んで動かず。少なくとも彼には記憶ミュージアムのウワサにこれ以上魔法少女を近づける意図がないのだろうと判断したやちよは、ウワサと魔法少女の間に立ち塞がるようにして座る彼に背を向け気を失った少女を連れ撤退していくことを選んだ。
いろはを放っておくわけにはいかないと空中回廊を降りようとするやちよにさなが、鶴乃が後ろを気にしながらも追従し、涙目のフェリシアも恨みがまし気に少年を睨みつけながら立ち去ろうとして。
その直前で立ち止まったやちよが、問いを投げかける。
「桂城くん、最後にひとつ聞かせて頂戴」
「――はい、勿論」
そして、一つの問答が交わされて――魔法少女たちは、桂城シュウと袂を別った。
少年とフェリシアが遭遇してからの一連の騒動を思い返し、ため息をついたやちよは朝食を準備しながら視線を上の階に向ける。
彼女だけではない。今日はみかづき荘に泊まると言ってきかなかった鶴乃も、フェリシアも、さなも。ずっと、もうひとりの大切な仲間のことを案じ続けていた。
「……あの馬鹿……、もう既読すらつけなくなりやがって……ふざけんなよ、恋人なんだろ……? 少しはいろはにも……」
金髪の少女だけは、ここにはいないもう1人の少年に対してあらかさまに怒りを露わにしているようだったが。
「……フェリシアちゃん、夜もしょっちゅう電話かけてたみたいで……」
「あの様子じゃ全然出なかったみたいね……。昨日のウワサのところに居るものと期待はできないにしてもマギウスの拠点のどこかにいるのは間違いないと思うけれど。あの調子じゃ接触したところで説得も期待できそうにないわね……」
そして、こと武力という観点においても今の桂城シュウはこれまでの魔女や魔法少女とは一線を画した存在となっている。
魔女の浴びせる攻撃の直撃を受けても重傷で済ませる頑強さに加え、魔法少女ですら持ち上げるのに一苦労な黒木刀を簡単に持ち上げ振り回す腕力、そしてそれ以上の脚力によって為される高速機動。元より有していた圧倒的なフィジカルに加え、彼は魔女守のウワサと融合することによってより強力な武装、そしてそれを十全に扱えるだけの魔力を得た。
恐らく今現在、少なくとも神浜において純粋な近接戦闘で彼に敵う魔法少女はいない。やちよはウワサの調査にあたって遭遇した魔女守に対し槍の雨を降らせる高密度の制圧掃射で対応したが……同じ戦術が通用する望みは薄い、複数の魔法少女と協同で戦闘に臨もうとあっさり全滅するだろうことは想像に容易かった。
マギウスの翼の在り方に対する異議や不信をぶつけるにしても、武力を用いた抗争にもちこむことは不可能。
しかし、向こうの意思を押し通せるだけの歴然とした戦力差を、もしも覆すことができるとすれば──。
「……鶴乃、環さんの様子を見に行ってたのよね。あの子はどうだった?」
「ん……まだ起きてなかった。昨日のことがあったから相当負担だったのもそうだろうけれど……」
やちよに連れられ少女たちとともにみかづき荘に戻った仲間の様子を聞かれた鶴乃が暗い顔で首を振ったのに、彼女は嘆息して上方を見上げる。
環いろは。具現化させたドッペルを雷の斬撃によって消し飛ばされ、気を失って倒れた少女は、未だに目覚めていない。
「妹さんのことについても、どうにか力になりたいところだけれど……」
やちよの呟いた直後、玄関から呼び鈴が響く。
フェリシアが顔色を変え立ち上がるのを手で制しつつ、腰をあげて玄関へと向かうやちよはそこで魔力の気配を感じ取った。
見知った魔法少女の魔力でも、少年の宿すようになった魔力でもない──。念のために変身する準備を整えながら扉をゆっくりと開いた彼女は、表に立つ来客の顔を見て目を瞬いた。
「貴方は……」
玄関の前に居たのは、銀縁の眼鏡をかけた紅い髪の少女。
かつて水名神社で姿を見せいろはのドッペルを解体しシュウを救い出した魔法少女に目を見開いたやちよを見上げ、彼女は淡い微笑みを浮かべる。
「貴方が七海やちよさんですか。……噂は耳に伺っていましたが、顔を合わせるのは初めてですね。……常磐ななかと申します、どうぞお見知りおきを」
「――早速ですが、環いろはさんはいらっしゃいますか?」
「桂城シュウ。……今はマギウスの翼に所属する彼について、話したいことがあります」
***
シュウくんと初めて会ったのは、ういが2才になって間もない頃だった。
流石にそんなに前の記憶ともなると空白の部分も多いけれども……その頃の私は、向かいのお婆ちゃんのところで一緒に暮らし始めたという家族に挨拶しに行ったお母さんについていって。お母さんと話していた女の人が連れてきた自分と同い年くらいの男の子と会った時、今と比べてもずっと人見知りだった私は思わず後ろに隠れていたのだという。
『それでねー、いろはったらシュウくんと遊んだりするようになって過ごす内にすっかりシュウくんのこと大好きになっちゃったみたいで。シュウくんと結婚するー! って笑顔でシュウくんに言った夜なんかお父さんが珍しくやけ酒しちゃって泣いてたのよー?』
『へぁ……え?』
ういの退院祝い、シュウくんの家に集まったみんなで夜ご飯を食べていたときのこと。お母さんが不意にこぼした言葉に動きを止めた私は、ぽかんと口を開くと真っ赤になって爆発した。
『なっ、なななにを……!? お、お母さん! わっ私そんなの知らないよ……!?』
『そりゃあいろははまだ子どもだったから覚えてないかもだけれど……あれ、でもその反応覚えてるんじゃないの? 恥ずかしがっちゃって嘘ついてない?』
『ちっ、違うもん! そっ、そんな、そう、子どもの頃の話だし知らな――。……ひあっ、シュウくん……?』
お母さんや理恵さんにまで微笑まし気に見られるなか、真っ赤になって狼狽えていた私の肩を叩いたのはシュウくんだった。
理恵さんと談笑していた彼は真剣な表情になっては私を見つめて、ショックを受けたように愕然とした様子で声を張り上げる。
『いろは……。嘘だったのか? あんなに笑顔で結婚するって約束してくれたのに……! ──ふっ、くくく……!』
『うぁっ、あああああ……!? ――も、もぉおっシュウくんのいじわるぅぅ……』
やたら生き生きとした顔で問い質しては笑いを堪えるように口元を抑え震えるシュウくんに真っ赤になった私は唐突な追い打ちに悶絶して顔を両手で覆う。
目を輝かせた妹が『お姉ちゃんそんなに前からシュウお兄ちゃんのこと好きだったの!? ねえねえ話を聞かせてっ』と横から揺らしてくるのも拍車をかけ穴があったら入りたいくらいの心地だった。
『好きだったけど、好きだし確かに言ってたかもしれないけどぉ……、許してうい、違うの……。違くないけど違うの……まだ子どもだったときのことだったからそんな……』
『あー、そのときの話は私もよく覚えてるよ、初めていろはちゃんにそう言われたときのシュウったらひどい浮かれっぷりでねえ。理恵たちや私に笑顔でいろはと結婚するんだって自慢してこれでもかと──』
『あぁああああああああああああ!?!? なっなに言ってんだよそんなん知らんが、知らんが……!?』
『いやいやシュウのことだし覚えてないことはないだろう? いろはちゃんのことが大好きなのはずっと変わってないし、それこそ中学に上がる前に告白されたときなんかは――』
『あああああああ、あああああああ!! やめろ、やめろ! ちょっと黙ろうかお婆ちゃん、なあ!』
軽く涙目になる私のあげた悲鳴に反応した智江お婆ちゃんの言葉で彼の余裕は一瞬で吹き飛ばされた。真っ赤になって立ち上がった彼に詰め寄られるも智江お婆ちゃんはどこ吹く風、頭を抱えて撃沈したシュウくんに理恵さんが腹を抱えて笑ってしていた。発狂して悶絶する彼の姿にひーひーと息を荒げる彼女は、目に浮かべた涙を拭いながら淡く笑みを浮かべる。
『はー、笑う……。ラブラブでいいねえ2人とも……』
『うぅ……。恥ずかしい……』
『いやいや、2人とも若い学生なんだからめいっぱい青春謳歌して良いんだって。私みたいに忙しいからって人間関係どんどん削って灰色の青春送るような女にはなっちゃダメだぞ~?』
そう笑顔で言って私の背を叩く理恵さんは、智江お婆ちゃんと言い合うシュウくんを見つめて目元を弛めていて。
『――シュウのこと、お願いね。なんだかんだで頑固なやつだから苦労すると思うけれど……まあ、いろはちゃんのこと大好きなのは確かな筈だから』
『……はい』
そう答えたときのあの人の顔は、心底嬉しそうだった。
(あ、これ――)
気付けば、いろはは白い部屋にひとり立ち竦んでいた。
いや、ひとりではない。これは、この広い病室には3人が――。けれども、普段はみんなで
『あれ、でも……ういも、みんなもいない……? 院内学級の時間だったかな……』
その瞬間、とたとたと足音を響かせ目の前に見知った女の子たちが現れた。
『お姉ちゃん!』
『『『誕生日おめでとう!』』』
『わわぁ……!?』
パンパンパンと、割り鳴らされたクラッカーから色とりどりのリボンが飛び散って宙を舞う。
物陰から私の前に飛び出した3人の女の子。満面の笑顔で私の誕生日を祝ってくれたうい、灯花ちゃん、ねむちゃんは自分たちの身につけるのと同じようなパーティグッズを次々に私につけてくれた。
『あ、ありがとう! えっと、これって……!?』
『良いから良いから! はいここ座って! 今日の主役はお姉さまなんだから!』
ういたちの暮らす病室に用意された開けた空間、そこに用意された席に灯花ちゃんに連れられて私が座らされると、ういに先導されるシュウくんが大きな机を運んで物陰から出てきた。たくさんのスイーツを乗せた机をほとんど揺らさずに私の前まで運んできた彼は慎重に腕に抱える大荷物を降ろすと私に向けて笑顔を浮かべる。
机のうえのクラッカーを回収した彼は、呆然として固まっていた私に向かって再度軽快な炸裂音を鳴らしては笑顔で声をかけてきた。
『誕生日おめでとういろは。今日は病院で誕生日パーティだよ』
『シュウくん……! わあ、美味しそうなのがいっぱい……! これ全部みんなが用意してくれたの!?』
『だいたいは智江お婆さんの差し入れだけれどね。……飾りつけと、あとは果物を切るのは僕たちでやったんだよ』
『このウサギさんのリンゴは私! キレイな形でしょー?』
『本当だ……。みんなありがとう……!』
サプライズは成功だとういたちが喜び合うなか、たくさんのスイーツが並べられた机に、そして何より誕生日を祝ってくれるういたちの努力の垣間見える飾り付けの数々や並べられたお皿に添えられたバースデーカードのメッセージに少し泣きそうになるのを堪える。
震える背中に添えるようにして触れるシュウくんの手がそっと撫でてくるのに、懸命に呼吸を整えた。
『いろは、頑張れ、少し耐えろ。まあ別に泣いてもういたちは文句を言ったりしないだろうけど笑顔でな』
『……うん』
『俺は皆から飾りやパーティグッズの買い出しを頼まれてたんだが……いろはを驚かせたいってパーティのことは口止めされてな。いつもお姉ちゃんにはお世話になってるから喜んでもらえるようにって智江お婆ちゃんにも協力して貰って、果物切るのとかも手伝って――、あー泣いてる……』
えっ、お姉ちゃん泣いてる!? あっ、お姉様を泣かせるなんてシュウお兄様何やったのー!? などと詰めかけるういたちにシュウくんが苦笑いしながら弁明するのを見て、目尻の涙を拭いながらつい笑ってしまって。
私の宝物。
大切な思い出。
でも、これは──。
「夢……か……」
窓から差し込む光。毛布を引き剥がしてのろのろと周囲を見回し、己が身を落ち着けていたのがみかづき荘にて自身に宛がわれた居室であると確認したいろはは制服のまま寝かされていたベッドから身を起こす。
部屋にひとり、いろはは取り残されていた。
夢の中に居た大好きな男の子も、妹も、大切な人の家族も。
いろはの隣には、誰も。誰も、傍に居てはくれなかった。
「……どうしてかな」
涙が止まらなかった。
胸にぽっかりと穴の開いたような感覚。すすり泣く少女は、懸命に涙を拭って。けれどどうしても溢れるものは止まらなくて。
「どうして、誰も。私は、助けられないのかな」
「どうして、私は。こんなに弱いのかな」
ただただ、己の無力が憎くて。
あまりにも、自分の情けなさが許せなくて。
どうしようもなく、寂しくて――。
「……シュウくん」
「……うい」
「お願いだから。……お願いだからあ」
「お願いだから……帰ってきてよお」
どろりと、魂の輝きが濁った。
大好きな男の子がいて。妹が居て。家族が居て、友達がいて――。
近しいひとたちと形成する日常こそが、少女のすべてだった。